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大阪地方裁判所 平成21年(ワ)4377号 判決 2012年10月16日

原告

P1

同訴訟代理人弁護士

目方研次

同訴訟代理人弁理士

北村光司

被告

ニプロ株式会社

同訴訟代理人弁護士

小野昌延

滝井朋子

主文

1  被告は,原告に対し,金57万1078円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを200分し,その199を原告の,その1を被告の負担とする。

4  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の元従業員である原告が,被告に対し,被告在職中に,単独又は共同でした職務発明(15件),職務考案(2件)及び職務創作意匠(3件)に係る特許等を受ける権利又はその共有持分を被告に承継させたとして,平成16年法律第79号による改正前の特許法(以下「法」という。)35条3項,実用新案法11条3項,意匠法15条3項に基づき,上記承継の相当の対価の未払い分である金12億2052万8199円のうち金1億円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  判断の基礎となる事実

(1)  当事者

ア 原告は,●●●●●●●に被告に入社し,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●に被告を退職した。

イ 被告は,医療機器及び医薬品の製造販売等を業とする株式会社である(甲1)。

なお,被告の商号は,もともと「日本硝子商事株式会社」であったが,昭和52年に「株式会社ニッショー」に変更され,さらに,平成13年に吸収合併されて「ニプロ株式会社」となった。

(2)  被告の特許権等について

ア 被告は,別紙本件特許権等目録1ないし6記載の特許権,実用新案権及び意匠権又はその共有持分を有していた。

(以下,目録の番号及び目録内での項番に従い,各特許権等を「本件特許権1-1」,「本件実用新案権4」,「本件意匠権2」などといい,本件特許権1-1ないし本件特許権6-4を「本件特許権」,本件実用新案権4及び本件実用新案権6を「本件実用新案権」,本件意匠権2,本件意匠権3及び本件意匠権5を「本件意匠権」といい,これらを総称して「本件特許権等」という。また,本件特許権1-1に係る発明を「本件発明1-1」,本件実用新案権4に係る考案を「本件考案4」,本件意匠権2に係る創作意匠を「本件創作意匠2」などといい,本件発明1-1ないし本件発明6-4を「本件発明」,本件考案4及び本件考案6を「本件考案」,本件創作意匠2,本件創作意匠3及び本件創作意匠5を「本件創作意匠」といい,これらを総称して「本件発明等」という。さらに,別紙本件特許権等目録1記載の特許権等を「本件特許権等1」などといい,これらに係る発明等を「本件発明等1」などという。)。

なお,本件特許権等のうち,本件特許権4-2,本件特許権5,本件意匠権5,本件特許権6-1,6-2,6-4は口頭弁論終結時においても存続しており,そのほかの権利は既に消滅している。

イ 原告は,総合研究所第二研究部(第四研究部)に所属していた間に,以下のとおり,本件発明等を行い,その特許等を受ける権利又はその共有持分が被告に承継された。

(ア) 原告は,本件発明1-1,1-2,本件発明2-1,2-2,本件発明6-3,本件考案6を,単独で,職務発明(職務考案)として行い,その特許等を受ける権利は被告に承継された。

(イ) 原告は,本件発明1-5,本件創作意匠2,本件発明3-3,本件発明4-1,4-2,本件考案4,本件発明6-1,6-2,6-4を,他の被告社員と共同して,職務発明(職務創作意匠,職務考案)として行い,その特許等を受ける権利は被告に承継された。

(ウ) 原告は,本件発明3-1,3-2,本件創作意匠3,本件発明5,本件創作意匠5を,他の被告社員及び藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬株式会社。以下「藤沢薬品工業」という。)の社員と共同して,職務発明(職務創作意匠)として行い,その特許等を受ける権利は被告及び藤沢薬品工業に承継された。

(3)  被告における従業員の発明考案等に関する定め

ア 被告における従業員の発明考案等の取扱いについては,昭和60年3月23日,発明考案取扱規程(乙1の1。以下「昭和60年規定」という。)が実施された。

イ その後,平成3年4月1日に,新たな発明考案取扱規定(乙1の2。以下「平成3年規定」という。)が実施された(その内容は,別紙発明考案取扱規程のとおりである。)。

平成3年規定は,平成10年12月1日付け,平成11年2月27日付けで一部改訂されたが(乙1の3・4),特許等を受ける権利の承継及び補償金に関する定めは,同趣旨のままである。

(4)  本件発明等の実施について

本件発明等は,被告において,以下のとおり実施されている(なお,各特許請求の範囲又は実用新案登録請求の範囲のうち,原告が実施を主張していないものについては,別紙本件特許権等目録1ないし6において,請求項の内容の記載を省略している。)。

ア 本件発明等1について

被告は,平成元年11月,本件発明等1の実施品として,血小板保存用バッグである「プレトバッグ」(「Lバッグ」ともいう。甲37の1・2。以下「本件実施品1」という。)を販売開始した。

なお,本件実施品1については,平成11年に国内向けの販売を終了したが,国外向けにはその後も販売を継続している。

イ 本件発明等2について

被告は,平成2年9月,本件発明等2の実施品として,培地充填をしない細胞培養用バッグ(以下「空バッグ」ともいう。)である「カルチャーバッグ」(「Cバッグ」ともいう。甲52の1。以下「本件実施品2-1」という。)を販売開始した。

また,被告は,同年,本件発明等2の実施品として,培地充填済みの細胞培養用バッグ(以下「培地充填済みバッグ」ともいう。)である「ハイメディウム」(甲52の2。以下「本件実施品2-2」という。)を販売開始した(なお,本件実施品2-2の販売は,平成17年に終了した。)。

さらに,被告は,平成14年,本件発明等2の実施品として培地充填済みバッグである「ニプロメディウム」(以下「本件実施品2-3」という。)を販売開始した。

ウ 本件発明等3について

被告は,平成2年,本件発明等3の実施品である一体型キットの包装容器(以下「本件実施品3」という。)を製造し,藤沢薬品工業に販売開始した(なお,本件実施品3の販売は,平成12年に改良品である後記本件実施品5の販売開始に伴って終了した。)。

藤沢薬品工業は,本件実施品3を容器して,抗生物質「エポセリン静注用1gキット」,「セファメジン注射用2gキット」を医薬品市場で販売していた(甲68)。

エ 本件発明等4について

被告は,平成6年8月,子会社である菱山製薬株式会社(現ニプロファーマ株式会社。以下「菱山製薬」という。)において,本件発明等4の実施品である一体型キットの注入針付き溶解剤「生食溶解液キットH」,「5%糖液キットH」(以下,併せて「本件実施品4」という。)を製造し(甲70),菱山製薬販売株式会社(甲76),株式会社ミドリ十字(現田辺三菱製薬株式会社。甲77),光製薬株式会社,大塚製薬株式会社(甲78。以下「大塚製薬」という。)等に販売開始した。

オ 本件発明等5について

被告は,平成12年10月,本件実施品3の改良品であり,本件発明等5の実施品である一体型キットの包装容器(以下「本件実施品5」という。)を製造し,藤沢薬品工業に販売開始した。

藤沢薬品工業は,本件実施品5を容器として,抗生物質「セファメジンαキット」,「セファメジンα点滴用キット」を医薬品市場で販売している(甲90)。

カ 本件発明等6について

被告は,平成12年10月,本件発明6-4の実施品であるダブルバッグタイプの一体型キット(ブロー成形したプラスチック製ボトルを用いず,キット全体をプラスチックフィルム(シート)で構成した一体型キットをいう。以下同じ。)の包装容器(以下「本件実施品6」という。)を製造し,本件実施品6を容器とした抗生物質「フルマリンキット静注用1g」,「フィニバッグスキット静注用0.25g」を塩野義製薬株式会社に(甲101),「ペントシリン静注用1g・2gバッグ」を富山化学工業株式会社に(甲102),「ユナシン-Sキット静注用1.5g・3g」をファイザー株式会社にそれぞれ販売開始した(いわゆるOEM販売である。)。また,被告は,子会社であるニプロファーマ株式会社において,本件実施品6を容器とした抗生物質「パセトクール静注用1gバッグ」を製造し,医薬品市場で販売している(甲103)。

なお,本件実施品6の断面図は別紙本件実施品6図面記載の図B,同実施品のポート部の形状は同別紙記載の図Dのとおりであるところ,本件実施品6に本件発明6-1ないし6-3及び本件考案6が実施されているかについては,当事者間に争いがある(後記争点1-1)。

(5)  本件各実施品の売上高

本件実施品1,3ないし6の平成20年度までの売上高は,別紙本件実施品売上高1(本件実施品1,3~6)記載のとおりである。

なお,本件実施品2の売上高,本件実施品1の国外売上高を相当の対価額算定の基礎に含めるか否か,及び本件各実施品の平成21年度以降の売上高については,当事者間に争いがある(後記争点1-2)。

(6)  原告に対する補償金の支払

本件発明等(ただし,本件発明1-3,1-4も含む。)につき,被告における従業員の発明考案等に関する定め(上記(3))に基づき,原告に対して支払われた補償金の金額は,別紙補償金計算書記載のとおり合計166万0557円である。

(7)  原告の退職願

原告は,平成20年7月に被告を退職したが,そのときの退職願には,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を遵守いたします。」として,「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします。」との記載がある(乙2)。

2  争点

(1)  相当の対価額     争点1

ア 被告の本件発明6-1ないし6-3及び本件考案6の実施の有無     争点1-1

イ 被告による本件実施品1ないし6の売上高     争点1-2

ウ 超過売上高     争点1-3

エ 仮想実施料率     争点1-4

オ 使用者の貢献度     争点1-5

カ 共同発明者間における原告の貢献度     争点1-6

キ 相当の対価額     争点1-7

(2)  原告による放棄の意思表示の有無     争点2

(3)  消滅時効の成否     争点3

(4)  控除すべき金額     争点4

第2争点に関する当事者の主張

1  争点1-1(被告の本件発明6-1ないし6-3及び本件考案6の実施の有無)について

【原告の主張】

(1) 本件発明6-1,6-2の実施について

ア 本件発明6-1の実施について

被告は,本件実施品6において,本件発明6-1・請求項1を実施している(以下の数字は,別紙本件実施品6図面の数字を表す。)。

(ア) 本件発明6-1・請求項1の「該第1のバッグと第2のバッグ(1,2)を夫々の弱シール部分(19,29)同士で溶着して流体密に接続する工程を含んでなり」とは,具体的には,第1のバッグの弱シール部分(19)と第2のバッグの弱シール部分(29)とを突き合わせて(向かい合わせて)流体密に接続するのであるが,流体密に接続するために,第1のバッグ1の2枚のプラスチックシート部分(11,13)と第2のバッグ2の筒状シート21の溶着部分は強固に溶着することとなる(本件特許権6-1に係る明細書【0008】,【0010】,【0011】参照。以下,同明細書を「本件特許6-1明細書」という。)。

本件実施品6の構成(別紙本件実施品6図面記載の図B)においても,第1のバッグ(Pバッグ)に弱シール部分19に相当する部分があり,第2のバッグ(Lバッグ)に弱シール部分29に相当する部分があり,それぞれの弱シール部分同士を突き合わせ(向かい合わせて),Pバッグの2枚のシート11と13にLバッグの筒状シート21を強固に溶着して流体密に接続する構成をとっており,本件発明6-1・請求項1の技術的範囲に属する。

(イ) 被告は,本件実施品6は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●があるため,本件発明6-1・請求項1の技術的範囲に属さないかのように主張する。

しかしながら,そもそも両バッグの弱シール部形成用シート同士が接着する構成(図A)は,本件発明6-1の実施例に過ぎず,本件発明6-1・請求項1の技術的範囲は同実施例に限定されるものではない。

(ウ) 本件実施品6は,本件発明6-1・請求項3の「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との工程を欠いているが(甲170の3~5),本件実施品6は,それ以外の点については,本件発明6-1・請求項3の構成を取っており,同発明の本質的部分を備えている。

イ 本件発明6-2の実施について

本件発明6-2・請求項1は,本件発明6-1・請求項1の製造方法に対応する物の発明である。

したがって,上記アのとおり,本件実施品6は,本件発明6-2・請求項1の技術的範囲にも属する。

ウ 自白の撤回

なお,被告の本件発明6-1及び6-2の非実施の主張は,自白の撤回に当たり許されない。

(2) 本件発明6-3の実施について

以下の事情からすれば,被告は,本件実施品6において,本件発明6-3を実施している。

ア 原告は,平成15年度,平成18年度の実績補償金の申請に当たって,本件実施品6につき本件発明6-3が実施されている旨記載して申請したが(甲181の2・3),これに対する支払の際に,この点に関する訂正や異議はなかった。

イ また,本件実施品6の海外展開に関する会議(平成16年3月16日実施)で配布された「PLW特許まとめ」(甲172),「関連特許一覧表」(甲173の1・2)の資料にも,本件発明6-3が含まれている。

ウ 本件実施品6の滅菌処理に使用されているとして被告が提出するトレー(乙39)は,本件発明6-3の実施に必要な滅菌水が溜まる構造ではないが,平成19,20年頃,被告の第四研究開発部に所属していたP2は,実際の製造ラインでは,被告が提出するトレーとは別のトレーが使用されていた旨供述している(甲198,201)。また,本件発明6-3は滅菌後の薬液容器の断面の変形を防止する効果があるところ,本件実施品6のうち原告が入手した塩野義製薬株式会社から市販されているフルマリンキット(本件実施品6)のバッグには,片面の顕著な扁平化は見られない(甲195)。

(3) 本件考案6の実施について

本件実施品6は,本件考案6・請求項1の技術的範囲に属する。

ア 本件考案6・請求項1の「前記薬液通路部のバッグを構成するフィルムとの溶着部が扁平に」との構成は,本件実用新案権6に係る明細書(以下「本件実用新案6明細書」という。)に記載の舟形やヒレ付き(同明細書図3)と同趣旨のものである。

イ 一方,本件実施品6のポート部の構成(別紙本件実施品6図面記載の図D)は,突起部分を備え,円形のポート部分に曲線をもってなだらかに繋がっている。そして,この構成の該突起部分を徐々に大きくすれば,その「溶着部分」の形は,徐々に本件実用新案6明細書図3のヒレ付きに近づき,更に舟形に近づく。

ウ したがって,本件実施品6は「前記薬液通路部のバッグを構成するフィルムとの溶着部が扁平に」との構成を充足し,本件考案6・請求項1の技術的範囲に属する。

エ なお,仮に,本件実施品6のポート部が,本件考案6・請求項1にいう「溶着面が扁平に形成されている」の構成に該当しないとしても,同ポート部の構成は,本件考案6・請求項1の均等物といえる。

【被告の主張】

(1) 本件発明6-1,6-2の実施について

ア 本件発明6-1は実施されていないこと

(ア) 本件発明6-1・請求項1は,「夫々の弱シール部分で溶着」する構造が不可欠とされ,これを実現する唯一の態様として,第2のバッグに形成された弱シール部①から舌状の弱シール部形成用シートを突出させ,これを第1のバッグに形成された弱シール部②の下方に残置した表裏2枚のバッグ用シート間に挿入し溶着して弱シール部③を形成し,①③②の弱シール部を連続させるという手段を開示している。しかしながら,本件実施品6は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ため,両バッグの「弱シール部分同士で溶着」する構造ではない。

(イ) 原告は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●を「弱シール部分」に該当するということはできない。

(ウ) 本件実施品6においては,本件発明6-1にない新たな技術である●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●バッグを連続させる技術が適用されている。

イ 本件発明6-2は実施されていないこと

本件発明6-2は,本件発明6-1に対応する物の発明である。

本件実施品6は本件発明6-1・請求項1の技術的範囲に属さない以上,本件発明6-2・請求項1の技術的範囲にも属さない。

(2) 本件発明6-3の実施について

ア 本件発明6-3・請求項1では「滅菌用水の水位を薬液容器内の薬液の水位よりも高く」する構造が必要とされている。

一方,本件実施品6で用いられる滅菌方法では,滅菌用水の水位は薬液容器内の薬液の水位よりもはるかに低く,したがって本件発明6-3の技術的範囲に属さない。このことは,本件実施品6の滅菌に実際に使用されているトレイ(乙39)には,多数の穴や隙間が存しており,滅菌水を溜めることができない構造であることからも明らかである。

イ したがって,本件実施品6において,本件発明6-3は実施されていない。

(3) 本件考案6の実施について

本件実施品6のポート部の構成(別紙本件実施品6図面記載の図D)には,本件考案6の「扁平な溶着部分」は存在しない。

したがって,本件実施品6において,本件考案6は実施されていない。

2  争点1-2(被告による本件実施品1ないし6の売上高)について

【原告の主張】

(1) 平成20年度までの売上高について

ア 被告による本件実施品1,3ないし6の売上高は別紙本件実施品売上高1(本件実施品1,3~6)記載のとおり,本件実施品2の売上高は別紙本件実施品売上高2(本件実施品2・当事者の主張)記載の【原告の主張】欄のとおりであって,これに反する被告の主張は信用できない。

イ 本件発明2-2は,細胞培養用バッグ,液体培地,2次包材,脱酸素剤を別々に滅菌した上で「液体培地入りカルチャーバッグ」に仕上げる技術であるところ,本件特許2-2の他社排除効は,本件実施品2-2,2-3の売上高のうち,バッグ相当分のみならず,培地も含めた全体に生じている。

したがって,本件実施品2-2,2-3については,培地充填済みのバッグの売上高を基礎として,相当の対価額を計算すべきである。

ウ また,特許発明の実施には,輸出の前提となる生産や輸出業者に対する譲渡も含まれることから,国外販売分の売上高であっても相当の対価額計算の基礎とされるべきである。

(2) 平成21年度以降の売上高について

被告による本件実施品1,2,4ないし6の平成21年度以降の売上高の推計は,別紙本件実施品売上高3(平成21年度以降・原告の主張)記載のとおりである。

【被告の主張】

(1) 平成20年度までの売上高について

ア 被告による本件実施品1,3ないし6の売上高は,別紙本件実施品売上高1(本件実施品1,3~6)記載のとおりであり,本件実施品2の売上高は,別紙本件実施品売上高2(本件実施品2・当事者の主張)記載の【被告の主張】欄のとおりである。

イ 培地充填済みバッグである本件実施品2-2,2-3の売上高については,平均してその5分の4が培地相当分,5分の1がバッグ相当分である。培地については,被告は,調合された培地成分を他社から購入し,混合の上充填しているにすぎない。

したがって,本件実施品2-2,2-3については,バッグ相当分である売上高の5分の1をもって,相当の対価額計算の基礎とされるべきである。

ウ なお,被告は,外国では,本件発明等1に係る特許権等は一切有していないことから,本件実施品1の売上高のうち国外販売分については,通常実施権に基づく販売にすぎず,相当の対価額の計算の基礎に含めるべきではない。

(2) 平成21年度以降の売上高について

争う。

3  争点1-3(超過売上高)について

【原告の主張】

(1) 本件発明等1について

ア 技術的優位性

(ア) 本件発明1-1

本件発明1-1は,従来の軟質ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)の問題点を克服し,血小板保存用として優れた性質,すなわち,高強度,柔軟性,透明性,耐寒性,安全衛生性などの基本性能を保持しつつ,ガス透過性が高く,可塑剤を含有しないためにDEHP溶出度が低いなどの性質を有しており,最適の素材構成である(甲24~27,37の2~4)。

(イ) 競合品との比較

競合品であるカワスミ分離バッグPOは,相溶化材に直鎖状低密度ポリエチレン(L-LDPE)を使用しているが,これは本件発明1-1のエチレンアクリル酸エステル共重合体(EEA)よりも,強度や透明性などにおいて劣っている。

(ウ) 被告の主張に対する反論

被告は,本件実施品1に液漏れの問題があったと主張するが,このことと本件発明等1の優位性とは無関係である。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品1は,医療用具に区分される。

(イ) 成分採血用バッグの需要が開拓される以前,血液バッグのシェアは,テルモ社が圧倒的なシェアを握っており,被告が血小板保存用バッグ(本件発明等1)を開発した狙いは,そのような血液バッグ事業に参入したいというものであった。

本件実施品1は,血小板を5日保存可能であるという性能が認められて日本赤十字社の各都道府県の血液センターで採用され,被告は,それまで出入りすらできなかった同センターに出入り可能になり(甲33),本件実施品1は,平成3年度には日本全国の血液センターの9割以上で使用されるに至った。

(ウ) テルモ社が平成5年頃独自の血小板保存バッグを開発したことにより,被告は,テルモ社の圧倒的なシェアに食い込むには至らず,平成6年頃,国内での血液事業関連の製品の製造から撤退したが,このことは,本件発明等1の優位性を否定するものではない。

ウ 他社の市場参入の抑止

テルモ社は平成5年頃独自のポリ塩化ビニル樹脂(PVC)を用いた血小板保存バッグを開発したが,これは本件実施品1の販売開始(平成元年)よりも4年以上遅れた(甲209)。

エ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品1の売上高のうち,本件発明等1(本件発明1-1,1-2,1-5)について,他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,被告が,国内血液事業から撤退するまでの間(平成6年度までの間)は40%を下らず,その後(平成7年度以降)も20%を下らない。

(2) 本件発明等2について

ア 技術的優位性

(ア) 本件発明2-1について

本件発明2-1の素材は,酸素ガス透過性が従来のポリ塩化ビニル樹脂(PVC)バッグの約7倍と優れており,かつ,水蒸気は不透過であるという細胞培養用バッグとしての基本的性能を有する。また,不純物の溶出物が少なく,可塑剤,安定剤が使用されていないので,バッグ素材から滲出する不純物が細胞の培養を妨げることがない。さらに,フィルムを薄く加工でき,かつ,透明性が高く,高強度である(甲46,52の1・2)。

(イ) 本件発明2-2について

培地充填後にγ線で滅菌する方法では,培地がγ線の照射を受けるという問題点があったところ,本件発明2-2は,バッグと液体培地を一体で滅菌するのではなく,カルチャーバッグ・液体培地・2次包材・脱酸素剤を別々に滅菌し,それらを無菌の状態で培地充填済みバッグに仕上げるものである(甲43,47の1,52の1・2)。

(ウ) 競合品との比較

コージンバイオ社のバッグは,本件発明2-1とは異なるエチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)を使用し,滅菌方法としては,エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌を採用しているところ,エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)は本件発明2-1の素材に比べ弾性率が低く,厚みを増す必要があるために透明性やガス透過性が低下するという難点があり(甲49・2枚目,52の1・2),また,エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌は残留毒性の危険性がある(甲46)。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品2は,本件実施品1と同様に医療用具に区分される。

(イ) 本件実施品2は,市場でのシェアは,平成6年度は33.3%,平成7年度は50.0%,平成8年度は56.7%,平成9年度は50.0%,平成10年度は40.0%,平成11年度は47.0%,平成12年は50.0%であり(甲182の2・3),平成13年度は80%になっている(甲53,54の2)。

また,本件実施品2は,メディネット株式会社やリンフォテック株式会社などの大手の業者に採用されている(甲53,54の1・2)。

ウ 他社の市場参入の抑止

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●のバッグは,本件発明等2より技術的に劣っており,シェア獲得に至っていないと考えられる(甲46,49・2枚目参照)。

エ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品2の売上高のうち,本件発明等2について他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,50%を下らない。

(3) 本件発明等3について

ア 技術的優位性

(ア) 本件発明3-1

本件発明3-1のユニークなハブを用いた制御機構によって,連通順序が正確・確実に制御されるので,先に輸液バッグ側の閉鎖膜が刺通され,可撓性容器(輸液バッグ)内の溶解液や希釈液がカプセル内に漏洩するという不都合が生じない(甲62の1,67・103頁参照)

また,本件発明3-1は,中空の穿刺針が薬剤容器の栓と可撓性容器の液体通路部の閉鎖膜とを刺通することにより,直ちに連通するようになっており,これらの各穿刺は気密性を保ったまま行われるため,無菌的な溶解操作が容易な構造となっている上,中空の穿刺針による連通であるので,液体の移動が妨げられることはなく,連通後の薬剤と溶解液との混合を短時間で行うことができる(甲62の1,63,67・104~106頁,68参照)。

(イ) 本件発明3-2

本件発明3-2では,キャップ頂部の下面に形成されたカムと薬剤容器の底部に嵌められた押さえ部材を用いて,キャップの回転運動を押さえ部材の下降運動へと転換させており,しかもこれをキャップを被冠したまま行うことができるので,細菌の侵入を完全に防止することができる。また,キャップは回転運動を行うだけで下方に移動しないので,連通操作時に容器の内圧が上昇することはない(甲62の1参照)。

(ウ) 本件発明3-3

本件発明3-3は,外部から異物検査が可能なように透明性を有し,かつ,溶解時にポンピングが必要となるため,それに耐える強度を有しており,また,ポンピングによる摩擦・蒸気滅菌(オートクレーブ滅菌)のときなどに微粒子が発生しない素材であり,高圧蒸気滅菌をしてもバッグの変形がなく,内面に液滴の付着が殆どなく,残液なしに薬液を排出できるバッグの素材構成となっている(甲67・105頁参照)。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品3は,医薬品に分類される。

(イ) 本件実施品3の市場でのシェアは,発売当初の平成2年から平成5年まではほぼ100%であった。

その後,大塚製薬が開発製造した一体型キットを用いて,武田薬品工業株式会社(以下「武田薬品工業」という。)から,平成6年に「パンスポリンキット」,平成7年に「ファーストシンキット」の商品名の抗生物質が発売され,これらによって一体型キットの市場規模が急速に拡大した。

そのため本件実施品3は,着実に売上げがあったにもかかわらず,相対的にシェアは低下した(なお,被告のシェアは,平成6年度が56.7%,平成7年度が51.2%,平成8年度が40.3%,平成9年度が37.9%,平成10年度が29.0%,平成11年度が34.2%であった。甲165の2・3)。

なお,大塚製薬が一体型キットの販売を開始してからは,大塚製薬と被告とで市場の約90%を占めており,2社の寡占状態となった。

ウ 他社の市場参入の抑止

輸液市場分野で圧倒的シェアを有するのは大塚製薬(大塚製薬工場)であるが,同社のキット製品の商品化は,本件実施品3よりも大きく遅れた。

エ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品3の売上高のうち,本件発明等3について他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,50%を下らない。

オ 被告の主張に対する反論

なお,藤沢薬品工業との共同開発契約における制約は,被告が藤沢薬品工業との業務提携の中で必要と判断して行った契約であり,本件発明等3の優位性とは何の関係もない。

(4) 本件発明等4について

ア 技術的優位性

(ア) 本件発明4-1

本件発明4-1は,連通順序の制御機構により,最初にバイアルに穿孔することが可能となり,連通操作時の液漏れを防止することができる。

(イ) 本件発明4-2

本件発明4-2は,カバ-付き水槽型トレーとしたことにより,バッグに直接シャワーからの熱水が当たらずバッグの変形を防ぐことができるほか,カプセル内部に水が入らないため,乾燥時間を短縮することができる点にも特徴がある。本件発明4-1のガイドカプセルは乾燥が困難な部分であるが,この部分への温水の侵入を防ぐ点で,生産効率を著しく向上させ,利益の獲得に貢献している。

(ウ) 本件考案4

本件考案4は,栓体を下にして輸液容器を倒立状態に自立させることができ,しかも,金型におけるアンダーカットを無くして成型時の不測の破れを防ぐことでエアーのリークを有効に防止することができる。

(エ) 競合品との比較

a 大塚製薬の「大塚生食注TN」(甲73・116頁表3,図5参照)は,ポート口が一つで,バイアルを両頭針に差し込んだあと,一度バイアルを取り外してから点滴用の輸液セットに接続する必要があった。そのため,バイアルを取り外して輸液セットに接続する際に液漏れの危険性があり,また,バイアルを取り外すために,輸液ボトル内に撹拌した薬剤が分からなくなり,薬剤を取り違える危険性があるなどの欠点があった。

これに対し,本件発明4-1は,バイアルを付けたまま反対側にあるポート口から輸液セットに接続して点滴できるため,液漏れの可能性,薬剤の取り違えの危険性がなく,「大塚生食注TN」に対して優位性があった。

b なお,薬価をみると,平成7年当時,「大塚生食注TN」が352円であるのに対し,本件実施品4の一つである菱山製薬の生食溶解液キットHは380円であった(甲106の1)。通常,先発メーカーが存在する場合,後発メーカーの製品の薬価は,先発メーカーの製品よりも3,4割安くなることが多いが,本件実施品4の薬価が先発の「大塚生食注TN」よりも高いのは,厚労省の薬価審査でも「大塚生食注TN」に対する優位性があると認められたからである。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品4は,医薬品に分類される。

ハーフキット(溶解液ハーフキット。以下同じ。)を製造販売する主な競合会社は,大塚製薬,テルモ社,扶桑薬品工業株式会社(以下「扶桑薬品工業」という。)等である(ただし,扶桑薬品工業の実績はほとんどない。)。

(イ) ハーフキットは,大塚製薬が他社に先駆けて平成4年に「大塚生食注TN」を販売し,平成6年に被告が本件実施品4を販売するようになった。

市場規模を108億円とすると,被告のシェアは,平成13年に38.1%,平成14年に39.3%,平成15年に42.5%と推定され,平成14年には,本件実施品4の売上高が「大塚生食注TN」の売上高を上回っている。

ウ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品4の売上高のうち,本件発明等4について他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,50%を下らない。

(5) 本件発明等5について

ア 技術的優位性(本件発明5)

本件発明5は,二色成形を用いた独自の連通構造により,薬剤と輸液の連通操作をより安全,正確に,短時間で行うことが可能となった。また,従来技術(バイアルを用いたキット)に比べて,バイアルや両頭針を使用せず,複雑な連通機構を簡素化して部品点数の削減ができるようになったため,キット全体が小型化,軽量化し,保管の省スペース化と廃棄コストの節減を可能とした。さらに,従来技術(バイアルを用いたキット)はバイアルを分別廃棄する手間がかかったが,本件発明5はバイアルを使用しないため溶解液の逆流の可能性がなく,分別廃棄を必要としないために分別廃棄時のけが,薬液の飛散,接触の危険もない。容器は連通構造,連通針を含めすべて可燃性の素材で構成されているため,焼却時にすべて燃焼させることができる(甲87,91参照)。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品5は,医薬品に分類される。

(イ) 一体型キットは,平成8年に大塚製薬がダブルバッグタイプの製品(「OMCキット」)を販売し,これに続いて,平成13年に被告がダブルバッグタイプの製品(本件実施品6)を販売した後は,本件実施品5,6と「OMCキット」が市場において優位性を認められ,シェアのほとんど(約9割と推定される。)を占めるに至っている。

(ウ) 被告は,平成12年頃,本件実施品3に代えて本件実施品5の販売を開始し,本件実施品3と同様のシェアを維持することに成功した。本件実施品3,5の「セファメジン」は,同一粉剤を使用し,「OMCキット」を容器とした「セファゾリン」に対し,平成12年頃売上高で追いつき,平成13年以降その2倍以上の売上高を上げている。このことは,本件発明等5が,「OMCキット」に十分に対応できる性能を有していることを示している。

なお,本件実施品5の売上高は,平成16年に5.7億円と大きく下落したが,これは,藤沢薬品工業が,本件実施品5と同様の製品を伸晃化学株式会社(本件発明等5の共同発明者であるP3が藤沢薬品工業を退社した後に勤務するようになった会社である。)にも製造させるようになり,2社購買を開始したためである。

ウ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品5の売上高のうち,本件発明等5について他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,50%を下らない。

(6) 本件発明等6について

ア 技術的優位性

(ア) 本件発明6-1

本件発明6-1によれば,第1のバッグと第2のバッグを別々に製造するので,滅菌も別々にすることができる。乾燥薬剤と薬液が別々に充填シールされるので,大塚製薬の製品のように溶解液充填滅菌後の容器を乾燥する必要がなくなり,製造工程が簡素化され,コストが低減される(製造コストの低減)。

また,例えば第1のバッグに薬剤を収容する場合,第1のバッグの滅菌は蒸気滅菌以外の方法で行うことができるので,バッグ内に水蒸気が入らないようにバッグの4辺をシールする必要がなく,したがって,第1のバッグ内を完全に滅菌することができる。

さらに,例えば第2のバッグに薬液を充填する場合,第2のバッグに薬液を充填して蒸気滅菌し,乾燥したのち,シール部分を切断せずにこれを直ちに薬剤を収容した第1のバッグと接続することができるので,薬剤収容に手間がかからない。

(イ) 本件発明6-2

本件発明6-2によれば,乾燥薬剤を収容した第1の室と薬液を収容した第2の室を液密に区画する弱シール部は第2の室を手などで強く圧迫することにより容易に剥離することができるので,乾燥薬剤と薬液の混合を容易に行うことができる(操作性,品質の向上。甲101,102,104,105)。

(ウ) 本件発明6-4

本件発明6-4によれば,耐熱性がよく,不溶性微粒子が少なく,透明性及び耐衝撃性,柔軟性の優れた輸液バッグ材料が得られる。

(エ) 競合品との比較

本件発明6-1,6-2は,薬液容器に薬液を充填した後で高圧蒸気滅菌し,これとは別に,薬剤容器をγ線滅菌した後に無菌的に粉末充填し,その後複室容器として無菌的に一体化する製造方法による複室容器に関するものである。

一方,大塚製薬の製品は,薬液収容部に薬液を充填して一度滅菌,乾燥した後,薬剤収容部のシール部分を切断して無菌的に薬剤を収容するという製造方法であるところ,これと比較すると,製造工程が簡素化され,利益率が上がるものである。

イ 市場への参入,シェアの獲得

(ア) 本件実施品6は,医薬品に分類される。

ダブルバッグタイプの製品を製造販売する主な競合会社は,大塚製薬であり,同社は,武田薬品工業,ファイザー株式会社などに,ダブルバッグタイプの製品を販売している。

(イ) 大塚製薬がダブルバッグタイプの製品(「OMCキット」)を販売開始したのは平成8年であるところ,被告が本件実施品6を発売するまでは,ダブルバッグタイプの製品は大塚製薬が独占していた。

しかし,被告が,平成12年に本件実施品6を販売開始した後は,「OMCキット」と本件実施品6が市場で拮抗するに至り,その後,被告のシェアが伸びている。

(ウ) 本件発明等6は,それまで大塚製薬が独占していたダブルバッグタイプの一体型キットの市場に参入することを可能とし,さらには,110億円と見られた一体型キットの市場を160億円以上に拡大させた。そして,平成20年の本件実施品6の売上高は81億円を超えるところ,一方で大塚製薬の「OMCキット」の売上高は平成10年当時と大差ない70億円と推定され(キット製品の売上げ209億円の約3分の1で計算),本件発明等6には優位性があるといえる。

ウ 超過実施分(他社禁止割合)

かかる事実を考慮すれば,本件実施品6の売上高のうち,本件発明等6について他社の実施を排除して独占的に実施することによって得られたと認められる利益は,50%を下らない。

【被告の主張】

(1) 本件発明等の性質について

ア 本件発明等は,原告が被告から給与等の対価を得てその職務とした行為の成果に関するものであるから,給与等を支給して原告を雇用していた被告は当然にその成果である技術等の通常実施権を有する(法35条1項)。したがって,被告がこれを実施して利益を得たことに対し,原告は何らその分け前を要求しうる立場にはない。

もっとも,この技術に関して,被告の製品製造の能力,蓄積されたノウハウ,社会から受けている信用,販売の能力と努力などを超えて,被告が特許等を受けたことによって競業者である他者をこの製品の製造販売から排除しこれによって市場をより多く占拠し,よって売上額を増加させた場合,その増加額については特許権等の他者排除効に起因しているといえる。

イ 本件発明等は,いずれも先行技術との差異は少なく,公知の技術水準の技術に極めて近く,それゆえに,発明に要する時間も比較的短く,いわば比較的手軽な発明である。その結果として,業界に従来から存在していた競業者も市場における代替品も,本件特許権等の成立によって格別の有意の変化を生じていない。

また,被告は,営業方針として,他者排除効を有するような権利の対象となる大発明やそのような力を有する技術者が自社の従業員中に存在することを期待していない。被告は,特許権等に基づく他者排除効などには大きく期待することなく,専ら需要者の要望に応える製品を開発して,これの製造には,蓄積したノウハウや丁寧な技術力を駆使し,また,販売にあたっては顧客に対し誠意をもって対応し,可能な限り安価にこれを供給してサービスを尽くし,もって市場に受け入れられるように努力するという営業方針を採っている(乙35の1~3)。本件発明等もこのような中でされたものである。

(2) 本件発明等の独占の利益について

本件特許権等に基づく他者排除効は,それぞれの製品に関する複数の権利全部を合わせてもゼロであり,仮に多く見積もっても,本件実施品1ないし6の売上高につき,平均して5%程度を越えるものではありえない。

ア 本件発明等1について

(ア) 本件発明等1の技術的な意義について

本件発明1-2,1-5の各技術は,従来慣用技術及び公知技術に極めて近いものにすぎないことからすると(乙6,47の1・2参照),本件実施品1において中心的な技術として用いられているのは本件発明1-1のみであるが,その本件発明1-1のポリマーアロイについても,バクスター社が10年以上前から開発していたポリマーアロイ(乙5)と極めて近似する。

なお,本件実施品1は,本件発明1-1の実施に伴って,無菌的液体収納容器であるこの種の製品にとっては決定的欠陥であるというべき液漏れを生じ,発売4年目を売上額の頂点として国内販売を撤退しなければならなかった。その後,国外販売分において売上げを計上しているのは,被告における別途の技術改良の成果である。

(イ) 本件実施品1の売上高等

また,本件実施品1の売上高は,本件特許権等1の成立とは何の関連性もなく,競合他社の競合品と市場におけるシェアを分け合っている。

イ 本件発明等2について

(ア) 本件発明等2の技術的な意義について

本件発明2-2は,国立がんセンター研究所のP6医学博士の思想である培地充填済みバッグについての滅菌包装の技術にすぎず,培地充填済みバッグを製造するには,コージンバイオ社の特許発明(乙12の1。以下,「コージンンバイオ社発明」という。)について実施料の支払いをしなければならない(乙12の2)。したがって,本件実施品2において中心的な評価を受けるのは,本件発明2-1というべきである。

(イ) 本件実施品2の売上高等

本件実施品2の売上高は,本件特許権等2の成立とは何の関連性もなく,競合他社の競合品と市場におけるシェアを分け合っている。

平成15年以降に売上高が向上しているのは,被告において取り組んだ品質向上,販売体制の改善の工夫と努力によるものである(甲169等参照)。

ウ 本件発明等3について

(ア) 藤沢薬品工業との共同開発契約について

本件実施品3に実質的に寄与している技術は,本件発明3-1,3-2,3-3であるが,いずれにしても,本件発明等3は,藤沢薬品工業との開発協力契約に基づいて開発され,本件実施品3は,藤沢薬品工業に対してのみ販売できたのであるから,本件特許権等3により,被告に特許権者らしい優越的地位はほとんど生じていない。

(イ) 本件実施品3の売上高等

本件実施品3の売上高は,本件特許権等3の成立とは何の関連性もなく,むしろ,平成12年には藤沢薬品工業がその使用を中止したために,主要な権利の存続期間の大半が残存しているにかかわらず,売上高はゼロになっている。

また,抗生物質キット製品の売上げ個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「1 抗生物質キット」のとおりであるところ,大塚製薬のシェアがおおむね全体の50%を超えているのに対し,本件実施品3のシェアは,その2分の1に達するのも困難な状況である。

エ 本件発明等4について

(ア) 本件実施品4の売上高等

本件実施品4の売上高も,本件特許権等4の成立とはほとんど無関係に緩やかに推移した後,これらの権利が存続中に下降している。本件実施品4については,市場のニーズを一早く把握して商品化した点に最大の功績があったのであり,その売上額は被告の販売努力によって維持されているというべきである。

ハーフキット製品の売上げ個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「2 ハーフキット」のとおりであるところ,この業界でも大塚製薬のシェアが大きい(なお,「大塚生食注TN」の販売個数が減少しているのは,同製品と「大塚生食注2ポート」との市場での交替の実質を有するためと解される。)。

(イ) 本件実施品4の売上高に貢献する他の要因

なお,本件実施品4の売上高には,被告の意匠権(乙43の2)も多大な貢献をしている。

オ 本件発明等5について

(ア) 藤沢薬品工業との共同開発契約について

本件発明等5は,藤沢薬品工業との開発協力契約に基づいているので,本件実施品5は,藤沢薬品工業に対してのみ販売できたのであって,本件特許権等5より,被告に特許権者らしい優越的地位はほとんど生じていない。そして,平成16年以降,藤沢薬品工業が,被告以外に本件発明等5を実施させ,被告の売上高は激減していることからしても,被告は,法律に基づいて認められる通常実施権を超える独占効とされるような恩恵は受けていない。

(イ) 本件発明等5の技術的な意義について

また,本件発明5は,藤沢薬品工業が特許出願した発明(甲142~145)に基づいて優先権を主張するものである。

(ウ) 本件実施品5の売上高等

抗生物質キット製品の売上げ個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載「1 抗生物質キット」のとおりであるところ,大塚製薬のシェアがおおむね全体の50%を超えているのに対し,本件実施品5のシェアは,その2分の1に達するのも困難な状況である。

カ 本件発明等6について

(ア) 本件実施品6の売上高等

抗生物質キット製品の売上げ個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「1 抗生物質キット」のとおりであるところ,大塚製薬のシェアがおおむね全体の50%を超えているのに対し,本件実施品6のシェアは,その2分の1に達するのも困難な状況である。

(イ) 本件実施品6の売上げに貢献する他の要因

本件実施品6においては,本件発明6-1,6-2の改良技術が10分の9の貢献をしており,本件発明等6のうち,実施が認められる本件発明6-4は,10分の1の貢献をしているにすぎない。

4  争点1-4(仮想実施料率)について

【原告の主張】

(1) 発明協会研究センター編の「実施料率」(第5版。社団法人発明協会)によれば,医療用機械器具を含む精密機械器具の実施料率(イニシャルペイメントなし)の平均値は,昭和63年から平成3年までが6.6%,平成4年から平成10年までが6.8%とされている(甲39・129頁)。

したがって,本件発明等について,第三者に実施許諾した場合の実施料率は,6.7%を下らない。

(2) 本件発明等の中心的技術分野が「成形」であるというのは根拠がない。

むしろ,被告が主張する調査研究報告書によるとしても,バイオ・製薬関係のロイヤリティ率6%とするのが相当である。

【被告の主張】

平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~」(乙36)によると,技術分類別ロイヤリティ料率(国内アンケート調査)のうち,「成形」の実施料率は3.4%である。

したがって,本件発明等の実施料率は3.4%と解すべきである。

5  争点1-5(使用者の貢献度)について

【原告の主張】

(1) 本件発明等1について

本件発明等1のテーマの選定は被告が行い,開発は原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,血小板保存用バッグの素材及び加工に関する技術は,従前被告には存在しなかった。

これらを考慮すると,被告の本件発明等1への貢献度は50%を上回らない。

(2) 本件発明等2について

本件発明等2の開発は原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,本件発明等2は,原告が社外の化学製品の会社の技術者との協議・会合によりヒントを得て発明したもので,細胞培養用バッグの素材(本件発明2-1)は,それ以前は被告に存在せず,技術の蓄積はなかった。また,製造方法(本件発明2-2)についても,原告が社外の国立がんセンターの研究者との対談を元に構成したものであり,意匠(本件創作意匠2)についても,被告社内にはポリエチレン(PE)製の薄膜バッグの製品も類似品も存在しなかった。なお,本件発明2-1,2-2について,P6博士からは,ユーザーとしての立場からの開発の要望があっただけであり,具体的な教示はなかった。

これらを考慮すると,被告の本件発明等2への貢献度は50%を上回らない。

(3) 本件発明等3について

本件発明等3の開発は主に藤沢薬品工業からの要請で共同開発としてスタートし,原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,原告は,①連通順序を制御するための,ユニークな形状のハブを考え(本件発明3-1),②独自のカプセルキャップ形状・機構を発明しており(本件発明3-2。甲65,66,67の1~3),特に,被告は独自のハブによる連通順序の制御を本件実施品3のセールスポイントとして売り込みをしている。また,被告社内に一体型キットの類似品はなく技術の蓄積はなかった。

これらを考慮すると,被告の本件発明等3への貢献度は50%を上回らない。

(4) 本件発明等4について

本件発明等4の開発テーマは被告社内で持ち上がったもので,開発は原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,原告は,被告社内で示された製品についての要求項目に基づく製品の全体形状を構成し(本件発明4-1。甲71の2・3),独自の着想で滅菌方法を発明している(本件発明4-2)。また,被告社内はもちろん,日本国内にも類似品はなく,被告社内に技術の蓄積はなかった。

これらを考慮すると,被告の本件発明等4への貢献度は50%を上回らない。

(5) 本件発明等5について

本件発明等5の開発は藤沢薬品工業からの要請により共同開発としてスタートし,開発は原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,原告は独自に二色成形による弱シール破断方式のユニークな連通構造を提案したもので,その連通構造は,それによって部品点数が簡素化し,容器自体も小型化するなど,本件実施品5のセールスポイントに直結している。また,被告社内に二色成型に関する類似品はなく,技術の蓄積はなかった。

これらを考慮すると,被告の本件発明等5への貢献度は50%を上回らない。

(6) 本件発明等6について

本件発明等6の開発は原告の職務の遂行上行われたものであり,被告社内で被告の施設を用いて行われ,特許申請や維持などの権利化,実施化についても被告が関与している。

しかしながら,本件発明6-1,6-2及び6-4の開発テーマは被告社内で持ち上がったものであるが,本件発明6-3は,原告独自に開発テーマを見出して発明をしたものである。

また,本件発明6-1,6-2については,本質的部分である複室容器の構成は,原告の着想である。

これらを考慮すると,被告の本件発明等6への貢献度は50%を上回らない。

【被告の主張】

本件発明等の経緯

被告は,蓄積された技術力,ノウハウを最大限に用いた誠心誠意の丁寧な物づくり,販売にあたっては誠意を尽くした販売対応と可能な限りの安価な提供をモットーとしており,本件発明等がされた頃は,被告に対し,顧客はもとより同業者からも大きな信用が寄せられていた。

本件発明等1,2は,このような被告に対する信用を基に,日本赤十字社や国立がんセンターの医師らからの協力要請を発端とし,こうした医師らからの貴重な情報提供と技術的課題の提供,これの解決手段のヒントに関する情報提供等の貴重かつ重要な協力によってされたものである。

本件発明等3,5は,同業者であると共に顧客としての立場も有する藤沢薬品工業からの開発協力を発端としているが,これも被告の誠実な製品製造と丁寧高度な技術力,販売対応にあたっての誠実さに伴う信用力が評価されてのことである。

本件発明等4は,汎用的なキット製品として,技術的には上記のキット製品である本件発明等3,5の技術の発展上にあり,これに国の厚生行政という立場で技術を見て来た被告社員のP4の視点(甲69参照)が加わり,開発されるようになったものである。

本件発明等6は,キット製品を更に発展させた技術というべきものであるところ,主として営業の立場から広く業界に目を配っていた被告社員のP5(甲92)の発案によって開発が始まったものであり,製造現場での研究試行を経て,本件発明6-1,6-2を越えた技術に到達してこれを実施しているものである。

(2) 実施品の製造販売について

本件実施品1については,液漏れ,バリ,イボ破れなど製品としての本質的欠陥が生じたため,被告において,その品質向上のために費用を惜しまぬ努力をしたが(乙10の1~5参照),それでも,最終的には約1000万円を越える赤字で国内販売中止となったものである。原告は,この損害を全く負担していない。

また,本件発明2-2は,被告は,製品開発の助言・指導を行ったP6博士の知らない間に,原告を発明者として特許出願を行ったものであり,そのことが発覚してからは,P6博士の関連企業に対し,実施料を支払っている(乙12の2)。

(3) 小括

以上のとおり,本件発明等は,被告の信用力を基礎として,日本赤十字社の医師(本件発明等1),国立がんセンターのP6博士(本件発明等2),藤沢薬品工業の技術者(本件発明等3,5)等の技術的教示や協力により可能となったものである。また,本件発明等4,6は,被告の営業・経営全般の観点からの発案を技術的基点としてされたものである。

これらの点を考慮すれば,被告の本件発明等への貢献した割合は,いずれも95%を下らないというべきである。

6  争点1-6(共同発明者間における原告の貢献度)について

【原告の主張】

(1) 本件発明等1

本件発明1-1,1-2は単独発明,本件発明1-5は被告社員2名の共同発明であるが,本件発明等1を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は90%を下らない。

(2) 本件発明等2

本件発明2-1,本件発明2-2は単独発明であり,本件創作意匠2は被告社員2名の共同創作意匠であるが,本件発明等2を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は95%を下らない。

(3) 本件発明等3

ア 本件発明3-1,3-2,本件創作意匠3は被告社員3名及び藤沢薬品工業の社員3名の共同発明又は共同創作意匠,本件発明3-3は被告社員3名の共同発明である。

本件特許権3-1,3-2,本件意匠権3は,被告と藤沢薬品工業の共有であるが,藤沢薬品工業は,製薬会社で被告と競合する医療用具メーカーではなく,被告が本件実施品3を藤沢薬品工業に販売するにあたって,藤沢薬品工業に実施料を支払う必要はない。このことからすれば,本件実施品3について本件発明等3の実施により被告が受けるべき利益の額についての共同発明者の貢献は,被告の社員3名についてのみ認められるべきである。なお,被告は,本件発明等3について,藤沢薬品工業の技術者の貢献が大であると主張するが,基本的には,藤沢薬品工業側は商品コンセプトの立案(課題の提供)を行い,被告側が具体的な材質,形状,構造などの開発(課題の解決)を行うという関係であって,重要な役割を果たしたのは被告側である。

イ 本件発明3-1,3-2,本件創作意匠3は3名,本件特許3-3は2名の共同でされたものであるが,本件実施品3の最大の特徴である連通機構の制御構造(本件発明3-1)は原告のアイデアによるものである(甲65,66,67の1~3,196の2)。被告は,そのアイデアが,P7の製図した図面(甲126の4,196の3~5)に記載されていることから,同人の発案によるものであると主張するが,発案者は製図者と一致するものではなく,理由がない。

ウ 以上を踏まえて,本件発明等3を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は40%を下らない。

(4) 本件発明等4

ア 本件発明4-1は被告社員4名の共同発明,本件発明4-2,本件考案4は被告社員3名の共同発明又は共同考案である。

イ 本件発明4-1は,原告が主にアイデアを出し(甲71の3。ここにはガイド棹は記載されていないものの,両頭針やその係止部は既に記載されている。),原告の部下であるP8が製図や報告書作成などの実務を行ったものである(甲127,乙15の2・3)。

ウ 以上を踏まえて,本件発明等4を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は25%を下らない。

(5) 本件発明等5

ア 本件発明5,本件創作意匠5は被告社員3名及び藤沢薬品工業の社員3名の共同発明又は共同創作意匠である。

本件発明等3の場合と同様に,本件特許権5,本件意匠権5は,被告と藤沢薬品工業の共有であるが,藤沢薬品工業は,製薬会社で被告と競合する医療用具メーカーではなく,被告が本件実施品5を藤沢薬品工業に販売するにあたって,藤沢薬品工業に実施料を支払う必要はない。このことからすれば,本件実施品5について本件発明等5の実施により被告が受けるべき利益の額についての共同発明者の貢献は,被告の社員3名についてのみ認められるべきである。なお,被告は,本件発明等5について,藤沢薬品工業の技術者の貢献が大であると主張するが,基本的には,藤沢薬品工業側は商品コンセプトの立案(課題の提供)を行い,被告側が具体的な材質,形状,構造などの開発(課題の解決)を行うという関係であって,重要な役割を果たしたのは被告側である。

イ 本件発明5の2色成形による弱溶着の技術については,原告の発案である(乙16)。

ウ 以上を踏まえて,本件発明等5を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は33%を下らない。

(6) 本件発明等6

ア 本件発明6-1,6-2は被告社員2名の共同発明,本件発明6-3,本件考案6は単独発明又は単独考案,本件発明6-4は被告社員4名の共同発明である。

イ 被告は,本件発明6-1,6-2を具体的に行ったのはP9(甲93)及びP10(甲95の3,96。)であると主張するが,P9は当時入社間もない新人であったし,P10はP9の後任として関係書類の整理等に関与したにすぎない。

ウ 以上を踏まえて,本件発明等6を全体としてみれば,共同発明者間における原告の貢献割合は50%を下らない。

【被告の主張】

(1) 本件発明等1,2について

本件発明等1,2の技術に関しては原告の発明の技術の貢献が大きく,また,共同発明者中で原告の貢献が大であると解される。

(2) 本件発明等3について

ア 本件発明等3の技術に関しては,藤沢薬品工業の技術者の貢献が大であることはもとより,被告においても,P11,P7,P12などの若い技術者の活躍が大きい。

連通機構の制御構造(本件発明3-1)については,P7の作成図面に示されているところ(甲126の4,196の3~5),原告の技術(甲126の2,196の1・2)によっては,当該構造に到達できない。

また,バイアルを確実に押し下げる構成(本件発明3-2)についても,藤沢薬品工業のP3が口紅からヒントを得て案出したものである。

イ 共同発明者間において,等分の寄与として計算すると,本件発明等3における原告の貢献割合は,平均して18分の5である。

(3) 本件発明等4について

ア 本件発明等4の技術については,P8,P7,P13の貢献が実質的には大きい。原告は,これらの若い技術者の上司として助言を与え,まとめ役をつとめたにすぎない。これらの事実は,本件発明4-1の「ガイド棹」が,原告が作成したとされる図面(甲71の3)ではなく,むしろ,P8が作成した図面(甲127,乙15の2・3)に明確に書き込まれていること,本件考案4の「天面の扁平な倒立台」を具備する枠部材は,原告が作成したとされる図面(甲71の3)には示されておらず,P8が作成した図面(甲127,乙15の2)に「ゴム栓」と指示されていることからも明らかである。

イ 共同発明者間において,等分の寄与として計算すると,本件発明等4における原告の貢献割合は,平均して10分の1である。

(4) 本件発明等5について

ア 本件発明等5の技術に関しては,藤沢薬品工業の技術者の貢献が大であることはもとより,被告においても,P14,P15などの若い技術者の活躍が大きい(乙38の1・2)。

イ しかしながら,共同発明者間において,等分の寄与として計算すると,本件発明等5における原告の貢献割合は,平均して6分の1である。

(5) 本件発明等6について

ア 本件実施品6に用いられている中心的技術は,P10,P9によって開発された本件発明等6以外の技術であり,実施されている本件発明6-4の技術は10分の1の貢献をしているにすぎない。また,本件発明6-4については,P10,P16の貢献が重要であり,原告,P17の貢献は比較的名目的な関与にすぎない。

イ しかしながら,共同発明者間において,等分の寄与として計算すると,本件発明等6における原告の貢献割合は,平均して40分の1である。

7  争点1-7(相当の対価額)について

【原告の主張】

上記3ないし6の各【原告の主張】を踏まえると,相当の対価額は,以下のとおりである。

(1) 計算式

相当の対価額の計算式は,以下による。

ア 使用者が受けるべき利益の額

=被告売上高合計(A)×超過実施分(B)×想定実施料率(C)

イ 相当な対価の額

=使用者が受けるべき利益の額×原告の貢献度(D)×共同発明貢献割合(E)

(2) 平成20年までの相当な対価の額

上記(1)の計算式によれば,平成20年までの相当な対価の額は以下のとおりであり,小計●●●●●●●●●●●円である。

ア 本件発明等1(Lバッグ/プレトバッグ)   ●●●●●●●●●円

●     ●   ●     ●      ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●

イ 本件発明等2(Cバッグ/カルチャーバッグ)   ●●●●●●●●●円

●      ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

ウ 本件発明等3(FNB)   ●●●●●●●●●円

●      ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

エ 本件発明等4(ハーフキット)     ●●●●●●●●●●●円

●       ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

オ 本件発明等5(FNB-Ⅳ )     ●●●●●●●●●円

●      ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

カ 本件発明等6(PLW)     ●●●●●●●●●●●円

●      ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

(3) 平成21年以降の相当な対価の額

上記(1)の計算式によれば,平成21年以降の相当な対価の額は以下のとおりであり,小計●●●●●●●●●●●円である。

ア 本件発明等1(Lバッグ/プレトバッグ)     ●●●●●●●円

●     ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

イ 本件発明等2(Cバッグ/カルチャーバッグ)     ●●●●●●●●●円

●     ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

ウ 本件発明等3(FNB)     ●円

エ 本件発明等4(ハーフキット)     ●●●●●●●●●円

●       ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

オ 本件発明等5(FNB-Ⅳ )     ●●●●●●●●●円

●      ●   ●   ●  ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

カ 本件発明等6(PLW)     ●●●●●●●●●●●円

●       ●   ●   ●

●X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

(4) 相当な対価の額総合計

相当な対価の額総合計は,上記(2),(3)の小計を合算した●●●●●●●●●●●●円である。

【被告の主張】

(1) 本件特許権等による超過売上高は,それぞれの製品に関する複数の権利全部を合わせてもゼロであり,相当の対価額はゼロである。

(2) なお,仮に,超過売上高を5%としても,平成20年までの相当な対価の額は以下のとおりである(ただし,後記9【被告の主張】の消滅時効を考慮した上での計算である。)。

ア 本件発明等1(Lバッグ・プレトバッグ)     ●●●円

●   ●   ●   ●     ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

イ 本件発明等2(Cバッグ・カルチャーバッグ)     ●●●●●●円

●   ●   ●   ●      ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

ウ 本件発明等3(FNB)     ●●●●●●円

●    ●   ●   ●      ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

エ 本件発明等4(ハーフキット)     ●●●●●●●円

●     ●   ●  ●      ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

オ 本件発明等5(FNB-Ⅳ)     ●●●●●●円

●      ●   ●   ●      ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

カ 本件発明等6(PLW)     ●●●●●●円

●       ●   ●  ●    ●

X=●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

8  争点2(原告による放棄の意思表示の有無)について

【被告の主張】

(1) 原告による放棄の意思表示について

ア 原告退職時における被告の発明考案取扱規定(乙1の5。平成20年1月1日実施。以下「平成20年規定」という。)の第12条には,「第8条~第10条(注:出願補償・登録補償・実績補償)の規定は,補償金の支給時に会社に在籍している従業員等に対してのみ適用される」と規定されており,退職時以降は職務発明対価請求権を認めないとされている。

これに基づき,原告は,その退職願(乙2)において,「在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」との約束しているのであるから,職務発明の対価請求権をすべて放棄したものである。

イ 原告は,退職願(乙2)の上記文言は,平成20年規定(乙1の5)第12条の規定を再確認(遵守することを誓約)したものにすぎないと主張する。

しかしながら,上記文言は,単に平成20年規定の12条に定める受給権の不存在を確認するにとどまらず,積極的に,仮に何らかの権利が残存するとしてもこれを放棄する旨を約したものである。

(2) 原告の主張に対する反論

ア 強迫による意思表示は存在しないこと

被告は,原告にあっせん申請の取下げを強要したことはなく,また平成16年以降の異動において原告を冷遇したこともない。

原告は,使用者である被告に対し,自己が主張すべきと考える権利主張については,遠慮なくしていたのであり,退職時にそれができない理由はない。

原告は,退職願(乙2)に署名押印するに当たっては,この文書を自宅に持ち帰り十分検討しており,自由な意思に基づいて,放棄の意思表示をしたことは明らかである。

イ 特許法35条3項に照らして無効であるとの主張について

原告の主張は趣旨不明といわざるを得ない。

ウ 錯誤無効ではないこと

退職願(乙2)における放棄の意思表示は,自らの有する受給権は全て放棄し退職後には請求しないという極めて単純明快なものであり,平成20年規定の第12条の定める受給権取得とは異なる場面の問題である。

したがって,原告が,前者を後者の内容と混同して錯誤に陥るということは考えられず,仮に錯誤に陥ったとしても,放棄の意思表示は,動機の錯誤であるところ,そのような内容の表示はされていないし,原告には単純明快な日本語の内容を誤解したという重大な過失があったというべきである。

なお,原告は,強迫による意思表示であるとの主張をして,放棄の意思表示が有効であることは認めていることから,この点について,自白が成立する。

【原告の主張】

(1) 退職願の放棄条項の解釈について

ア 原告の退職願(乙2)における放棄条項は,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を遵守いたします」との記載の下に設けられていることから,平成20年規定(乙1の5)第12条の規定を再確認(遵守することを誓約)したものにすぎない。

すなわち,平成20年規定の第12条は,被告においては,職務発明の出願補償金,登録補償金,実績補償金は,在職中の従業員についてしか適用されず,発明考案をなした従業員が退職した場合には,発明考案の対価として出願補償金,登録補償金,実績補償金を請求する権利がないことを定めたものであるが,従業員の在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権・発明考案等の対価請求権の一切を放棄する旨を定めたものではない(実際に原告はそのように認識していた。)。

イ また,従業員等が対価請求権を有効に放棄するなど,特段の事情のない限り,従業員等は,使用者等の算出した額に拘束されることなく,特許法に基づく「相当な対価」を使用者等に請求することができるものと解すべきである(東京高裁平成13年5月22日判決・判例時報1753号23頁,オリンパス事件控訴審判決参照)。

しかるところ,本件では,上記退職願の文言に加え,平成9年,平成13年,平成15年の補償金申請において,原告が被告からの補償金額の通知を受けて不服申立て(甲115の1~6),滋賀労働局へのあっせん申請(甲116)をしていたこと,退職願(乙2)は,退職金の支給を受けるために署名押印しなければならない書類であったことからすれば,原告において,対価請求権を有効に放棄するなどの特段の事情がないことは明らかである。

ウ したがって,上記文言によって,原告が在職中の職務発明の対価請求権を放棄したということはできない。

(2) 強迫による意思表示の取消し

ア 原告が上記のとおり不服申立て及びあっせん申請をしたのに対し,被告のP18社長は,平成16年3月頃,被告の内部事情をあからさまにしたとして原告を叱責し,あっせん申請を取り下げるよう強要した。その後,平成16年4月から,原告は事実上左遷され,パート従業員と同じグループとして扱われ,専用回線も与えられず,仕事を割り振られないなど冷遇・差別的待遇を受けた。これらの被告の一連の行為は強迫行為といえ,原告は,このような継続した脅迫行為により,もし退職願の記載に異議を述べたら,退職金の不支給を含む経済上の不利益を科せられるものと畏怖して,これに署名をしたのである。

イ 被告による上記脅迫行為は,原告に,発明考案取扱規定についての異議を述べさせず,ひいては,退職に先立って職務発明等の対価請求権を放棄させることを意図したものである点において,特許法35条3項の趣旨に照らして違法な目的である上,原告から事実上仕事を奪い,意欲を減退させるということは,原告の人格権を毀損・侵害するものであるから,手段に違法性があることも明らかである。

したがって,原告は,被告の強迫行為に基づいて,放棄条項を含む退職願(乙2)に署名させられたものであるから,民法96条1項に基づき,同退職願(乙2)の「在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄する」との意思表示を取り消す。

(3) 退職願の放棄条項は,特許法35条3項に照らして無効であること

ア 特許法35条3項は強行法規,もしくは強行性のある規定であるから,使用者の側が一方的に職務発明の対価請求権を従業員に放棄させることは特許法35条3項に違反して無効である。

イ 特許法35条3項の趣旨は,従業員等の利益保護を図り,従業員等にインセンティブを与えるためのものである。

したがって,使用者が従業員との契約で,職務発明の対価請求権を放棄させた場合,放棄の意思表示の効力を肯定するには,労働者の自由な意思に基づくところが明確でなければならず,自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しなければならないというべきである(退職金債権の放棄に関する最高裁昭和48年1月19日判決・判例時報695号参照)。

本件では,上記(2)のとおり,原告が自由な意思に基づき放棄条項を含む退職願に署名押印したものではないことは明らかである。加えて,原告の退職は定年退職であり,被告側が書き入れている退職願(乙2)の原告の退職金計算式をみても,原告の退職金に何ら減額されている点はなく,退職に際して,原告には何ら負債や落ち度はなかったのであるから,原告が職務発明の対価請求権を放棄する合理的理由は客観的に存在しない。

ウ よって,退職願(乙2)に基づく職務発明の対価請求権を放棄する意思表示は無効である。

(4) 錯誤無効

ア 原告は,退職願(乙2)に署名押印する際,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を遵守いたします」との文言があり,その記載事項のうち4項に「在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします。」との記載があることをみて,この記載に基づく意思表示は,平成20年規定第12条(「実績補償金の規定は,補償金の支給時に会社に在籍している従業員等に対してのみ適用される」)と同じことを記載し,その内容を確認させるもので,原告が在職中になした発明考案等にかかる被告に対する職務発明等の対価請求権の一切を放棄するとの意思表示をなすものではないと錯誤に陥って署名押印したものである(甲168・13頁)。

イ もし,退職願(乙2)への署名押印が,原告の在職中の職務発明等の対価の一切について放棄する意思表示を個別に被告へ対してなすものであると知っていたら,原告は退職願(乙2)に署名するはずがなく(因果関係),かつ,在職中の職務発明等の対価が相当な金額になる可能性があるにもかかわらず,退職願の署名のみで職務発明の対価を放棄しないことは一般社会通念に照らして至当であるから(重要性),このような錯誤は,要素の錯誤といえる。

ウ また,①退職願は,退職者が一律に署名押印する書類であること,②退職願の主眼は退職の意思表示であること,③原告は退職願(乙2)に署名押印するにあたって,放棄条項の説明を受けていないこと,④原告は,職務発明等に係る実施品の売上額について開示を受けたこともなく,放棄する対象となる権利が明確ではないこと,⑤退職願(乙2),平成20年規定第12条の文言から,新たな放棄の意思表示とは考え難いことなどからすれば,原告が上記錯誤に陥ったことはやむを得ないことであり,重大な過失はない。

なお,原告は退職願(乙2)を自宅で十分に検討したことはない。

エ 以上により,退職願(乙2)の文言が,被告主張のように,原告が在職中になした職務発明等についての被告への対価請求権の一切を放棄するとの意思表示をなしたものとみなされるとしても,その意思表示は錯誤により無効である(民法95条)。

9  争点3(消滅時効の成否)について

【被告の主張】

本件訴訟の訴状が送達されたのは平成21年4月であることから,原告の請求権のうち,平成11年3月末までに履行期が到来したものについては,既に消滅時効が完成している。被告はこれを援用する。

したがって,本件各実施品の国内売上額のうち,平成11年4月以降に係る分のみが,対象となる。

【原告の主張】

(1) 消滅時効の起算日について

ア 民法167条1項は,「消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する」とされ,職務発明の対価請求権については「勤務規則等に対価の支払い時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払いを受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払いを求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業員等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となっていると解するのが相当である」とされている(最高裁平成15年4月22日判決・民集57巻4号477頁,オリンパス事件最高裁判決。以下「最高裁平成15年判決」という。)。

イ 平成3年規定の第10条(実績補償金)では,実績補償金について「3年間の純利益額を基準」とされている。しかしながら,発明考案者としては,発明の実施品の販売開始から3年を経過しても,すぐに売上高や純利益があったかどうかというのは分からず,販売開始から3年を経過して,同条にいう3年ごとの評価の時期が到来したとしても,発明考案者がすぐに実績補償金の支給申請をすることは事実上不可能である。

このため,被告では,平成3年規定の解釈運用として,発明考案者が発売後,初めて実績補償金を申請する場合には,過去3年以上前から製造・販売している場合に,製造・販売当初からの実績を加味して申請することができるとされている(甲181の1)。

したがって,被告では,発明考案者は,発明考案の実施品が発売されて3年以上を経過して相当な売上実績とこれに基づく純利益が上がったことが判明して初めて実績補償金の申請が可能となるのであるから,発明の実施品に対する実績補償金の支払い時期は,売上実績が上がって3年間以上が経過し,その後に到来した実績補償金の申請時期に,発明考案者が初めての実績補償金の申請をすることを条件として,発明考案者が最初の申請をした当該実績補償金の支払時期に初めて到来し,この時期が時効の起算点となるというべきである。

ウ 被告は,本件各実施品の売上げ時期が,職務発明の対価請求権の履行期(すなわち消滅時効の起算日)と主張するようであるが,それは誤りである。

(2) 時効の中断について

原告は,平成20年11月18日到達の内容証明郵便で被告に催告書兼提訴予告通知書を送付し,その催告書到達日から6か月以内に提訴している(甲107の1・2)。

したがって,時効の中断は平成20年11月18日の催告日に遡る(民法153条)。

(3) 本件発明等の消滅時効の成否

ア 本件発明等1について

(ア) 原告は,本件実施品1について,発売当初(平成元年)は必ずしも純利益が上がっていないと聞いており,初めて実績補償金の申請をしたのは平成15年のことで(甲115の4),このときの申請は,平成11年度以前の売上げに基づく純利益も対象に含まれていた。同補償金の支払時期は,平成16年3月25日と予定されていた(甲181の1)。

以上より,本件実施品1の発売日(平成元年)から平成11年までの売上高に対する実績補償金の支払時期は平成16年3月25日であり,同日が時効の起算点である。

(イ) したがって,原告の催告書の到達日平成20年11月18日において消滅時効の期間10年は経過していない。

イ 本件発明等2について

(ア) 原告が,本件実施品2について,初めて実績補償金の申請をしたのは平成9年のことで(甲182の1),同補償金の支払時期は,平成10年11月25日であった(甲165の1)。同日支払われた実績補償金は,発売日(平成2年)から平成8年までの売上げに基づく純利益が対象となっていた(甲182の2)。

以上より,本件実施品2の発売日(平成2年)から平成8年までの売上げに対する実績補償金の支払時期は平成10年11月25日であり,同日が時効の起算点である。

(イ) したがって,原告の催告書の到達日平成20年11月18日において消滅時効の期間10年は経過していない。

ウ 本件発明等3について

(ア) 原告が,本件実施品3について,初めて実績補償金の申請をしたのは平成9年のことで(甲165の2),同補償金の支払時期は,平成10年11月25日であった(甲165の1)。同日支払われた実績補償金は,発売日(平成2年)から平成8年までの売上げに基づく純利益が対象となっていた(甲165の2)。

以上より,本件実施品3の発売日(平成2年)から平成8年までの売上げに対する実績補償金の支払時期は平成10年11月25日であり,同日が時効の起算点である。

(イ) したがって,原告の催告書の到達日平成20年11月18日において消滅時効の期間10年は経過していない。

エ 本件発明等4について

(ア) 原告が,本件実施品4について,初めて実績補償金の申請をしたのは平成13年のことで(甲183の1),同補償金の支払時期は,平成14年3月25日であった(甲183の2)。同日支払われた実績補償金は,平成9年以前及び平成10年から平成12年までの売上げに基づく純利益が対象となっていた(甲183の1)。

以上より,本件実施品4の発売日(平成6年)から平成12年までの売上げに対する実績補償金の支払時期は平成14年3月25日であり,同日が時効の起算点である。

(イ) したがって,原告の催告書の到達日平成20年11月18日において消滅時効の期間10年は経過していない。

オ 本件発明等5,6について

本件実施品5及び本件実施品6については,発売時期,実績補償金の支払時期からみて,消滅時効の期間が経過していないことは明らかである

10  争点4(控除すべき金額)について

【被告の主張】

原告は,本件発明等の補償金として受領した金額は合計166万0557円であり,同金額は控除されるべきである。

そのほか,原告は,被告から報奨金・技術賞などの名目で合計24万1666円を受領しているところ(後記【原告の主張】参照),これらの金員は,その名目を問わず,職務発明の対価に包含されるものであり,同金額も控除されるべきである。

【原告の主張】

原告が,本件発明等の補償金として受領した合計166万0557円は,控除されるべきであるが,その他の名目にかかる分は,以下のとおり控除されるべきではない。

(1) 本件発明等1について

ア 本件実施品1の開発に関連する2名共同での改善提案に関し,原告が,報奨金として,3000円(4級の額の2分の1),1万円(3級の額の2分の1)及び1万円(3級の額の2分の1)を受領した事実はある(甲35)。

しかし,同改善提案の報奨金は,提案報奨規程に基づき「従業員の創意工夫による改善意見」(同規程第1条)に対して支払われるもので,特許等の登録の有無に関係なく支払われることから,職務発明等の対価ではない。

イ 本件実施品1の開発に関連する原告の貢献について,賞罰運用細則に基づき,原告が,技術賞として10万円を受領した事実はある(甲36)。

しかし,技術賞は,「技術の革新その他業務遂行上,きわめて有益な発明・改良,もしくは工夫考案などにより会社に貢献した者に与える表彰」(同細則第5条)であって,これも特許登録の有無に関係なく,開発に関与し会社に貢献した者全般に与えられるものであり,職務発明等の対価ではない。

(2) 本件発明等2について

ア 本件実施品2の開発に関連する改善提案に関し,原告が,報奨金として,6000円(4級)を受領した事実はある(甲47)。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(1)アと同様である。

イ 本件実施品2の開発に関連する改善提案に関し,同じく提案報奨規定に基づく特別報奨のうちの技術賞特5級として,5万円を受領した事実はある。

しかし,提案報奨規定による特別報奨・技術賞は,「採用した提案の実施後その効果がとくに優秀であると認められた」(同規定第17条)ことによるものであって,特許等の登録の有無に関係なく支払われるものであることから,職務発明等の対価ではない。

(3) 本件発明等3について

ア 本件実施品3の開発に関連する2名共同での改善提案に関し,原告が,報奨金として1万円(3級の額の2分の1)を受領した事実はある(甲62)。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(1)アと同様である。

イ 本件実施品3の開発に関連する原告の貢献について,賞罰運用細則に基づき,原告が,技術賞として2万円(10万円の一部)を受領した事実はある。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(1)イと同様である。

(4) 本件発明等4について

本件実施品4の開発に関連する3名共同での改善提案に関し,原告が,報奨金として1万6666円(2級の額の3分の1)を受領した事実はある。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(1)アと同様である。

(5) 本件発明等6について

ア 本件実施品6の開発に関連する改善提案に関し,原告が,報奨金として6000円(4級)を受領した事実は認める(甲94の1・2)。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(1)アと同様である。

イ 本件実施品6の開発に関連する改善提案に関し,同じく提案報奨規定に基づく特別報奨のうちの技術賞特1級として1万円(100万円の一部)を受領した事実は認める。

しかし,これが職務発明等の対価でないことは,上記(2)イと同様である。

第4当裁判所の判断

1  事実関係

掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告の職務内容及び本件発明等について,以下の事実関係が認められる。

(1)  原告の職務内容

原告は,被告に入社した後,継続的にディスポーザブル医療器具や医薬品容器等の開発に携わってきた。

原告は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●となった。

本件発明等は,おおむね原告が●●●●●●●●●●●●●●●●●●に所属している間にされたものである。

(2)  本件発明等1について

ア 技術分野

(ア) 本件発明等1は,いずれも血小板保存バッグ又はそれを用いた複合バッグ(血液成分を分離する親バッグと分離した血液成分を貯蔵する子バッグとこれらを連結するチューブからなるもの。)に関するものである。

(イ) 血小板保存バッグは,成分献血(血漿,血小板の分離採取)において,分離した血小板を貯蔵し,保存するバッグである。

成分献血では,親バッグに採取された血液は,同バッグの中で遠心分離によって血漿,血小板,赤血球等に分離され,その後,各成分ごとに別々の子バッグに分けて貯蔵されるが,血小板保存用バッグは,血小板を貯蔵し,保存する子バッグである。同バッグの血液出入り口用チューブは,無菌状態を保つためにプロテクターで被包された上,溶着等の手段により血液バッグと密封され,輸血の際には,プロテクターを開封して使用される(乙40の1)。

(ウ) 血小板保存バッグは,血小板の品質がバッグのガス透過性及び可塑剤溶出の影響を受けるため,①ガス透過性がよいこと(滅菌に用いるエチレンオキサイドガス(EOG)が残留しないこと),可塑剤の溶出が少ないことが要求される。また,バッグの基本性能として,②強度,柔軟性,透明性,耐熱性,耐寒性,水蒸気透過性,シール性,排液性などが要求される。さらに,保存した血小板を患者に安全かつ衛生的に輸血するために,③血液バッグ又は輸液バッグの規格に適合すること,④有機物,異物,微粒子などの溶出が検出されないことなどが要求される(甲24)。

イ 本件発明等1の経緯

(ア) 本件発明等1に至る経緯

a 日本では,昭和61年に成分献血(血漿,血小板の分離採取)が開始され,これに伴い,血小板を72時間保存する研究が行われるようになった。なお,当時の血小板保存バッグの素材には,可塑剤であるフタル酸エステル(DEHP)を含有する軟質ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)が用いられていたが,同バッグでは,血小板の保存期間は2日間が限界とされていた。

当業者間では,新規のガス透過性の高い素材を用いれば,血小板保存期間を3~5日に延長できると認識されていたが,血小板の保存に最適の素材を選定し,その素材を血小板保存用に加工製造する技術は確立されていなかった(甲24)。

b このような状況の中,被告では,昭和60年8月に,営業担当のP19が開発テーマ申請書を提出し,5日間保存可能な血小板保存用バッグの新規開発が開発テーマとされた(甲28)。

(イ) 本件発明等1の経緯

原告は,同年9月頃から,多種多様な材料につき,フタル酸エステル(DEHP)溶出度,ガス透過性,抗血栓性などの項目ごとの性能試験,比較検討を行い,臨床試験評価を経て,昭和63年3月頃までに本件発明1-1を完成させた(甲28~31,32の5)。

ウ 本件発明等1の内容

(ア) 本件発明1-1(請求項1~3)について

本件発明1-1は,血小板保存用バッグ及びそれを用いた複合バッグの素材に関する発明である。

a 従来技術

(a) 特公昭 62-19461 号の発明(乙5も同じ。以下「従来技術1-1①」という。)

従来技術1-1①は,血液バッグ等についての発明で,相溶化剤として,本件発明1-1で用いられているエチレンアクリル酸エステル共重合体(EEA)ではなく,①スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS),②ポリプロピレン(PP),③エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)を用いていた。

従来技術1-1①は,可塑剤を含有しないために,添加物質が血小板中に滲出する欠点は解消されたが,高温領域における弾性率が低く,高圧蒸気滅菌の際にバッグが軟化変形する欠点があった。また,エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)を用いているために,成形の際の熱分解や高圧蒸気滅菌の際の加水分解で酢酸が発生,遊離して血小板濃厚液中に混入し,血小板濃厚液を酸性にする欠点があった。

なお,バクスター社(アメリカ)の「PL732」は,従来技術1-1①の実施品であるが,同製品は,国外のみで販売されており,日本国内では販売されていない。

(b) カワスミ社の塩ビバッグ

カワスミ社が日本国内で販売していた「塩ビバッグ」は,素材にポリ塩化ビニル樹脂(PVC)を用いていた。

同バッグでは,酸素透過不足を補うために,面積をより広く形成する必要があった(甲202・4,5頁)。

c 本件発明1-1(請求項1~3)の特徴

本件発明1-1(請求項1~3)は,素材に①ポリエチレンブチレンポリスチレンブロック共重合体,②ポリプロピレン(PP),③エチレンアクリル酸エステル共重合体(EEA)によるポリマーアロイを使用することにより,血小板中に化学物質の滲出がなく,高温又は低温における変形が少なく,ガス透過性がよく,長期間の保存を可能とするものである(甲2の2)。

(イ) 本件発明1-2(請求項1)について

本件発明1-2は,血小板保存用バッグの内面の素材及び形状に関する発明である。

本件発明1-2(請求項1)は,ポリ(エチレンブチレン)ポリスチレンブロック共重合体を含有する重合体からなるシートを2枚重ね合わせ,その周辺部が熱溶着されたバッグの内面を粗面にすることによって,バッグ内面に血小板がほとんど粘着せず,バッグ内の血小板をほとんど完全に排出することができ,ガス透過性,柔軟性の優れたバッグを実現するものである(甲3の2)。

もっとも,血液バッグにおいて,バッグを構成する2枚のシートの内面にエンボス加工による凹凸を形成すること自体は,従来から行われていた(乙6[従来の技術],乙47の1参照)。

(ウ) 本件発明1-5について

本件発明1-5は,プロテクターの開封線に関する発明である。

a 従来技術

密封保護のためのプロテクターに開封線を設けること自体は従来技術であるところ(乙6参照),この開封線は,従来ヒートカッターや高周波カッター等で形成されていた。

しかしながら,これらの方法による場合,開封線の両縁がヒートカッターや高周波カッターの熱で肉盛りされ,シートがその箇所で収縮,変形したりするために,プロテクターを手でバッグ上方に引き裂いた際,必ずしも開封線に沿って引き裂かれなかった。また,開封線の切断箇所の切断幅がかなり広いために空気中の雑菌が開封線の切断部分の底に溜まり,プロテクターを開封した際,チューブが汚染される危険があった。

b 本件発明1-5の特徴

本件発明1-5は,開封線を超音波カッターで形成することにより,プロテクターが開封線に沿って引き裂かれ,切断部分の底に空気中の雑菌が溜まらないようにしたものである(甲6の2)。

もっとも,超音波カッター自体は公知の技術であり(乙47の2),本件発明1-5は,上記プロテクターの開封線に超音波カッターを用いて上記効果を奏するところに特徴がある。

エ 被告による特許権等の取得

被告は,昭和63年3月11日に本件発明1-2,平成元年1月9日に本件発明1-1,同年7月24日に本件発明1-5について出願し,特許権を取得した。

オ 本件発明等1に関する原告の処遇

被告は,平成元年,本件実施品1の製造方法について改善提案の3級及び4級の評価をして,原告及びP20に対し,合計4万6000円を授与した(原告の取り分は2万3000円であった。)。また,被告は,平成2年,本件実施品1の開発について,原告に対し,技術賞及び賞金10万円を授与した(甲35,36,争いのない事実)。

カ 本件実施品1(血小板保存用バッグ)の競合品

(ア) テルモ社は,平成5年頃,ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)を用いた血小板保存バッグを開発し,販売している(甲209)。

(イ) カワスミ社は,平成9年以降,「カワスミ分離バッグPO」を販売している。

もっとも,「カワスミ分離バッグPO」には,相溶化剤として,本件発明1-1のエチレンアクリル酸エステル共重合体(EEA)ではなく,直鎖状低密度ポリエチレン(L-LDPE)が使用されているが,エチレンアクリル酸エステル共重合体(EEA)の方が強度,透明性において優れたポリマーアロイが得られる。

キ 本件実施品1の販売実績

(ア) 血小板保存用バッグについては,本件実施品1以前は,国内ではカワスミ社の「塩ビバッグ」(上記ウ(ア)b(b)参照)などが販売されていた。

(イ) 本件実施品1は,平成元年11月の販売開始以降,日本赤十字社の血液センターで採用され,成分献血用バッグのみでみれば,平成3年頃には,日本全国の赤十字血液センターの9割で使用されるなどした(甲32の5,33)。

(ウ) しかしながら,本件実施品1については,遅くとも平成3年以降,販売先から液漏れが生じる旨のクレームがあり,被告は,販売先に補償するなどした(乙7,8)。なお,液漏れの原因は,本件実施品1のうちポート部分を含むバッグの素材は本件発明1-1のポリマーアロイであったのに対し,チューブの素材はバッグ需要者からの要望もあり従来どおりポリ塩化ビニル樹脂(PVC)であったことから,両者の接着加工に不具合が生じたことによるものであり,本件発明1-1に伴って必然的に生じるものであったとまでは認められない。

また,平成5年頃,テルモ社がポリ塩化ビニル樹脂(PVC)を用いた血小板保存バッグ(上記カ(ア)参照)を開発し,販売するようになった。

その結果,本件実施品1の売上げは,平成4年を頂点に後退することとなり(なお,血小板製剤の供給量自体は,平成3年から平成14年にかけて,ほぼ横ばいで推移している。),被告は,遅くとも平成9年3月頃,国内での本件実施品1を含む血液事業関連製品の製造から撤退するに至った(乙9。なお,本件実施品1の国内販売は,平成11年度まで継続されている。)。

(3)  本件発明等2について

ア 技術分野

(ア) 本件発明等2は,いずれも細胞培養用バッグ(カルチャーバッグともいう。)又はこれを含む医療用バッグに関するものである。

(イ) 細胞培養用バッグは,高度先進医療の一つである活性化自己リンパ球による養子免疫療法でのリンパ球の培養(甲50,51)等に用いられる(弁論の全趣旨)。

従来,ほ乳動物の付着細胞や懸濁細胞などについて生体外での培養はガラス製容器の中で行われていたが,ガラス製容器では,酸素の流通が悪いため,古くなった培地を頻繁に交換する必要があり,培養環境もその都度pHが変わるなど一定にならないという欠点があった。細胞培養用バッグは,このような欠点を克服するものとして用いられるようになった(甲7の2)。

(ウ) 一般に,医療用バッグの素材としては,ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)に可塑剤であるフタル酸エステル(DEPH)を添加し,滅菌方法としてエチレンオキサイドガス(EOG)が用いられることが多い。

しかしながら,細胞培養用バッグの場合,培養した細胞を最終的に人体に注入するため,これら可塑剤フタル酸エステル(DEPH)やエチレンオキサイドガス(EOG)を用いない方が望ましい。

また,細胞培養用バッグは,細胞を培養することから酸素ガス透過性が高いことが必要であり,さらに,細胞培養中に顕微鏡でバッグ内を観察するために透明性の高さが要求される(甲42)。また,培地充填済みの細胞培養用バッグについては,保存性が高く,高強度の素材とする必要がある一方,強度を保ちながらも加工性が高く,排出時に残液が少なくなるような柔軟性も必要である(甲47の1)。

イ 本件発明等2の経緯

(ア) 本件発明等2に至る経緯

原告は,平成元年7月頃,本件発明等1の試験を行う過程で紹介を受けた国立がんセンター研究所のP6博士から,細胞培養用バッグについて,デュポン社(アメリカ)の「ステリセル」は価格が高いので,安くてガス透過性の高いバッグを検討しているとの話を聞いた。

原告は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●が分かった(甲40)。

これを受けて,原告は,新たに細胞培養用バッグとして最適の素材を検討選定する研究開発に着手した。

(イ) 本件発明等2の経緯

a ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●(甲41),●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ということに至り(甲42~44),本件発明2-1を完成させた。

b また,原告は,平成元年9月26日頃,P6博士から,あらかじめ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●と打合せを行った(甲45)。

なお,コージンバイオ社は,これに先立つ同年11月30日,発明者をP6博士,発明の名称を「保存兼組織培養用容器」とする発明について特許出願を行っていた(乙12の1。「コージンバイオ社発明」)。同発明は特許査定され,被告も,本件実施品2の製造販売に関して実施料を支払っている(乙12の2)。

その後,原告は,培地充填済みバッグを無菌的に製造する技術である本件発明2-2を完成させた。

ウ 本件発明等2の内容

(ア) 本件発明2-1について

本件発明2-1は,細胞培養用バッグ(カルチャーバッグ)の素材に関する発明である。

a 従来技術

(a) 特開昭 60-160881 号の発明(以下「従来技術2-1①」という。)

従来技術2-1①は,ガラス製培養容器の欠点を改良し,細胞培養にプラスチック容器を使用する方法であり,容器の素材に特定のイオノマー樹脂を使用していた。

しかしながら,この容器は,強度が十分でないため破れやすく,また,同容器の樹脂は,重金属や蒸発残留物が多く,樹脂中のカチオン金属によっては細胞に対して毒性を有するものもあるなどの欠点があった(甲7の2)。

(b) 特開昭 63-202378 号の発明(乙33。以下「従来技術2-1②」という。)

従来技術2-1②も,容器の素材に,可塑剤フタル酸エステル(DEPH)を用いず,ポリエチレン系のイオノマー樹脂を用いたものである。

しかしながら,これには透明性が低いという難点があり,より透明度が高く,高強度の素材が求められた。

なお,バクスター社(アメリカ)の「ステリセル」は,従来技術2-1①の実施品であるが,同製品は,国外のみで販売されており,日本国内では販売されていない。

b 本件発明2-1の特徴

本件発明2-1は,素材にエチレンと炭素数6~8のαオレフィンの共重合体からなる線状低密度ポリエチレンと低密度ポリエチレンを特定の配合比で組成することによって,フィルムの強度・透明性・酸素透過性などの点を考慮して,最も好ましいポリマーアロイを実現したものである(甲7の2)。

(イ) 本件発明2-2(請求項1)について

本件発明2-2は,培地充填済み(液体培地入り)の細胞培養用バッグの製造方法(滅菌方法)に関する発明である。

本件発明2-2(請求項1)は,培地充填済みバッグの製造の過程で,バッグと培地を一体で滅菌するのではなく,バッグ・2次包材についてはγ線による滅菌,液体培地については濾過滅菌をそれぞれ別々に行い,それらを無菌の状態で製品に仕上げるものであり,これによって滅菌の難しい液体培地が放射線(γ線)の照射を受けずに済むことになる。

なお,培地充填済みバッグは,上記コージンバイオ社発明以前には見当たらない(乙12の1参照)。

(ウ) 本件創作意匠2について

本件創作意匠は,採血バッグ用チューブ接続具に係る意匠である。

バッグ内部には二本の突起部により空間が確保されていることから,バッグのフィルムは完全に密着することにはならず,流れ不良が生じるのを防止することができる。

エ 被告による特許権等の取得

被告は,平成2年3月26日に本件発明2-1,同年4月12日に本件創作意匠2,同年7月12日に本件発明2-2について出願し,特許権及び意匠権を取得した。

オ 本件発明等2に関する原告の処遇

被告は,平成2年,本件実施品2について改善提案の4級の評価をして,原告に対し,6000円を授与した。また,被告は,平成3年,本件実施品2について,原告に対し,技術賞及び賞金5万円を授与した(甲47の1~3,48,争いのない事実)。

カ 本件実施品2(細胞培養用バッグ)の競合品

(ア) コージンバイオ社は,空バッグと培地充填済みバッグの双方を販売している(乙41・3,4頁)。

もっとも,コージンバイオ社の製品は,素材にエチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)が使用されており,滅菌の方法は不明である。

(イ) また,コアフロント社も,培地充填済みバッグを販売している(乙41・4頁)。

キ 本件実施品2の販売実績

(ア) 空バッグについて

a 空バッグは,本件実施品2-1以前,国内で一般には販売されていなかった。

b 本件実施品2-1は,平成2年9月に販売開始され,平成13年当時,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●であった(甲53,54の1・2,169)。

本件実施品2-1は,平成13年以降もその売上げを伸ばしていることが認められる(後記5参照)。

(イ) 培地充填済みバッグについて

a 培地充填済みバッグが国内で一般に販売されるようになったのは,コージンバイオ社発明以後である。

b 本件実施品2-2は,平成2年に販売開始され,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●であった(甲53,54の1・2,169)。

本件実施品2-2は,平成13年以降もその売上げを伸ばしたが,平成17年度に製造が中止された。一方,平成14年度には本件実施品2-3が販売開始され,その後売上げを伸ばしている(後記5参照)。

(4)  本件発明等3について

ア 技術分野

(ア) 本件発明等3は,いずれも機能性容器のうち一体型キット又はこれを含む輸液容器に関するものである。

(イ) 一体型キットは,複数の医薬品の組合せ(抗生物質などの粉末医薬品と溶解液又は希釈液等)を単一の容器内にセットし,コネクターを介して連通させることで混合できるようにしたキット製品である(弁論の全趣旨)。薬効分類別でみると,抗生物質製剤において特に多く用いられている(甲203・3頁)。

(ウ) 従来(本件発明等3より以前),日本国内において,抗生物質製剤の一体型キットは販売されておらず,抗生物質製剤と点滴用の輸液(生理食塩水)は別々に販売されていた。この場合,病院等の医療機関では,バイアル等の容器に入った粉末薬剤等(抗生物質製剤)を溶解し,輸液として点滴注射に用いる際,上記薬剤の入った容器と溶解液の入った容器とを両頭針あるいは連結管等の接続用具を用いて接続し,溶解液を薬剤の入った容器に移して薬剤を溶解していた。

ところが,これらの操作は煩雑で時間もかかる上,外気中で薬剤の入った容器に接続用の穴を開ける操作を行うので,中の薬剤が汚染される可能性があった。

一体型キットは,このような操作の煩雑性,外気による薬剤の汚染可能性の問題を解消するものであり,複数の医薬品を組み合わせて使用する場合の利便性を高めるものであるといえる。

イ 本件発明等3の経緯

(ア) 本件発明等3に至る経緯

藤沢薬品工業は,一体型キットについて,既に「アイバッグ」(後記ウ(ア)a参照)を開発していたバクスター社と共同開発することを計画していたが,これを断念して,被告に共同開発の話を持ちかけ,昭和62年,被告と藤沢薬品工業が共同して,一体化キットの開発をすることとなった(甲56の1~3)。

(イ) 本件発明等3の経緯

a 一体化キットの構造については,藤沢薬品工業から「アイバッグ」の構造についての改良意見が出され,これを踏まえて,具体的な検討がされた(甲56の3)。

(a) 連通手段である「中空の穿刺針」(本件発明3-1)は,原告が昭和63年1月5日に作成した図面に記載されている(甲126の2)。また,連通順序を制御する「掛止部」(本件発明3-1)の具体的構造は,原告が同年2月頃に作成した図面(甲196の2)への記載は認められないが,P7が同年3月17日に製図をし,原告が点検をした図面には記載されている(甲126の4)。

(b) また,連通機構におけるバイアル押し下げキャップのカム機構と部材の構造(本件発明3-2)は,藤沢薬品工業のP3の「口紅あるいは固形のり<回転により押し込む機構>のようなもの」という発案に基づき,その具体的な構成について,原告を含む開発担当者が議論の上,本件発明3-2が完成したものである(争いのない事実)。

b また,輸液バッグの素材については,原告がテストを重ね(甲57~59),研究・検討の結果,本件発明3-3が完成した(本件発明3-3については,藤沢薬品工業の社員との共同発明ではない。)。

ウ 本件発明等3の内容

(ア) 本件発明3-1(請求項1~3)について

本件発明3-1は,一体型キットの連通手段に関する発明である。

a 従来技術

特表昭 61-501129 号の発明(以下「従来技術3-1」という。なお,以下の番号は,本件発明3-1の特許明細書〔甲10の2〕記載の番号である。)は,薬剤容器であるバイアル 101 を収納するカプセル 102と,薬液取出口を有する溶解液の入った可撓性容器 103 とが,チューブ 104 で接続されたものである。使用に際しては,まず,①カプセル102 上部キャップ 107 を指で押してバイアル 101 を押し下げ,穿刺針105 でバイアル 101 のゴム栓 108 を貫き,可撓性容器 103 とバイアル101 とをまず連結する。次いで,②チューブ 104 内の破断部材 106 を手で折り曲げ,それによりチューブ 104 内の通路を開通させ,薬剤と溶解液とを混合するようになっていた。

従来技術3-1は,通路を開けるために,破断部材を手で折る手間を要した。また,穿刺針によるバイアルのゴム栓の刺通と破断部材を手で折ることの先後を誤り,その場合,カプセル内に溶解液が漏れる可能性があった。さらに,破断部材 106 の折れ方が不完全な場合は,液が通りにくく,溶解に時間がかかるという問題があった(乙42参照)。

なお,バクスター社(アメリカ)の「アイバッグ」は,従来技術3-1の実施品であるが,同製品は,国外のみで販売されており,日本国内では販売されていない。

b 本件発明3-1(請求項1~3)の特徴

本件発明3-1(請求項1~3)は,制動手段により,最初に薬剤容器の栓が刺通された後,可撓性容器の閉鎖膜が刺通されるため,先に閉鎖膜が刺通され,可撓性容器内の溶解液や希釈液がカプセル内に漏洩するという不都合が生じない。また,中空の穿刺針が連通手段として用いられており,穿刺針が薬剤容器の栓と可撓性容器の液体通路部の閉鎖膜とを刺通することによって直ちに連通することとなり,中空の穿刺針による連通であるので,液体の移動が妨げられることがなく,連通後の薬剤と溶解液の混合を短時間で行うことができる(甲10の2)。

(イ) 本件発明3-2(請求項1)について

本件発明3-2は,一体型キットのキャップの構造に関する発明である。

a 従来技術

(a) 特表昭 61-501129 号の発明(以下「従来技術3-2①」という。)

従来技術3-2①(以下の番号は,本件発明3-2の特許明細書〔甲11の2〕記載の番号である。)では,カプセル 122 の上部には可撓性部材からなるキャップ 127 がシール性を保ちつつ取り付けられている。この可撓性部材は人手による下降運動を可能とするように実質上変形自在である。使用に際しては,カプセル 122 上部のキャップ127の平坦な中央部材を指で押してバイアル121を押し下げ,穿刺針 125 でバイアル 121 のゴム栓 128 を貫き可撓性容器 123 とバイアル 121 とを先ず連結する(甲11の2・図24参照)というバイアルと穿刺針(可撓性容器と連結されたチューブに取り付けられた中空の穿刺針)との連結方法が採られていた。

しかし,従来技術3-2①では,キャップ 127 を下方へ移動させてバイアル 121 を押し下げるため,連通操作時にカプセル 122 の内圧が上昇し,連通操作をスムーズに行うことができない場合があり,押し下げた穿刺針を貫通したバイアルのゴム栓が穿刺針から外れる可能性もあった(甲67・102頁参照)。また,キャップ 127 を指で下方へ押す際に爪でキャップ 127 を傷つけてしまうと,キャップ 127 が破れて無菌性が破壊されるおそれもあった(乙42参照)。

なお,バクスター社(アメリカ)の「アイバッグ」は,従来技術3-2①の実施品であるが,同製品は,国外のみで販売されており,日本国内では販売されていない。

(b) 実開昭63-46148 号の考案(以下「従来技術3-2②」という。)

一方,従来技術3-2②(以下の番号は,本件発明3-2の特許明細書〔甲11の2〕記載の番号である。)では,甲11の2・図25の薬剤Lが収容されている容器本体101の首部102に甲11の2・図26に示されるような溝が形成されており,使用前にあっては蓋103の凸部104は溝105と嵌合させられている。そして,使用に際しては,蓋103の凸部104を上記溝105から一旦はずし,次いで同じく首部102に形成された別のらせん状の溝106に嵌め,蓋103を回転することにより当該蓋103を容器本体101の方向へと移動させる。これにより,鋭角に形成された薬液流出筒107の下端部108が容器本体101の口部に溶着された薄膜109を突き破って外部との連結状態が得られる。

しかし,従来技術3-2②では,薬剤容器の使用時,すなわち容器内部の薬液と外部とを連通状態にするときに,いったん蓋をはずして,再度別の溝に嵌めねばならず,薄膜109 や薬剤流出筒107の鋭利な部分などが大気中の細菌に汚染され,この細菌が薬液中に混入するおそれがあった。また,蓋自身が下方へ移動するため連通操作時に容器の内圧が上昇し,連通操作をスムーズに行うことができない場合があった。

b 本件発明3-2(請求項1)の特徴

本件発明3-2(請求項1)は,キャップ頂部の下面に形成されたカムと,薬剤容器の底部に嵌められた押え部材とを用いて,キャップの回転運動を押え部材の下降運動へと転換させており,しかもこの転換は,キャップを被冠したままで行うことができるので,細菌の侵入を完全に防止することができる。また,キャップ自身は回転運動を行うだけで下方に移動することがないので,連通操作時に容器の内圧が上昇することはない(甲11の2)。

(ウ) 本件発明3-3(請求項1)について

本件発明3-3は,一体型キットを含む輸液バッグの素材に関する発明である。

a 従来技術

(a) 特開昭 62-44256 号の発明(以下「従来技術3-3①」という。)

従来技術3-3①では,内外層が低密度ポリエチレン,中間層がエチレンと1-オレフィンとの共重合体の三層フィルムからなる医療用袋が紹介され,単体フィルム製容器の欠点を解消しようとしている。

しかしながら,メルトフローレートの相違による流れムラのために成形性が悪く,高圧蒸気滅菌を施した際,袋のシート表面に皺が生じる欠点がある。

(b) 特公昭 62-19461 号の発明(「従来技術1-1」)

従来技術1-1では,上記のような積層フィルムからなるバッグと異なり,ポリプロピレンとエチレンプロピレン共重合体とポリ(エチレンブチレン)ポリスチレン共重合体との組成物からなるバッグが紹介されている。

このバッグは溶出性成分を含まないので,薬液の貯蔵には好適であるが,バッグ内の薬液を排出する際に内面に液滴が付着するため,見かけの透明性が悪く,排液が終了しても薬液がバッグ内面に付着して残留する欠点があった。また,このバッグは高温領域における弾性率が低く,高圧蒸気滅菌をした際,バッグが軟化変形する欠点を有していた。さらに,このバッグはバッグ内の薬液を排出する際,薬液が排出し終わったバッグ上部のシート内面同士が密着しながら薬液を排出するので,薬液はバッグを構成するシートの両端部から排出し,中央部が遅れて排出することになり,排出量を正確に把握できない欠点があった。

b 本件発明3-3(請求項1)の特徴

従来技術3-3①②は,成形性が悪く,高圧蒸気滅菌を施した際,袋のシート表面に皺が生じる(以上につき上記3-3①),又は,バッグ内の薬液を排出する際バッグ内面に液滴が付着するために,見かけの透明性が悪く,排液が終了しても薬液がバッグ内面に付着して残留する,高圧蒸気滅菌をした際,バッグが軟化変形する(以上につき上記3-3②)などの欠点があった。

本件発明3-3(請求項1)は,分岐状低密度ポリエチレンに異なる分子構造をした直鎖状低密度ポリエチレンを混合することによって,透明性,耐熱性に優れたシートを作ることができる。このシートから製造されたバッグは高圧蒸気滅菌にも変形しないし,滅菌中にバッグから輸液中に微粒子が滲出することも少ない。また,このバッグは,バッグ内部のシート同士が密着しないで薬液を排出することができる。さらに,バッグ内面を所定の転落角にしたり,多数の凸条の線状を付与したりすることによって,薬液の排出状況を一層良好にすることができる。

(エ) 本件創作意匠3について

本件創作意匠3は,粉末薬剤等を容器内で溶解し,輸液とすると共にそのまま輸液バッグとして用いることができる輸液容器に係る意匠である。

エ 被告による特許権等の取得等

被告及び藤沢薬品工業は,昭和63年10月17日に本件創作意匠3,平成元年3月15日に本件発明3-1,同3-2について出願し,意匠権及び特許権を取得した。

被告は,平成元年6月28日に本件発明3-3について出願し,特許権を取得した。

オ 本件発明等3に関する原告の処遇

被告は,平成元年,本件実施品3の連通機構について改善提案の3級の評価して,原告ら2名に対し,2万円を授与した(原告の取り分は1万円であった。)。また,被告は,平成3年,本件実施品3の開発と商品化について,原告ら5名に対し,技術賞及び功労賞並びに賞金10万円を授与した(原告の取り分は2万円であった。甲48,62の3,争いのない事実)。

カ 本件実施品3(一体型キット)の競合品

大塚製薬は,平成6年,一体型キットを開発した。

また,被告は,平成7年頃,一体型キット「NIS-1」を販売した(甲160の1~5)。

(ウ) その後,大塚製薬は,平成8年,ダブルバッグタイプの一体型キット「OMCキット」の販売を開始した。

キ 本件実施品3の販売実績

(ア) 一体型キットの抗生物質製剤は,本件実施品3の販売以前,国内では一般に販売されていなかった。

(イ) 本件実施品3は,平成2年に藤沢薬品工業に販売され,藤沢薬品工業から一体型キットの抗生物質製剤として医薬品市場に販売された。

(ウ) 平成6年に,武田薬品工業から,大塚製薬の一体型キットを容器とした抗生物質製剤「パンスポリンキット」が,平成7年に,同じく武田薬品工業から,大塚製薬の一体型キットを容器とした抗生物質製剤「ファーストシンキット」がそれぞれ販売開始され,平成10年には,一体型キットの抗生物質製剤は,合成ペニシリン製剤を含めて14社25品目が上市されていた(甲203・18,57頁)。

一体型キットの抗生物質製剤の売上高は,平成10年には365億円であり,そのうち,大塚製薬の「OMCキット」を使用したもの(製剤名「パンスポリン」,「ホスミシン」,「スルペラゾン」,「ファーストシン」,「オーツカCEZ注-MC」,「チエナム」)が209億円(51%),被告の「NIS-1」を使用したもの(製剤名「バンコマイシン」,「ペントシリン」)が70億円(19%),本件実施品3を使用したもの(製剤名「セファメジン」,「エポセリン」)が81億円(22%)であった(甲203・75頁,弁論の全趣旨)。平成10年の抗生物質製剤の全売上高は1164億円であり,そのキット化率は31.4%であった(甲203・75頁)。

なお,本件発明3-1,3-2,本件創作意匠3は,いずれも藤沢薬品工業との共同開発契約に基づくものであり,被告は,藤沢薬品工業の許諾なくして,本件実施品3を第三者に販売することはできない。

(エ) 被告及び藤沢薬品工業は,平成11年に本件実施品5を開発し,同実施品の販売を開始したため,これに伴い,本件実施品3の販売は終了した。

(5)  本件発明等4について

ア 技術分野

(ア) 本件発明等4は,いずれも機能性容器のうちハーフキットに関するものである。

(イ) ハーフキットは,一体型キット同様に,複数の医薬品の組合せ(抗生物質などの粉末医薬品と溶解液又は希釈液等)について,コネクターを介して連通させることによって,混合できるようにしたキット製品であるが,一体型キットは,溶解液と両頭針(連通針)と薬剤容器(バイアル)を一体化しているのに対し,ハーフキットは,薬剤容器(バイアル)を一体化しておらず,市場に流通する広範なバイアルに適合できるという違いがある(弁論の全趣旨)。

ハーフキットについても,一体型キットと同様に,複数の医薬品を組み合わせて使用する場合の利便性を高めるものであるといえる

イ 本件発明等4の経緯

(ア) 本件発明等4に至る経緯

被告は,平成3年から,医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の融資事業として,「注射剤投与システムの試験研究」として新たなキット製品の開発を進めており,その中では,バイアルに滅菌封入された抗生剤などの医薬品を,使用時に安全,迅速かつ容易に溶解調整できる生食液キット(ハーフキット)の開発に重点がおかれていた(甲69,70)。

これは,一体型キットでは被告に遅れをとった大塚製薬が(上記(4)カキ参照),ハーフキット製品を開発したとの情報が入ったことによるものであった。

(イ) 本件発明等4の経緯

a 開発にあたっては,営業部門との協議において,①溶解液の容器に,薬剤を連通する入り口と点滴する入り口を別々に設ける2ポートの形状とすること,②ビン側でもボトル側でも自立する形状とすること,③連通手段にはダブル針(2穴)を使用すること,④バイアルのサイズを問わないようにすること,⑤ボトルに吊り具を付けること,⑥低コストにすることなどが要求された(甲71の2)。

連通順序を制御する「ガイド棹」(本件発明4-1)の構造,輸液容器の栓体の「ゴム栓」(本件考案4)は,原告が作成した図面(甲71の3)には明確に記載されているとはいえず,むしろP8が平成4年5月15日頃に製図した図面に明確に記載されている(乙15の2)。

b 一方,輸液ボトルの滅菌方法については,原告は,従前からの滅菌方法の検討を重ねていたところ(本件発明6-3等参照),本件発明4-2に至った。

ウ 本件発明等4の内容

(ア) 本件発明4-1について

本件発明4-1は,ハーフキットの連通手段に関する発明である。

a 従来技術

実開昭 63-135642 号の考案(以下「従来技術4-1」という。)の輸液用容器は,溶解液容器の口部のシール部に筒状の適宜取り外し可能なサポートリングを設け,このサポートリングに上下スライド自在に両頭針を取り付けたものであり,両頭針を下方にスライドさせたときに,下部針体が溶解液容器の口部のシール部に穿刺するようにしたものである。

従来技術4-1は,操作が比較的容易で,部品点数が少なく輸液用容器全体をコンパクトにできるなどの利点がある。しかしながら,一方で,連通に比較的大きな力を要し,薬剤と溶解液を混合した後にサポートリング及び両頭針を取り外し,両頭針を抜き取った後の溶解液容器の口部のシール部に輸液セットなどを接続する必要があるため(1ポートタイプ),操作に手間がかかり,両頭針抜取時に混合された薬液が漏れるおそれがあるなどの欠点があった。

b 本件発明4-1の特徴

本件発明4-1では,輸液容器からキャップを外し,ガイドカプセルの開放端に,薬剤容器をその口部を先頭にして挿着し,これを下方に押し下げると,まず,口部のゴム栓が両頭針の上部穿刺針で刺通される。そして同時に薬剤容器の口部によってガイドカプセルのガイド棹が外側に押し広げられるので,係止溝から両頭針の係合部が外れ,両頭針は薬剤容器とともに下方に移動してその下部穿刺針によって溶解液容器の閉鎖膜が刺通され,薬剤容器と溶解液容器が連通する。次に,薬剤容器を下にして,これに溶解液容器から溶解液を導入し,薬剤容器内に収容されている乾燥薬剤と溶解液を混合して薬液を調製できる。調製された薬液は輸液容器の薬液取出口に輸液セットなどを接続して,そのまま点滴治療などに用いることができる(2ポートタイプ)。

本件発明4-1は,このような構成により,操作が容易で手間がかからず,混合された薬液が漏れるおそれがなく,部品点数が少なく,無菌的に薬剤と溶解液を混合できる輸液容器を提供することを目的とする(甲14の2)。

(イ) 本件発明4-2(請求項1)について

本件発明4-2(請求項1)は,ハーフキットを含むプラスチックボトルに収容された薬液の滅菌方法に関する発明である。

a 従来技術

従来技術の滅菌方法では,槽内の高温でボトルの形成材料が軟化して変形したり,急激な温度変化や熱水衝突の衝撃でボトル形成材料から発生する微粒子の量が増加したり,軟化したボトルに熱水が当たり続けることでボトルが変形したりすることがあった。

b 本件発明4-2(請求項1)の特徴

本件発明4-2(請求項1)の滅菌方法では,プラスチックボトルは,互いに接触しないように間隔を空けてトレーに配置され,例えば台車に複数段積み重ね,台車ごと熱水スプレー式レトルト殺菌装置内に搬入される。そして,シャワーから熱水が注がれるが,熱水はカバーによって遮られるので,プラスチックボトルに直接当たることはない。カバーによって遮られた熱水は,カバーに穿設された熱水注入孔からトレー内に注入され,それぞれのトレーに溜まる。水位がオーバーフロー孔に達すると,熱水はオーバーフロー孔から流れ出てることとなり,熱水の水位はプラスチックボトルに収容された薬液の液位と略同位置に維持され,また,熱水は水抜孔とオーバーフロー孔から常時入れ換え循環される。したがって,トレー内の熱水の温度は所定の温度に維持されるとともに,高温高圧による薬液及び熱水の膨張と液圧とがプラスチックボトルの壁面を通して内外で常時相殺され,プラスチックボトルの内外の圧力は均衡することとなる。

(ウ) 本件考案4について

本件考案4は,ハーフキットを含む輸液容器の栓体の形状に関する考案である。

a 従来技術

従来技術では,栓体を下にして輸液容器を倒立させておくことができないため,多くの輸液容器を一度に使用することができず,また,栓体の外部から輸液容器の内部にエアーが進入するリークが生じやすいという問題があった。

b 本件考案4の特徴

本件考案4では,枠部材とゴム栓と支持部材と倒立台が一体に設けられており,枠部材の固着部を輸液容器の口部に適宜の手段で固着することにより気密に取り付けられる。そして,取り付けた状態で,倒立台を下に向けて置くと,その天面が扁平なので輸液容器を倒立状態で自立させることができる。

また,本件考案4の栓体を成形する金型は,栓体の構造上,倒立台より上の部分の上型と下の部分の下型を用い,下型は左右に分離する構造とした上で,上型は上方に抜き,一対の下型は左右に離すこととなるが,金型の抜き動作によって,スコアライン又はねじり切り用薄肉部を形成した接続部に,無理な力がかからないので,エアーのリークの原因となる破れが生じない。

エ 被告による特許権等の取得

被告は,平成4年6月5日に本件発明4-1,平成5年4月1日に本件考案4,同月16日に本件発明4-2について出願し,特許権及び実用新案権を取得した。

オ 本件発明等4に関する原告の処遇

被告は,平成元年,本件実施品4の開発に関連して改善提案の2級の評価をして,原告ら3名に対し,5万円を授与した(原告の取り分は1万6666円であった。争いのない事実)。

カ 本件実施品4(ハーフキット)の競合品

(ア) 大塚製薬は,平成4年,ハーフキット「大塚生食注TN」の販売を開始した(乙43の1・9頁)。

「大塚生食注TN」(甲73・116頁表3,図5参照)は,ポート口が一つの1ポートタイプで,バイアルを両頭針に差し込んだあと,一度バイアルを取り外してから点滴用の輸液セットに接続する構造であった(従来技術4-1と同様)。

(イ) また,大塚製薬は,平成16年,「大塚生食注TN」の2ポートタイプの販売を開始した(乙43の1・9頁)。

キ 本件実施品4の販売実績

(ア) ハーフキットについては,本件実施品4以前から,上記「大塚生食注TN」(1ポートタイプ)等が販売されていた。

(イ) 本件実施品4は,平成6年に販売開始された。

(ウ) 平成10年には,ハーフキットは,輸液メーカーの大手4社(大塚製薬,テルモ社,扶桑薬品工業,菱山製薬)を中心に9品目が上市されていた(甲203・3,33頁)。

平成10年以降のハーフキットの売上個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「2 ハーフキット」のとおりである。

(6)  本件発明等5について

ア 技術分野

本件発明等5は,いずれも機能性容器のうち一体型キット(上記(4)ア参照)に関するものである。

イ 本件発明等5の経緯

(ア) 本件発明等5に至る経緯

平成7年頃,藤沢薬品工業から,被告に対し,本件実施品3のイメージを残した新製品についての共同開発の提案があり(甲80の1・2,83・2枚目等),これを受けて,被告では,同年4月25日に,医療推進部のP14が開発テーマ申請書を提出し,本件実施品3の改良品が開発テーマとされた(甲82)。

(イ) 本件発明等5の経緯

本件実施品の改良品の構造については,藤沢薬品工業から,具備すべき要件についての具体的な意見(①薬剤と薬液の溶解,調整操作がより迅速なもの,②大きさがコンパクトであること,③使用後にバイアルを分別廃棄する必要がないことなど。甲80の1・2)が出され,これを踏まえた検討がされた。

当初は,藤沢薬品工業のP3の発案による折れ棒方式が検討されたが,その後,原告が発案した二色成形による連通棒方式によって進めることとなった(乙16・2枚目)。

原告とP15は,平成7年頃から平成10年頃にかけて,薬剤収納室と突出片を構成する素材について試作と検証を繰り返し(甲86の1~5),平成11年頃,薬剤収納室をポリプロピレン(PP)),突出片を高密度ポリエチレン(HDPE)とポリプロピレン(PP)の混合物(ブレンド)で構成することが最適であるとの結論に達し,本件発明5に至った。

ウ 本件発明等5の内容

(ア) 本件発明5(請求項1,8,9)について

本件発明5は,一体型キットの連通手段やキャップの構造等に関する発明である。

a 本件発明5(請求項1,8,9)の特徴

(a) 輸液と薬剤と混合するための連通機構(請求項1)

本件発明5では,薬剤収納室と溶解液室との間に連通孔(2穴)が形成され,この連通孔は,仮止め状態(剥離可能)に樹脂接着された突出片(なお,突出片の底面はやや丸みを帯び,バタフライ状になっている。)によって塞がれ,密封されている。突出片の突出側端部は,蓋部(キャップ)に装着されたゴム栓に係合している。

蓋部をゴム栓と共に回転させると,キャップ部材の回転操作によって上記突出片が上記キャップ部材の回転軸と直交する平面上で移動して上記薬剤収納室の底部から剥離し,突出片の仮止め状態が解除されて連通孔が解放される(以下この機構を「弱シール破断方式」と略称する。)。これによって,薬剤収納室に収納された粉末薬剤と溶解液とを混合して輸液とすることができる。

(b) 弱シール破断方式の構成部材の素材(請求項8,9)

上記突出片は,ねじられたときに容易に連通孔を形成できるように,あえて薬剤収納室(の底部)の形成材料と相溶性の悪い材料で形成し,脆弱となりやすい接合部分で切断させるようにするのが好ましい。

本件発明5は,薬剤収納室はポリプロピレン,突出片はポリエチレンとポリプロピレンとの混合物,ポリエチレンの共重合体又はグラフト化物を主成分として,それぞれ形成し(二色成形),上記のような課題を解決している。

b 本件実施品3(本件発明等3)との比較

本件発明5は,二色成形を用いた連通構造により,薬剤と輸液の連通操作を,より安全,正確に,短時間で行うことが可能となった。また,バイアルや両頭針を使用せず,複雑な連通機構を簡素化して部品点数の削減ができるようになったため,キット全体が小型化,軽量化し,保管の省スペース化と廃棄コストの節減を可能とした。さらに,バイアルを使用しないため溶解液の逆流の可能性がなく,また,分別廃棄を必要としないために分別廃棄時のけが,薬液の飛散,接触の危険もなく,すべて焼却処分することが可能となった(甲87,91参照)。

(イ) 本件創作意匠5について

本件創作意匠5は,本件発明5の請求項1の構成を備える,部品点数が少なくコンパクトな輸液容器の形状に関する意匠である。

エ 被告による特許権等の取得

被告は,平成8年2月9日に本件発明5,同年10月18日に本件創作意匠5について出願し,特許権及び意匠権を取得した。

オ 本件発明等5に関する原告の処遇

被告は,平成13年,本件実施品5の開発と販売について,器材開発事業部医療推進部(代表P21)に対し,技術賞及び賞金50万円を授与した(甲88の1~3)。

カ 本件実施品5(一体型キット)の競合品

本件実施品5は,一体型キットの抗生物質製剤であり,その競合品は,は,上記(4)カのとおりである。

キ 本件実施品5の販売実績

(ア) 本件実施品5は,平成11年に本件実施品3に代わって藤沢薬品工業に販売され,藤沢薬品工業から一体型キットの抗生物質製剤として医薬品市場に販売された。

(イ) 平成10年における一体化キットの抗生物質製剤の市場の概況は上記(4)キのとおりである。

平成10年以降の一体化キットの抗生物質製剤の売上個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「1 抗生物質キット医薬品」のとおりである。

なお,本件発明等5は,いずれも藤沢薬品工業との共同開発契約に基づくものであり,被告は,藤沢薬品工業の許諾なくして,本件実施品5を第三者に販売することはできない(乙14・6条2項参照)。

(7)  本件発明等6について

ア 技術分野

本件発明等6は,いずれも機能性容器である一体型キットのうちダブルバッグタイプ(ブロー成形するプラスチックボトルを用いず,キット全体をプラスチックフィルム(シート)で構成したもの。)に関するものである。

ダブルバッグタイプの一体型キットは,ワンタッチで簡便に抗生物質とと溶解液を混合することができるものであり,一体型キットの中でも利便性が高いものである。

イ 本件発明等6の経緯

(ア) 本件発明6-1,6-2,6-4に至る経緯

被告では,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●(甲92)。

(イ) 本件発明6-1,6-2,6-4の経緯

原告は,共同発明者とともに,従来技術にない新しい容器構造,製法のダブルバッグタイプの一体型キットを開発するに至った(本件発明6-1,6-2。甲95)。

なお,被告は,本件発明6-4については,P10,P16の貢献が重要で,原告,P17の貢献は比較的名目的な関与にすぎないと主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は認められない。

(ウ) 本件発明6-3,本件考案6について

なお,本件発明6-3,本件考案6は,上記経緯以前に別途されたものである。

本件発明6-3は,平成3年7月頃,原告が1000ミリリットルの輸液ボトルの開発に従事し,株式会社日阪製作所でシャワー式滅菌機を用いて,ボトルの変形をできる限り少なくするための条件・方法を実験していた過程でされたものである。

ウ 本件発明等6の内容

(ア) 本件発明6-1(請求項1)について

本件発明6-1は,ダブルバッグタイプの一体型キットの製造方法に関する発明である。

a 従来技術

特開平 4-364850 の発明,特開平 4-364851 の発明,及び特開平6-014975 の発明(以下併せて「従来技術6-1」という。)の複室容器は,いずれも,薬剤収容室と薬液収容室を一体に成形した上で,薬液収容室に薬液を充填し,薬液収容室に栓体を取り付けてシールし,蒸気滅菌をした後,薬剤収容室に薬剤を収容してシールし,薬剤収容室部分を水分及びガスに対してバリアー性を有する包材(外壁)で被覆したものであった。

従来技術6-1は,①薬剤収容室と薬液収容室を別々に滅菌することができない,②薬液収容部に薬液を充填して一度滅菌,乾燥した後,薬剤収容部のシール部分を切断して無菌的に薬剤を収容する必要があるため製造に手間がかかる,③蒸気滅菌の際に薬剤収容部に水蒸気が入らないようにシールする必要があるためこの部分の滅菌が不完全になるおそれがあるなどの欠点があった。

b 本件発明6-1(請求項1)の特徴

本件発明6-1は,上記の事情に鑑みてされたもので,薬剤収容室と薬液収容室を別々に滅菌することができ,製造に手間を要しない複室容器の製造方法を提供したものである(甲114の1参照)。

すなわち,本件発明6-1(請求項1)は,1辺が弱シールされた第1および第2のバッグを形成する工程と,該第1のバッグと第2のバッグを夫々の弱シール部分同士で溶着して流体密に接続する工程を含んでなり,第1のバッグの弱シール部分と第2のバッグの弱シール部分を夫々剥離した時に,第1のバッグと第2のバッグが液体連通するようにしてなる複室容器の製造方法である。

本件発明6-1(請求項1)を採用することにより,薬剤収容室(第1のバッグ)と薬液収容室(第2のバッグ)を別々に滅菌することができるため薬剤収容室の確実な滅菌が可能になり,また,薬剤を収容する際の余分な作業が省略されるため製造の手間が省けてコストも低減することができるなどの効果が得られる。

(イ) 本件発明6-2(請求項1)について

本件発明6-2は,ダブルバッグタイプの一体型キットに関する発明である。

本件発明6-2(請求項1)は,本件発明6-1の製造方法,構成により乾燥薬剤を収容する第1の室と薬液を収容する第2の室からなる容器であって,第1の室と第2の室が,1辺が弱シールされた第1および第2の容器を夫々の弱シール部分同士で溶着して容易に剥離可能な弱シール部を形成することにより流体密に区画形成されてなる複室容器である。

本件発明6-2(請求項1)を採用することにより,薬剤収容室(第1の室)と薬液収容室(第2の室)を別々に滅菌することができるため薬剤収容室の確実な滅菌が可能になり,また,薬剤を収容する際の余分な作業が省略されるため製造の手間が省けてコストも低減することができるなどの効果が得られる。

(ウ) 本件発明6-3について

本件発明6-3は,ダブルバッグタイプの一体型キットを含む薬液容器の滅菌方法に関する発明である。

本件発明6-3は,薬液容器を横たえて底面又は側面に穴のあいたトレーに置き,トレーに滅菌用水をためて薬液容器の浮力を発生させた状態で,薬液容器を滅菌するに際し,滅菌用水の水位を薬液容器の上面位置よりも低く,薬液容器内の薬液の水位よりも高くさせて滅菌することを特徴とする薬液容器の高圧蒸気滅菌方法である。

この滅菌方法により,プラスチック製薬液容器は,滅菌時に融点に近い高温にさらされて軟化するが,トレー内の水位を適当な範囲でコントロールすることによって,容器の重さと浮力をバランスさせて自重による変形やトレーに押しつけられることによる変形,あるいは透明性の低下(容器表面の肌荒れ)を最小限に抑えることができる。また,薬液容器の変形を最小限に抑えることができるため,滅菌温度を従来よりも上げることができ,滅菌に要する時間が短くなって製造効率が向上する。

(エ) 本件発明6-4について

本件発明6-4は,ダブルバッグタイプの一体型キットを含む輸液バッグを構成する耐熱性シートの素材に関する発明である。

従来,医療容器に好適なフィルムとして開発されていた素材,例えば,メタロセン触媒系低密度ポリエチレンでは,115℃の滅菌温度にするとフィルムが変形するという欠点があった。

本件発明6-4は,不溶性微粒子の発生が少なく耐熱性のよい密度0.928g/c㎥以上のメタロセン触媒系直鎖状ポリエチレン,溶融時の粘度が高く透明性のよい高圧法低密度ポリエチレン,柔軟性・耐衝撃性の優れた密度0.91g/c㎥以下のメタロセン触媒系直鎖状ポリエチレンという,特性の異なる3つのポリエチレンを適当に組み合わせることにより,耐熱性がよく,不溶性微粒子が少なく,透明性及び耐衝撃性,柔軟性の優れた輸液バッグ材料が得られるものである。

(オ) 本件考案6について

本件考案6は,ダブルバッグタイプの一体型キットを含む医療用バッグのポートの形状に関する考案である。

本件考案6は,ダブルバッグタイプの一体型キットに使用するポートについて,プラスチックフィルムをシールした際に,シール部分からの液漏れが少なく(薬液通路部に扁平部分を設け,プラスチックフィルムをシールした際に,液漏れが少なくなるように工夫されている。),また,抜き型により製造できるようにするものである。

エ 被告による特許権等の取得

被告は,昭和63年3月28日に本件考案6,平成3年8月29日に本件発明6-3,平成7年2月10日に本件発明6-1,同年3月23日に本件発明6-2,平成12年6月22日に本件発明6-4について出願し,実用新案権及び特許権を取得した。

オ 本件発明等6に関する原告の処遇

被告は,平成14年,本件実施品6の開発と販売について,器材開発事業部医療推進部(代表P5)に対し,技術賞及び賞金100万円を授与した(原告の取り分は1万円であった。甲95の1~3)。

また,被告は,平成4年,輸液ボトルの滅菌方法について提案賞4級の評価をして,原告に対し,6000円を授与した(甲94の1・2,争いのない事実)。

カ 本件実施品6(一体型キット)の競合品

本件実施品6は,一体型キットの抗生物質製剤であり,その競合品は,は,上記(4)カのとおりである。

キ 本件実施品6の販売実績について

(ア) 本件実施品6は,平成12年に販売開始された。

(イ) 平成10年における一体化キットの抗生物質製剤の市場の概況は上記(4)キのとおりである。

平成10年以降の一体化キットの抗生物質製剤の売上個数は,別紙抗生物質キット医薬品及びハーフキットの売上個数記載の「1 抗生物質キット医薬品」のとおりである。

(8)  被告の本件発明6-1ないし6-3及び本件考案6の実施の有無(争点1-1)

ア 本件発明6-1について

(ア) 問題の所在について

本件発明6-1・請求項1の特許請求の範囲は,「1辺が弱シールされた第1および第2のバッグを形成する工程と,該第1のバッグと第2のバッグを夫々の弱シール部分同士で溶着して流体密に接続する工程を含んでなり,第1のバッグの弱シール部分と第2のバッグの弱シール部分を夫々剥離した時に,第1のバッグと第2のバッグが液体連通するようにしてなる複室容器の製造方法。」である。

被告は,本件実施品6は「第1のバッグと第2のバッグを夫々の弱シール部分同士で溶着」する構成を有しないとして,本件実施品6は,本件発明6-1の実施品ではないと主張する。

(イ) 「夫々の弱シール部分同士で溶着」の意義

a 本件特許6-1明細書には,以下の記載がある。

(a) 段落【0005】(【課題を解決するための手段】)

「ここで,弱シール部分は,バッグを構成するプラスチックシートの間に弱シール部形成シートを挟んで溶着することにより形成することができる。」

(b) 段落【0008】(【実施例】)

「第1のバッグ1(ここでは便宜的に薬剤収容バッグとして説明する)の製造は図1の各工程により行われる。…この時,弱シール部形成用シート12とシート11,13との溶着部分およびシート11,12の帯状部分14より外側の溶着されていない部分が弱シール部分19になる。」

(c) 段落【0010】(【実施例】)

「一方,第2のバッグ2(ここでは便宜的に薬液収容バッグとして説明する)の製造は図2の各工程により行われる。…弱シール部形成用シート22と筒状シート21の溶着部分および開口部分端縁23より突出した弱シール部形成用シート22が弱シール部分29になる。」とされている。

(d) 段落【0011】(【実施例】)

「…この場合,第1のバッグ1の2枚のプラスチックシート部分と第2のバッグ2の弱シール部形成用シート22の溶着部分は弱シールされるが,第1のバッグ1の2枚のプラスチックシート部分と第2のバッグ2の筒状シート21の溶着部分は強固に溶着される。」

(e) 段落【0011】(【実施例】)

「…尚,第2のバッグ2の弱シール部分29の,第1のバッグ1の弱シール部形成用シートシール部分19の溶着されていない2枚のプラスチックシート部分への挿着は,第1のバッグ1の弱シール部形成用シート12と第2のバッグ2の弱シール部形成用シート22が隣接するようにするのがよく,弱シール部分(19,29,3の一部)を剥離した時に,薬液のリークが起こらないように,例え弱シール部形成用シート12と21が離間するような場合でも,第1のバッグ1の弱シール部分19の溶着されていない2枚のプラスチックシートの間に第2のバッグ2の筒状シート21の少なくとも一部が重なるようにしなければならない(図4および図5参照)」

b 本件発明6-1の特許請求の範囲の記載によれば,「弱シール部分」とは,第1のバッグと第2のバッグそれぞれの互いに接続する部分に設けられ,両バッグを流体密に接続した後は,剥離して両バッグが液体連通するようになる部分であると認められる。

また,その形成方法については,上記a(a)のとおり,バッグを構成するプラスチックシートの間に弱シール部形成シートを挟んで溶着することにより形成することができるとされているが,それ以上に,特段の限定は付されていない。

したがって,「弱シール部分」とは,上記のとおり,第1バッグ及び第2バッグにおいて,バッグを構成するプラスチックシートの間に弱シール部形成シートを挟んで溶着することなどにより形成される部分であり,接続後は,剥離して両バッグが液体流通するようになる部分を指すものと解される。そして,「夫々の弱シール部分同士で溶着」とは,第1バッグと第2バッグの溶着方法として,それぞれの弱シール部分を溶着することを意味すると解される。

(ウ) 本件実施品6が本件発明6-1を実施していること

a 本件実施品6の製造方法は,以下のとおりと認められる(弁論の全趣旨)。

「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)

b 本件発明6-1・請求項1は溶着方法について,「該第1のバッグと第2のバッグを夫々の弱シール部分同士で溶着して」とされており,「弱シール部分」の意義については,上記(イ)のとおりである。

本件実施品6についても,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●に該当し,これら同士を溶着しているといえる。

したがって,本件実施品6は,本件発明6-1の「夫々の弱シール部分同士で溶着」を充足し,その製造方法は,同発明の技術的範囲に属すると認められる。

(エ) 被告の主張について

a 被告は,本件実施品6は「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●と主張する。

b しかしながら,被告の主張は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●と解されるが,本件発明6-1の「弱シール部分同士で溶着」について,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●から,被告の主張には理由がない。

確かに,被告の主張するとおり,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●必要があり,この点について本件特許6-1明細書に表れていない技術を用いることは十分にあり得るが,当該技術を用いたとしても,本件発明6-1の製造方法を使用していることには変わりなく,本件発明6-1の実施を否定する理由にはならないというべきである。

(オ) 小括

以上のとおり,被告は,本件実施品6において,本件発明6-1を実施していると認められる。

イ 本件発明6-2について

本件発明6-2は,本件発明6-1の製造方法を用いた複室容器についての発明であるところ,上記(1)と同様の理由により,本件実施品6は,本件発明6-2の技術的範囲に属すると認められる。

したがって,被告は,本件実施品6において,本件発明6-2を実施していると認められる。

ウ 本件発明6-3について

(ア) 本件発明6-3の特許請求の範囲は,「薬液容器を横たえて底面又は側面に穴のあいたトレーに置き,トレーに滅菌用水をためて薬液容器の浮力を発生させた状態で,薬液容器を滅菌するに際し,滅菌用水の水位を薬液容器の上面位置よりも低く,薬液容器内の薬液の水位よりも高くさせて滅菌することを特徴とする薬液容器の高圧蒸気滅菌方法」である。

(イ) 上記のとおり,本件発明6-3においては,薬液容器の浮力を発生させる程度にトレーに滅菌用水をためる必要があるところ,被告が本件実施品6の薬液容器の滅菌に使用するトレー(乙39)をみると,底面や側面に大きな穴があり,減菌用水を溜める構造になっているとは認められない(なお,原告は,同トレーが本件実施品6の薬液容器の滅菌に使用されていること自体を争うが,具体的な立証はされていない。)。

(ウ) 原告は,本件実施品6についての実績補償金の支給手続の際,本件発明6-3が実施されている旨を記載したのに,被告からは何らの訂正もなかったこと,本件実施品6の海外展開に関する会議の資料に関連特許として本件発明6-3が記載されていたことを指摘するが,いずれにおいても本件発明6-3は複数の特許発明のうちの一つとして記載されていたにすぎないことからすれば,上記事情をもって,本件発明6-3の実施の根拠とすることはできない。

(エ) したがって,本件実施品6において,本件発明6-3は実施されているとは認められない。

エ 本件考案6について

(ア) 本件考案6・請求項1の特許請求の範囲は,「全体が熱可塑性樹脂で管状に形成されており,ポートキャップとの溶着面を有するフランジ状の口部と,外径が該口部の外径よりも小径であり横断面形状が円形の薬液通路部,とからなる医療用バッグの口部材において,前記薬液通路部のバッグを構成するフィルムとの溶着部分が扁平に,かつ該扁平な溶着部分の外径が該薬液通路部の円形部分の外径以下の大きさに形成されたことを特徴とする医療用バッグのポート。」である。

(イ) 原告は,「前記薬液通路部のバッグを構成するフィルムとの溶着部が扁平に」との構成は,明細書の図3に記載の舟形やヒレ付きと同趣旨のものであり,本件実施品6のポート部の形状は,上記考案の技術的範囲に属すると主張する。

しかしながら,ポート部のフィルムとの溶着部分の形状については,扁平すなわち,平たい面であることが必要であるところ,本件実施品6のポート部の形状(別紙本件実施品6図面記載の図D)は,先がとがった「ヒレ付き」に近い形状であり,平たい面となる部分は見当たらない。

したがって,本件実施品6は,本件考案の技術的範囲に属するとは認められない(なお,原告は,本件実施品6は,本件考案6の均等物であるとも主張するが,具体的にこれを認めるに足りる主張及び立証はなく,採用できない。)。

オ 小括

以上のとおり,本件発明6-1,6-2については実施が認められるが,本件発明6-3,本件考案6について実施は認められない。

2 「相当の対価」の算定方法について

(1)  「相当の対価」について

勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成15年判決)。

法35条4項は,同条3項所定の「相当の対価」の額について「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」旨規定している。したがって,特許を受ける権利の承継についての相当の対価を定めるに当たっては,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」という2つの要素を考慮すべきであるが,使用者等が特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果,現実に利益を受けた場合には,使用者等が現実に受けた利益の額及び上記利益を受けたことについて使用者等が貢献した程度,すなわち,具体的には発明を権利化し,独占的に実施し又はライセンス契約を締結するについて使用者等が貢献した程度その他証拠上認められる諸般の事情を総合的に考慮して,相当の対価を算定することができるものというべきである(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。

(2)  「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について

ア 算定方法について

(ア) 法35条1項によれば,従業者等の職務発明について使用者等は無償の通常実施権を取得するのであるから,特許を受ける権利の承継の対価の算定に当たって考慮すべき「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が,従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には,特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいうものである。

使用者は,特許を受ける権利を承継しない場合であっても通常実施権を有することとの対比からすれば,上記使用者が特許を受ける権利を承継して特許を受け特許発明を自ら実施している場合は,これにより上げた利益のうち,当該特許の排他的効力により第三者の実施を排除して独占的に実施することにより得られたと認められる利益の額をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益」というべきである。

すなわち,自社実施の場合,当該発明の実施品の売上高のうち,同発明につき第三者の実施を排除して独占的に実施することにより得られたと認められる利益の額,すなわち法定の通常実施権に基づく実施を超える部分(以下「超過売上高」という。)について,第三者に発明の実施を許諾した場合の実施料率(以下「仮想実施料率」という。)を乗じて算定した金額を「その発明により使用者等が受けるべき利益」と認めるのが相当である(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。

(イ) 被告においては,本件発明等(ただし,本件発明6-3,本件考案6を除く。)を自社実施して本件実施品1ないし6を製造販売しており,いずれについても,これを第三者に実施許諾して実施料を得ているわけではない。

したがって,上記のとおり,「その発明により使用者等が受けるべき利益」は,超過売上高に仮想実施料率を乗じることにより算定することができる。

イ 算定対象期間について

(ア) 使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継した場合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているということができる。この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときには,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。すなわち,法35条の職務発明は,特許発明(特許法2条2項)に限定されてはいないから,発明であれば特許登録されるか否かにかかわらず法35条が適用され,特許を受ける権利を使用者に譲渡することにより相当の対価の請求権を取得するのである(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。

もっとも,特許権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(特許法66条,68条),使用者が通常実施権に基づいて実施していると認められる場合には,その範囲内で実施している限り,特許を受ける権利の承継により使用者が受けるべき利益はないことになる。他方,特許権の設定登録の前であっても,特許出願人は,出願公開後は,発明を実施した第三者に対し一定の要件の下に補償金を請求することができるから(特許法65条),出願公開後に事実上当該発明を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことにより通常実施権に基づくものを超える利益を上げたときは,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。

一方,実用新案権及び意匠権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(実用新案法14条,16条,意匠法20条,23条),特許法上の補償金請求のような制度も設けられていないことから,この時点では独占的な実施を観念することはできず,当該考案,意匠を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことによる通常実施権に基づくものを超える利益を観念できるのは,設定登録後ということができる(ただし,実用新案権については,平成5年法律第26号による改正前の実用新案法13条の3により,平成6年1月1日よりも以前においては,特許法上の補償金請求と同様の制度が設けられていた。)。

(イ) 以上によれば,本件発明等については,それぞれにつき,別紙超過売上高算定対象期間記載の「超過売上高算定対象期間」欄の期間を対象として,同期間内における実施品の販売について,「その発明により使用者等が受けるべき利益」を算定するのが相当である。

(3)  「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」について

法35条4項には「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮すべきである旨規定されているが,上記(1)のとおり,特許を受ける権利の承継後に使用者が現実に得た利益をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」として「相当の対価」を算定する場合においては,考慮されるべき「使用者等が貢献した程度」には,「その発明がされるについて」貢献した程度のほか,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した程度も含まれるものと解するのが相当である。すなわち,「使用者等が貢献した程度」として,具体的には,その発明がされるについての貢献度のほか,その発明を出願し権利化し,さらに特許を維持するについての貢献度,実施品の売上げを得る原因となった販売体制についての貢献度,発明者への処遇その他諸般の事情が含まれるものと解するのが相当である(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。

3 被告による実施品の売上高について(争点1-2)

(1)  本件実施品1について

ア 平成20年度までの分について

(ア) 本件実施品1の平成20年度までの売上高は,別紙本件実施品売上高1(本件実施品1,3~6)記載の「本件実施品1」欄のとおりである(争いのない事実)。

(イ) ところで,本件実施品1は国内のみならず,国外にも販売されているが,本件発明等1について,外国特許等は取得されておらず,外国市場については,特許の排他的効力により第三者の実施を排除して独占的に実施することで利益を得たとは認められない。したがって,本件実施品1の売上高のうち国外販売分については,相当の対価額の計算の基礎には含めるべきではない。

この点,原告は,国外販売分についても,日本国内での生産や,輸出業者に対する譲渡について,特許権の実施が行われているため,相当の対価額の計算の基礎に含めるべきである旨主張するが,日本国内におけるこれらの行為が禁止されたとしても,外国での生産,譲渡に特許権の効力が及ばないことからすれば,結局のところ,外国市場においては,本件発明等1の実施品の販売は自由であって,被告に,特許発明の実施を排他的に独占することによる利益が生じているとはいえない。したがって,原告の主張には理由がない。

イ 平成21年度以降の分について

上記のとおり,本件実施品1の売上高のうち国外販売分については相当の対価額の計算の基礎に含めるべきではないところ,国内販売分については,平成21年度以降の売上高は認められない。

(2)  本件実施品2について

ア 平成20年度までの分について

原告は,本件実施品2の売上高について,被告の主張が信用できないとして,別紙本件実施品売上高2(本件実施品2・当事者の主張)記載の【原告の主張】欄のとおり主張するが,当該金額については何ら立証されていない。

したがって,本件実施品2の売上高は,別紙本件実施品売上高2(本件実施品2・当事者の主張)記載の【被告の主張】の限度で認める。

イ 平成21年度以降の分について

本件実施品2の平成21年度以降の売上高(ただし,平成22年7月12日まで。)については,平成16年度ないし平成20年度の売上高の平均に基づき,別紙本件実施品売上高4(本件実施品2・平成21年度以降)記載のとおりと認める。

(3)  本件実施品3ないし6について

ア 平成20年度までの分について

本件実施品3ないし6の平成20年度までの売上高は,別紙本件実施品売上高1(本件実施品1,3~6)記載の「本件実施品3」ないし「本件実施品6」の各欄のとおりである(争いのない事実)。

イ 平成21年度以降の分について

本件実施品3ないし6の平成21年度以降の売上高は,別紙本件実施品売上高3(平成21年度以降・原告の主張)記載の「本件実施品3」ないし「本件実施品6」の各欄のとおり推定するのが相当である

4 超過売上高(争点1-3)について

(1)  本件発明等1について

ア 平成5年度までについて

(ア) 上記1(2)で認定したとおり,被告は,平成元年以前,血小板保存用バッグの分野において実績を有していなかったにもかかわらず,平成元年度から平成5年度までは,本件実施品1の販売により,同市場において大きなシェアを有するに至っている。

その理由としては,本件発明等1のうち,本件発明1-1の血小板保存用バッグの素材により,血小板の長期間保存が可能となったことによる技術的優位性にあったというべきである。これに対し,本件発明1-2(血小板保存用バッグの内面の形状),本件発明1-5(プロテクターの開封線)については,血小板保存用バッグの製品としての利便性や価値を一定程度高めたものであるということはできるものの,血小板保存用バッグに必須の構成ではなく,それだけとしてみると,従来技術と比較して市場における他社の参入を困難とするような技術的優位性があるとまでは認められない。

(イ) そうすると,本件特許権1-1の超過売上高算定対象期間内の平成2年1月5日から平成5年度までは,被告が本件特許権1-1を有することにより,市場における他社の新規参入を困難にしていた効果を否定することはできないところであり,これらの事情を総合的に判断すると,平成2年1月5日から平成5年度までの本件実施品1の売上高のうち,超過売上高は40%と認めるのが相当である。

イ 平成6年度以降について

(ア) 他方,平成6年度以降は,血小板製剤の供給量自体はほぼ横ばいで推移しているにもかかわらず,本件実施品1の売上げは顕著に減少しており(平成6年度の売上高は,平成5年度の売上高の約5割強であり,その後も減少している。),平成9年に本件実施品1の製造販売を中止するに至っている。

その理由としては,平成5年にテルモ社がポリ塩化ビニル樹脂(PVC)を用いた血小板保存用バッグを販売開始したことがあり,同製品の製造販売により,本件発明1-1の市場における他社の新規参入を困難にする効果は,それ以前よりも低下したといえる(なお,被告は,売上げの減少は本件実施品1に液漏れの問題が生じたためと主張するが,この問題はその後解決して,国外に対する販売が継続されていることからすれば,売上げ減少の理由は,むしろ,テルモ社製品の販売開始にあるとみるのが相当である。)。

(イ) そうすると,平成6年度から平成11年度までの本件実施品1の売上高のうち,超過売上高は20%と認めるのが相当である。

(2)  本件発明等2について

ア 上記1(3)で認定したとおり,被告は,平成2年以前,細胞培養用バッグの分野において実績を有していなかったにもかかわらず,平成2年度以降は,本件実施品2の販売により,同市場(空バッグ及び培地充填済みバッグ)において大きなシェアを有するに至っており,平成13年には空バッグ(本件実施品2-1)及び培地充填済みバッグ(本件実施品2-2)の双方で80%のシェアを有するほか,その後も平成20年度に至るまでおおむね売上げを伸ばしていると認められる。

その理由としては,まずもって,原告が,先発メーカーとして細胞培養用バッグ(空バッグ及び培地充填済みバッグ)の販売を開始したことにあるといえるが,競合品の存在にもかかわらず,本件実施品2がシェア及び売上げを伸ばした背景には,本件発明2-1の細胞培養用バッグの素材が,フィルムの強度・透明性・酸素透過性などの点で従来技術よりも優れていることによる技術的優位性にあるというべきである。これに対し,本件発明2-2(培地充填済みの細胞培養用バッグの滅菌方法)については,そもそも培地充填済みバッグの製造自体はコージンバイオ社発明(乙12の1)に依拠するもので,培地充填済みバッグの製造に関する排他的効力は,むしろ同発明について生じているというべきものである(この点は,被告自身,本件実施品2-2,2-3の製造販売に当たり,コージンバイオ社に実施料を支払っていることからも明らかである。)。そして,本件発明2-2はその滅菌方法についての発明であり,培地充填済みバッグの製造に不可欠の発明とまではいえないことからすれば,それ自体に市場における他社の参入を困難とするような意義があったとまでは認められない。また,本件創作意匠2(採血バッグ用チューブ接続具に係る意匠)についても,同意匠による流れ不良防止の効果自体は他の意匠によっても達成できることからすれば,それだけとしてみると,従来技術と比較して市場における他社の参入を困難とするような技術的優位性があるとまでは認められない。

イ そうすると,本件特許権2-1の超過売上高算定対象期間の平成3年12月9日から平成22年3月26日までは,被告が本件特許権2-1を有することにより,市場における他社の新規参入を困難にしていた効果を否定することはできないところであり,これらを総合的に判断すると,上記期間の本件実施品2の売上高のうち,超過実施高は40%と認めるのが相当である。

なお,本件発明2-1は,細胞培養用バッグの素材に関する発明であるところ,本件実施品2-2,2-3のうちバッグを除いた培地は,本件発明2-1の技術とは特段関連しない。したがって,本件実施品2-2,2-3の売上高としては,培地相当分を除き,バッグ相当分である5分の1に限って,相当の対価額計算の基礎とするのが相当である。

(3)  本件発明等3について

ア 一体型キットについて

上記1(4)ウのとおり,抗生物質製剤は,従前,抗生物質製剤と点滴用の輸液(生理食塩水)とは別々に販売されていたところ,平成2年,藤沢薬品工業から,本件実施品3を用いた抗生物質製剤の販売が開始され,その後,一体型キットによる抗生物質製剤も販売されるようになった。

一体型キットは,同製剤について利便性に係る付加価値を生じさせるものに過ぎず,抗生物質製剤の製造販売に不可欠なものではない。また,藤沢薬品工業が本件実施品3の販売を開始した後,他社も一体型キットの抗生物質を販売するようになったが,平成10年においても,抗生物質製剤のうち,一体型キットを含むキット製品の割合は31.4%にとどまっている。これらの点からすれば,抗生物質製剤の販売に当たって一体型キットにするか否かは,各製薬業者の営業方針に委ねられており,医薬品容器の製造業者等が一体型キットを製造販売するか否かも各製薬業者の営業方針による影響が大きいものといえる。

そうすると,一体型キットの抗生物質製剤については,仮に売上高,売上げ個数が多く,同種製品において大きなシェアを占めるとしても,それは必ずしも当該製品における技術的優位性を反映したものということまではできず,各製薬業者の営業方針や営業力,販売力,中身として使用される薬剤の選好性等の影響があることも考慮しなければならないというべきである。

イ 平成7年度までについて

(ア) 上記1(4)で認定したとおり,被告は,平成2年に,藤沢薬品工業との共同開発により抗生物質製剤に用いる一体型キットを開発し,本件実施品3を藤沢薬品工業に販売し,藤沢薬品工業はこれを一体型キットの抗生物質製剤として販売し,同年度から武田薬品工業の「パンスポリンキット」が販売開始される直前の平成5年度までは,一体型キットの抗生物質製剤について,本件実施品3を用いた抗生物質製剤がほぼ100%のシェアを有していたと認められる。

その理由としては,まずもって,藤沢薬品工業が,先発メーカーとして一体型キットの抗生物質製剤の販売を開始したことにあるといえるが,その背景には,本件発明3-1の連通順序が規制される構造や中空の穿刺針といった手段を採用したことによって,従来技術と比較して利便性が向上したことによる技術的優位性があったというべきである。これに対し,本件発明3-2(キャップの構成),3-3(素材),本件創作意匠3(形状)には,それだけとしてみると,従来技術と比較して市場における他社の参入を困難とするような技術的優位性があるとまでは認められない。

一方,平成6,7年には,武田薬品工業から一体型キットの抗生物質製剤「パンスポリンキット」,「ファーストシンキット」の販売が開始されるようになったところ,その後,平成10年には,本件実施品3を用いた「セファメジン」,「エポセリン」のキット売上高はそれぞれ78億円,3億円であるのに対し,「パンスポリン」,「ファーストシン」のキット売上高はそれぞれ115億円,27億円となっており(甲203・75頁),本件実施品3を超える売上げを上げている。平成6,7年以降,本件実施品3については,その代替品が普及しつつある状況にあったということができる。

(イ) そうすると,本件特許権3-1の超過売上高算定対象期間内の平成2年度から平成7年度までは,本件特許権3-1の技術的優位性によって,市場における他社の新規参入を困難にしていた効果を否定することはできないところであるが,上記のとおり,一体型キットは抗生物質製剤の製造販売に不可欠なものではなく,本件実施品3の上記シェアについては,本件特許権3-1のみならず,各製薬会社の営業方針等も多分に影響しているといえること,平成6,7頃からは,代替品が普及しつつある状況にあったこと等を総合的に判断すると,本件実施品3の上記期間の売上高のうち,超過売上高は20%と認めるのが相当である。

(ウ) なお,被告は,本件発明等3は,藤沢薬品工業との開発協力契約に基づいて開発されたものであり,本件実施品3は藤沢薬品工業に対してのみ販売できたものであることから,被告に特許権者らしい優越的地位は生じていないと主張する。

しかしながら,本件特許権3-1,3-2は藤沢薬品工業以外の他社に対しては,同特許権に係る発明の実施を排除する効力を有しており,被告と藤沢薬品工業との契約内容は,特許を受ける権利の承継とは無関係の事情であるから,これによって被告の特許権者としての優越的地位を全く否定することはできないというべきであり,被告と藤沢薬品工業との関係は,藤沢薬品工業の営業方針に関する事情として考慮すれば足りるというべきである。

イ 平成8年度以降について

(ア) 他方,一体型キットについては,平成6年に大塚製薬,平成7年に被告自身が新たな一体型キットを開発し,これを利用した抗生物質製剤が販売されるようになり,平成8年には,大塚製薬が「OMCキット」を開発し,これを利用した抗生物質製剤が販売されるようになった。

そして,平成10年には,一体型キットの抗生物質製剤としては14社25品目が上市されるに至っており,その売上高のうち,一体型キットに「OMCキット」を使用したものが51%を占めるのに対し,本件実施品3を使用したものについては,当初のシェアは大きく低下し22%を占めるにすぎない(なお,この間,藤沢薬品工業が,一体型キットの抗生物質製剤の販売を縮小する方針であったような事情も見当たらない。)。

(イ) 「OMCキット」は,ダブルバッグタイプの一体型キットであるところ,被告自身,本件実施品3を開発した後に,ダブルバッグタイプの一体型キットの開発をしていること(本件発明等6参照)からも明らかなとおり,ダブルバッグタイプの一体型キットは,本件発明等3を技術的に代替し得るものであるということができる。

以上のような事情を踏まえ,上記販売実績も考慮した場合,平成8年度以降については,本件発明3-1は,その利便性において,他の製品に比べて格別に顕著な差を有していたということはできず,他方,その代替技術が市場に存在していたということができる。

(ウ) そうすると,平成8年度以降については,被告又は藤沢薬品工業と競合する他社は,一体型キットについて,本件発明3-1と技術的に同等以上の代替技術を使用して,本件発明3-1を使用することなく同様の製品を製造販売することができたというべきであり,被告が,本件特許権3-1を有していたことによって,すなわち他社に対する禁止権の効果として,超過売上高を得たという関係を認めることはできない。

(4)  本件発明等4について

ア 上記1(5)で認定したとおり,ハーフキットについては,平成4年から「大塚生食注TN」が販売されていたところ,被告は,平成6年に本件実施品4の販売を開始し,その後,平成8年には,テルモ社,扶桑薬品工業が新たなハーフキットを販売開始した。そして,平成10年には,ハーフキットとしては4社9品目が上市されるに至っている。平成6年度から平成20年度までの間のハーフキットの売上げ個数についてみると,平成6年度から平成14年度までは「大塚生食注TN」が最も多く,平成15年度から平成19年度までは,本件実施品4が最も多かったものの,その後,本件実施品4の売上げ個数は減少し,平成20年度は,「大塚生食注TN」が再び多くなっている。なお,平成17年頃には,「大塚生食注」2ポートの販売も開始されている。

このように本件実施品4の売上げ個数は,販売開始から8年が経った後に「大塚生食注TN」の売上げ個数を超えるに至ったが,その後再び,同製品よりも少なくなっている。

イ 本件発明4-1は,2ポートタイプであり,1ポートタイプである従来技術4-1と比較して,操作が容易で手間がかからず,混合された薬液が漏れるおそれがないこと,部品点数が少ないことなどの点で技術的優位性は認められるものの,いずれにも複数の医薬品についてコネクターを介して連通することのみで混合できるというハーフキットとしての基本的な利便性があることを前提にした場合,その技術的優位性は格別のものとはいえない(この点は,甲74において,本件実施品4と「大塚生食注TN」の両方の有用性が確認されていることからも認められる。)。

また,本件発明4-2の薬液の滅菌方法は,従来技術と比較して,ボトル形成材料から発生する微粒子の増加や,ボトルの変形を防ぐことができるなどの利点があり,本件考案4についても,従来技術と比較して,輸液容器を倒立状態で自立させることができ,成型時に接続部に無理な力がかからないなどの利点があるが,これについても,いずれもハーフキットとしての基本的な利便性を有することを前提にした場合,技術的優位性は格別のものとはいえない。

これらに加えて,上記のような販売実績も考慮した場合,本件発明等4は,その利便性において,従来技術及び他の製品に比べて格別に顕著な差を有していたということはできず,他方,その代替技術は市場に存在していたということができる。

ウ そうすると,被告と競合する他社は,ハーフキットについて,本件発明等4と技術的に同等以上の代替技術を使用して,本件発明等4を使用することなく同様の製品を製造販売することができたというべきであり,被告が本件特許権等4を有していたことによって,すなわち他社に対する禁止権の効果として,超過売上高を得たという関係を認めることはできない。

(5)  本件発明等5について

ア 一体型キットについては,平成10年には,一体型キットの抗生物質製剤としては14社25品目が上市されるに至っており,その売上高のうち,「OMCキット」を使用したものが51%を占めるのに対し,本件実施品3を使用したものは22%を占めるにすぎなかったところ,被告は,平成11年に,藤沢薬品工業との共同開発により本件実施品5を開発し,本件実施品5を藤沢薬品工業に販売し,藤沢薬品工業はこれを一体型キットの抗生物質製剤として販売していた。

平成10年度から平成20年度までの一体型キットの抗生物質製剤の売上げ個数についてみると,いずれの時期においても大塚製バッグを使用した抗生物質製剤が最も多くなっている(なお,平成10年における一体型キットの抗生物質製剤のシェア等からすると,使用されていた大塚製バッグの大半は「OMCキット」であると認められる。)。

イ 本件発明5は,本件実施品3と比較して,薬剤と輸液の連通操作がより簡単で,安全に短時間で可能であること,キット全体が小型化,軽量化したこと,溶解液の逆流の可能性がなく,分別廃棄を必要としないことなどの点で技術的優位性は認められるものの,これらの優位性は,平成8年に販売開始された大塚製薬の「OMCキット」も有しているといえ,同製品と比較した場合,その技術的優位性は格別のものとはいえない。また,本件創作意匠5は,そもそも本件発明5の構造を採用する場合に問題となるものに過ぎず,それだけとしてみると,従来技術と比較して市場における他社の参入を困難とするような技術的優位性があるとまでは認められない(なお,原告は,本件実施品5の「セファメジン」は,同一粉剤を使用し,「OMCキット」を容器とした「セファゾリン」に対し,平成12年頃売上高で追いつき,平成13年以降その2倍以上の売上高を上げていると主張するが,そのような事実があったとしても,当該売上高の差が,技術的優位性によるものと認めるに足りる根拠はない。)。

これらに加えて,上記販売実績も考慮した場合,本件発明等5は,その利便性において,他の製品に比べて格別に顕著な差を有していたということはできず,他方,その代替技術は市場に存在していたということができる。

ウ そうすると,被告又は藤沢薬品工業と競合する他社は,一体型キットについて,本件発明等5と技術的に同等以上の代替技術を使用して,本件発明等5を使用することなく同様の製品を製造販売することができたというべきであり,被告が本件特許権等5を有していたことによって,すなわち他社に対する禁止権の効果として,超過売上高を得たという関係を認めることはできない。

(6)  本件発明等6について

ア 一体型キットの販売状況については,上記(5)アのとおりであるところ,被告は,平成12年に本件実施品6の販売を開始した。

平成10年度から平成20年度までの一体型キットの抗生物質製剤の売上げ個数についてみると,いずれの時期においても大塚製バッグを使用した抗生物質製剤が最も多くなっている(なお,平成10年における一体型キットの抗生物質製剤のシェア等からすると,使用されていた大塚製バッグの大半は「OMCキット」であると認められる。)。

イ 本件発明6-1,6-2は,従来技術6-1と比較して,薬剤収容室の確実な滅菌が可能になる,コストを低減できるという点で技術的優位性は認められるものの,いずれにもワンタッチで簡便に抗生物質と溶解液を混合することができるというダブルバッグタイプの一体型キットとしての基本的な利便性があることを前提にした場合,その優位性は格別のものとはいえない。

また,本件発明6-4は,従来技術と比較して,耐熱性が良く,不溶性微粒子が少なく,透明性および耐衝撃性,柔軟性において優れているという利点があるが,これについても,技術的優位性は格別のものとはいえない。

これらに加えて,上記販売実績も考慮した場合,本件発明6-1,6-2,6-4は,その利便性において,従来技術及び他の製品に比べて格別に顕著な差を有していたということはできず,他方,その代替技術は市場に存在していたということができる。

ウ そうすると,被告と競合する他社は,一体型キットについて,本件発明6-1,6-2,6-4と技術的に同等以上の代替技術を使用して,本件発明6-1,6-2,6-4を使用することなく同様の製品を製造販売することができたというべきであり,被告が本件特許権6-1,6-2,6-4を有していたことによって,すなわち他社に対する禁止権の効果として,超過売上高を得たという関係を認めることはできない。

5 仮想実施料率について(争点1-4)

(1)  本件発明等は,血液,培地,輸液等の容器に関するものであり,その技術分野は「成形」というべきであって,その実施料率は3.4%と認めるのが相当である(乙36)。

(2)  原告は,本件発明等1ないし6の技術分野は,発明協会研究センター編の「実施料率」(甲39)における「精密機械器具」(医療用機械器具が含まれている。)であるとして,実施料率は6.7%である旨主張するが(甲39),「精密機械器具」として列挙されているのはほかに,測量機械器具や光学機械器具・レンズ製造技術等であることから明らかなように,本件発明等1ないし6の容器がこれに含まれるとは解されない。

6 使用者の貢献度について(争点1-5)

(1)  被告は,医療器具や医薬品容器の製造販売等を事業内容としており,これらに関する研究については,滋賀県草津市に総合研究所を置いて研究体制を整えているところ,本件発明1-1,2-1,3-1は,いずれも,被告の上記事業内容に関するもので,上記研究所における研究体制においてされたものである。

そして,それぞれの発明に関する開発テーマについては,本件発明1-1については,上記1(2)イ(ア)のとおり,成分献血が開始されることに伴い,被告の営業担当職員によって,開発テーマ申請書が提出されているのであって,被告の主導によって,開発テーマが決定されたといえる。また,本件発明2-1については,上記1(3)イ(ア)のとおり,原告が本件発明等1の試験を行う過程で,P6博士から提案を受けたことがきっかけとなっているが,上記試験自体は,原告が被告の従業員として行っていたものであることからすれば,開発テーマの決定における被告の貢献を軽くみることはできない。また,本件発明3-1については,上記1(4)イ(ア)のとおり,藤沢薬品工業から一体化キットの共同開発の話があったことがきっかけとなっているが,これについても,やはり被告の主導で開発テーマが決定されている。

また,被告は,上記1(2)エ,(3)エ,(4)エのとおり,本件発明1-1,2-1,3-1についての権利化を行っている上,これらの実施品である本件実施品1ないし3の販売についても,被告又は被告と共同開発した藤沢薬品工業の営業力,販売力を背景にされたものといえ,また,被告はその販売のリスクも負担していたのであるから(弁論の全趣旨),被告の貢献は大きいものといえる。

そして,原告は,上記1(1)のとおり,被告の総合研究所において研究業務に従事し,その職務として本件発明1-1,2-1,3-1をしており,上記1(2)オ,(3)オ,(4)オのとおり,本件実施品1ないし3の販売等に関する功績で表彰され,本件実施品1については合計12万3000円,本件実施品2については合計5万6000円,本件実施品3については合計3万円をそれぞれ受領している。

(2)  そうすると,本件発明1-1,2-1,3-1に関し被告が貢献した程度は,95%を下回るものではないと認められる。

7 共同発明者間における原告の貢献度について(争点1-6)

(1)  職務発明が,共同発明である場合には,各共同発明者が発明に当たっていかなる寄与をしたのか,また上記発明により被告が利益を得た場合には,その利益獲得に当たっていかなる寄与をしたのかについて,客観的な事実関係に基づく諸般の事情を考慮して,裁判所がその寄与度を認定できるというべきである。

(2)  そこで,共同発明である本件発明3-1について,原告の貢献度を検討する。

ア 藤沢薬品工業側社員と被告側社員間の貢献割合について

(ア) 本件発明3-1については,上記1(4)イ(イ)aのとおり,藤沢薬品工業側社員が,バクスター社のアイバッグの構造についての改良方向の意見を出し,これを踏まえて,主に被告側社員が中心となって,本件発明3-1の連通手段を開発している。

この点,藤沢薬品工業側社員の改良方向の意見は,主に,検討すべき方向性を指摘するものではあるものの,具体的なものではなく,また,本件発明3-1は,制動手段により最初に薬剤容器の栓が刺通された後,可撓性容器の閉鎖膜が刺通される点,破断部材ではなく中空の穿刺針を用いる点に特徴があるが,これらに関する改良の方向性については,必ずしも具体的には示されていない(甲56の3)。一方,被告側社員は,藤沢薬品工業側社員の示した意見を踏まえて,具体的な解決方針を着想すると共に,上記具体的な構成を発案している。

これらの事情からすれば,本件発明3-1の完成に対する藤沢薬品工業側社員の貢献割合は25%であり,被告側社員の貢献割合は75%と解するのが相当である。

(イ) なお,原告は,藤沢薬品工業が被告と競合する会社ではないこと,被告は同社に実施料を支払う必要がないことをもって,藤沢薬品工業側社員の貢献については考慮する必要がないと主張するが,いずれも発明の完成に対する原告の寄与の度合いを検討するに当たって,藤沢薬品工業社員を除外する理由とはいえず,その主張は採用できない。

イ 原告とP11,P7との貢献割合について

(ア) 本件発明3-1については,総合研究所の主任研究員であった原告と,医療推進部の課長代理であったP11(甲60等),同部に所属するP7(甲64等)が,それぞれの立場で関与して行ったものとして,被告側社員間における本件発明3-1の完成に対する貢献割合については,これを案分して33.3%と解するのが相当である。

(イ) 原告は,本件発明3-1の連通機構は原告の発案であると主張するところ,上記1(4)イa(a)のとおり,「中空の穿刺針」については,原告が昭和63年1月5日に作成した図面に記載されているものの,連通順序を制御する「掛止部」については,P7が同年3月17日に製図をした図面に記載され,原告はこれを点検したにすぎないといえる。

これらの点からすれば,本件発明3-1の連通機構について,直ちに原告のみが発案したものであるとはいえないのであって,原告の主張は採用できない。

ウ 小括

以上によれば,本件発明3-1の完成に対する原告の貢献割合は,発明者全体に占める原告,P11及びP7の貢献割合の合計である75%に,原告,P11及びP7の間における原告の貢献割合である33.3%を乗じることにより,25%となる。

8 相当の対価額(争点1-7)について

(1)  本件発明1-1について

本件発明1-1の相当の対価額としては,平成2年1月5日から平成11年度までの本件実施品1の売上げを基礎として,合計●●●●●●●円と認められる(なお,平成2年1月5日から同年3月31日まで(86日間)の売上げについては,平成元年度の売上げを日割り計算した●●●●●●●●円を相当と認める。)。

(計算式)

ア 平成元年度から平成5年度までについて

【売上額】●●●●●●●●●●●円 × 【超過売上高】40%

×【仮想実施料率】3.4% × 【1-使用者貢献度】(100%-95%)

×【共同発明者間の割合】100% = ●●●●●●●円

イ 平成6年度から平成11年度までについて

【売上額】●●●●●●●●●円 × 【超過売上高】20%

×【仮想実施料率】3.4% × 【1-使用者貢献度】(100%-95%)

×【共同発明者間の割合】100% = ●●●●●●円

ウ 合計

●●●●●●●円 + ●●●●●●円 = ●●●●●●●円

(2)  本件発明2-1について

本件発明2-1の相当の対価額としては,平成2年度から平成22年3月26日(本件特許権2-1に係る存続期間満了日)までの本件実施品2の売上げ(バッグ相当額)を基礎として,合計●●●●●●円と認める(なお,平成21年4月1日から平成22年3月26日まで(360日間)の売上げについては,平成21年度の売上げ(バッグ相当額分。平成16年度から平成20年度までの売上高の平均)を日割り計算した●●●●●●●●●円を相当と認める。)。

(計算式)

【売上額】●●●●●●●●●●●円 × 【超過売上高】40%

×【仮想実施料率】3.4% × 【1-使用者貢献度】(100%-95%)

×【共同発明者間の割合】100% = ●●●●●●●円

(3)  本件発明3-1について

本件発明3-1の相当の対価額としては,平成2年度から平成7年度までの本件実施品3の売上げを基礎として,合計●●●●●●●円と認める。

(計算式)

【売上額】●●●●●●●●●●●●円 × 【超過売上高】20%

×【仮想実施料率】3.4% × 【1-使用者貢献度】(100%-95%)

×【共同発明者間の割合】25% = ●●●●●●●円

9 原告による放棄の意思表示の有無について(争点2)

(1)  退職届(乙2)の表記等について

ア 原告の平成20年6月18日付け退職願(乙2)には,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を厳守いたします」として,その下に,4点の厳守事項が記載されており,その中に「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」との記載がある。なお,4点の厳守事項は,囲み枠の中にポイントを落とした文字で表記されている。

イ その当時に実施されていた被告の発明考案取扱規程(平成20年1月1日実施のもの。乙1の5。以下「平成20年規定」という。)では,補償金の支給対象について,第12条で「第8条~第10条の規定は,補償金の支給時に会社に在籍している従業員等に対してのみ適用される。」と規定されていた。なお,同規定の第8条ないし第10条は,出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額を規定したものである(ただし,実績補償金の詳細は,別途細則で定められている。)。

同条項は,退職者の増加に伴って,補償金等の支払を会社に在籍している従業員に対してのみ適用するため,平成11年2月27日の発明考案規程(平成3年規定)の一部改訂において設けられたものである(乙1の4,32)。

(2)  放棄文言の解釈

以上を踏まえて検討するに,上記退職届の文言からは,厳守事項は,飽くまでも就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項であることが前提であることから,厳守事項のうち「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」についても,就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項の範囲内で解釈される必要がある(この点,被告社員も,退職に当たり,就業規則及び発明考案取扱規程12条の内容を改めて認識してもらう趣旨であることを認めている。乙32・2頁)。

そこで,これに関する発明考案取扱規程第12条をみるに,同条は,同規定第8条ないし第10条の出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額に関する社内規定が在籍している従業員にしか適用されないことを規定したものであり,当該社内規定による支給額を超える職務発明等の対価が生じていると思料する場合の当該対価請求権の権利行使については,何ら規定していない。

そうすると,厳守事項4については,退職により,社内規定による補償金(出願補償金,登録補償金及び実績補償金)の受給については,上記規定が適用されないことを確認したものにとどまり,社内規定によらない職務発明の対価請求権の行使については,何ら規定するものではないと解するのが相当である。

(3)  原告が補償金の支給に不満をもっていたこと

なお,原告は,平成15年12月3日,本件実施品1ほかの製品について,実績補償金の対象ではないとされたことについて,発明考案取扱規程(乙1の4)15条に基づく不服申立てを行い(甲115の3・5),その後,平成16年3月5日,実績補償金の支給に対する不満等を含めて,滋賀労働局に対し,あっせん申請書を提出するなどしており(甲116),在職中から,補償金の支給に不満を持っていたことは明らかである。

そして,原告は,退職後,平成20年11月18日到達の内容証明郵便で被告に催告書兼提訴予告通知書を送付していることからすれば,退職時に,職務発明の対価請求権を放棄する意思までは有していなかったと推認できる。

(4)  小括

以上のとおり,本件において,原告による職務発明の対価請求権を放棄する旨の意思表示があったとまでは認められない。

10 消滅時効の成否について(争点3)

(1)  消滅時効の起算点

ア 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定に従って,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定は設けられていない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成15年判決参照)。

イ 本件では,勤務規則等において,相当の対価につき,特許権の存続期間中,一定の期間ごとに特許発明の実施の実績に応じた額を使用者等から従業者等に支払う旨の定めがされている。このような場合には,相当の対価のうち,各期間における特許発明の実施に対応する分については,それぞれ当該期間の特許発明の実施の実績に応じた額の支払時期が到来するまでその支払を求めることができないのであるから,各期間の特許発明の実施の実績に応じた額の支払時期が,相当の対価の支払を受ける権利のうち,当該期間における特許発明の実施に対応する分の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。

ウ 本件において,上記第2,1(2)イのとおり,原告は,被告に対し,本件発明等に係る特許等を受ける権利を承継させた。

被告においては,平成3年4月1日に実施された平成3年規定の第10条では「会社は特許権等が実施されることにより会社の業績に顕著に寄与したものと認められるときは,発明考案者の申請に基づき,…実績補償金を発明考案をした者に支給する。但し実績補償は一の対象物件あるいは対象方法につき,3年間の純利益総額を基準にして3年ごとに評価して支給する」と定めている(乙1の2)。これに基づき,例えば,平成15年度でみると,同年10月1日から同月30日までが実績補償金申請書の提出期間で,承認された場合は,平成16年3月25日が支給日とされている(甲181の1)。

なお,平成3年規定に経過規定はないものの,被告においては,平成3年3月31日以前に原告から被告に特許等を受ける権利が承継された発明等(本件発明等1~3,本件考案6)についても,同年4月1日以降,平成3年規定に基づく取扱いがされていることが認められることから(甲115の3,甲182の1・2等),かかる発明等についても,実績補償金の支払時期については,上記のとおりと認められる。

エ 以上を総合すると,原告が,実績補償金について権利行使することができるのは,本件発明等が特許等として登録され,かつその後の被告の3年間の利益が算定可能となった後の年度末(3月31日)と解するのが相当である。

そして,その後に生じる被告の利益についても,3年ごとに評価すべき旨定められていることからすると,ある年度の実績に対応する実績補償金の支払時期は,遅くとも当該年度の3年後の年度末(3月31日)には権利行使可能ということができる。

また,本件発明等が特許等として登録される以前に実施され,これによって被告が利益を受けた部分についても,権利登録後の実績補償金と併せて行使すべきとされていることから(甲181の1),特許等の登録前に独立して行使されることは予定されておらず,権利を行使し得る時期は,上記実績補償と同様と認められる。

オ 本件において,発明の相当の対価として超過売上高が認められるのは,本件発明1-1(ただし,国内販売分に限る。),2-1,3-1(ただし,平成7年度までの実施分に限る。)に限られるところ,それぞれの権利行使可能時期は以下のとおりである。

(ア) 本件発明1-1については,平成8年4月25日に特許登録がされ,平成元年度から平成11年度にかけて本件実施品1の売上げが生じていることから,原告は,平成8年度から平成10年度までの売上げに対する実績補償金につき,平成12年3月31日に権利行使可能であったことになり,特許登録前の平成元年度から平成7年度までの売上げに対応する分についても同様である。

また,平成11年度の売上げに対する実績補償金については,平成15年3月31日に権利行使可能であったことになる。

(イ) 同様に,平成9年5月2日に特許登録された本件発明2-1については,平成2年度から平成11年度までの売上げに対する実績補償金につき,平成13年3月31日に,その余はその後に権利行使可能となり,平成7年12月20日に特許登録された本件発明3-1については,平成2年度から平成7年度までの売上げに対する実績補償金につき,平成11年3月31日に権利行使可能となる。

カ なお,原告は,被告において,発明考案者が発売後,初めて実績補償金を申請する場合には,過去3年以上前から製造・販売している場合に,製造・販売当初からの実績を加味して申請することができるとされていることから(甲181の1),実績補償金の支払時期は,売上実績が上がって3年間以上が経過し,その後に到来した実績補償金の申請時期に,発明考案者が初めての実績補償金の申請をすることを条件として,発明考案者が最初の申請をした当該実績補償金の支払時期に初めて到来し,この時期が時効の起算点となるというべきであると主張する。

しかしながら,特許権等が登録され,かつ実施もされてから3年が経過していれば,発明考案をした従業者が申請を行うことついて何ら法律上の障壁はないことから,当該申請を前提とした支払時期を「権利を行使しうる時」と解すべきであって,消滅時効の起算日を従業者の意思にかからしめる原告の主張は採用できない。

(2)  時効の中断について

原告は,平成20年11月18日到達の内容証明郵便で被告に催告書兼提訴予告通知書を送付し,その催告書到達日から6か月以内に提訴している(甲107の1,2)。

したがって,時効の中断は平成20年11月18日の催告日に遡る(民法153条)。

(3)  消滅時効の成否

以上によれば,発明の相当の対価として超過売上高が認められるのは,本件発明1-1(ただし,国内販売分に限る。),2-1,3-1(ただし,平成7年度までの実施分に限る。)に限られるところ,本件発明1-1(平成2年1月5日から平成11年度までの実施分),2-1(平成2年度から平成22年3月26日までの実施分)及び,3-1(平成2年度から平成7年度までの実施分)についての相当の対価については,いずれも消滅時効完成前に時効の中断がされており,消滅時効は成立していない。

11 控除すべき金額について(争点4)

(1)  補償金について

原告は,本件特許権1-1について,出願時補償として5000円,登録時補償として2万円の合計2万5000円を受領している。

原告は,本件特許権2-1について,出願時補償として5000円,登録時補償として2万円,実績補償金として11万0232円の合計13万5232円を受領している。

原告は,本件特許権3-1について,出願時補償として1666円,登録時補償として6666円,実績補償金として72万1802円の合計73万0134円を受領している(なお,実績補償金については,平成8年度以降の売上げに対応するものについても,本件特許権3-1の実績補償として支払われたものである以上,職務発明の相当の対価の一部として支払われた金額に含まれるものと解する。)。

これらについては,本件発明1-1,2-1,3-1の各対価として受領しているものであることから,上記相当の対価額からそれぞれ控除するのが相当であり,本件発明1-1については24万1617円,本件発明2-1については32万9461円の限度で理由があることになる。

(2)  その他の金員について

なお,被告は,原告が報奨金・技術賞などの名目で受領した金額についても,職務発明の対価であり控除されるべきと主張するが,これらの金額は,原告の会社に対する貢献に対して支払われているものの,発明の対価として支払われたものではないことから,控除するのは相当ではない。

第5結論

以上によれば,本件において,原告の請求は,被告に対し,57万1078円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 松川充康 裁判官 網田圭亮)

file_2.jpg別紙1

file_3.jpg別紙2

file_4.jpg別紙3

file_5.jpg別紙4

file_6.jpg別紙5

file_7.jpg別紙6

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