大阪地方裁判所 平成21年(ワ)6702号 判決 2012年9月24日
兵庫県西宮市<以下省略>
亡X1訴訟承継人原告
X2
同所
亡X1訴訟承継人原告
X3
同所
亡X1訴訟承継人原告
X4
神戸市<以下省略>
亡X1訴訟承継人原告
X5
上記4名訴訟代理人弁護士
三木俊博
平泉憲一
松井良太
東京都千代田区<以下省略>
被告引受参加人
三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
阿部万千絵
東京都千代田区<以下省略>
脱退被告
三菱UFJ証券ホールディングス株式会社
代表者代表取締役
A
主文
1 被告引受参加人は,原告X2に対し,1159万5500円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被告引受参加人は,原告X3に対し,386万5166円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 被告引受参加人は,原告X4に対し,386万5166円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
4 被告引受参加人は,原告X5に対し,386万5166円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,これを7分し,その6を原告らの負担とし,その余を被告引受参加人の負担とする。
7 この判決の第1項ないし第4項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告引受参加人は,原告X2に対し,6947万0903円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被告引受参加人は,原告X3に対し,2315万6967円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 被告引受参加人は,原告X4に対し,2315万6967円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
4 被告引受参加人は,原告X5に対し,2315万6967円及びこれに対する平成18年8月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,亡X1の相続人である原告らが,亡X1は脱退被告に委託して証券投資取引していたところ,同取引は脱退被告の従業員らが主導した過当取引等に当たる違法なものであり,これにより亡X1は合計1億3894万1806円の損害(取引実損及び弁護士費用)を被ったと主張して,吸収分割により脱退被告の権利義務を承継した被告引受参加人に対し,債務不履行責任,不法行為責任ないし使用者責任に基づき,上記損害のうち1億3894万1804円について,各原告の相続割合(原告X2が2分の1,その余の原告らが各6分の1)に応じて,原告X2に対する6947万0903円の賠償及びこれに対する最終取引日の翌日である平成18年8月1日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を,原告X3,原告X4及び原告X5に対する各2315万6967円の賠償及びこれに対する前同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げていない事実は,当事者間に争いがないか当事者が争うことを明らかにしない事実である。)
(1) 当事者等
ア 亡X1(以下「亡X1」という。)は,昭和3年○月○日生まれの男性であり,平成10年当時,港湾作業を行うa株式会社(その後,a1株式会社に商号変更。以下「a社」という。)の代表取締役の地位にあった。
亡X1は,平成23年○月○日に死亡し,妻である原告X2(以下「原告X2」という。)が2分の1,いずれも子である原告X3(以下「原告X3」という。),原告X4(以下「原告X4」という。)及び原告X5(以下「原告X5」という。)が各6分の1ずつ相続した。
イ 脱退被告(旧商号:国際証券株式会社)は,後記取引当時,内閣総理大臣の登録を得て証券業を営む証券会社であった(旧証券取引法28条)が,モルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門との統合に際し,中間持株会社として「三菱UFJホールディングス株式会社」に商号変更し,その100%子会社として,別法人である「三菱UFJ証券株式会社」〔旧商号:三菱UFJ証券分割準備株式会社〕」を設立した後,平成21年12月25日,その一切の権利義務を同社に承継させる旨の吸収分割契約を締結し(平成22年4月1日発効),同社は「三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社」に商号変更した。
当裁判所は,平成22年8月23日,被告引受参加人に対し,本件訴訟を引き受けることを命ずる旨の訴訟引受決定をした。その後,脱退被告は,亡X1の同意を得て,本件訴訟から脱退した(以下,脱退被告及び被告引受参加人を特に区別せず,単に「被告」と呼称する。)。
(2) 亡X1と被告との取引
亡X1は,平成10年夏頃に被告担当者B(以下「B」という。)の勧誘を受け,同年8月6日に取引口座を開設した上,平成18年7月までの間,別紙売買取引一覧表記載のとおりの各種証券の売買取引(以下「本件取引」という。)を行った。亡X1を担当する被告従業員は,平成11年4月からC(以下「C」という。)に,平成15年5月末からD(以下「D」という。)に,平成16年3月中にE(以下「E」という。)に,平成17年7月にF(以下「F」という。)に,順次交代していった(乙20、21,22)。
(3) 亡X1の投資金額
本件取引において,亡X1は,平成10年8月から平成18年1月にかけて合計1億2934万2815円を支払い,平成11年6月から平成13年4月にかけて合計1720万4304円の返還を受けた。
2 争点
(1) 過当取引該当性
(2) 違法な一任売買該当性
(3) 適合性原則違反該当性
(4) 損害額
第3争点に関する当事者の主張
1 過当取引について
【原告らの主張】
本件取引は,平成10年8月から平成18年7月までの約8年間に及ぶものであるが,そのうち平成15年6月中旬から平成18年7月までの約3年間にわたり行われた取引(以下「後期取引」といい,本件取引のうち後期取引に先立つ取引を「前期取引」という。)においては,下記(1),(3)のとおり,165銘柄で資金回転率が年間14.16回に上る異常ともいえる過度な売買取引が行われている。被告担当者は,証券投資の素人であった亡X1が被告担当者を専門家として信頼し,その投資判断に依存していたのに乗じ,その信頼,依存を利用して常に亡X1に対して過度な売買取引を勧誘し,亡X1においてこれをそれまま受け入れ追従していた。被告担当者の上記行為は,亡X1の権利利益を侵害する違法なものであって,証券法理にいう「過当取引」に該当する。
被告は,本件取引を前期取引と後期取引に区分し,前者を「正常期間」,後者を「異常期間」と区別する合理性はないと主張するが,約5年間に及ぶ前期取引は,明らかに中長期保有を目指していたものであるのに対し,平成15年6月中旬に保有証券を一括売却することにより始まる後期取引は,下記(1)ないし(4)のとおり,明らかに「短期頻繁売買」の様相を呈しており,両取引では担当者も異なる(前期取引ではB,Cであり,後期取引ではD,E,Fである。)。このように,前期取引と後期取引とは客観的に容易に区分し得る際だった差異が存在しているので,本件取引を上記のように区分することには合理性がある。原告らは,後期取引の違法性のみを審理対象としている。
(1) 売買銘柄数とその特徴
後期取引における売買銘柄は165銘柄であり,前期取引の31銘柄と対比して著しく増加している。また,その多くは知名度が低く,亡X1にとっても馴染みのない知らない銘柄であった。
(2) 売買回数と保有期間
ア 売買回数(頻繁性)
売買回数は,本件取引期間全体を通じて670回,そのうち前期取引期間で106回であるのに対し,後期取引期間では564回に上っている。
イ 保有期間(短期性)
保有期間は,本件取引においては日計り商いをはじめとする短期売買(保有期間30日以内)が圧倒的多数を占めており,さらにその圧倒的多数が後期取引におけるものである。保有期間6か月超の銘柄は,その圧倒的多数が前期取引で購入した銘柄である。このように,前期取引では中長期的保有の投資傾向が見られるのに対し,後期取引においては極端ともいえる短期売買,回転売買の投資方針に傾いており,両取引間には大きな段差あるいは転換が見て取れる。
ウ 出し入れ取引
同一銘柄を買っては売り,売っては買う(さらにそれを売る)という態様の「出し入れ取引」も相当数見て取れるところ,同取引は,手数料額を増加させる有害無益で無定見な売買手法である。
(3) 資金回転率(年次)
資金回転率(年次)とは,投資金額が1年間の売買取引において何回転したかを示すものであり,各月末の投資残高の合計額(売買取引の総額)を各月末の投資残高の平均値(平均投資金額)で除し,これを1年間に引き直して計算する。米国の証券実務では,この資金回転率(年次)が年6回以上であれば対象取引が過度(頻繁)であったことの有力な要素となるとされているところ,後期取引における資金回転率(年次)はこれを大きく上回る年14.16回であり,後期取引が過当取引に当たることは明らかである。
ちなみに,本件取引全体を通じた資金回転率(年次)は年3.08回であり,前期取引においては年0.81回である。
(4) 手数料とその比率
本件取引における手数料総額は2987万6945円であり,そのうち前期取引(56か月)におけるそれは706万8516円であるのに対し,後期取引(38か月)におけるそれは2280万8429円である。しかも,後期取引における平均投資金額は約3470万円であるから,同額を投資資金として売買取引を繰り返したところ,売買利益は上がらず,その一方で,同売買取引のコストとして要する手数料に約2300万円が消失した(反面,同額を被告が稼得した。)のであり,要するに,後期取引において亡X1の投資資金はその約66%が被告の手数料収入となって消えたものといえる。
(5) 小括
以上の次第であり,後期取引の実態は,わずか3年強の間に,株式だけでも161銘柄(その他を合わせると170銘柄),業種数で29業種,市場数で8市場にまたがりその売買回数は564回にも上り,とりわけ知名度の低い新興企業の株式が多数を占めているという顕著な特徴がある。しかも,その保有期間は日計り商いが多いだけでなく30日以内に売却し乗り換えたものも多く,資金回転率(年次)が14.16回に及び,平均投資金額が約3470万円に対し,その3分の2(66%)に相当する約2300万円が手数料に転化・消失し,同額を被告が稼得していることからすると,亡X1の既往の経験や意向に照らし,前期取引と対比して著しく過当であったことは明らかである。
【被告の主張】
本件取引を正常期間である前期取引と,異常期間である後期取引に分けるのは合理的ではないが,原告らのいう後期取引は,以下のとおり,過当取引には当たらない。
(1) 平成15年6月に積極的に値上がり益の取得を目指したこと
亡X1は,平成15年6月17日の損切りの際,損失がいくら位になるかを被告担当者に尋ね,その返答を受けて損失額を認識した上,積極的に値上がり益の獲得を目指して売買を行う意思を示した。
(2) 実際に評価益が出たこと
それ以降,亡X1は,それまでの売買差損の挽回を目指し,短期売買による値上がり益の獲得を目指した取引を行い,平成15年6月30日から平成16年3月31日までの9か月間で498万円の評価益を出し,同取引は奏功した。
(3) 亡X1が値下がりを知った上で売買差益の獲得を目指したこと
ところが,平成16年6月30日には亡X1の保有証券の評価額が下がったところ,その間,亡X1は,評価損益の記載された取引残高報告書を受け取ったほか,平成17年1月頃には,平成16年分の特定口座年間取引報告書を受け取って,年間譲渡差損が1898万7498円である旨の通知を受け,これを認識した。さらに,亡X1は,たびたび被告店舗に来店して,Eと面談し,保有証券の状況報告を受けており,保有証券の値下がりを知った上で,さらに売買差益の獲得を目指していた。
(4) 亡X1が月間100万円の売買差益獲得を目指したこと
亡X1は,平成17年8月3日,被告店舗に来店し,前任者から引継をしたFから,同年7月29日時点の評価額が約1272万円であることを知り,「儲けさせてくれ」「月間100万円ぐらい儲かりたいなあ」と述べ,これを受けて,同年8月4日に,Fも「月間100万円目標で」と述べ,専ら短期に売買差益を取ることを目的とした売買を勧めたが,結果的には,平成18年8月31日時点の保有証券評価額は,約496万円にまで下落した(同時点以降亡X1の保有証券の内容には変化がない。)。しかし,亡X1とすれば,平成13年3月までの投資金額が1億1208万5511円であったところ,平成17年7月にFが担当を引き継いだ時点で保有証券評価額が約1272万円になり,投資金額の約1割相当額にまで大幅に値下がりしている以上,新規資金を投入しない範囲で,リスクがあっても値上がり益を狙う意図を持つことは不自然でも不合理でもない。
(5) 過当取引でないこと
違法な過当取引かどうかは,顧客の取引の目的や投資傾向,投資資金の性格,顧客の資産と投資金額のバランス等の事情によって決まるものであり,取引の頻度により単純に決まるものではない。基本的には,取引をどの程度行うかは顧客の意思によるのであり,顧客の意思に反し又は顧客の利益を無視して証券会社の利益を得るために取引口座を実質的に支配して,顧客の取引の目的に反する過当な取引を行うことが違法な過当取引となる。
確かに,亡X1の損失額は大きいが,後記3(1)ないし(4)で被告が主張する亡X1の属性等を考慮すると,相当の資産家であり,かつ,オーナー会社の社長として相当の収入もある亡X1が,その資産・収入に見合った範囲で,短期の売買差益獲得を目指して株式取引を行うことは,亡X1の自由である。また,亡X1の証券取引は同人の楽しみでもあったから,値動きのある取引を亡X1が好むのも自然であり,かかる取引をもって違法な過当取引ということはできない。
2 違法な一任売買について
【原告らの主張】
後期取引が被告による主導性の下に遂行されたことは,前記のとおりである。すなわち,一連性ある後期取引は,実質的な意味において被告が具体的な投資判断を行い,それをもって亡X1を誘導し,亡X1は信頼する専門家の推奨することであるからとしてこれを受け入れ,追従するという態様でされたものである。したがって,後期取引は,「事実上の一任売買」又は「実質的な一任売買」であるといえる。
そうすると,それは黙示による委任契約に基づく売買勧誘と注文執行及びその反復継続であるといえ,同委任契約における被告の受任業務は,委任の本旨に基づき,委任者たる亡X1の利益を優先して遂行されなければならず,具体的には,①適合性原則に則って亡X1の投資意向を聴取確認し,それに沿って勧誘し,受託しなければならず,また,②経済的合理性のない,又は乏しい売買取引を勧誘推奨してはならず,③自社利益を優先して亡X1の利益を劣後させるなどは決してあってはならない。
後期取引における被告の業務行為は,亡X1の投資意向に反するものであるか,又は少なくともその意向を聴取確認して執り行われたものでない点において,また,経済的合理性のない又は乏しい回転売買,頻繁売買である点において違法な一任売買である。
【被告の主張】
(1) 値上がり益を求める短期売買は亡X1の意思であること
亡X1は,被告担当者Dとの電話で,平成15年6月17日の損切りにあたり,大きな損失が出ていることを認識しつつ,損失を取り戻すべく,売買差益を狙って株式を購入する意思をはっきりと述べているなど,後期取引における短期の値上がり益を求める株式売買は,亡X1自身の明確な意思に基づく被告に対する指示による。
(2) 亡X1がしばしば被告店舗に来店したこと
亡X1は,平成15年6月以降,記録に残っているだけでも,同年6月16日,同月18日,7月7日,同月31日,平成16年3月24日,4月1日,5月12日,同月21日,同月25日,6月30日,10月29日,11月4日,12月7日,平成17年1月7日,2月9日,3月8日,同月11日,同月16日,同月18日,同月22日,同月30日,4月19日,5月6日,同月19日,7月7日,8月3日,9月15日に被告店舗に来店しており,亡X1が自ら積極的に証券取引を行う意思と態度を示している。
(3) 亡X1の取引方法に相当性があること
どのような情報と判断に基づいて証券取引を行うかは,原則的には,顧客自身が決めるべきことである。亡X1は,売買差益を狙って現物株式の売買を行う旨の基本方針を自身で決めた上で,個別具体的な銘柄,売買のタイミング,指値か成行か,指値の価格については被告担当者の勧めに従っていた。また,被告担当者は,必ず,勧誘する銘柄とそれがいかなる会社か,勧める理由,数量,売買の別,指値か成行か,指値の場合の値段を亡X1に伝え,亡X1はこれを聞いて注文を出していた。このような取引方法は,違法な一任売買ではない。
なお,亡X1は,新規資金を投入しないことを明言し,実際に平成18年1月17日に5万3000円を振込入金した以外の新規資金の投入をしていない。また,亡X1は,被告担当者の信用取引の勧誘を断っている。これらの点からしても,亡X1が被告担当者の言うがままに取引を行っていたわけではないことがわかる。
3 適合性原則違反について
【原告らの主張】
過当取引の認定要素には,既に適合性原則が取り込まれているともいえる。すなわち,過当取引の第1要件である「取引の過度性」とは,当該投資家の投資知識・経験,投資意向(目的)等に照らして,当該一連取引が過度であると評価されることであるから,当該一連取引を対照する要素として,当該投資家の投資知識・経験,投資意向(目的)等の適合性原則を構成する諸要素が内在している。しかし,他方,証券投資における適合性原則は,過当取引の認定要素に止まるものではなく,それを超えて,それを包摂する上位概念である。
これを後期取引に引き付けていえば,同取引は単体商品の一回販売ではなく一連性ある連続的売買取引であるから,その一連性に見られる取引特性を把握した上で,亡X1の投資知識・経験や投資意向などの諸要素(意向と実情)に照らし合わせて,考慮検討する必要があり,その結果,後期取引の取引特性が亡X1の意向と実情に適合しない場合には,適合性原則違反になり,更に進んで違法行為を構成することになる。
後期取引の取引特性は,甚だ過度(過当)なものであって,亡X1の意向と実情,すなわち既往体験と習得知識及び判断能力並びに投資意向などを踏まえれば,亡X1にとって相応しくないものであったことが明らかである。
【被告の主張】
以下のとおり,後期取引には適合性原則違反の違法はない。
(1) 亡X1が会社の代表取締役であること
亡X1は,本件取引期間全体を通じて,大阪市<以下省略>に自社ビルを有するa社の唯一の代表取締役である社長であり,かつ,平成21年12月のa社がa1株式会社に商号変更して原告X3が代表取締役に就任したときも,代表取締役会長として留任し,忙しく稼働していた。
亡X1は,a社の株式を保有し,かつ取締役報酬を得ている。
(2) 亡X1の投資判断能力
亡X1は,株式,公社債取引の経験が30年,投資信託取引の経験が20年あるため,この投資経験からだけでも,株式売買について十分な投資判断能力がある。
そして,確かに,亡X1は,個別具体的な銘柄の選定,売買のタイミング,指値については,被告担当者の勧めをそのまま受け入れていることが多い。しかし,被告担当者Eとのやり取りの中で,経済状況を実感として知っていたり,株式相場に関するニュースを見ており,ニュースと株式相場との連動を理解していたり,全般的な市況をつかんでいた。そして,亡X1は,基本方針は自分で決めており,信用取引を勧められてもこれに応じず,もっぱら現物取引を行っている。これらのことからして,亡X1の投資判断に問題はない。
なお,亡X1は,平成18年11月4日に長谷川式テスト15/30点との記録があり(甲1の2),平成20年9月22日に認知症との診断を受けている(甲21の1)が,後期取引における被告担当者との応対に不自然な点はなく,その間引き続きa社の代表取締役として稼働していたことからしても,この間に認知症に罹患していたとは考えられない。
(3) 亡X1の資産・収入
亡X1は,関西屈指の高級住宅街であり,豪邸やマンションの建ち並ぶ●●●駅,●●●と,●●●駅からの徒歩圏内にある西宮市内の閑静な佇まいの豪邸(敷地面積2268m2)を保有し,そこに居住している。同土地の路線価は約4億7630万円であるが,その立地条件等からして時価は少なくとも6億円を下らない。また,亡X1は,a社のオーナー会長であり,その株式を保有していた。また,亡X1は,平成16年12月7日の来店時に「うちは今期8000万円の経常益や」と述べていたが,未公開企業が経常益8000万円を出す決算をするからには,亡X1が相当の役員報酬を得ていたことは間違いない。亡X1が自ら記載した総合取引申込書兼保護預り口座設定申込書には,年収3000万円から5000万円未満,金融資産が1億円から10億円未満を有する旨の記載がある。このように,亡X1は,本件取引を行うについて,十分な資産と収入のある者であった。
(4) 本件取引が余裕資金をもって行われたこと
総合取引申込書兼保護預り口座設定申込書によれば,被告での亡X1の投資資金は余剰資金である。亡X1が平成13年4月2日に証券取引口座から出金した後,被告の亡X1口座からの出金はない。このことは,被告での亡X1の資金は,当座の必要のない余裕資金であったことを示している。この点,亡X1は,「うちは経常益8000万円や。孫請けやからたいしたことない。」とa社のことを述べた後,「個人も儲けさせてや」と言っており,亡X1の投資資金が全くの個人資産であることがわかる。
(5) 小括
以上(1)ないし(4)の点を考慮すると,亡X1に本件取引のような株式(投資信託)取引を行う適合性を有していたことは明らかである。
4 損害について
【原告らの主張】
(1) 平成15年6月17日以降6回にわたる保有株式(投資信託を含む。)の一括売却(以下「本件損切り売却」という。)による損害
本件損切り売却は,後期取引の始期(平成15年6月中旬)以降に勧誘され,実行されたものであって,その後の過当取引たる後期取引の資金調達として実行されたものであり,その後の過当取引の一環として行われた行為である。このように,本件損切り売却は,その時期・目的に照らして,不法行為の対象となる後期取引と密接不可分の関係にあり,後期取引における被告の不法行為と相当因果関係が認められる損害である。そして,その額は,売却当時に含み損が発生していたものの同損失が実現しておらず,被告担当者がそれを実現させたのであるから,購入価格と売却価格との差額をもって損害とすべきである。
その額は,別表1「損益状況」欄のとおり,9780万6963円である。
(2) 後期取引自体により亡X1の被った損害
別表2「最終合計」欄のとおり,3403万0026円である。
(3) 弁護士費用
本件訴訟の専門性に鑑み,原告らが損害賠償を得るには法律専門家たる弁護士への訴訟委任が不可欠であるところ,その額は1272万円が相当である。
(4) 合計
1億4455万6989円(うち合計1億3894万1806円を請求)
【被告の主張】
(主位的主張)
原告の主張する損害の大部分は,日経平均株価が,平成12年4月の2万0833円から平成13年9月に9382円,平成15年4月には7603円まで下落したことに伴う亡X1保有証券の値下がりによるものである。
(1) 平成13年3月27日以前の証券投資
亡X1は,平成10年8月7日から投資信託と株式を主とする取引を行い,平成13年2月23日までに合計1億2928万9815円(入金額1億1934万2815円から平成18年1月17日入金分の5万3000円を控除した額。甲9)を亡X1の証券取引口座に入金し,平成13年4月2日までに合計1720万4304円を出金した結果,同日時点で合計1億1208万5511円を証券取引に投資していた(甲9)。
この間,亡X1は,平成13年2月20日にプレシジョンシステム株を募集で購入し,同年3月27日にNTTドコモ株を売却した後,平成15年6月17日までの間,新たな証券取引をしていないから,平成13年3月27日から平成15年6月17日まで,亡X1の保有証券には変動がない(トレンドマイクロ株の株式分割とプレシジョンシステム株の増資と,MRFの利金による増加を除く。甲2)。
(2) 平成14年2月28日時点の亡X1の保有証券の評価損
平成14年2月28日時点(現在,取引残高報告書の記載内容のデータのみが残っている最も古い時点)で亡X1の保有証券の評価額は約4264万3464円,評価損が約9186万5900円である。亡X1は,同日,被告店舗に来店し,保有証券の明細を担当者のCから直接聞いた(乙7)。
(3) 平成15年6月17日及び同月18日の損切り
亡X1は,その後,しばしば被告店舗に来店し,Cと相談したが,結局,様子を見る結果になっていたところ,同人が転勤し,平成15年5月29日にDが担当者になった。亡X1は,同年6月16日に被告店舗に来店してDと面談し,翌17日時点で,保有証券を売却して損失を挽回するため値上がり益を狙う方策に出ることにし,別表3のとおり,同日に売買差損合計3858万6056円,同月18日に売買差損957万2867円の合計4815万8923円の売買差損を出して,平成11年から平成13年2月までに購入して保有していた証券の一部を売却した。亡X1は,平成15年6月18日にも,Dと電話で話したほか,来店して同人と面談した。
平成15年6月17日及び同月18日の実際の売買差損と,平成14年2月28日時点の評価損(上記(2))を比較すると,ローソン株は2万2540円,アオイ電子株は44万1289円,高砂電器産業株は179万4993円損失が減っている一方,ジャック株は10万4328円,プレシジョンシステム株は35万2170円,セガ株は193万1127円,ジェイエクイティ株は232万3853円,トウミツグローバルは121万9867円,それぞれ損失が拡大している。この点からも,亡X1が平成15年6月時点で,保有証券を損切りし,値上がりしそうな証券を買って挽回を図ろうと考えたのは合理的である。
(4) 平成15年6月30日時点での保有証券評価額と評価損
別表3のとおり,亡X1は,上記(3)の各損切りの後,その売却代金で三洋電機株とトピックス投信を購入した。平成15年6月30日時点で亡X1の保有証券評価額は3310万3194円,評価損は5101万0500円であった(乙14)。同月30日に,上記三洋電機株は5万円値下がりし,トピックス投信は8万円値上がりし,併せて3万円値上がりしているだけである。したがって,後記期間開始時,すなわち平成15年6月中旬から下旬における亡X1の保有証券評価額は概ね3310万円である。
(5) 平成15年7月以降の損切り
別表4のとおり,亡X1は,平成13年3月以前からの亡X1の保有銘柄のうち,日本オラクル株とソフトバンク株の決算がよくないから値下がりしそうだとの理由で,Dから勧められ,これを合計2351万9126円の売買差損を出して売却した。
そして,平成15年7月31日以降,Dだけでなく,上司のEも亡X1の取引を手がけていたが,平成16年3月24日,Dから担当を引き継いだEは,亡X1と面談して,保有銘柄の見通しと損益を説明し,市況が非常によくなっていると伝えると,亡X1も「仕事をしていて俺もそう思う。」と答え,Eの「長年持っていても報われない銘柄は見直した方がいいと思います。含み損も実現損も同じだと思います。」との発言に同意した。
(6) 平成13年3月以前からの保有証券の売買差損
別表4のとおり,亡X1は,平成13年3月以前から保有していた証券を,平成16年3月24日に1198万7889円,同年11月16日に1178万5601円,平成17年8月4日に235万5424円の売買差損を出して売却した。平成15年7月11日から平成17年8月4日までの売買差損は合計4964万8040円であり,平成13年3月27日以前から保有していた証券の売買差損合計額は9780万6963円である。
平成13年3月までの亡X1の投資金額が1億1208万5511円であるから(甲9),平成13年3月までに購入した保有証券の売却により,投資金額の約87%に当たる売買差損が出たことになる。
以上より,亡X1が,平成15年6月から平成18年7月までの取引で,1億2726万1806円の損害を被ったという事実はない。
(予備的主張)
後期取引が開始した平成15年6月17日現在の亡X1の被告での保有証券は約3300万円相当であったから,それ以上の損害が発生することはない。この点は,原告らは,資産が劣化したとも主張するが,同日の保有証券は,ITバブル崩壊により評価損が9900万円,評価額が3300万円と大幅に値下がりした株式と投資信託であって,これ以後の株式取引によって劣化したということはない。また,亡X1の現在の保有証券残高は,MRF約58万円と日本ゲームカード株(統合により現在はゲームカード・ジョイコホールディングス株1000株)であり,この日本ゲームカード株10株の買付金額は588万8183円である。したがって,もともと損害額が約3300万円と約646万8183円との差額である約2653万円を上回ることはない。
なお,被告の取得した手数料をベースとするとしても,その額は,後期取引における手数料累計額は2917万2439円から,前期取引に売買し又は買い付けた株式の損切り分までの手数料合計額727万5441円を差し引いた2189万6998円である。
なお,後期取引の終期頃である平成18年8月31日時点の保有証券の評価額は約496万円であり(乙13の4),亡X1の妻である原告X2が被告に問合せの電話をしてきた頃である平成19年5月31日時点の保有証券の評価額は約297万円である(乙13の7)。どんなに遅くとも,亡X1としては同日までに保有証券を売却することができたはずであり,この時点からの値下がりは損害とは認められないというべきである。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠(甲2,4,9,24,25,26,30,31,35の1・2,37,38の1・2,乙7,10の1・2,13の4・7・8,14,16の1・2,20,21,22,証人D,同E,同F,原告X2,同X3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 亡X1の属性
亡X1は,昭和3年○月○日生まれで,本件取引開始当時,満69歳であった。亡X1は,肩書住所地に居住し,妻である原告X2,子である原告X4,原告X3及びその妻と子の合計8名で暮らしていた(亡X1の実母Gも同居していたが,平成13年○月○日に死去した。)。
亡X1は,兵庫県西宮市<以下省略>(●●●)に本店事業所を持ち,大阪市<以下省略>(●●●)にも事業所を持つ,港湾(浚渫)工事・港湾荷役運送等の事業を営むa社(資本金4800万円・役職員数約100名)の代表取締役を死亡時まで務めていた。
(2) 亡X1の病状等
平成14年10月6日突然自宅で倒れ,妻の手配で救急車に乗せられて病院に搬送。意識消失発作,てんかん,投薬治療を受けていた。
(3) 取引開始の経緯等
亡X1は,平成10年8月6日,被告(当時の国際証券株式会社)に取引口座を開設した。その際,同日付けで,総合取引申込書兼口座設定申込書が作成されたが,同書面には以下の記載がある。
・「ご投資経験」欄 株式の取引経験は3年以上5年未満(他種証券〔信用取引を含む。〕の取引経験は無し)
・「世帯主のご職業」欄 非上場会社オーナー
・「ご年収及び金融資産」欄 年収3000万円~5000円未満
金融資産1億円~10億円未満
・「主たる資金の性格」欄 余裕資金
・「お申込みのロース」欄 マネー・マネージメント・ファンドコース,バラエティオープン
(なお,甲24〔亡X1の陳述録取書〕には,同書面の亡X1の住所・氏名等の手書き部分は自分の筆跡ではないとの陳述部分がある。しかし,亡X1は,上記各記載がその意思に基づくものであることを否定しておらず,これを前提とした陳述をしているので,事実認定上この点には立ち入らない。)
亡X1は,それ以降,株式と投資信託とを主体とする取引を行い,平成13年2月23日までに合計1億2928万9815円を亡X1の証券取引口座に入金し,平成13年4月2日までに合計1720万4304円を出金した結果,同日時点で,合計1億1208万5511円を亡X1の証券取引に投資した(甲9)。
亡X1は,平成13年2月20日にプレシジョンシステム株を募集で購入し,同年3月27日にNTTドコモ株を売却した後,平成15年6月17日までの間,新たな証券取引をしなかった(トレンドマイクロ株の株式分割,プレシジョンシステム株の増資及びMRFの利金増加による増加を除く。甲2)。
被告から亡X1には,取引残高報告書(対象期間の取引と基準日の保有証券の内容を報告する書類)が送付されていたが,平成14年2月28日時点において,亡X1の保有証券の評価額は4264万3464円,評価損が9186万5900円であった(乙14)。
(4) 損切り(被告担当者D)
被告担当者Dは,平成15年5月末頃,前任担当者のCから亡X1の担当を引き継いだ。当時,亡X1の保有株式は,上記のとおり,評価損が1億円近くに達していたところ,その多くがいわゆるITバブル崩壊により相場を大幅に下げたIT関連銘柄であった。Dは,ITバブルだけが理由で株価が上がったとみられる銘柄は株価下落後は株価回復を見込めないと判断した。
亡X1とDが平成15年6月16日に被告店舗で面談した際,Dは,保有証券の一覧表を示した上,多額の評価損が生じていること,これに対してこれをそのまま放置しておくか,保有証券を売却して債券等手堅いものに投資するか,同様に保有証券を売却するが損失を取り戻すため株式投資をして値上がり益獲得を目指すか,という選択肢を提示し,亡X1の意見を求めたところ,亡X1は,損失を取り戻したいとの意向を示した。Dは,亡X1の意向に沿うとすれば,株価回復が期待できない株式を売却した上,新たな銘柄の株式投資を行うのが相当であるとアドバイスした。そして,投資すべき株式銘柄に関し,Dは,損失を取り戻すといっても,短期間で損失を取り戻すより,景気の悪いときでもある程度の期間を掛けて値上がりが期待できる銘柄に投資し,比較的長期間にわたって損失を取り戻すのがよいと考え,亡X1に対し,日経平均も9000円で頭打った感が出ているし,米国株もかなり上昇しているから,ディフェンシブ面の強い薬品関係が良いと思う旨述べると,亡X1は,より短期的に利益が得られる,動きのある銘柄を希望した。
また,亡X1は,Dからの電話で,損切りの対象となる証券銘柄に多額の評価損が生じていることを知らされ,「へえ。ほんなら,もうないようになってまうやない?」と述べたものの最終的には「とにかくね,Dさんに任しときますんで」と述べ具体的な売却と新規銘柄の買入れをDに委ねた(乙10の2)。もっとも,亡X1は,前期取引により多額の損失が出たことに鑑み,新規銘柄の購入資金は損切りに係る売却代金をもって充て,新規資金は投入しないとの意向が示され,これが今後の取引の基本方針として確認された。
Dは,亡X1の希望や基本方針を上司のE(営業課長)に伝達した上,同年6月17日,Eにも立ち会ってもらい,改めて亡X1の上記意向を確認し,株価回復の見込めない銘柄の株式を売却(損切り)するとともに,新たな銘柄の株式に投資して損失の取戻しを図るという基本方針を確認した。
(5) 本件損切り売却の実行及び新たな銘柄による証券投資
Dは,亡X1に対し,損切りすべき株式又は投資信託の銘柄として,ローソン,高砂電器産業,アオイ電子,ジャック,プレシジョンシステム,セガ,ジェイエクイティ,トウミツグローバルの各売却を勧めた。亡X1は,Dの上記提案に同意し,平成15年6月17日及び同月18日の両日にわたり,上記各銘柄の株式を売却した。売却損は,4815万8923円であった。
また,Dは,同様に亡X1の了承を得て,同年7月11日,日本オラクル及びソフトバンクの各銘柄を売却した。売却損は2351万9126円であった。
Dは,上記損切りによる売却代金を原資として証券投資を行うべく,亡X1に対し,ある程度値動きがありそうな銘柄であると考えた三洋電機株,トピックス投信,ニイウス株,任天堂株の購入を勧めた。
Dの亡X1に対する電話による勧誘の内容を例示すると,以下のとおりであるが,他の電話での勧誘及びこれに対する亡X1の対応も,これと大同小異であった。また,亡X1が後期取引開始に当たってDから勧誘を受けたディフェンシブ面の強い薬品関係の銘柄の勧誘を断ったことを除き,Dから勧誘された銘柄の勧誘を亡X1が断ったことはなく,亡X1から特定の銘柄をいくら買ってほしいなどと積極的に注文するようなこともなかった。
「D えっとですね,ちょっと相場のほうがきょう大きな調整入って安くなってるんですが…
亡X1 そうらしいな。
D ええ。で,お持ちいただいていますオラクルのほうがですね,あの,先日,決算発表を出したんですけれども,余りよくない数字でですね。前期比17%減という数字も出てるんですよ。
亡X1 はあはあ。
D それを受けて各社が投資判断,レーティングを引き下げてまして…
亡X1 うん。
D 直近大きく上がってたこともあってですね,ちょっと下に向かってるんですよ。
亡X1 うんうん。
D 今5000円近辺でもみ合いしてるんですけれども…
亡X1 はあはあ。
D 一つ方法としてですね,あの,次にめどになりそうな25日の平均値が4500円のところに来てますから…
亡X1 はい。
D ここまで押してからの反発というのが可能性高いと思いますんで…
亡X1 はい。
D 一度離してからですね,押したところを拾い直すというのが一つだと思うんですよ。
亡X1 はいはい。
D ええ。で,今5000円ちょっと上のところで展開してるんですけど,あの,50株,これ,100株単位の株なんですけど,50株の端株お持ちなんで,この端株というのは単位株未満ですから,今日の引け値でしか売れないんですけれども…
亡X1 はあはあ。
D とりあえず一度離してですね,安くなったところを拾い直すというのが一つだと思いますんで。
亡X1 はいはい。
D ええ。ですから,とりあえず100株は成り行きで売却してですね…
亡X1 はい。
D 残りの50は端株なんで,きょうの引け値で売却するという形でよろしいでしょうか。
亡X1 はいはい。わかりました。
D で,あとすみません,ソフトバンクもですね,ヤフーの決算が予想範囲内ということで大きく売り込まれてまして,ここも25日の平均値が今もう3000円割って2900円で動いてるんですが,25日の平均値が,これ2100円ぐらいまでぱかっと間あいちゃっってるんですよ。
亡X1 はあはあ。
D ええ。ですから,これ,もう離しておいた方がいいと思うんですけれども。
亡X1 はい。わかりました。
D じゃ,300成り行きで,ソフトバンク売却でよろしいでしょうか。
亡X1 はいはい。
D すみません。お忙しいところ。
亡X1 はい。
D よろしくお願いします。」
(6) Eへの被告担当者交代
平成13年7月に国際証券梅田支店の営業課長になったEは,Dの上司として,上記のとおり,本件損切り売却に際して,自ら亡X1の意思確認をした者であるが,その後,平成16年3月23日に亡X1の担当をDから引き継いだ。
Eは,翌24日,被告担当者として亡X1と面談し,亡X1の投資意向を改めて確認したところ,やはり株式売買を通じて少しでも損を取り戻したいが,新たな資金投入はしないというものであった。Eは,改めて亡X1に対し,保有していても値上がりの見込みのない銘柄は見込みのある銘柄に替えた方がよいなどとアドバイスし,亡X1もこれに同意した。
そこで,Eは,値上がりの見込みのない銘柄として,ローム,トレンドマイクロ,芝浦メカトロニクス,安川情報システム,島精機,三井海洋開発の各株式を選定し,その損切りを亡X1に提案したところ,亡X1もこれに同意した。Eは,Dと同様,値動きが比較的大きく,値上がり益の取れそうな銘柄について,その銘柄,売り買いの別,価格,数量等を取引の都度確認して取引をした。もっとも,Eは,特定の銘柄の株式の購入を勧誘するとき,その会社の業績や内容等を詳細に亡X1に説明するようなことはなかった。そして,亡X1は,新規発行の投資信託を除き,Eの勧める株式銘柄を断ったことはなかった。
(7) Fへの被告担当者交代
Fは,平成17年7月,被告(当時は三菱証券)梅田支店に資産運用第3課課長として着任し,亡X1の担当をEから引き継いだ。Fは,亡X1に面談し,今後の投資方針について相談するため,亡X1の来店を求めた。当時の亡X1の保有証券の評価額は約1200万円(買付残高約2400万円)であり,約1200万円の評価損があったので,その旨を説明し,亡X1の意向を聴取した。亡X1は,やはりできるだけ短期間で損失を取り戻したいという意向を有していたことから,結局,1年間かけて損失を取り戻すため,月間100万円の値上がり益を取ることを目標とする旨を確認した。Fは,この目標を達成するためには,亡X1の現在の保有証券をすべて売却して仕切り直しをするとともに,リスクの高い銘柄を短期間で頻繁に売買する必要があると考え,そのような投信方針をとることを亡X1に告げ,亡X1の了解を得た。ただし,そのような取引形態をとれば,リスクが極度に高まるとともに,頻回売買による手数料額の増加が余儀なくされるところ,Fは亡X1に対してその点に関する詳細な説明をしなかった。
Fは,平成17年9月頃,短期間で値上がり益を図るのに効率的(少ない資金で利益が大きく上がる)な信用取引を勧めたところ,亡X1は,信用取引をするためには新規の資金を投入する必要があるところ,これを嫌い,信用取引をすることに同意しなかった。亡X1は,その後も新規の資金を投入することはなかった(ただし,亡X1は,平成18年1月17日,保有証券を売却して新規証券を購入した際の不足資金に充てるため,5万3000円を取引口座に振り込んでいる。)。
その後の取引は,Fが投資する証券の銘柄,タイミング,成行か指値か,指値等を自身で決めて亡X1に勧め,亡X1がこれを受け入れるという形で行われていた。また,Fは,短期間で損失を取り戻すため,仕手株(出来高が急増して値動きのある株)を勧めることもあった。亡X1は,Fからの信用取引の勧誘を断ったほかは,Fの勧誘する銘柄の株式取引をすることを断ったことはなかった。
(8) 亡X1の被告店舗への来店
後期取引を通じ,亡X1は,被告店舗にたびたび来店し,被告担当者と株価の見通し等について雑談したり,意見交換をしたりした(甲24の亡X1の陳述録取書には,その記憶がないという陳述部分があるが,被告担当者の各証言に照らして採用できない。)。
(9) 前期取引と対比した後期取引における売買回数,資金回転率等
ア 本件全取引
全期間 平成10年8月から平成18年7月まで
対象銘柄数 181銘柄(株式銘柄は170銘柄〔業種分類で29業種,市場分類で8市場〕)
売買回数 670回
資金回転率(年次) 年3.08回
手数料額 2987万6945円
イ 前期期間
対象銘柄数 31銘柄(株式銘柄は24銘柄〔業種分類で9業種,市場分類で5市場〕)
売買回数 106回
資金回転率(年次) 年0.81回
手数料額 706万8516円
ウ 後期期間
対象銘柄数 165銘柄(株式銘柄は161銘柄,業種分類で8市場)その多くは,
売買回数 564回
資金回転率(年次) 年14.16回
手数料額 2280万8429円
売買銘柄数は,上記のとおりであり,その多くが新興市場(マザーズ,ヘラクレス,ジャスダック)に上場された,知名度の低い新興銘柄であった。
売買回数も,上記とおり,顕著な増加をみている。
また,保有期間は,本件取引において,0~30日以内が全体の75.9%を占め,その多くが後期取引におけるものである。同一銘柄を同一口座で売り買いを行う「出し入れ取引」が少なからず行われていた。
なお,資金回転率(年次)は,各月末の投資残高の合計額(売買取引の総額)を各月末の投資残高の平均値(平均投資金額)で除し,これを1年間に引き直して計算するものであって,投資金額が1年間の売買取引において何回転したかを示すものであるところ,上記のとおり,前期取引と対比して後期取引におけるそれが顕著に効率である。手数料の額も,上記のとおり,前期取引と対比して後期取引において著しく増加している。
(10) 後期取引終了とその後の事情
後期取引は,平成18年7月24日に買い付けたバリューコマース株式を同月31日に売り付けたことをもって終了したが,それから約1年を経過した平成19年5月30日,亡X1の妻である原告X2は,亡X1の取引口座から3500万円を引き出す必要に迫られ,被告に電話で問い合わせたところ,残高が200万円程度しかないことを知り,本件取引により巨額の損失が生じていることを初めて知った。
2 争点1(過当取引)について
(1) 証券取引は,本来投資家自身の責任と判断により行われるべきものであり,いわゆる自己責任の原則が妥当する領域である。しかし,証券取引の専門性や,投資に関する情報の証券会社への偏在等に鑑みると,一般の投資家は,専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依存して株式投資を行わざるを得ないのが通例であり,取引銘柄の選定,取引頻度,取引数量,取引時期,取引価格等の決定に当たって,証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に大きな影響を受けることになることが多い。他方,証券会社としては,その収益の主たる部分を証券取引の手数料に依存し,一般の投資家を証券取引に勧誘し,その取引を媒介することによってその収益すなわち取引手数料を得るのであり,その取引頻度や取引数量が多ければ多いほど,証券会社の収益が大きくなり,担当者個人の成績向上にもつながる関係にあることが実情と解される。したがって,証券会社ないしその担当者も,顧客である一般投資家を過当な取引に誘う危険性を孕んでいることが否定できない。
このように,証券会社が顧客の取引口座について支配を及ぼし,顧客の信頼を濫用して手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために,顧客の資産,経験,知識や当該口座の性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な取引勧誘を行うことが起こりがちであるが,かかる行為は,誠実公正義務に違反するというべきほか,表面的には顧客の希望・意向に沿うものであるかのように見えても,これを実行することにより,顧客に多大の損失を被らせる危険性が高い場合には,かかる取引を制限するよう助言指導すべき義務を負うものというべきである。これに違反する証券会社(担当者)の行為は,金融商品取引法(旧証券取引法)上違法であるのみならず,いわゆる過当取引として,私法上も不法行為を構成するものと評価するべきである。
そして,上記説示に照らし,私法上不法行為を構成する違法な過当取引であるというためには,①証券会社が顧客の取引口座について実質的な支配力を及ぼし,②顧客の信頼を濫用して手数料稼ぎ等の自己の利益を図ることを目的として,③顧客の資産,経験,知識や当該口座の性格に照らして,その銘柄数,取引回数,取引金額,手数料額が社会的相当性を著しく逸脱して過当であることを要するものというべきである。
(2) これを本件についてみると,前記認定のとおり,亡X1は,昭和3年○月○日生まれで本件取引開始当時満69歳であり,資本金4800万円,役職員数約100名の企業であるa社の代表取締役を務めていたもので,会社経営や経済情勢等について一定の見識を有していたが認められるが,他方,証券取引の経験については,具体的な証券会社や取引の内容等は証拠上明らかではない。亡X1は,被告に取引口座を開設した際に作成・提出した総合取引申込書兼口座設定申込書(甲4)の「ご投資経験」欄に,「株式の取引経験は3年以上5年未満(他種証券〔信用取引を含む。〕の取引経験は無し」と記載したものであるが,亡X1は,この記載は当時同人の実母Gが亡X1の名義等を使用して株式投資を行っており,亡X1もそのことを知らされていたことから,実母の取引経験を記載したものであると述べており(甲24),その供述自体首肯できないではないことに鑑みると,亡X1が本件取引に先立って,3年以上5年未満にわたる株式取引の経験があったとは認められない。また,前記認定のとおり,後期取引は,もっぱら,被告担当者が対象銘柄,成行・指値の別や指値額,時期等を選別・提案し,これに亡X1が了承を与えるという形態で行われていた上,上記のようなDが担当者となった直後に勧めたディフェンシブ面の強い薬品関係の銘柄を除き,亡X1が被告担当者の提案を断ったことは一度もなかった。そして,前記認定の電話でのやり取りや,証拠上認められるこれと大同小異の他の電話でのやり取りをみれば明らかなように,亡X1は,せいぜいニュースや新聞で聞きかじった程度の知識や場当たり的な相場観ないし直感的な投資感覚しか有しておらず,その提案を吟味,検討し,これを的確に判断し得るだけの知識,経験,能力を有していなかったことが明らかであり,外面的には被告担当者の提案に対し,適当に話を合わせつつ,取引の具体的内容は被告担当者にその判断を全面的に委ね,その提案を安易に鵜呑みにしていたものといわざるを得ない。このことは,勧誘に係る銘柄に係る会社概要や当該銘柄の株式の性格等について十分な説明を受けないまま,たやすくその提案に応じていることからもうかがえる。他方,このように亡X1が被告担当者の説明を安易に鵜呑みにしてその勧誘に対しほぼ言いなりになっていたことは,亡X1と電話や来店によって頻繁に接触を取っていた被告担当者にとっても明らかであったというべきであり,少なくとも容易に推し測ることができたというべきである。そうすると,後期取引において,被告担当者が表面的に表明された亡X1の意向・方針に沿うかのような取引を行い,これを無視した取引をほしいままに行っていたとは認められないものの,亡X1が被告担当者からの提案に異論を唱えることなく,事実上言いなりであったことを黙視し,かえってこれを奇貨として,多額の手数料収入を得るべく,短期かつ頻繁な投機的取引を3年もの長期間にわたって行わせていたものといえる。そして,後期取引は,前記認定事実のとおり,本件の全期間の取引に係る対象銘柄数181銘柄(うち株式銘柄が170銘柄)であり,うち前期取引では31銘柄であるのに対し,後期取引では165銘柄にも及び,売買回数は,前期取引が106回であるのに対し,後期取引においては564回にも及び,証券保有期間は,0~30日以内が全体の75.9%を占め,その多くが後期取引におけるものである上,同一銘柄を同一口座で売り買いを行う合理性が認め難い「出し入れ取引」も少なからず行われていた。さらに,資金回転率(年次)も,前期取引において0.81回であるのに対し,後期取引においては14.16回にも及んでおり,手数料額も前期取引では706万8516円であるのに対し,後期取引では2280万8429円にも及び,取引期間との対比において,対象銘柄,売買回数,取引回数,手数料額の増加が著しい一方,証券保有期間が極めて短期であることや,同一銘柄を同一口座で売り買いを行う合理性を認め難い「出し入れ取引」も少なからず行われていること等に鑑みると,後期取引は,客観的に見て過剰な取引であると評価せざるを得ないものである。
もっとも,上記のとおり,かかる過剰な取引が,亡X1において,短期的な相場変動による利益の獲得に重点を置き,それが期待できる値動きの大きな銘柄に積極的に投資する意向・方針を有して前期取引に係る損失を短期間で取り戻したいとの亡X1の意向があり,被告担当者においてその意向・方針に沿って勧誘したとの側面があることは否定できない。しかし,一定期間における証券投資によって多額の損失を被った顧客が,その損失を短期間で取り戻すことを切実に希望し,それに沿うかのように見える短期頻繁売買を希望することはままあることというべきであるが,証券取引の専門家であり,顧客から委託を受けて顧客に対して誠実公正義務を負う証券会社の担当者としては,顧客のかかる素朴ともいえる希望・方針に盲従して,リスクが大きく,手数料額もかさむ短期頻繁売買を安易に提案するのでなく,そのようなリスク及び手数料額について顧客に十分説明し,その理解を得るよう努める助言指導義務を負うというべきである。本件においては,前記認定に照らし,被告担当者がかかる助言指導を尽くしたとは到底いえない。その他,被告の指摘する亡X1の資産の状況等を考慮しても,後期取引が客観的に過剰であったことの評価を妨げるものではないというべきである。
そして,被告担当者が,亡X1から示された希望・方針に盲従し,助言指導義務を尽くさずに過当取引を提案したことによれば,被告ないし被告担当者が,顧客である亡X1の信頼を濫用して手数料稼ぎ等の自己の利益を図ることを目的としていたことを推認させるものというべきである。
このように,被告担当者らのかかる行為は,誠実公正義務違反ないし助言指導義務違反があったものというべきであり,後期取引はいわゆる過当売買に当たるものとして,私法上も不法行為責任を免れないというべきである。
(3) 被告は,前期取引による多額の損失を取り戻すために,短期の値上がり益を狙って頻繁に売買を繰り返すことは亡X1自身が希望し,これを投資の基本方針としたものであるから,亡X1の資産状況等の属性に照らして,過当取引には当たらない旨主張する。しかし,上記説示に照らし,被告の主張は採用できない。ただし,亡X1の投資性向が損失の拡大に寄与したことは明らかであるから,被告の主張する上記事情は,後記のとおり過失相殺事由として考慮するのが相当である。
3 争点2(違法な一任売買)について
上記認定のとおり,後期取引においても,被告担当者は,担当者交代の機会等に証券投資の基本的方針を協議してこれを取り決めたものであること,その際,亡X1の希望を取り入れて短期売買で値上がり益を上げるという基本方針を確認するとともに,具体的な取引の勧誘に際しては,被告担当者において,その銘柄,取引数量,取引価額,成行・指値の別などを亡X1に対し具体的に提案し,逐一その了解を得て取引を行っていること,亡X1はたびたび被告店舗を訪問し,株の値動きや経済情勢等について被告担当者等と雑談したり,意見交換をしていたこと,被告担当者のDが後期取引の開始直後に薬品関係の銘柄を勧めたのに対し亡X1が短期的な値上がり益の獲得が期待できないとしてこれを拒絶したこと,後期取引当時,亡X1が少なくとも認知症等のために判断能力を著しく低下させた状態が常態化していたことはうかがえないこと等の事情によれば,後記のとおり,投資する株式等の銘柄,取引数量,取引価額等を被告担当者が主導して決定して,これを亡X1に告げて勧誘し,同人はこれにほぼ言いなりであった等の事情を考慮しても,後期取引が,形式上はもちろん,実質的にも違法な一任売買であったと評価することはできないというべきである。
4 争点3(適合性原則違反)について
証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となる。(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁)。証券会社の担当者による株式投資又は投資信託投資の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し,顧客の適合性を判断するに当たっては,当該金融商品の具体的な商品特性を踏まえ,これとの相関関係において,顧客の投資経験,証券取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある。
本件では,金融商品としてはきわめて一般的である株式又は投資信託であり,商品特性が亡X1のような一般投資家に適合しないとは到底いえないほか,亡X1は会社経営者であり,株式投資の経験がなかったとしても,その理解は十分であったと思われること,余剰資金も豊富であること,本件取引,とりわけ後期取引は前期取引で評価損が生じた株式等を損切りして実現した多額の損失を短期間で取り戻そうとした亡X1の強い意向に基づくものであったこと等の事情を考慮すると,Dらによる後期取引の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱したものであったとはいえない。したがって,適合性原則違反による不法行為責任をいう原告らの主張は理由がない。
5 争点4(損害)について
以上のとおり,被告は,亡X1の権利義務を承継した原告らに対し,後期取引が過当売買であったことによる不法行為責任を負うので,以下,この不法行為により亡X1が被った損害の額について検討する。
(1) 本件損切り売却による損害
原告らは,本件損切り売却(平成15年6月17日以降6回にわたる保有株式(投資信託を含む。)の一括売却)は後期取引の始期(平成15年6月中旬)において勧誘され,実行されたものであって,その後の過当取引たる後期取引の資金調達として実行されたものであり,その後の過当取引の一環として行われた行為であるところ,本件損切り売却は,その時期・目的に照らして,不法行為の対象となる後期取引と密接不可分の関係にあり,後期取引における被告の不法行為と相当因果関係が認められる損害である旨主張する。
しかし,本件において過当取引による不法行為が成立する取引は,後期取引のみであり,後期取引によって生じた損失のみがこれと相当因果関係のある損害となる。しかるに,原告らの主張する上記損害(損失)は,前期取引において生じた損害(損失)が,本件損切り売却によって実現したものにすぎず,後期取引がその売却代金を原資として行われたとしても,後期取引に起因して生じた損害,すなわち,後期取引と相当因果関係のある損害であるとは認められない。
原告らは,本件損切り売却はその後の後期取引における短期乗換売買の資金調達のために亡X1を誘導して採った行動によるものであり,それによって現実化した売買損失もまた,不法行為を構成する後期売買と相当因果関係が認められるなどと主張するが,上記説示に照らし失当であり,この点に関する原告らの主張は採用できない。
(2) 後期取引による損害について
後期取引による損害について,原告らは,後期取引における個々の取引の損益を通算して算出される損失の額をもって損害の額であると主張するのに対し,被告は,後期取引の期首の保有証券の評価額と期末の保有証券の評価額との差額をもって損害として算定されるべきであると主張する。
本件においては,本件損切り売却による売却代金を原資として行われた後期取引(後期取引中の新規資金の投入はない。)が,全体として過当売買と評価されるのであるから,これによって生じた損害の額は後期取引開始当時に亡X1が保有していた証券の評価額を上回ることはあり得ないこと,このことを前提とすれば,上記評価額が後期取引終了までにどの程度その評価額を下落させたかという観点で,同下落分をもって損害の額と認識するのが損害の実体に適い,合理的というべきである。
そこで検討するに,証拠(甲2,乙13の4・7・8,乙14)及び弁論の全趣旨によれば,後期取引開始日である平成15年6月30日現在の亡X1の保有証券の評価額は3310万3194円であったこと,後期取引の終期(平成18年7月31日)に近い平成18年8月31日現在の亡X1の保有証券の評価額は約496万円であったこと,亡X1の妻である原告X2が被告に問合せの電話をしてきた頃である平成19年5月31日現在の亡X1の保有証券の評価額は約297万円であったこと,平成19年8月31日現在の亡X1の保有証券の評価額は約244万円であったことが認められる。
以上の事実によれば,後期取引の開始時と終了時における評価額の差額は約2800万円であると推認される。仮に,亡X1が同時点で保有証券をすべて売却すれば,後期取引によって生じた損害は同額程度に留まっていたものと推認される。しかし,亡X1の保有証券の評価額は,その後の株式の長期的下落傾向に伴って引き続き下落し,後期取引開始当時の評価額との差額は,平成19年5月31日現在で約3010万円,平成19年8月31日現在で約3060万円になったことが認められる。
そこで,本件において,後期取引によって亡X1が被った額を検討するに,亡X1が後期取引終了後直ちに損切りによる損失確定のために保有株式の売却することを亡X1に期待するのは困難であり,かつ,合理的でもない。他方,保有証券の評価額が長期下落傾向にある場合に,亡X1において長期間にわたり保有証券を売却することを怠り,その間その評価額を下落するまま放置し,そのために評価額の差額相当の損害が拡大するに任せていたと認められるときは,その下落分を全て後期取引と相当因果関係のある損害と認定するのは衡平の見地に照らして相当ではない。そこで,当裁判所は,後期取引終了日から約1年を経過し,かつ,亡X1の妻X2が被告に問合せの電話をしてきた頃である平成19年5月31日現在の亡X1の保有証券の評価額をもって,損害額算定の基準とするのが相当であると考える。
そうすると,後期取引により亡X1が被った損害の額は,後期取引開始日である平成15年6月30日の亡X1の保有証券の評価額の概算である3310万円から平成19年5月31日現在の亡X1の保有証券の評価額の概算である297万円を控除した3013万円とするのが相当である。
(3) 弁護士費用
本件事案の内容,認容額その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額は300万円が相当である。
(4) 過失相殺
上記(2)及び(3)の損害額の合計は,3313万円であるところ,前示のとおり,亡X1は,後期取引において,ほぼ被告担当者の言いなりになって,被告担当者による過当な取引をさせられたといえるものの,後期取引の開始に際し,また,被告担当者が交代する都度,短期的な相場変動による利益の獲得に重点を置き,それが期待できる値動きの大きな銘柄に積極的に投資する意向・方針を有して前期取引に係る損失を短期間で取り戻したいとの意向を示し,これを基本方針として被告担当者に指示し,被告担当者においてその意向・方針に沿って勧誘したとの側面があること,亡X1は,相当の企業規模を有するa社の代表取締役を長年にわたり務め,株式投資の経験は証拠上認められないとしても,会社経営に関する相応の経験や,経済情勢に関する相応の識見を有していると見られてしかるべきであり,被告担当者の勧誘に際しても,ニュースや新聞で聞きかじった程度の知識や場当たり的な相場観ないし直感的な投資感覚を述べるだけで,その提案を吟味,検討することなく,被告担当者の提案に対し適当に話を合わせつつ,取引の具体的内容は被告担当者にその判断を全面的にゆだね,その提案を安易に鵜呑みにしていたとの事情も認められる。
以上の事情のほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件においては,亡X1の過失割合を3割として,その損害額を算定するのが相当である。そうすると,被告が亡X1に賠償すべき損害の額は,2319万1000円となる。
(5) 小括
前記前提事実のとおり,亡X1は,平成23年○月○日に死亡し,妻である被告X2が2分の1,その余の原告ら3名が各6分の1ずつ相続したから,被告が原告らに賠償すべき損害の額は,原告X2に対し1159万5500円,その余の原告らに対しそれぞれ386万5166円(円未満は切り捨て)となる。
第5結論
以上によれば,原告の請求は主文の限度で理由があり,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中俊次 裁判官 野上あや 裁判官 植野賢太郎)
平成21年(ワ)第6702号 損害賠償請求事件
亡X1訴訟承継人原告 X2
同 X3
同 X4
同 X5
被告引受参加人 三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社
脱退被告 三菱UFJ証券ホールディングス株式会社
更正決定
頭書事件につき,平成24年9月24日に当裁判所が言い渡した判決に明白な誤りがあるから,被告引受参加人の申立てにより次のとおり決定する。
主文
上記判決の当事者の表示中,被告引受参加人の代表者氏名に「A」とあるのを,「H」と更正する。
平成24年10月2日
大阪地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 野上あや
裁判官 植野賢太郎
<以下省略>