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大阪地方裁判所 平成23年(ワ)11492号 判決 2012年10月25日

原告

株式会社レザック

同訴訟代理人弁護士

近藤剛史

武田大輔

同訴訟代理人弁理士

籾井孝文

被告

サンテクス株式会社

被告

株式会社塚谷

上記両名訴訟代理人弁護士

飯島歩

生沼寿彦

岡田徹

同訴訟代理人弁理士

鳥居和久

中塚雅也

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1) 被告らは,別紙被告製品目録記載の各製品を製造し,販売し又は販売のために展示してはならない。

(2) 被告らは,前項の製品を廃棄せよ。

(3) 被告らは,原告に対し,各自8000万円及びこれに対する平成23年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4) 訴訟費用は被告らの負担とする

(5) 仮執行宣言

2  被告ら

主文同旨

第2事案の概要

1  前提事実(当事者間に争いがない。)

(1) 当事者

原告は,レーザー光線使用機器による合板・プラスチック・金属等の切断及び彫刻加工等を目的とする会社である。

被告サンテクス株式会社は,ソフトウェアの開発及び販売等を目的とする会社である。

被告株式会社塚谷は,切断機曲機一式販売等を目的とする会社である。

(2) 原告の有する特許権

原告は,以下の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を「本件特許発明」という。また,本件特許に係る出願明細書を「本件明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。

特許番号   第2139927号

発明の名称   ナイフの加工装置

出願日   平成5年4月21日

登録日   平成11年1月22日

訂正審判確定日   平成18年9月6日

特許請求の範囲

【請求項1】

「長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と,上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において,上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段と,上記ナイフの曲げ加工に関する実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部と,上記実測値のデータベースに基づいて上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを修正する特性データ修正手段とを具備し,上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ修正手段により修正された特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とするナイフの加工装置。」

(3) 構成要件の分説

本件特許発明は,以下のとおり分説することができる。

A 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と

B 上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段

C とを具備するナイフの加工装置において

D 上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段と

E 上記ナイフの曲げ加工に関する実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部と

F 上記実測値のデータベースに基づいて上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを修正する特性データ修正手段とを具備し

G 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ修正手段により修正された特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とする

H ナイフの加工装置。

(4) 被告の行為

被告らは,別紙被告製品目録記載の各製品(以下「被告製品」という。なお,被告製品の具体的な構造等については別紙被告製品説明書のとおりである。)を販売し,販売のために展示している。

被告サンテクス株式会社は,被告製品を製造している。

被告製品は,前記(3)の本件特許発明の構成要件のうち,AないしC及びHを充足する。

2  原告の請求

原告は,被告らに対し,本件特許権に基づき,被告製品の製造等の差止め及び同製品の廃棄を求めるとともに,不法行為に基づき,各自8000万円の損害賠償及びこれに対する平成23年9月17日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

3  争点

(1) 被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2) 損害額(争点2)

第3争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

前提事実(4)のとおり,被告製品は,本件特許発明のAないしC及びHを充足するほか,以下のとおり,その余の構成要件DないしGも充足する。

(1) 被告製品の構成

被告製品の構成は,本件特許発明の構成要件の分説に対応して分説すれば,次のとおりである。

a 長尺薄板状のナイフの自動曲げ機「Auto Bender」のソフトウェア部(以下「ソフトウェア部」という。)には,「LOADアイコン」(作業手順提案書1頁の「⑨『LOAD』をクリックして下さい。」,設定手順提案書1頁のソフトウェア画面画像 左上)で指示されるCAD等で作成された長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状の「(1)データ読み込み」の項,「NCファイル,DXFファイル,CF2ファイル,DDES2ファイルと曲げ条件を付加した専用のSMOファイルが読み込めます」(Auto Benderマニュアル ページ(2)9行目~16行目)を行うソフトウェア部曲げ加工形状入力手段があり

b 上記「LOADアイコン」によるデータ読み込みにより入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出するソフトウェア部内部演算手段(Auto Benderマニュアル ページ(3)39行目~40行目「(5)シミュレーション」の項,「画面上で,仮想的に曲げ状態をチェックできます」)

c とを具備するナイフの加工装置において

d 上記ナイフの曲げ加工に関する「Param.アイコン」(Auto Bender設定手順提案書2頁 ソフトウェア画面画像 左下から2番目)で指示される内部パラメータには,パラメータ(18)「R=0曲(>60)伸び振分率」,(29)「円弧曲げ時,増加曲げ%」,(37)「最大送り時追加曲げ%」,(74)「円弧内ブリッジ,曲げ追加%」,(94)「刃の厚み」(Auto Benderマニュアル ページ(6)~(7)),「円弧曲げ角調整」(設定手順提案書7頁),「伸び長さ調整」(設定手順提案書8頁)などの特性データを入力するソフトウェア部特性データ入力手段があり

e 上記ナイフの曲げ加工に関する「Param.アイコン」(Auto Bender設定手順提案書2頁 ソフトウェア画面画像 左下から2番目)で指示される内部パラメータには,パラメータ(18)「R=0曲(>60)伸び振分率」,(29)「円弧曲げ時,増加曲げ%」,「それを補正する」,(37)「最大送り時追加曲げ%」,「パラメータの補正」,(74)「円弧内ブリッジ,曲げ追加%」,「補正する%」,(94)「刃の厚み」,「補正設定の時に使用します」(Auto Benderマニュアル ページ(6)~(7))と記載され,実測値のデータベースを記憶するソフトウェア部実測値記憶部が存在し

f 上記実測値のデータベースに基づいて上記ナイフの曲げ加工に関する上記「Param.アイコン」で指示される内部パラメータには,パラメータ(18)「R=0曲(>60)伸び振分率」,(29)「円弧曲げ時,増加曲げ%」,「それを補正する増加曲げ%です」,(37)「最大送り時追加曲げ%」,「大きな半径の円弧曲げパラメータの補正が簡単になります」,(74)「円弧内ブリッジ,曲げ追加%」,「円弧が曲がりすぎるため補正する%です」,(94)「刃の厚み」,「Shift+Lの長さ補正設定の時に使用します」(Auto Benderマニュアル ページ(6)~(7)),「円弧曲げ角調整」(設定手順提案書7頁),「伸び長さ調整」(設定手順提案書8頁)などの特性データを補正するソフトウェア部特性データ修正手段とを具備しており

g ソフトウェア部には曲げ加工形状入力手段に相当する「LOADアイコン」により指示されるデータ読み込み,特性データ入力手段,特性データ修正手段に相当する「Param.アイコン」により指示される内部パラメータには,(18)「R=0曲(>60)伸び振分率」,(29)「円弧曲げ時,増加曲げ%」,(37)「最大送り時追加曲げ%」,(74)「円弧内ブリッジ,曲げ追加%」,(94)「刃の厚み」,「円弧曲げ角調整」(設定手順提案書7頁),「伸び長さ調整」(設定手順提案書8頁)などが具備されており,上記「Param.アイコン」内部パラメータの数値修正等により修正された特性データに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴としている

h ナイフの加工装置。

(2) 構成要件D

ア 「特性データ」の意義

修正前の特性データは,実測値記憶部のそれまでのデータに基づいて,具体的曲げ加工における予想誤差を推計することで算出される。

これに対し,実測値による修正後の特性データは,実際に行われた曲げ加工における誤差を実測することにより得られるものである。

イ 被告製品が構成要件Dを充足すること

被告製品の構成dは,パラメータとして,(18)「R=0曲(>60)伸び振分率」,(29)「円弧曲げ時,増加曲げ%」,(37)「最大送り時追加曲げ%」,(74)「円弧内ブリッジ,曲げ追加%」,(94)「刃の厚み」,「円弧曲げ角調整」,「伸び長さ調整」などの特性データを入力する構成を有する。

これが特性データを入力する特性データ入力手段に当たることは明らかである。

(3) 構成要件E

ア 「実測値」及び「実測値のデータベース」の意義

実測値は,実際に行われた曲げ加工における誤差を実測したものであり,実測値記憶部に記憶される。

実測値のデータベースは,実測値を集積してデータベース化したものである。

イ 被告製品が構成要件Eを充足すること

被告製品は,前記(2)のパラメータを補正することができるものであり,これらの特性データを補正するためには,実測値のデータベースの存在が不可欠又は大前提となる。

また,被告製品は,刃種(加工形状)ごとに補正後のパラメータを登録保存することができる機能を有する。

このように,被告製品は,実測値に関する複数のデータを有するものであり,これらが実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部に当たることは,明らかである。

(4) 構成要件F

ア 「特性データ修正手段」の意義

特性データは,上記実測値のデータベースに集積された過去のデータから,当該曲げ加工に近似したケースのデータに基づいて,推計するものである。しかし,このような推計には誤差が生じる。

特性データ修正手段は,実際に生じた誤差を実測し,これによって得た実測値に基づいて,より正確な特性データに修正する手段である。

イ 被告製品が構成要件Fを充足すること

前記(3)のとおり,被告製品は,前記(2)のパラメータを補正することができるものであるから,特性データを補正するソフトウェア部特性データ修正手段を有することが明らかである

(5) 構成要件G

前記のとおり,被告製品は,入力した幾何学的な曲げ加工形状と前記(4)のソフトウェア部特性データ修正手段により修正した特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴としているものである。

よって,被告製品は,構成要件Gを充足する。

【被告らの主張】

以下のとおり,被告製品は,構成要件DないしGを充足しない。

(1) 構成要件D

ア 「特性データ」の意義

「特性データ」とは,構成要件Fのとおり,実測値のデータベースに基づいて修正されるものである。

イ 被告製品が構成要件Dを充足しないこと

後記(2)のとおり,被告製品は,構成要件Eの「実測値のデータベース」及び構成要件Fの「実測値のデータベースに基づいて」「特性データを修正する特性データ修正手段」の構成を有しない。

したがって,被告製品は,実測値のデータベースに基づいて修正される「特性データ」を有していないから,構成要件Dを充足しない。

(2) 構成要件EないしG

ア 「実測値のデータベース」及び「特性データ修正手段」

「実測値のデータベース」は,実際に加工をした後,加工した製品を実測した上,その実測値をデータベース化したものであり,「特性データ修正手段」は,上記実測値のデータベースを特性データに随時反映させていくためのものである。

イ 被告製品が構成要件EないしGを充足しないこと

被告製品は,出荷時に設定した素材や機械の特性に関するマスターデータについて,事後的に変更することを予定していない。加工により誤差が生じた場合には,マスターデータを参照して算出された曲げ加工データのパラメータについて,直接補正する構成のものである。

被告製品は,出荷時に素材や機械の特性が適切に入力されており,実用十分な加工精度が保たれているため,補正が必要となる頻度はさほど多くない。そもそも,実測値に基づく学習機能は,素材の安定性,加工条件,測定条件等が整っていなければ,単に信頼性の低いデータを蓄積し,本来的には一定水準を維持しているはずのデータの精度を低下させてしまうことになる。

したがって,被告製品は,実測値を集積してデータベース化していく構成や,このデータベースに基づいて特性データを修正する構成を有するものではない。

2  争点2(損害額)について

【原告の主張】

被告らは,平成23年8月までの間に,業として,一個当たり平均単価800万円で,少なくとも50台(年平均5台)の被告製品を製造,販売しており,被告らが受けた利益の額は,8000万円(1台当たり160万円)である。

原告は,少なくとも同額の損害を被ったものと推定される(特許法102条2項)。

【被告らの主張】

争う。

第4当裁判所の判断

1  本件特許発明が前提とする従来技術及び解決しようとする課題

(1) この点に関し,本件明細書には以下の記載がある。

「【発明の詳細な説明】

【0001】

【産業上の利用分野】本発明は,打ち抜きプレス加工などにより紙,プラスチック,段ボールなどのシートを所定形状に打ち抜いたり,これに折り目を付けるために用いられる長尺薄板状のシート加工用ナイフ(以下ナイフ)を素材から切断し,この所定の形状に折り曲げる加工装置に関するものである。

【0002】

【従来の技術】例えば,図5に示す如く,この種のナイフAは,薄肉(例えば肉厚寸法0.4~1.0mm),帯状であって,刃先1を有し,断面が略矩形状に形成されている。そして,このナイフAは,木製,金属製,樹脂製等のナイフ保持台2に連続的に形成されたナイフ嵌入溝3に嵌入固定されて使用される。上記ナイフ嵌入溝3は,例えばレーザ加工により予め所定形状(抜き型に対応する形状)に形成されている。他方,上記ナイフAは,その背部4側を図外の定盤上に沿わせて載置されると共に,該ナイフAの両側面から一組の加工ダイスにて挟圧されることにより曲げ加工が施され,所定の屈曲部5が形成される。上記したレーザを用いたナイフ嵌入溝3の加工は,ナイフ嵌入溝3の幾何学的形状(パターンデータ)をCADにより作成し,このCADデータを用いて従来行われていた。従ってこのナイフ嵌入溝3に嵌入されるナイフAの曲げ加工も上記CADデータを用いれば便利である。図6はこのようなCADデータを用いた従来のナイフの加工装置Bの一例における概略構成を示すブロック図,図7はナイフAの曲げ加工中の状態を示す説明図である。図6に示す如く,従来のナイフの加工装置Bは,ナイフAの幾何学的な曲げ加工形状を表す図形データD1をCADデータから入力する図形データ入力部6と,上記図形データ入力部6により入力された図形データD1に基づいてナイフAの切断加工データD3及び曲げ加工データD4を幾何学的に算出する演算部8と,演算部8により算出された切断加工データD3に基づいてナイフAの素材からの切断加工を行う切断加工部9と,切断加工部9により切断加工された素材を,同じく演算部8により算出された曲げ加工データD4に基づいて曲げ加工を行う曲げ加工部10等から構成されている。

【0003】ここで,曲げ加工部10は,図7に示すように上記切断された素材に一対の加工ダイスである固定ダイス10aと,移動ダイス10bとを用いて曲げ力をあたえることにより曲げ加工を行い,この曲げ加工の都度上記ナイフAの素材を送り出して所望の曲げ状態を持つナイフAの製品を得るものである。このため上記曲げ加工データD4には加工ダイス10bの上記ナイフAの素材に対する曲げ動作量(押し量)Miと,上記ナイフAの素材の送り出し動作量(送り出し量)Siと,曲げ動作回数Nとが含まれ(i=1,2,…),またナイフAの曲げ加工形状は複数の屈曲部と該屈曲部間を連結する直線部とからなる多角形状をなしている。以下,この従来の装置BによるナイフAの加工手順について図5~図7を参照しつつ概略説明する。オペレータにより図形データ入力部6を用いてナイフAの図形データD1が入力される。図形データD1はナイフ据付台2の加工を行うためにあらかじめ用意されたCADデータが用いられる。演算部8によりこの図形データD1から,ナイフAの中心線の直線部と屈曲部との合計長さ(延べ距離)が算出され,切断加工データD3として切断加工部9に出力されると共に,同じく演算部8により所定のルールに従って,曲げ加工データD4が作成され,曲げ加工部10に出力される。そして,ナイフAの素材は,切断加工データD3に基づいて切断加工部9により切断加工が施された後,曲げ加工データD4に基づいて曲げ加工部10により曲げ加工が施されて製品化される。上記製品化されたナイフAは,この後,CADデータD5に基づいて別途溝加工が施されたナイフ保持台2に,人手により植刃される。

【0004】

【発明が解決しようとする課題】上記したような従来のナイフの加工装置Bによる出力データ及びCADデータD3~D5に基づいて上記ナイフA及び上記ナイフ保持台2を加工した場合,両者の加工形状が一致しないことがある。このため,植刃に際し,ナイフ保持台2のナイフ嵌入溝3にナイフAを嵌入固定できなかったり,また嵌入固定できた場合でも複数のナイフを嵌入固定したときに該ナイフ同士が干渉したり,逆に間隙が生じたりして,上記ナイフAに要求される性能であるシート加工性能を損ったり,ナイフA自体の寿命を縮めたりするおそれがあった。これは,上記ナイフAの加工上の粘弾性特性(スプリングバック等)といった非線形な特性に起因することが多く,特に上記ナイフAの屈曲部の曲げ半径が小さい場合に顕著となる。そこで,本発明は,上記事情に鑑みて創案されたものであり,ナイフの曲げ加工に関する特性を考慮することにより該ナイフの加工を正確に行いうるナイフの加工装置の提供を目的とするものである。

【0005】

【課題を解決するための手段】上記目的を達成する為に,本発明が採用する主たる手段は,その要旨とするところが,長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と,上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において,上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段と,上記ナイフの曲げ加工に関する実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部と,上記実測値のデータベースに基づいて上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを修正する特性データ修正手段とを具備し,上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ修正手段により修正された特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とするナイフの加工装置である。(略)」

【図5】ナイフAを素材から切断加工した状態を示す説明図

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【図6】従来のナイフの加工装置Bの一例における概略構成を示すブロック図

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【図7】ナイフAの曲げ加工中の状態を示す説明図

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(2) 前記(1)の各記載によれば,①本件特許発明の構成要件AないしCの構成は従来技術であること,②従来技術には,ナイフの加工上の粘弾性特性(スプリングバック等)といった非線形な特性に起因し,入力した曲げ加工形状と実際の加工形状とが一致しないことがあるという課題が存在したこと,③本件特許発明は,曲げ加工データを算出するに当たり,ナイフの曲げ加工に関する特性を考慮するとともに,ナイフの曲げ加工に関する実測値のデータベースに基づいて上記特性に関するデータを修正することにより,上記課題を解決しようとしたものであることが認められる。

2  争点1(被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するか)について

以下のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件EないしGを充足するとは認めることができないから,本件特許発明の技術的範囲に属するとはいえない。

(1) 構成要件Eの非充足

ア 原告の主張する被告製品の構成について

原告の主張するとおり,被告製品のマニュアル(甲8)には,前記第3の1【原告の主張】(1)の構成eの内容が記載されていることが認められる。

しかしながら,この記載自体は,原告が構成要件F(特性データ修正手段)に対応する構成であると主張する前記第3の1【原告の主張】(1)の構成fと同一のものであって,その記載内容をみても,被告製品に実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部が存在することを窺わせるものではない。結局のところ,本件で,原告は,構成要件E(実測値のデータベースを記憶する実測値記憶部)に対応する被告製品の構成について,何ら特定できていないのである。

この点に関し,原告は,前記第3の1【原告の主張】(3)のとおり,特性データを補正するためには,実測値のデータベースの存在が不可欠又は大前提となる旨主張するが,その根拠を全く明らかにしていない。かえって,後記のとおり,特性データを実測値に基づいて補正することと,実測値のデータベースを有するかどうかは別の問題である。

イ 原告の実験1ないし5について

原告は,被告製品を実際に操作し,その動作などを見分する実験を行い(後記(2)参照),その結果をもとに,被告製品は,過去の曲げ加工により生じた誤差のデータを集積しており,構成要件Eを充足すると述べる(原告準備書面(4))。

しかしながら,上記実験結果(甲42~49〔枝番省略〕)によれば,後記(2)のとおり,曲げ加工データと実際に加工した結果との間に誤差が生じた場合,その誤差のデータ(実測値)に基づいて特性データを修正することができることは認められるものの,上記誤差のデータを他のデータ等と区別したデータベース(実測値のデータベース)として被告製品内に集積することを窺わせる操作や動作は全くなく,上記実験結果をもって,被告製品が構成要件Eを充足するとは認めることができない。

また,実験4の結果は,後記(2)ウのとおり,オペレータが,特定の角度について「角度曲げ角調整」のパラメータを任意の値に変更したところ,(他の角度についても自動的に変更された上)その変更結果が,そのまま保存され,全く同じ曲げ加工形状を入力した場合に,同じ「角度曲げ角調整」のパラメータが出力されるというものである。

この実験結果も,被告製品において「角度曲げ角調整」のパラメータを修正する(変更する)ことができること,一部のパラメータを修正した場合,修正した以外の角度に対応するパラメータも自動演算により修正されること,その結果として全く同じ曲げ加工形状(これ自体は特性データを含まない)を入力した場合,上記のとおり修正されたパラメータにより計算されることが認められるにすぎず,実測値がデータベースとして記憶されていることを窺わせる事象は確認できない。

(2) 構成要件Fの非充足

以下のとおり,被告製品が,実測値のデータベースに基づいてナイフの曲げ加工に関する特性データを修正する特性データ修正手段を具備していると認めることはできない。

ア 原告の主張する被告製品の構成について

原告の主張するとおり,被告製品のマニュアル(甲8)には,前記第3の1【原告の主張】(1)の構成fの内容が記載されていることは認められる。

この記載によれば,被告製品がパラメータ(特性データ)の補正のための手段を有していることは窺えるものの,実測値のデータベースに基づいて特性データを修正する構成を有することを窺わせるものとまではいえない。

イ 実験1ないし3に基づく原告の主張

原告は,被告製品を用いて次の実験を行い,その結果をもとに,被告製品が,実測値のデータベースに基づいてナイフの曲げ加工に関する特性データを修正する特性データ修正手段を具備していると述べる(原告第4準備書面)。

その実験内容をみると,次のとおりである。

(ア) 原告は,特定の金属を曲げ加工するに当たり,4種類の曲げ加工形状(60°,57!5°,45°,30°の4種類の角度で1回だけ曲げ加工したもの)を入力し,「角度曲げ角調整」のパラメータ(初期設定値)を表示させた上,その後,曲げ加工を実施し,その実測値と照合したところ,誤差が生じたことを確認した(甲43の1~5:実験1)。

(イ) その上で,ある特定の角度(実験では30°)に対応するパラメータの値を減少させて入力したり,増加させて入力したりした際,他の角度についての対応するパラメータが変更されていることを確認した(甲44,甲45の1:実験2)。

(ウ) さらに,変更された前記パラメータに基づき,実際に曲げ加工を行った(甲45の2~5:実験3)。

ウ 実験1ないし3についての検討

(ア) 実験1について誤差が生じること自体は争いがなく,本件特許発明の課題の前提となる事象である。

(イ) また,実験2において,「角度曲げ角調整」のパラメータを変更しているが,これによれば,被告製品においては,所望の角度に応じた特性データを修正する(実測値と置き換える)ことができること,補正した以外の角度に対応する特性データも自動演算により修正されることが認められる。

しかしながら,特性データを実測値に基づいて修正する(又は実測値と置き換える)ことができる構成を有するとしても,そのことから実測値のデータベースが存在するなどとはいえないし,補正した以外の角度に対する特性データについて自動演算がされるとしても,これも実測値のデータベースの有無とは無関係の構成である。

(ウ) 実験3については,実験2で得られた「角度曲げ角調整」のパラメータに基づき,曲げ加工を行ったというだけのことであり,その結果をもって,被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することを何ら裏付けるものではない。

エ 実験4について

また,原告は,実験1ないし3の追加実験(実験4)を行い,その結果をもとに,被告製品は,誤差の実測に基づき修正された特性データを記録し,それを呼び出すことができるデータベースを有する構造であると主張する。具体的には,「角度曲げ角調整」のパラメータの初期設定値が修正され,かつ,修正された結果が記憶されていると述べる(原告第4準備書面)。

その実験内容は,実験1ないし3の後,被告製品に,実験1ないし3に用いた曲げ加工形状のデータとは別のファイルであるが,全く同じ形状を入力した結果,表示される「角度曲げ角調整」のパラメータが,実験2の最終段階で表示されたパラメータと同じであったことを確認したというものである(弁論の全趣旨:実験4)。

しかしながら,このことから,被告製品において,「角度曲げ角調整」のパラメータ(特性データ)が変更された場合に,その変更結果が記憶されるということはいえても,追加実験(実験4)において曲げ加工データを算出するに当たり,「実測値のデータベース」に基づいて「角度曲げ角調整」のパラメータ(特性データ)が修正されたものであるとはいえない。

したがって,実験4の結果をもとに,被告製品が,実測値のデータベースに基づいて何らかのデータを修正する手段を有しているということはできない。

オ 実験5について

原告は,円弧曲げ調整のパラメータについても同様の実験(甲48の1~6,甲49の1~6:実験5)を行い,前記実験1ないし4と同様の主張をしている。

しかしながら,前記アないしウと同様,上記実験においても,被告製品について,「実際に加工した結果と曲げ加工データとの誤差」等である「実測値」を「データベースとして」記憶する構成が確認されたわけではなく,上記データベースに基づいて何らかのデータを修正しているともいえない。

カ まとめ

結局,原告の行った実験1ないし5によって認められる被告製品の構成は,構成要件Fを充足するとはいえない。

前記1の【図6】の記載(従来技術の構成)によれば,「(現物合せ)」との記載から「CADデータ」との記載に向かって矢印が引かれ,「現物打合せ結果のフィードバック」と付記されている。この記載によれば,従来技術においても,実際に加工した結果に基づいて曲げ加工データが修正されるものとされていることが窺われる。

仮に,原告が,実測値に基づいて特性データを修正すること(又は実測値と置き換えること)をもって,構成要件Fの「実測値のデータベースに基づいて」「特性データを修正する」を充足するというのであれば,文言から逸脱した解釈というべきであるし,上述した従来技術等からすれば,自明の構成,少なくとも当業者において極めて容易に想到することができる構成をもって,構成要件Fに該当するというに等しいものである。

(3) 構成要件Gの非充足

前記(1),(2)のとおり,被告製品は,実測値のデータベースやその記憶部を有しているとはいえず(構成要件Eの非充足),上記実測値のデータベースに基づいてデータを修正する手段を有しているともいえない(構成要件Fの非充足)。したがって,被告製品は,修正された(特性)データに基づいて曲げ加工データを算出するとはいえず,構成要件Gを充足することもない。

3  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求にはいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 松川充康 裁判官 西田昌吾)

file_5.jpg別紙

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