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大阪地方裁判所 平成23年(ワ)3102号 判決 2011年10月24日

原告

P1

同訴訟代理人弁護士

玉木昌美

木下康代

被告

P2

同訴訟代理人弁護士

伊原友己

加古尊温

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成21年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告

主文同旨

第2事案の概要

1  前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により認めることができる。)

(1)  当事者

原告は,後記各出願(本件出願A~C)の出願人である。

被告は,弁理士である。

(2)  実願平5-38968号の実用新案登録出願(以下「本件出願A」という。)に係る事実経過(甲1~3,24,28,乙1,2)

ア 出願

原告は,平成5年6月7日,考案の名称を「自動車(トラック)の荷積載,車輛の測定検知装置」とする実用新案登録出願をした(甲24)。

イ 原告による手続補正と拒絶査定

原告は,平成5年6月17日付けで手続補正書を提出した。

また,平成6年1月18日付けで手続補正指令を受け,同年2月3日付けで手続補正書を提出し,同年7月13日付けで出願審査請求をした。

さらに,平成7年10月3日付けで手続補正指令を受け,同月27日付けで手続補正書を提出した。

平成9年3月4日付けで審査官から拒絶理由の通知を受け,同月25日付け(乙2によると同月24日)で手続補正書を提出したものの,同年8月5日付けで拒絶査定を受けた。

ウ 被告による手続補正と拒絶査定不服審判請求

原告は,被告に対し,平成9年9月ころ,本件出願Aに係る出願手続を委任した。

被告は,同月4日,上記イの拒絶査定に対する拒絶査定不服審判請求をし,同年10月6日付けで手続補正書を提出した。

また,平成10年1月27日付けで手続補正指令を受け,同年2月18日付けで手続補正書を提出した。

エ 手続補正の却下

上記イの手続補正のうち平成5年6月17日付け,平成7年10月27日付け及び平成9年3月25日付けのもの並びに上記ウの手続補正のうち平成9年10月6日付けのものは,いずれも平成11年7月16日付けで却下された。

オ 拒絶査定不服審判

上記ウの拒絶査定不服審判請求について,平成11年12月7日,本件審判の請求は成り立たない旨の審決がされ,確定した。

(3)  特願平6-182718号の特許出願(以下「本件出願B」という。)に係る事実経過(甲4~14,25,26,29,30,乙3,4)

ア 出願

原告は,平成6年6月29日,発明の名称を「貨物自動車の荷積載車両の重量オーバーの測定検知 警告,記録,標示装置と自動車車種分類料金カード 発行管理装置」とする特許出願をした。

各請求項に係る発明は,次の装置に関するものである。

請求項1 貨物自動車の総重量を測定して重量オーバーを表示する装置

請求項2 通行料金の算定料金カードを発行する装置

請求項3 貨物自動車の重量測定装置

請求項4 焼却場などで積載重量を測定し,この積載重量に応じて料金を支払う装置

イ 原告による手続補正

原告は,平成6年10月25日付けで手続補正指令を受け,同年11月18日付け,同月21日付け及び平成7年4月24日付けで,それぞれ手続補正書を提出した。

平成8年7月15日付けで出願審査請求をしたところ,審査官から,平成9年11月11日付けで,上記発明は当業者において容易に想到することができた(特許法29条2項)ものであること及び各請求項には発明の目的・動作等が記載されているにすぎず,課題を解決するための発明の技術的構成を記載する必要がある(特許法36条5項2号及び6項)ことなどを理由として,拒絶理由の通知を受けた。

ウ 被告による手続補正,拒絶査定と拒絶査定不服審判請求

その後,原告は,被告に対し,本件出願Bに係る出願手続を委任し,被告は,平成10年1月12日,各請求項に係る発明を以下のとおりとする手続補正書及び意見書を提出した。

請求項1 貨物自動車の総重量を測定して重量オーバーを表示する荷積載量測定装置

請求項2 シリンダとスプリングを用いた荷積載量測定装置

請求項3 ゴミ焼却場に設置される荷積載量測定装置

請求項4 車種別に通行料金を算出し,車種別のカードを発行する装置

被告は,同年12月15日,審査官から上記補正には新規事項の追加があるとして拒絶理由の通知を受けた。

平成11年4月1日,手続補正書(上記請求項3を削除し,請求項4を請求項3に変更する内容のもの)を提出し,同月5日,意見書を提出した。

しかし,同年7月6日,審査官から上記補正には請求項1及び3に係る新規事項の追加があるとして拒絶査定をされた。

被告は,同年8月9日,拒絶査定不服審判請求をし,同年9月6日,上記手続補正後の請求項3を削除する手続補正書を提出した。

エ 審査官との合意とその取消し

被告は,上記拒絶査定不服審判請求の前置審査手続において,審査官との間で,同年10月29日,同年9月6日付け手続補正書による補正後の請求項2に限定すれば特許査定を受けられる旨の合意をした。

同年11月16日,審査官から拒絶理由の通知をされた。

被告は,審査官との間で,平成12年1月13日,上記合意を確認したものの,同月17日,上記合意に従った請求項2に限定する内容の手続補正をせず,意見書を提出したが,審査官から上記合意を取り消された。

オ 原告・被告間の委任契約の解除と原告による手続補正

原告と被告は,相互に上記ウの委任契約を解除し,平成12年5月22日付けで原告が代理人解任届を提出し,同月26日付けで被告が代理人辞任届を提出した。

被告は,平成13年1月16日付けで意見書及び手続補正書を提出した。

カ 原告・被告間における再度の委任契約と被告による手続補正

原告は,被告に対し,平成13年1月25日ころ,再度,本件出願Bに係る出願手続を委任し,被告は,同日付けで手続補足書を提出した。

被告は,平成14年5月9日付で審判長から記載不備を理由とする拒絶理由の通知を受け,同年7月22日付けで手続補正書を,同月23日付けで意見書を,それぞれ提出した。

キ 拒絶査定不服審判

上記ウの拒絶査定不服審判請求について,平成14年9月25日,本件審判の請求は成り立たない旨の審決がされ,確定した。

(4)  特願平6-284603号の特許出願(以下「本件出願C」という。)に係る事実経過(甲15~20,27,乙5,6,22)

ア 出願

原告は,平成6年10月11日,発明の名称を「自動車が持つ情報を収集して,その情報を送受信,収録,計算,記録,測定装置」とする特許出願をした。

イ 原告による手続補正

原告は,平成8年7月15日,出願審査請求及び手続補正書の提出をした。

平成9年6月24日付けで拒絶理由の通知を受けた。

ウ 被告による手続補正と拒絶査定

原告は,被告に対し,平成9年8月ころ,本件出願Cに係る出願手続を委任し,被告は,同月25日付けで手続補正書及び意見書を提出した。

被告は,同年11月4日付けで手続補正指令を受け,平成10年8月5日受付で手続補正書を提出した。

平成11年5月11日付けで審査官から拒絶理由の通知を受け,平成12年1月14日付けで拒絶査定をされ,確定した。

2  原告の請求

原告は,被告に対し,本件出願AないしCの出願手続に係る各委任契約の債務不履行又は不法行為に基づき,4988万2200円の損害のうち一部である1000万円の損害賠償及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

3  争点

(1)  被告には,本件出願Aに係る債務不履行又は不法行為があるか(争点1)

(2)  被告には,本件出願Bに係る債務不履行又は不法行為があるか(争点2)

(3)  被告には,本件出願Cに係る債務不履行又は不法行為があるか(争点3)

(4)  損害額(争点4)

第3争点に係る当事者の主張

1  争点1(被告には,本件出願Aに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

【原告の主張】

(1) 本件出願Aは,願書に添付した実用新案登録請求の範囲の記載に不備があったため,体裁を整える手続補正をする必要があったにすぎず,内容に関する手続補正をする必要はなかった。

それにもかかわらず,被告は,原告から了解を得ることなく,平成9年10月6日付け手続補正書を提出するに当たり,必要のない全文補正をした上,新規事項を追加してはならない注意義務を負っていたにもかかわらず,技術の理解が不十分であったことから新規事項を追加したため,要旨変更としてこれを却下された。

(2) これにより,原告は,本件出願Aについて内容の審査を受けることができず,実用新案登録もされなかったから,上記被告の行為は本件出願Aに係る委任契約の債務不履行又は不法行為に当たる。

【被告の主張】

(1) 本件出願Aに係る拒絶査定の理由は,実用新案法3条柱書及び5条等を理由とするものである。すなわち,出願に係る考案が考案として未完成であるか,完成しているとしても,明細書に十分に開示されておらず,記載要件に反するとされたのである。

そもそも本件出願Aの明細書は,明細書としての体を成しておらず,考案がどのように作動するかの記載はあるが,構成の記載がなく,技術用語の意味も記載されていなかった。そのため,手続補正をするに当たり新規事項の追加に当たるとされる危険性は認識していたものの,用語の追加等をせざるを得なかったのであり,他に上記拒絶理由を解消する方法はなかった。新規事項の追加に当たるか否かも,担当する審査官・審判官の判断次第であり,被告に過失はない。

(2) 上記(1)のとおり,本件出願Aに係る考案は考案として未完成であったことなどから登録できないものであり,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由の通知がされなかったのも,補正する余地がないと判断されたことによるものである。したがって,上記手続補正書を提出したことについて,被告に債務不履行又は不法行為は成立しない。

2  争点2(被告には,本件出願Bに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

【原告の主張】

(1) 被告は,審査官との間で平成11年9月6日付け手続補正書による補正後の請求項2に限定すれば,特許査定を受けられる旨の合意をしたのであるから,上記合意に従って手続補正をするべき注意義務を負っていたのに,これを怠った。

(2) また,被告は,上記合意をしたことについて,原告に報告するべき注意義務を負っていたのに,これを怠った。

(3) これら被告の行為は,本件出願Bに係る委任契約の債務不履行又は不法行為に当たる。

【被告の主張】

被告は,審査官との間で上記合意をしたことについて原告に報告し,合意に従った手続補正をするように説得を重ねたものの,原告が上記合意に従うことを拒んだのであり,被告に上記注意義務を怠った過失はない。

3  争点3(被告には,本件出願Cに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

【原告の主張】

(1) 被告は,平成10年8月5日受付けの手続補正書を提出するに当たり,新規事項を追加してはならない注意義務を負っていたにもかかわらず,新規事項を追加した過失がある。

(2) また,被告は,平成11年5月11日付けで拒絶理由の通知を受けた時点において,新規事項の追加となった記載を削除する手続補正をするべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った。

(3) 被告は,拒絶査定を受けた場合における代理人弁理士の一般的な注意義務として拒絶査定不服審判請求を提起するべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これも怠った。

(4) これらの行為は,本件出願Cに係る委任契約の債務不履行又は不法行為に当たる。

【被告の主張】

(1) 平成9年6月24日付けの拒絶理由通知は,特許法36条違反(明細書等の記載不備)を理由とするものである。

そして,本件出願Cの特許請求の範囲は,単なる願望を記載したものにすぎず,具体的な技術的構成について記載がなかったから,通常要求される程度の手続補正をしても拒絶されることが明らかであった。したがって,新規事項の追加に当たると判断される可能性を認識しながらも,ある程度,冒険的に対処せざるを得なかったものである。

手続補正書及び意見書を作成するに当たっては原告から十分に意見を聞いており,原告に新規事項の追加に当たると説明しても怒り出す始末で,代理人としては,立場上,原告の意向に従った補正をせざるを得なかった。

したがって,上記手続補正についても,被告に過失はない。

(2) 拒絶査定等に対応しなかったのも原告の意向によるものであり,債務不履行又は不法行為が成立することはない。

4  争点4(損害額)について

【原告の主張】

(1) 原告は,前記1の債務不履行により以下の損害を被った。

ア 被告に支払った手続費用43万2900円

イ 本件出願Aに係る実用新案登録を受けられなかったことによる逸失利益及び慰謝料1000万円

(2) 原告は,前記2の債務不履行により以下の損害を被った。

ア 被告に支払った手続費用102万0900円

イ 本件出願Bに係る特許登録を受けられなかったことによる逸失利益及び慰謝料2500万円

(3) 原告は,前記3の債務不履行により以下の損害を被った。

ア 被告に支払った手続費用42万8400円

イ 本件出願Cに係る特許登録を受けられなかったことによる逸失利益及び慰謝料1000万円

(4) 弁護士費用300万円

【被告の主張】

(1) 被告が原告から受領した手続費用は,本件出願Aが約20万円,本件出願Bが約65万円,本件出願Cが約20万円である。

(2) 本件各出願に係る考案ないし発明は,いずれもETCに関するものであるが,日本国内における現行の方式とは動作が異なるから実施される可能性が全くないものであり,原告に逸失利益が生じることはありえない。

第4当裁判所の判断

1  争点1(被告には,本件出願Aに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

(1)  被告のした手続補正の是非について

前提事実に加え,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件出願Aの願書(甲24)に添付された明細書によれば,本件出願Aに係る実用新案登録請求の範囲は,以下のとおりである。

(ア) 【請求項1】

「自動車(トラック)が管理された(管理者がいる)場所,及び国道(広い道路)等を走行する場合に設置するもので,自動車(トラック)の荷積載を標別,検知し,車体の長さを測定する。重量オーバーを表示して警告することができる。

第1図(1)(2)(3)(4)(5)(6)」

(イ) 【請求項2】

「自動車(トラック)が第一計重測機と第二計重測機に同時に2台進入しても,第一計重測機のみが働く。自動車(トラック)の車体の長さを検知する。車輛が第一計重測機と第二計重測機に進入した場合は,合計重量が測定できる。(普通乗用車は測定しない)。

第1図(2) 第2図(7)(8)(9)」

イ 平成9年3月4日付けで受けた拒絶理由通知書(甲1)によれば,拒絶理由は以下のとおりである。

(ア) 本件出願Aに係る考案は,以下の理由で実用新案法3条1項柱書の要件を満たしていない。

「請求項1,2の記載からは各請求項に記載の事項が物品の形状,構造または組合せに係るものであるのか否かが不明瞭である。各請求項に記載のものが物品の形状,構造または組合せに係るものであることを明確になるように請求項全体の記載を補正されたい。」

(イ) 本件出願Aは,以下の理由で同法5条5項2号及び6項の要件を満たしていない。

「請求項1,2には,本願考案がどのように作動するかが記載されているにすぎず,実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているとは認められない。(各請求項には,実用新案登録を受けようとする考案の技術的構成を記載されたい。)また,考案の構成の説明は図面で代用することは認められないので,各請求項の末尾の記載(請求項1の末尾の「第1図(1)(2)(3)(4)(5)(6)」,請求項2の末尾の「第1図(2) 第2図(7)(8)(9)」という記載)は削除し,考案の構成を文章で記載されたい。」

ウ 拒絶査定不服審判請求の審決書(甲3)によると,審決の理由は以下のとおりである。

「請求項1の記載からは,自動車が管理された場所,及び走行する場所に設置するもので,自動車の荷積載を標別,検知し,車体の長さを測定し,重量オーバーを表示して警告することを把握することができるが,そのような作用を実現するためにどのような技術的手段をどのように設けたのかが請求項1に記載されていないため,物品の形状,構造又は組み合わせに係る考案の構成が依然として不明瞭である。

また,請求項2の記載からは,自動車が第一計重測機と第二計重測機に同時に2台進入しても第一計重測機のみが働き,自動車の車体の長さを検知し,車輛が第一計重測機と第二計重測機に進入した場合には合計重量を測定し,普通乗用車は測定しないことが把握できるが,そのような作用を実現するために,どのような技術的手段をどのように設けたのかが請求項2に記載されていないため,物品の形状,構造又は組み合わせに係る考案の構成が依然として不明瞭である。

更に,請求項1には「第1図(1)(2)(3)(4)(5)(6)」と,請求項2には「第1図(2) 第2図(7)(8)(9)」とそれぞれ図面の符号のみを記載しているが,考案の構成は図面の記載を代用しなければ適切に記載できない場合を除き,代用はできないものであり,この場合,図面の記載の代用を認めるべき特段の事情が見出せないから,前記図面の符号の記載により本願請求項1及び請求項2に係る考案の構成が不明瞭なものとなっている。

したがって,本願明細書の実用新案登録請求の範囲の請求項1及び請求項2には,実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものとは認められないから,本願は,実用新案法5条第5項第2号の規定を満たしておらず,拒絶をすべきものである。」

エ 前記アによると,本件出願Aの各請求項には,考案の作用・効果しか記載されておらず,技術的構成が記載されていないこと,前記イ及びウによれば,審査官及び審判官も同様の判断をしたことが認められる。

そうすると,前記イの拒絶理由通知を受けた時点で,少なくとも請求項の記載について,技術的構成を記載するように全面的に書き換える手続補正をする必要があったことは明らかである。しかも,原告がした手続補正のうち平成5年6月17日付け,平成7年10月27日付け及び平成9年3月25日付けのものについてはいずれも却下されたこと(甲3)からすれば,原告が被告に手続を委任した当時,原告の認識及び客観的な状況のいずれからしても原告自身で手続を進めて登録を受けることは望めなかったことが十分に窺われる。

原告は,この点に関して,体裁を整える手続補正をする必要があったにすぎず,内容に関する手続補正をする必要はなかったと主張するが,原告の上記主張は,前提において誤っているというほかない。

また,拒絶理由(前記イ)は,請求項の記載を補正することを求めるのみであるが,被告としては,請求項に最低限の技術的構成を記載するに伴い,平成9年10月6日付でした手続補正により,明細書の記載を改めたことが窺える。しかし,これが却下されたため,拒絶理由を回避することができないまま,請求不成立審決を受けたのであるが,具体的に,どのような理由で却下されたのかは,不明である。原告は,当初明細書(甲24)と手続補正書(甲2)を比較して,新規事項が追加されているため要旨変更と判断されたと主張するが,実際に,どの点をもって要旨変更と判断されたのかは明らかとはいえない。

被告としては,請求項の記載を補正することに伴い,当初明細書の記載が不明瞭であると考え,当初明細書の記載から当業者が当然理解できると考えられる技術的事項を明確にし,かつ,将来,実施可能要件が問題とならないよう,当初明細書の記載内容を,より明瞭に記載するために書き改めようとしたものと理解することができる(乙14,被告本人尋問の結果)。

(2)  原告の了解の有無

ア 原告は,被告が平成9年10月6日付け手続補正書を提出するに当たり,原告から了解を得ることなく,新規事項を追加する不必要な全文補正をしたから,これは本件出願Aに係る委任契約の債務不履行又は不法行為に当たる旨主張し,「本件出願Aに係る出願手続は被告に一任しており,手続補正の内容について被告と打合せをしたことはないし,被告から出願手続に関する報告を受けたことも全くなかった。本件出願Aは登録されたものと認識して放置していたところ,平成19年4月に日本弁理士会に対する苦情相談をして,初めて登録されなかったことを知った。」旨述べる(甲42,原告本人尋問の結果)。

イ そこで検討すると,まず,前提事実及び前記(1)のとおり,原告が被告に出願手続を委任する前に拒絶査定がされていたことなどからすれば,原告は本件出願Aが最終的に登録されない可能性があることを認識した上で,被告に手続を委任したものと認められる。しかも,原告本人の供述によれば,本件出願Aに係る考案は科学技術庁長官により注目発明として選定されたことから重要な価値があると考えていたというのであり,そのような状況の中で,出願手続を被告に一任し,手続経過等についても全く報告を受けることなく,登録されたものと考えて,被告との委任契約締結後約10年間も放置していたなどという原告本人の上記供述は不合理というほかない。

これに対し,被告本人は,「上記手続補正をするに当たっては,あらかじめ原告に手続補正書の原稿を送って了解を得ており,複数回にわたり長時間の打合せもした。原告からは具体的な補正内容を指示されるなどしており,当該補正内容では要件を満たさないなどと説明してもなかなか受け容れられなかったため,原告の意向に沿った内容の手続補正をせざるを得なかった。」旨述べる(乙14,被告本人尋問の結果)。

また,乙9の1ないし21によれば,原告は,被告に対し,発明の名称を「生花器,植木鉢,造花籠を備えた容器と巻上げ装置」とするアメリカ特許に係る手続を委任していたこと,被告は平成11年1月から平成20年8月までの間当該手続を進めるに当たり,手続の都度原告に報告し,了解を求めたことが認められる上,後記2のとおり,原告が,被告に対し,本件出願Bに係る手続補正の内容を詳細に指示したことも認められる。これらは,本件出願Aに関するものではないものの,本件出願Aの出願手続についても原告の指示を受け,了解を得ていたなどとする被告本人の上記供述を裏付けるものである。

これらによると,むしろ,被告が主張するとおり平成9年10月6日付け手続補正書の内容は原告の意向に沿って作成されたものであることが認められる。

そして,原告が本件出願Aの拒絶査定確定後7年以上もの間被告の責任を追及することはなかったことからしても,本件出願Aの出願手続において被告の責任を追求することができるような事情があったとは考えにくい。

(3)  以上によれば,被告に本件出願Aに係る債務不履行又は不法行為があるとは認められない。

なお,原告は,本件出願Aの考案の価値に相当する額の損害賠償を請求しているところ,これが認められるのは本件出願Aについて登録をされる蓋然性があった場合に限られる。原告は本件出願Aが注目発明として選定されたことを主張するものの,このことから実用新案登録がされる蓋然性があったとはいえず,本件でこの蓋然性があったことを認めるに足りる証拠はない。

2  争点2(被告には,本件出願Bに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

(1)  被告が,審査官との間で,平成11年9月6日付け手続補正書による補正後の請求項2に限定すれば特許査定を受けられる旨の合意をしたこと,その後,前置審査において審査官と面談し,上記合意内容を確認したにもかかわらず,合意に従わない手続補正をして審査官から上記合意を取り消されたことなどは,前提事実のとおりである。

原告は,被告から上記合意をしたことについて報告を受けたことはないし,上記手続補正の内容について了承したこともない旨主張し,大要,以下のとおり供述する(甲42,原告本人尋問の結果)。

本件出願Bに係る出願手続は,被告ではなく,その従業員であるP3が担当しており,被告は全く関与していなかった。

P3から手続補正書の内容を事前に提示されたことは,最初の一回しかなく,内容について訂正を求めても受け容れられなかった。その後補正書や意見書の内容について打ち合わせをしたり,報告を受けたりしたことはなかった。

被告が審査官と上記合意をしたことなどについても一切報告はなく,被告が上記合意に従わない補正をした後になって初めて知ったため,被告との間の委任契約を解除した。

(2)  これに対し,被告本人は,大要,以下のとおり供述する(乙14,被告本人尋問の結果)。

手続補正をするに当たっては,必ず原告に補正書案等を提示し,打合せもしていた。原告は,補正書案を持参するなどして,その内容のとおりに補正することを求め,被告やP3が代替案を出しても受け容れず,打合せに長時間を要して収拾がつかなかったことなどから,手続補正をするに当たっては原告の意見を可能な限り取り入れた。

審査官と上記合意をした後,補正書案を作成して原告に送付したところ,権利範囲が狭すぎるとして拒否され,説得を重ねたものの,全く聞く耳を持たなかった。

そこで,再度,審査官と面談し,他の方法で特許査定を認めてもらえるように交渉したところ,全く相手にしてもらえず,上記合意を確認しただけであった。

原告に上記交渉の経過を伝え,合意に従うようにさらに説得したものの,かたくなに拒否されたため,形式的に手続補正書を提出して前置審査につなぐこととし,代理人を辞任した。

(3)  そこで検討すると,原告が拒絶したのでなければ,被告が審査官と再度面談をしたり,進歩性なしとして拒絶された出願について一部でも特許査定をする旨の合意をされたにもかかわらず,それに従った手続補正をしなかったりする理由は他にないのであって,上記経過は被告本人の供述を前提としてしか了解することができないものである。

また,前提事実のとおり,原告と被告は相互に本件出願Bに係る委任契約を解除したにもかかわらず,再度,本件出願Bに係る委任契約を締結している。これは,本件出願Bについて拒絶査定がされ,本件出願A及びCの拒絶査定も確定した後の時期であり,原告の主張するような債務不履行が被告にあったのであれば起こりえないことである。

さらに,乙20及び21によれば,再度の委任契約後に,原告は本件出願Bに係る手続補正について発明の名称や請求項の記載内容の文案を示すなど,被告に詳細に指示したことが認められる。このことや,前記1のとおり,被告が原告のアメリカ特許について手続をする都度,原告に了解を求めたことは,被告本人の上記供述を裏付けるものである。なお,この点に関する原告本人の供述は,書面の体裁からして原告から被告に指示したものであることが明らかであるのに,被告から指示されるままに書いたなどと不合理な弁解に終始しており,信用することはできない。

加えて,上記1と同様に,原告が平成19年4月に至るまで被告の責任を追及することがなかったことからすれば,本件出願Bの出願手続において被告の責任を追求することができるような事情があったとは考えにくい。

(4)  以上によれば,被告に本件出願Bに係る債務不履行又は不法行為があると認めることはできない。

3  争点3(被告には,本件出願Cに係る債務不履行又は不法行為があるか)について

(1)  被告のした手続補正の是非

前提事実に加え,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件出願Cの願書(甲27)に添付された明細書によると,本件出願Cの【特許請求の範囲】は,以下のとおりである。

(ア) 【請求項1】

「自動車が盗難された場合,自動車の発見が可能になる装置。自動車が国道,有料道路,有料駐車場,ガソリンスタンド等その他,自動車が走行及び利用する場合に設置される装置で測定機より送信側が電磁波を自動車に照射する。自動車受信側に取付けた情報を送信側が受け取る。この場合に情報をナンバープレートに組込んでもよいが,自動車のナンバープレート以外に,前方より見易い場所に取付けてもよい。自動車に取付けた情報が記録され,その情報が連動的に連絡できるものである。」

(イ) 【請求項2】

「自動車が有料駐車場に駐車する場合の料金支払いをカードレス方式にする事ができる装置で,自動車が駐車場に進入すると,情報収録記録測定器が働き,自動車は停止する必要がなく,駐車場に入る事ができる。又,自動車に取付けた情報と時間が記録される。自動車が駐車場を出る場合は,駐車料金が自動支払する様にアナウンスで運転手に料金を説明,金額をデジタルで標示する装置。」

(ウ) 【請求項3】

「自動車が有料道路を走行する場合の料金支払い方法が,自動料金支払い及び支払い方法がカードレス方式ができる装置である。自動車が有料道路に進入すると,情報収録記録測定機が働き,自動車は停止する必要がなく徐行して,有料道路に入る事ができる。又,自動車が有料道路に進入した場合にカード方式で車種分類,自動カード発行方法ができる装置である。」

(エ) 【請求項4】

「自動車がガソリンスタンドで給油する際,自動車に取付けた情報によって給油する場合,現在使用されているカード方式をカードレス方式に替える事ができる装置。」

イ 本件出願Cに係る平成9年6月11日付け拒絶理由通知書(甲15及び乙22)によれば,拒絶理由は以下のとおりである。

(ア) 【請求項1】に係る発明には,自動車が盗難された場合,自動車の発見が可能になるとあるが,どのように自動車の発見が可能になるのか,その具体的構成が【発明の詳細な説明】に開示されておらず,このため,【発明の詳細な説明】には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,この発明の構成が記載されているものとは認められない。

(イ) 【請求項1】~【請求項4】は,発明の目的,作用,効果のみが記載されており,それぞれの請求項に記載された事項に基づいて特許を受けようとする発明が明確に把握することができない。よって,【請求項1】~【請求項4】は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでない。

ウ 上記アからすると,本件出願Cの各請求項には技術的構成が記載されていないことが認められ,審査官も同様の判断のもとで拒絶査定をしたことが認められる。そうすると,上記1と同様に,本件出願Cは少なくとも請求項の記載内容を全面的に書き換え,技術的構成を明らかにする補正が必要であったのであるが,本件出願Cの当初明細書の記載のうち,どの点をもって技術的構成が記載されているとみるかは困難というべきであり,原告自身,どの点に技術的構成が記載されており,これを請求項に記載すべきであったかについて何ら具体的な主張をしていない。したがって,原告が希望する技術的範囲を維持しながら新規事項を含まない補正をすることが容易でなかったことは明らかである。

(2)  原告の了解の有無

ア 上記(1)の拒絶理由通知を受けて,原告が本件出願Cに係る出願手続を被告に委任したこと,被告が平成9年8月25日付けで手続補正書を提出したこと,上記手続補正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないとして拒絶査定がされたことは,前提事実のとおりである。

原告は,被告が原告の了解を得ることなく上記手続補正をしたから,これは債務不履行又は不法行為に当たる旨主張し,「本件出願A及びBと同様に,本件出願Cに係る出願手続についても被告に一任し,手続補正の内容について事前に打ち合わせをしたり,了解を取られたりしたことは全くない。被告から本件出願Cの拒絶査定を受けたことについて報告を受けたことはなく,対応について協議したこともない。本件出願Cに係る特許は登録されたものと考えていたところ,平成19年4月に日本弁理士会に対する苦情相談をして初めて登録されなかったことを知った。」旨述べる(甲42,原告本人尋問の結果)。

イ そこで検討すると,まず前提事実のとおり,原告が,本件出願Cに係る出願手続を被告に委任する前に上記拒絶理由の通知がされていたこと,前述のとおりこれに対応するには軽微な手続補正で足りるようなものではなかったことなどからすれば,原告が被告に委任するに当たり本件出願Cについて拒絶査定をされる可能性があることを当然認識していたことが認められる。それにもかかわらず,出願手続を被告に一任し,内容について一切関知しなかったとか,登録されたものと考えて手続の結果について報告を求めることもなく,拒絶査定後7年以上も放置していたなどとする原告本人の上記供述は不合理というほかない。

かえって,上記1のとおり,被告がアメリカ特許に係る手続を進めるに当たり,手続の都度原告に了解を求めたこと,上記2のとおり原告が本件出願Bに係る手続補正の内容を被告に詳細に指示したことが認められる。

そうすると,被告が主張するとおり上記手続補正書の内容や拒絶理由の通知等に対応しなかったのは原告の意向に沿ったものであることが認められる。

被告は,単なる代理人にすぎないから,原告の意向に反する手続補正や手続をすることができないのはもとより,本件で,被告が弁理士としての通常の注意義務を果たすことにより,原告の意向に沿いながら,上記拒絶理由を解消することのできる手続補正をすることができたことを認めるに足りる証拠はない。原告が本件出願Cについて拒絶査定がされたことを認識しながら,その後7年以上も放置していたことからすれば,被告に債務不履行又は不法行為に当たるような事情があったとは考えにくいのも前同様である。

また,原告が主張するような拒絶査定不服審判請求をする一般的な注意義務など弁理士が負わないことは多言を要しないし,本件出願Cに係る発明の価値に相当する額の損害賠償を請求することができないことも上記1と同様である。

(3)  以上によれば,被告に本件出願Cに係る債務不履行又は不法行為があると認めることはできない。

第5結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 達野ゆき 裁判官 西田昌吾)

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