大阪地方裁判所 平成23年(ワ)13477号 判決 2013年6月20日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
梅田章二
同
河村学
同
西川大史
同
楠晋一
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
松下守男
主文
1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,24万7854円及びこれに対する平成23年7月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成23年8月から本判決確定の日まで,毎月17日(1月は18日)限り31万3460円の割合による金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告に嘱託社員(自動車運転手)として1年の期間で雇用されていた原告が,期間途中の平成23年6月29日に解雇されたのが無効であるとして,労働契約上の地位確認及び解雇後の賃金の支払を請求する事案である。
1 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 被告は,大阪市交通局から,大阪市営バス(以下「市バス」という。)のうちa,b町及びcの各営業所が所管する路線の運行業務等の委託を受けている株式会社である。
(2) 原告は,平成20年8月1日,路線バスの乗務に関する業務を内容とする嘱託社員(自動車運転手)として,雇用期間を同日から平成21年3月31日まで,賃金は月額基本給(17万円)と諸手当で,毎月末日締め,給料及び通勤手当は当月17日払い,その他諸手当は翌月17日払い(ただし1月に限りいずれも18日払い)の約定で採用された。
(3) 原被告間の労働契約は,平成21年から平成23年の各3月に,いずれも雇用期間を各年4月1日から翌年3月31日までの1年間として更新が繰り返された。原告の就労場所は,当初はd営業所であったが,同営業所の廃止に伴い,平成22年3月にb町営業所へ異動した。
(4) 原告は,平成23年6月16日午後1時24分頃,路線バスを運行中,停車していたJR・e駅前停留所から発進した約5秒後にブレーキを踏み,バスを停止させた。その際,車内最後部の座席に着席しようとしていた男性乗客(以下「本件乗客」という。)が転倒した。本件乗客は,終点のb町4丁目で下車する際,転倒して腰に痛みがある旨原告に申告したことから,原告は営業所に連絡し,本件乗客は救急車で搬送された。(以下「本件事故」という。甲9,ほか証拠<省略>,弁論の全趣旨)
(5) 被告は,平成23年6月17日,b町営業所のB所長から,翌日以降の自宅待機を指示され,同月29日,別紙の解雇通知書<省略>記載の理由により,同日付けで解雇する旨の通知を受けた(以下「本件解雇」という。)。
(6) 原告が被告から平成23年1月から同年6月までに支払を受けた賃金(基本給及び諸手当)の平均は31万3460円であった。また,同年7月に支払を受けた賃金は6万5606円であった。
(7) 被告の嘱託社員(自動車運転手)就業規則9条では「社員が次の各号の1に該当する場合は,解雇する。」とされ,同条(2)には「勤務成績が著しく不良で,勤務に適さないと認められるとき」との規定がある。
2 争点-本件解雇の有効性
(1) 被告の主張
ア 原告は,JR・e駅前停留所に停車したが,左端車線が駐車車両でふさがっていたことから,右車線に移動して進行することとなった。しかし,発進する際,ミラー等で車内の乗客の姿勢の安定度を確認してから前後左右の安全を確認して発進動作に移るべき注意義務を怠り,車内で本件乗客が半身の体勢で着席を済ませていないこと,右車線後方から乗用車が接近していることに気付かぬまま,漫然と発進させたため,約5秒後にブレーキを踏まざるを得なくなった結果,本件事故を惹起した。
イ 原告は,発進前後を通じて顔を正面に向けたままであったから,ミラーや直接目視により車内を確認していたとは認められず,車内で本件乗客とは別の女性客(以下「本件女性客」という。)が動き出したのが見えたためブレーキを踏んだという原告の弁明は信用できない。車内を確認していれば,本件乗客が着席していないことを十分把握できたはずであり,本件乗客が安定した姿勢になるまでバスを発進させてはならなかった。原告がブレーキを踏んだのは,右隣車線の後続車両の有無や速度の確認が不十分で,右隣車線の後方から接近する白い車に気付かなかったためである。
ウ 原告には,被告での勤務中,本件事故以前にも以下のとおり多数の事故歴があり,その都度指導等を行ってきた。
(ア) 平成22年3月25日午前7時14分頃,大阪市<以下省略>先を走行中,左後方の乗用車に気付かぬまま,停留所に停車するため右から左に車線変更しようとし,乗用車のドアミラーに自車の左後輪安全カバーを接触させた(以下「別件事故①」という。)。
(イ) 平成22年7月31日午後9時19分頃,大阪市<以下省略>先を走行中,左車線から自車前方にタクシーが急発進してきたため急停車したことにより,乗客1名に前腕部打撲傷,1名に顔面打撲の傷害を負わせた(以下「別件事故②」という。)。
(ウ) 平成22年9月3日午前7時27分頃,大阪市<以下省略>先を走行中,赤信号に気付くのが遅れ急停車したため,乗客1名に捻挫の傷害を負わせた(以下「別件事故③」という。)。
(エ) 平成22年12月25日午後0時22分頃,大阪市<以下省略>先のf町1丁目停留所に停車しようとした際,目測を誤り,自車左サイドミラーを停留所の標柱に接触させ,双方を損傷させた(以下「別件事故④」という。)。
(オ) 平成23年3月3日午前10時頃,大阪市<以下省略>先で,前方の停留所に先行するバスが停車中であったのに速度を落とさず,前方の原動機付自転車との車間距離を詰めながら走行していたところ,原動機付自転車がふらついたため急停車し,これにより乗客1名に捻挫の傷害を負わせた(以下「別件事故⑤」という。)。
エ 本件事故は,原告が発進時の基本的ルールを遵守しなかったため,発進後5秒で停止するブレーキ操作を余儀なくされたのが直接の原因であり,度重なる事故を起こし,その都度指導等を受けながら,なおも基本的義務をおろそかにして本件事故を惹起した原告の不適格性は顕著かつ明確であるから,本件解雇には客観的かつ合理的な理由と社会的相当性がある。
(2) 原告の主張
ア 原告は,JR・e駅前停留所に停車後,車内の乗客の安全を確認した上で発進させたが,本件女性客が車内を歩き始めたため,安全確保のため停車させた。速度は未だ出ておらず,減速もゆるやかであり,決して急制動ではなかった。本件乗客の姿は,立ち席の乗客が多くミラーによっても見えない状況で,転倒したことも確認できなかったが,終点のb町4丁目で本件乗客から車内で転倒して腰を打ったとの申告を受けたものである。
イ 被告は,原告がブレーキを踏まざるを得なくなった真の原因は,右隣車線後方から接近する白い車に気付かないまま発進させたことにあると主張するが,原告は発進後しばらく左端車線を走行してから右隣に車線変更しており,停止しなくても白い車と衝突する危険はなかったのであるから,右隣車線の白い車の接近は本件事故と無関係である。
ウ なお,被告は過去の事故歴として別件事故①~⑤を挙げるが,いずれも本件解雇の合理性や相当性を裏付けるものではない。
(ア) 別件事故①は,左側車線から原告運転のバスを追い抜こうとした相手車両が,バスに並んだ状態のまま前方の駐車車両で進路をふさがれて行き場を失い,右車線に幅寄せしながら急減速した際に操作を誤ってバスに接触したことで発生した事故であって,原因は相手車両の無謀運転と操作の誤りにあり,原告は左へハンドルを切っておらず責任はない。
(イ) 別件事故②は,左側車線に停車していたタクシーが,突然急発進して,右隣車線を走行していた原告運転のバスの直前に入り込んできたために起きた事故である。原告は時速約45kmで安全走行しており,ブレーキの直前には警笛で注意喚起もしたのであって,事故の原因は専ら相手車両の無謀な車線変更と安全確認懈怠にあり,原告に責任はない。
(ウ) 別件事故③は,停留所から発進して時速10kmほどで前方交差点を通行しようとした際に,信号が黄色に変わったことから,ゆっくりとブレーキをかけてバスを停車させたに過ぎない。
(エ) 別件事故④は,仮設の標柱が通常より道路側にはみ出していたこと,停留所前に設置されていた工事案内板が邪魔になり停留所の位置が見づらかったことにより,感覚のずれから誤って起こした事故であるが,なるべく停留所の近くにバスを寄せて停車し,乗客の安全を図ろうとした配慮の結果でもあり,損害も大きくはない。
(オ) 別件事故⑤は,前方を走行していた原動機付自転車が,左折すべき交差点を通過してしまい,強引に急転回して左折しようとした際,バランスを崩して転倒しそうになったため,原告はやむなくバスを停止させたものである。原告は原動機付自転車がふらつき始めてからバスを減速させ,車間距離も少なくとも約15mは確保していた。これも専ら原動機付自転車の危険な運転と操作の誤りが原因であり,原告に責任はない。
エ 以上のとおり,本件事故は,発進直後に突然車内を歩き始めた本件女性客の安全確保のため,やむなくブレーキを踏んで停車した際に,本件乗客がバランスを崩して転倒した事故であり,原告の運転に非はなく,やむを得ない事故であった。本件乗客は腰を打ったのみで治療の必要は生じておらず,原告も減点や罰金等の処分を受けていない。加えて,被告は十分な調査も行わないまま,原告に対し本件事故翌日に無期限の自宅待機を命じて退職勧奨し,その後何の連絡もないまま本件解雇に及んでおり,手続的正義も欠いている。別件事故①~⑤も本件解雇の相当性,合理性を裏付けるものではない。よって,本件解雇は無効である。
第3当裁判所の判断
1 本件解雇は,期間の定めのある労働契約の期間途中における解雇であるから(前記前提事実(3),(5)),労働契約法17条1項により,やむを得ない事由がなければ無効となる。また,同条項にいう「やむを得ない事由」は,期間の定めのない労働契約における解雇に関する労働契約法16条の要件よりも厳格なものと見るべきであり,期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由を意味すると解するのが相当である。
2 被告は,本件事故を解雇理由として挙げ,それに先立つ別件事故①~⑤と相まって,原告のバス運転手としての適格性の欠如は顕著で明確であると主張するので,以下,ドライブレコーダーの動画(証拠<省略>)を精査しつつ,本件事故の態様について検討する。
(1) 被告は,原告が発進直後にブレーキ操作を余儀なくされた原因は,右隣車線の確認を怠り,同車線を走行する白い車が接近してくるのに気付かず,漫然と車線変更しようとしたためであると主張し,本件女性客が車内を歩き始めたのを見て停止したとする原告の主張は信用できないとする。
確かに,原告がブレーキ操作をしたのとほぼ同時に,右隣車線を走行していた白いワゴン車がバスを追い抜いている。しかし,停留所から発進する時点で,左端車線の前方に1台の駐車車両があったものの,停留所からはある程度の距離を隔てており,発進とほぼ同時に右隣へ車線変更しなければならない状況にはなかった。実際,原告は発進前後において右側のサイドミラーや右隣車線を目視する様子が窺われず,ハンドル操作も,右手でステアリングの手前に近い部位を握り軽く手前に引っ張った程度に過ぎない。こうした原告の挙動は,右側へ車線変更した他の場面とは明らかに異なるものである。そして,ブレーキ操作から停止に至る場面でも,ステアリングを意識的に戻すのではなく,手放して自然に戻すような動作をとっており,右隣車線を走行してバスを追い抜いた白いワゴン車を意識した挙動は見受けられない。かえって,原告は,停止した際に前方やや上を目視しており,右隣車線や同車線を走り去った白いワゴン車ではなく車内後方を映すミラー(証拠<省略>)に意識が向かっていたことが窺われる。
こうした原告の挙動に照らすと,原告は,バスを発進させた際,左に幅寄せしていたのを車線中央に戻し,前方に駐車中の車両に接近するまでは左端車線を走行するつもりでいたと認めるのが相当であって,原告がブレーキ操作をした原因が,右隣車線からバスを追い抜いた白いワゴン車に気付かぬまま右へ車線変更しようとしていたためであるとする被告の主張は採用することができない。むしろ,左端車線で前進しながら右隣車線の車が通り過ぎるのを見計らって車線変更をしようと思いつつ発進したが,本件女性客が車内を歩き始めた様子がミラーを通じて視野に入ったため,安全確保のためブレーキ操作をしたとする原告の本人尋問における供述及び陳述書(甲9)の記載は,ドライブレコーダーから読み取ることのできる上記の挙動と整合しており,信用することができる(なお,原告の本人尋問には,バスがオートマチック車であるとの前提で,クリープ現象を利用して発進したとする供述部分もあり,その前提は事実に反するのであるが(証拠<省略>),他方で,仮にマニュアル車であったとしても,半クラッチで徐々に発進する点は同様である旨の供述をしており,供述全体の信用性を疑わせる事情ではない。)。
なお,被告は,原告がバスを停止させる際に車内後方を映すミラー(証拠<省略>)を確認した様子がドライブレコーダーの映像から窺われないので,上記の供述等は信用できないと主張するが,ミラーは運転席前面の中央部上方に運転手へ向かって傾けた状態で設置されており(証拠<省略>),前方を向いて運転中の運転手の視野にも入り,車内を歩いている者がいるという程度の状況は把握し得ると認められるから,被告の主張は理由がない。
(2) JR・e駅前停留所では,7名の客が乗車したが,そのうち入口から車両後方へ向かったのが3名で,うち1名は着席したが,残る2名は着席しないまま,それぞれ手すりや座席につかまった状態で発進している。この2名のうち,運転席から見て奥の方に立っていたのが本件乗客で,それより手前に本件女性客が立っていた。また,同停留所から乗車した2名の乗客が車両中央入口そばに並んで立ち,そのうち1名は手すりをつかみながら発進寸前まで通路を塞ぐように立っていた。さらに,同停留所から乗車した2名の乗客が,車両前方の運転席そばで通路を塞ぐように並んで立っていた。
このような車内の混雑状況に加え,本件事故当時は曇天で,停留所付近は阪神高速の高架下であるという立地条件もあって,車内は相当暗かったと窺われることも併せ考慮すると,運転席から車内後部を振り返って目視し,あるいはミラー(証拠<省略>)を通じて車両後方を確認したとしても,本件乗客の様子を正確に把握することは困難であったと認められる。
また,本件乗客は,発進する時点まで,車両後方の通路で上半身をかがめるように立ちながらも,右手で手すりをつかんでいたことが認められるから,バスを発進させること自体は特に問題がなかったというべきである。
そうすると,発進前に車内を確認すれば本件乗客が安定した姿勢をとっていないことを把握できたはずであり,そのような状況で車両を発進させるべきではなかったとする被告の主張は,理由がないというべきである。
(3) 本件乗客は,車両が発進した直後,手すりをつかんでいた右手を放してしまい,原告がブレーキ操作をしたのとほぼ同時に,前方に放り出されるように転倒している。発進時に手すり等につかまるべきであることは,バスを利用する乗客の側でも常識に類する事柄である。また,原告はいったん車両を発進させたものの,速度は時速4kmに達したに過ぎず,発進から約5秒で再び停止したが,本件乗客以外の乗客は多少体が揺れた程度で,特に本件女性客は発進とほぼ同時に車両前方へ歩き始めたものの,転倒することも前のめりになることもなく普通に立ち続けている。このような状況からすれば,原告のブレーキ操作は急激なものではなく,手すり等をつかんでいない立ち客でも直ちに危険が及ぶような態様ではなかったと認めることができ,逆にこの程度のブレーキ操作とほぼ同時に転倒した本件乗客の側にも,ステップの踏み外しや,荷物の重み等何らかの原因でよろけるなどといった,転倒を誘発する他の要因が存在した可能性は十分に認められる。
そうすると,原告の行ったブレーキ操作が,本件乗客の転倒を誘発した主たる原因であると断定することは困難である。
(4) また,本件事故の発生直後,本件乗客は何の申出もしないまま着席しており,原告が運転を中止して何らかの対処をすべき状況にあったとは認められない。さらに,本件乗客は,下車時に腰を押さえながら腰を打ったと原告に初めて申し出たものの(原告本人),医療措置を要する傷害を負ったと認めるに足りる証拠はなく,原告に対し刑事処分や行政処分が行われた事実も,本件乗客と被告との間で民事上の賠償問題が生じた事実も認められないことからすると,本件事故の結果は軽微であったと評価するのが相当である。
(5) 以上を総合すると,本件事故は,発進直後の車内で急に本件女性客が歩き始めたことから,安全確保のため,やむなくバスを停止させた際,本件乗客が転倒したというものであって,原告に特段の落ち度は認められず,転倒の原因がひとえに原告のブレーキ操作にあると認めることもできない上,結果も軽微なものに終わったことに照らすと,本件事故をもって被告の運転手としての不適格性の顕れであるとする被告の主張は理由がない。
3 被告は,別件事故①~⑤についても,本件解雇の合理性と相当性を裏付ける事情に当たると主張するが,以下のとおり,いずれも理由がない。
(1) 別件事故①については,証拠(甲9,ほか証拠<省略>,原告本人)によれば,原告運転のバスが左から2番目の車線を走行中,左端の車線を走行中の乗用車がバスを追い抜こうとしたものの,前方に停車中の車両に進路を阻まれるや,右側に幅寄せした結果,バスの左側面に乗用車が接触したことが認められ,接触に至る過程で原告運転のバスが左側に車線変更したり幅寄せをした事実は認められず,何ら原告に落ち度は認められない。
(2) 別件事故②については,証拠(甲9,ほか証拠<省略>,原告本人)によれば,左から2番目の車線を時速38kmから25km程度にまで減速しつつ走行していた原告運転のバスの直前に割り込むように,左端の車線に停車していたタクシーが急発進して進路を妨害したため,原告が急制動を余儀なくされたことが認められ,衝突を回避するためやむを得ない措置であったと認めることができ,何ら原告に落ち度は認められない。
(3) 別件事故③については,証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば,交差点手前の停留所から発進して間もなく,前方交差点の信号が黄色から赤色に変わったものの,原告はなおアクセルを踏み込み,時速21kmまで加速したところで急制動の措置をとったため,立ち客に相当な衝撃を与え,乗客1名が捻挫の傷害を負ったことが認められ,原告には信号の変化に気付かず漫然と加速を続けた過失は認められるが(以上に反する甲9の記載及び原告本人の供述は採用しない。),運転手としての適格性を疑わせるほどの重大な態様とまでは認められず,また乗客の負傷の程度が重大であったと認めるに足りる証拠もない。
(4) 別件事故④については,証拠(甲9,ほか証拠<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,工事のため仮設の標柱を設置していたf町1丁目停留所に停車した際,目測を誤って左サイドミラーを標柱に接触させ,双方に損傷を与えたことが認められ,目測を誤った点について運転手としての注意義務違反は認められるものの,運転手としての適格性を疑わせるほどの重大な態様とまでは認められず,また被害は物損にとどまり,重大な事故とはいえない。
(5) 別件事故⑤については,証拠(甲9,ほか証拠<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告運転のバスが前方の停留所に停車するため減速しながら走行中,前方を走行していた原動機付自転車との車間距離が徐々に縮まったところ,原動機付自転車は,前方の停留所に停車中の先行するバスを右側から追い越そうとする挙動を一瞬示したものの,にわかに進路を左に切り返し,よろめくように原告運転のバスの進路を妨害したため,原告が急制動を余儀なくされ,その結果,乗客1名が捻挫の傷害を負ったことが認められる。このような状況からすれば,原告の急制動は,原動機付自転車との衝突を回避するためにはやむを得ない措置であったと認めることができる。確かに,原告は原動機付自転車との車間距離を詰め過ぎていたと評価する余地はあるものの,原動機付自転車が上記のように危険な進路妨害をすることは予見の範囲を超えており,当初挙動を示したように右側へ車線変更して先行するバスを追い越していれば,原告のバスは先行するバスの後方に問題なく停車することができたと認められるから,運転手としての適格性を疑わせるほどの過失があるとまでは認められず,また,乗客の負傷の程度が重大であったと認めるに足りる証拠もない。
4 以上によれば,本件解雇については,上記1にいうところの「やむを得ない事由」はもちろん,期間の定めのない労働契約における解雇の有効要件としての客観的合理的理由や社会通念上の相当性も認め難いから,本件解雇は無効であるというほかない。そして,被告は,本件解雇以外に原告との間の労働契約の終了原因を主張立証しないから,原告は今なお被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。
そうすると,上記地位にあることの確認及び本件解雇後の賃金の支払を求める原告の本件請求は,いずれも理由がある。
(裁判官 別所卓郎)