大阪地方裁判所 平成22年(ワ)17682号 判決 2013年1月16日
本訴原告・反訴被告
X
本訴被告・反訴原告
Y
主文
一 本訴原告の請求を棄却する。
二 本訴原告(反訴被告)は本訴被告(反訴原告)に対し、二九万一七〇八円及びこれに対する平成二一年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 本訴被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを一二〇分し、その一を本訴被告(反訴原告)の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。
五 この判決は第二項、第四項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
本訴被告は本訴原告に対し、三六三〇万〇〇〇〇円及びこれに対する平成二一年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴
反訴被告は反訴原告に対し、四八万六八四八円及びこれに対する平成二一年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、歩行者であった本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)と、自動車を運転していた本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)が、車道内で衝突したという交通事故について、原告が被告に対し不法行為及び自動車損害賠償保障法三条に基づく運行供用者責任に基づき、また被告が原告に対し、不法行為に基づき、それぞれ損害賠償の支払いを求めた事案である。
二 前提事実(いずれも争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。なお、証拠の枝番を省略した場合には、親番号に属する証拠全てを含む趣旨である。)
(1) 原告
事故当時二三歳の女性である。
(2) 本件事故の発生
ア 日時
平成二一年七月一日午後九時五分ころ
イ 場所
滋賀県彦根市高宮町一三二〇―六地先県道
ウ 被告車両
被告所有の普通乗用自動車 ナンバー<省略>
エ 態様
原告が道路の中央分離帯付近で友人ともみ合い、走行車線に飛び出たところ、直進してきた被告車両と衝突した。
(3) 事故後の状況
ア 原告は、頸椎捻挫、腸骨骨折、腹腔内出血等(甲三の二)、顔面挫創、瘢痕拘縮(甲三の七)、左側上顎中切歯歯冠破折(甲三の九)等の各診断を受け、平成二一年一〇月八日まで入院し、また同年一二月一四日まで通院した。
イ 平成二一年一二月一四日、原告について症状固定診断がなされ、平成二二年八月九日、原告は自賠責保険において、左前額部から眉毛部にかけての線状痕について、女子の外貌に著しい醜状を残すものとして、後遺障害七級一二号の認定を受けた。
三 原告側損害に関する原告の主張
(1) 治療費 一三万七一六五円
(2) 入院雑費 一四万八五〇〇円
(3) 休業損害 一八六万八三二三円
日額一万二三七三円(月額三七万一一七八円)、一五一日分
(4) 逸失利益 四三七六万五〇二一円
年額四四五万四一三六円、労働能力喪失率五六%
ライプニッツ係数一七・五四七九(四三年)
(5) 入通院慰謝料 一一八万〇〇〇〇円
(6) 後遺症慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
(7) 既払い額 -一一七一万〇〇〇〇円
(8) 小計 四五三八万九〇〇九円
(9) 請求額 そのうち 三三〇〇万〇〇〇〇円
(10) 弁護士費用 三三〇万〇〇〇〇円
四 被告側損害に関する被告の主張
(1) 車両修理費 四四万二八四八円
(2) 弁護士費用 四万四〇〇〇円
五 争点
(1) 過失の有無及び過失割合
(2) 休業損害及び逸失利益に関する基礎収入について
(3) 労働能力喪失の有無及び割合、喪失期間
六 争点に関する当事者の主張
(1) 過失の有無及び過失割合について
ア 被告の主張
(ア) 本件事故原因は、不安定な精神状態にあった原告が、薬物に依存し、薬物及び飲酒の影響により錯乱状態となったことにより、片側二車線の広い道路である本件事故現場付近で、自殺のため中央分離帯から車道に飛び出そうとし、それを止めようと原告の友人が原告のベルトをつかんでいたが、ベルトが切れて原告が車道に飛び出したことにある。
(イ) このような経緯については、およそ一般人をして予見できるものではなく、しかも本件事故は夜間発生しており、中央分離帯には当時約一メートルほどの雑草が生えていて、視認が困難な状況にあったのであって、被告が本件事故を予見し回避することは不可能であった。従って、被告は無過失である。
イ 原告の主張
(ア) 原告は当時錯乱状態にあったわけでもなく、また自殺願望があったわけでもない。
(イ) 被告が原告を発見した位置から衝突位置までは約三〇メートルであり、停止位置が更にその先であること、原告が衝突により飛ばされていることからすれば、被告には制限速度超過の過失があり、また前方不注視の過失もあったことは明らかである。
(2) 休業損害及び逸失利益における基礎収入の考え方について
ア 原告の主張
(ア) 原告は、音楽活動で生計を立てたいと考えて、平成一八年四月に一歳の子供を残して上京し、その後平成一九年二月一日に株式会社aと専属契約をして、音楽活動を本格的に開始し、レッスンや業界活動などをしていた。その間の月給は手取り一一万一一一一円であり、それに加えてホステスとして二六万〇六六七円の収入を得ていたのであって、月額収入は三七万一七七八円であった。その後、結婚を考えていた男性が交通事故で死亡したことから、平成二一年二月頃、今後の人生を見つめ直す目的で一時的に実家に戻って、感性を高めるため、音楽を聴いたり瞑想をしたりなどしつつ、子供の世話も行っていた。事故がなければ、平成二一年八月には従前通り、音楽活動とホステスの生活に戻る予定であった。
(イ) したがって、事故から平成二一年一二月までの期間については、原告は月額三七万一七七八円の収入を得られるはずであったので、これを基礎収入とすべきである。
(ウ) また、仮にそれが認められなくても、原告は実家で母親として子供の世話をしていたのであり、実家にいる間は主婦として稼働していたものというべきであるから、平成一九年度賃金センサス女子全年齢平均賃金である年間三四六万八八〇〇円については、少なくとも基礎収入として認められるべきである。
(エ) 休業期間については、原告は本件事故のため症状固定である平成二一年一二月一四日まで全く稼働できなかったものであるが、少なくとも入院日数九九日間と、通院実日数一三日の四倍である五二日間を合わせた合計一五一日間については、相当な休業期間として認められるべきである。
イ 被告の主張
(ア) 平成二一年二月以降、原告は実家に住所を移し、ほとんど何もせず自分の好きなことだけをするようになっていた。少なくともこの期間、原告が音楽活動を全く行っていなかったことは明らかであるし、この時期にはホステスの仕事も辞めていたものであって、原告には収入がない状態であった。そして、原告は実家で家族と同居しており、仕事をせずとも生活費に困るような状況でもなく、就労意欲を全く持っていなかったし、芸能活動を再開する予定もなかったものというべきである。
(イ) また、原告は平成一八年四月に子供を残して上京しており、その間の子供の世話は原告の父母らが行っていたと考えられるし、原告の診療録に照らしても、原告が子供の世話を日常的に行っていた形跡がない。平成二二年一一月に原告が再度上京した際にも、原告の子供を東京に連れて行ってはいない。そうすると、原告が母親として子供の世話をしていたという事実はなく、主婦休損基準での休業損害を認めることもできない。
(ウ) したがって、原告に稼働可能性はなく、休業損害も逸失利益も認められない。
(3) 労働能力喪失率について
ア 原告の主張
(ア) 原告は自賠責において、線状痕を理由として、七級相当の後遺障害認定を受けている。
(イ) 原告は音楽活動及びホステス業に従事しており、そのどちらも容貌が重要な意味を持つものであったところ、外貌と収入の関係は明白であり、認定等級に相当するだけの労働能力が喪失しているといえる。したがって、労働能力喪失率は五六%とすべきである。
(ウ) 被告は原告が瘢痕拘縮形成術を受けなかったことを論難するが、これは必ず成功するものではなく、逆に新たな瘢痕を残す可能性があるものであり、そのような説明を受けて原告は断念したものである。
イ 被告の主張
(ア) 原告は、当初は瘢痕拘縮形成術を希望していたが、平成二一年一二月の段階で突然方針を変更し、症状固定とする方針に変更しているところ、これは賠償交渉上の理由によるものと考える。
(イ) 原告の瘢痕は瘢痕拘縮形成術を行うことによって医学的に消失する可能性があるのであり、後遺障害としての永存性があるとは認められないし、あるとしても一二級相当程度にとどまる可能性もある。
第三当裁判所の判断
一 前提事実について
上記前提事実については、いずれも問題なく認められる。
二 事故の発生および過失の有無について
(1) 証拠(甲二、一〇、一三、乙一、二、一三、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
ア 現場付近の状況(甲二、一〇、一三、乙一、一三、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 本件現場付近は片側二車線ずつの道路であり、各車線の幅は三・一メートルから三・二メートルである。本件現場付近には中央分離帯があり、その幅はゼブラゾーン含めて約二メートルであって、中央分離帯の付近には相当数の草が生えている。本件道路の両側には多数の商業施設があり、本件事故当時でも相当数の照明が存在した。
(イ) 本件現場先(東側)には交差点があり、本件現場付近で、中央分離帯がとぎれ、東向き車線の右折レーンに切り替わっている。右折レーンへの切り替わりの途中には徐々に細くなるゼブラゾーンが設置され、ゼブラゾーンはポールで区切られている。
イ 事故に至るまでの原告の行動経緯(甲一〇、一三、乙一、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 原告は、事故当日午後六時ころ、知人であるA(以下「A」という。)の家に行き、午後七時ころ、覚せい剤を使用した。
(イ) 午後八時半ないし九時ころ、Aが外出して買い物に行く旨述べたところ、原告はAに対して外には出ないでほしい旨頼んだが、Aが応じなかったため、原告自身が外出することにした、しかし、Aが原告の外出に難色を示したため、原告がA宅を出たところ、Aが追いかけてきた。原告は、Aが警察に通報するなどしたのではないかと危惧し、本件現場付近の道路脇まで逃走した。
(ウ) 本件現場付近で原告はAに追いつかれ、原告はなおもAから逃げようとして、もみ合いながら本件道路の対向車線を横断し、中央分離帯から右折レーンに切り替わる途中のゼブラゾーンに到達し、そこでなおもAともみ合っていた。
ウ 事故に至るまでの被告の行動経緯(甲一〇、乙一、一三、被告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 被告は、本件道路の東向き第二車線(中央側)を直進しており、速度は時速四〇キロメートルから五〇キロメートル前後であった。
(イ) 被告は、本件衝突場所から約九五メートルほど手前で、前方交差点の信号を確認し、直進を続けた。
エ 事故の状況(甲二、一〇、一三、乙一、一三、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 原告はゼブラゾーン内でなおもAともみ合った末、本件道路の東向き第二車線に飛び出した。
(イ) 被告は、飛び出した原告を本件衝突場所から約三〇・五メートル手前、中央分離帯の脇の位置で発見し、ブレーキをかけたが止まることができず、被告車両の前方中央部と、原告の腰部ないし臀部付近とが衝突し、原告は転倒し、被告車両は衝突場所から約一・六メートルほど先で停止した。
オ 事故後における原告の発言内容(乙二)
(ア) 七月二日「…事故のことは全然覚えていません。どうしてこんなことに?私は死に損なったんですね。…」(一二頁)
(イ) 七月四日「もう死にたい。死なせて。」(一六頁)
(ウ) 七月一一日「こっちに来てからメチャクチャや。死んだはずやのに生きてるし。もーイヤ。」「どうせ退院しても疑いかけられてるんで帰れんし…死んだほうがよかったんや」。(二二―二三頁)
(エ) 七月一三日「もう限界。いらいらするわ。あのまま死んでもた方がよかったのに何で助けたん。」(二六頁)
(2) 以上を前提として、双方の過失について検討する。
ア 原告の過失について
(ア) 原告は、夜間に幹線道路を横断する際には、原則として横断歩道・歩道橋等を横断すべきであることはもちろんとして、それ以外の場所をあえて横断する際には、通行車両の動静に十分に注意して横断する注意義務があるというべきである。
(イ) ところが、原告は、覚せい剤を使用した状態で、友人からの通報から逃れるために友人宅から飛び出して逃走を続け、友人ともみ合いながら幹線道路を横断し、通常歩行者の存在が想定しがたい中央分離帯付近のゼブラゾーンで友人とのもみ合いを続け、その中で通行車両にまるで注意を払うことなく第二車線に飛び出したものであり、その行動態様は一般人の行動として想定される範囲から大きく逸脱し、かつ非常に危険なものである(なお、被告の供述によっても被告が原告を発見したのは約三〇メートルほど前方であったというのであり、時速四〇キロないし五〇キロ走行する車両との関係で、道路交通法一三条にいう「直前」の横断に直ちに当てはまるとはいえないが、少なくとも被告車両に急制動を余儀なくさせる形での横断であったことは確かであり、上記のような異常な経緯と併せて考えると、原告が飛び出した時点での被告車両との距離が遠いとはいえなかったことは、双方の過失割合を考える上で一定の意味を有する事情である。)。本件事故はこのような原告の危険かつ常軌を逸した行動によって引き起こされた部分が大きいといえ、原告の過失は重大である。
(ウ) なお、被告は入院後におけるカルテの記載等を根拠として、原告に自殺願望があり、薬物による錯乱のために被告車両の前方に意図的に飛び出そうとして本件事故に至った旨主張する。しかし、本件事故において、原告が周囲の車に気を払った形跡がまるでなく、原告が自殺のためにあえて車両前方をめがけて飛び出したような形跡はみられない。また、被告が主張するカルテの記載内容にしても、原告が事故後において、傷害による苦痛や、覚せい剤事案摘発への恐怖等の中で、自暴自棄的な感情を抱いていたという域を出るまでのものではなく、事故前からの積極的な自殺願望まで基礎づけるものであるとはいえないのであって、原告が意図的に飛び出しを行ったと認定することはできない。
イ 被告の過失について
(ア) 被告は、道路を走行する際には、幹線道路であったとしても、横断歩行者の有無に十分留意し、的確に横断歩行者の存在及びその可能性を認識し、発見した場合には直ちに急制動の措置をとるなどして歩行者に危険が生じないように走行すべき義務がある。
(イ) 本件現場付近は夜間であり視界はよくなく、また中央分離帯付近には草が生えていて視界の妨げとなっていたことは確かであり、本件道路が幹線道路であることも含めて、被告の側に相当程度斟酌すべき事情があるとはいえる。しかし、現場道路は両側に商業施設があり、横断歩行者の存在が一般的に否定されるような状況ではなかったことや、それら商業施設からの照明をもってすれば一応現場付近の状況は視認可能であったといえること、また原告と友人がもみ合っていた箇所は草の生えた中央分離帯内ではなくその先のゼブラゾーン内であり、また原告と友人は一定の時間その場所でもみ合っていたこと等に加え、甲一〇号証の写真に見られる草むらの高さも加味して考えると、被告が十分な注意を払っていれば、ゼブラゾーン内で異常なもみ合いが発生しており、そこから不測の事態が生じうることは十分予見可能であったといえるのであって、被告は前方注視義務を完全に果たしていたものとはいえない。また、被告の供述によっても被告が原告を発見したのは約三〇メートル前方であったというのであって、時速五〇キロメートル以下の速度で走行する車両の停止距離に比べて多少の余裕があることに照らすと、被告において適切な制動措置をとっていれば、衝突を回避できた可能性は十分にある。したがって、原告の行動の異常性を十分斜酌しても、被告にとって原告の飛び出しが予見不可能なものであったとはいえないし、回避不能であったともいえない。
(ウ) なお、原告は被告車両の速度超過や著しい前方不注視を主張するが、被告車両が事故当時に制限速度を大幅に超過して走行していたと認めるに足りる証拠はなく(かえって、被告が衝突場所からごく近い場所で停止していることからすれば、被告の走行速度は概ね制限速度付近であったものと認められる。)、また被告に明確な脇見運転など、一般的に想定される範囲を逸脱するような前方不注視があったとも認められない。
ウ 一般的に、信号無視を伴わない事案における走行車両と横断歩行者との間の過失割合は、歩行者の要保護性や、自動車運転者に課せられた注意義務という観点から、走行車両運転者側の方が相当に大きいと考えられる。しかしながら、本件における原告の行動の異常性に照らすと原告の過失は非常に大きく、かつ被告にはいくつかの斟酌すべき点がある。そして、現場の状況等も総合考慮すると、横断歩行者の要保護性を最大限考慮しても、本件において被告側の過失割合を相対的に大とすることは困難であり、過失割合は原告の方が大きいものとせざるを得ない。したがって、過失割合としては、原告六、被告四とするのが相当である。
三 休業損害及び逸失利益に関する基礎収入について
(1) 証拠(甲七、八、一一、一三ないし一五、乙二ないし八、一一、一六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
ア 平成二一年一月までの原告の稼働状況(甲七、八、一一、一三、乙四、一一、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 原告は昭和六〇年生まれであるところ、平成一七年に男子を出産した後、平成一八年四月に子供を滋賀県の実家に残して東京に行き、音楽プロダクションで活動した後、平成一九年二月一日に、株式会社a(以下「a社」という。)と専属契約を締結し、ボイストレーニングやダンスレッスン等を行っていた。その間、原告の子は実家で原告の母親等が面倒を見ていた。
(イ) 原告は当該期間、月給としてa社から一一万一一一一円(控除前の金額。控除後の手取りは月額一〇万円。)を受け取っていた。
(ウ) その他、原告は音楽活動と平行してホステスとしての活動を行っており、平成二〇年三月ないし五月の報酬として、合計八四万二七二〇円(控除前。控除後の手取りは七八万〇二〇〇円。)を受け取っていた。
イ 平成二一年二月以降の原告の状況(甲七、一三、乙一一、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 平成二〇年春ころ、原告の交際相手であった男性が交通事故で死亡したこともあり、原告はa社の関係者と相談の上、東京を離れ、実家に戻った。この際に、ホステスとしての活動も中断することとなった。
(イ) 原告は実家で特段a社から指示を受けて音楽活動をすることはなく、またホステスとして稼働することもなく、実家で過ごしていた。実家では原告の母親、祖父母、おばと原告の子が同居しており、家事は原告の子以外で各自分担しており、原告が携わることもあった。
(ウ) 原告が平成二一年二月以降実家にいる期間、a社から原告に対する月額一一万一一一一円(手取り一〇万円)の給与の支払いは、事故までの間続いていた。
ウ 事故後の状況(甲七、八、一三ないし一五、乙二ないし八、一六、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 事故により原告が入院し、平成二一年七月分以降、a社から原告に対する給与の支払いはなくなった。
(イ) また、事故後である平成二一年七月二八日付で、原告が以前ホステスとして働いていたクラブを経営する会社の名義で、原告を八月一日から雇用予定であったが事故により取り消した旨記載された採用証明書(甲一五)が作成された。
(ウ) 平成二二年一月ころ、原告は再び子を実家に置いて東京に戻り、a社での音楽活動を再開した。その後、平成二三年夏頃、原告はb社と活動し、芸能活動を続けた。
(エ) 原告は、事故以降ホステスとしての稼働はしていない。
(2) 以上を前提として検討する。
ア 休業損害について
(ア) a社からの収入について
a 上記事実によれば、原告は平成二一年二月に実家に帰った後、特段a社の指示に基づく音楽活動等はしていなかったこと、a社からの給与は原告が実家にいる間にも支払われていたこと、事故によって原告が入院した以後はa社からの給与の支払いがなくなったことが認められる。
b そうすると、原告は事故によってa社からの給与が得られなくなったといえるので、治療期間である約五ヶ月間におけるa社からの給与である五五万五五五五円については、これを休業損害として認めることができる。
c 被告は、平成二一年二月以降原告は音楽活動をしておらず、事故がなくても復帰していた蓋然性がない以上、休業損害は認められないと主張する。しかし、原告はa社の関係者と相談の上実家に戻っており、原告がそのような状態で実家にいることはa社の関係者も承知の上であったと思われる。そうすると、a社の側で、そのような状態にある原告を欠勤扱いにせず給与を支払い続けていたということは、原告の実家における生活状況をもって、a社での稼働に代わるものとしてa社は評価していたものというべきであり、八月以降原告が東京に戻らないまま実家での生活を続けていたとしても、a社としては事故がない限り給与を支払い続けるつもりであったものと認められる。被告のこの点に関する主張は採用できない。
(イ) ホステスとしての稼働について
a 上記によれば、①原告は平成二一年一月まではホステスとして月二〇数万円の収入を得ていたこと、②原告が実家に戻った後はホステスとしての稼働もしていなかったこと、③クラブを経営していた会社が採用証明書と題する書類を作成しているものの、その作成日は事故後であり、事故前に稼働予定を前提とした書類が作成されている気配がないこと、④本件事故直前における原告は相当に不安定な精神状態にあったことがうかがわれ、一か月後に従前と同様の音楽活動・ホステスとしての活動をすぐに再開できるような準備が整っていたとは言い難いこと、⑤治療終了後に原告は東京に戻り、a社での活動は再開したものの、ホステスとしての活動は結局行わなかったこと等の事情が認められる。
b これらの事情に照らすと、原告が平成二一年八月以降に東京に戻って、ホステスとしての活動を再開していたという蓋然性は認め難く、クラブ経営会社が作成した甲一五号証は、事故を受けて、原告の依頼に基づいて作成されたものであり、直ちに信用性を認めにくいものであるというべきである。したがって、ホステスとしての収入を休業損害として考慮することはできない。
(ウ) 家事労働について
a 原告は、平成二一年二月以降実家にいる際に、子供と過ごして世話をし、家事労働をしていたとして、女子平均賃金センサスに基づく休業損害を主張する(なお、これにつき原告は予備的主張である旨述べるところ、合理的意思解釈として、東京での勤務を前提とした収入と実家での家事労働を前提とした主張のうち、選択的に、いずれか高額になる方を基礎収入として主張する趣旨であると解される。)。
b しかし、原告は実家で母親・祖父母・おばと同居しており、これら同居者も家事を行っていたこと、原告は実家では音楽を聴くなどしていた時間が長く、掃除や炊事等の家事労働に長時間を割いていた形跡はないこと、原告は東京に行っている間は子の世話を全て実家に任せていたこと等の事情が認められ、これらに照らすと、原告が実家で家事の一部を分担し、また子供の世話の一部を分担していたとしても、それをもって、独立に金銭評価できるような、他者のための家事労働があったということはできない。
(エ) 以上によれば、休業期間において原告に見込まれた基礎収入は、a社からの月額一一万一一一一円に限られるものというべきであり、その五か月分をもって休業損害と認定するのが相当である。
イ 逸失利益の基礎収入について
(ア) 証拠によれば、①原告は事故当時二三歳と若年の女性であったこと、②原告は、平成二一年二月に実家に帰るまでは、音楽活動及びホステスとしての稼働によって収入を得ており、また事故後平成二二年からは芸能活動を再開しているのであって、稼働意欲を否定することはできないこと等の事情が認められる。
(イ) そうすると、平成二一年二月以降の実家での生活状況や、その際における生活の混乱、薬物の影響等は、休業損害を考える上での短期的な観点についてはともかく、逸失利益を考慮する際の長いスパンの中で見れば一時的なものと評価すべきであり、原告は将来にわたって、平均賃金相当の収入を得る蓋然性があったものと認められる。
四 原告の後遺障害の程度について
(1) 証拠(甲三ないし五、一二、一三、乙五、六、九、一五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
ア 原告の後遺障害に関する自賠責認定の内容(甲五の二)
(ア) 顔面挫滅創後の左前額部~眉毛部にかけての線状痕および顎下部正中瘢痕については、面接調査の結果、左前額部から眉毛部にかけての線状痕は、人目につく程度以上のものと認められ、長さ五センチメートル以上と捉えられることから、これらは、「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」として、別表第二第七級一二号に該当するものと判断します。なお、「顔面の皮下組織の瘢痕拘縮により眉毛挙上機能の左右差あり(右:〇・八cm、左〇・五cm)」については、前記障害と派生する関係にある障害と捉えられることから、前記等級に含めての評価となります。
(イ) 右腸骨部の瘢痕については、後遺障害診断書上、「長さ五cm×最大幅約五mmの瘢痕」と記載され、明らかに胸部および腹部の全面積の一/四程度以上の範囲に瘢痕を残すものとは捉え難いことから、認定基準上、自賠責保険における後遺障害には該当しないものと判断します。
(ウ) 腰部の陥凹変形については、後遺障害診断書上、「左腰部(背面)に約一二cmほどにわたり皮下組織の瘢痕化によると思われる陥凹変形あり(陥凹の程度は一cm未満)。同部位の皮膚に瘢痕は認めず。」と記載されていることから、背部および臀部に瘢痕を残すものとは捉えられず、また陥凹変形については、自賠責保険には認定基準がないことから、自賠責保険における後遺障害には該当しないものと判断します。
イ 原告の左前額部に関する外貌醜状の内容(甲三ないし五、一二、一三、乙五、六、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 原告の左前額部、眉毛の上のあたりに、幅約一ミリメートルないし一・五ミリメートル程度の白い線状痕が形成されており、長さは少なくとも五センチメートル以上に及ぶ。
(イ) 髪型により前髪を長くした場合には、前髪に隠れる位置にある。
ウ 線状痕に関する各医師の所見等(乙五、九、一五、弁論の全趣旨)
(ア) c病院形成外科における所見(乙五、九)
a 平成二一年八月二四日 額部図示あり―瘢痕クリアー 瘢痕がつっぱって眉毛挙上できない 外側は挙上できており 顔面の神経麻痩は問題なさそう 瘢痕形成希望している
b 平成二一年一二月八日 眉頭の辺りが皮下と癒着して十分に挙上できない 瘢痕拘縮形成希望 B医師と相談を
c 平成二一年一二月一四日 図示あり―下顎瘢痕 皮下瘢痕にて、眉毛挙上不十分 手術せず経過観察する方針となった 骨盤部図示あり 肥厚性瘢痕あり 赤み引いており、様子見る 陥凹変形あり 皮下瘢痕の引き連れによるものか。
(イ) C医師の所見(乙一五)
a 一般的に瘢痕の大きさには変化がなくても、発赤、瘢痕の堅さ、光沢の程度などは肌の質の個人差により、二―四年程度は変化を生じる可能性があり、傷としての目立ち方はこの間に変化することになる。したがって、平成二一年一二月一四日の状態をもって症状が固定したと判断するのは、時期として早すぎると思われる。
b 瘢痕は主として前額のしわのラインに直交する状態となっており、瘢痕の形成術によって、瘢痕の一部をしわの方向に一致させることで、外観上の改善を得ることが可能である。
(2) 以上を踏まえて検討する。
ア 外貌醜状の程度について
(ア) 上記によれば、原告に生じた主たる外貌醜状は、左前額部の、髪型によっては髪の下に隠れない位置に生じた、長さ五センチメートル以上の白色線状痕であり、その程度は著しいものであると認められる。
(イ) そして、①改善が可能であるとしているC医師は原告の主治医ではなく、書面記録を元にして述べられた意見の影響力は自ずから限定的であり、また数年単位でのゆるやかな状態変化をもって症状固定を否定するという考え方も、法的な枠組みとして、後遺障害に基づく損害の具体化時期である症状固定時期を設定する上での考え方として相当なものとはいえないこと(一定期間のあいだに瘢痕の状況及び外貌全体に対する影響度に変化を生じるという主張自体は理解できなくはないが、基本的には等級認定の問題ではなく、長期間を総合した喪失率を検討する上での一要素として考慮すべきと考える。)、②C医師は瘢痕形成術について、その効果・成功率等について詳細な説明をしているわけではないこと、③原告は音楽業という立場に照らし、醜状の回復に対しては人一倍の関心を持っていたものと考えられ、少なくとも賠償獲得目的で敢えて醜状痕を残すような選択をするとは到底考え難いところであり、原告が瘢痕形成術を断念したことには、医師の説明を踏まえ、リスクを考慮した一定の判断が背景にあったと考えられること等の事情が認められる。
(ウ) これらに照らすと、原告の醜状痕について、自然解消・回復を待つことを前提とした議論をすることは相当でないし、また瘢痕形成術で回復するという手法についても、可能性はあるものの相当程度のリスクもまた伴うものと考えられ、そのような手段があることをもって、醜状痕の後遺障害該当性そのものを否定し、あるいは程度の低いものであると評価することは相当ではないと考えられる。
(エ) したがって、原告の醜状痕については、事故当時における後遺障害七級一二号の「外貌に著しい醜状を残すもの」と評価すべきであり、そのことを前提に、喪失率、慰謝料を検討すべきである。
イ 原告の労働能力喪失率について
(ア) 外貌醜状については、人間の機能面・精神活動面に直接影響を及ぼすものではなく、通常の仕事をする上での影響は一般的に小さいと思われること、また年齢経過と共に瘢痕の状況・生活に対する影響等が変化していくことを考慮すると、特段の事情がない限り、同等級の他類型の後遺障害に比べ、労働能力喪失率については限定的に考えるべきである。
(イ) 原告についてみると、①原告が若い女性であること、②原告は音楽業に従事しており、人前で歌を披露するなどの活動の中で、瘢痕の存在は相当程度の影響を及ぼすこと、③原告はホステス業に従事していたこともあり、こちらも外見の重要性が否定できない仕事であったこと等の事情があり、これらの事情は喪失率を高く認定する要素となる。
(ウ) その一方で、④原告の瘢痕は左前額部の線状痕であり、髪型を工夫することで相当程度カバーできるものであること、⑤線状痕という形態やその長さに照らし、ある程度年月の経過等によって状況に変化が生じ、稼働能力への影響にも一定の緩和が生じる可能性はあること、⑥原告自身、事故後の音楽活動について、事故前より進化した旨述べており、瘢痕の音楽活動への実際の影響は、髪型の制約など限定的なものにとどまっていること等の事情が認められる。
(エ) 以上を総合すると、本件後遺障害による原告の労働能力喪失率は、六七歳までの期間全体を平均して、二〇%であると考えるのが相当である。
ウ 後遺障害慰謝料について
(ア) 外貌醜状の自賠責等級については、平成二三年に等級表の改正が行われ、平成二三年五月二日以降に発生した事故による外貌醜状のうち、五センチメートル以上の線状痕については、原則として新規に設けられた九級一六号(外貌に相当程度の醜状を残すもの)に該当するとされていることについて、一定の留意が必要である。しかし、等級表に定められた等級及びそれに基づく慰謝料金額は、それ自体は裁判規範ではなく、単なる一定の目安にすぎないものであり、裁判所が諸般の事情を考慮した上で裁量によって決定するものであって、本件において新旧どちらの等級表を用いるかということを直接判断することは不必要であり、また相当でもない。
(イ) そして、本件において相当な慰謝料額を考える上では、後遺障害の内容や具体的な影響、逸失利益算定との相関関係、社会的事実としての等級表改正とその趣旨及び事故日との関係などを総合考慮して判断すべきところ、①後遺障害の内容としては上記のとおりであり、位置関係としては目立ちやすい場所にあるものであって、髪型の工夫で隠すことは可能である一方、髪型に一定の制約を及ぼすものであること、②原告が従事している音楽活動に対しては、限定的ではあってもある程度具体的な影響が考えられるものであり、また原告が以前行っていたホステス業との関係でも具体的な影響が考えられるものであること、③線状痕については一般的には整形等で緩和できる可能性があるとはいえるものの、本件の治療経過に照らし、少なくとも現時点での医療水準下で原告の線状痕を解消できるような具体的な方策があるとはいえないこと、④外貌醜状の場合は稼働能力の減少と外貌醜状の存在による精神的苦痛の程度は必ずしも比例するものではなく、労働能力喪失率について、九級相当とされる三五%を相当下回る範囲でしか認定できないことに照らし、原告の年齢も加味して考えると、経済的な差額の填補で解消されない精神的苦痛は相当程度になるものと考えられること、⑤本件は平成二一年の事故であり、等級表改正から二年も前の時期に発生したものであって、少なくとも事故時における社会通念として、女性の醜状痕に対する精神的苦痛を当時の等級水準に比して低く評価すべきだという価値判断が一般的であったとは考え難いこと等に照らすと、本件における後遺障害慰謝料については、結局一〇〇〇万円を相当とすべきものと認める。
五 以上を前提に、原告の損害について算定する。
(1) 治療費 一三万七一六五円
いずれも本件と因果関係があるものと認める。
(2) 入院雑費 一四万八五〇〇円
相当と認める。
(3) 休業損害 五五万五五五五円
上記説明のとおり。
(4) 逸失利益 一二一七万四〇三一円
ア 年額三四六万八八〇〇円(原告が主張する平成一九年度賃金センサス。症状固定時の平均賃金を下回るため、主張の範囲で認める。)
イ 労働能力喪失率 二〇%
ウ ライプニッツ係数 一七・五四七九(四三年)
(5) 入通院慰謝料 一一八万〇〇〇〇円
入通院期間に照らし、相当と認める。
(6) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
上記説明のとおり。
(7) 小計 二四一九万五二五一円
(8) 過失相殺 -一四五一万七一五〇円
(9) 過失相殺後 九六七万八一〇一円
(10) 既払い額 -一一七一万〇〇〇〇円
(11) 計 -二〇三万一八九九円
以上のとおり、原告の損害額に過失相殺を行った後の金額は既払い額を下回るものであるから、結局のところ原告の本訴請求は理由がないことに帰する。
六 反訴請求について
(1) 修理費用について
乙一〇号証により、四四万二八四八円を相当と認める。
(2) 過失相殺
四割の過失相殺をすると、相殺後の金額は二六万五七〇八円となる。
(3) 弁護士費用
二万六〇〇〇円が相当である。
七 以上より、本訴における原告の請求には理由がなく、反訴における被告の請求には主文記載の範囲で理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 長島銀哉)