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大阪地方裁判所 平成23年(ワ)15774号 判決 2013年6月19日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第5当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実に加え、証拠(甲4の1・3・4、5、6、8、9、乙1、2、4~8、10、16、18、19、証人A、同B、同C)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1)  原告の生活状況等

ア  原告は、平成18年5月18日に現住居に転居した際、調理器具、食器、炊事用具等を所持していなかった。原告は、現住居への転居後、自炊せず、弁当の購入等により食事をとっていた。

イ  原告は、平成20年3月頃、ホームヘルパーの居宅介護を受けて自宅で自炊を開始することにした。

原告は、同年6月11日、障害者自立支援法19条1項に基づき障害福祉サービスの支給決定を受け、その頃、居宅介護を月43時間とするサービス利用計画案が作成され、同年7月1日から調理ヘルパーの派遣が開始されることとなった。

(2)  原告のDとの面談状況

原告は、平成20年3月28日、障害等級を1級とする精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた事実を届け出るため、ガイドヘルパーと共に住之江センターを訪問した。

原告が、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたことによる生活保護費の変更の有無について質問したところ、Dが、障害者加算が変更されて生活保護費が増額される予定であると回答した。

その後、原告が、ヘルパーサービスによる自宅における食事の介護を受けるに当たり必要な調理器具等が不足であるとして、家具什器費が支給されるか否かについて質問した。これに対し、Dは、家具什器費の支給要件に該当しないため支給されないと説明し、生活保護費の増額分で費用を賄うよう助言した。

(3)  本件相談時の状況

原告は、平成20年7月1日、ガイドヘルパーと共に住之江センターを訪問した。

原告が、Eに本件証明書を交付し、家具什器費の支給を受けたいと申し出たところ、Eは、原告の場合、次官通知や局長通知で定められる家具什器費の支給基準に適合しないものと判断し、原告に対し、支給要件を満たしていないと説明した。原告は、上記説明に対し、医師の診断書を提出すれば支給が受けられると以前に説明したではないかなどと不満を述べたものの、同伴したガイドヘルパーが、そのような説明は前回受けていない旨述べると、その後原告は不満を述べず、家具什器費の支給についての希望等を重ねて伝えたり、必要な手続について確認することもなかった。その際、Eは、原告に対し、調理器具が必要であれば、毎月支給されている保護費からやりくりをして購入するよう述べた。

(4)  住之江センター等とFとの交渉経緯等

ア  本件相談後、F(原告の主治医であった者)は、平成20年7月1日及び同月2日、住之江センターに電話をかけ、原告に対して家具什器費を支給することができない理由について質問した。Eが、同質問に対し、支給要件に該当しないため支給することができない旨回答した。また、上記通話中、Eに替わってGが応答することもあった。

Gは、同日、大阪市の生活保護担当係長のCに電話をかけ、家具什器費の支給要件及び原告に対する支給の可否について質問した。Cは、同質問に対し、家具什器費を支給すべきではないなどと助言した。

イ  Fは、平成20年8月11日頃、原告の代理人として、「行政不服審査請求書」を提出した(本件審査請求)。

これを受けて、住之江センターにおいて、同月12日、支援運営課長であったA、査察指導を担当していたB及びGらが出席する本件ケース診断会議が開催され、当初は原告に対して家具什器費を支給するべきではないとの意見も一部に存在したものの、最終的には原告に対して家具什器費を支給することが全会一致で決定された。

Gは、同日、Fに対し、申請書用紙等を送付した。

ウ  住之江センター所長は、平成20年9月4日、Fに対し、「X様の家具什器費の申請に際して、管理人であるF様より平成20年7月2日に電話にて申出をいただき、又平成20年8月11日には行政不服審査請求を受け取りましたが、その際本来なら申請書等の指導を行った上で却下すべきところでしたが、行政手続を行わず回答したことでご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございませんでした。」などと記載された「『行政不服審査請求書』について」と題する書面を送付した。

2  違法事由①に係る請求について

(1)  原告は、国家賠償法1条1項に基づき、違法事由①によって生じた損害の賠償を求めているところ、同項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについて故意又は過失によって違法に国民に損害を加えたときに国又は地方公共団体が賠償責任を負うことを規定したものであって、公務員による公権力の行使に同項にいう違法があるというためには、当該公務員が、当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、最高裁平成18年(受)第263号同20年4月15日第三小法廷判決・民集62巻5号1005頁等参照)。

本件においても、原告は、違法事由①との関係で国家賠償法に基づく損害賠償を求める上で、本件相談時に原告がEに対して家具什器費の支給に係る申請意思を表明していた以上、Eが原告に対して申請書を交付して申請方法を指導すべき義務を負っていたとして、その義務違反があったことを主張しており、被告の公権力の行使に当たる公務員であるEが原告に対して職務上の法的義務として、原告が主張するような指導義務を負っていたかが問題となる。

(2)  原告は、前記認定のとおり、平成20年7月1日、住之江センターを訪れ、Eに対し、調理器具等の購入が必要な事情を説明したF作成の本件証明書を交付した上、家具什器費の支給を受けたいと申し出ている。しかしながら、Eから家具什器費の支給要件を満たしていないなどの説明を受けた後、原告は、重ねて支給の希望を伝えたり、必要な手続について確認したりすることはなかったものであり、原告の態度・行動から家具什器費の支給に係る申請意思が表明されていたということはできない。本件において、他に原告がEに対して上記申請意思を表明したことを認めるに足りる証拠はない。なお、前記認定のとおり、別件訴訟において、本件相談時に原告による支給申請行為が存在せず、申請却下処分も存在しないとの理由により、訴えのうち処分取消し及び支給義務付けに係る部分を却下し、本件裁決の取消しを求める請求を棄却する別件判決がされ、別件判決が確定している。

上記のような本件の事実関係からすれば、原告がEに対して家具什器費に係る支給の申請意思を表明していたことを前提として、Eが原告に対して申請書を交付して申請方法を指導すべき職務上の法的義務を負っていたとする原告の主張は、その前提を欠き、直ちに採用することができない。

(3)ア  もっとも、原告が申請の意思を表明していない場合でも、Eにおいて原告が申請を希望していることを認識することができ、かつ、Eにとって原告が支給対象者であることが明らかであったときには、Eは、申請書を交付するなどして申請方法を指導すべき職務上の法的義務を負うものというべきである(なお、原告が支給対象者であることが明らかでないときにまで、Eにおいて、その違反が国家賠償法上の違法を構成するような申請指導に係る法的義務を負うべきものとまでは考え難い。)。

イ  そして、上記(2)のような経緯に照らせば、Eにおいて、原告が家具什器費の支給に係る申請を希望していることを認識することができたことは否定し難い。

ウ(ア)  そこで、本件相談当時、Eにとって、原告が原告の希望する家具什器費の支給対象者であることが明らかであったかについて検討することとする。

この点に関し、生活保護法は、保護が申請に基づいて開始するものであること(7条本文)、生活扶助が困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なものの範囲内で行われること(12条)等を規定するにとどまり、いかなる場合に家具什器費を含む生活保護費が支給されるかについて具体的な規定を置いていない。このような生活保護法の規定ぶりに照らせば、何らの基準もなく支給の可否を判断することとすると、統一的な判断が困難となり、申請者間の公平を損なうおそれもある。そこで、生活保護費の支給に関し、法定受託事務の処理に関する地方自治法245条の9第1項及び第3項の規定による処理基準として次官通知及び局長通知が定められ、最低生活費の認定及び家具什器費を含む生活保護費の支給に関して統一的な処理が図られているものと解される。したがって、次官通知及び局長通知の規定内容に合理性が認められる限り(なお、原告も、次官通知及び局長通知は生活保護を支給することができる場合の例を挙げたものと解すべきである旨主張しているものの、その規定内容の合理性については特段争っておらず、他にその規定内容の合理性を疑わせる事情はない。)、次官通知及び局長通知の定める基準に適合する場合に家具什器費を支給するという取扱いには合理性が認められ、福祉事務所の職員も、次官通知及び局長通知の定める基準に照らして、相談者が支給対象者に当たるかを検討することが求められるものというべきである。

以下、Eにとって、原告が、次官通知及び局長通知が定める家具什器費の支給基準(以下「本件支給基準」という。)に適合し、原告が主張する家具什器費の支給対象者であることが明らかであるかについて検討する。

(イ) まず、次官通知は、所定の特別の需要がある者について、最低生活に必要不可欠な物資を欠いていると認められる場合であって、それらの物資を支給しなければならない緊急やむを得ない場合に限り、別に定めるところにより、臨時的最低生活費(一時扶助費)を臨時的に認定すると定めている。そして、局長通知は、上記次官通知の定めを受けて、被保護者が局長通知所定の各場合のいずれかに該当し、次官通知第7の規定により判断した結果、家具什器を必要とする状態にあると認められるときは、家具什器を支給して差し支えないと定めている。したがって、本件支給基準は、家具什器費が支給されるための要件として、支給の申請を行った者が局長通知所定の各場合のいずれかに該当し、かつ、家具什器を支給しなければならない緊急やむを得ない場合に該当することを求めているというべきである。そして、緊急やむを得ない場合に該当するか否かは、申請者の従前の生活状況等の諸事情に照らし、申請時に家具什器を支給しなければ申請者が最低限度の生活を維持することが困難な状況にあるか否かという観点から判断すべきである。

(ウ) これを本件についてみると、原告に対する保護が開始された時期が平成17年12月であること(前提事実(2))及び原告が災害にあった事実が認められないことから、原告が局長通知アの場合及び局長通知ウの場合に該当しないことは明らかである。原告も、局長通知アの場合及び局長通知ウの場合に該当するとの主張は行っていない。

そして、前記認定事実のとおり、原告は、平成18年5月18日に現住居に転居し、本件相談時まで現住居において居住していた。したがって、原告は、本件相談時において「長期入院・入所後退院・退所した単身者」に該当しないから、その当時現住居において自炊を開始することを予定していたとしても、局長通知イの場合に該当しない。

また、家具什器費が臨時的最低生活費(一時扶助費)であり、臨時的な特別需要が認められる場合に支給されるものであることに照らせば、局長通知所定の各場合は、原則として、生活保護申請者の生活状況が客観的に変化した時期の支給を想定していると解するのが相当であり、局長通知エの場合も、原則として転居直後の時期における支給を想定していると解される。上記のとおり、原告が転居したのは本件相談の2年以上前であるから、転居時以降調理器具等を保有していないとしても、転居による新旧住居の設備の相異を原因として最低生活を営むために家具什器を補填する必要が生じたと認めることはできず、原告は局長通知エの場合に該当しない。

この点、原告は、次官通知が「出生、入学、入退院等」や「新たに保護開始する際等」と規定していることから、局長通知イの場合や局長通知エの場合が家具什器費を支給することができる場合の例示であると主張するが、臨時的最低生活費(一時扶助費)全般についての認定基準である次官通知の規定を、家具什器費の支給に関して具体化したのが局長通知所定の各場合であると認められるから、次官通知が「出生、入学、入退院等」や「新たに保護開始する際等」と規定していることを根拠として局長通知イの場合や局長通知エの場合が例示であると解することはできないというべきであって、原告の上記主張は採用することができない。また、原告は、局長通知エが「転居の場合」と規定していることから、転居後2年以上が経過している原告も局長通知エの場合に該当すると主張するが、原告が局長通知エの場合に該当しないことは上述のとおりであって、原告の上記主張は採用することができない。

以上のとおり、原告は、局長通知所定の各場合のいずれにも該当せず、本件支給基準に適合しないものといわざるを得ない。

なお、緊急やむを得ない場合に該当するか否かについてみても、以下のとおり、その該当性は認められない。

すなわち、前記認定事実のとおり、原告に対し平成20年7月1日から調理ヘルパーの派遣開始が決定され、外食中心の生活を送ってきた原告が家具什器を必要とする状態になったことが認められる。しかし、転居後本件相談時までに2年以上が経過していることや、転居後、弁当の購入等により食事をとっていたという原告の生活状況に照らせば、本件相談時において、家具什器を支給しなければ最低限度の生活を維持することが困難な状況にあったと直ちに認めることはできない。したがって、原告は、家具什器を支給しなければならない「緊急やむを得ない場合」にも該当しない。

(エ) 以上のとおり、原告は、本件支給基準に適合するものではなく、前記認定のとおり、Eもそのように判断している。なお、仮に、本件支給基準で定められる場合以外に一時扶助費として家具什器費の支給対象者とされるべき場合があったとしても、前示のとおり家具什器費の支給要件について生活保護法上具体的な規定を欠く状況の下では、原告がそのような場合に当たることが明らかであるともいい難い(むしろ、前示のような原告の本件相談当時の生活状況に照らせば、そのような場合に当たるものとは認め難い。)。

したがって、Eにとって、原告が家具什器費の支給対象者であることが明らかであったものとは認め難い。

これに対し、原告は、本件ケース診断会議において支給が認められたことを根拠として、原告が本件相談時においても家具什器費の支給を受けることができる状態にあったことは明らかである旨主張する。しかし、前示のとおり、住之江区のケース診断会議は、保護の決定実施にあたり特に複雑、困難な問題を有するケースの処遇方針や措置内容について総合的に審査検討し処遇の充実を図るとともに、生活支援担当者の意思統一を図ることにより一定の方針を決定しケース取扱いの妥当性を確保することを目的とするものであって、その判断は保護の実施機関の判断に一定の影響を及ぼし得るものといえるが、それにより保護の実施機関や関係職員の判断等が拘束されるものということはできないし、もとより、本件ケース診断会議において支給を認める判断がされたとしても、原告が本件相談時において家具什器費の支給を受けることができる状態にあったことが直ちに導かれるわけではないというべきであるから、原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  以上によると、本件において、Eが、本件相談当時、原告に対して、申請書を交付するなどして申請方法を指導すべき職務上の法的義務を負っていたものとは認められない。

そうすると、違法事由①に係る原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  違法事由②に係る請求について

原告は、原告が本件相談時に家具什器費の支給申請を行い、住之江センター所長が同申請の却下処分を行ったとの主張を前提として、本件審査請求において本件記録票の2枚目が提出されていれば、本件審査請求が認容されたはずであると主張する。

しかし、原告が本件相談当時、Eに対し支給申請の意思を表明していたものと認められないことは前示のとおりであり、その申請があることを前提とする申請却下処分があったものとも認められず、申請却下処分の存在を前提とする本件審査請求も認容される余地はないというべきであるから、原告には家具什器費相当額の損害がないことはもちろん、精神的損害も認められない。

したがって、違法事由②に係る原告の請求は理由がない。

4  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田隆裕 裁判官 斗谷匡志 栢分宏和)

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