大阪地方裁判所 平成23年(ワ)3676号 2013年5月21日
原告
X
被告
Y1運輸株式会社<他1名>
主文
一 被告株式会社Y2は原告に対し、四三二万九〇三八円及びこれに対する平成二一年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告株式会社Y2に対するその余の請求及び原告の被告Y1運輸株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は全体を通じてこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告株式会社Y2の負担とする。
四 この判決は第二項を除き仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して九〇三万九六七六円及びこれに対する平成二一年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告が牛乳空箱回収の現場で車両を誘導していたところ、被告株式会社Y2(以下「Y2社」という。)の従業員であるA(以下「A」という。)運転のフォークリフトが後退してきて衝突した事故につき、Aの勤務先であるY2社及びその元請である被告Y1運輸株式会社(以下「Y1社」という。)に対し、それぞれ民法七一五条に基づき、損害賠償の支払い及びそれに対する事故日である平成二一年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
二 前提事実(いずれも争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。なお、証拠の枝番を省略した場合には、親番号に属する証拠全てを含む趣旨である。)
(1) 原告
事故当時五五歳の男性であり、a運送株式会社(以下「a社」という。)の従業員であった。
(2) 被告ら
ア Y1社
一般区域貨物自動車運送事業、牛乳・乳酸菌・醗酵乳・清涼飲料販売事業等を目的とする株式会社であり、B(以下「B」という。)はその運輸倉庫部課長である。
イ Y2社
(ア) 一般貨物自動車運送事業、第一種貨物取扱事業、冷蔵・冷凍コンテナの倉庫への入出庫取扱業等を目的とする株式会社であった。AはY2社に勤務し、Y2社はAをフォークリフトの運転操作等に従事させていた。
(イ) 事故当時の代表取締役はC(以下「C」という。)であったが、平成二三年一一月一八日に破産開始決定がなされ、平成二四年七月一一日に異時廃止決定がなされ、その後当裁判所は同年九月一四日に特別代理人選任命令をした。
ウ Y1社とY2社との関係
Y1社は、自ら牛乳の配送及び空箱回収の業務を請け負い、これについてY2社との間で運送請負契約を締結していた。
(3) 本件事故の発生
ア 事故発生日
平成二一年七月一三日
イ 場所
京都府長岡京市<以下省略> b社cセンター敷地内
ウ 被告車両
(ア) 車種 フォークリフト 七FD二〇―三四一九八
(イ) 運転者 A
エ 態様
原告がa社のトラックを誘導中、後退した被告車両と衝突した。
(4) 事故後の状況
ア 原告は本件事故により右足関節の脱臼骨折、右第二、三、四中足骨骨折、右第二、三楔状骨骨折等の診断を受けた。
イ 原告は上記傷害により、平成二一年七月一三日にd病院に通院し、翌日から平成二二年一月二〇日までの間にe病院整形外科に合計一〇日間通院していた(甲二、三)。
ウ 平成二二年一月二〇日、原告の症状は固定となり、平成二二年六月一八日、原告は自賠責において、一足の第二の足指を含み二の足指の用を廃したものとして、後遺障害一三級一〇号の認定を受けた(甲七)。
三 損害に関する原告の主張
(1) 治療費 二二万四四五四円
(2) 交通費 一三二〇円
(3) 休業損害 二〇一万八四七二円
給与日額一万五六三二円、一二一日分及び賞与減額分一二万七〇〇〇円
(4) 通院慰謝料 二五〇万〇〇〇〇円
(5) 逸失利益 四二八万四八三〇円
平成二一年賃金センサス男子・学歴計・五五―五九歳平均六一六万六二〇〇円、喪失率九%、期間一〇年(ライプニッツ係数七・七二一)
(6) 後遺障害慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円
(7) 既払金 -二五八万九四〇〇円
(8) 弁護士費用 八〇万〇〇〇〇円
(9) 合計 九〇三万九六七六円
なお、その後原告は労災保険給付一二七万〇二四四円(他に損害填補の性質を有しない特別支給金額四一万八〇八八円がある。)があった旨主張している。
四 争点
(1) Y1社に使用者責任が生じるか否か
ア 元請・下請関係と民法七一五・七一六条
イ Y1社とY2社、Aとの間の実質的、具体的な指揮命令関係の存否
(ア) A、Y2社が業務遂行に当たってY1社からの指示を受ける関係であったか否か
(イ) 現場の安全管理にY1社がどの程度関与する立場にいたか
(2) 過失相殺
(3) 損害論(慰謝料、基礎収入)
五 争点に関する当事者の主張
(1) Y1社に使用者責任が生じるか否か
ア 元請・下請関係と民法七一五・七一六条
(ア) 原告の主張
a 本件は、Y1社が牛乳の配送と空箱回収業務を請け負ってY2社に下請けさせていたところ、Y2社の従業員であるAの不法行為によって発生したものであるから、客観的・外形的にY1社の業務執行につきなされたものであって、Y1社は使用者責任を負う。
b Y1社とY2社との関係は注文者と請負人の関係ではなく、元請と下請の関係であるから、そもそも民法七一六条の適用はなく、民法七一五条によって直接規律される場面である。
c また、仮に外形上下請人の事業の執行についてなされたというだけでは足りないとしても、本件ではAについてY1社の指揮監督の関係が直接間接に及んでおり、その意味でもY1社は使用者責任を負うものである。
(イ) Y1社の主張
a そもそもY1社とY2社の間、Y1社とAとの間に雇用契約はなく、民法七一五条の適用の前提を欠く。Y1社とY2社との間の契約は請負契約であり、Y1社は単なる注文主にすぎないから、民法七一六条の規定により、責任を負わない。
b また、Y2社は運送業の免許を持つ独立した事業者であり、Y1社は請け負った仕事をY2社に下請けに出したわけではなく、独立の配送契約を締結したにすぎない。Y1社からY2社に対して何らかの指示があったとしても、それは配送契約の注文主が配送先を指示したにすぎず、そこに指揮監督の関係は存在しない。配送契約という内容は単純なものであり、具体的な指揮監督によって業務内容を規律しなければいけないものではなく、その意味でも配送契約の当事者間に指揮監督関係が生じることはあり得ない。
イ Y1社とY2社、Aとの間の実質的、具体的な指揮命令関係の存否
(ア) A、Y2社が業務遂行に当たってY1社からの指示を受ける関係であったか否か
a 原告の主張
(a) Y2社は、平成一九年頃からY1社の下請けとなり、b社cセンターへの牛乳等の搬送に従事するようになって、そのために毎日一台の保冷用トラックを運転手つきでY1社に派遣することとなり、それを原則としてAに担当させることとした。そして、Y2社から派遣されたトラックは、Y1社の営業所から当日の搬送内容について具体的な指示を受け、それに従って搬送を行った。その際、Y2社から派遣されたトラックが単独で赴くことはなく、必ずY1社のトラックとともに赴いていた。
(b) 搬入・搬出作業に当たっては、Y1社の古参運転手が作業手順を指示し、AほかY2社担当者はそれに従って作業を行った。フォークリフトの使用順番などもY1社の運転手が指示していた。
(c) このような状況からすれば、Y2社の業務はY1社の業務の補助ないしは補完的な作業であり、Aの立場はY1社の被用者的なものであって、AはY1社の具体的な指揮監督の下で、もっぱらY1社が請け負った搬送業務に従事していたというべきである。
b Y1社の主張
(a) そもそもY1社とY2社は単なる注文者と配送請負者との関係でしかない。Y1社の営業所でY2社に対して行った指示は配送注文者として配送先の指示を行うだけであり、使用者の指揮命令という内容ではない。
(b) 本件の作業は単純であり、Y2社はY1社営業所から工場等に行って積み込みを行い、運送先で製品の荷下ろしと空箱の回収を行い、工場に戻ってから箱を荷下ろしするだけである。この間にY1社の従業員からY2社の従業員に対して何らかの指示を行うことは予定もされていないし、必要でもなかった。
(c) Y1社従業員がY2社に委託したのと同様の業務を平行して行っていることは確かであるが、Y1社従業員が現場における指揮監督権限を持っていることはなく、予定もされていない。現場で何らかの指示があったとしても、それは「偉そうにしている」従業員による事実上のものでしかなく、実質的な使用・被用関係につながるようなものではありえない。
(d) したがって、Y1社がAを直接間接に指揮監督下において業務に従事させているようなことはなかった。
(イ) 現場の安全管理にY1社はどの程度関わっていたか
a 原告の主張
(a) b社への搬入・空箱搬出現場では、Y1社がフォークリフトの使用許可と借り出しを行い、Y2社もそのフォークリフトで作業を行った。本件フォークリフトもそれに当たる。現場でフォークリフトの鍵はY1社側が管理しており、使用者として届け出られていたのもY1社の担当者であった。
(b) また、上記のとおり作業現場において指示を出していたのはY1社の古参従業員であった。
(c) これらのことからすれば、Y1社が現場の管理、指揮監督の立場を有しており、安全管理に関与すべき立場であったといえる。
b Y1社の主張
(a) 本件現場はb社cセンターであり、Y1社の管理権が及ぶ場所ではないし、またY1社が事務所を設けたり担当者を常駐させたりといった状況にあったわけでもない。この場所を管理しているのは株式会社f(以下「f社」という。)である。
(b) 事故を起こしたフォークリフトの自賠責保険の契約者も、同社のグループ会社の担当者である。現場に空ケースを配置していたのもf社である。そして、フォークリフトは受付に置かれた用紙に乗務員名等を記載し免許証を提示すれば誰でも利用できたものであり、Y1社が独占的に使用権を管理していたこともなく、またフォークリフトの使用をAに指示したこともない。
(c) したがって、Y1社は現場の安全管理をする立場には全くなかったものである。
(2) 過失相殺
ア Y2社の主張
(ア) 本件現場における空箱の回収作業は、時間帯によっては数社が平行して行うことになるため、トラックや作業員、フォークリフトが入り乱れて錯綜する状態となる。そして、その作業は各乳業会社が各自の責任で行うこととなっており、全体の作業を管理する立場の者もいなければ、ルールが設けられていることもない。したがって、担当者各自がそれぞれ周囲の状況に注意し、事故に遭わないように作業をすることが求められている。
(イ) Aが後退中後方を十分に注意しなかったことが主原因であることは確かであるが、原告も、トラック誘導という作業の性格上周囲の状況に注意を払うべきであったといえ、また後退の際に警告音が鳴ることからしても、十分な注意を払っていれば事故は回避可能であったといえる。
(ウ) したがって、本件では相応の過失相殺がされるべきである。
イ 原告の主張
(ア) 当時、後退車両の警告音は被告車両からのみ発せられていたわけではなく、a社のトラックからも発せられていて、その他新幹線やトラックの走行音などもあり、後退しながら接近してくる被告車両の後退音を聞き取れる状況ではなかった。したがって、この点をもって過失とすべきでない。
(イ) また、フォークリフトの運転者としては、フォークリフトを後退させる時に自ら後方を振り向くなどして特段の注意を払うべきであったにもかかわらず、Aは衝突するまで原告に気づかなかったのであり、Aの過失は重大であって、原告に何らかの過失があったとしても、過失相殺をすべき事案ではない。
(3) 損害について
ア 原告の主張
(ア) 通院慰謝料は通院期間に照らし二五〇万円が相当である。
(イ) また、原告は平均賃金程度の収入を得る蓋然性があったので、平均賃金を基礎収入とすべきである。
イ Y2社の主張
(ア) 原告の実治療日数は一一日であり、二五〇万円の通院慰謝料は過大である。
(イ) 原告の事故直前の年収は平均賃金を下回っており、平均賃金を基礎収入とすべきでない。
第三当裁判所の判断
一 前提事実について
上記前提事実については、いずれも問題なく認められる。
二 本件におけるY1社とY2社の関係、元請と下請及びその場合における擬律について
(1) 本件において、Y1社は、自ら請け負った牛乳の配送業務及び空箱回収業務をY2社に下請けさせていることに争いはない。
(2) そして、請負人が下請けをさせた場合において、元請と下請との間に実質的な指揮監督の関係がある時は、元請は民法七一五条の規定により、下請がその施行について他人に加えた損害を賠償する責に任ずる(最高裁第二小法廷昭和三七年一二月一四日判決・民集一六巻一二号二三六八頁参照)ところ、実質的な指揮監督の関係があるか否は、請負業務の施行・管理にあたって誰からどのような指示が出され、実際の作業現場において、誰のどのような指揮・監督が行われ、下請に対してどの程度の支配が及んでいたかということを具体的に検討して判断すべきものであり、当事者間の形式的な契約内容や、契約ないし契約上の立場を当事者がどのように呼称するか、というような事柄によって一義的に定まるものではない。
(3) Y1社は、本件契約が請負契約であるから七一五条の適用はなく、七一六条によって責任がないことが明確にされている、あるいは独立した貨物運送であるから、貨物運送契約の一方当事者である依頼人に賠償責任がない等縷々主張するが、本件における七一五条、七一六条の適用判断の是非はそのような契約自体の形式・内容によって定まるものではないから、契約自体から直接に責任を否定しようという主張はいずれも失当である(もちろん、逆に、下請関係の存在のみをもって、下請が事業に際して行った行為の全てについて元請の事業に際して行ったものと同視できるわけではないことも明らかである。)。
(4) したがって、本件においてY1社に使用者責任が認められるか否かは、もっぱら実際の作業に際してY1社から出される指示の有無・内容、現場における具体的な作業内容や作業に関する指示系統、指示内容、作業員相互の関係等を総合考慮して、Y1社とY2社・Aとの間に具体的な指揮監督・管理関係が認められるか否かによって決せられるので、以下検討する。
三 本件におけるY1社とY2社・Aとの間の具体的な指揮監督・管理関係について
(1) 証拠(甲一、一一、一四、一五、一七、乙一ないし三、証人B、Y2社元代表者、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
ア Y1社とY2社の下請関係の状況、人員配置等(甲一一、一五、乙一、証人B、Y2社元代表者)
(ア) Y2社は、平成一九年頃から、Y1社の請け負った牛乳等の搬送及び空箱回収業務を下請けするようになった。
(イ) Y2社は、Y1社に対し、毎日一台の保冷用トラックを出し、下請業務に従事させていた。同トラックの運転手は原則としてAであったが、状況によっては別の従業員が同トラックを運転して下請業務に携わったり、あるいは社長であるC自身が従事することもあった。
(ウ) 搬送・回収にあたっては、Y2社のトラックが単独で行動することはなく、複数台のY1社のトラックがY2社のトラックと一緒に行動し、同様に搬送・回収業務に携わっていた。
イ 作業前におけるY1社からの一般的な指示状況(甲一五、乙一、証人B、Y2社元代表者)
(ア) 業務遂行にあたっては、作業当日の午後二時三〇分頃に作業内容・作業量が確定し、Y2社の運転手は、午後三時ないし三時三〇分頃にY1社の営業所に赴いていた。そして、営業所において、その日の行き先、搬送・回収の内容等について指示を受け、Y1社のトラックとともに出発し、搬送・回収に従事した。
(イ) 営業所ないしその他の場所において、Y1社の事務職員からY2社の運転手ないしCに対し、具体的な作業にあたっての注意を受けたり、あるいは安全マニュアル等に関する指示がなされたり、具体的にY1社の誰の指示に従って作業を行えというような指示がなされたりということはなかった。また、Y1社では作業員に対し、交通事故や構内の注意事項などについての指示・指導を行っていたが、参加したのはY1社の従業員のみであり、Y2社の人間がそれに参加することは想定されていなかった。
ウ 現場の管理関係(甲一、一一、一五、乙一ないし三、証人B、Y2社元代表者、弁論の全趣旨)
(ア) 本件事故現場はb社cセンターの配送センターであり、当該場所を管理しているのはf社であって、事故現場について、Y1社が何らかの占有・管理権限を有しているということはなかった。
(イ) 搬送及び空箱回収作業にはフォークリフトが用いられるところ、同フォークリフトの自賠責保険の契約者は、f社の親会社の従業員であった。
(ウ) また、フォークリフトをf社から借りる際、Y2社・Y1社を問わず、一番最初に到着した人が借りに行くこととなっていた。AをはじめとするY2社の作業員は、現場にY2社の制服を着ていき、一番に到着してフォークリフトを借りる場合にはY2社の立場で借りていた。
(エ) 本件現場には、Y1社・Y2社の他にも多数の業者が出入りし、製品や空箱の搬入・回収作業を行っており、現場における安全管理は原則として自己責任とされていて、現場全体の安全状況について責任を持って規律すべき立場の人物がいたわけではなかった。
エ 作業の具体的な状況(甲一、一一、一四、一五、一七、乙一、三、証人B、Y2社元代表者、原告本人、弁論の全趣旨)
(ア) 本件現場では、Y1社・Y2社は工場などから製品を本件現場に搬入し、プラッターで荷下ろしを行った後、f社の方で積み上げておいた空箱をフォークリフトで回収し、トラックに積み込む作業を行っていた。
(イ) Y1社・Y2社が作業をする際に、特に事前に責任者が定められているようなことはなく、作業の際に他の業者の作業とかち合ってしまったような時の調整についても、必ずしもY1社の特定の人物が差配するというようなことはなく、その場に応じて適宜対処するという態勢となっていた。
(ウ) 作業の際、荷物の並べ場所、空箱の積む順番、フォークリフトの使用順というようなことについて、Y1社の作業員の中で経験の長い者が指示を出すことはあり、Y2社の担当者はその指示に従うようにしていた。しかし、フォークリフトの操作方法や動かし方など、作業の詳細な手順について、逐一Y1社の作業員から説明がなされることはなかった。
オ 本件事故に至るまでの状況(甲一四、乙一、三、原告本人、証人B、弁論の全趣旨)
(ア) 本件事故は、空箱の回収が終わり、その後にAがフォークリフトで空箱を積み付けるためのパレットの後片付けをしている際に発生した。
(イ) Aがパレットの後片付けをするにあたって、Y1社の作業員が誘導をしたり、あるいはフォークリフトの動かし方を指示したりするようなことはなかった。
(2) 以上を前提として検討する。
ア 上記によれば、①Y1社とY2社との関係は機会ごとの単発的な契約ではなく、継続的な下請関係であり、またY1社が下請けに出したのは作業の量的一部であって、Y2社の下請け作業は常にY1社の作業と同時に行われていたこと、②積み込みの場所や搬送の行き先について、Y2社担当者はY1社の営業所で指示を受けており、また現場でも空箱の回収順番やフォークリフトの利用順などについて、Y1社の経験の長い従業員の指示に従っていたこと等の事情が認められる。これらに照らすと、Y1社とY2社・Aとの間に、指揮・監督関係が舎くなかったということは困難であり、まして、Y1社とY2社との関係を一般的な貨物運送契約の当事者間における関係と同視することは、到底できるものではない。
イ しかしながら、③現場に赴く前にY2社の担当者がY1社の営業所で受ける指示は、あくまでも搬送の行き先と搬送量に関するものだけであり、具体的な作業方法や指導系統に関しては、営業所ないし他の場所における事務方従業員から何ら指示されることはなかった上、Y1社が自社の従業員に対して行う安全管理の注意についてもY2社になされることはなかったというのであって、Y1社サイドで一般的にY2社側に対して作業の安全管理について指示を出すようなことは全くなかったこと、④現場はb社の物流センターであり、直接的にY1社において何ら支配権を及ぼすことができる場所ではなく、回収する空箱もf社が設置していたものであり、実際の作業にあたって、Y1社側で統括的にセンター全体の安全管理を行うような状況は全くなかったこと、⑤現場に到着してフォークリフトを借りる際にも、Y2社の従業員はY2社であることが分かる形でフォークリフトを借りており、対外的にY2社の従業員が完全にY1社の従業員と一体になって作業を行っているような外形があったとはいえないこと、⑥現場でY1社のベテラン従業員が事実上指示を出すことはあったが、これはY1社における作業全体の指揮系統として定められていたものでは全くなく、単に経験豊富なY1社の従業員の指示に従うことにY2社の側でしていたに過ぎない上、その指示内容も、基本的には作業の目的やフォークリフトの使用順に関するものであり、作業工程に関する個別具体的な指示・指導や安全管理というべきものではなかったこと、⑦Y2社の作業中に他の業者との関係で作業手順の調整が必要になった際にも、Y1社側で一括して対処するような状況にはなく、その場その場で個別具体的に対応するにすぎないものであったこと等の事情も認められる。これらに照らすと、Y2社が下請業務を行うにあたっては、Y1社の事務方から統括的な指示が与えられ、その指揮系統に組み込まれ、Y1社の安全管理のもとで作業をしていたというような状況であるとはいい難い。むしろ、Y2社担当者はY1社の指揮系統には直接属してはおらず、対外的に一定程度独立した形で作業を行い、安全管理に関してもY2社の現場担当者がある程度自らの責任で対応していた様子がうかがわれる。また、Y1社が現場全体の指揮監督にあたり、Y2社他各業者の安全・作業手順を管理していたような状況も見受けられない。
ウ そして、本件事故がAの単独作業中に発生した事故であり、Y1社従業員が作業自体に直接関与していないことも併せて考慮すると、Y1社・Y2社間に生じていた指揮監督関係は、事実上かつ抽象的であり、またその範囲・強度についても限定的なものにとどまるというべきであり、Y1社とAとの関係を使用者・被用者の関係と同視するに足りるほどの、直接間接に及ぶ強いものではなかったといわざるを得ない。
エ したがって、結局Aの行為がY1社の事業の執行についてなされたものと認めることはできず、原告のY1社に対する請求は、結論において理由がないことに帰する。
四 過失相殺について
(1) 証拠(甲一、一一、一四、一七、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
ア 原告は、a社の従業員としてトラック運転等に従事しており、当日午後五時三〇分頃、本件現場に到着して、積載してきた製品を搬入した後、空箱の回収の作業に入り、空箱のところに行くと、先に作業を始めていたY1社・Y2社の作業員が空箱を積んでいたので、原告はそれを待った。そして、Y1社・Y2社の空箱回収が終わったのを受け、原告は空箱を積み込むトラックをバック誘導することとなった。
イ 原告は、トラックの右後方で、運転手に手で合図をしながら誘導作業を行っていた。
ウ 現場では、上記に述べたとおり、様々な業者が入り乱れてそれぞれに作業を行っており、現場を統括する形での安全管理などは行われていなかった。
エ Aは、フォークリフトを用いてパレットの整理を行っており、空箱の片付けは概ね終わっていて、空箱が視界の妨げとなることはなかった。
オ Aは、作業の中でフォークリフトを後退させていったところ、後方にいて後ろを向いていた原告と衝突し、Aのフォークリフトが原告の足の上に乗り上げた。フォークリフトの後退方向と、トラックの後退方向は九〇度に交わる形となっていた。
カ フォークリフトは後退の際に後退音がするものの、原告が誘導していたトラックも後退音を発するものであり、また現場付近を走行する新幹線の騒音等もあった。
(2) 以上を前提として検討する。
ア 本件現場は作業場であり、道路交通法の適用関係はない。そして、現場では様々な業者がそれぞれに入り乱れて作業を行うことが想定されており、統括的な安全管理は行われておらず、それぞれ自己責任で安全を確保すべきとされていた状況がある。加えて、現場には様々な騒音があり、周辺の状況について把握しづらい状況であったことも認めることができる。そうすると、この場所で作業を行う者は、車両を運転するかしないかに関わらず、周囲の状況に十二分に注意を払い、危険が生じないように行動すべき義務をそれぞれに負っているものというべきである。
イ Aについてみると、Aは車両であるフォークリフトを運転し、しかも後退しながら作業を行っていたのであるから、Aとしては周辺の状況に十分注意して、万一にも他者ないし物に衝突したりすることのないよう、細心の注意を払い、逐一状況を目視しながら、ミラーによる確認も並行しつつ、慎重に慎重を重ねて作業を行うべき義務があったものというべきである。しかし、当時空箱の整理は概ね終わっており、Aは後方をある程度確認さえすれば原告の存在を把握できたはずであるにもかかわらず、Aは後方の確認を十分行うことなく、漫然と車両を後退させ、原告の後方ないし斜め後方からフォークリフトを衝突させたものであり、その過失の大半はAにあるというべきである。
ウ 一方、原告についてみると、原告もまた現場で作業に従事しているものであり、現場がどのような状況かは十分に把握していたといえる上、近くの場所でY1社・Y2社の従業員らが作業していることも認識していたのであるから、車外で誘導を行う際には、誘導相手のトラックにのみ注意を奪われることなく、周辺全体からどのような車両がやってくるかを十二分に注意し、危険を回避すべき義務があったものというべきである。加えて、現場は既に夜であり、灯火があっても昼間よりは歩行者の視認が困難な状況にあったと思われることや、現場で騒音が多く音による注意喚起も難しかったこと等を考慮すると、原告の方で十分な安全確認・確保を行うべき要請はなおさら大きく、原告の過失もまた無視できないものというべきである。
エ 以上を総合的に考慮し、本件では双方とも混乱した現場における作業員として安全確保のために高度の注意義務を負っていたものといえるが、やはり漫然とフォークリフトを後退させていたAの過失が相対的には非常に大きいものと考え、過失割合としては原告一、被告九とすべきである。
五 逸失利益計算における基礎収入について
(1) 証拠(甲八の一ないし三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の事故直前三か月における本給合計が一二一万九三〇八円、賞与が夏冬それぞれ二四万五〇〇〇円ずつであり、これを年間に直すと、年間本給四八七万七二三二円、賞与四九万円の合計五三六万七二三二円であって、これが基礎収入であると認められる。原告の年齢や勤務状況に照らすと、労働能力喪失期間中に年齢別平均賃金まで昇給していた蓋然性を認めることはできない。
(2) また、逸失利益と定年退職の関係については、嘱託等の再就職の可能性や、後遺障害が退職金に与える影響等諸般の事情に照らし、逸失利益に対する全体的な評価の観点から、定年退職の事実を特段考慮せずに計算するという手法も広く行われており、一般的にはその手法の相当性は否定されるものではない。しかし、本件の場合、原告は現在もなお従前の勤務先での勤務を継続しており、早期退職を余儀なくされたことによって退職金の減額が現実化したような事情はない上、尋問において、事故が無くても定年である六〇歳で退職し、以後就労せず年金生活を送るつもりであったと明言し、嘱託としての再就職の可能性を原告代理人から問われたのに対しても、それを明確に否定している状況である。このような個別具体的な状況の下では、六〇歳を超えた時期について、現在の年収が維持されることを前提とした逸失利益の算定を正当化することは、相当に困難といわざるを得ない。
(3) もっとも、経済情勢等に照らすと、現在の勤務先に限らず、何らかの形で原告が六〇歳以降に稼働することになる可能性は少なからずあり、また原告の能力等に照らすと、それは十分可能なものであったと考えられる。そして、早期退職による直接的な退職金減額は生じなくても、勤務形態の変更等によって退職金に何らかの影響が生じる可能性も否定されるわけではないことに照らすと、六〇歳を超えた時期について逸失利益を一切認めないというのも、原告に生じた逸失利益に対する全体的・包括的な評価として、必ずしも公平・相当な結論であるとはいえない。
(4) 以上を総合し、本件に関する限りは、六〇歳を超えた時期である五年間(原告は症状固定時に五六歳であったところ、喪失期間を一〇年として請求しており、六七歳までで請求してはいない。)について、平成二一年度年齢別賃金センサス(六〇歳~六四歳)の学歴計・男性の四三一万九七〇〇円相当の基礎収入があるものと考え、逸失利益を計算することが相当であると考えられる。
六 以上を前提として、損害について認定する。
(1) 治療費等 二二万四四五四円
甲二ないし五より相当と認める。
(2) 交通費 一三二〇円
甲四より相当と認める。
(3) 休業損害 二〇一万八四七二円
給与日額一万五六三二円、休業一二一日については甲八の一、二、賞与減額分一二万七〇〇〇円については甲八の三より認め、休業自体も相当であると認める。
(4) 通院慰謝料 一二〇万〇〇〇〇円
約六か月の通院を行ったことは相当であり、またギプス固定が五一日にも及び、固定期間についてはある程度入院に近いともいえ、一般的な通院よりも大きい精神的苦痛があったといえること、他方で通院実日数が合計一〇日に過ぎず、特に一〇月以降は三回しか通院がないのであって、通院期間約六か月の全てを慰謝料の対象とすることも相当でないこと等を総合考慮し、この金額を相当とする。
(5) 逸失利益 三四〇万九八四五円
ア 当初五年間については、基礎収入を実収入五三六万七二三二円とし、一三級相当の喪失率九%、ライプニッツ係数四・三二九とし、二〇九万一一二七円の逸失利益があるものと認める。
イ 後半五年間については、上記のとおり基礎収入を平成二一年度年齢別賃金センサス(六〇歳~六四歳)の学歴計・男性の四三一万九七〇〇円とし、一三級相当の喪失率九%、ライプニッツ係数三・三九二(一〇年のライプニッツ係数七・七二一から五年分四・三二九を差し引いたもの)とし、一三一万八七一八円の逸失利益があるものと認める。
ウ 両期間を合計すると、上記のとおり三四〇万九八四五円となる。
(6) 後遺障害慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円
後遺障害一三級相当であり、この金額を相当と認める。
(7) 小計 八六五万四〇九一円
(8) 過失相殺一割 -八六万五四〇九円
(9) 自賠責既払金 -二五八万九四〇〇円
(10) 労災既払金 -一二七万〇二四四円
(11) 合計 三九二万九〇三八円
(12) 弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円を相当とする。
(13) 合計 四三二万九〇三八円
七 以上より、原告のY1社に対する請求には理由がなく、Y2社に対する請求には主文記載の範囲で理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 長島銀哉)