大阪地方裁判所 平成21年(行ウ)159号 判決 2011年3月17日
主文
1 原告の被告大阪市に対する訴えを却下する。
2 原告の被告大阪府に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実(第2の2)、証拠(乙1の1、2の1及び各項括弧内に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、各項掲記の証拠中、以下の認定に反する部分は採用しない。
(1) 原告の生活状況等
ア 原告は、平成17年12月当時、公団住宅に居住していたが、賃料の不払を理由に明渡訴訟を提起されて退去を余儀なくされ、平成18年5月18日、現住所に転居した。原告は、転居の際、調理器具等を廃棄しており、現在の住居には、調理器具等が備え付けられていなかった。(弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成20年3月頃、A医師らの指導を受けて、ホームヘルパーの居宅介護を受けて、自宅で自炊を始めることにした(甲5、弁論の全趣旨)。
ウ 原告は、平成20年6月11日、障害者自立支援法19条1項に基づき障害福祉サービスの支給決定を受け、その頃、居宅介護を月43時間とする旨のサービス利用計画案を作成された(甲2、乙1の2)。
(2) 原告の本件センター訪問時の経緯
ア 原告は、平成20年3月28日、障害等級を1級とする精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた事実を届け出るため、ガイドヘルパーを同伴して本件センターを訪れた。原告は、上記手帳の交付を受けたことに伴い生活保護費が変更されるかを質問したところ、これに応対したB係員は、障害者加算の額が増額される見込みである旨説明した。さらに、原告が、自宅で食事の介護を受けるために必要な調理器具等が不足しており、家具什器費の支給が可能であるか質問したところ、B係員は、自宅で食事の介護を受けるために調理器具等が必要になったことは家具什器費の支給要件を満たさないので、増額される生活保護費で費用を賄うようにと説明した。(甲5、丙7、12、原告本人)
イ 原告は、平成20年7月1日、ガイドヘルパーを同伴して本件センターを訪れ、C係員に本件書面を交付して、家具什器費の支給を受けたい旨申し出たところ、C係員は、上記ア同様、家具什器費の支給要件を満たしていないと説明した。原告が、医師の診断書を提出すれば支給を受けられると以前に説明したではないかなどと不満を述べたのに対し、ガイドヘルパーがそうした説明はなかったなどと原告をたしなめ、その場では、原告から家具什器費の支給についての希望等がそれ以上述べられることはなかった。C係員は、本件書面のコピーを取り、その原本を原告に返却した。(甲5、丙8、12、証人C、原告本人)
(3) 処分行政庁とA医師との交渉経緯等
ア 原告から上記(2)イの経緯を聞いたA医師は、平成20年7月1日夕方頃、家具什器費を支給できない理由を本件センターに電話で問い合わせた。これに応対したC係員は、上記(2)イと同様の説明をした。(甲4、丙8、12、証人C)
イ A医師は、翌日(平成20年7月2日)、本件センターに電話をかけ、家具什器費が支給できない理由を再度問い合わせた。これに対して、C係員は上記(2)イと同様の説明を繰り返したが、A医師が納得しなかったため、担当係長であるD(以下「D係長」という。)が電話を替わり、C係員と同様の説明をしたところ、A医師は審査請求を行う意向であることを伝えた。(丙9)
ウ A医師は、平成20年8月12日、本件書面を受理しなかったこと等を不服の内容とする「行政不服審査請求書」を原告に代わって作成し、これを大阪市長に宛てて提出した。
これを受けて、本件センター部内の担当者は、同日、ケース診断会議を開催した。その際作成されたケース診断会議記録票には、「診断結果」欄に、「本世帯に対して申請を受理しておらず、却下通知も発行していない状態のため行政不服審査請求を大阪府に提出されれば敗訴になる見込み。又、保護開始時及び転居時において最低生活に必要な家具什器類の持合せがないときに支給できるため、転居から2年余り経過しているが支給することになった。」と記載されている。(丙10、15)
D係長は、同日、A医師に対し、原告について家具什器費の支給要件を満たしていないと回答したのは誤りでありおわびしたい、見積書を添えた上で申請書を返送してほしいなどと記載した書面とともに、家具什器費の給付に係る申請書用紙を送付した(乙2の2)。
エ 大阪市の生活保護担当係長は、平成20年8月20日、A医師にメールを送信し、原告については、「保護開始時において、最低生活に直接必要な家具什器の持合せがないとき」に該当しないので担当者から家具什器費の支給はできない旨回答したが、検討の結果、ホームヘルパーが派遣されるに当たり、家具什器の購入の必要性が生じており、支給が可能であるという結論に達したこと、申請書が提出されれば早急に支給の手続を執る予定であること等を伝えた(乙2の3)。
A医師は、同月24日、生活保護担当係長に、上記「行政不服審査請求書」が提出された後で、家具什器費の支給要件を満たしているという従前と異なる説明を行ったことに不満を述べ、不服審査が却下された場合、裁判で争いたいという趣旨を述べたメールを返信した(乙2の4)。
オ 処分行政庁は、平成20年9月4日、A医師に対し、本来であれば申請書等の指導を行った上で却下すべきところ、行政手続を行わず回答したことで迷惑をかけたなどと述べて謝罪し、改めて原告からの申請を求める内容の書面を送付した(甲3)。
2 争点(1)(処分の取消しを求める訴えの適法性)について
(1) 法7条が、保護の開始等の申請の方法について特に規定を置いていないことからすると、法施行規則2条1項及び大阪市法施行細則6条は、保護の開始等の申請について書面によることを原則的な方法として示したにとどまり、口頭による申請を排除する趣旨ではないと解される(なお、上記解釈については、被告らもこれを争わない。)。
もっとも、保護の開始等の申請を受けた保護の実施機関は、保護の要否、種類、程度及び方法を決定し、申請者に対して書面をもって、これを通知しなければならないという審査、応答義務を負う(法24条1項)ことからすると、保護の開始等を申請する意思を明らかにした書面の提出がないにもかかわらずその申請があったというためには、申請者の行為等から、申請意思が客観的に明らかにされていることを要すると解するのが相当である。
(2) 前記認定事実(第3の1)(2)イのとおり、原告は、平成20年7月1日、本件センターを訪れ、C係員に対し、調理器具等の購入が必要な事情を説明したA医師作成の本件書面を交付した上、家具什器費の支給を受けたいという希望を申し出ている。
しかし、C係員から家具什器費の支給要件を満たしていないなどの説明を受けた後、原告は、重ねて支給の希望を伝えたり、必要な手続について確認したりすることはなかったというのであるから、原告の態度・行動から家具什器費の支給に係る申請意思が客観的に明らかにされていたということはできない。なお、原告は障害を有しており、意思疎通の能力に不十分なところがあったと考えられるが、本件センター訪問時にはガイドヘルパーが帯同しており、原告の希望・意向等についても相当程度把握していたものと推認できるから、この点は上記の判断を左右するものではない。
(3) 原告は、本件書面を提出し、C係員がこれを受け取っていることから、原告の申請意思は客観的に明らかになっていると主張する。
しかし、本件書面は、A医師が担当医師としての立場から、原告の介護の状況、調理器具等の購入の必要性について説明、報告する内容のものであって、原告の申請意思を表したものとはいえないから、これをもって申請の書面とみることはできない。また、C係員から支給要件を満たしていないとの説明を受けた後に原告がとった行動からすれば、C係員が本件書面を受け取り、これをコピーしたという経緯を捉えて、原告の申請意思が客観的に明らかになっていたとみることはできない。
(4) 原告は、①処分行政庁がA医師に送付した書面(甲3)には、事実経過として、平成20年7月1日に原告「証明(申告)書」により家具什器類の申請があったが、これを受理しなかったと記載されていること(前記認定事実)、②ケース診断会議記録票(丙10)にも、「本世帯に対して申請を受理しておらず、却下通知も発行していない」などの記載があることから、同日に原告から申請があったことは明らかであると主張する。
確かに、上記各書面の記載は、原告から申請があったことを前提にしたもののようにみえ、処分行政庁においては、原告から家具什器費の支給に係る申請があったことを前提にした上で対応を検討していたことがみてとれる。
しかし、原告から申請がされたかどうかは、実際の事実経過に照らして、申請の意思が客観的に明らかにされていたかどうかによって判断すべきであり、上記各書面に表れた処分行政庁内部の認識や事後的な対応方針はそれを推認させる一事情にとどまるものというべきである。原告の申請意思が客観的に明らかになっていたと認められないことは前記(2)で判断したとおりであり、上記各書面の記載をもって原告の申請意思が客観的に明らかになっていたと認めることはできない。
なお、原告は、上記ケース診断会議記録票の記載にもかかわらず、原告の申請を否定するのは禁反言又は信義則の原則に反するとも主張する。しかし、ケース診断会議記録票は、飽くまでも被告大阪市の内部的な資料であり、交渉の窓口になっていたと考えられるA医師に対しては一貫して申請書の提出を求めていること(前記認定事実(3)ウからオまで)に鑑みれば、原告の主張は採用できない。
(5) 以上で判断したとおり、原告が平成20年7月1日に保護の変更申請をした事実は認められないから、処分行政庁が却下処分をしたものとみなす余地もなく、結局、その取消しを求める訴えは取消しの対象となる処分が存在しない不適法なものというべきである。
(6) なお、処分行政庁の担当者が保護の支給を希望する者から相談を受けた場合において、申請をしても要件を満たしておらず支給が受けられないと判断できるときに、そのことを説明して申請をするかどうかを改めて検討するよう求めたとしても、そのこと自体は、処分行政庁の円滑な事務処理に資する面があるだけではなく、将来行われるであろう処分の見通しをあらかじめ告知して予測可能性を確保させ、具体的な対応について見直しの機会を与えるという意味で当事者に利益となる側面もあるから、一概に不相当な対応とみることはできない。しかし、当事者に認められた申請権を侵害するような不当な態様で申請を回避させることが許されないことはいうまでもないところであり、説明内容等に納得しなかった当事者に対しては、たとえ不利益な判断が見込まれる場合であっても、不服申立てをするなどしてこれを争う機会を確保するため、申請意思の有無を確認した上で、処分行政庁の明示的な判断を得るのに必要な手続を執るよう促すべきであると解される。
もっとも、こうした観点からみても、前記前提事実(2)、前記認定事実(1)アによれば、原告が局長通知の定める家具什器費を支給すべき場合(前記第2の1(5))のいずれかにそのまま該当するとはいえないから、処分行政庁の担当者が、家具什器費の支給要件を満たさないものと判断して原告にその旨説明したとしても、これを不相当なものということはできないし、原告の申請意思が客観的に明らかにされていたとはいえないことは、上記(1)から(5)までで判断したとおりであり、前記認定事実(2)イの経緯からすれば、C係員を始めとする処分行政庁側の対応に、申請権を侵害するような不当な態様で原告に申請を回避させたとみる余地もないというべきである。
3 争点(2)(家具什器費の支給の義務付けの訴えの適否、支給義務の有無)について
上記2のとおり、原告から家具什器費の支給に係る申請があったとは認められないから、その義務付けを求める訴えは、行政事件訴訟法37条の3第1項の要件を満たさず不適法である。
4 争点(3)(本件裁決の適法性)について
上記2のとおり、原告から家具什器費の支給に係る申請があったとは認められないから、裁決行政庁が、却下処分があったものとみなすこともできないとして、原告のした審査請求を却下したのは適法である。
5 結論
以上の次第であり、被告大阪市に対して処分の取消しを求める訴え(請求1項)及び家具什器費の支給の義務付けを求める訴え(請求3項)は不適法なものであるから、いずれも却下し、被告大阪府に対して本件裁決の取消しを求める請求(請求1項)は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田徹 裁判官 小林康彦 五十部隆)