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大阪地方裁判所 平成22年(ヨ)20020号 決定 2010年12月24日

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  主位的申立て

債務者らは、下記の行為を自ら行い、又は第三者をして行わせてはならない。

(1)  別紙差止請求イラスト目録一記載のイラストを、菓子、絵はがきその他の印刷物(絵本を除く。)、文房具類その他の商品に表示し、これらを表示した商品を譲渡、引渡し、製造、販売、配送、発送、頒布、輸入、電気通信回線を通じて提供し、若しくは販売のため展示する行為

(2)  別紙差止請求商品目録記載の商品を譲渡、引渡し、製造、販売、配送、発送、頒布、輸入、電気通信回線を通じて提供し、若しくは販売のため展示する行為

二  主位的申立て一(1)の予備的申立て

債務者らは、下記の行為を自ら行い、又は第三者をして行わせてはならない。

別紙差止請求イラスト目録二記載のイラストを、菓子、絵はがきその他の印刷物(絵本を除く。)、文房具類その他の商品に表示し、これらを表示した商品を譲渡、引渡し、製造、販売、配送、発送、頒布、輸入、電気通信回線を通じて提供し、若しくは販売のため展示する行為

第二事案の概要

本件は、普通地方公共団体である債権者が、①別紙イラスト目録記載1ないし3の各イラスト(以下、併せて「本件各イラスト」という。)は周知又は著名な債権者の営業表示であり、本件各イラストに類似するイラストを使用する債務者らの行為が不正競争防止法二条一項一号又は二号所定の不正競争に該当し、②債権者と債務者Y1(以下「債務者Y1」という。)との間で、債務者Y1は債権者の承諾を得ずに本件各イラストに類似するイラストを使用しない旨の調停が成立しており、債務者Y1が取締役を務める債務者株式会社Y2(以下「債務者Y2社」という。)も上記調停に拘束されるにもかかわらず、債務者らがこれに違反して債権者の承諾を得ずに本件各イラストに類似するイラストを使用しているとして、債務者らに対し、主位的に不正競争防止法三条一項(同法二条一項一号又は二号)に基づき、予備的に調停による合意に基づき、本件各イラストに類似するイラスト(主位的に別紙差止請求イラスト目録一記載のイラスト、予備的に別紙差止請求イラスト目録二記載のイラスト。以下、これらのイラストを併せて「債務者イラスト」という。)の使用等の差止めを求めるとともに、債務者イラストを使用した別紙差止請求商品目録記載の商品の譲渡等の差止めを求める事案である。

一  前提事実(末尾に疎明資料の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 債権者は、普通地方公共団体である。

イ 債務者Y2社は、グラフィックデザイン、キャラクターデザイン、グッズ製作等の業務を営む株式会社である。

ウ 債務者Y1は、債務者Y2社の取締役であり、イラストレーターとして主にイメージキャラクター等を制作している。

(2)  国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会の設立

債権者の管轄する滋賀県彦根市では、国宝・a城築城四〇〇年を記念する行事(以下「a城築城四〇〇年祭」という。)を開催することになり(開催期間:平成一九年三月二一日から同年一一月二五日)、平成一七年、これを主催する団体として、公募によって選ばれた彦根市民、学識経験者、彦根市長(債権者市長)、彦根市職員(債権者職員)等を委員とする国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会(以下「四〇〇年祭委員会」という。)が設立された。

(3)  a城築城四〇〇年祭のキャラクター

四〇〇年祭委員会は、平成一七年一一月頃から、a城築城四〇〇年祭のキャラクター等を募集するようになり、平成一八年一月、債務者Y1作成に係る本件各イラストをキャラクターとして採用することを決定した(以下、本件各イラストに描かれているキャラクターを「本件キャラクター」という。)。

(4)  四〇〇年祭委員会による本件キャラクターの使用

四〇〇年祭委員会は、平成一八年二月頃から、a城築城四〇〇年祭の宣伝用チラシなどに本件各イラストを印刷して配布するようになり、また、平成一八年三月頃からは、本件キャラクターを使用した商品の製造販売を第三者に許諾するようになった。

(5)  債権者による本件キャラクターの使用

a城築城四〇〇年祭の終了後は、債権者において、それまで四〇〇年祭委員会が行っていた本件キャラクターの第三者への使用許諾をしている。

また、債権者は、そのホームページ等に本件キャラクターを掲載して使用している。

(6)  債務者Y1と債権者らとの間の調停

債務者Y1は、平成一九年一一月七日、債権者及び四〇〇年祭委員会(以下、両者を併せて「債権者ら」という。)を相手方として、a城築城四〇〇年祭の終了後は本件各イラストの使用を中止すること、本件各イラストに類似する図柄(本件各イラストと同一ではないがこれに類似するもの)の第三者への使用承諾を取り消すことなどを求め、彦根簡易裁判所に調停を申し立てた。そして、平成一九年一二月一四日、債務者Y1と債権者らとの間で調停が成立した(以下、「本件調停」という。調停条項は後記のとおり)。

(7)  債務者らの行為

債務者Y2社は、菓子や文房具類の製造販売業者に対し、債務者Y1が作成した本件各イラストに類似する債務者イラスト(本件各イラストと同一ではない。)を用いた商品(別紙差止請求商品目録記載の各商品)を製造販売することを許諾している。

二  争点

(1)  主位的申立て(不正競争防止法に基づく申立て)に関する争点

ア 本件各イラストは周知又は著名な債権者の営業表示であるか(争点一)

イ 不正競争防止法一九条一項三号の適用除外(先使用)該当性の有無(争点二)

(2)  予備的申立て(調停に基づく申立て)に関する争点

ア 本件調停において、債権者と債務者Y1との間で、債務者Y1は債権者の承諾を得ずに本件各イラストに類似するイラストを使用しないという合意が成立したか(争点三)

イ 債務者Y2社が本件調停における債権者と債務者Y1との合意に拘束されるか(争点四)

(3)  主位的申立て及び予備的申立てに共通する争点

ア 債権者の申立ては権利の濫用であるか(争点五)

イ 保全の必要性(争点六)

第三争点に関する当事者の主張

争点に関する債権者の主張は、債権者代理人作成の仮処分命令申立書、申立の趣旨変更申立書、主張書面一ないし主張書面七に記載のとおりであるから、これを引用する。

争点に関する債務者らの主張は、債務者ら代理人作成の答弁書、平成二二年七月一四日付け主張書面、平成二二年八月二四日付け主張書面、平成二二年八月二六日付け主張書面、平成二二年九月二一日付け主張書面、平成二二年一〇月二七日付け主張書面に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  主位的申立て(不正競争防止法に基づく申立て)について

事案にかんがみ、まず、争点五(債権者の申立ては権利の濫用であるか)について判断する。

(1)  事実関係

前記前提事実並びに疎明資料(<省略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 四〇〇年祭委員会によるa城築城四〇〇年祭のキャラクター等の募集

四〇〇年祭委員会は、平成一七年一一月ころから、a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴ及びキャラクターの募集を開始し、複数の業者等に応募を呼びかけるとともに、下記の記載がある「国宝・a城築城四〇〇年始シンボルマーク等作成仕様書」を配布した。

「1.目的

このa城の築城四〇〇年を祝うとともに、これを契機に、彦根の新たな飛躍・発展を目指し、「国宝・a城築城四〇〇年祭」を開催するにあたり、市民への啓発と全国への情熱発信を行うため、また、事業全体の統一感を持たせるため、「国宝・a城築城四〇〇年祭」をイメージできるシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターを作成する。

3.業務の概要

「a城築城四〇〇年祭」のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターの作成に係る一切の業務

4.作成企画等

③ …

■ キャラクターは、着ぐるみ等を作成する場合もあるので、立体的な使用も考慮すること。

5.制作費上限金額

金一、〇〇〇、〇〇〇円(消費税、デザイン料等すべて含む)

6.所有(著作権)

採用されたシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターに関する、所有(著作権)等一切の権利は、国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会に帰属するものとする。

9.その他

(5) 採用されたシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターは、国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会および同実行委員会が許可した団体等のインターネットホームページや出版物、PR要ツール等に対して自由に使用する。

…」

イ 本件各イラストの作成等

(ア) 債務者Y1は、a城築城四〇〇年祭のキャラクターとして本件各イラストを作成し、債務者Y2社の代表取締役であるAは、城のデザインを背景にした「国宝・a城築城四〇〇年祭」のロゴ(以下「本件ロゴ」という。)を作成した。

そして、債務者Y2社は、株式会社b(以下「b社」という。)に本件各イラスト及び本件ロゴを交付し、b社において、これらを四〇〇年祭委員会に提出した。

(イ) 四〇〇年祭委員会は、本件各イラストをa城築城四〇〇年祭のキャラクターとして採用することを決め、平成一八年一月二四日、b社との間で、下記の内容の契約書を作成した。

「1.件名(納入物) 国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクター

2.納入期限 平成一八年二月二四日

3.契約金額 金一、〇〇〇、〇〇〇円

(消費税等すべて含む)

国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会会長(以下「甲」という。)と株式会社b代表取締役社長(以下「乙」という。)は、国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクター(以下「シンボルマーク等」という。)について、次に定めるとおり契約を締結する。

(総則)

第一条 乙は、別紙「仕様書」(決定注:上記アと同じ内容のもの。)に基づき、頭書の契約金額をもって、頭書の納入期限まで国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク等を作成し、納入しなければならない。

(著作権等)

第七条 乙が甲に納入したシンボルマーク等の所有に関する著作権等一切の権利は甲に帰属するものとする。

…」

(ウ) b社は、上記(イ)の契約に基づき、四〇〇年祭委員会に対し、a城築城四〇〇年祭のキャラクター及びロゴとして、本件各イラスト及び本件ロゴを納入し、四〇〇年祭委員会からこれらの制作代金として一〇〇万円を受領した。

(エ) b社は、平成一八年二月、四〇〇年祭委員会と本件キャラクターの着ぐるみの製造供給契約を締結し、債務者Y1の監修のもとで着ぐるみを制作して四〇〇年祭委員会に納入した。

ウ 本件キャラクターの公表、愛称の募集等

債権者は、平成一八年二月、ホームページや広報誌の「公報c」に本件各イラストを掲載し、本件キャラクターがa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターに決定したことを公表するとともに、その愛称を募集した。

四〇〇年祭委員会は、全国から応募のあった一一六七件(愛称数七八八点)の中から本件キャラクターの愛称を「○○」と決定し、同年四月には債権者のホームページや「公報c」において、本件キャラクターの愛称が決定したことを公表した。

エ 四〇〇年祭委員会による本件キャラクターの使用

四〇〇年祭委員会は、平成一八年二月ころから、a城築城四〇〇年祭の宣伝用チラシ、ステッカー、うちわなどに本件各イラストを印刷して債権者の庁舎やa城の表門等で多数配布するようになった。

また、四〇〇年祭委員会は、平成一八年三月ころからは、多数の業者に本件キャラクター(本件各イラストだけでなく、本件各イラストに類似する図柄及び立体物を含む。)を使用した商品の製造販売を許諾するようになり、その結果、本件キャラクターが使用された商品が市場で多数販売されるようになった。

さらに、四〇〇年祭委員会は、平成一八年五月から、債権者の庁舎などにおいて、b社が制作した本件キャラクターの着ぐるみを展示するようになった。

オ 債務者Y1による絵本の出版

債務者Y1は、平成一九年一月、「○○」の愛称を用いて本件各イラストと類似する図柄(本件各イラストと同一ではない。)を使用した絵本を出版した。

カ 債権者による商標登録出願等

債権者は、平成一九年三月二八日、別紙イラスト目録1記載のイラスト及び「○○」の名称について、それぞれ商標登録出願を行い、平成二〇年一月一一日、各出願に基づく商標登録がなされた(指定商品は携帯電話用のストラップ[第九類]、絵本[第一六類]、おもちゃ[第二八類]等。)。

キ 債務者Y1と債権者らとの間の紛争債務者Y1は、市場で販売されている本件キャラクターを使用した商品の中に、自己の意に沿わない内容に本件各イラストが改変されているものが多数含まれており、また、a城築城四〇〇年祭の宣伝活動の範囲を逸脱するような商品についても四〇〇年祭委員会が本件キャラクターの使用を承認しているとして、平成一九年三月ころから、四〇〇年祭委員会に改善するよう申し入れるようになった。

その後、債務者らから委任を受けた弁護士B(本件の債務者ら代理人でもある。以下、「B弁護士」という。)は、四〇〇年祭委員会に対し、債務者Y1が四〇〇年祭委員会に提出したデザインは本件各イラストの三パターンだけであるにもかかわらず、四〇〇年祭委員会がこの三パターン以外のものについても第三者に使用を許諾しており、債務者Y1の意図しない利用がされているとして、本件キャラクターの管理について協議を申し入れる旨を記載した平成一九年六月八日付けの申入書を送付した。

そして、債務者らと四〇〇年祭委員会との間で、代理人弁護士を通じた協議が重ねられたが、解決には至らなかった。

ク 債務者Y1と債権者らとの間の調停

(ア) 債務者Y1は、平成一九年一一月七日、債権者らを相手方として、a城築城四〇〇年祭の終了後は本件各イラストの使用を中止すること、本件各イラストに類似する図柄(本件各イラストと同一ではないがこれに類似するもの)の第三者への使用承認を取り消すことなどを求め、彦根簡易裁判所に調停を申し立てた。

債務者Y1は、上記調停において、本件キャラクターの三パターンの図柄(本件各イラスト)だけを四〇〇年祭委員会に提出したにもかかわらず、四〇〇年祭委員会がこれ以外の本件各イラストに類似するデザインの使用を無制限に許諾しており、これは本件各イラストの著作者である債務者Y1の著作者人格権を侵害するものであると主張していた。

(イ) そして、平成一九年一二月一四日、債務者Y1と債権者らとの間で、下記の調停条項を内容とする本件調停が成立した。なお、本件調停が成立した調停期日には、債務者Y1側は代理人であるB弁護士が出頭したが、債権者らは代理人を選任していなかったため、債権者の市長と四〇〇年祭委員会の会長がそれぞれ出頭して本件調停を成立させた。

【調停条項】

「1(1) 申立人(決定注:債権者Y1。以下同じ。)と相手方ら(決定注:債権者ら。以下同じ。)は、別紙イラスト(決定注:本件各イラスト。以下同じ。)につき、その著作者が申立人であって申立人が著作者人格権を有すること。商標権者が相手方彦根市であること、著作権者(但し(2)についての点を除く。)が相手方国法・a城築城四〇〇年祭実行委員会(以下「相手方委員会」という。)であることをそれぞれ相互に確認する。

(2)  申立人と相手方らは、別紙イラストの翻案権、二次的著作物利用権が申立人と相手方委員会のいずれに属するかにつき不分明の点があることを相互に確認する。

2 申立人と相手方らとは、別紙イラスト及び相手方彦根市が商標登録した「○○」の正当な使用を図るため、1(2)の点にもかんがみ、以下の点につき合意する。

(1)ア 相手方ら(相手方委員会の解散後は相手方彦根市)は、別紙イラストの適正な管理に努めるとともに、申立人に対し、相手方委員会(同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者を含む。以下同様)が、別紙イラスト以外の図案(別紙イラストに類似し、その使用が著作者人格権及び翻案権を侵害すると当事者のいずれかが思料するもの)につき、相手方らが行う行事のシンボルマーク等として使用許諾しない。

イ 相手方らは、申立人に対し、平成二〇年から平成三九年まで、毎年一月末日限り、当該年の前年の一月一日から一二月三一日までの間に相手方委員会が別紙イラストにつき使用許諾をした第三者につき、その名簿(番地を除く所在地、当該第三者の業種、許諾した内容の記載のあるもの)を申立人に送付する方法(当該期間に前記許諾がなかった場合はその旨を通知する方法)で告知する。

(3)ア  相手方らは、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、別紙絵本目録記載の絵本を出版、印刷し、またその広告をすることを認め、これに異議を述べない。

イ  相手方らは、申立人に対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作することを認める。ただし、申立人は、その公表をする際には、事前に、相手方らと誠実に協議する。

…」

【調停調書の別紙絵本目録】

「1 題名 △△△

2 題名 □□□

…」

ケ 四〇〇年祭委員会による本件各イラストの著作権の譲渡等

四〇〇年祭委員会は、本件調停成立後、本件各イラストの著作権を債権者に譲渡して解散した。

コ 本件調停後の債権者の行為等

(ア) 債権者は、本件調停成立後、それまで四〇〇年祭委員会が行っていた本件キャラクターの第三者への使用許諾をするようになり、「○○」の商標使用に関する要綱及び「○○」の商標使用に関する基準(いずれも平成二〇年一月七日施行)を制定するとともに、本件各イラストの使用許可を与える基準となるマニュアルも制定して公表した。

債権者が公表したマニュアルによれば、本件各イラストを反転させた図柄や本件キャラクターの立体物についても許諾の対象となるとされていたことから、債務者Y1は、代理人であるB弁護士を通して、債権者に対し、本件調停条項に違反する行為であると抗議をした。

(イ) 平成二〇年五月ころから、債権者の代理人弁護士と債務者Y1の代理人であるB弁護士が再び協議をするようになり、その協議において、債権者は、本件各イラストを反転させた図柄、本件各イラストの色彩を白黒にした図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を希望すると伝えた。

これに対し、債務者Y1は、b社が制作した着ぐるみの使用は認めるが、それ以外は本件調停で認められた本件各イラストの三ポーズ以外の使用を認めることはできないと回答した。

債権者は、この債務者Y1の回答に対し、本件調停により本件キャラクターの立体物の使用が制限されることはないという反論はしなかった。

その後、債権者側の代理人弁護士が解任されるなどしたため、協議を継続することができない状況となった。

(ウ) 債権者は、平成二二年一月、本件調停条項の2(1)イに基づく義務の履行として、債務者Y1に対し、平成二一年に本件キャラクターの使用を許諾した申請者名、使用商品名、製造予定数量等を記載した一覧表を送付した。

同一覧表の使用商品名欄には合計で約一〇〇〇点の商品名が記載されており、申請者が申告した各商品の製造予定数量を合算すると優に一〇〇万個を超える。

また、同一覧表には、商品の見本写真等が添附されていないため、個別の商品における本件キャラクターの使用態様を把握することはできないが、商品名欄に記載の商品名を見ると、ぬいぐるみ、フィギア、ストラップ、キーホルダー、置物などの立体物と思われる商品が全体の一割程度含まれており、ぬいぐるみの製造予定数量だけでも一三万七五〇〇個となっている。

(エ) 債権者が承認した商品として本件キャラクターのぬいぐるみ、フィギア、貯金箱等の立体物が市場で販売されていたことから、債務者らは、代理人であるB弁護士を通じ、平成二二年二月、債権者に対し、本件調停に違反するとして改善するよう求める通知書と上記商品の写真を送付したが、債権者は本件キャラクターの立体物の使用許諾を止めていない。

(オ) 債権者は、現在も、本件各イラストだけでなく、その色彩を白黒にした図柄、本件各イラストを左右反転させた図柄及び本件キャラクターの立体物についても、その使用を第三者に許諾している(債権者のホームページにおいても、本件各イラストを左右反転させた図柄が許諾の対象となることは明記されている。)。

また、債権者は、そのホームページに本件キャラクターの専用サイトを設け、本件キャラクターの着ぐるみの写真を掲載するなどして、本件キャラクターに関する情報を配信をしている。

サ 債務者らの行為

債務者らは、平成二一年四月、代理人であるB弁護士を通じて、債権者に対し、債務者Y1作成に係る債務者イラスト(本件各イラストと同一ではない。)が使用された別紙差止請求商品目録記載の商品のデザインシートを送付し、これらを公表する旨を通知した。

そして、債務者Y2社は、債務者Y1から債務者イラストの提供を受け、菓子や文房具類の製造業者に対し、債務者イラストを用いた商品(別紙差止請求商品目録記載の各商品)を製造販売することを許諾し、許諾を受けた製造業者等において、これらの商品を製造販売している。

(2)  検討

ア 債権者は、本件各イラストが債権者の周知又は著名な営業表示であるから、本件各イラストに類似する債務者イラストを使用する債務者らの行為が不正競争防止法二条一項一号又は二号の不正競争に該当するとして、同法三条一項に基づき、債務者らに対し、債務者イラストの使用等の差止めを求めている。

これに対し、債務者らは、債権者と債務者Y1との間において、債権者が本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾しないという内容の本件調停(調停条項2(1)ア)が成立したにもかかわらず、債権者がこれに違反する行為を続けているから、債権者の本件申立ては権利の濫用として許されないと主張する。

イ そこで、まず、債務者らが指摘する本件調停条項を見ると、上記(1)のとおり、本件調停条項の2(1)アには「相手方ら(相手方委員会の解散後は相手方彦根市)は、別紙イラストの適正な管理に努めるとともに、申立人に対し、相手方委員会(同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者を含む。以下同様)が、別紙イラスト以外の図案(別紙イラストに類似し、その使用が著作者人格権及び翻案権を侵害すると当事者のいずれかが思料するもの)につき、相手方らが行う行事のシンボルマーク等として使用許諾しない。」と記載されていることが認められる。

上記調停条項の文言を素直に読めば、債権者らが、債務者Y1に対し、本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄の使用を第三者に許諾しないことを約したものと理解することができる。

そして、本件各イラストは三パターンのポーズをとっている本件キャラクターの正面図を描いたものであるところ、ぬいぐるみ等の立体物を製作するためには本件キャラクターの背面部等を創作する必要があり、上記調停条項に記載された著作者人格権及び翻案権の侵害が問題となることが明らかであるから、上記調停条項では使用許諾を制限する対象を「図案」と表現しているものの、本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾することも制限する趣旨であると解するのが相当である(なお、上記(1)コのとおり、本件調停後に行われた協議において、債権者が、債務者Y1に対し、本件キャラクターの立体物の使用を希望していること、債務者Y1が、b社が制作した着ぐるみの使用は認めるが、それ以外は本件調停で認められた本件各イラストの三ポーズ以外の使用を認めることはできないと回答したこと、債権者は債務者Y1のこの回答に反論していないことが認められるから、債権者においても、上記調停条項により本件キャラクターの立体物の使用許諾が制限されることを前提として協議をしていたと考えられる。)。

また、上記調停条項には本件各イラスト以外の図柄の使用許諾をすることが制限される主体について「相手方委員会(同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者を含む。以下同様)」と記載されているところ、上記(1)のとおり、債権者は、本件調停成立後、四〇〇年祭委員会から本件各イラストの著作権を譲り受けているから、「同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者」に該当する。

したがって、本件調停において、債権者らと債務者Y1との間で、債権者らが本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾しないという内容の合意が成立したものと認めるのが相当である。

ウ 引き続いて、債権者らによる本件キャラクターの使用について見ると、上記のとおり、四〇〇年祭委員会は、平成一八年一月、債務者Y1作成に係る本件各イラストをa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターとして採用し、平成一八年二月ころには債権者の広報誌やホームページに本件各イラストを掲載して公表したこと、四〇〇年祭委員会が本件キャラクターの愛称を募集したところ、全国から一〇〇〇件を超える応募があり、その中から愛称を「○○」に決定したこと、四〇〇年祭委員会は、平成一八年二月ころから、同祭の宣伝用チラシ、ステッカー、うちわなどに本件各イラストを印刷して多数配布し、平成一八年三月ころからは、多数の業者に本件キャラクターを使用した商品の製造販売を許諾するようになり、本件キャラクターが使用された商品が市場で多数販売されるようになったこと、平成一八年五月ころから、債権者庁舎において、本件キャラクターの着ぐるみが展示されたこと、a城築城四〇〇年祭終了後は、それまで四〇〇年祭委員会が行っていた本件キャラクターの使用許諾は債権者がするようになったが、平成二一年について見ると、合計約一〇〇〇点の商品について使用を許諾し、申請者が申告した各商品の製造予定数量を合算すると優に一〇〇万個を超えていること、債権者は、そのホームページにおいて、本件キャラクターの専用サイトを設けて本件キャラクターの着ぐるみの写真を掲載し、本件キャラクターに関する情報の配信を続けていることが認められ、これらの事実は、本件キャラクターひいては本件各イラストが現時点において債権者の営業表示として少なくとも周知となっていることを推認させるものということができる。

しかしながら、上記イで検討したとおり、平成一九年一二月一四日の本件調停期日において、債権者と債務者Y1との間で、債権者は本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾しないという内容の合意が成立したにもかかわらず、上記(1)のとおり、債権者は、同日以降、本件各イラストだけでなく、本件各イラストを反転させた図柄や本件キャラクターの立体物の使用についても第三者に許諾し、債務者Y1から抗議を受けた後もこれを改めることなく、本件調停における合意に違反する行為を現在まで継続している。そして、上記(1)のとおり、債権者は平成二一年には合計で約一〇〇〇点の商品について本件商品の使用を許諾しているところ、個々の商品における本件キャラクターの使用態様は明らかでないものの、立体物と思われるぬいぐるみやフィギアなどの商品が全体の一割程度含まれており、このうちぬいぐるみの製造予定数量だけでも一〇万個を超えていることが認められる。さらに、債権者のホームページにおいて、本件各イラストを反転させた図柄の使用も許諾すると明記されていることからすると、債権者が本件キャラクターの使用を許諾した商品の中には本件各イラストを反転させた図柄を使用するものも相当程度含まれていることが推認される。

そうすると、現時点において、本件キャラクターひいては本件各イラストが債権者の営業表示として周知性を獲得しているとしても、周知性の獲得ないしその維持には、債権者が本件調停における債務者Y1との合意に違反して本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄や本件キャラクターの立体物の第三者への使用許諾を続けていることが大きく寄与しているというべきである。

エ 以上に検討したとおり、本件各イラストが現時点において債権者の営業表示として周知性又は著名性を獲得しているとしても、その周知性・著名性の維持ないし獲得には、債権者が、本件調停における債務者Y1との合意に違反して本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾し続けていることが大きく寄与しているというべきであるから、かかる経緯にかんがみれば、本件において、債権者が、債務者Y1に対し、本件各イラストが周知又は著名な債権者の営業表示に該当し、本件各イラストに類似する債務者イラスト等を使用する行為が不正競争防止法二条一項一号又は二号所定の不正競争に該当すると主張して、その行為の差止め等を求めることは信義に反するというほかなく、権利の濫用として許されないというべきである。

また、債務者Y2社は、債務者Y1からその作成に係る債務者イラストの提供を受け、菓子や文房具類の製造業者に対し、債務者イラストを使用した商品を製造販売することを許諾しているのであり、債務者Y2社の行為は債務者Y1の許諾に基づくものであるから、債権者の債務者Y2社に対する申立てについても、債務者Y1に対する申立てと同様に権利の濫用として許されない。

(3)  よって、その余の点について判断するまでもなく、債権者の主位的申立て(不正競争防止法に基づく申立て)は理由がない。

二  予備的申立て(調停に基づく申立て)について

債権者は、本件調停条項2(3)イによれば、債務者Y1が債権者の承諾がない限り本件各イラストに類似する図柄を使用することは許されず、また、債務者Y1が取締役を務める債務者Y2社も同調停条項に拘束されるとして、債務者らに対し、同調停における合意に基づき、本件各イラストに類似する図柄の使用の差止めを求めることができると主張する。

しかし、債権者が指摘する調停条項2(3)イには、「相手方らは、申立人に対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作することを認める。ただし、申立人は、その公表をする際には、事前に、相手方らと誠実に協議する。」と記載されているだけである。同調停条項は、債務者Y1が本件各イラストに類似するイラストを創作できることを前提として、これを公表する際に債権者らと誠実に協議することを定めているにすぎず、債務者Y1において、債権者らの許諾がない限り本件各イラストに類似するイラストを公表しないとは記載されていないから、上記調停条項をもって、債権者が主張するような合意が成立したと認めることはできない。

したがって、債務者Y2社が本件調停における合意に拘束されるか否かについて検討するまでもなく、債権者が、債務者らに対し、本件調停における合意に基づいて、本件各イラストに類似する債務者イラストを使用することの差止めを求めることができないことは明らかである。

よって、債権者の予備的申立ても理由がない。

三  結語

以上によれば、債権者の申立てはいずれも理由がないから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。

別紙 差止請求イラスト目録一、二<省略>

別紙 差止請求商品目録<省略>

別紙 イラスト目録<省略>

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