大阪地方裁判所 平成21年(ワ)19941号 判決 2011年9月05日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
池田直樹
西園寺泰
荒井俊英
被告
株式会社Y1電機
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
寺前隆
岡崎教行
茶谷幸彦
野田麻由
被告
Y2株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
嶋田喜久雄
被告
Y3
同訴訟代理人弁護士
松村廣治
主文
1 被告Y3は、原告に対し、12万7982円及びこれに対する平成20年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y3に対するその余の請求並びに被告株式会社Y1電機及び被告Y2株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して4529万8300円及びこれに対する平成20年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、被告Y2株式会社(以下「被告Y2社」という。)の派遣労働者であった原告が、平成20年8月24日、被告株式会社Y1電機(以下「被告Y1電機」という。)の従業員である被告Y3(以下「被告Y3」という。)に頭部左側を殴打された(以下、これを「本件暴行」という。)ことにより、左耳の聴力を失うなどの傷害を負ったと主張して、被告Y3に対し、不法行為に基づき、被告Y1電機に対し、使用者責任に基づき、被告Y2社に対し、安全配慮義務違反に基づき、それぞれ、損害額合計4529万8300円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1) 当事者
ア 原告は、昭和57年○月○日生まれの女性であり、平成20年2月24日、被告Y2社との間で、派遣労働者として雇用契約を締結し、同年3月1日、被告Y1電機のa店(大阪府豊中市<以下省略>所在、以下「本件店舗」という。)に派遣され、同日から同年8月24日まで、本件店舗の3階フロアでレジ業務を行っていた。
イ 被告Y1電機は、電気製品等の販売等を主な事業目的とする株式会社であり、被告Y2社との間で労働者派遣契約を締結し、原告を派遣社員として本件店舗に受け入れた。
ウ 被告Y2社は、一般労働者派遣事業等を主な事業目的とする株式会社であり、原告を本件店舗に派遣した。
エ 被告Y3は、原告と同年齢の男性で、被告Y1電機との間で雇用契約を締結して同社の従業員となった者であり、本件店舗の3階フロアで洗濯機や冷蔵庫の販売を担当していた。
(2) 被告Y3による本件暴行
被告Y3は、平成20年8月24日午後0時46分ころ、本件店舗の地下1階にある勤怠打刻機前において、右手拳で原告の頭部左側を1回殴打した。
(3) その後の経緯
ア 原告は、平成20年8月25日、被告Y2社に対して退職の申出をし、被告Y2社はこれを受け入れた。
イ 原告は、同年9月1日、左感音性難聴との医師の診断を受けた(書証省略)。
ウ 被告Y3は、同月4日から同月28日にかけて、原告に対し、慰謝料及び治療費等として、合計15万7600円を支払った。
エ 原告は、同月19日、被告Y3による本件暴行について、豊中警察署に被害届を提出したが、被告Y3は、同年11月14日、起訴猶予処分を受けた。原告は、この処分について、大阪検察審査会に不服申立てをしたが、不起訴相当との議決がされた。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の主たる争点は、(1)原告は、本件暴行により、いかなる損害を受けたか、(2)被告Y1電機は本件暴行について使用者責任を負うか、(3)被告Y2社に安全配慮義務違反があったかである。
(1) 原告は、本件暴行により、いかなる損害を受けたか
【原告の主張】
原告は、被告Y3による本件暴行により、左耳の聴力を失ったほか、PTSD及びパニック障害となり、これらの後遺症により、現在でも通常の仕事に就けない状態にある。これを損害として示すと、以下のとおりとなる。
ア 治療費 7万1990円
イ 通院交通費(ガソリン代) 4766円
ウ 休業損害 240万円
エ 逸失利益 3015万1634円
平成20年賃金センサスにおける高専・短大卒の女性平均賃金384万5700円に原告の労働能力喪失率(45%)及び就労可能年数(42年)に対応するライプニッツ係数(17.423)を乗じて算出した。
オ 慰謝料 855万円
カ 弁護士費用 412万円
ア~カを合計すると、損害額は、4529万8300円となる。
【被告らの主張】
原告が主張する損害についてはすべて争う。
ア 原告は、本件暴行の前から、左耳の聴力に支障があった。本件暴行の程度もそれほど強いものではなく、原告の左耳の聴力の喪失を招来するものではない。
イ 原告がPTSD及びパニック障害に罹患したことは否認し、それらと本件暴行との間の因果関係については争う。
ウ 本件暴行は、原告の挑発行為を発端とするものであるから、原告には相応の過失相殺が認められるべきである。
(2) 被告Y1電機は本件暴行について使用者責任を負うか
【原告の主張】
原告は、平成20年5月から6月ころ、業務上の過誤を繰り返す被告Y3に対し、その過誤を指摘したことがあり、被告Y3は、原告による指摘を逆恨みして本件暴行に至った。被告Y1電機は被告Y3の使用者に該当するところ、本件暴行は、上記のような被告Y3の業務上の過誤を原因とし、しかも、本件店舗内で行われたものであるから、被告Y1電機の事業の執行についてされたものといえる。
したがって、被告Y1電機は、本件暴行について、原告に対し、使用者責任(民法715条1項)を負う。
【被告Y1電機の主張】
争う。
被告Y3による本件暴行は、原告及び当時原告と交際していたC(以下「C」という。)と被告Y3との間の金銭の貸し借りや鍵の返却等をめぐる私的なトラブルを原因とするものであり、被告Y1電機の事業の執行とは全く無関係なものである。
したがって、被告Y1電機が、本件暴行について、原告に対し、使用者責任を負うことはない。
(3) 被告Y2社に安全配慮義務違反があったか
【原告の主張】
本件店舗においては、原告が被告Y3の業務上の過誤を指摘し、被告Y3がこれを逆恨みするような緊張関係があったのだから、被告Y2社は、原告に対し、被告Y1電機を通じて、原告の就業状況等を把握し、これを是正すべき安全配慮義務を負っていた。しかるに、被告Y2社はこれを怠り、その結果、原告が本件暴行を受けるに至ったのだから、被告Y2社は、本件暴行について、原告に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う。
【被告Y2社の主張】
争う。
本件暴行は、原告と被告Y3との間の私的なトラブルを原因として、突発的に発生したものであり、被告Y2社は、本件暴行の発生を予見し得なかった。
したがって、被告Y2社が、本件暴行について、原告に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことはない。
第3当裁判所の判断
1 甲31~33(省略)、乙A1(省略)、乙C2(省略)、証人C及びDの各証言、原告及び被告Y3の各本人尋問の結果、掲記の証拠と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(当事者間に争いがない事実を含む。)。
(1) 原告の症状等
ア 原告は、生後1歳半ころから、左耳の滲出性中耳炎を繰り返し、複数の医院に通院していた(書証省略)。原告は、小学校3年生ころから左耳が難聴になり(書証省略)、平成13年6月29日には、箕面市立病院(大阪府箕面市<以下省略>所在)において、左耳全聾との診断を受け(書証省略)、同年7月11日にも、担当医師から、左側感音性難聴でありほぼ全聾であるとの診断を受けた(書証省略)。
原告は、平成15年10月24日、担当医師から、左耳の高度感音性難聴との診断を受け(書証省略)、大阪大学医学部附属病院の紹介を受けたが(書証省略)、同病院でも、同年12月、左聾との診断を受けた(書証省略)。
イ また、原告は、平成12年6月27日、パニック障害を訴えて、箕面市立病院の精神科を受診した(書証省略)。原告は、その後も継続して同病院を受診し、平成20年6月から7月にかけて、めまいや嘔吐の症状があると訴えて、同病院で診察を受けた(書証省略)。
ウ 原告は、本件暴行を受ける前の平成20年2月から同年7月にかけて、インターネット上の会員制ブログ(○○)に、次のとおり書き込みをした(書証省略)。
(ア) 同年2月~4月の記述
久々に彼が寝てるときにリスカ(リストカット)しちゃった、リスカだけでは止まらなかった、アムカ(アームカット)、レグカ(レッグカット)もしてもーた、リスカ、アムカ、レグカにリバース(強制嘔吐)、何かにつけてもう自信がない、引きこもりたい、生きていたくない、死んでもいいですか。
(イ) 同年5月~7月の記述
確実に次のシフト中に倒れるかも、今でもフラフラやし、体調が戻らず、CTと血液検査と点滴された、結果、頭は正常で問題ないけど、耳からくる目眩かも知れないと、あたいわ左耳聞こえないからね、普段から頭痛・めまいに悩まされています。
エ これに対し、被告Y3は、平成20年5月、上記のブログに、「頑張れ!頑張れ!頑張ればいつかは、自分にプラスになる」などと、原告を激励する内容の書き込みをした(書証省略)。
(2) 本件暴行に至る経緯
ア 原告は、平成20年3月、本件店舗に派遣され、3階フロアでレジ業務を担当することになった。被告Y3も、そのころ、本件店舗の3階フロアで洗濯機や冷蔵庫の販売を担当していた。原告と被告Y3は、同年齢でありともに喫煙者でもあったことなどから、次第に会話が増えるようになり、同じく被告Y2社からの派遣労働者であり原告と交際していたCも含めて、3人で勤務終了後に遊びに行くなどの仲になった。
イ Cは、同年6月末ころ、ゲームを購入するため、被告Y3から、給料日の同年7月15日に返済するとの約束で、1万5000円を借り受けた。
ウ 原告、C及び被告Y3は、同年7月5日、大阪府高槻市内のボウリング場に遊びに行ったが、その際、被告Y3はCから5000円の返済を受けた。
原告とEは、ボウリングの後、被告Y3が居住していた社宅に泊まった。そして、原告は、その翌朝に帰宅する際、被告Y3の居室玄関の予備鍵を持ち出した。
その後、原告は、本件店舗の従業員用喫煙室で、被告Y3に対し、「これはY3の鍵やで。」などと言いながら、その予備鍵を見せつけた。
エ Cは、同月15日になっても、被告Y3から借りた残金を返済することなく、同年8月上旬、パチンコ代に充てるため、被告Y3から、給料日の同月15日に返済するとの約束で、さらに1万5000円を借り受けた。
オ 被告Y3は、同月15日、Cに対し、自己が貸し付けた合計2万5000円を返済するよう電話で催促したが、Cが、返済をもう少し待って欲しいなどと述べたため、両者の間で口論になった。結局、Cの交際相手であった原告がこれを立替払いすることになり、同日午後11時ころ、被告Y3と落ち合い、被告Y3に2万5000円を支払った。その際、原告は、被告Y3に対し、「人の話を最後まで聞けや。」などと言って、腕組みをする被告Y3の腕に押し込むようにして金銭を渡した。
被告Y3は、貸金の返済が遅れた上、原告から暴言を吐かれたり、手を押しつけるようにして返金されたりして、嫌な思いをしたため、その後、原告やCとは距離を置くようになった。
(3) 本件暴行
ア 原告と被告Y3は、平成20年8月24日、ともに午後1時から勤務する予定であった。被告Y3は、同日午後0時30分ころ、本件店舗に出勤し、地下1階にある従業員用喫煙室で喫煙していたところ、原告の姿を見かけた。被告Y3は、以前に原告から居室の玄関鍵を見せられたことを思い出し、原告の派遣期間が同年9月末で終了すると聞いていたことから、早く鍵を返してもらおうと考えた。そこで、被告Y3は、隣にいた女性に対し、原告に被告Y3の居室の玄関鍵を持っていないか尋ねて欲しいと依頼した。その女性が原告にその旨を尋ねたところ、原告は「知らない。」と答えた。
イ 被告Y3は、女性から原告の回答を聞いて、原告が故意にとぼけているものと思い、地下1階の勤怠打刻機の前で、原告に対し、「鍵返してや。」と述べた。これに対し、原告は、被告Y3の問いかけを無視した上、被告Y3をにらみつけるような仕草をとった。被告Y3は、このような原告の態度にかっとなって、同日午後0時46分ころ、右手拳で原告の頭部左側を1回殴打した。
(4) 本件暴行後の事情等
ア 原告は、平成20年8月24日、箕面市立病院の救急外来において、頭部のCT(コンピュータ断層撮影)を含む各種診察を受けたが、明らかな異常は認められず(書証省略)、結局、左側頭部打撲として5日間程度の加療を要する見込みであると診断された(書証省略)。なお、原告は、同病院での診察の際、救急外来の医師に対し、「左耳は元々聞こえない」と述べていた(書証省略)。
イ 原告は、同月25日、前記の会員制ブログに、次のとおり書き込みをした(書証省略)。
昨日あいつに殴られた、鍵を取った取らないのはなしで、あいつも社宅の鍵あけっぱやねんしなぁ(笑)、とりあえず、殴られたことに関して警察行こうかと。慰謝料と昨日からの支給されるはずだった給料17日分と治療費、和解する気もないからね…。
めちゃムカつく、女だからってなめんなよ、てめぇには罪を償ってもらう、慰謝料と治療費たんまり頂くからな。のんきに平和に生きれると思うなよ。河童やろうがぁ(怒)。
ウ 原告は、同日から平成21年6月17日にかけて、約70回に渡り、耳鼻咽喉科・内科・精神科等の病院を受診した。
そして、原告は、平成20年9月1日、耳鼻咽喉科の医師から左感音性難聴との診断を受けたほか、平成21年6月9日、精神科の医師からパニック障害との診断を受けた(書証省略)。
エ 他方、被告Y3は、本件店舗の副店長であったDや、被告Y2社の従業員に促され、平成20年9月5日、原告の母に対し、5万円を手渡した。また、被告Y3は、同月12日、原告の母から治療費を請求され、原告の口座に5万7600円を振り込んで支払い(書証省略)、同月28日にも、同様に5万円を支払った(書証省略)。
オ 被告Y2社は、自社の複数の従業員を本件店舗で勤務させ、原告を含む派遣労働者から、業務遂行上の悩みや対人関係上の問題などを聴取する体制をとっていたところ、被告Y2社の従業員が、本件暴行があった平成20年8月24日以前に、原告から職場環境や対人関係などで苦情や悩み相談を受けたことはなかった。また、被告Y2社が、同年6月に原告を含む派遣労働者に対して実施した業務アンケートにおいても、原告は、職場での人間関係に問題はないと記載していた(書証省略)。
2 以上の事実(前記の「前提となる事実」を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり判断することができる。
(1) 争点(1)(原告は、本件暴行により、いかなる損害を受けたか)について
ア 原告は、被告Y3による本件暴行により、左耳の聴力を失い、また、PTSD及びパニック障害に罹患したと主張する。
しかし、前記認定事実によれば、原告は、生後1歳半ころから左耳滲出性中耳炎を繰り返し、小学校3年生ころから左耳が難聴になり、平成13年には、左耳はほぼ全聾であるとの担当医師の診断を受け、平成15年にも左聾との診断を受けていた。原告自身、本件暴行のわずか数か月前に、自分は左耳が聞こえないとブログに書き込んでいたほか、本件暴行の直後には、救急外来の医師に対し、左耳は元々聞こえないと述べていた。これらの事実によれば、原告は、本件暴行を受ける前から左耳失聴の状態にあったと認めるのが相当であり、本件暴行により左耳の聴力を失ったという原告の主張を採用することはできない。
本件暴行によりパニック障害に罹患したとの主張についても、原告は、平成12年にも自らがパニック障害であると訴えて箕面市立病院の精神科を受診しているほか、平成20年2月から同年7月にかけて、ブログに、自傷行為や自殺願望がある旨、耳が聞こえないことから生じる頭痛及びめまいに悩まされている旨などを書き込んでおり、実際にも、同年6月から同年7月にかけて、めまいや嘔吐の症状があると訴えて上記病院で診察を受けている。これらの事実からすると、原告は、本件暴行を受ける前から、強い不安感を主な症状とする精神疾患に罹患していた疑いが強く、本件暴行の翌日に自らブログに書き込んだ内容(前記1(4)イ)に照らしても、原告が、本件暴行により、パニック障害に罹患したと認めることはできない。したがって、原告の上記主張も採用することができない。
なお、本件においては、原告がPTSDに罹患したと認めるに足りる確たる証拠はない。
イ 結局、原告に生じた傷害のうち、被告Y3による本件暴行と相当因果関係を認めることができるのは、左側頭部打撲のみにとどまるというべきである。
これを前提として原告の受けた損害を算出すると、次のとおりとなる(なお、前記認定事実のうち本件暴行に至る経緯における原告の行為をもって、本件暴行に関して過失相殺をすべき事由に当たるということは困難であり、本件においては、そのほかに、本件暴行に関し、原告に過失相殺をすべき事由を認めるに足りる証拠はない。)。
(ア) 治療費 5820円
原告が、左側頭部打撲の症状について、特に治療等を行った事実は認められないから、原告が主張する治療費のうち、本件暴行と相当因果関係を有すると認められる部分は、本件暴行当日の箕面市立病院の救急外来における診察料5820円(書証省略)にとどまる。
(イ) 通院交通費 200円
原告の住所地、本件店舗及び箕面市立病院の各所在地等に照らせば、本件暴行当日の通院交通費(ガソリン代)は、200円と認めるのが相当である。
(ウ) 休業損害 4万9562円
原告の本件店舗における平成20年3月から同年8月までの平均月額給与19万8250円(書証省略)を、週5日の勤務(書証省略)であることから20日で除し、左側頭部打撲が全治5日間と診断されていることに照らし、5日を乗じて算出すると、上記金額となる。
(エ) 逸失利益 0円
前記のとおり、本件暴行により原告に生じた傷害が左側頭部打撲のみにとどまることに照らせば、本件暴行による原告の労働能力の喪失を認めることはできない。
(オ) 慰謝料 20万円
被告Y3が本件暴行に至った経緯、本件暴行の態様、原告に生じた結果、本件暴行後の被告Y3の対応等の諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、20万円と認めるのが相当である。
(カ) 弁護士費用 3万円
本件事案の難易、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件暴行と相当因果関係を有する弁護士費用の額は、3万円をもって相当と認める。
(キ) 損害のてん補 ▲15万7600円
前記認定事実によれば、被告Y3は、本件暴行による慰謝料、治療費等として、原告に対し、上記金額を支払ったことが認められる。
(ア)~(キ)を合計すると、損害額は、12万7982円となる。
(2) 争点(2)(被告Y1電機は本件暴行について使用者責任を負うか)について
ア 前記認定事実によれば、被告Y1電機が被告Y3の使用者に該当することは明らかである。そして、被用者の暴力行為により第三者に生じた損害については、その行為が使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる場合には、被用者が事業の執行について加えた損害に該当するというべきである(最高裁昭和44年(オ)第580号同年11月18日第三小法廷判決・民集23巻11号2079頁、最高裁昭和44年(オ)第743号同46年6月22日第三小法廷判決・民集25巻4号566頁参照)。
イ 前記認定事実によれば、被告Y3は、もともと、原告と仲が良かったが、Cからの貸金の返済が滞った上、その返済に際し、原告から暴言を吐かれ、返済態様も乱暴なものであったことなどから、嫌な思いをし、原告と距離を置くようになった。その後、被告Y3は、本件暴行当日になって、以前に原告から居室の玄関鍵を見せられたことを思い出し、原告に鍵を返すよう述べたところ、原告は、その問いかけを無視した上、被告Y3をにらみつけるような仕草をとった。そこで、被告Y3は、このような原告の態度に憤激して、本件暴行に至ったものと認められる。
そして、本件暴行は、本件店舗内で行われたものとはいえ、本件店舗の従業員のみが入場できる地下1階フロアの勤怠打刻機の前で行われたものであり、しかも、原告及び被告Y3の勤務時間外における行為であった。
このような本件暴行に至る経緯、本件暴行が行われた場所及び時間等の各事情に照らせば、被告Y3による本件暴行が、被告Y1電機の事業の執行行為を契機としたものであるということも、これと密接な関連を有するものであるということもできない。
ウ これに対し、原告は、平成20年5月から6月ころ、業務上の過誤を繰り返していた被告Y3に対し、その過誤を指摘したことがあり、被告Y3がこれを逆恨みして本件暴行に至ったと主張する。
しかし、被告Y3が業務上の過誤を繰り返していたとか、原告が被告Y3の過誤を指摘していたなどの事実を認めるに足りる証拠はない。
また、被告Y3は、同年5月ころ、原告のブログに、「頑張れ!頑張れ!頑張ればいつかは、自分にプラスになる」などと、およそ原告を逆恨みする者によるものとは思われない内容の書き込みをしており、被告Y3が、そのころ、原告を逆恨みしていたと認めることもできない(原告自身、同年6月に実施された業務アンケート(書証省略)において、職場での人間関係に問題はないと記載している。)。
さらに、原告は、本件暴行の翌日、「昨日あいつに殴られた、鍵を取った取らないのはなしで」とブログに書き込んでおり、本件暴行は、鍵の返却の有無に関するトラブルを原因とするものであることを自認している。
これらの事情に照らせば、原告の上記主張は採用し難く、これをもってイの判断を覆すことはできない。
エ したがって、被告Y1電機が、本件暴行について、原告に対し、使用者責任(民法715条1項)を負うことはない。
(3) 争点(3)(被告Y2社に安全配慮義務違反があったか)について
この点、原告は、本件店舗においては、原告が被告Y3の業務上の過誤を指摘し、被告Y3がこれを逆恨みするような緊張関係があったのだから、被告Y2社には、被告Y1電機を通じて、原告の就業状況等を把握し、これを是正すべき安全配慮義務があったと主張する。
しかし、前記のとおり、本件暴行前において、原告と被告Y3との間で、原告が主張するような緊張関係があったと認めることはできないから、原告の上記主張は、前提を欠くものというほかはない。
そもそも、本件暴行は、原告と被告Y3との間の私的なトラブルを原因として、突発的に発生したというべきものであるし、前記認定事実のとおり、被告Y2社は、自社の複数の従業員を本件店舗で勤務させ、原告を含む派遣労働者から業務遂行上の悩みや対人関係上の問題などを聴取する体制をとっていたところ、被告Y2社の従業員が、本件暴行前に、原告から職場環境や対人関係などで苦情や悩み相談を受けたことはなかったというのであるから、被告Y2社が原告に対する安全配慮義務に違反したと評価することは困難というべきである。
したがって、被告Y2社が、本件暴行について、原告に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことはない。
3 結論
以上によれば、原告の請求のうち、被告Y3に対する請求は、主文第1項の限度で理由があるからこれを一部認容し、被告Y1電機及び被告Y2社に対する請求はいずれも理由がないから、これらをすべて棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石原稚也 裁判官 長井清明 裁判官 久田淳一)