大阪地方裁判所 平成23年(ワ)2215号 判決 2013年12月10日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
増田尚
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
奥野信悟
同
橋本二三夫
主文
1 被告は、原告に対し、113万4799円及びこれに対する平成23年2月11日から支払済みまで年14.6%の割合による金員並びに別紙6割増賃金目録の各月の「未払賃金額」欄記載の賃金額に対する同「起算日」欄記載の日から平成23年2月10日まで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、59万7208円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、その2分の1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、207万7621円及びこれに対する平成23年2月11日から支払済みまで年14.6%の割合による金員並びに別紙4割増賃金目録<省略>の各月の「未払賃金額」欄記載の賃金額に対する同「起算日」欄記載の日から平成23年2月10日まで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、121万2277円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、170万2820円及びこれに対する平成23年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、被告の元従業員である原告が、被告に対し、未払賃金(アドバイス奨励金)、労働基準法37条所定の時間外割増賃金、深夜割増賃金及び同法114条に基づく付加金を請求するとともに、先輩従業員から業務指導に名を借りた暴言、暴行等のパワーハラスメントを受けたと主張して、被告に対し民法715条又は労働契約上の安全配慮義務違反に基づき慰謝料の支払を請求する事案である。
1 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠<省略>及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 被告は、自動車修理等の事業を営む株式会社である。
(2) 原告は、平成19年7月1日に被告と雇用契約を締結し、サービス部門の従業員として、車検、点検や自動車の一般修理業務を行っていたが、平成23年2月10日に退職した。原告の就職当時、被告のサービス部門には、工場長のB(以下「B工場長」という。)のほか、C、D(以下「D」という。)、Eの各従業員が所属していた。
(3) 被告の給与計算期間及び支払日は、毎月末日締め翌月10日払いの約定である。サービス部門の従業員の給与体系は、給与規定上、基本給、職務手当、諸手当に区分され、職務手当には、皆勤手当、資格手当、役職手当、特別手当、実績手当、時間外手当があり、諸手当には、家族手当、住宅手当、通勤手当がある。
被告では、給与規定とは別に、ファイトマネー、アドバイス奨励金と称する給与制度が設けられている。
ファイトマネーは、原告らサービス部門の従業員に対し、①被告の粗利益額の計画目標をサービス部門全体で達成した場合、②個人計画目標を個人が達成した場合にそれぞれ支給され、①については達成率100%で従業員1人月額各3万円(平成21年4月からは2万円)、110%で3万5000円(同2万5000円)、115%で3万8000円(同2万8000円)、②については達成者に一律1万円が支給される。
アドバイス奨励金は、原告らサービス部門担当者が顧客の依頼事項以外に必要な事項をアドバイスした結果、追加作業が発生した場合に、1台につき300円が、当該作業を実施した月の翌月に支給される。従業員は翌月5日までにアドバイス用紙を責任者に提出し、責任者の判断を経て被告に届出を行い、被告のチェックを経て社内基準に適合するアドバイスとその実施があった場合に支給される。
(4) 原告が被告から受給した平成21年1月分から平成22年12月分までの賃金の内訳は、別紙1<省略>のとおりである。
(5) 被告の就業規則上の始業時刻及び終業時刻は、平成22年5月までは午前9時~午後6時、同年6月からは午前9時30分~午後6時30分で、休憩時間は正午~午後1時の1時間と、午後3時~3時15分の計1時間15分とされ、所定労働時間は7時間45分である。また、平成21年及び22年の1年間における1月平均所定労働時間は、各170.5時間である。
2 争点
(1) アドバイス奨励金の未払分の有無
【原告の主張】
被告は、原告に対し支払うべきアドバイス奨励金の未払があり、その額は合計5100円である。その内訳は別紙2<省略>のとおりである。
平成21年3月10日のFに対するエンジンオイル及びワイパー交換は、無償でのサービス点検(まごころ点検)の依頼に応じた際にアドバイスしたもの、同年9月17日のa会に対するタイヤ交換は、タイヤ点検のため来店した顧客にアドバイスしたもの、平成22年5月4日のb商店及び同年7月10日のGに対する修理は、いずれも次回車検時の修理をアドバイスしたところ車検を待たずに修理に来店したものであり、いずれもアドバイス奨励金支給の対象である。
平成22年5月7日のc社本店に対する作業はリース車両が対象であったが、リース車両が対象外であるとの基準はなく、現に同車両へのアドバイスが支給対象になった実例がある。
平成22年12月分の実施作業について、被告は用紙が期日までに提出されなかったとするが、原告は提出している。
【被告の主張】
否認ないし争う。
平成21年3月10日のFは点検のために来店したものであり、これに対するアドバイスにより交換が実施されたからといって奨励金の対象にはならない。同年9月17日のa会に対するタイヤ交換も同様である。
平成22年5月4日のb商店及び同年7月10日のGに対する修理は、いずれも車検時のアドバイスを実施したものであり、奨励金支給の対象にはならない。
平成22年5月7日のc社本店に対する作業は、被告所有のリース車両が対象であり、メンテナンス料込みのリース料金を受領しているから、奨励金の対象外である。
平成22年12月分について、原告からは所定の用紙が提出されていない。
(2) 原告の時間外労働時間
【原告の主張】
ア 原告は、平成21年1月5日から平成22年12月26日まで、別紙3残業代等計算書<省略>の「出勤」欄記載の時刻から「退勤」欄記載の時刻までの間、「休憩」欄記載の時間を除き、労務を提供した。出勤、退勤時刻はタイムカードの打刻どおりであり、これに基づき労働時間を計算すべきである。
イ 被告の始業時刻は午前9時(平成22年6月以降は9時30分)であったが、原告は、被告の指示により、その30分前までには1階の工場のシャッターを開け、工場内に保管していた車両を外の駐車場に出し、リフト等の電源を入れるなどの準備を終え、その後は工場内の清掃とサービス部門のミーティングを行い、始業時刻を迎えると直ちに作業を開始していた。その他、前日の積み残しの作業や、倉庫内の不良在庫の整理・片付け、営業開始時刻前に入庫した顧客の対応をすることもあった。
ウ 休憩は正午からの1時間とされていたが、作業がずれ込むことなどがしばしばあり、平均して45分程度しか確保されていなかった。午後3時から15分間の休憩も付与されたこともない。
【被告の主張】
ア タイムカードに打刻された出退勤時刻は、その時間に事業場内に滞留していたことを推定させるのみで、打刻時刻どおりに出退勤していたと推定することはできない。
イ 特に、出勤時刻について、原告は始業時刻より大幅に早く打刻しているが、被告がそのような早出出勤を指示したことはないし、原告にはその時間帯に行うべき業務も存在しない。実際、原告は早出しても業務と無関係にパソコンを操作するなどしていたのみで、被告の始業時刻が30分繰り下げられた後も、従前と出勤時刻に変化がないことに照らしても、原告が業務上の必要から早出していたのでないことは明らかである。
ウ 休憩時間は1時間確保されており、毎日平均45分しか休憩できなかったとする原告主張に裏付けはない。昼当番も平成21年初頭には廃止されている。
エ 原告が行った深夜・徹夜作業は、いずれも原告の作業ミスにより進んで行ったものであり、被告はこれに対し時間外労働手当を支払っている。
(3) 時間外・深夜割増賃金の額
【原告の主張】
割増賃金の算定基礎となる賃金は、基本給、皆勤手当、資格手当、ファイトマネー及びアドバイス奨励金である。このうちファイトマネーは、一種の出来高払制の賃金であるから、労働基準法施行規則19条1項6号により、その月額を当月の総労働時間で除した金額に0.25を乗じて算出される。
これにより計算される割増賃金額は、別紙4記載のとおりである。
【被告の主張】
アドバイス奨励金は、割増賃金の算定基礎になるとしても、一種の出来高払の賃金として計算すべきである。
(4) 原告に対するパワーハラスメントの事実と被告の責任
【原告の主張】
ア Dは、サービス部門の若年の後輩が仕事上のミスをしたり、作業に時間を要したりすると、自身の指示のあいまいさ、不的確さに起因する面もあるのに責任を転嫁し、お前の能力が低い、段取りが悪いなどと罵って、人格への非難を加えた。
イ Dのパワハラによって、平成19年5月にEが、平成20年1月にはHが、いずれも入社間もなく退職した。しかし、Dは両名が原告のせいで辞めたかのように責任を転嫁する発言をした。
ウ Dは、平成20年6月、原告がリフトに自動車を入れて作業をしていたところに強引に割り込み、原告の作業を後回しにさせ、客を長時間待たせることになってしまったが、自らの振る舞いを棚に上げて「お前の作業が遅いから客に文句言われたやないか。」などと叱責した。
エ こうしたことから、原告は同年8月、被告代表者に対し、Dのパワハラを止めさせるよう善処を求めたが、代表者は聞き置くだけで具体的な対応をしなかった。
オ 原告は、平成21年4月23日、Dから徹夜での作業を命じられた上、翌日も通常どおり勤務するよう命じられ、「お前の仕事が遅いから、お前がやらなあかん作業を俺がせなあかんようになったやないか。」と罵られた挙げ句、謝罪まで要求された。原告は、このころから偏頭痛がひどくなり、夜も不眠が続くようになった。
カ 原告は、同年6月18日の公休日に予定されていた新車の納車作業について、「引継ぎノート」に記載しておいてDに作業の引継ぎをしていたにもかかわらず、19日に出勤したところ、「書いてあることが分からんから何もやってへん」などと言いがかりをつけられ、実際に、引き継いでいた作業が何も進展していなかった。原告は、大急ぎで作業を行ったが、Dの非道ぶりにショックを覚えて目眩を感じ、仕事が終わった後、病院にて治療を受けた。
キ 原告は、翌20日、被告代表者に対し、Dの対応についての苦情を述べたが、代表者は逆に「君は協調性がない。上司の言葉は神様の言葉に等しいから素直に聞き入れろ。」と原告を非難し、理不尽な上司の対応を我慢するよう要求した上、「頭を冷やせ」と強制的に2日間休業させた。原告が休業する間に、サービス部門の従業員らの間で議論をしていたが、原告の性格を論評した程度で、職場で相互に人格を尊重しながら業務を行うための環境整備について具体的な議論はなく、Dの言動の問題点を指摘する声も上がらなかった。
ク 同年10月にはB工場長が解雇され、Dが現場での事実上の責任者として取り扱われるようになり、ますます増長した。Dは、他の従業員に無理な作業日程での作業を要求し、超過勤務を余儀なくさせた上、作業が遅いとなじった。平成22年10月18日には、腰痛の派遣社員に対し作業を継続させた上、原告に対し「お前のせいでぎっくり腰になったやないか。」などと罵声を浴びせた。
ケ Dは、自身の指示に対し安全性の観点などから正当な意見が出されても、口答えをするなと怒鳴りつけ、自身の指示命令が絶対のものとして対応することを強要した。平成22年7月31日には、原告が客に新商品のエンジンオイルを勧めて受注したにもかかわらず、Dは「そのオイルは原価が高いから、客に売ったら店が損する。余計なことを言うな。」となじった。同年9月6日には、Dが客を適当にあしらうように言ったことに対して、原告が反論したところ、「お前、誰に言うてんのや。ごちゃごちゃ言わんと早よやれ!」と怒鳴りつけられた。同年9月中旬ころには、原告が車検作業の際に安全性の観点から提案をしたところ、Dは「そんなん過剰整備じゃ。俺の見積が気に入らんのか。」と激昂し、交換したブレーキパッドを投げつけるなどの暴力をふるった。
コ Dは、同年10月21日、退社時に電気を消し忘れたのが原告であると決めつけて注意をし、同年12月10日にHDSケーブルの端子が破損していたのも原告がしたことと決めつけるなど、仕事上のミスや不手際の責任を原告に転嫁した。
サ 原告は、平成22年7月9日、作業中にDから突然背中の腰の少し上のあたりを叩かれ、腹部に激しい痛みを感じ、翌10日に病院で治療を受けたところ、胃腸炎と診断された。受診後出社した原告は、被告代表者に、Dのパワハラにより精神的に困憊している旨を伝えて善処を求めたが聞き流され、まったく取り合ってもらえなかった。
シ Dの原告に対するパワハラは執拗に続き、B工場長の解雇後はますますひどくなった。原告は、Dによるパワハラで、特に平成21年6月以降、心身に変調をきたすようになり、何度も被告に職場環境の改善のためDへの指導を要求したにもかかわらず、被告が何らの対応をとらなかったことにより、Dによるいじめ・嫌がらせを受け続け、ついには平成23年1月以降出社せず、同年2月10日をもって退職を余儀なくされた。
ス 以上のとおり、被告は、Dのパワハラにより若年従業員が次々に退職した事実を知りながら、Dを指導することなく放置し、原告との関係でも、再三にわたりDのパワハラを止めさせるよう求めたにもかかわらず、漫然と放置したばかりか、原告に責任があるかのように述べ、上司の理不尽な言動も我慢して受容するよう求めるなど不適切な対応をとり、Dのパワハラをエスカレートさせたのであり、被告による監督責任(使用者責任もしくは安全配慮義務違反による不法行為責任)の懈怠が認められる。
【被告の主張】
ア 【原告の主張】アは否認する。Dは、原告の先輩として職務上必要な指示、注意をしたことはあるが、原告主張のような暴言、叱責、人格への非難を加えたことなどない。
イ 【原告の主張】イのうち、E及びHが入社後まもなく退職したことは認め、その余は否認する。Eは職を転々とした経歴があり、退職理由は不明である。Hは実家の家業を手伝うため父子連名で退職願いを提出したものである。
ウ 【原告の主張】ウの事実は否認する。
エ 【原告の主張】エの事実は否認する。
オ 【原告の主張】オに関しては、そもそも当時の原告の上司はB工場長であって、Dには原告に徹夜の残業やその後の継続勤務を命じることはできない。原告は新車の作業中にダッシュボードを傷つけ、納車期限を守れなくなり、何とか早く納車できるよう作業をしていたが、Dは午後8時ころに「先に帰るで」と言って帰宅し、翌朝、原告が会社に泊まったという話を聞いた。Dは、原告に対し冗談交じりに「お前の仕事もせなあかんようになったわ」程度のことは言ったかもしれないが、原告主張の発言はしていない。
カ 【原告の主張】カは否認する。そもそも原告が作業の引継者をDと指名できるはずはない。
キ 【原告の主張】キは否認する。2日間の休業も体調不良を理由に原告が取得した有給休暇である。
ク 【原告の主張】クは否認する。Dは派遣社員の腰の様子と作業の可否を確認しているし、そもそも派遣社員の安全管理は派遣元の責任である。これに関しDが原告に罵声を浴びせた事実もない。なお、B工場長は自己都合で退職したのであって、解雇されたのではない。
ケ 【原告の主張】ケは否認する。なお、ハイブリッド車専用で高価な上、顧客の混乱を招く恐れがあるため、被告では一般車には販売しない方針としていたオイルを、原告が顧客に勧めたことはある。
コ 【原告の主張】コは否認する。DはHDSを使おうとした際に壊れていたため、その前にHDSを使用していた原告に「知らんか」と尋ねたのみである。
サ 【原告の主張】サは否認する。Dは、仕事で失敗する度に階段でうずくまるようにしていた原告の腰辺りを軽く叩いて「失敗くらいでくよくよするな」と声をかけたことはある。
シ 【原告の主張】シは否認する。原告は、平成23年1月4日に体調不良を訴えるとともに解雇して欲しいと述べた。被告は慰留したが、連絡もなく欠勤を続け、退職届を提出した。
ス 【原告の主張】スは否認ないし争う。
(5) 仮に上記(4)が認められる場合の原告の損害額
【原告の主張】
被告による前記の監督責任の懈怠によって、原告は精神的苦痛を受け、退職を余儀なくされて収入を得る道を失った。かかる精神的苦痛を慰謝するには相当額の賠償を要するというべきであり、その額は、少なくとも6か月間は得ることができたはずの賃金額(平成22年7月~12月の賃金相当額)である170万2820円を下らない。
【被告の主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、証拠(証拠・人証<省略>、原告本人、被告代表者本人、その他後掲括弧内のもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告の事業所は、2階に更衣室、食堂兼会議室等が、1階に作業場等が設けられている。出勤した従業員はまず2階に上がり、更衣室の入口前に設置されたタイムレコーダーでタイムカードに打刻してから1階の作業場等に向かう。夜間は顧客から修理等のため預かっている車両を全て作業場内で保管し、朝にシャッターを開き、手分けして車両を工場外に出すことが日課となっていた。車両を運び出し終えるのは、始業時刻が午前9時とされていた平成22年5月までは午前8時30~45分頃であった。被告代表者は、平成22年5月までは午前8時30分前に、同年6月以降は午前9時前にシャッターを開くことはやめるよう従業員に指示していた。その後、事業所内の清掃が行われたほか、平成22年5月までは午前8時50分から、同年6月以降は午前9時10分から朝礼が実施されていた。サービス部門では、朝礼に引き続きミーティングが実施され、当日の作業内容の確認が行われた。
毎日被告に最初に出勤するのは、午前8時頃に出勤するのを通例としている被告代表者か、原告又はB工場長であったが、被告代表者は、事業所の鍵を開けるのは午前8時30分以降にするよう指示したことがある。
(2) 休憩時間は、就業規則上は正午~午後1時と午後3時~午後3時15分の2回とされていたが、休憩時間を知らせるブザーが鳴るのは正午のみで、午後3時には鳴らなかった。平成21年初めころまでは昼当番に当たった者が昼休み中の来客に備え30分間交替で待機する制度があった。作業の都合で正午から直ちに休憩に入ることができない場合もあったが、適宜時間をずらして休憩を確保する者もあった。
(3) 原告が就職した当時、被告のサービス部門はB工場長が業務を統括していたが、原告を含む新人の指導はDが担当していた。Dは、B工場長に対し、原告が混乱するのを避けるため指示系統を自らに一本化してほしい旨を願い出たことがある。
B工場長は、平成21年10月5日限り退職したが、その際の経緯を巡って訴訟となり、後に会社都合による合意退職として和解した。B工場長の退職後、後任は選定されず、サービス部門の先輩格であるDとCが共同で責任を負う立場となった。毎日の作業の割振りは、B工場長が担当していたが、後にB工場長、D、Cが交替で作業の割振りを担当するようになった。
(4) 原告は、Dの仕事ぶりについて、安全よりも金儲けを優先し、故障が起きた場合もその原因を追究せず部品を交換することでよしとして、結果的に顧客の整備代を高くすることがあるとの不満を抱いていた上、原告への業務指導についても、作業を見せたり抽象的な指示をしたりするのみで、具体的な指示による指導ができないと感じており、むしろDよりもB工場長の方を信頼していた。
原告は、Dに代わりB工場長に自らの指導を担当してほしいと感じていたため、平成20年8月、被告代表者に対し、「仕事の振り分けをDさんがされますが、指示が無いため何から作業を進めていけばいいのか、どのようにしたらいいのか分かりません。指示を聞いても、好きにやれとしか言われません。段取りが分からないので、時間がかかります。時間がかかっていたら、早くやれ。としか言われません。僕は、何を早くやればいいのか分かりません。今の状態では、誰に相談し、報告すればいいのか分かりません。Dさんと、工場長では意見が違うこともある為、どちらの指示に従えばいいのか分かりません。」等と記載した書面を提出した(証拠<省略>)。これを見た被告代表者は、この書面を契機として原告に対する指導に関し特段の指示を出すことはなく、原告とDとの人間関係の反りが合っていないと認識し、後日、原告を誘って夕食をともにしたが、世間話程度の内容にとどまり、原告とDとの人間関係について踏み込んだ話合いは行われなかった。
(5) 原告は、平成21年4月、新車の納車へ向けた作業中に当該車両のダッシュボードに傷を付けるミスをした。被告は、納車期限が迫っていること、ダッシュボードの交換が大がかりな作業となることから、原告の他の業務を軽減してダッシュボードの交換作業に注力させ、原告はこれを一人で担当し、納車期限を翌日に控えた同月23日から24日にかけて徹夜で作業し、24日は引き続き通常勤務に就いた。
(6) 原告は、平成21年6月18日の公休日に先立ち、自らが担当していた作業について引継事項をノートに記載しておいたが、18日朝のミーティングでは、原告からの引継事項について担当者が特に定められず、結局、誰も引継事項とされた作業をしなかった。原告は、翌19日に出勤したところ、引き継ごうとした作業が行われていないことに衝撃を受け、被告代表者に対し直接訴え出たが、被告代表者は原告の様子から心身の不調を懸念し、「頭を冷やせ」と述べて2日ほど休業するよう勧め、原告は同月21、22日に欠勤した(証拠<省略>)。これに伴う賃金控除はされなかった(証拠<省略>)。
被告代表者は、原告が休業していた同月22日に、B工場長、D、Cを呼び、原告が体調を崩して休んでいることについて、それぞれ原告の長所、短所として思い当たるところを述べさせるなど意見聴取した。その中では、原告が同年4月の徹夜作業など失敗したとき等に体調を崩す傾向があることから、仕事量を軽減し、残業なく業務が終わるよう従業員間で平準化を図る必要があること、今は自信をなくしている原告を育てていくためにサービス部門で改善すべき点を考えていく必要があるが、いじめやパワーハラスメントがあってはならないこと等につき、被告代表者から指示が行われた(証拠<省略>)。
2 争点(1)について
前記前提事実(3)に鑑みると、アドバイス奨励金は、点検等の際に本来業務の内容として当然行うべきものとは別に、サービスとして行うアドバイスを奨励するため、そのようなアドバイスが実際の作業受注に結びついた事実が被告において確認された場合に、1件当たり300円の奨励金を支給するという制度趣旨が窺われる。
原告は、別紙2のとおりアドバイス奨励金の未払があると主張するが、本訴で請求するアドバイス奨励金の対象となるアドバイスや作業を具体的に特定することなく、原告が作成した平成21年1月~平成22年12月分の「月度アドバイス」(証拠<省略>)に作業実施日が記載されたアドバイス内容の項目数に単価(300円)を乗じた金額と、毎月の給与明細から把握できる実際のアドバイス奨励金支給額との差額を通算して請求している。これをもって「月度アドバイス」記載の各項目がアドバイス奨励金の支給要件を満たしているとの主張立証がされているとはいえないし、また、どの項目についてのアドバイス奨励金が既払であり、どの項目が未払なのかの特定もされていない。
また、被告が個別に指摘する限りにおいても、弁論の全趣旨によれば、平成21年3月10日のエンジンオイル及びワイパー交換は、無償でのサービス点検の依頼に応じた際にアドバイスしたもの、同年9月17日のタイヤ交換は、タイヤ点検のため来店した顧客にアドバイスしたものに過ぎず、いずれも原告が担当した業務の内容として当然に予定されるアドバイスをしたものというべきであり、およそアドバイス奨励金というインセンティブに値する業績とはいえない。また、被告は平成22年12月分についてはアドバイス奨励金の請求に必要な用紙の提出がなかったとしているところ、原告がこれを提出した事実を認めるに足りる証拠はない。
以上に鑑みると、別紙2記載のアドバイス奨励金未払分についての原告の請求は理由がないというべきである。
3 争点(2)について
(1) 被告においては、給与規定所定の給与体系として時間外手当が存在するところ(前記前提事実(3))、従業員は毎日出退勤時にタイムカードに打刻することとされ(前記認定事実(2))、実際に原告に対しても被告が独自に算出した時間外手当が支給されていたこと(前記前提事実(4)、別紙1)に鑑みると、被告はタイムカードに基づいた従業員の労働時間管理を行っていたことが認められる。
(2) ところで、被告における始業時刻については、前記認定事実(1)によれば、就業規則上の始業時刻(平成22年5月までは午前9時、同年6月以降は午前9時30分)に先立ち、従業員らが手分けして工場内の車両を外に出し、清掃をし、朝礼やミーティングを行うという業務が予定されていたこと、工場から車両を出す作業については、被告代表者が午前8時30分(平成22年5月まで)又は午前9時(同年6月以降)より前の作業開始を禁じていたことが認められる。
以上に鑑みると、被告からは、平成22年5月までは概ね午前8時30分から、同年6月以降は概ね午前9時から、上記の各業務を開始することが指示されていたと認めるのが相当である。
一方で、原告のタイムカード上の出勤時刻は、概ね午前7時40分頃~午前8時頃、早いときが午前7時頃で推移しており、始業時刻の変更(平成22年5月から6月)の前後を通じても変化はない。この時間帯に原告が行っていた業務として、原告は、車両を外に出す等の作業準備や清掃、朝礼やミーティングに加えて、前日の積み残しの作業や、倉庫内の不良在庫の整理・片付け、営業開始時刻前に入庫した顧客の対応をすることもあったと主張する。しかし、車両を外に出す等の作業準備については、上記のとおり被告代表者が午前8時30分(平成22年5月まで)又は午前9時(同年6月以降)より前の作業開始を明確に禁じていたことに照らすと、仮にかかる作業をそれ以前に開始していたとしても、それは被告の業務指示に基づく労務の提供とはいえず、労働時間として算定することはできない。前日の積み残しの作業についても、原告はサービス部門の担当者であり、午前8時30分(平成22年5月まで)又は午前9時(同年6月以降)より前に、工場内に車両が留置されたままの状態(証拠<省略>)で作業を開始することはできなかったと認められるし、また、そのような時間帯に作業を行うことについても、被告代表者が事業所の鍵を開ける時刻についても午前8時30分以降とするよう指示していたこと(前記認定事実(1))に鑑みると、被告からの業務指示に基づくものとは認められない。営業開始時刻前に入庫した顧客の対応についても、そのような顧客が恒常的に存在したとは認められないし、倉庫内の不良在庫の整理・片付けについても、原告の供述以外にそのような業務が存在したことを認めるに足りる証拠はなく、その供述も時期や期間が曖昧である上、原告自身、訴訟提起当初の段階では、所定の始業時刻前にそのような業務を行っていたとの主張もしておらず、むしろ当該時間帯にパソコンを操作していたかのような主張をしていたこと(証拠<省略>)に照らすと、原告の供述は信用することができない。
以上に鑑みると、原告の業務開始時刻は、平成22年5月までは午前8時30分、同年6月以降は午前9時と認め、それ以降の時刻がタイムカードに出勤時刻として打刻されている日については、当該時刻を採用するのが相当である。
(3) 休憩時間について、原告は、概ね45分しか確保できなかったと主張する。しかし、原告の供述以外に、そのような事態が恒常化していたことを裏付ける客観的な証拠はないこと、就業規則上は正午から午後1時までの休憩時間が定められ、作業等の都合でずれ込んだ場合に適宜調整する者もいたこと(前記認定事実(2))に鑑みると、本件での請求期間を通じて毎日45分しか休憩できなかったとする原告の主張及び供述は採用することができない。
ただし、就業規則で定められる午後3時から15分間の休憩については、これを知らせる時報も鳴らず、また、この時間帯に従業員が休憩していたことを裏付ける証拠はないことに鑑みると、かかる休憩時間が確保されていたと認めることはできない。
なお、原告は、日によっては45分の休憩すら取れず、全く休憩を取れなかった日もあるかのような主張をしているが(別紙3)、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
以上を総合勘案すると、原告の休憩時間は1日60分確保されていたと認めるのが相当であり、それを超えて労働した事実については認められない。
(4) 原告の業務終了時刻については、願客から預かった自動車の修理を業務とする以上、納期を守ることは最優先であり、そのために所定の終業時刻を過ぎて作業を続けることも当然想定され、被告としてもタイムカードで出退勤管理を行い、こうした実態を把握した上で、平成21年4月23日から24日にかけての徹夜勤務を含め、独自に算出した時間外手当を支給していたこと(弁論の全趣旨)に鑑みると、タイムカードに打刻された退勤時刻まで、原告は担当作業に従事していたと認め、業務終了時刻としては当該時刻を採用するのが相当である。
(5) 以上の認定判断と原告のタイムカード(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨に基づいて原告の労働時間を算出した結果は、別紙5<残業代等計算表<省略>>のとおりである。
4 争点(3)について
前記前提事実(3)~(5)及び弁論の全趣旨によれば、原告の割増賃金計算の基礎となる賃金は、基本給、皆勤手当、資格手当、ファイトマネー及びアドバイス奨励金であること、このうちファイトマネー及びアドバイス奨励金は、一種の出来高払制の賃金として、労働基準法施行規則19条1項6号に基づき割増賃金を算定すべきであること、割増賃金算定の前提となる平成21年及び22年の1年間における1月平均所定労働時間は、各170.5時間であることが認められる。なお、原告が算定の基礎に含めるアドバイス奨励金の未払額は、上記2のとおり認められない。
以上を前提に原告の割増賃金を算出した結果は、別紙6<割増賃金目録<省略>>のとおりである。
5 争点(4)について
原告は、前記第2の2(4)【原告の主張】ア以下各項(以下「原告主張ア」の例で略称する。)記載のとおり、原告に対するパワーハラスメントが行われたと主張するので、以下検討する。
(1) 原告主張アについては、後の各項目で検討する具体的に時期と経緯が特定されたエピソードとは異なり、時期も特定されない概括的な主張にとどまっている上、原告の本人尋問の供述においても、Dの業務に向かう姿勢や指導の仕方を非難するものの、具体的にいかなる場面でどのような言動を受けたことを指しているのかは明らかでない。原告自身、被告代表者に善処を求めるため平成20年8月頃に提出した書面(証拠<省略>)でも、特にDから粗暴な言動を受けていることを窺わせる記載はされていない。加えて、証人Bも、原告が職場でいじめの対象になっているとの認識はなかった旨明言しているほか、指導の在り方についても、要所だけ簡単に伝えるのみで丸投げに近いとの批判は述べているものの、粗暴な言動に及ぶ等の証言はしていない。その他にも原告の主張を裏付ける証拠はない。
(2) 原告主張イについては、E及びHの退職がDのパワーハラスメントに起因すると認めるに足りる証拠はなく、むしろ証拠(人証<省略>、原告本人、被告代表者本人)によれば、Hは家業を手伝うことを理由に退職したこと(なお、原告本人は、それは表向きの理由に過ぎず、真の理由はDからの叱責にあるかのように証言するが、これは憶測に過ぎず、そのような事実を認めるには足りない。)が認められ、まずもって前提事実を欠いている。その上、両名の退職の原因を原告に転嫁する発言については、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)に記載があるのみで、他にこれを裏付ける証拠もない。
(3) 原告主張ウについても、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)の記載以外にこれを裏付ける証拠はない。
(4) 原告主張エについては、前記認定事実(4)のとおり、指導の在り方についてDに指導したり、指導担当をDからB工場長に変えたりする措置はとられなかったものの、これに先だって原告が提出した書面(証拠<省略>)にも被告に求める措置が具体的に記載されているわけでもなく、会食の場でも原告からそのことについて踏み込んだ発言もしなかったことに鑑みれば、かかる被告の対応が原告に対する不法行為を構成するとは認め難い。
(5) 原告主張オについては、前記認定事実(5)のとおり、原告が担当していた作業において重大なミスを生じ、納車期限を守れない危機に瀕した原告が、明示的な指示によらず徹夜での作業を行ったことが認められるが、原告の供述によっても、Dや被告が日頃から納期を守れという当然のことを指示していたというのみで、Dから明示又は黙示の残業命令があった事実は認められず、むしろ証拠(証拠・人証<省略>)によれば、Dは午後10時にはセキュリティの関係で退出する必要があることから、原告に対し適当に仕事を切り上げて帰るよう促したことが認められ、前提を欠いている。また、翌日の言動についても、被告が、Dが冗談交じりに「お前の仕事もせなあかんようになったわ」という程度の発言をしたことがあるかもしれないと主張するのみ(なお、かかる発言があったとしても、自らの業務上のミスにより他の従業員にしわ寄せが及んだという事実を伝えて反省を促すことは、その時期や方法等につき当否の問題はあろうが、必ずしも業務上の指導として不当なものとはいえない。)で、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)及び本人尋問における供述のほかに原告の主張を裏付ける証拠はない。
(6) 原告主張カについては、前記認定事実(6)のとおり、原告の引継事項を誰も実行しないという被告側の不手際があったというのみで、休みが明け出勤した原告に対し、Dが何もしていない旨述べたとしても、それが原告に対するパワーハラスメントに当たるということはできない。
(7) 原告主張キについては、被告代表者が「君は協調性がない。上司の言葉は神様の言葉に等しいから素直に聞き入れろ。」との発言をしたことについて、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)の記載以外にこれを裏付ける証拠はない。その余についても、原告は被告代表者から勧められたとおり2日間欠勤したのみで、賃金も控除されておらず(前記認定事実(6))、強制的に休業させられたとの事実は認められないし、6月22日の話合いについても、原告不在の場での議論であって、原告に対し直接向けられた言動ではない上、その内容も、被告において原告の成長を図るための方策を検討したことを窺わせるもので、およそ原告の主張を裏付けるものとはいえない。なお、被告代表者は、原告に対するいじめやパワーハラスメントがあってはならない旨の発言もしているが、原告に対しいじめやパワーハラスメントが行われたとの前提で話合いが行われたとは認められず(証拠<省略>)、一般的にあってはならないとされることにつき注意喚起をしたにとどまるというべきである。
(8) 原告主張クについては、B工場長が解雇されたとの事実は認められず(前記認定事実(3))、原告以外の従業員や派遣社員に対する言動は原告に対する不法行為や安全配慮義務違反を構成しない上、Dが「お前のせいでぎっくり腰になったやないか。」と罵声を浴びせた事実も、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)に記載があるのみで、他にこれを裏付ける証拠はない。
(9) 原告主張ケのうち、オイル交換に関する部分は、原告の主張によっても、作業に関しDと意見の衝突が生じたというに過ぎず、原告の意見が正しくDの意見が間違っていると断定する根拠もない上、原告が当時Dの指導を受ける立場にあったことに鑑みれば、その指示に従うべき事は当然のことというべきであり、原告の意見とは相容れないものであったとしても、これをパワーハラスメントということはできない。また、ブレーキパッドの件についても、同様にDと意見が衝突した場面であることは同様であり、なおかつ、Dは証人尋問でブレーキパッドを投げた事実を否定する上、原告は本人尋問において、Dが1kg程度の重量のある鉄製のブレーキパッドを原告に向かって投げつけ、自らの体に当たったかのように一旦は供述しながら、即座にこれを訂正し、工具箱の上にあったブレーキパッドを工具箱の方に向かって投げた、その方向に自分が立っていたので自分に向かって投げたと思った旨の供述に変遷させており、そもそも信憑性に乏しい上、原告の供述によっても、これを原告に向けられた攻撃的な挙動と認めることはできない。
(10) 原告主張コについても、DがHDSを使おうとした際に破損していたことについて原告に尋ねたことがあると述べるのみ(証拠<省略>)で、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)の記載以外にこれを裏付ける証拠はない。
(11) 原告主張サについては、そもそも背中を叩かれたことから腹部に激しい痛みを感じて胃腸炎に罹患したという原告主張自体が信用性に乏しい上、Dも証人尋問において、通路に立つ原告の後ろから、くよくよするなという趣旨で、原告の腰又はその上辺りを右手の手のひらで軽くたたいたことがあると証言するのみで、原告に暴力を加えたことは否定しており、かかるDの行為につき、原告作成の陳述書等(証拠<省略>)の記載以外に原告の主張を裏付ける証拠はない。
(12) 原告主張シについても、原告作成の陳述書(証拠<省略>)の記載以外にこれを裏付ける証拠はない。
(13) その他、原告が主張し又は自身作成の陳述書等(証拠<省略>)で記載するDや被告の原告に対する言動や対応は、それ以外に裏付けとなる証拠が見当たらない上、原告との業務に対する考え方の違いを述べるに過ぎない部分も多い。
(14) 以上のとおり、原告のパワーハラスメントに関する主張には、原告本人の供述や陳述書等の記載以外の裏付けがない。加えて、原告は、自ら被告代表者宛に文書を提出し、それを契機として直接対話する機会を得た経験を有しながら(前記認定事実(4))、それ以降、Dの粗暴な言動に苦しめられている旨の文書は、退職に至るまで一度も提出した形跡が窺われないこと、原告側申請証人であるB工場長も、原告に対し職場でいじめが行われていたとの認識はなく、原告に対する粗暴な言動について見聞きしたところもないこと(上記(1))に鑑みれば、原告の供述は総じて信用することができない。
(15) よって、原告主張のパワーハラスメントについては、その事実を認めるに足りる証拠がなく、また、認められる事実関係を前提にしても、およそ原告に対する不法行為や安全配慮義務違反を構成するとは認め難いことから、争点(4)に関する原告の主張は理由がない。
6 結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は、主文1項の割増賃金請求に関する部分のみ理由があり、慰謝料請求に関する部分は理由がない。また、本件事案に鑑み、被告に対し、原告が付加金請求を追加した2年前である平成21年12月分以降の割増賃金と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 別所卓郎)