大阪地方裁判所 平成21年(ワ)8371号 判決 2011年1月31日
原告
X有限会社
被告
株式会社損害保険ジャパン
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一九四万〇三一〇円及びこれに対する平成一九年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告との間で、ヨット・モーターボート総合保険(以下「本件保険」という。)に加入する契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した原告が、その目的物であったモーターボートのクラッチが破損したとして、被告に対し、①主位的には、同保険契約に基づき保険金一九四万〇三一〇円及びこれに対する平成一九年九月二一日(保険金請求日から三〇日が経過した日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、②予備的には、説明義務違反の債務不履行又は不法行為に基づき上記同様の金員の支払を求めた事案である。
被告は、クラッチの破損に関しては本件保険の約款中の免責条項により保険金支払義務を負わないし、被告に説明義務違反はない旨主張して、上記請求を争った。
二 当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる前提事実等(以下「前提事実」という。)
(1) 当事者(甲二、三、乙五)
ア 原告は、損害保険代理業及び生命保険の募集に関する業務等を業とする会社である。
イ 被告は、損害保険業等を業とする会社である。
ウ 本件保険契約の締結は、当時被告東大阪総合支社の販売推進グループ主任であったA(以下「A」という。)が担当した。
(2) 本件保険契約の締結
原告は、平成一八年八月三一日に被告との間で、以下のとおり本件保険契約を締結した(甲一、乙一)。
ア 目的物 下記のモーターボート(以下「本件船舶」という。)
(ア) 名称 ○○
(イ) 型式 SF―五一
(ウ) 船体番号 <省略>
(エ) 船検証番号 <省略>
イ 保険金額 船体 五〇〇万円
ウ 保険期間 平成一八年九月一日午前〇時から平成一九年九月一日午後四時まで一年間
エ 保険料 一三万四〇四〇円
なお、原告は、本件船舶について、被告の本件保険に加入する前には、三井住友海上火災保険株式会社(以下「三井住友海上」という。)の船舶保険(以下「従前保険」という。)に加入していた。
(3) 本件保険の約款
本件保険の約款(「ヨット・モーターボート総合保険普通保険約款および特約条項 平成一八年五月」、乙一、以下「本件保険約款」という。)には、以下の規定がある。
ア ヨット・モーターボート総合保険普通保険約款
第一章 船体条項
第一条(当会社の支払責任)
一 当会社は、沈没・座礁・座洲・衝突・火災・爆発・盗難その他偶然な事故によって保険証券記載の船舶<省略>に生じた損害に対してこの船体条項および一般条項に従い保険金を支払います。
第三章 一般条項
第一六条(保険金の支払)
当会社は、前条<省略>の保険金の請求を受けたときは、その日から三〇日以内に保険金を支払います。<省略>
イ 特約条項
八 特定損害不担保特約条項(保険始期が平成一五年一一月一日以降の場合)(以下「本件不担保特約」といい、その第二条柱書及び(1)を「本件免責条項」という。)
第二条(保険金を支払わない場合―その二 モーターボート)
当会社は、保険の目的がモーターボートの場合、普通約款第一章船体条項第一条(当会社の支払責任)の規定にかかわらず、次の損害については、保険金を支払いません。
(1) プロペラ、シャフト、ギヤユニット・ケースなどドライブユニット(船外機についてはロワーユニット)に生じた損害。<省略>
(4) 保険事故の発生(甲四、弁論の全趣旨)
平成一九年八月五日午後三時ころ、本件船舶が和歌山県湯浅湾内において、動力により航行中、クラッチが破損した。その原因は、左プロペラに偶然浮遊物が巻き付いたため、急激な負荷がクラッチにかかったためであると推測された。
上記クラッチの破損による損害額は、一九四万〇三一〇円であった。
(5) 保険金の請求
原告は、平成一九年八月二一日に被告に対し、本件保険約款に規定された手続に従い、保険金として一九四万〇三一〇円の支払を求めた。
三 争点
本件の主な争点は、以下のとおりである。
(1) 本件船舶のクラッチの破損は、本件免責条項に該当するかどうか(争点一、主位的請求関係)。
(2) 本件保険契約の内容に本件不担保特約が含まれていたかどうか(争点二、主位的請求関係)。
(3) 本件保険契約の締結時に、被告の担当者が本件不担保特約の説明義務を尽くしたかどうか(争点三、予備的請求関係)。
四 争点についての当事者の主張
(1) 争点一(本件船舶のクラッチの破損は、本件免責条項に該当するかどうか)について
(被告の主張)
ア モーターボートは、動力構造として、必ずエンジンとドライブユニットを備えている。エンジンとは、動力を作り出す機関をいい、ドライブユニットとは、エンジンが作り出した動力をプロペラまで伝達する装置をいう。
クラッチとは、エンジンの回転を減速したり、方向変換を行ったりして、プロペラ軸に伝える装置であり、出力の伝達を一時的に解除ないし接続するために設置されるものである。
したがって、クラッチは、ドライブユニットに含まれる。
イ また、ドライブユニットは、エンジンからプロペラまでのすべての機構からエンジンを除くものを指すともいえる。そして、クラッチは、エンジン本体とギア及びプロペラシャフトとの間に設置される機構である。
したがって、クラッチは、ドライブユニットに含まれる。
ウ ギヤユニット・ケースがドライブユニットに含まれることは、本件免責条項で定義されているとおりである。そして、クラッチは、ギヤユニット・ケースに含まれるものである。
したがって、クラッチは、ドライブユニットに含まれる。
エ ドライブユニットは、一般的な船舶用語であり、国土交通省登録の小型船舶教習所で用いられている教則本に記載されているし、被告以外のヨット・モーターボート総合保険のパンフレットにも記載されている。
オ 以上によれば、本件船舶のクラッチの破損は、ドライブユニットに生じた損害に当たるから、本件免責条項に該当する。
カ 原告は、本件船舶が船内機船であること及びエンジンクラッチミッション一体型であることを指摘するが、そうであっても、本件船舶にドライブユニットが存在し、クラッチがその一部に当たることは変わらない。
(原告の主張)
ア 本件保険のパンフレット(以下「本件パンフレット」という。)には、「クラッチに生じた損害」が免責対象となることが明示されていない。
イ ドライブユニット又はギヤユニット・ケースなどの用語は、具体的に何を指すのかが明らかではない曖昧模糊とした造語であって、船舶修理業者ですら使用していない特殊な用語である。被告側の専門家の説明によっても、これらにクラッチが含まれることは、明らかにされていない。
ウ モーターボートには、船外機船、船内外機船及び船内機船があり、船内機船にドライブユニットは存在しないところ、本件船舶は船内機船であるから、ドライブユニットは存在しない。
エ 本件船舶は、エンジンクラッチミッション一体型であるから、クラッチの破損は、エンジンの一部に生じた損害というべきであり、ドライブユニットに生じた損害であるとはいえない。
(2) 争点二(本件保険契約の内容に本件不担保特約が含まれていたかどうか)について
(被告の主張)
ア 原告が本件不担保特約を承知して本件保険契約を締結したこと
ヨット・モーターボート総合保険契約申込書には、「特約条項」欄に「特定損害不担保」という項目があり、この項目には予め丸が付されている。また、上記申込書には、「貴社のヨット・モーターボート総合保険の普通保険約款および特約条項を承認し、下記太枠内の事項を確認の上、次の通り保険契約を申し込みます」との記載がある。
被告の担当者であるAは、本件保険契約を締結する際、原告に対し、同契約の内容を説明した。本件不担保特約についても、パンフレットの該当箇所を示しながら説明した。
原告代表者B(以下「B」という。)は、上記申込書の内容を認識し、上記説明を受けた上で、同申込書(乙七、以下「本件申込書」という。)に記名押印をして、本件保険契約を締結した。
イ 本件不担保特約のない保険契約を締結する合意はなかったこと
仮に、Bが、本件保険契約を締結する際、従前保険と同じ内容の保険にすることを求めていたとしても、その後締結した同契約の内容を全く確認していないことからすれば、同人の意図としては、従前保険と保険料が同じであればよく、本件不担保特約のない保険を求めていたものとは解されない。
また、従前保険においても、本件免責条項と同様の免責条項があったから、Bが従前保険と同じ内容の保険にすることを求めていたとしても、本件不担保特約のない保険を求めていたことにはならない。
さらに、保険約款は、多数の契約を定型的に処理することを目的とし、個々の契約についての事情を顧慮することなく統一的に解釈、運用されることが要請されるものであるから、原告が主張するような個別の合意により、約款の記載内容が変更されることはあり得ない。
ウ したがって、本件保険契約の内容には、本件不担保特約が含まれていた。
(原告の主張)
ア 本件保険契約の締結時に、本件不担保特約の説明がなかったこと
原告は、本件保険契約を締結するのに先き立ち、本件不担保特約の説明を受けておらず、本件保険約款やパンフレットの提示も受けていない。
イ 本件不担保特約のない保険契約に加入する合意があったこと
従前保険には、本件不担保特約のような免責特約はなかった。
原告は、本件保険契約を締結する際に被告の担当者であるAに対し、「前の保険と同じ内容の保険にしてほしい」と述べたところ、Aが「分かりました」と答えたため、被告との間で本件保険契約を締結した。
したがって、原告と被告との間では、従前保険と同じ内容の保険契約、すなわち本件不担保特約のない保険契約が成立した。
ウ したがって、本件保険契約の内容に、本件不担保特約は含まれていなかった。
(3) 争点三(本件保険契約の締結時に、被告の担当者が本件不担保特約の説明義務を尽くしたかどうか)について
(原告の主張)
保険者は、保険契約者の募集に当たって、契約を締結するかどうかの判断材料になる正確な情報を提供する義務(契約締結に際しての信義則上の説明義務又は不法行為上の注意義務)を負っている。したがって、被告は、原告に対し、本件保険契約の保険内容について十分に説明する義務を負っていた。
ところが、被告は、本件保険契約を締結する際、原告に対し、本件不担保特約の内容及びクラッチに生じた損害が免責されることについて説明していなかった。
したがって、被告は、原告に対し、契約締結上の過失に基づく債務不履行責任又は不法行為責任を負う。
(被告の主張)
被告は、前記のとおり、本件保険契約を締結する際に、原告に対し、本件不担保特約の存在を含めて同契約の内容を十分に説明した。
また、原告は、損害保険の代理店をしており、本件のようなヨット・モーターボート総合保険についても契約を締結したことがあったから、本件保険契約について十分な知識を有していた。
第三当裁判所の判断
一 争点一(本件船舶のクラッチの破損は、本件免責条項に該当するかどうか)について
(1) 証拠(甲八、乙二、三、八)及び弁論の全趣旨によれば、モーターボートのドライブユニット及びクラッチ等の意義について、以下の事実が認められる。
ア モーターボートを動かすための機関は、大きく「エンジン」と「ドライブユニット」との二つに分けられる。
このうちエンジンとは、動力を作り出す機関をいい、ドライブユニットとは、エンジンが作り出した動力をプロペラに伝達する機構の総称及びプロペラをいう。
イ モーターボートにおいて、クラッチとは、エンジンにつながる軸とプロペラにつながる軸との間に設置され、エンジンが作り出した動力を前者の軸から後者の軸に伝達し、又は遮断する装置をいう。
ウ したがって、クラッチは、エンジンが作り出した動力をプロペラに伝達する機構の一部に当たるから、ドライブユニットに含まれる。
(2) 上記認定は、以下の事情によっても裏付けられるといえる。
ア 「ドライブユニット」という英語は、これをそのまま日本語に訳すると「駆動装置」となり、前記(1)アで認定した定義は、この訳語が示す意味の範囲内のものとして理解することができる。
イ 財団法人日本船舶職員養成協会が二級ボート免許取得のための学科テキストとして編著した「小型船舶操縦士学科教本Ⅰ」(乙三)の九六ないし九八頁には、船内外機を、「エンジンを船内後部に据え付け、プロペラを含むドライブユニットをダブルユニバーサルジョイントを介してトランサムの外側に取り付けた方式」とした上で、その構造図が掲載されている。そして、同図には、「船体」と並んで、「エンジン」及び「ドライブユニット」の名称が太字・文字囲い付きで記載された上で、上記部品を含め、これらに属する多くの部品の名称が記載されている。そのうちクラッチは、ドライブユニット内の部品であるように図示されている。
ウ 上記協会が四級小型船舶操縦士教本として発行した「小型船舶操縦士教本」(甲八)においても、船内外機の説明の箇所で、「ドライブユニット」の用語が複数箇所で用いられているが、それらの箇所の説明は、前記認定のとおりのドライブユニットの定義を踏まえて初めて理解することができるものと解される。
エ 本件免責条項では、「ギヤユニット・ケース」がドライブユニットに含まれるものと定義されている。そして、本件船舶を製造したヤマハ発動機株式会社ボート事業部品質保証グループのCは、弁護士法二三条の二第二項に基づく照会に対する回答(乙一〇の一・二)において、同社では「ギヤユニット・ケース」という名称は使用していないが、「マリンギヤ」という名称で呼んでいるものがそれに相当すると判断されること、同社の製品で、本件船舶の船種であるヤマハSF―五一には「マリンギヤ」が存在すること、したがって、同船種には「ギヤユニット・ケース」が存在し、「マリンギヤ」にクラッチが含まれることを述べている。
(3) 前記(1)の認定に反する原告の主張は、次のとおり採用することができない。
ア 原告は、ドライブユニットという用語は、曖昧模糊とした造語であり、一般に使用されていない特殊な用語であって、Bは、ドライブユニットという用語を知らなかった旨主張し、証拠(甲九、一三、B本人)中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、①前記のとおり、小型船舶の免許取得のためのテキスト(甲八、乙三)において、ドライブユニットという用語が特段の解釈や説明を加えることなく記載されていること、②三井住友海上のヨット・モーターボート総合保険のパンフレット(平成一九年六月一日以降保険始期契約用、乙四)においても、「保険金等をお支払いしない主な場合」の一つとして、「セールおよびドライブユニット(船外機についてはロワーユニット)に生じた損害」との記載があること、③社団法人日本海事検定協会に勤務する海事鑑定人Dが、ドライブユニットという用語が一般的なものである旨を述べていること(乙八)などの事情によれば、ドライブユニットは、モーターボートにおける前記機構を示す言葉として一般的に用いられているものといえる。
したがって、原告の前記主張及びこれに沿う前記証拠は、採用できない。
イ 原告は、船内機船にドライブユニットは存在しないところ、本件船舶は船内機船であるから、ドライブユニットは存在しないと主張し、証拠(甲九、B本人)中には、これに沿う部分がある。
そこで検討するのに、証拠(甲八、乙二、三、八)によれば、船外機船とは、エンジン及びドライブユニットのすべてが船体の外部にある船をいい、船内外機船とは、エンジンが船体の内部にあり、ドライブユニットが船体の外部にある船をいい、船内機船とは、ドライブユニットのうちプロペラシャフト及びプロペラが船体の外部にあり、プロペラシャフト及びプロペラ以外のドライブユニット並びにエンジンが船体の内部にある船をいうことが認められる。そうすると、これらの区別は、エンジン及びドライブユニットの各機関又は機構と船体との位置関係に関するものであって、各機関又は機構の機能面に着目して定義されたドライブユニットの存否が、上記区別によって左右されるものではないと解される。
そして、前記のとおり、ドライブユニットとは、エンジンが作り出した動力をプロペラに伝達する機構の総称及びプロペラをいうものであるから、これは、当然に船内機船にも存在するものというべきである。
以上に照らせば、原告の上記主張に沿う証拠は、にわかに信用することができず、他に同主張を認めるに足る証拠はない。
したがって、原告の上記主張は、採用できない。
ウ 原告は、本件船舶は、エンジンクラッチミッション一体型であるから、クラッチはエンジンの一部である旨主張し、証拠(B本人)中には、これに沿う部分がある。そして、証拠(甲七の一・二)及び弁論の全趣旨によれば、本件船舶を製造した上記ヤマハ発動機に関連するヤマハマリン整備相談センターの職員がBに対し、本件船舶の機関又は機構の説明及びこれがエンジンとクラッチミッション一体型であるとの説明をした書面をファックス送信したことが認められる。
しかしながら、証拠(乙八)によれば、エンジンクラッチミッション一体型とは、エンジンとクラッチ等の部品が一体として近い場所にあるものを指すこと、並びにこれも前記同様に、各機関又は機構の位置関係に着目した用語であって、各機関又は機構の機能面に着目して定義されたドライブユニットの存否が、上記区別によって左右されるものではないことが認められる。そして、前記認定のドライブユニットの定義によれば、クラッチは、エンジンクラッチミッション一体型の場合でも、エンジンの一部であるとは解されず、ドライブユニットの一部であると解される。これに反する上記証拠は、信用することができず、他に原告の上記主張を認めるに足る証拠はない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
二 争点二(本件保険契約の契約内容に本件不担保特約が含まれていたかどうか)について
(1) 一般に、保険契約者は、保険約款の個別の条項の内容を熟知していなくても、保険約款によって保険契約を締結するという意思を有しているのが通常であるから、当事者双方は、特に保険約款によらない旨の意思を表示せずに保険契約を締結した場合には、特段の事情がない限り、保険約款によるという意思をもって保険契約を締結したものと推認するのが相当である。
(2) 証拠(甲一、一三、乙一、七、B本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約の締結の前後に、原告と被告との間でやりとりされた書類に関しては、以下の事情が認められる。
ア Bは、本件申込書に、会社印及び代表者印を押捺して本件保険契約を締結した。
イ 本件申込書の表題の横には、「貴社のヨット・モーターボート総合保険の普通保険約款および特約条項を承認し、下記太枠内の事項を確認の上、次の通り保険契約を申し込みます」との記載がある。
また、「特約条項」欄には、「特定損害不担保」という項目があるが、この項目には、「レース中不担保」とともに、予め丸が付されている。
ウ 本件保険契約の締結後、被告において、同契約にかかる保険証券(「特約条項」の欄に「特定損害不担保」と記載されている)が作成され(甲一)、これが本件保険約款とともに、原告に送付された(甲一三、B本人)。本件の保険事故の発生まで、Bが被告に対し、これらの内容について異議を述べたことはない(B本人)。
以上の事情によれば、原告及び被告は、本件不担保特約を含め、本件保険の約款によるという意思をもって、本件保険契約を締結したものといえる。
(3) 加えて、証拠(甲三、六、一二、一三、乙二、五、七、九、証人A、B本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約の締結の経緯に関し、以下の事実が認められる。
ア 原告は、平成一〇年八月一七日に設立された会社であり、その登記において、会社の目的として二五の事業が記載されているが、その冒頭に「損害保険代理業ならびに生命保険の募集に関する業務」が記載されている(乙五)。
イ Bは、a株式会社・株式会社b保険課課長のE(以下「E」という。)の紹介により、本件船舶について、三井住友海上の従前保険に加入していた。Bは、Eとは、以前から保険の紹介を受けるなどしており、長い付き合いがあった。Eは、同社の保険の代理業務のほか、被告の保険の代理業務も行っていた(甲六)。
ウ 本件船舶は、平成一八年九月初旬に航行の予定があったが、従前保険の保険期間が終了していた。そこで、Bは、Eに対し、本件船舶について、従前保険と同じ内容の保険に加入したい旨を伝えたところ、Eから勧められ、被告のヨット・モーターボート総合保険に加入することとした。
エ Eは、平成一八年八月二八日に被告の担当者であるAに対し、従前保険と同じ内容の保険に加入したい旨のBの希望を伝え、従前保険に関する資料をファックス送信し、見積書の作成を依頼した。
オ Aは、Eとともに、平成一八年八月三一日に原告の事務所を訪れ、Bと面談した。その際、Aは、Bに対し、名刺(甲三)を手渡した。
Aは、Bに対し、本件パンフレット及び予め作成した見積書を示しながら同保険の説明をした。その際に、Aは、本件パンフレット二頁の本件不担保特約に関する記載を示しながら、同特約に関する説明を行った。
Aは、その場で本件申込書に必要事項を記入し、Bは、同申込書に会社印及び代表者印を押捺した。
カ 本件パンフレットは、説明部分が九頁のものであるところ、そのうち二頁においては、一頁分を用いて、「保険金を支払えない場合」として一一項目が列挙されているが、そのうち前記第二(3)イで記載した本件免責条項に該当する内容は、一において、太字で、かつ、字体を変えて記載されている。そして、同頁の各免責条項が記載された末尾には、※印の後に、前記認定のとおりのドライブユニットの定義が記載された上、船内機及び船外機におけるドライブユニットの部分が、太線で囲まれた内部を薄い青色で着色して図示されている。
以上によれば、Aは、Bに対し、本件保険契約締結時に本件不担保特約を含む必要事項につき説明したことが認められ、この経緯によっても、同契約の内容に本件不担保特約が含まれていたと認められる。
(4) 以上の認定に反し、原告は、被告から本件不担保特約の説明を受けていないから、本件保険契約の契約内容に同特約が含まれていない旨主張するので、以下検討する。
ア この点に関する原告の主張に沿う供述ないし記載(甲一三、B本人)は、以下のとおりである。
(ア) 平成一八年八月三一日にEが原告の事務所を訪れ、Bは、Eが持参した本件申込書に、会社印及び代表者印を押捺した。その際、本件申込書は、定型書式以外は白紙の状態であった。Bは、Eに対し、「従前保険と同じ内容の保険に加入したい」旨を既に伝えており、内容はすべてEに任せるつもりであった。
(イ) Bは、上記の日及びそれ以前に、Aと会ったことはないし、本件パンフレットを示されたこともなく、本件不担保特約を含む本件保険契約の内容についての説明は一切受けなかった。
(ウ) 本件保険契約を締結してから何日か後に、Eから、被告の担当者を名刺交換のために連れて行くとの連絡があり、EがAを連れて来た。その際、名刺交換をした上、一時間くらい世間話をしたが、本件保険契約の内容の話は一切していない。
イ しかしながら、Aは、前記認定のとおり供述しているところ、同供述と比べると、上記アの供述ないし記載は、①会社の代表者である者が、白紙の保険契約申込書に会社印及び代表者印を押捺したとする点、②保険契約を締結する際に、保険の内容はすべてEに任せきりにして、その内容の確認を行っておらず、パンフレットも受け取っていないとする点、③Aの名刺を所持していることは認めながら、それは、本件保険契約締結後に、単なる名刺交換のために面談した際に受領したものであり、しかも、Aは、被告が原告との間で初めて本件船舶に関する保険契約をしたにもかかわらず、上記面談の際に保険契約の内容の話を一切していないとする点において、いずれも通常では考え難い不自然、不合理なものというほかないから、にわかに信用することができない。
そして、他に原告の前記主張を認めるに足る証拠はない。
ウ したがって、原告の前記主張は採用できない。
(5) また、原告は、従前保険には、本件不担保特約のような免責特約がなかったところ、Bが従前保険と同じ内容の保険に加入したい旨を希望し、被告がこれを了承して本件保険契約が締結されたから、同契約の内容には、本件不担保特約は含まれていない旨主張する。
そして、証拠(乙九、証人A)によれば、Aは、Bが上記のとおり希望していることをEから聞いた上で、その希望に沿うものとして本件保険を勧め、本件保険契約が締結されたことが認められる。
もっとも、従前保険に本件不担保特約のような免責特約がなかったことについては、Bがその旨供述しているものの、同供述に客観的な裏付けはなく、証拠(乙九、証人A)には、これを否定する記載ないし供述がある。そして、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
これに加え、証拠(乙四)によれば、三井住友海上のヨット・モーターボート総合保険も、前記パンフレットにおいて、ドライブユニットに生じた損害についての免責条項が説明されており、当該説明については特に従前の約款を改めた旨の特段の付記がないことが認められるところ、これらは、従前保険(保険期間の始期は平成一七年ころであったと解される)についても、上記免責条項があったことを推認させる事情であるといえる。また、証拠(証人A)によれば、本件免責条項が置かれた趣旨は、ドライブユニットをはじめとして、免責の対象となっている部位には事故が多く、この部分を担保すると保険料が高くなるため、この部分を担保しないこととしたものであることが認められるところ、B本人の供述によれば、従前保険の保険料は、本件保険契約の保険料とほぼ同額の一三万ないし一四万円であったというのであり、これも、従前保険に本件免責条項と同様の免責条項があったことを推認させる事情であるといえる。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
三 争点三(本件保険契約の締結時に、被告の担当者が本件不担保特約の説明義務を尽くしたかどうか)について
(1) 原告は、被告には、本件保険契約の締結時に、本件不担保特約の説明をしていないが、これは、説明義務違反に当たる旨主張する。
(2) しかしながら、被告の担当者であったAが、本件保険契約の締結時にBに対し、本件パンフレットを示しながら、本件不担保特約について説明をしたと認められることは、前記二(3)のとおりである。そして、同カのとおりの本件パンフレットの内容をみると、免責条項の説明に一頁分が割かれ、その中でも本件免責条項については、その冒頭に太字で記載され、さらに、ドライブユニットの説明が上記のとおり、図入りでされている。
(3) 以上によれば、被告において、本件不担保特約について原告に対する説明義務違反があったとする原告の主張は、採用できない。
四 結論
よって、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することと、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中敦 宮﨑朋紀 上村海)