大阪地方裁判所 平成22年(ワ)5254号 判決 2010年9月10日
原告
破産者A破産管財人X
被告
学校法人Y大学
上記代表者理事長
B
上記訴訟代理人弁護士
尾崎雅俊
牛見和博
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,544万2628円及びこれに対する平成21年9月28日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,破産者A(以下「破産者」という。)の破産管財人である原告が,破産者の夫(平成21年8月27日死亡)が勤務していた被告に対して,破産者には,亡夫が取得した退職金を受給する権利があるとして,同退職金の支払を求める事案である。
2 前提事実(ただし,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 破産者は,平成22年2月26日午後5時,奈良地方裁判所において,破産手続開始決定を受けた者である(奈良地方裁判所平成22年(フ)第52号破産事件)。
原告は,破産者の破産管財人である。
イ 被告は,破産者の亡夫であるC(以下「C」という。)が勤務していた大学である。Cは,平成21年8月27日に死亡した(<証拠省略>)。
ウ 破産者については,平成21年10月15日,相続放棄申述が受理された(<証拠省略>)。
(2) 被告の退職金支給規程
ア 被告には,学校法人Y大学・Y大学退職金支給規程(以下「本件退職金規程」という。)が定められている(<証拠省略>)。
イ 同規程3条は,次のとおり定めている。
「退職金は,職員が退職事由の生じた時,別表に基づき算出した額を全額通貨をもって1ヶ月以内に本人に一時払で支給する。
(1) 本人が死亡し,その他の事由により退職金を受け取ることができないときは,その遺族に支払うものとする。
(2) 退職金の支給に当たって本人が直接受取ることができない時は,遺族又は家族に退職金支給明細書を一部つけるものとする。」
第3本件の争点及び争点に関する当事者の主張
1 本件の争点
本件退職金規程に基づくCに係る退職金支払請求権は,Cの遺族である破産者固有の権利といえるか否か。
2 争点に関する当事者の主張
(原告)
(1) 本件退職金規程3条柱書きには,「退職金は,職員が退職事由の生じた時,別表に基づき算出した額を全額通貨をもって1ヶ月以内に本人に一時払で支給する。」と定められているところ,Cは,平成21年8月27日死亡したので,同日被告を退職し,被告には,Cに対する退職金支払義務が生じた。
(2) 本件退職金規程3条(1)は,「本人が死亡し,その他の事由により退職金を受け取ることができないときは,その遺族に支払うものとする。」と定めている。そもそも「死亡退職金」は,相続財産ではなく,遺族固有の権利である。
「遺族」の範囲については,国家公務員退職手当法を参考にすべきである。同法によると,「この法律の規定による退職手当は,常時勤務に服することを要する国家公務員が退職した場合に,その者(死亡による退職の場合には,その遺族)に支給する」と定め(同法2条1項),「遺族」とは,第1順位として「配偶者」と定めている(同法2条の2第1項1号)。また,労働基準法施行規則42条ないし45条においても,遺族補償の受給権者については,配偶者を第1順位としている。したがって,本件退職金規程3条の「遺族」についても,配偶者を指すと解されるところ,破産者は,Cの配偶者であるから,「遺族」に該当する。
(3) したがって,本件退職金規程に基づくCに関する退職金の受給権者は,配偶者である破産者のみであり,破産者は,固有の権利として被告に対する退職金請求権を有している。
(被告)
(1) 本件退職金規程上の退職金は,飽くまでも退職者に対して支払義務を負うものであって,遺族あるいは家族固有の権利とは言い難い。
(2) Cは,日本私立学校振興・共済事業団から200万円を借り入れており,同借入金については,退職その他の理由により返還できない場合には,退職金より優先して未払返還金を差し引くことを承諾しているところ,被告におけるこのような取扱は,退職金について遺族(又は家族)に固有の受給権が発生しないことが前提とされている。
(3) 仮に,遺族固有の受給権として規定するのであれば,固有の受給権を取得する遺族の範囲及び順位を規定する必要があるところ,本件退職金規程は,そのような内容にはなっていない。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実並びに証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) Cは,平成17年9月28日,日本私学学校振興・共済事業団に対し,200万円の借入れ申込みをした。同日,Cは,被告に対し,「私学事業団より(一般・住宅・災害・医療・教育・結婚)貸付として金200万円を借用するにあたり,私学事業団貸付規則に定められた償還方法に従い返還することとし,償還途上において,退職その他の理由により返還できない場合は,退職金より優先して,未償還金を差し引くことを承諾いたします。」等と記載した私学事業団貸付申込書兼承諾書を提出した(<証拠省略>)。Cは,同年10月3日,日本私学学校振興・共済事業団から,上記承諾書記載の内容のほか,120回の分割弁済等を内容として,上記200万円を借り入れた(<証拠省略>)。
(2) Cは,平成21年8月27日,死亡した(<証拠省略>)。
(3) 破産者について,平成21年10月15日,相続放棄申述が受理された(<証拠省略>)。
(4) 破産者は,平成22年2月26日,破産手続開始決定を受けた。
(5) 本件退職金規程3条は,第2(2)イ記載のとおりであるところ,本件退職金規程には,死亡により退職金が発生する場合について,その受給権者である遺族の範囲及び順位等に関する個別具体的な規定はない。
2 検討
(1) 原告は,本件退職金規程上の退職金支払請求権は,相続財産となるのではなく,遺族が固有に取得する権利であると主張する。
ア そもそも,労働者本人が在職中に死亡することによって受給権が発生する退職金(死亡退職金)は,労働者が死亡した後の遺族の生活保障的な性格・機能と労働者の功労報償ないし賃金の後払い的性格という側面を有しているところ,退職金が相続財産となるのか,遺族固有の権利であるのかという点に関しては,死亡退職金の上記したような両性格のどちらがより強いかという観点から考えるべきであり,結局は,個別具体的な退職金に関する規定の趣旨目的,文言等の諸事情を総合した上で,個別に判断するのが相当であると解される。
イ これを本件についてみると,確かに,本件退職金規程3条(1)は,退職金の受給権者について,「相続人」ではなく「遺族」という文言が使用されている。しかし,上記認定事実及び弁論の全趣旨によると,①本件退職金規程には,退職金受給権者の範囲及び順位について,民法の規定する相続人の順位決定の原則と異なる規定は設けられていないこと,②本件退職金規程3条は,その規定文言からして,本人に退職金の受給権があることを前提としていると解され,そうすると,同条(1)にいう「遺族」とは,相続人を指すと解するのが相当であること,③Cは,在職中の借入金について,退職その他の理由により返還できない場合には,退職金より優先して未返還金を差し引くことを承諾しているところ,同承諾は,遺族の生活保障的な側面とは必ずしも相容れないものであること,④これまで被告において,死亡退職金の支給に関し,遺族固有の権利であることを前提とした支給慣行があったことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,以上の事実が認められる。
ウ 以上の事情を総合して勘案すると,本件退職金規定上の退職金については,主として生活保障的な性格・機能を目的としたものであるとはまではいえず,また,相続という関係とは別個独立して支給されるものであると解すべき合理的な根拠も見出し難い。そうすると,同規程に基づく退職金支払請求権は,遺族固有の権利であるとは解し難く,Cに係る相続財産に含まれるものであると解するのが相当である。
そして,上記認定事実のとおり,破産者は,相続放棄をしており,本件退職金請求権を相続したとはいえず,原告の被告に対する退職金請求権は存在しないといわざるを得ない。
エ 原告は,遺族の範囲及び順位に関する具体的な規定が存在しない点について,本件においては,国家公務員退職手当法を参考にすべきであると主張するが,本件退職金規程の成立経緯等は必ずしも明確ではないことに加え,上記したとおり,本件退職金請求権は,Cの借入金返済に関する差引原資となっていること,同法を適用すべき明確な根拠規程が存在しないことをも併せかんがみると,本件退職金規程に係る死亡退職金の受給権者について,同法の適用を前提としていたとまで解することはできず,その他に原告の上記主張を根拠付けるに足りる的確な証拠は見出し難い。したがって,原告の上記主張は理由がない。
なお,上記認定事実等に照らすと,原告が指摘する最高裁判決と本件事案は,その前提となる事実(本件退職金規程の内容等)を異にしているといわざるを得ず,同最高裁判決をもって,原告の主張を理由付けることはできない。
3 結論
以上のとおりであって,原告の請求は,理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤裕之)