大阪地方裁判所 平成22年(ワ)17476号 判決 2013年1月29日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
松並良
同
下河邊由香
被告
野村證券株式会社
同代表者代表執行役
A
同訴訟代理人弁護士
尾崎雅俊
同訴訟復代理人弁護士
牛見和博
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一億一八三七万三六七五円及びこれに対する平成一九年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告が、被告から、フェアフィールド・グリニッチ(バミューダ)・リミテッド(以下「FGBL」という。)が管理するフェアフィールド・セントリー・リミテッド(以下「原ファンド」という。)の投資証券の価額に償還額等が連動し、グローバル・ファンズートラスト・カンパニー(以下「本件受託会社」という。)が発行するノムラSSCストラテジートラスト(少人数私募(適格機関投資家限定分付))投資信託受益証券(以下、上記トラストを「本件ファンド」、上記受益証券を「本件商品」という。)を購入したところ、原ファンドの資産の大部分を運用していたa社(以下「a社」という。)が投資家から集めた資産を実際には運用せず横領していたことが購入後に明らかになり、本件商品の償還を受けられなくなったことにつき、被告に対し、主位的に、本件商品の購入が錯誤により無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、予備的に、被告はa社による投資詐欺を知り、又は知り得る立場にあったにもかかわらず原告に本件商品を販売したほか、被告による勧誘ないし販売行為には適合性原則違反、説明義務違反、虚偽告知等の違法があったとして、不法行為に基づき、損失金ないし損害金一億一八三七万三六七五円(本件商品の購入代金と購入手数料の合計額。以下「本件代金」という。)及びこれに対する平成一九年一一月八日(本件商品購入の意思表示の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による法定利息ないし遅延損害金の支払を求める事案である。
二 前提事実(争いがないか、証拠上容易に認定できる事実。認定に用いた証拠は括弧内に掲げる。)
(1) 当事者
ア 原告は、昭和四二年○月○日生まれの男性であり、本件商品購入当時は、不動産業を営む株式会社b(以下「b社」という。)及び娯楽業を営む株式会社cの代表取締役を務めていた。原告は、被告大阪支店に取引口座を開設した平成一九年四月当時、給与により一〇〇〇万円から二〇〇〇万円程度の年収を得、一億円以上の金融資産を有している旨申告していた(乙一)。
イ 被告会社は、有価証券の売買等を行う金融商品取引業者(証券会社)であり、B及びCは、いずれも被告会社の従業員であって、Bは原告に対する本件商品の勧誘ないし販売を担当した者、Cはフェアフィールド・グリニッチ・グループ(以下「FGG」という。)によるスプリット・ストライク・コンバージョン戦略(以下「SSC戦略」という。)に関連する私募商品のプレマーケティングを担当した者である(以下、B及びCを併せて「被告担当者ら」という。)。
(2) 事実経過(以下、平成一九年の出来事は年の記載を省略する。)
ア 被告以外の証券会社との取引の経緯
原告は、平成一八年三月、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社(以下「三菱UFJモルガン・スタンレー証券」という。)において取引を開始し、本件商品の約定成立日である一一月九日までの間に、原告個人の名義で、現物株式七銘柄(うち六銘柄は新規上場株式)、外国投信一銘柄、国内投信二銘柄の取引を行っており、同日の時点までに一回で最大一〇億円を投資のために入金したことがあった(甲一五)。また、原告が代表取締役を務めるb社も、原告と同じ頃に三菱UFJモルガン・スタンレー証券において取引を開始し、同日までに現物株式七銘柄(うち四銘柄が原告個人の取引と同種銘柄)、外国債券一銘柄の取引を行っていた(甲一七)。
イ 原告と被告との取引の開始
原告は、知人の紹介で、四月二〇日、被告大阪支店に取引口座を開設したが、その際に被告に提出した「お客様カード」においては、投資方針については「元本の安全性を重視したい。」との欄を、投資目的については「余裕資金の運用」との欄を、それぞれ選択し、同月二六日に二億円を取引口座に入金した(乙一[二頁]、乙三[一頁])。
ウ 本件商品購入に至る経緯並びに約定の成立及び本件代金の支払
Bは、一〇月二二日、原告に対し、FGGによるSSC戦略の過去の実績等を説明した上、同戦略に関連する私募商品が設定される可能性があること等を伝えたところ、原告が興味を示したため、同月二五日にCを伴って原告を訪問することとした。Cは、同日、原告に対し、「フェアフィールド・グリニッチ・グループおよびスプリット・ストライク・コンバージョン戦略のご紹介」と題する資料(甲一又は乙一〇。内容はいずれも同じであるが、甲一には「社内限」との記載があり、乙一〇にはない。以下、甲一を「本件FGGパンフレット(社内限)」、乙一〇を「本件FGGパンフレット」という。)を示した。原告は、一一月二日(精算日は同月五日)、本件商品の購入資金として、ノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンド一〇〇万米ドル(以下、単に「ドル」と表記するときは米ドルを指す。)を一ドル当たり一一四円八〇銭で購入した(甲二の一)。
Bは、一一月七日、原告を訪問し、商品概要説明書(甲三)、契約締結前交付書面(甲四)、オファリング・サーキュラー及びその添付文書の日本語訳及び英語原文(甲五。以下「目論見書」という。)、告知書(甲六)、「ノムラSSCストラテジートラスト(少人数私募(適格機関投資家限定分付))投資に関するご注意」と題する書面(甲七。以下「注意書」という。)並びに私募外国投資信託の購入に関する確認書(甲八。以下「確認書」という。)を交付した(以下、上記六点の書面を併せて「目論見書等」という。)。原告は、同日、本件商品を一〇〇万ドル分購入することとして、確認書に住所氏名を記入して押印し、同月八日(精算日は同月九日)、本件商品購入手数料支払のため、三万一五〇〇ドルのノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンドを一ドル当たり一一三円四五銭で購入した(甲二の二)。
本件商品の購入契約の正式な約定日は、一一月九日であり、原告は、本件代金として、本件商品の代金一億一四八〇万円(券面額一〇〇万ドルを一ドル一一四円八〇銭のレートで購入した上記ドル建てMMFで支払ったもの)及び購入手数料三五七万三六七五円(購入手数料三万一五〇〇ドルを一ドル一一三円四五銭のレートで購入した上記ドル建てMMFで支払ったもの)の合計一億一八三七万三六七五円を被告に支払った(甲二の一・二、乙二、乙三[一頁]。支払の相手方が被告と本件受託会社のいずれであるかについては、当事者間に争いがある。)。
エ 原ファンドの破綻
a社の社長であるD(以下「D」という。)は、平成二〇年一二月一一日、投資顧問運用資産を騙し取っていたとの詐欺容疑で逮捕され、平成二一年六月二九日、証券詐欺により禁固一五〇年の判決を受けた(甲九)。
米国証券取引委員会は、平成二〇年一二月一一日、a社に対し、SIPA法に基づく清算を申し立て、a社について清算手続が開始された。また、Dについても、債権者からの申立てにより、平成二一年四月二〇日、米国破産法第七章による破産手続が開始された。これらの手続は、同年五月五日、実質的に統合された。
原ファンドは、平成二〇年一二月一八日、米国証券取引委員会によるa社の調査及びDの逮捕により、純資産価格の算出並びにすべての資金の受託及び償還を停止し、平成二一年四月二一日、株主グループから破産法に基づく清算人の任命を申請され、同年七月二一日、裁判所は清算人を選任した。
(3) 本件商品の仕組み
投資家は、本件受託会社が受託するケイマン籍私募投信(本件ファンド)に投資することで、その受益証券(本件商品)を取得する。
本件受託会社は、本件商品の発行によって集めた資金の大部分を、ノムラ・バンク・インターナショナルPLC(以下「NBI」という。)が発行する二〇一七年満期米ドル エクイティ・リンク償還社債(以下「NBI債」という。)に投資する。NBI債の価格は、原ファンドの基準日におけるドル償還議決権付投資証券の価額に連動する。原ファンドは、FGBLに対し、ファンドの運用・管理を委託し、FGBLは、その受託資金の全部又は大半(少なくとも九五%)をa社にSSC戦略に従って運用させる。したがって、本件商品の価格は、最終的には、a社の運用実績に連動する。
第三争点
一 主位的請求について
【争点一】本件商品の購入につき要素の錯誤があったか。
【争点二】被告が本件商品の売主であって、本件代金につき利得したといえるか。
二 予備的請求について
【争点三】本件商品の勧誘ないし販売に違法があり、不法行為を構成するか。
【争点四】被告が賠償すべき損害の有無及び額
第四当事者の主張
一 主位的請求について
【争点一】本件商品の購入につき要素の錯誤があったか。
(1) 原告の主張
ア 事実経過
(ア) 本件商品の勧誘ないし購入
一〇月二二日頃、Bから原告に対し、「いい商品があるので、お会いしませんか」との電話があった。Bは、商品の数字(投資実績)が良いことを強調した上で、早く決断しないと購入できないようなことを言って原告の焦りを煽った。Bは、Bとの面接だけでは話を進めることができないと言って、同月二五日に被告本社従業員と共に原告を訪問することを約した。
被告担当者らは、一〇月二五日、原告を訪れ、約一五分間、世間話をした後、原告に対し、本件商品を勧めた。Cは、本件商品について、「四九名の少人数募集の商品です。全国で四九名のお客様にしか勧めていません。四九名だけです。四九名に選ばれることはすごいことです。今だったら枠がとれます。」などと述べた。原告が、「どんな運用をするんですか。」と質問したところ、Cは、「米国国債を短期で売買するものです。株式の売買は短期のみですので、利益も少ないですが、安全です。あまり下にも上にもいかないので、年間トータルでプラスになります。」、「利益は少ないけれども、利回りが安定しており、安全な商品です。」、「定期預金に毛が生えた程度のものです。」と説明し、本件FGGパンフレット(社内限)を交付した。Cは、FGGについては説明せず、SSC戦略について同パンフレットの一二頁の下から三行目及び一三頁の図を示して、米国国債を中心に投資するものであるため、リスクがほとんどなく、投資実績が安定して良好であること、一部は株式でも運用されるが、個別銘柄の売買ではなく、指数の中で取引を行い、かつ、値動きがあっても非常に狭い範囲で売買を重ねるので、大きなパフォーマンスが期待できない反面、株式投資によるリスクもほとんどないことを説明し、同パンフレットの一四頁、一五頁及び一七頁を示して改めて過去の実績が安定して良好であることを強調したが、それ以上に上記パンフレットの記載内容について説明をせず、説明に要した時間は一〇分に満たないものであった。その他、Cは、本件商品購入時に購入代金の三パーセントの手数料がかかること、早期解約する際にも手数料がかかることを説明した。
このように、被告担当者らの説明は本件商品が専ら少人数の特別な顧客に対し勧めている商品で、かつ、安全であることを強調するものであった。
原告は、被告担当者らの説明を聞き、本件商品がローリスク・ローリターンで原告の投資傾向に添う商品であると考え、一〇〇万ドル分の購入を前向きに検討する旨の意思表示をした。
原告は、一一月二日、本件商品の購入資金をとりあえず準備しておくため、ノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンド一〇〇万ドルを一ドル当たり一一四円八〇銭のレートで購入した(前記第二の二(2)ウ)。
その後、原告からは本件商品の購入につき何の連絡もしていなかったところ、被告の従業員らが「本件商品の締切りが近いので、そろそろ手数料分をMMFに変えましょう。」とうるさく催促してきたため、原告は、一一月七日、手数料分である三万一五〇〇ドルのノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンドを、一ドル当たり一一三円四五銭のレートで購入した(前記第二の二(2)ウ)。
Bは、一一月七日、目論見書等を持参して原告が経営する会社を訪れ、原告に対し、確認書(甲八)への署名押印を求めた。Bは、署名押印をしている途中の原告に対して目論見書等を差し出し、「本当は、説明をしなければならないんですけど、分厚くて時間がかかるので、読んどいてください。」と述べて、説明はせずに帰ってしまい、原告が署名押印に要した時間は五分程度であった。なお、原告は、本件商品の購入に当たり、「連動債券」という言葉を聞いたことはないし、目論見書等に目を通したこともない。
(イ) 本件商品に関する事実誤認の発覚
原告は、平成二〇年一二月半ば頃、Bから説明を受け、初めて、FGGではなく、Dが原ファンドを運用する仕組みであることを知り、Dがポンジ・スキーム(ねずみ講のような投資詐欺)を行っていたために、原告が投資した資金が戻ってこない可能性があることを知らされた。
その後、被告は、平成二一年一月、原告に対し、「ノムラSSCストラテジーファンド受益者の皆様へ」と題する書面(甲一一の一。以下「受益者向けレター」という。)を送付し、①本件商品は米国のSIPC(証券保護基金プログラム)の補償対象外であること、②被告としては被告に法令違反となる行為はなかったものと認識している旨を通知してきた。また、Bは、同月二〇日頃、原告を訪問し、その際に、本件商品の勧誘に当たり、原告に対し、FGBLがa社又はDに対して、原ファンドの資金運用を一任する旨の説明をしなかったことを認めた(甲一一の二。以下「本件メモ」という。)。
イ 錯誤により無効であること
(ア) 事実誤認があったこと
原告は、本件商品の購入に際して、被告担当者らから前記アのような説明しか受けていなかったために、本件商品の仕組み(前記第二の二(3))を認識しておらず、本件商品については、米国国債を中心に投資するローリスク・ローリターンの商品であって、過去の実績も安定して良好であるという限度でしか理解していなかった。しかし、実際には、本件商品は最終的にはa社の運用実績に応じて償還を受ける投資信託受益権であり、a社は運用資産を運用せず騙し取っていたという事実(以下「本件事実」という。)が真実であったから、本件商品は、非常に危険な商品であった。したがって、原告には、本件商品購入時において、本件事実について事実誤認があったことが明らかである。
なお、被告が主張するように(後記二(2))、被告担当者らが、本件商品の販売に先立ち、原告に対し、本件商品が最終的にはa社の運用実績に応じて償還を受ける投資信託受益権であること、a社においては、確立された投資ガイドラインに基づき、SSC戦略を用いて、資産を運用するものとされていることを説明し、原告も説明の内容を理解していたとしても、実際には、a社における資産運用の実質は巨大なネズミ講であり、資産運用自体がされていなかったのであるから、被告が主張する事実関係を前提としても、本件商品購入時において、原告に本件事実に関する事実誤認があったといえる。
(イ) 要素の錯誤に当たること
本件事実に照らすと、本件商品が等価性を欠くことは明白であるから、本件事実に関する錯誤は、本件商品の購入契約における表示の錯誤といえる。仮に、表示の錯誤に当たらないとしても、被告が原告に交付した目論見書等には、a社が確立された投資ガイドライン及びSSC戦略に基づいて安定的に原ファンドの資産を運用する旨の事実が明記されており、原告も原ファンドが安定的に運用されていることを前提として本件商品を購入したのであるから、原ファンドが安定的に運用されているとの原告の動機が被告に対して表示されていたことは明らかである。また、本件では被告も本件事実について錯誤に陥っていたのであるから、共通の錯誤として、動機の表示を求めることなく、意思表示の無効を認めるのが相当である。
そして、本件商品の購入時において、本件事実を認識していれば、原告が本件商品を購入するとの意思表示をしなかったことは一般取引通念に照らしても至当であるから、本件商品購入は、要素の錯誤により無効である。
(ウ) 被告の反論(後記(2))に対する再反論
a社において、確立した投資ガイドラインに基づき、SSC戦略を用いて投資が行われ、かつ、原告が本件商品の仕組みを理解していたのであれば、結果として原告が損失を被ったとしても錯誤の問題は生じない。しかし、被告が主張する事実関係を前提としても、本件において原告及び被告は、ともに本件事実やa社の投資実績といった本件商品の購入に当たって前提となる事実について錯誤に陥っていたのであって、虚偽の有価証券報告書の記載を信頼して、上場企業の株式を購入したというような場合とは、全く異なる。本件のような場合に、一般的なデフォルトリスクを認識していたことを理由に錯誤の成立を否定するとすれば、錯誤が成り立つ余地はほとんどなく、錯誤の成立範囲を不当に狭めることとなる。
(2) 被告の反論
ア 事実経過
(ア) FGGによるSSC戦略の紹介
Bは、原告から、以前にヘッジファンドを保有していたことがあり、外貨建ての資産も有していると聞いていたことから、原告に本件商品の購入を勧誘することとして、一〇月二二日、原告を訪問した。その際、Bは、本件FGGパンフレット(社内限)(甲一)を持参し、同パンフレットを用いて、FGGによるSSC戦略を用いた過去の運用実績等を説明した上、同戦略に関連する私募投信が設定される可能性があること、ついては本社の者と一緒に詳しい話をしたい旨を伝えた。
(イ) 一〇月二五日の訪問
Bは、一〇月二五日、本件商品のプレマーケティングを担当するCを伴い、原告を訪問した。Cは、原告に対し、主に、持参した本件FGGパンフレット(乙一〇)を読み上げるような形で、以下の事項について説明等を行った。
① 訪問の趣旨の説明
今回の訪問(プレマーケティング)の目的は、具体的な個別の商品の勧誘ではなく、FGGという運用会社の紹介と、そこで行われているSSC戦略という投資戦略等に対する顧客の関心の度合いや、将来商品化された場合の需要の可能性を調査することにあること
② FGGの紹介(乙一〇[四頁ないし一一頁、一八頁])
FGGの来歴、FGGではSSC戦略を用いたシングルマネージャーファンド(単体のヘッジファンドのこと)が運用資産額の約四四%を占めていること、FGGのSSC戦略ではFGGが投資顧問子会社(FGBL)を使って選定したa社に運用が一任されていること、a社の代表者がDであること、a社においては投資ガイドラインが確立されていること、その他(FGGの主要な創立パーナーの経歴、FGGの運用資産額の成長、FGGの従業員の推移など)
③ SSC戦略の紹介(乙一〇[一二頁、一三頁])
SSC戦略は、米国大型株式の短期ポジティブモメンタム(上昇局面のこと)をDが開発したモデルによって認識し、下振れリスクを制限しながら、利益を獲得することを目標とする戦略であり、具体的には、以下のような戦略から成ること
ⅰ) スタンダード&プアーズ(以下「S&P」という。)一〇〇種指数(米国の大企業の株価指数)中の四〇~五〇銘柄で、同指数と高い相関関係にあるバスケット(複数銘柄のこと)を購入すること
ⅱ) 翌月を限月(オプション取引の期限が満了となる月のこと)とするS&P一〇〇種指数のプット・オプション(一定額で売る権利)を購入し、下振れリスクを制限すること
ⅲ) 翌月を限月とするS&P一〇〇種指数のコール・オプション(一定額で買う権利)を売却し、ⅱ)によるリスクヘッジのコスト(プットオプションの購入費用)をカバーすること、したがって、利益にも上限があること
ⅳ) 上記ⅰ)ないしⅲ)のポジション(証券の持ち高のこと。以下「本件ポジション」という。)は通常二週間から三週間程度保有すること
ⅴ) 本件ポジションを構築しない場合には、米国短期国債のラダー・ポートフォリオ(残存期間の異なる債券に同額ずつ投資するポートフォリオのこと)に投資すること
④ SSC戦略の過去実績紹介(乙一〇[一四頁ないし一七頁])
ⅰ) 一九九〇年一二月から二〇〇七年七月までの月次リターン推移
ⅱ) S&P一〇〇種指数とFGGのSSC戦略の比較
ⅲ) ドル一ヶ月LIBOR(ロンドン市場において銀行間で取引される一ヶ月物のドル取引の金利のこと)とFGGのSSC戦略の比較
ⅳ) 過去の実績は将来を保証するものではないこと
このように、被告担当者らは、上記説明の中で、a社の代表者がDであること及びSSC戦略の内容について言及しているが、これらの点について、原告から質問等は特になかった。
なお、上記訪問(プレマーケティング)の目的は、前記のとおりであって個別具体的な商品の勧誘ではなかったため、Cは、同訪問に際して、原告に対し、本件商品の購入の際の具体的な条件等については説明をしていない。
原告は、過去にヘッジファンドへの投資経験があったこともあり、上記説明に高い理解度を示し、元々、ドルでの運用ニーズを有していたこともあって、FGGの長期にわたる安定的な運用実績に興味を示した。Cは、原告の上記反応を受けて、原告に対し、仮にFGGのSSC戦略に関連する私募投信が設定された場合、購入希望がある質問したところ、原告は、一〇〇万米ドル程度であれば購入するとの意向を示した。
(ウ) 一一月七日の訪問
Bは、平成一九年一一月七日、本件商品の正式な勧誘と約定手続を行うため、本件商品の説明資料である「ノムラSSCストラテジートラスト(少人数私募(適格機関投資家限定分付))のご紹介」と題する資料(乙一二。以下「本件商品パンフレット」という。)及び目論見書等を持参し、原告を訪問した。原告は、Cが一〇月二五日に交付した本件FGGパンフレットを持って応接室に現れるなり、Bに対し、「このシャープレシオはいいな。」などと、本件FGGパンフレットを熟読していることを推測させる発言をした(シャープレシオは、リスクに見合うだけの収益があがっているかどうかをチェックするための指標であり、例えば、同じ運用利回りであってもシャープレシオが高いものの方が収益のブレが小さい(リスクが低い)効率的な運用ができていると評価することができる。)。Bは、原告に対し、本件商品パンフレットを用い、本件商品の内容について、概要、以下の説明等を行い、また、本件商品の購入を勧誘した。
① 本件ファンドは、NBIが発行するNBI債に投資すること(乙一二[三頁]等)
② 原ファンドは主としてSSC戦略を用いること、過去の実績も含めたSSC戦略の概略(一〇月二五日の説明と同様)(乙一二[一六頁ないし二一頁]等)
③ 信託期間、換金制限、純資産価格の算出方法、申込期間、入金最終日、関係会社報酬等(乙一二[四頁及び五頁]等)
上記説明の途中で、本件商品パンフレット中の「NBIが発行する、米ドル建てFairfield Sentry Limited連動債券に投資します」との記載(乙一二[三頁])を読んだ原告から、Bに対し、連動債券の意味について質問があった。そこで、Bは、本件商品パンフレットの「FGGのSSC戦略」の過去実績(乙一二[一八頁])を示し、「この実績のある運用戦略と連動する債券に投資をします。」などと回答した。原告は、「なるほどな。」という程度の反応を示し、それ以上の質問をしなかった。
原告がBの説明を理解した上、本件商品を一〇〇万ドル購入する旨の意向を示したため、Bが原告に対し目論見書等を交付したところ、原告は、目論見書、確認書等に目を通した上、確認書に署名・押印した。なお、確認書には「ファンドの商品性格とリスク、ファンドの投資先である債券の商品性格に起因する留意点、譲渡制限等について十分理解して投資いたします。」との記載がある。
このようにして、原告は本件商品を購入し、申込手数料分の外貨MMFが準備された一一月九日に正式に約定が成立した。
(エ) その後の事情
被告は、平成二〇年一一月二一日、原告から本件商品の買戻し請求を受けた。しかし、その後のDの逮捕を契機として、原ファンドが純資産価格の算出及び全ての資金の受託と償還を停止したことにより、上記買戻し手続は停止している。
Bは、Dによる投資詐欺の事実が発覚した後、単独で又は上司を伴って、適宜、原告を訪問して状況説明等を行っていた。Bが、平成二一年一月二〇日、受益者向けレターを持参の上、単独で原告を訪問したところ、原告は、上記書面が被告の最終判断であることをBに確認した後、突然、目の前のテーブルを蹴り上げ、表情を一変させ、Bに激しく詰め寄って被告の販売責任を問い、BにFGBLがa社又はDに対して原ファンドの資金運用を一任する旨の説明をしなかったことなどについて、文章にして署名するよう要請した。Bは、事実と異なる内容の文章を作成することはできないとしてこれを拒絶していたが、原告から、一時間以上にわたってしつこく詰め寄られ、書きさえすれば書いたものを持ち帰ってもよいと言われたため、不本意ながら、原告の言うとおりの文章を記載した本件メモを作成した。しかし、原告は、約束を破り、本件メモをBに持ち帰らせなかった。
イ 錯誤無効が成立しないこと
(ア) 金融商品の購入契約における錯誤の考え方
投資の対象となる企業等(ファンドを含む。以下同じ。)について、財務状態が偽られている可能性があることは、一般に認識されており、投資家は、それに伴うデフォルトリスクがあることを認識している。上記のような危険を認識しているにもかかわらず、投資家が企業等に投資するのは、投資の対象となる企業等について、上記リスクが発現する可能性は低いという判断をした結果であり、そのような投資判断を経て投資を行った場合において、上記リスクが発現したときには、当該投資家は、結果として生じた損失を自己の責任において負担すべきであるといえる。したがって、投資家が、企業等の財務状態が偽られている可能性及びそれに伴うデフォルトリスクの存在を認識しているような場合には、当該投資家が、当該リスクの発現の要因となる具体的事実を認識していなかったからといって、当該金融商品の購入の意思表示に錯誤があるとはいうべきではない。
(イ) 本件へのあてはめ
本件では、原ファンドにおいてSSC戦略による運用を任されていたa社が実際には何ら運用をしておらず、かつ、当該運用資金を横領していた結果、原ファンドが破産手続に至っているところ、これは、原ファンドの運用状態が偽られ、それに伴い原ファンドのデフォルトリスクが発現したということにほかならない。
また、販売会社である被告において、原ファンドの運用状態が偽られている可能性がないことを保証したというような事情は存在しないばかりか、本件商品パンフレットには、「当資料に記載されている情報は当社が信頼できると考える情報源に基づいたものですが、当社が正確かつ完全であることを保証するものではありません。当資料中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆ないし保証するものではありません。ご投資の決定にあたってはご自身の判断と責任において行っていただくようお願い致します。」との記載があり(乙一二[各頁下部、但し一頁を除く。])、原ファンドの運用状態が偽られている可能性を留保していた。
加えて、原告の投資家としての属性(特に証券会社に勤務していたことや投資信託等の投資経験)に鑑みると、原告は、原ファンドの運用状態が偽られている可能性及びこれに伴う原ファンドのデフォルトリスクの存在を認識していたといえる。また、本件商品パンフレットの上記記載からすれば、原告は、販売会社である被告が原ファンドの運用状態について何ら保証していないこと及び原ファンドのデフォルトリスクが発現した場合であっても当該リスクに伴う損失を補填しないことをも認識していたというべきである。
したがって、原告が、仮に、原ファンドにおいてSSC戦略の運用を任されるa社が実際には何ら運用をしておらず、かつ、運用資金を横領していたという具体的事実を知らなかったとしても、本件商品の購入の意思表示に錯誤があるとはいえないというべきである。
さらに、目論見書等の以下の①から③までの記載からすると、以下のような事情に照らすと、原告は、a社が何ら運用をせず、かつ、運用資金を横領する可能性を含めたリスクについても、認識していたといえる。
まず、Bは、一一月七日の訪問時、原告に対して、商品概要説明書(甲三)及び目論見書(甲五)を交付しているところ、これらの書面には、以下のとおり本件商品のリスクについての記載がある。
① 「「主な投資目的および投資方針」の見出しの項に記載される戦略またはスキームを実施することが受託会社の意図ではあるが、かかる戦略またはスキームが順調に実施されるとの保証はない。」(甲三[三頁]、甲五[一五頁。ただし、本文の日本語訳文における頁数。以下、甲五につき同じ。])
② 「本社債および原ファンドへの投資に関するリスク要因の概要は、本オファリング・サーキュラーの別紙に記載されている」、「17.資産を横領する可能性 原ファンドが「スプリット・ストライク・コンバージョン」戦略を用いて投資し、または非SSC投資ビーグルに投資する場合、原ファンドはその手法で投資された資産の保管先を持たない。したがって、原ファンドが投資する会社の職員が、原ファンドの証券もしくは資金(またはその両方)を横領するリスクが常に存在する。」(甲五[一六頁、四四頁])
③ 原告は、本件商品の購入にあたり、署名・押印の上、確認書(甲八)を被告に対して提出しているところ、同書の第四項には、「当社/私は、「英文目論見書(Offering Circular)」、「英文目論見書(Offering Circular)の日本語訳」、「(転売制限に関する)告知書」、「投資に関するご注意」及び「商品概要説明書」等を受取り、ファンドの商品性格とリスク、ファンドの投資先である債券の商品性格に起因する留意点、譲渡制限等について十分理解して投資いたします。」との記載がある。
【争点二】被告が本件商品の売主であって、本件代金につき利得したといえるか。
(1) 原告の主張
原告は、錯誤により本件商品を購入したことで、本件代金として、購入代金一億一四八〇万円及び購入手数料三五七万三六七五円の合計一億一八三七万三六七五円を被告に支払った。
本件商品の購入契約が錯誤により無効である以上、本件商品の売主である被告は、本件代金全額を利得しているというべきであって、原告は被告に対して、不当利得返還請求権を有する。
なお、被告は、本件商品における受託者は本件受託会社であり、自らは契約を媒介し、事務手続を代行したにすぎないと主張する。
しかしながら、以下の①から③までの事情からすれば、被告が本件商品の売主であるというべきである。
① 商品概要説明書及び締結前交付書面には、被告が「販売会社」として明記されており(甲三[二頁]、甲四[四頁])、目論見書においても、「野村證券株式会社(「販売会社」)は、日本における本トラストの販売会社に任命されている。本トラストの受益証券(「受益証券」)は、販売会社を通じて適格投資家に売り出される。」と記載され(甲五[一頁])、あるいは「受託会社は、受託会社と販売会社間の二〇〇七年一〇月二三日付の販売契約(「販売契約」)に基づき、日本における受益証券の募集につき野村證券株式会社を販売会社に任命した。販売契約に規定される条件に従い、受益証券は販売会社を通じて受益証券一口当り発行価格に以下の販売手数料を加えた金額で販売される。」と記載されている(甲五[二〇頁、二一頁]、以下、上記販売契約を「本件販売契約」という)。
② 甲六の告知書(甲六)、注意書(甲七)及び取引報告書(甲二の一、甲二の二)は被告名義で作成されており、確認書(甲八)も被告宛に差し入れるべきものとされている。
③ 被告は、本件商品販売後も継続して一定の報酬を得るものとされている(甲五[二一頁])。
仮に、原被告間の取引が売買ではなく、本件商品の売買の委託であったとしても、問屋(商法五五一条)又は媒介代理商(商法四六条)である被告には、本件受託会社が履行しない売買代金の返還債務又は損害賠償債務について、自らその履行をする責任を負うし(商法五五三条又はその類推適用)、被告との委託契約については無効であるから、販売手数料の返還を求めることができるというべきである。
(2) 被告の認否及び反論
本件商品の購入代金及び購入手数料の額については認め、その余は否認ないし争う。
被告は、本件商品の販売会社、すなわち、取引の媒介を行う者であって、受託者は、本件受託会社である。被告は、本件受託会社との間の本件販売契約に基づき、本件商品(受益証券)の販売において、受益証券の購入申込者を獲得すべく合理的な努力を行い、受託者である本件受託会社の監督・管理の下、募集・販売事務を代行しているにすぎず、投資家(受益者)である原告との間で直接の契約関係に立つものではない(乙一八)。
このことは、契約前締結書面の「当社は、ファンドの販売会社として、私募の取扱いおよび販売等に関する事務を行います。」という記載(甲四[四頁])からも、被告名義で作成された告知書(甲六)、注意書(甲七)及び取引報告書(甲二の一、甲二の二)等の書面が被告を事務取扱者として作成されたものであることからも明らかである。
また、被告は、自らの名で本件商品を買い付けているわけではないから、問屋ではないし、原告と代理商の関係に立っているものでもない上、一般論として、投資信託において、委託者は、販売会社を通じて(あるいは直接に)、投資家(受益者)から資金を募集するものであり、投資家(受益者)からの資金は、投資家(受益者)から委託者に支払われるものであるところ(乙一九参照)、本件ファンドは、受託者である本件受託会社の信託宣言により設定されており、制度上委託者が存在せず、投資家(受益者)である原告からの資金(本件商品の購入代金)は、原告から受託者である本件受託会社によって指定された本トラストの銀行口座に送金する方法により、直接支払われた(乙一八[三頁])。
したがって、被告は、本件商品(受益証券)の販売において、原告との間で直接の契約関係に立つものではなく、また、原告から本件商品の購入代金の支払を受ける立場にもなかったから、仮に、本件商品の購入契約が錯誤により無効になったとしても、原告に対し、本件商品の購入代金を返還すべき立場にない(仮に返還するとしても手数料部分である。)。
二 予備的請求について
【争点三】本件商品の勧誘ないし販売に違法があり、不法行為を構成するか。
(1) 原告の主張
ア a社による投資詐欺を知り、または知り得たにもかかわらず、本件商品を販売したこと
(ア) 本件商品販売前からDの資産運用に対して疑問が提起されていたこと
本件商品が販売された当時、既に、以下①から③までのように、Dが運用する投資ファンドの運用実績の良さが不自然であり、違法行為によるものである可能性があることが指摘されていた。証券会社である被告にとって、米国証券業界の情報を収集することは容易であるから、被告は、本件商品販売当時までに、Dの投資ファンドが投資詐欺を行っている危険性を察知することができたといえる。
① 平成一三年五月には、ヘッジファンドの動向を取り上げる金融業界紙として有名な「マネージド・アカウント・レポーツ」に「Dの投資行動―どのようにして利益を上げているのか、疑惑が浮上」というタイトルの記事が発表され、米国証券業界の専門家の間に影響が広がり(甲一三の一)、定評ある金融経済誌である「バロンズ」誌において、Dが投資家から手数料を取らないことについて、手数料収入をシミュレーションすることにより疑問を呈する記事が掲載され、a社の株式取引部門のトレーダーでさえ、Dの行っていることに対して疑いを抱くようになった(甲一三の二)。
② 一九九〇年代末にDの投資行動を分析し、二〇〇〇年(平成一二年)五月、その結果をレポートにまとめ、その後、数年間、レポートを作成し続けたEによるSSC戦略のシミュレーションによれば、S&Pのトップ五〇〇銘柄の値動き、トップ一〇〇銘柄の値動きのいずれを利用しても、Dが報告する利益額に比べ著しく低い数字にしかならず、Dが大規模なねずみ講であるか、又はa社の株式取引部門がインサイダー取引の一種である株式の先回り売買取引で上げた利益を資産運用益に回しているかのいずれかであるという結論が紹介されている(甲一三の四)。その他、Dの資産運用及びSSC戦略については、通常では考えられないものであり、どのようにして利益を挙げているのか、なぜ利益の変動が少ないのかが不可解であるといった指摘があった(甲一三の五、甲一三の六)。
③ D及びa社の破産管財人であるFは、FGGに対する訴状において、a社が株式取引の際に基礎にしていた株式指数S&P五〇〇の値動きとa社の運用実績がかけ離れていることや、平成一〇年から平成二〇年にかけてa社が行ったと主張している二八〇以上の株式取引を調査したところ、当時の株価とかけ離れた価格で株式取引がなされたことを指摘し、a社のフィーダー・ファンドの役割を果たしていたFGGの幹部が、a社から得られる利益に目がくらんでa社に対する調査を全く行っていなかったとしている(甲一三の七)。
(イ) 被告がDによる資産運用の問題点を察知し、又は察知し得たこと
証券取引のプロであり、米国の株価情報等を入手し、これを分析する能力を有する証券会社である被告は、適切に情報を収集及び分析して、Dによる資産運用を疑っていたか、わずかな注意をすれば疑うことができた。それに加えて、原告がそのような情報収集及び分析能力を有しておらず、投資判断の前提となる情報を被告からの情報に頼らざるを得ない立場にあったこと、a社の運用実績が上がれば、被告の関連会社であるNBIが本件受託会社に償還すべき金額が多くなるが、逆にa社の運用実績が下がれば、NBIが本件受託会社に償還すべき金額が少なくなり、NBIに利益をもたらすものであって、原告とNBIとが利害相反する関係にあることからすると、本件において、被告は、上記のような情報収集及び分析を行った上で、本件商品を設計及び販売することが大いに求められる立場にあったということができる。しかし、被告は、原ファンドから説明される運用実績を鵜呑みにして情報収集ないし分析を怠り、漫然と本件商品を設計して、安易に販売したのであるから、被告には、過失が認められる。
イ 適合性原則違反
(ア) 原告の金融商品取引の経験及び知識等
本件商品の購入以前、原告及びb社が仕組債を取引した経験や、ベトナムに投資するヘッジファンドを保有していた経験はなく、そのような事実を被告会社の従業員に話したこともない。原告は、平成元年四月から平成二年一二月まで、東京の証券会社に営業担当者として勤務していたが、その後は、証券業界からは縁遠い職業に就き、本件取引に至るまで約一七年間、積極的に金融商品取引を行うことはなく過ごしてきたものであって、本件商品購入当時は金融商品取引について一般の消費者と何ら変わらない知識を有していたにとどまる。
原告及びb社は、平成一七年三月から三菱UFJモルガン・スタンレー証券との間で取引を開始し、本件商品購入までに、原告名義で現物株式七銘柄、外国投信一銘柄、国内投信二銘柄を、b社名義で現物株式八銘柄、外国債券一銘柄、国内投信一銘柄をそれぞれ購入しているが、現物株式はほとんどが証券会社からの提案に従って購入した新規上場株式であって、大半は上場後すぐ売却しており、取引額も最大で一五〇万円程度である。外国投信及び国内投信も、いずれも極めて安全性が高く、元本割れのリスクが低い商品であった。
なお、原告は、被告に対して、平成一九年四月一九日に被告との取引を開始するに当たり、個人名義の「お客様カード」を作成し、取引経験を申告する欄において、MMF・公社債投信及び株式に加え、先物・オプション等についても取引経験がある旨申告している(乙一[二頁])が、実際には、同日の時点で、先物・オプション取引の経験がなかったにもかかわらず、原告が上記お客様カードに先物・オプション取引の経験があると記載したのは、原告が、過去に三菱UFJモルガン・スタンレー証券から購入した商品の属性等について全く理解しないまま、上記お客様カードに記入したことによるものである。
(イ) 原告の投資意向
原告は、あくまで安全性を重視して投資しており(上記(ア)参照)、お客様カードにもその旨を明記していた(乙一[二頁])。また、原告は、安全性を重視する投資意向を取引の度に被告の従業員に伝え、本件商品の勧誘を受けた際にも、被告担当者らに明示している。
(ウ) 評価
被告は、金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って、投資者の保護に欠け、または欠けることとなるおそれのあることのないように、業務を行わなければならない(適合性の原則。平成一八年法律第六五号による改正前の金融商品取引法(以下「法」ということがある。)四〇条一号)。そして、証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解される(平成一五年(受)第一二八四号平成一七年七月一四日最高裁判所第一小法廷判決・最高裁判所民事判例集五九巻六号一三二三頁)。そして、証券会社の担当者による勧誘行為における顧客の適合性を判断するに当たっては、具体的な商品特性を踏まえ、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。
本件商品の価格はa社の運用実績に連動し、a社においては、SSC戦略を用いて投資が行われることが想定されていたが、上記戦略の内容も極めて難解かつ曖昧である。また、a社には確立された投資ガイドラインが存在するとされているが、当該ガイドラインは外部から認識することができない。さらに、被告は、原ファンドの資産運用について、FGGからの報告を受けているのみで何らの調査もしていない。すなわち、本件商品は、運用方針が明確でない原ファンドの価値に価格が連動し、原ファンドの資産運用に対するモニタリングや調査の方法もない商品であって、その取引には過大なリスクが伴い、かつ、本件事実の発覚後に原告代理人に説明した被告従業員ですら、正確な説明が困難なほど仕組みが難解である。このような大きなリスクを伴い、かつ仕組みが難解な商品への投資を勧誘する際には、十分に理解できるだけの知識や経験を持ち、収益性を追求する投資意向を有する者を対象とすべきである。
しかしながら、安全性を重視する取引意向を有していた原告は、本件商品以前には、主に証券会社の主導で新規上場株式を購入及び売却する等の経験しかなかった(前記(ア)及び(イ))のであるから、原告は、本件商品のようにリスクを伴い、かつ、仕組みが複雑な金融商品の取引を自己責任で行う適性を欠いていたというべきである。
よって、被告担当者らが、原告に対し、本件商品を積極的に勧誘した行為は、適合性の原則から著しく逸脱するものであって、被告担当者らには不法行為責任が成立するというべきである。
ウ 説明義務違反及び虚偽告知
(ア) 説明義務の内容
証券会社は、契約締結前に、法三七条の三第一項各号に定められた事項を記載した書面を交付しなければならない(法三七条の三第一項)。
また、証券会社は、上記書面を交付するに当たり、あらかじめ、顧客に対し、同項三号ないし七号所定の事項につき、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明をしなければ、同契約を締結してはならないものとされている(法[平成一八年法律第六五号による改正前のもの。以下同じ。]三八条六号、金融商品取引業等に関する内閣府令(以下「府令」とする。)一一七条一項一号)。法三七条の三第一項三号ないし七号に掲げる事項のうち主なものは、①当該金融商品取引契約の概要、②手数料、報酬その他の当該金融商品取引契約に関して顧客が支払うべき対価に関する事項であって内閣府令で定めるもの、③顧客が行う金融商品取引行為について金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動により損失が生ずることとなるおそれがあるときは、その旨などである。
(イ) 被告担当者らの説明義務違反及び虚偽告知等
a 契約締結前に法三七条の三第一項所定の書面を交付しなかったこと
被告担当者らが原告に対して本件商品購入契約の締結前に交付したのは、FGGの概要及びその戦略を記載した本件FGGパンフレット(社内限)のみであり、同項所定の書面は、全く交付されなかった。また、説明の上で交付すべき目論見書等の書面は、一一月七日、説明をしないまま交付され、同時に本件商品購入契約が締結されている。(以上につき、前記一【争点一】(1)ア(ア))
したがって、被告は、契約締結前の書面交付義務(法三七条の三第一項)に違反している。
b 説明義務違反
① 本件商品の仕組みについて、被告担当者らから、本件商品の償還額が、FGBLによる原ファンドの運用実績に連動する旨の説明は一切なく、被告担当者らが契約締結前に唯一交付した本件FGGパンフレット(社内限)にも、本件商品の仕組みの記載はなく、契約締結時に交付された目論見書等は、膨大かつ難解であり、時間をかけて読んでも理解が困難であって、契約締結時の署名押印と並行して閲読して本件商品の概要を理解することはおよそ不可能である。
② 本件商品のリスク判断のためには、a社、FGG及び原ファンドに関する具体的な説明を受けることが不可欠であったにもかかわらず、被告担当者らは、一〇月二五日の説明及び一一月七日の説明の際に、Dの名前を挙げることすらしていない。SSC戦略については、被告担当者らは、本件商品が安定した実績を有する運用会社によって運用されるリスクの低い商品であることを示す根拠として、本件FGGパンフレット(社内限)に記載された「月次リターンの過去トラック表」、「限定ドローダウン」の項(甲一[一四頁、一七頁])を示して過去の実績が安定していることの説明をしたものの、リスクがあることの説明はしなかった。
③ 手数料について、被告担当者らは、購入手数料が三パーセントであることは説明したものの、管理手数料がかかることについては、契約締結時にも説明をせず(甲一一の二)、原告は、本件商品に管理手数料がかかることを知らないまま、契約を締結した。(上記①から③までにつき、前記一【争点一】(1)ア(ア))。
以上のような事実に鑑みると、被告担当者らが本件商品の概要、リスク及び手数料について、必要な説明を尽くしていないことは明らかであり、説明義務違反がある。
c 虚偽告知
被告は、金融商品取引契約の締結またはその勧誘に関して、虚偽の表示をし、または重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をしてはならない(府令一一七条一項二号)。
しかし、被告担当者らは、原告に対し、本件商品の仕組みについて、FGG自体が資金を運用しているかのような誤った説明をしており、かつ、被告が原告に最初に交付した本件FGGパンフレット(社内限)の題名も「フェアフィールド・グリニッチ・グループおよびスプリット・ストライク・コンバージョン戦略のご紹介」とされ、D又はa社の名前の記載はなかった。このように被告担当者の説明やパンフレットの記載は、顧客に対し、本件商品の購入のポイントが、Dまたはa社の信用性にあることを想起させる内容にはなっておらず、結果として、顧客が最も注目すべき事実である資金運用の主体につき誤解を招くものであったということができる。
また、原ファンドの運用方法についても、被告担当者らは、主に米国国債を短期で売買するため安全であることを繰り返し強調した。しかし、実際には運用は全くされていなかった上、SSC戦略の投資対象は主にS&P一〇〇種指数の株式であったから、原ファンドの運用方法についても、被告担当者らの説明は誤ったものであった。(以上第二段落及び第三段落につき、前記一【争点一】(1)ア(ア))
したがって、被告担当者らによる勧誘行為は、虚偽告知(府令一一七条一項二号)に該当し、不法行為を構成する。
d 小括
以上のように、被告担当者らは、本件商品購入の勧誘に当たり、本件商品の仕組み及び危険性について、契約締結前に交付すべき書面を交付せず、当該書面の交付に先立って行うべき説明をせず、さらに本件ファンドの資金の運用主体及び運用方法について虚偽ないし誤解を生じさせるような表示をしているから、説明義務に違反したというべきである。
エ その他の不当な勧誘行為
被告は、原告に対し、少人数の優良顧客に対する募集であることを強調し、早期に契約締結をしなければ締め切られるかのような切迫感をあおり、十分な資料を交付せず、検討する十分な時間も与えないまま、短期間のうちに契約を締結させた(前記一【争点一】(1)ア(ア))。
原告は、被告担当者らの上記のような勧誘に遭って、「自分は、被告にとって少人数の特別かつ重要な顧客の一人である。そのような重要な顧客に対し、利益の出ない、リスクの高い商品は勧めないはずである。」と誤信し、被告を全面的に信用して、また、「すぐに本件商品を購入しなければ、本件商品が購入できなくなる。」という切迫感を抱いたために、十分な検討をできないまま、本件商品が安全なものであると考えて購入した。
このような不当な勧誘行為は、それ自体、被告担当者らによる不法行為を構成する。
オ まとめ
以上のように、被告担当者らの原告に対する本件商品の勧誘ないし販売は、a社による投資詐欺を知り、又は知り得たにもかかわらず勧誘ないし販売した点(前記ア)のほか、適合性原則違反の点(同イ)、説明義務違反及び虚偽告知があった点(同ウ)並びに不当な勧誘行為であった点(同エ)により、違法であって、不法行為を構成するから、被告は、原告に対し、被告担当者らの使用者として、本件商品の勧誘ないし販売について使用者責任を負う。
(2) 被告の反論
ア a社による投資詐欺を知り得なかったこと
a社は米国証券取引委員会に登録されていることから、適宜、同委員会の検査を(強制的に)受けているところ、同委員会は、a社の代表者であるDがFBIに逮捕されるまでの間、a社が証券詐欺を行っていることを見抜くことができなかった。
他方、被告は、本件商品を販売(媒介)するにあたり、原ファンドの調査を行っているが(乙一四、乙一五)、強制力を有する米国証券取引委員会でも見抜くことができなかったa社及びDの証券詐欺を、民間の一証券会社である被告が見抜くことはおよそ不可能である。
よって、被告が、本件商品を販売したことが違法であるとはいえない。
イ 適合性原則違反
(ア) 原告の社会経験、金融商品の取引に係る経験及び知識、保有資産等
原告は、ワールド証券に営業担当者として勤務していたことがあり、一般外務員の資格を有し、株式、投資信託、転換社債、中期国債ファンド等を取り扱ったことがあった。
その後、原告は不動産業を営むb社及び娯楽業を営む株式会社cの代表取締役に就任し、被告との取引開始時における保有金融資産は一億円以上であり、取引当初より二億円もの資金を余裕資金として被告に預託していた(前記第二の二(2))。
また、原告は、四月一九日、被告大阪支店に取引口座を開設する際、被告に提出した「お客様カード」において、以前に、MMF・公社債投信、株式、先物・オプション等の投資経験がある旨申告し(乙一[二頁])、本件商品の勧誘以前に、原告個人又はb社名義で、三菱UFJモルガン・スタンレー証券において、現物株式(原告個人七銘柄、b社七銘柄)、外国投資信託(原告個人一銘柄)、国内投資信託(原告個人二銘柄)、外国債券(b社一銘柄)の投資経験を有し、同社に一回で最大一〇億円以上の資金を入金したことがあった(甲一五、甲一七)。
さらに、被告担当者は、原告が香港の銀行でベトナムに投資するヘッジファンドを保有していると聞いていたほか(乙九)、b社においてフラット為替取引(長期の為替予約取引のこと)を行う意向がある旨聴取し、その際受領したb社の確定申告書(乙七)には、平成一八年九月期の売上高は約一九億円、当期純利益は約九億八〇〇〇万円であり、原告個人から同社に対して、約一三億円の貸付があると記載されていた。
このような、原告の社会経験及び金融商品の取引経験並びに知識からすれば、原告は自らの考えを持って投資判断する投資家であって、証券会社の担当者の勧誘・説明を鵜呑みにして投資判断を行うような投資家ではないということができる。また、本件商品勧誘以前の原告の金融商品取引における一回の入金額、代表取締役を務めるb社の業績、原告の同社への貸付金額等からすれば、原告は数十億円もの金融資産を保有しているものと推測でき、投資余力は相当大きかったということができる。
(イ) 原告の投資傾向
原告は、四月一九日付「お客様カード」の投資意向を尋ねる欄において「元本の安全性を重視したい」という欄にチェックしている(乙一[二頁])が、その後、香港市場に新規上場する株式を始めとして、新規上場株式や新発の投資信託など、高い値上がりを期待できる反面、値下がりのリスクもある金融商品を複数購入している(乙二)。
これらの原告の投資傾向に照らせば、原告は、実際には高いリスクを厭わず、収益性を追求する投資家であるといえる。
(ウ) まとめ
本件商品は、「SSC戦略によって運用される原ファンドの運用成果に連動する債券(NBI債)に投資する」仕組みの商品であるところ、上記(ア)及び(イ)のような原告の金融商品の取引に関する経験及び知識、保有資産規模並びに投資傾向からすると、本件商品について原告には適合性が認められるというべきである。
ウ 説明義務違反及び虚偽告知
(ア) 説明義務の内容
原告が主張する説明義務の項目(前記(1)ウ(ア))については争わない。しかし、NBIがNBI債を発行して得た資金をどのように運用しているかについては、顧客の損益とは何ら関係のない事項であり、顧客の投資判断とも何ら関係がないものであるから、説明義務の内容を構成するものではない。
(イ) 被告説明者らが説明義務を果たしたこと
a 契約締結前書面の交付について
被告担当者らは、本件商品の購入に関する約定が成立する前である一〇月二五日に本件FGGパンフレットを、一一月七日に目論見書等及び本件商品パンフレットを、それぞれ交付しており、書面の交付について違法性はない。
b 被告担当者らが説明義務を尽くしており、虚偽告知に当たる説明をしていないことについて
被告担当者らは、一〇月二五日には主にCから、一一月七日にはBから、本件商品及びその関係する当事者等について説明を行い、それらの説明の中で、本件商品の概要、原ファンドの価値がa社の運用実績に連動すること及び「連動」の意味(乙一二[三頁、六頁]参照)、a社の概要(Dが代表者であることを含む。)及び投資方法(SSC戦略)並びに本件商品の各リスク及び管理手数料(関係会社報酬)について原告の理解を得ている。また、目論見書の重要部分は、本件商品パンフレットにも記載があるところ、Bは、同日に、本件商品の仕組みに加えて、FGGのSSC戦略においてはa社に運用が一任されていることを説明した。(以上につき、前記一【争点一】(2)ア(イ)及び(ウ))
したがって、本件商品においてa社による運用実績がポイントとなることは、原告も理解していたといえる。
また、被告担当者らは、SSC戦略について、S&P一〇〇種指数中から同指数と高い相関関係にある四〇ないし五〇銘柄で構成されるバスケットを購入する旨を説明しており、虚偽の事実を告知したことはない。なお、本件は、a社が真実は何ら運用をしていなかった事案であるが、前記のとおり、被告担当者らは上記事実を知り得なかったのであるから、被告担当者らによる説明は虚偽告知に当たらない。
c 小括
以上によれば、被告担当者らは、知り得る限りの情報に基づいて十分な説明を尽くし、法の定める書面を交付しており、説明義務違反も、虚偽の告知もない。
エ その他の不当な勧誘行為
否認ないし争う。
オ まとめ
以上のように、被告はa社による投資詐欺を知り得ず(前記ア)、原告には本件商品について適合性があり(同イ)、説明義務違反及び虚偽告知も認められず(同ウ)、不当な勧誘行為があったともいえない(同エ)から、被告担当者らによる勧誘及び販売行為は不法行為を構成しない。
【争点四】被告が賠償すべき損害の有無及び額
(1) 原告の主張
a社及びDは破産手続中であり、破産管財人が資産を換価しているが、破産管財人は、原ファンドを含むFGGに対し、巨額の返還請求を行っており、原ファンドがa社の破産財団から配当を受け、原ファンドの償還がなされる可能性はほとんどない。また、原ファンドも破産手続中であり、本件商品が償還される見込みはない。したがって、被告による不法行為によって原告が本件商品を購入したことで生じた支出、すなわち本件商品代金の額が、上記不法行為と相当因果関係がある損害の額といえる。そして、原告は、本件商品を購入しなければ、外貨MMFを購入することはなかったのであるから、本件商品代金の額を円に換算する際は、購入時のレートで換算した金額を、損害と評価すべきである。
したがって、原告が被った損害の額は、購入代金一億一四八〇万円(券面額一〇〇万ドルを一ドル一一四円八〇銭のレートで購入したもの)及び購入手数料三五七万三六七五円(手数料三万一五〇〇ドルを一ドル一一三円四五銭のレートで購入したもの)の合計一億一八三七万三六七五円となる。
(2) 被告の認否
a社、D、原ファンドが破産手続中であること、本件商品の購入代金及び購入手数料の額については認め、その余は否認ないし争う。
第五争点に対する判断
一 認定事実
前記第二の二の前提事実に加えて、文中、文末ないし段落末尾に掲げる証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件商品の概要
ア 本件商品に関与する会社及びその形態
(ア) 受託会社(本件受託会社)
本件受託会社は、ケイマン諸島の銀行及び信託会社法(二〇〇七年改訂)の規定に基づいて設立された信託会社であり、信託証書に基づいて本件ファンドの管理及び運用に関する専属的権限を有し、全体的責任を負う。本件受託会社は、一定の責務を保管会社、事務代行会社及び販売会社に委託する。(以上につき、甲五[一六頁])
(イ) 販売会社(被告)
被告は、本件販売契約によって、本件受託会社から日本における本件商品の募集を委託された者であり、信託宣言、目論見書及び本件販売契約に規定される条件に従って、本件受託会社の受益者に対する本件商品の販売を媒介する立場にある。本件販売契約によれば、本件受託会社と被告の別段の合意がない限り、被告が販売した本件商品の購入代金の支払は、銀行の電信送金により、受託会社によって指定された本件ファンドの銀行口座に送金する方法により行われる(本件販売契約七・三)。また、被告は、本件商品を販売するに当たり、本件商品の一口当たりの発行価格に、その三%(販売口数が五万口以下の場合。適用のある日本の税金を含む場合は、三・一五%)の販売手数料を得ることができ、この販売手数料は、本件商品の購入者によって買付代金に対して外枠で支払われるものとし、被告は自己の口座に販売手数料を保有することができる(同八・一)。更に、被告は、その役務に対する報酬として、本件ファンドの信託財産から、六か月ごとに、六か月間の本件ファンドの平均純資産価格(期間内の各評価日のルクセンブルグにおける営業終了時現在の純資産価格の平均)の年率〇・〇五%に相当する額の報酬を受ける権利を有する(同八・二)。(以上につき、甲五[二〇頁、二一頁]、乙一八)
(ウ) 原ファンドマネージャー(FGBL)
FGBLは、バミューダ諸島の法律に基づき組織された会社であり、以前原ファンドのマネージャーを務めていたフェアフィールド・グリニッチ・リミテッド(以下「FGL」という。)の一〇〇%子会社であり、FGL及びその保有する八つの関連会社から成るFGGのメンバーの一員である。FGBLは、a社に取引勘定を持ち、a社によるSSC戦略の投資運用マネージャーとして、FGGのSSC戦略による投資活動の管理に責任を担い、SSC戦略が「FGGのSSC戦略」の運用指針及び条件に示されるとおりの基準に従って実施されていることを徹底させる責任を負う。(以上につき、甲五[添付資料NBI債最終条件書七頁]、乙一〇[一八頁]、乙一二[二二頁]、乙一四[七頁、一五頁、一七頁])
(エ) 原ファンドの投資顧問会社(a社)
a社は、Dによって設立された投資会社を母体とする米国証券取引委員会登録認可証券会社であり、三つの業務分野のうちの一つが投資顧問業務である。a社は、SSC戦略、すなわち、①S&P一〇〇種指数と高い相関性を有する、同指数銘柄のうち四〇~五〇銘柄から成るバスケット、②上記①のバスケットの下振れリスクからの防御を目的とする長期のS&P一〇〇種指数のプット・オプション、③上記②のプット・オプションの購入代金の調達を目的とする短期のS&P一〇〇種指数のコール・オプションの三種類の証券を主に売買してポジションを構築することで、S&P一〇〇種指数の下落によるリスクを抑えながら、同指数の上昇によるリターンを得る戦略を用いて、原ファンドの資産を運用するものとされている。(以上につき、甲一[一二頁、一三頁]、乙一四[一九頁、二〇頁、二三頁])
イ 形態
ドル建て、契約型外国投資信託(甲三)
ウ 信託期間
約一〇年(平成二九年一二月三一日まで)。但し、NBI債が全て償還された場合等には、本件ファンドも繰上償還される。また、償還延長されることもある。(以上につき、甲三)
エ 申込み単位
一万口以上、一万口単位。発行価格における一口は一〇〇ドル(甲三)
オ 申込期間
一一月一日から同月一二日まで(甲三)
カ 分配金
なし(甲三)
キ 償還金額決定の仕組み
本件受託会社は、信託宣言により、本件ファンドを設立し、その受益証券(本件商品)を発行して得た払込代金から当初経費を差し引いた額を、NBIが発行するNBI債に投資する。NBI債の投資収益は、原ファンドの純資産価格に連動する。
原ファンドはFGBLによって管理され、その資産の九五%以上がSSC戦略に投資される。SSC戦略は、a社により、原ファンドが同社において有する取引勘定を通じて実行される。
したがって、本件商品の償還価額は、原ファンドの価値に連動するNBI債の償還額を介して、最終的に、概ねa社の運用実績に連動する。(以上につき、前記第二の二(3)、甲三、甲五[一頁、八頁、一三頁、一四頁]、甲一二、乙一二)
ク 本件商品のリスク
(ア) 市場の変動リスク
本件商品は、米ドル建て債券であるNBI債を高位に組み入れており、NBI債の価格は、原ファンドの価格にほぼ連動するところ、原ファンドの投資対象が主に米国大型株及び米国大型株を対象としたオプションであるため、米国株式市場の価格変動及びそのボラティリティの変動等は、NBI債の価格、ひいては本件商品の価格に影響を及ぼす。
(イ) 金利変動リスク
NBI債は、金利の変動により価格が変動するので、本件ファンドの純資産価格、ひいては本件商品の価格は金利変動の影響を受ける。
(ウ) 信用リスク
本件商品には、発行会社が他の債務を負担するなどしたときに、支払い能力が低下するという信用リスクが生じる危険がある。
(エ) 為替リスク
本件ファンドは為替ヘッジを行わない。そのため、売却時ないし償還時の為替相場の状況によっては為替差損が生じるおそれがある。
(オ) 流動性リスク(譲渡制限)
本件商品の譲渡には本件受託会社の事前の承諾を要し、譲渡の結果、本件ファンドの受益者が五〇人以上になる場合には承諾がされない。
(カ) NBI債に関係するリスク
NBI債の元本は保証されていない。また、NBI債の流通市場は限定的で、売却する場合は買い手の買呼値で売却することになる。さらに、本件商品のNBI債への投資は、一定の事由の発生により、元本を下回る早期償還額にて早期に償還されることがある。(以上(ア)から(カ)につき、甲二[四頁]、甲四[二頁、三頁]、甲五[一五頁、一六頁、三六頁、三七頁]、乙一二[六頁])
ケ 本件商品の買戻請求(換金制限)
受益者は、平成一九年一二月三一日から平成二九年一一月三〇日までの間、本件受託会社に対し、評価日(毎月最終暦日)の価格で買戻しを請求することが通常できる。なお、この買戻請求は、評価日の属する月の前月末までに事前通知が必要であるとされている。(以上につき、甲三[一頁、三頁]、甲五[二三頁])
(2) 原告の投資家としての属性等
ア 勤務歴等
原告は、昭和四二年○月○日生まれの男性であり、大学卒業後、d証券会社に就職し、研修を受けて信用取引やオプション取引を含む金融商品に関する知識を習得し、一般外務員(当時。現在の一種外務員に相当する。)の資格を得た上で、営業担当者として、二〇名程度の顧客を担当し、株式、投資信託、転換社債、中期国債ファンド等の金融商品を取り扱っていた。原告は、就職から約一年半後に同社を退職し、その後は、父親の仕事を手伝うなどした後、起業し、平成一六年、企業買収で不動産業を営むb社を取得し、本件商品購入当時は、b社のほか、娯楽業を営む株式会社cの代表取締役を務めていた。(以上につき、前記第二の二(1)ア、甲二〇[一頁]、原告本人[二六ないし二九頁])
イ 資産等
原告は、被告大阪支店に取引口座を開設した当時、一〇〇〇万円から二〇〇〇万円程度の年収を得ていたと申告しており、本件商品購入時には、少なくとも四、五億円以上の余裕資金を有していた(前記第二の二(1)ア及びイ、原告本人[四六頁、四七頁])。
また、b社は、多数の不動産を中心とする資産を有し、平成一八年九月三〇日決算期の期末において、純資産の額は約二六億八九〇九万円、同決算期の売上は約一九億一四四一万円、税引前利益は約九億八三四四万円であるとし、計算書類上、原告に対する一三億二六三九万五六三三円の借入れがあると税務申告していた(乙七[一八丁(貸借対照表)、一九丁(損益計算書)、四六丁(借入金及び支払利子の内訳書)]、原告本人[二九頁])。
ウ 本件商品購入前の金融商品取引経験
(ア) 原告は、顧問税理士から、被告の営業担当者であったGを紹介され、四月一九日、被告に対し、自ら取引口座開設の申込をし、上記申込みを受けて、同月二〇日、原告の取引口座が被告大阪支店に開設された。原告は、上記申込に当たり、「お客様カード」において、投資方針については「元本の安全性を重視したい。」との欄を、投資目的については「余裕資金の運用」との欄を、それぞれ選択し、MMF・公社債投信、株式、先物・オプション等の三つの項目について投資経験があるとのチェックボックスにチェックを付した。Gの上司であった被告大阪支店のHは、後日、原告と食事に行き、原告に対し、原告は選ばれた特別な顧客であり、今後被告においてもVIPとして待遇する旨告げて、営業を行った。(以上につき、前記第二の二(2)ア及びイ、乙一[二頁]、乙九、原告本人[二頁、三頁、五頁])
(イ) その後、原告は、被告との間で、四月二五日、チャイナ・シティック・バンク・コーポレーションリミテッドの株式八万一〇〇〇株を購入し(購入価額合計七三四万五一六三円)、五月一五日、ケネディクス不動産投資法人の新規上場投資証券(以下「ケネディクス株」という。)一〇〇株を購入し(購入価額合計八七三一万八〇〇〇円)、同月二三日、これを全て売却し(売却価額九二七一万七〇四六円)、七月二〇日、DWS地球温暖化対策関連株投信一〇〇〇単位を購入し(購入価額合計一〇〇〇万円)、同月二四日、サムティ株式会社の新規上場株式二株を購入し(購入価額合計六〇万円)、一〇月三〇日、同株式を全て売却した(売却価額合計三七万六七八六円)ほか、ケネディクス株の取引等で発生した利益を外貨MMF、MRFに預託するなどした(甲二〇[二頁、三頁]、乙二、乙三、乙二一[三頁])。
(ウ) 原告は、原告個人のみならず、b社についても、被告との間に証券取引を開始することとし、四月一九日、b社の従業員が、取引口座の開設を申し込んだ。上記従業員が作成した申込書(乙六)では、投資方針として、元本の安全性及び利子・配当収入等の安定収入に併せて、収益性も重視したい旨が選択され、株式、株式投信、公社債投信、外国証券(含む外国為替取引)の四つの項目につき投資経験がある旨のチェックが付されているが、先物・オプション等のほか六つの項目については投資経験がない旨のチェックが付けられている。(以上につき、甲二〇[二頁]、乙六、原告本人[五頁、六頁])
(エ) Bは、七月から被告大阪支店に異動し、Gから原告の営業担当を引き継いだ。Bは、Gから、原告が不動産業を営むb社の社長であり、年齢が四〇歳と若いにもかかわらず、資金的な余裕が大いにあるとの引継ぎを受け、原告に対し、原告又はb社において、株式、投資信託、仕組み債等の購入を検討したり、フラット為替という長期の為替予約を行ったりするよう、勧誘を行い、それらの商品のうち一部については具体的な商品の説明も行ったが、結局、前記(イ)記載の商品を除き、約定には至らなかった。このような勧誘及び取引を通じて、Bは、原告について、金融商品の知識・取引経験が豊富であり、営業担当者の言辞を鵜呑みにすることなく、自分で投資判断できる顧客であるとの印象を持つに至った。(以上につき、証人B(以下「証人B」という。)[一頁ないし四頁])。
(3) 本件商品購入に至る経緯
ア 一〇月二二日の訪問まで
Bは、一〇月初め頃、被告社内において、FGGのSSC戦略を実施するファンドに連動する私募の投信が組成される可能性があるとの話を聞いた。Bは、原告について、ヘッジファンドへの投資経験を有し、外貨建ての資産を有している顧客であると認識していたことから、原告であれば、法による開示等が行われない商品であっても適合性を有するのではないかと考え、将来当該商品を提案するべく、まずは、FGG及びSSC戦略を原告に紹介することとして、一〇月二二日、本件FGGパンフレット(社内限)を携えて原告を訪問した。(以上につき、前記第二の二(2)ウ、甲三[三頁]、乙二一[三頁]、証人B[四頁、五頁、一八頁、一九頁])
Bは、本件FGGパンフレット(社内限)の一四頁を用いて、FGGによるSSC戦略の過去約一七年間における月次リターンを示し、年間のリターン率が一〇%前後と安定していること、特に月ごとのパフォーマンスを見たときにマイナスになっている月が非常に少ないことを指摘して、FGGによるSSC戦略が良好な実績を挙げていることを強調し、さらに、SSC戦略によって構築されるポジションを関数グラフで表現している同パンフレットの一三頁を示しながら、SSC戦略に基づく運用について、株式をしかるべきタイミングで購入し、その際にコール・オプションとプット・オプションも併せて売買することで、利益が限定される代わりに損失も限定する運用方法である旨説明した。その上で、Bは、原告に対し、同戦略に関連する私募商品が設定される可能性があり、被告で枠を確保できること、具体的な商品説明は本社の担当者が行わなければならないルールになっているため、原告に関心があるのであれば、本社の担当者に改めて説明させること等を伝えた。原告は、Bの説明に対して興味を示し、後日被告本社の担当者と面談することを承諾した。(以上につき、前記第二の二(2)イ、甲一[一三頁、一四頁]、甲二〇[三頁]、乙二一[三頁]、証人B[五頁、二二頁、二三頁]、原告本人[一一頁、一二頁、四七頁、四八頁])
イ 一〇月二五日の訪問
Bは、上記アに認定した原告の意向を受け、一〇月二二日の訪問後、被告本社ウェルスマネジメント業務部(上場企業及び富裕層の営業担当のサポートを行う部署)に対し、申請理由として「銀行で仕組み債を数億保有中。他者との差別化を図るためにも野村證券が様々な投資を提案できることをお客様にご認識いただきたい。安定的な運用が出来る仕組みを作りたいと考えられている。」、当社預かり資産「約二億円」、推定金融資産「約三〇億円」、私募商品への投資経験として「香港の銀行でベトナムに投資するヘッジファンドを保有とのこと」と記載した同日付私募商品エントリーシートを作成して、原告に対してFGGのSSC戦略に関する説明を行うよう要請し、承諾を得た。そして、B及び上記ウェルスマネジメント業務部所属のCは、原告から面談の約束を取り付けた上で、一〇月二五日、原告を訪問した。(以上につき、前記第二の二(2)イ、乙九、乙二〇[一頁]、乙二一[三頁]、証人B[五頁]、証人C(以下「証人C」という。)[一頁])
Cは、一〇月二五日の訪問で、原告に対し、近々FGGが実施するSSC戦略に連動する商品が組成されることを前提に、以下のような説明をした。
① FGGについて
Cは、まず、FGGのSSC戦略を原告に紹介し、関心の有無を調査するプレマーケティングのために訪問した旨来意を告げた。そして、本件FGGパンフレットを原告に交付し、その四頁を示しながら、FGGの来歴等について、運用総資産が一五〇億ドルであること、二四年間の来歴があること、FGGの最大のシングルマネージャーファンドがSSC戦略を利用しており、その運用資産が総資産の四四%を占めていることを説明した。(以上につき、乙一〇[四頁ないし一一頁]、乙二〇[二頁]、証人C[一頁、二頁、二九頁、三〇頁]、原告本人[一三頁])
② SSC戦略の仕組みについて
次いで、Cは、本件FGGパンフレットの一八頁を示しながら、SSC戦略がa社という投資のプロ向けのブローカーによって実行されていること、a社が株や債券の売買に関する洗練した技術を有し、売買の状況をよく知っていることから、保有しているデータを元に専有モデルを開発して株価の動きを推測するなどしていること、a社のDがナスダックの設立に関わった人物であることを説明した(乙一〇[一八頁]、証人C[二頁、三〇頁])。
Cは、その上で、SSC戦略について、本件FGGパンフレットの一二頁の説明及び一三頁のグラフを示しつつ、米国大型株式の短期的な上昇局面を認識して、S&P一〇〇種指数のうち四〇~五〇銘柄から成り、かつ、同指数と高い相関関係を有するバスケットを購入することで、グラフ上では右斜め四五度の直線で表されているポジションを組むこと、当該ポジションの組成を反復することで収益を確保する戦略であること、上記ポジションを組む際には、同時に、市場変動による株価の下落リスクを制限するために、上記S&P一〇〇種指数のプット・オプションを購入すること、このヘッジのためのプット・オプションの購入資金を調達するためにコール・オプションを売却すること、結果として、コストをかけずに上記バスケットの価値が下落した場合の損失を限定することができるが、上昇した場合の収益も制限されること、上記ポジションを取らない場合には、米国債を中心に運用されることを説明した。原告は、Cがプット・オプションの購入が株価の下落によるリスクの制限として機能する理由を説明しようとしたところ、Cの説明を制して、理由は分かっているというなど、Cによる上記説明について理解している態度を示した。(以上につき、甲二〇[四頁]、乙一〇[一二頁、一三頁]、乙二〇[二頁、三頁]、証人C[三頁ないし五頁]、原告本人[一三頁、一四頁、三四頁、四七頁])
③ FGGによるSSC戦略の過去の実績について
Cは、さらに、本件FGGパンフレットの一四頁を示して、FGGによるSSC戦略の過去実績が良好であることを強調し、続いて、同一五頁を示して、FGGのSSC戦略とS&P一〇〇種指数のそれぞれについて、複利年率リターン、標準偏差、シャープレシオ(リスクに見合うだけの収益が上がっているか否かチェックするための指標)、最大ドローダウンの統計値を示し、複利年率リターンはほぼ変わらないが、投資実績のぶれを表す標準偏差が非常に少なく、結果としてシャープレシオが高い旨を説明した。原告は、Cの上記説明を受けて「このシャープレシオはいいのか。」などと尋ねた。Cは、「非常にいいです。」などと回答するとともに、本件FGGパンフレットの一七頁を示し、最大ドローダウン(回復前の最高値と最低値との間のパーセンテージの最大格差)が-〇・六四%と運用実績が安定していることを、同頁右側に記載されているグラフを示し、一か月ドルLIBORを上回る収益を常に確保できていることを、いずれも説明した。(以上につき、甲二〇[四頁]、乙一〇[一四頁、一五頁、一七頁]、乙二〇[三頁]、乙二一[四頁、五頁]、証人C[五頁、六頁]、証人B[六頁]、原告本人[一四頁])
④ その他の説明等
Cは、上記に加え、FGGのSSC戦略に係る商品は、最大四九名の優良顧客のみを対象とする私募債であり、購入の機会が限られていること、一口一〇〇万ドルからであること、三%の購入手数料がかかること、早期解約する際には手数料がかかること、満期まで保有するよりも、満期前に売却した方が節税となることなどを説明した(甲二〇[五頁]、原告本人[一六頁、一七頁、三六頁、五〇頁])。
Cは、上記の説明後、原告に、当該商品が組成される場合、四九名の顧客にのみ販売する私募債の形式を取ることになるが、購入する意向があるかを尋ねた。これに対し、原告は、一〇〇万ドル分であれば前向きに購入を検討するとの意向を示した。(以上につき、甲二〇[五頁]、乙二〇[三頁]、証人C[六頁]、原告本人[一七頁、三六頁、五〇頁])
ウ 一一月七日の訪問まで
Bは、近い将来FGGのSSC戦略に係る商品が組成される際には、当該商品を一〇〇万ドル分買い付けることを前提に、ドル建ての購入資金を用意するために、為替相場が有利なタイミングで連絡するようにとの原告からの意向を受け、一一月二日、原告に購入資金の調達を勧めた。原告は、同日、Bの勧めに従い、ノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンド一〇〇万ドル分を一ドル当たり一一四円八〇銭で購入した。(精算日は同月五日。以上につき、前記第二の二(2)ウ、甲二の一、甲二〇[五頁]、証人B[五頁、六頁、二六頁、二七頁]、原告本人[一七頁])
エ 一一月七日の訪問及び本件商品購入
Bは、被告の社内ルールに則って販売チェックシート(乙一一)を作成し、チェック担当者(部店長、ポスト課長、内部管理責任者)及び本社担当部署に送信して、原告に対して本件商品の購入を勧誘することにつき許可を得た上で、一一月七日、原告を訪問した。原告は、Bが待つ応接室に本件FGGパンフレットを持って現れ、Bに対し、「このシャープレシオはいいな。」と言った。(以上につき、乙一一、乙二一[四頁]、証人B[六頁])
Bは、原告に、本件商品パンフレット(乙一二)を交付し、本件商品について、以下のような説明を行った。
① 本件商品の仕組み
Bが、本件商品が、商品名を「野村SSCストラテジートラスト」という外国私募投資信託であること、本件受託会社が設定するファンドの受益証券であり、これを被告が販売すること、本件ファンドはNBIが発行するNBI債に投資すること、NBI債の価格は、原ファンドの運用成績に連動し、原ファンドの運用内容は、前回、Cとともに説明したSSC戦略の内容と同一であることを説明した。このとき、原告が、Bに対し、「連動債券って何や。」などと質問したので、Bは、本件商品の価値が、SSC戦略の運用成果である原ファンドに連動するNBI債の成績と連動することを説明した。(以上につき、乙一二[三頁]、乙二一[五頁]、証人B[七頁])
② SSC戦略について
また、Bは、SSC戦略について、一〇月二五日に説明をした内容と同一であるとの前置きをした上で、改めて、本件商品パンフレットの一七頁及び一八頁を用いて、SSC戦略の内容とその過去実績を説明し、本件商品は、過去にそのような成績を収めてきたファンド(原ファンド)の投資成績に連動する債券であることを説明した(乙二一[五頁]、乙一二[一七頁、一八頁]、証人B[七頁、八頁])。
③ その後の手続等
Bは、上記に加え、本件商品パンフレットの四頁及び五頁を示し、本件商品の投資方針、投資対象、信託期間が約一〇年であり、期限前償還及び償還延長の可能性があり得ること、換金制限、申込期間、入金最終日及び関係会社報酬などについて説明した(乙一二[四頁、五頁]、乙二一[五頁]、証人B[八頁])。
Bは、以上の説明の後に、原告に再度本件商品の購入に関する意向を尋ね、購入する旨の回答を得て、商品概要説明書(甲三)、契約締結前交付書面(甲四)、目論見書(甲五)、告知書(甲六)及び注意書(甲七)を原告に交付したが、上記各書面に基づく説明は、本件商品パンフレットに記載があると考えて割愛した。さらにBは、確認書(甲八)への署名押印を求め、原告は、確認書に署名押印した上で、そのコピーを取った。確認書には、本件商品には一定の譲渡制限があり、買戻請求をしても拒絶される可能性があること、本件商品の価格が本件ファンドに組み入れられている有価証券等の値動き等による影響を受けるところ、運用による損益がすべて原告に帰属すること等が記載されている。(以上につき、前記第二の二(2)ウ、甲三ないし八、乙一二、乙二一[五頁]、証人B[八頁]、原告本人[三六頁、三七頁])
原告は、一一月八日、本件商品購入手数料支払のため、三万一五〇〇ドルのノムラ外貨MMF USマネーマーケットファンドを一ドル当たり一一三円四五銭で購入した(精算日は同月九日)。Bは、原告に電話して改めて本件商品の買い付けの意向を確認して、本件商品の発注手続をし、本件購入契約の正式な約定日は、同月九日となった。(以上につき、前記第二の二(2)ウ、証人B[八頁、九頁])
(4) 本件商品の買戻請求
原告は、平成二〇年一一月の時点で、本件商品の買戻請求をすることとし、同月二一日、被告に対し、その申入れをした。しかし、被告から、解約手続に約二か月を要するので、入金は平成二一年一月になると告げられた。(以上につき、甲二〇[七頁]、原告本人[二〇頁、二一頁]、弁論の全趣旨)
(5) Dによる投資詐欺の発覚等
a社の社長であったDは、平成二〇年一二月一一日、投資顧問運用資産を騙し取っていたとの詐欺容疑で逮捕され、平成二一年六月二九日、証券詐欺により禁固一五〇年の判決を受けた。Dの逮捕や判決に際し、Dが、一九八〇年代から、架空の投資手法であるSSC戦略を売り物に資金を募集し、投資詐欺行為を働いていたこと、米国証券取引委員会が、一九九九年の時点でDに対する疑惑を認識していたが、本格的な調査には踏み込まなかったこと、FGGの運用会社が七五億ドルに上る最大の損失を被ったことなどが報道された。(以上につき、前記第二の二(2)ウ、甲九、甲一〇)
Dの逮捕前から、定評ある金融経済誌「バロンズ」の記者やa社の社員の中には、Dの投資手法や投資実績に関する不信を抱いていた者が複数おり、平成一二年(二〇〇〇年)五月には、既にEがDの投資ファンドの記録とS&P五〇〇銘柄及びS&P一〇〇銘柄の値動きを比較した結果、生まれる利益とDが出した金額とがかけ離れていることなどの疑問点を指摘したレポートを作成していた。D及びa社の破産管財人であるFは、FGGに対して民事訴訟を提起し、FGGがa社に対する調査を怠り、調査を行っていれば即座に気づいたはずの齟齬に気づかなかったと主張している。また、マサチューセッツ州検察局は、FGGを詐欺罪で起訴し、FGGが手数料収入に目がくらんで、Dが行っていると主張していた株式取引及び保有資産の調査を怠り、その結果、一八年間にわたってDと関係を持ちながら、調査をすれば明らかとなったはずの取引記録が偽造であった事実を看過した旨主張した。
他方、Dないしa社による投資手法や投資実績に不審を抱いた記者や投資家の中には、Dに直接疑問点を質した者もいたり、Dからの回答に納得し、疑問を抱かなくなった者がいたりした。また、米国証券取引委員会が、Eのレポートを受領していたにもかかわらず、調査を行わなかったり、FGGの弁護団が、訴訟において、上記訴えの内容は間違っていると反論したりしている。(以上につき、甲一三の一ないし七)
(6) その後の経緯
Bは、平成二〇年一二月一二日頃、原告に対し、本件ファンドの資金がDによって横領されている可能性がある旨の連絡をした。その後、原告が問い合わせると、被告から、平成二一年一月に資金が戻ってくるかどうか不明であるとの回答を受けた。原ファンドがDの逮捕を契機として、純資産価格の算出並びに全ての資産の受託及び償還を停止したことにより、原告の本件商品に関する買戻手続は停止された。(以上につき、甲二〇[七頁、八頁]、乙二一[六頁]、原告本人[二一頁、二二頁])
Bは、平成二〇年一月二〇日、受益者向けレター(甲一一の一)を持って、原告の下に説明に赴いた。受益者向けレターに、本件商品については、原ファンドの純資産価額の算出を停止せざるを得ず、再開にも相応の期間を要すること、米国の法令上、SIPC(証券保護基金プログラム)の補償対象外であること、被告としては被告に法令違反となるような行為はないと認識していることが記載されており、さらに、Bが、受益者向けレターの内容が被告の最終判断であり、本件資金の返還についてはどうしようもないかもしれないなどと言ったため、原告は、立腹して、Bが事実と異なる内容を含んでいるとして拒絶したにもかかわらず、Bに、「フェアフィールドへの運用資金の委託について、フェアフィールドからDへの投資一任という点については当初ご説明をしておりません」、「ご提案当初、手数料以外の管理フィーについてのご説明を申し上げておりません」、「約定時に契約書の全てについて読み合わせはしておらず、結果、管理フィーについては後程お客様よりご指摘いただきました。」との文言を受益者向けレターの裏面(甲一一の二)に記載させた(本件メモ)。(以上につき、甲二〇[七頁ないし九頁]、乙二一[六頁]、証人B[九頁ないし一三頁]、原告本人[二二頁ないし二五頁])
(7) 事実認定の補足説明
原告は、本件商品については、米国債を中心に安定的に運用されている商品であり、選ばれた四九名の顧客にのみ購入を勧めている私募債であるという以上に詳細にSSC戦略等の説明は聞いておらず、一一月七日には、確認書への署名押印をした際に目論見書等を交付されたのみで、本件商品パンフレットに基づいて説明を受けたことはなく、本件受託会社がNBI債に投資し、本件商品の償還金額が最終的にa社の運用実績に連動するといった本件商品の仕組みについて説明を受けたこともなかったと主張し、証拠(甲二〇及び原告本人)には、上記主張に沿う原告の陳述ないし供述部分がある。
しかし、原告自身、遅くとも被告担当者らが訪問した一〇月二五日には本件FGGパンフレット(社内限)の交付を受け、SSC戦略の内容については同パンフレット一二頁及び一三頁を示されて説明を受けたことを認めているところ、同パンフレット一三頁のグラフの縦軸には、上から「コール・オプションで設定した上限」、「株式の購入バスケット」、「プット・オプションで設定した下限」との記載があり、横軸には「S&P一〇〇種指数」との記載があるのであって、前記(2)アに認定したとおり、証券会社に勤務し、顧客約二〇名を担当して、株式、投資信託の購入の勧誘をした経験を有し、かつ、その際一般外務員の資格も取得していた原告であれば、当該グラフから、SSC戦略が株式購入とオプションの売買を組み合わせた戦略であることは容易に理解することができるものである。また、本件FGGパンフレット(社内限)一二頁に「ポジションを取らない場合には、SSC戦略は、米国短期国債のラダー・ポートフォリオに投資することにより(中略)リターンを獲得します」などと記載されていることを考慮しても、SSC戦略が株式相場の下振れリスクを抑えながら、短期的な上昇による利益を取得することを目的とする短期的なポジションの構築を繰り返し、ポジションをとらないときに米国短期国債から成るポートフォリオに投資するという基本的な仕組みについて、Cが誤解を招く説明をするとは考えられない。
また、前記(1)オ認定のとおり、本件商品の募集期間が一一月一日から同月一二日と定められており、一〇月二五日の時点では、前記(3)ア及びイ認定のとおり、被告担当者らは、FGGのSSC戦略に関連する私募商品について、FGG及び受託者であるa社とその資金の運用方法について説明し、上記商品が組成された場合の関心や需要の有無を調査することしかできなかったのであるから、原告に対しては、一一月七日まで、FGG及びその受託者であるa社による資金の運用方法を除いた本件商品の具体的な仕組みについての説明がなされていなかったものと認められる。
仮に一一月七日にBが訪問した際に、本件商品の具体的仕組みについて説明しなかったとすれば、原告は、信託期間や分配金の有無、手数料の有無、譲渡制限の有無といった本件のような投資信託について重要な条件を知ることなく本件商品を購入したこととなるが、前記(2)アからウまで、同(3)エ及び第二の二(2)アのとおり、原告が売上一九億円を超えるb社の代表取締役であり、顧客として投資信託を含む金融商品の取引経験を有し、Bが勧誘した金融商品について約定に至らなかったものが相当数あったり、署名押印した文書については相手方に差し入れる前にコピーを取っていたりするなど、慎重さも有していることに照らせば、原告が上記のような条件について説明を受けないまま、確認書への署名押印に応じ、一〇〇万ドルという多額の資金を本件商品に投じたというのは不合理であって信用できない。そして、Bが目論見書等に記載された本件商品の概要と本件FGGパンフレットに記載されたFGG及びSSC戦略に関する説明をまとめた本件商品パンフレットを持参して原告を訪問している以上、本件商品パンフレットを交付して、同パンフレットの記載内容に沿って本件商品の説明をしたものと認めるのが相当である。
そして、Dが逮捕される以前である本件商品の組成ないし販売時においては、FGGが原ファンドの資金をa社に委託して運用していることは、FGGのSSC戦略に関連して設定される商品のセールスポイントであり、本件FGGパンフレット(社内限)、本件FGGパンフレット及び本件商品パンフレットのいずれにおいても、『「FGGのSSC戦略」―役割および責任』と題する頁において、SSC戦略がa社によって実施されていることが記載されている(甲一[一八頁]、乙一〇[一八頁]、乙一二[二二頁])。このような記載にもかかわらず、被告担当者らがFGGによるSSC戦略及び本件商品の内容の説明に当たり、a社がSSC戦略を実行することを説明しなかったとは考えにくく、当該説明を行ったとの被告担当者らの証言は信用することができる。
なお、前記(6)で認定した本件メモの内容は、その作成経緯に照らせば、上記認定を左右するものとはいえない。
したがって、本件商品の購入に至る経緯に関する原告の上記主張に沿う陳述ないし供述部分を採用することはできない。
二 主位的請求について
(1) 【争点一】(本件商品の購入につき要素の錯誤があったか。)について
ア 前記一(3)イ及びエで認定したとおり、被告担当者らは、本件商品の購入に至る経緯において、SSC戦略の説明に関連して、SSC戦略がa社という投資のプロ向けのブローカーによって実行されていること、本件商品の仕組みとして、本件ファンドがNBIにより発行されるNBI債に投資するものであること、NBI債の価格が原ファンドの運用成績に連動し、原ファンドがSSC戦略に従って運用されることを説明し、原告からの連動債券の意味を問う質問に対し、本件商品の価値がNBI債の価格を介して最終的にSSC戦略により運用される原ファンドの価値に連動する旨回答している。上記のような原告が受けた説明の内容に照らすと、原告は、本件商品の償還金額が、原ファンドの価格と連動するNBI債への投資を介して、a社がSSC戦略を実施して行う運用の結果によって定まることについて認識した上で本件商品を購入したものと考えられ、本件商品が最終的にはa社の運用実績に応じて償還を受ける投資信託受益権であることについて、事実誤認はなかったというべきである。
イ 他方、前記一(5)の認定事実によると、原告が本件商品を購入した時点では、a社が委託された資産をSSC戦略に従って運用せず、横領していた可能性が極めて高いということができる。仮に、a社が委託された資産をSSC戦略に従って運用していなかったとすると、本件商品が販売された時点で、原被告のいずれもが認識していなかった事実が存在したこととなる(被告が当該事実を知っていたとは認められないことについては、後記三(1)アのとおり)。
しかし、投資信託の仕組みは、関係する受託会社や資産を運用する者が当該仕組みに従って資産を運用し、その運用成績に基づいて償還金額を決定することを予定するものではあるものの、当該仕組みに従った運用がされることを保証するものではなく、投資信託の受託者や受託者から資産運用を委託された者が受託した資産を横領することによって損失を被る可能性は、投資信託一般について生じ得るものであり、ファンドの償還金額決定の際に、直接の投資対象たる資産の価値が別ファンドの運用成績に連動して決定される場合には、いわば間接的な投資対象ともいうべき当該別ファンドの資産を運用する者の横領による損失を被る可能性についても同様であるといえる。これを本件商品についてみると、a社がSSC戦略に従って原ファンドの資産を運用することは、仕組みとして予定されていたにとどまり、その運用の実行が保証されることまでが本件商品の内容となっていたとはいえず、本件商品概要説明書における「(FGGによるSSC戦略を)実施することが受託会社の意図ではあるが、かかる戦略またはスキームが順調に実施されるとの保証はない。」との記載(甲三[三頁])や、目論見書における「原ファンドが投資する会社の職員が、原ファンドの証券もしくは資金(またはその両方)を横領するリスクが常に存在する。」との記載(甲五[一五頁])は、上記のような本件商品に当然に伴うリスクを確認的に記載したものといえる。
そして、原告がかつて証券会社に勤務して、約二〇名の顧客を担当し、営業担当者として投資信託を含む金融商品の販売を担当していた経験を有すること(前記一(2)ア)、三菱UFJモルガン・スタンレー証券において国内外の受託会社が発行する投資信託合計三銘柄を購入し、被告においても投資信託一銘柄を購入していたこと(同ウ及び第二の二(2))等の原告の金融商品の取引に関する経験からすれば、原告は、金融商品を購入するに際しては、上記のような資金運用者による横領の可能性につき、性質上内在するリスクとして認識していたものと考えられる。そして、原告は、本件商品についても、a社がSSC戦略に従って原ファンドの資産を運用することは予定されているものの、これが保証されているものではなく、SSC戦略に従った運用がされないこと(その究極的な態様が資産運用者による資産の横領である。)も本件商品に内在するリスクの一つであることを認識していたといえる。
したがって、a社のSSC戦略による資産運用が確実に実行されるということが、本件商品の購入の際の原告の意思表示の内容に含まれていたと認めることはできないから、運用資産の横領も含めて、a社がSSC戦略に従った運用をしなかったことをもって、錯誤があったということはできない。
(2) 小括
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求には理由がない。
三 予備的請求について
(1) 【争点三】(本件商品の勧誘ないし販売に違法があり、不法行為を構成するか。)について
ア 被告がa社による投資詐欺を知り、または知り得たにもかかわらず本件商品を販売したか。
(ア) 被告の認識
前記一(5)で認定したとおり、Dの逮捕前から、Dの投資手法や投資実績に対して不審を抱いている金融専門家や金融経済誌記者が複数おり、D及びa社の破産管財人やマサチューセッツ州検察局は、FGGに対する訴訟において、FGGが、株式取引及び保有資産の調査を行っていれば、a社の投資手法が架空のものであることに気づくことができたと主張している。しかしながら、前記一(5)で認定したとおり、強制検査の権限を有する米国証券取引委員会が上記指摘にもかかわらずDに対する調査を行わなかったという事実も併せて認められる。このように、D及びa社の投資方針及び投資実績に対する疑問や不審が、Dの逮捕前はあくまで疑惑を超えるものでなく、被告より高い調査能力を有する米国証券取引委員会でさえ、a社の投資手法が架空のものであって、Dが投資詐欺を行っているとは断定していなかったことに照らすと、被告が、本件商品販売当時、上記事実を知っていたとは認められない。
(イ) 被告の認識可能性
上記(ア)のとおり、米国証券業界では、Dの逮捕前からDの投資手法に対して疑問が提起されていたが、疑惑を超えて確信を抱かせるに足る事情があったとは認められず、仮に被告が米国証券業界においてa社による資産運用について情報収集したとしても、a社の資金運用に対して複数の者から疑問が提起されているという以上に確定的な事実を知ることができたとは考えにくい。また、被告がDに対する疑惑について調査を行ったとしても、前記一(5)で認定したとおり、米国証券取引委員会による本格的な調査が行われていなかったこと、Dが、その投資手法や投資実績に不審を抱いた記者や投資家からの疑問に回答して不審を払拭したことがあったことといった事情に鑑みると、被告がその調査能力を尽くせば、a社の投資手法が架空のものであり、Dが投資詐欺を行っていたことを認識し得たとはいえない。
(ウ) したがって、被告がa社による投資詐欺を知り、又は知り得たにもかかわらず本件商品を販売したとの原告の主張には理由がない。
イ 適合性原則違反の有無について
(ア) 本件商品の特性
前記一(1)の認定事実によると、本件商品は、本件受託会社によって発行される本件ファンドの受益証券であり、ドル建てで、約一〇年の信託期間が設定され(ただし、期限前償還と償還延長の可能性がある。)、a社の実行するSSC戦略の運用実績によって定まる原ファンドの純資産額と連動するNBI債の価格によって償還金額が決定される投資信託である(以下、上記償還金額決定の仕組みを「本件仕組み」という。)。
したがって、本件商品の主なリスクとして、まず、a社による運用が失敗することによって原ファンドの純資産が減少し、結果的に償還金額が減少することによる一般的な元本毀損リスクが存在し、償還金額は、S&P一〇〇種指数に含まれる銘柄の株価及びS&P一〇〇種指数の変動の影響を受けるほか、期限前償還や、円対ドルの為替相場の変動、期限前売却の際の価格設定、各種手数料や関係会社への報酬支払によっても、元本が毀損するリスクがあるが、これらの元本毀損リスクは、預金や国債への投資と比べれば、相対的に高いものといえるものの、現物株式への投資や一般の投資家向けの投資信託と比べると、さほど高いものとはいえない。
また、金融商品一般に妥当するリスクとして、前記一(1)クで認定したとおり、信用リスクがあるほか、前記二(1)イで検討したとおり、原ファンドの資産運用を担当するa社が、予定していた方針に従って運用しないことによるリスクも存在する。
さらに、前記一(1)クで認定したとおり、本件商品は、少人数私募(適格機関投資家限定分付)の外国投資信託であるため、譲渡について、本件受託会社の事前の承諾を要し、本件ファンドの受益者が五〇人以上になる場合には承諾がされない旨の制限がある。
このように、本件商品は、預金や国債との比較において相対的に高い元本毀損リスクを有するのみならず、一般の投資家向けの投資信託と比較すると、償還金額の決定においても比較的複雑というべき本件仕組みが取られ、かつ、固有の流動性リスクが存在することからすれば、これらを理解することができるだけの金融商品の取引に関する知識及び理解力を有し、かつ、上記各リスクを許容することができる投資意向及び資産を有する顧客にのみ適合性が認められるというべきであり、このことは本件商品が適格機関投資家限定分付とされている(乙一二)からも明らかというべきである。
(イ) 原告の投資家としての属性
前記一(2)アからウまで、第二の二(2)アで認定したとおり、原告の投資家としての属性に関する事実として、以下の事実を指摘することができる。すなわち、原告は、①大学卒業後、証券会社に就職して金融商品に関する研修を受けて一般外務員資格を取得し、営業担当者として投資信託を含む金融商品を取り扱った経験を有していたほか、顧客として、本件商品購入の約一年七か月前から三菱モルガン・スタンレー証券との間で証券取引を開始し、本件商品購入以前に現物株式七銘柄、外国投信一銘柄、国内投信二銘柄を購入し、被告からも本件商品購入以前に現物株式三銘柄、投資信託一銘柄を購入した経験を有していたこと、②年商一九億円、年間税引前利益九億円を超え(平成一八年度の税務申告時の数値)、多数の不動産を有するb社ほか一社の代表取締役を務めていたこと、③被告大阪支店に取引口座を開設した当時、一〇〇〇万円から二〇〇〇万円の年収を得ており、三菱UFJモルガン・スタンレー証券との取引において、約一年七か月の期間に一回で最大一〇億円の資金を入金し、本件商品購入時には少なくとも四、五億円程度の余裕資金を有していたこと、④被告との証券取引を開始するに当たり、投資方針については元本の安全性を重視する旨を、投資目的については余裕資金の運用である旨を申告していた。
(ウ) 検討
前記(ア)で指摘した本件商品の特性との関係において、前記(イ)①ないし④に示した属性(以下、この項では単に「原告の属性①」などという。)を有する原告が本件商品につき適合性を有するか否かについて検討すると、原告の属性①及び②に照らすと、原告の金融商品取引に関する知識及び不動産会社の代表取締役としての社会経験は、投資信託の基本的な仕組みを理解するのに十分であったにとどまらず、前記(ア)で検討した、比較的複雑な本件仕組み及び固有の流動性リスク等のリスクを理解するために十分なものであったと認めるに足るものであり、原告は、本件仕組み及び固有の流動性リスク等の各リスクを十分に理解して、本件商品を購入するかどうかの投資判断をすることができたといえる。また、原告は、原告の属性③及び④からすれば、被告に対して、投資方針について元本の安全性を重視する旨を申請していたものの、三菱UFJモルガン・スタンレー証券及び被告において外国投信を含む複数の投資信託を購入しており、かつ、十分な余裕資金を有していたということができる。一方、上記(ア)で検討したとおり、本件商品が有する元本毀損リスク自体は、預金や国債との比較においては高いといえるものの、現物株式や一般投資家向けの投資信託よりも高いとはいえず、前記(ア)で検討した流動性リスクの存在を考慮しても、投資経験及び投資余力の点において、原告は本件商品の購入に伴う上記各リスクを許容し得たものと認められる。
さらに、前記(3)イ及びエで認定した事実からすれば、本件商品の原告への販売に際して、被告内部では、原告の資力、投資経験を記載した私募商品エントリーシートや販売チェックシートを作成して複数の責任者による確認を行い、その上で販売の可否を判断したことが認められ、被告内部の手続も適切に行われたことが認められる。
したがって、本件商品の具体的な商品特性を踏まえると、被告担当者らが原告に対して本件商品の購入を勧誘したことが、原告の知識、経験、資産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当であったとはいえず、また、本件商品の販売に当たって、原告の適合性に関する被告内部の審査手続も適切に履践されていて、原告には本件商品の購入について適合性があったといえるから、原告による適合性原則違反の主張は認められない。
ウ 説明義務違反及び虚偽告知の有無について
(ア) 説明義務の内容
金融商品取引業者(法二条九項)である被告は、金融商品取引契約(法三四条)に該当する本件商品の販売契約を締結しようとするときに、①法三七条の三第一項各号に定められた事項を記載した書面を交付しなければならず(法三七条の三第一項)、②上記書面の交付に関し、あらかじめ、顧客に対して、同項三号から七号までに掲げる事項について顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明をすることなく同契約を締結してはならないものとされており(法三八条六号、府令一一七条一項一号イ)、上記事項のうち主なものは、(a)当該金融商品取引契約の概要、(b)手数料、報酬その他の当該金融商品取引契約に関して顧客が支払うべき対価に関する事項であって内閣府令で定めるもの、(c)顧客が行う金融商品取引行為について金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動により損失が生ずることとなるおそれがあるときは、その旨などであり、③本件商品の販売契約の締結又はその勧誘に関して虚偽の表示をし、又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をしてはならないものとされている(法三八条六号、府令一一七条一項二号)。
そこで、被告担当者らが本件商品の販売に際して交付すべき契約締結前交付書面を交付し、当該書面の交付に関して説明すべき内容について説明を行ったか、虚偽告知及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示があったか否かについて検討する。
(イ) 本件商品の勧誘における説明義務違反及び虚偽告知の有無について
a 契約締結前交付書面の交付の有無
法三七条の三第一項各号に定められた事項(前記(ア)①)については、(a)本件商品の概要(同項三号)及び金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動により損失が生ずることとなるおそれ(同項五号)については、本件商品パンフレット(乙一二)、商品概要説明書(甲三)、契約締結前交付書面(甲四)及び目論見書(甲五)にその記載があり、(b)被告の商号及び住所(同項一号)、(c)被告が金融商品取引業者等である旨及びその登録番号(同項二号)並びに(d)手数料、報酬その他の当該金融商品取引契約に関して顧客が支払うべき対価に関する事項(同項四号、府令八一条一項)については、いずれも契約締結前交付書面(甲四)にその記載があり、(e)そのほか本件商品に関する事項であって、顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要な事項(法三七条の三第一項七号、府令八二条)については、契約締結前交付書面(甲四)、目論見書(甲五)、告知書(甲六)及び注意書(甲七)の記載内容がこれを満たしている。
そして、前記一(3)イ及びエの認定事実によると、被告担当者らは、一〇月二五日に本件FGGパンフレット(乙一〇)を、一一月七日に本件商品購入の意思表示に際して本件商品パンフレット(乙一二)、商品概要説明書(甲三)、契約締結前交付書面(甲四)、目論見書(甲五)、告知書(甲六)及び注意書(甲七)を原告に交付しているから、本件商品の販売契約の締結に際して、法三七条の三第一項各号に定められた事項を記載した書面を交付したといえる。
b 説明義務違反の有無
前記一(3)ア、イ及びエの認定事実によれば、被告担当者らが、一〇月二二日、同月二五日及び一一月七日の訪問の機会に、原告に対し、口頭又は書面によって行った説明は、本件商品購入に伴って生じる可能性がある収益及び損失とその発生の仕組みを含めた本件仕組み、本件仕組みに関わる各会社、本件商品の代金及び手数料、報酬等原告が支払うべき金銭の額又は算定方法、本件商品が償還される時期について網羅したものであり、上記説明は、前記イ(イ)で検討した原告の投資家としての属性、とりわけ金融商品取引に関する知識及び投資経験からすれば、原告が本件商品の購入に係る投資判断を行うに際して必要かつ十分な方法及び程度で行われたものということができる。
なお、換金及び譲渡に係る制限以外の本件商品に係る各リスクの具体的内容(前記一(1)ク)や、本件商品購入に伴って生じる課税については、被告担当者らが原告に説明したことはうかがわれない。しかし、前者(本件商品に係る各リスク)については、前記三(1)イ(ア)及び(イ)で指摘した本件商品の特性や原告の投資家としての属性に照らせば、投資信託である本件商品に係る本件仕組みについて説明を受けた原告にとっては、容易に想定できる内容である(現に、原告は、「ファンドの商品性格とリスク、ファンドの投資先である債券の商品性格に起因する留意点、譲渡制限等について十分理解して投資いたします。」と記載された本件確認書に署名押印し、そのコピーまで取っている。)。また、後者(課税)については、本件商品の利害得失を判断する上では副次的なものであるから、被告担当者らの上記説明に関する評価を左右しない。したがって、上記二点に関し具体的な説明がなかったことは、被告担当者らの説明が必要かつ十分なものであったとの上記評価を左右するものでないというべきである。
c 虚偽告知及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示の有無
前記一(3)イで認定したとおり、Cは、一〇月二五日の訪問の際に、原告に対し、FGGのSSC戦略がa社という投資のプロ向けのブローカーによって実行されることを説明しており、また、SSC戦略について、S&P一〇〇種指数のうち四〇~五〇銘柄から成る株式バスケットにリスクヘッジのためのオプションを組み合わせて購入するものであると説明しているから、被告担当者らが本件商品の仕組みについて、FGGが自ら資金を運用している、あるいは米国債と株式を組み合わせた運用がされないというような、誤った説明をしたとは認められない。
したがって、被告担当者らによる本件商品の勧誘の過程において、虚偽告知及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示があったとはいえない。
エ その他の不当な勧誘行為の有無について
前記一(3)イで認定したとおり、本件では、本件商品の購入に至る経緯において、被告担当者らが、原告に対し、FGGのSSC戦略に関連する私募投信について、最大四九名の優良顧客に対してのみ募集する商品であることを強調して、その購入を勧誘したとの事実は認められる。しかし、被告担当者らの勧誘内容のうち、本件商品の募集人数が限定されていることは事実と合致しているし、FGGのSSC戦略の過去の実績については強調したものの、顧客に「自らは被告にとって少数の特別な優良顧客であるから、リスクの高い商品を勧めるはずがない」との考えを抱かせるほどに本件商品の安全性を強調したものであったとはいえない。
前記一(3)アからエまでで認定したとおり、原告は、一〇月二二日にFGGによるSSC戦略について紹介を受けて本件FGGパンフレット(社内限)の交付を受け、同月二五日になって本件FGGパンフレットに基づいてFGGによるSSC戦略及びその投資実績について具体的な説明を受け、一一月七日には本件商品の仕組みについて説明を受けた上で、同日、確認書に署名押印している。上記のような本件商品購入に至る経緯に照らして考えると、本件商品の償還金額を左右する最も大きな要素であるFGGによるSSC戦略については、原告が具体的な説明を受けて説明資料を受領してから本件商品購入の意思表示をするまでに、資料を読んで自分で慎重に投資判断をする十分な時間があったということができ、被告担当者らの上記勧誘文言を併せ考えても、原告が、被告担当者らの勧誘によって、すぐに本件商品を購入しなければ本件商品が購入できなくなるとの切迫感を抱くに至り、そのために本件商品の購入について十分な検討ができなかったとは認められない。
したがって、被告担当者らが、本件商品の勧誘対象が最大四九人の優良な顧客であることを強調し、本件商品に関する具体的な説明を行った当日の内に確認書への署名押印を求めて本件商品の購入の意思表示を受けたことをもって、不当な勧誘行為があったと評価することはできない。
なお、Bが一〇月二二日に原告に示した本件FGGパンフレット(社内限)は、被告の内部規定によれば一般顧客への説明に用いてはならない資料であり(証人B[二二頁])、その限度でBの勧誘が不適切なものであったということはできる。しかしながら、一〇月二五日にCが原告に示した同内容の本件FGGパンフレットは、一般顧客に示すことが認められた資料であり、原告が本件商品の購入に当たって一般顧客に示すことが許されていない資料のみに基づいて判断したという事情はないことに加えて、勧誘開始から購入までの検討時間、原告の金融商品についての知識及び取引経験を併せ考えると、上記の点は原告との関係では違法性を有するものではない。
オ まとめ
したがって、被告担当者らによる原告に対する本件商品の勧誘行為は、違法性を有するものとはいえず、不法行為を構成しない。
(2) 小括
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の予備的請求も理由がない。
第六むすび
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとする。
(裁判長裁判官 徳岡由美子 裁判官 松本展幸 村井桃子)