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大阪地方裁判所 平成22年(ワ)11280号 判決 2011年12月20日

原告

株式会社ビバニーズ・パドック

同訴訟代理人弁護士

出水順

被告

株式会社ハシモトリビック

同訴訟代理人弁護士

中務尚子

小林章博

主文

1  被告は,原告に対し,1274万7135円及びこれに対する平成22年8月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,2234万6533円及びこれに対する平成22年8月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,後記本件商標権に係る商標を付したシャンプー等について,被告との間で継続的な売買取引を行っていた原告が,別表記載の商品(以下「本件商品」という。)についてされた取引に関し,被告に対し,主位的には,売買契約に基づく代金支払請求として,予備的には,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として,2234万6533円及びこれに対する支払期限の後であり不法行為の日の後である平成22年8月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  判断の基礎となる事実

(1)  当事者

ア 原告

原告は,理美容室のシャンプー等の製造販売を行う株式会社である。

イ 被告

被告は,理美容室で使用する商品の販売を行う株式会社である。

(2)  本件商標権

原告は,次の商標権(以下「本件商標権」といい,その登録商標を「本件商標」という。)を有している(甲2の1~4)。

登録番号  第2554322号

出願日  平成3年4月17日

登録日  平成5年7月30日

更新登録日  平成15年8月5日

指定商品  せっけん類,歯磨き,化粧品,香料類,食品香料(精油のものを除く。)

本件商標

file_2.jpg(3)  本件契約

原告と被告は,平成10年6月1日,「アトリオシリーズ」,「ビバニーズスキンケアシリーズ」のシャンプー,リンス,化粧品,その他「アトリオ」ブランドを表示する全商品(以下「アトリオ商品」という。)等につき,原告が被告の指示に従って製造し,原告から被告へのみ販売し,また被告は,アトリオ商品を独占して販売する権利を有することを内容とする,期間を1年間と定めた商品売買契約(以下「本件契約」という。)を締結し,これを1年ごとに更新してきた(甲1)。

(4)  アトリオ商品の商流

平成14年に,被告が日本ケミコス株式会社(以下「日本ケミコス」という。)を買収して子会社とした頃から,アトリオ商品は,日本ケミコスが製造して原告の子会社である株式会社エコテック・ファクトリー(以下「エコテック」という。)に販売し,さらにエコテックから原告へ,原告から被告に販売され,最後に被告が全国の理美容室に販売するという取引がされるようになった(以下,この一連の取引の流れを「本件商流」という。)。

ただし,具体的なアトリオ商品の物流は,日本ケミコスから被告に直接納品されており,日本ケミコスから被告に至る本件商流における取引は,すべて書類のやりとりによる帳簿上だけのものであった。

(5)  本件商流の変化

平成21年3月18日,原告及びエコテックの当時の代表者であったP1(以下「原告前代表者」という。)は,被告を訪問し,被告代表者と面談した(以下「本件面談」という。)。その頃以降,被告は,アトリオ商品を日本ケミコスに発注して納品させるに当たり,書類上及び帳簿上,原告及びエコテックが取引に介在する形をとらなくなった。

被告が,上記のとおり原告及びエコテックが取引に介在する形をとらずに日本ケミコスからアトリオ商品を買い入れた取引の詳細は,別表記載の商品(本件商品)のとおりである(以下,この取引を「本件取引」という。)。

2  争点

(1)  売買契約の成否(主位的請求に係る争点)  (争点1)

(2)  商流変更の合意の成否(予備的請求に係る争点)  (争点2)

(3)  売買代金額ないし原告の損害額  (争点3)

第3争点に係る当事者の主張

1  争点1(売買契約の成否)について

【原告の主張】

本件面談において,原告前代表者と被告代表者との間で話し合われたことは,本件商流の存在を前提として,形式上,原告の名前を表に出さない取引の方法である。したがって,被告が直接日本ケミコスから仕入れる形で帳簿処理をしていたとしても,本件取引は,実質的には,従来どおりの原告から被告への売買であるというべきである。

【被告の主張】

否認する。

本件取引について,被告から原告に売買を申し込んだ事実はなく,また原告が売買を承諾した事実もない。

2  争点2(商流変更の合意の成否)について

【被告の主張】

(1) 本件面談の趣旨

本件面談に際し,原告前代表者は,「エコテックはつぶすことになる。ビバニーズもつぶれる。ハシモトリビックさんにはきちんと話をしておきたいので,説明にきた。」などと述べた。

そして,アトリオ商品について,日本ケミコスが,エコテック振出の手形で支払を受けていたことから,原告前代表者は,手形が不渡りになってしまう可能性があるので,何らかの方策を考える必要があると述べ,アトリオ商品の商流について協議がされた。

(2) 商流変更の合意

本件面談では,原告及びエコテックの経営が悪化している一方で,全国の理美容室にアトリオ商品の継続的供給を行う必要があることから,本件契約を見直すこととなった。そして,アトリオ商品については,① 原告及びエコテックを全く介在させることなく,被告が日本ケミコスから仕入れること,② 被告が本件商標を継続して使用することを原告は認めることが合意された。

(3) 原告の対応

被告は,前記(2)の合意に基づき,平成22年5月まで,原告及びエコテックを介在させることなく,本件商品を日本ケミコスから仕入れ,本件商標を使用して販売していたが,原告から異議は述べられなかった。

(4) 以上のとおり,原告と被告との間では,本件面談において,商流変更の合意が成立したのであるから,被告が日本ケミコスから直接仕入れた本件取引は,本件契約に違反するものではない。

したがって,本件契約に違反することを理由とする債務不履行あるいは原告の独占製造権及び本件商標権を侵害したことを理由とする不法行為の主張には理由がない。

【原告の主張】

(1) 本件面談の趣旨

本件面談当時,原告及びエコテックが廃業する予定はなく,本件面談の趣旨は,原告にとっては,今後の取引継続についてのお願いであった。

(2) 代金支払方法の合意

本件面談では,主に,日本ケミコスの債権の確保をどうするかについて話し合われたのであり,被告が,原告及びエコテックを介在させることなく,日本ケミコスからアトリオ商品を仕入れるとか,本件商標を無償で自由に使えるといった合意はされていない。

そして,本件面談終了後は,被告代表者から,アトリオ商品の代金支払方法に係る覚書案が原告前代表者に送付され,後日,修正された内容で調印され(作成日付は遡らせている。),手形の返還及び差額の精算処理が行われた。

(3) 原告の対応

原告は,本件面談後も,被告との間で,本件契約についての交渉を続けてきた。

(4) 以上のとおり,本件面談において,商流変更の合意がされた事実はないところ,本件契約においては,原告が被告の指示に従って製造し,原告から被告へのみ販売するということが合意されているから,被告が原告を介さずにアトリオ商品を買い入れることは本件契約に違反する債務不履行となる。

すなわち,被告が日本ケミコスから直接仕入れた本件取引は,債務不履行であるとともに,その被告の行為は,原告の独占製造権及び本件商標権を侵害する行為として不法行為も構成する。

3  争点3(売買代金額ないし原告の損害額)について

【原告の主張】

(1) 本件取引について売買契約が成立していたと認められる場合に原告が得られる売買代金額,あるいは本件取引が被告の債務不履行又は不法行為であるとした場合に認められる原告の損害額は,本件取引が従前どおりにされた場合の,原告の被告に対する予定販売額合計4376万7157円から,エコテックの日本ケミコスからの予定仕入額2142万0624円を控除した2234万6533円である(別表参照)。

(2) エコテックの利益について

なお,上記売買代金額又は損害額は,本件商流のうちエコテックと原告が介在することによる差額に基づく金額であるが,エコテックは,実質的には原告の一事業部門であるから,エコテックが得るはずであった利益も含めて,原告の逸失利益と評価すべきである。

【被告の主張】

(1) 原告主張の売買代金額ないし損害額は否認する。

(2) エコテックの利益について

従前の取引において,原告はエコテックからアトリオ商品を仕入れていたのであるから,原告が得られた売買代金額ないし受けた損害額を算定するにあたっては,原告主張の逸失利益から,エコテックに生じるはずであった利益を控除する必要がある。

第4当裁判所の判断

1  本件経緯

証拠(甲3の1・2,甲5~7,乙7,証人P1,同P2,同P3,同P4,以下個別に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  原告及びエコテックの経営悪化

平成21年2月,原告及びエコテックは資金繰りに窮し,取引銀行に支払猶予を要請する事態に陥った。

この事態を受けて,被告は,原告の名前が出ているものを販売することは困難であるとして,同月末に,納品済みであった原告の取扱化粧品(300万円相当)を原告へ返品した。

さらに同年3月2日には,原告及びエコテックの銀行口座が凍結される事態となった。

(2)  原告及びエコテックの再建計画

原告前代表者は,上記事態を受け,平成21年2月中旬から,第三者機関によるコンサルタントを受けて,事業再生計画を進め,株式会社マーガレット・ジョセフィンを始めとする8社ある原告の関連会社を利用して,原告の名前を出さずに取引を継続し,もって原告及びエコテックの再建を図ろうと考えた。

原告及びエコテックは,両社の再建に向けて,同月24日に取引先に対する説明会を行うことを決め,債権者に対し,同月18日付けで作成した「説明会開催のお知らせ」を送付した(乙3)。なお,この説明会では,両社の再建案として,全債権者に対し債権の80%カットを求めることが提案される予定であった。

(3)  本件面談

原告前代表者は,上記説明会を開催するに先立ち,原告社員を伴って,同月18日に被告を訪問し,被告代表者及び被告専務のP4と面談し,その際,被告に対し,債権者説明会が円滑に進むよう進行に協力を依頼したほか,日本ケミコスの債権の処理方法が決められた。また原告の名前を出したくないとの被告の要望(前記(1))に応じた取引方法についても協議され,原告から,本件商流において原告の代わりに,株式会社マーガレット・ジョセフィンを介在させることや別会社を立ち上げて介在させることが提案された。このとき,アトリオ商品のうち日本ケミコスが製造していない「エコシリーズ」については,被告が,株式会社マーガレット・ジョセフィンを介して,「エコシリーズ」の製造会社から仕入れることが決まった。

(4)  本件面談に基づく処理

被告代表者は,本件面談終了後,同日中に,本件面談において打ち合わせた「覚書」の原案として,本件契約に係るアトリオ商品の代金支払方法について,被告が振り出し,原告及びエコテックが裏書きをした手形で行うことを内容とする覚書を作成し,原告前代表者に送付した(甲3の1・2)。なお,その覚書は,平成21年3月18日に作成されたものであるにもかかわらず,後記(5)の利用のため,作成日付は平成16年12月1日とされた。

(5)  債権者説明会の開催

同月24日,被告代表者も出席する中で,原告及びエコテックの債権者に対する説明会が行われた。この説明会において,原告前代表者(エコテック代表者)から,両社が自力再建を目指すこと,同年2月中旬から第三者機関のコンサルタントを入れて事業再生計画を進めていること,仕入先各社の理解と賛同を得ることが事業再生計画のスキームに不可欠であることなどが説明された上,両社の債権者に対し,債権の80%カットが要請された。

このとき,アトリオ商品に係る,日本ケミコスのエコテックに対する売掛金債権842万2280円についても,80%カットについての同意書が用意されていたが(乙4),実際には,説明会終了後に,作成日付を遡らせた上記(4)の覚書(甲3の2)を前提とする処理がされたため,日本ケミコスは,債権のカットを免れた。

(6)  原告代表者の交代

同月25日,原告前代表者は代表者を辞任し,原告の専務取締役であった原告前代表者の実弟が,新たに代表者に就任した。

(7)  原告による数量確認の申出

同月31日,原告社員であるP2は,被告に赴き,同月15日から同月末日までに日本ケミコスから被告へ納品されたアトリオ商品について,これまでと同様にその納品数量の確認を求めたが,被告担当者から被告代表者の指示により明確にできないとの対応を受けた。

P2は,その当時の状況から,流通形態が明確になるまで原告において売上計上をせずに対応すべきことは理解していたが,被告から納品数量の開示を拒否されることは予想外のできごとであった。そこで,P2は,その対応の指示を求め,帰社後,原告代表者を含む原告関係者宛に,上記顛末について報告するメールを送信した。

(8)  別会社の設立

同年5月1日,原告代表者は,原告と商号を同じくする別会社を設立した(乙2)。

(9)  本件商標権の譲渡の申入れ

同年6月10日,P4は,原告代表者に対し,同年5月23日付けの譲渡契約書(乙6)を交付して,本件商標権を7万5500円で譲渡するよう求めたが,原告代表者はこれを断った。

被告は,被告自身で本件商標を付した商品の販売を展開したいと考えていたため,P4は,その後,同年11月に行われた原告管理本部長(P3)との話合いや,平成22年1月に行われた原告代表者らとの話合いにおいても,重ねて本件商標権の譲渡を求めたが,原告はこれに応じなかった。また,被告は,譲渡に代えて,期間の定めのない使用許諾契約の締結も提案したが,原告はやはり応じなかった。

(10)  本件商品に係る支払の交渉

平成22年5月,被告及び日本ケミコスは,アトリオ商品の製造販売を中止した。そして,被告は,原告に対し,本件商品に係る本件商標の使用料として,仕入金額の3%を支払うことを提案したが,原告はこれを拒絶した。

2  争点1(売買契約の成否)について

原告は,本件取引について,原告と被告との間で従来どおりの売買契約が成立したと主張する。

確かに,P2の証言によれば,本件商流のもとでの原告と被告間の売買契約は,事前に個別の売買契約が明確にされていたわけではなく,包括的な合意のもと売買がなされ,事後的に数量が確認されて処理されていた様子がうかがえるところであるから,本件取引は,事後的な数量確認がなされていないという以外は,本件商流における従来の取引とは,客観的側面において実質的に変わるところはないものと認められる。

しかしながら,前記1で認定したとおり,本件面談後である平成21年3月31日において,被告は,原告に対し,日本ケミコスから被告に納品されたアトリオ商品の数量を開示しない姿勢を明らかにし,その後も改めなかったのであるから,その当時から,被告が,本件商流から原告とエコテックを意図的に外して日本ケミコスと直接取引をする処理をしていたことは明らかである。そして,本件取引において,原告が取引に介在していることを裏付けるような伝票上の処理も一切されていないことからすると,日本ケミコスと被告との間でされた本件取引は,本件商流外の取引であって,その取引について原告が関わっていたと認める余地はないものといわなければならない。

したがって,本件取引について,原告と被告との間に売買契約が成立したとは認められないから,売買契約が成立したことを前提とする原告の主位的請求には理由がない。

3  争点2(商流変更の合意の成否)について

(1)  被告は,本件面談において,原告との間で,アトリオ商品について,① 原告及びエコテックを全く介在させることなく,被告が日本ケミコスから仕入れること,② 被告が本件商標を継続して使用することを原告は認めることが合意されたと主張し,本件面談に出席していたP4は,これに沿う証言をする。

また原告前代表者も,上記①の申出が被告代表者からあったと証言し,P2も,アトリオ商品は少なくとも形式的には本件商流から原告が外れる形でしばらくの間売っていくとの話が被告代表者からあった旨陳述する(甲7)。

したがって,原被告とも,原告の経営の危機的状況を受けて,本件商流における原告の位置付けの見直しが協議されたことについて,その主張は一致しているといえる。

ただし,被告の上記主張は,原告が本件商流から名実ともに外れて,従来の取引で得られていた利益を原告が得られないことになるとの理解を前提にするのに対し,原告の上記主張は,緊急事態のもとで原告が本件商流から形式的に外れるものの,本件商流において原告が利益を得ていた地位の実態は,あくまで原告にとどめられ,その形式的処理が未定であったにすぎないとの理解に基づいており,双方で全く対立している。

(2)  この点について,本件面談の場にいた被告専務のP4は,原告が本件商流から外れるとともに,原告が本件商流に介在することによって受けていた利益もなくなるという上記被告の理解に沿った証言をしている。

しかしながら,その当時の状況について改めて見ると,上記1で認定したとおり,原告前代表者は,平成21年2月中旬から,第三者機関によるコンサルタントを受けて,事業再生計画を進めていたものである。また,本件面談の時点では,既に債権者説明会の開催が決まっていたところ,同説明会においても,今後の事業再生指針等の説明が行われている(甲5)。そして,原告前代表者が本件面談を求めた趣旨は,債権者に多額の債権カットを要請するため反発が予想される債権者説明会において,議事が円滑に進むよう,被告の協力(賛同)を要請することにあったものである(証人P1)。

このように,原告及びエコテックは再建を目指していたのであるところ,本件商流に介在することによって原告及びエコテックに得られる利益は,再建のための財源となるべきものであり(しかも,帳簿上の介在だけで得られる利益である。),当然ながら,上記事業再生計画も,この利益があることを前提に立てられていたはずである。したがって,それを自ら放棄し,両社の再建計画を頓挫させるような協議が,本件面談の場でされたとは考え難い。このことは,本件面談が,債権者説明会を1週間後に控えた中で行われており,債権者に財務状況や再建計画を開示した場合に不当性を指摘されるような合意を行うことが困難な状況であったことからも,容易に窺い知れるところである。

しかも,本件面談当時,アトリオ商品についての被告の売上高は,年間1億5000万円を超えていたのであるし(乙7),約1年2か月の間に製造・販売された本件商品に限ってみても,原告には相応の売上げがあったと推認できるのであって,この利益は,理由なく放棄できる金額ではない。そして,本件面談の結果,被告の子会社である日本ケミコスは,他の債権者が債権を80%カットされる中で,売掛金債権全額について弁済を受けることが決まったのであるから,この弁済により債権者説明会における被告の協力を得られるであろうと考えた原告前代表者が,さらに自らの利益を放棄までして,被告側に利益を与える理由はなかったといえる。

(3)  以上の諸点からすると,本件面談において,原告と被告との間で,本件商流に原告が関与していない形式を実現する方法が協議され,検討課題になっていたとしても,その結果,原告が,もともと原告が有していた取引上の利益を得る地位を一方的に放棄するという原告に一方的に不利益な意思表示をするはずがなく,原告にしてみれば,形式的には原告が本件商流に関与しないようにするけれども,実質的には本件商流における取引と同様の計算関係が維持されることが当然の前提とされていたものと認められる。

(4)  そして,原告前代表者から説明を受け,また上記指摘した諸点についても認識していたはずの被告においても,原告が本件商流から単純に外れ,原告及びエコテックが受けていた取引における利益が放棄されたと理解したはずがないから,原告からそのような申し出がされたというP4の証言は信用できない。

また,仮にP4ひいては被告において,原告から,そのような申し出がされたと理解していたとしても,原告において,そのような申し出をしたはずがないことは上記認定のとおりであるから,結局,原告と被告との間において,被告が主張する内容の商流変更の合意がされたと認める余地はないことになる。

(5)  そもそも,本件契約においては,原告が被告の指示に従って製造し,原告から被告へのみ販売するということが合意されていたところ,その契約の趣旨からすると,被告が原告からのみアトリオ商品を買い入れるということも,本件契約に基づき被告が負うべき債務内容として含まれていたと解されるから,被告主張に係る本件商流変更の合意が認められないのであれば,被告が日本ケミコスから直接仕入れた本件取引は,本件契約に反する債務不履行を構成するものというべきことになる。

(6)  なお,平成21年3月31日にP2から送付されたメール(甲7)における,「流通形態が明確になるまで,売上計上をせずに対応することは理解しております」との記述からは,本件面談後,原告が本件商流から外れた形での取引がなされ,原告も原告において,取引を売上計上しないことを許容していた様子がうかがえる。しかしながら,このような状態を原告が暫定的に許容したのは,あくまで原告が形式的に外れることと引き替えに,従前と実質的に同様の商流が構築されることを前提としていたことは,上記認定の経緯から明らかである。すなわち,原告において,当面,売上計上をしないとしても,従前と実質的に同様の商流が構築された後は,遡って売上計上の処理を期待していたことは,上記メールの文面並びに上記認定の経緯から容易にうかがえるところであるから,それにもかかわらず,被告がこれを否定して,そのような商流が構築されずに推移した以上,本件取引は,すべて本件契約に反するものといわざるを得ず,この経緯により被告が債務不履行責任を負うべきものとする上記判断は左右されない。

(7)  以上のとおり,被告が主張する,原告が本件商流から実質的にも外れるという内容の商流変更の合意は認められず,かえって被告が,原告を外した本件取引をした行為は,本件契約に違反する債務不履行を構成するから,被告は,これにより原告が受けた損害を賠償すべき責任を負うべきものである。

4  争点3(売買代金額ないし原告の損害額)について

被告が上記債務不履行責任に基づき原告に負うべき損害賠償額は,被告の債務不履行がなければ,すなわち本件取引が本件商流においてされたのであれば,原告に得られるはずであった利益と同額であるので,以下,その額について検討する。

(1)  本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合の原告の売上げ

本件商品の数量及び原告から被告に対する販売単価が,それぞれ別表の「数量」及び「販売単価」欄記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。また,原告から被告に対する販売にあたって,グローイングシャンプーについては,一部がサービス品として無償提供されていたことは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によれば,その無償提供されていた数量は,販売数量の10%相当分であったと認められる。

したがって,本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合における原告の売上げは,別表の「10%考慮」欄記載のとおり,合計4165万4173円であったと認められる。

(2)  本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合の仕入額

ア 本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合,原告は,そのためにエコテックから本件商品を仕入れていたはずであるが,エコテックから原告に対する販売額を的確に認める証拠はない(原告作成に係る原価管理表(甲8)によれば,同表の「ECO 出値」欄記載の値は,あくまで参考値であって,現実の値ではない。)。

イ そこで,まず前提となる取引である日本ケミコスからのエコテックの仕入額について検討すると,甲8によれば,エコテックが日本ケミコスから仕入れる際の仕入単価は,別表の「仕入単価」欄記載のとおりであると認められるから,本件取引が,本件商流においてされたと仮定した場合のエコテックの仕入額は,別表の「仕入額」欄記載のとおり,合計2142万0624円であったと認められる。

(3)  原告及びエコテックに得られた利益

上記(1)の認定金額と上記(2)の認定金額の差が,本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合における,エコテック及び原告に得られた利益の和の最大限となる(さらに管理費等の経費が控除されるべきである。)。そして,弁論の全趣旨によれば,エコテックは原告の一事業部門であり,原告において,この利益を両社に適宜割り付ける調整を行っていたこと,そしてエコテックに割り付けられる利益部分が,上記利益の和の3割を超えることはなかったことが認められる。

したがって,本件取引が本件商流においてされたと仮定した場合において原告に得られたはずの粗利益は,前記(1)の認定額4165万4173円から前記(2)の認定額2142万0624円を控除した2023万3549円(エコテックと原告の利益の和)の7割である1416万3484円と認めるのが相当である。

なお原告は,帳簿上で本件商流に介在して取引をするだけで利益を得ていたものであるが,どのような形であれ,取引に関与している以上,経理処理などの事務処理を要し,そのため販売費あるいは一般管理費等の名目での経費が生じることは明らかである。

したがって,本件取引が,本件商流においてされたと仮定した場合において,現実に原告が得られたはずの利益額は,上記金額からさらに経費として1割を控除した1274万7135円であると認定するのが相当である。

(4)  当事者の主張について

原告は,エコテックの逸失利益も含めて原告の逸失利益と評価すべきであると主張するが,エコテックが原告の一事業部門であるとしても,両社は法律上別人格であり,また当然ながら経理処理も別にされていたはずであるから,上記主張は失当であって採用できない。

また被告は,現実にした本件取引において被告が実際に得た利益が少ない旨を主張するけれども,本件において認定すべきは,被告の債務不履行により原告が受けた損害の額であって,被告が現に得た利益の額ではないから,その点をいう被告の主張は失当である。

第5結論

以上のとおりであるから,原告の請求は,主文記載の限度において理由があるからこれを認容し,その余の部分については理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 達野ゆき 裁判官 網田圭亮)

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