大阪地方裁判所 平成23年(ワ)3819号 判決 2014年2月18日
兵庫県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
岡文夫
同訴訟復代理人弁護士
櫛田博之
東京都中央区<以下省略>
被告
SMBCフレンド証券株式会社(以下「被告会社」という。)
同代表者代表取締役
A
大阪市<以下省略>
被告
Y1(以下「被告Y1」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士
白石康広
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,668万9366円及びこれに対する平成21年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して,3076万5611円及びこれに対する平成21年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告会社従業員である被告Y1の勧誘により被告会社との間で反復継続して行った証券等取引について,適合性原則違反,過当取引,実質的一任売買,説明義務違反等の違法勧誘行為があったとして,被告Y1に対しては民法709条に基づき,被告会社に対しては民法715条に基づき,損害賠償及び最終不法行為日である平成21年10月22日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,括弧内に掲記の証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和10年○月○日生まれの女性であり,昭和63年に神栄石野証券株式会社(現在は,被告会社)に取引口座(以下,単に「口座」という。)を開設して以降,原告の夫であるB(以下「B」という。)とともに,証券取引を行っていた。Bは,平成20年9月○日に死亡し,原告はBが保有していた株式等の有価証券を相続した。原告が同年11月4日時点で保有していた有価証券及びその評価額は,別紙1のとおりである。
イ 被告会社は,全国に支店を設置する証券会社である。
被告Y1は,本件当時,被告会社の豊中支店(大阪府豊中市所在)に勤務していた被告会社の従業員であり,平成20年9月から原告及びB(以下,あわせて「原告ら」という。)の担当になった。
(2) 本件取引の開始
被告Y1は,Bの死亡後,B名義の口座にて保有されている株式等の相続のために必要な手続を原告に教示するとともに,平成20年11月4日には,原告宅を訪問し,途上国への融資などを行う世界銀行が発行する南アフリカランド建債券(乙25。以下「南アフリカランド債」という。)を購入するよう勧誘し,原告はこれを了承した。
この取引をきっかけに,原告は,以下に述べる取引も含め,被告会社との間で別紙2のとおり取引を行った(以下「本件取引」という。)。
(3) 外国株式取引
ア 被告Y1は,平成20年11月5日,原告に対し,アメリカ合衆国(以下,単に「米国」という。)のコンピュータ関連会社であるアップル社,エヌビディア社及びサンディスク社の株式の購入を提案したところ,原告がいずれも了承したので,被告Y1の提案どおりの取引が行われた。その後も米国株式の取引が行われるようになった。なお,原告が原告名義の口座にて保有していた別紙1・1記載の株式は,すべて同月6日までに売却された。
イ また,被告Y1は,同月17日,原告に対し,香港証券取引所に上場されている会社の株式(以下「香港株式」という。また,米国株式とあわせて「外国株式」と総称する。)の購入を提案し,さらに翌18日に中国の会社であるチャイナテレコム社及びチャイナコミュニケーション社の株式の購入を提案したところ,原告がこれを了承したので,被告Y1の提案どおりの取引が行われた。その後も香港株式の取引が行われるようになった。
(4) 取引終了の申入れ
原告は,平成21年10月,被告Y1に対し,被告会社への原告の預託残高(以下,単に「預託残高評価額」という。)を照会したところ,被告Y1から,原告の預託残高評価額は600万円くらいであるとの回答があった。これを受けて,原告は,被告Y1に対し,被告会社との取引終了を申し入れた。
(5) 投資信託の購入
被告Y1は,被告会社の従業員で,被告Y1の前任者であったC(以下「C」という。)とともに,同年10月22日に原告宅を訪問し,原告に対し,預託残高評価額が約500万円である旨報告した後,以前原告が購入したこともあったブラジル債券等を投資対象とする投資信託である「SMBCフレンド・HSBCブラジル債券ファンド(毎月決算型)」(乙31。以下「ブラジル債投信」という。)の購入を提案したところ,原告はこれを購入した。
(6) 取引の終了
原告は,上記ブラジル債投信購入の翌日にはこれを現金に戻してほしいと述べ(甲48の2・208頁),その後,平成21年12月には,Cに対し,電話で本件取引について,回転売買ではないかと質問し,原告が居住する●●●所在の生活相談センターや弁護士に相談するなどした。
原告は,口座に保有していた有価証券等をすべて売却あるいは解除した上で,平成23年2月7日に口座から全額出金し,すべての取引を終了させた。平成20年11月4日以降に原告が口座に入金した額は合計404万1957円であり,同口座から出金した額は合計813万1238円(別紙3参照)である。
2 争点
(1) 適合性原則違反
(2) 過当取引
(3) 説明義務違反
(4) 事実上の一任売買
(5) 損害の発生及びその数額
(6) 過失相殺
3 争点に対する当事者の主張
(1) 適合性原則違反
(原告の主張)
原告は,Bが死亡するまで株式取引等をしたことがなく,株式取引等の知識経験は全くなく,その投資意向も,安定した資産株の購入であったのに対し,被告らは,以下に掲げるように高度な知識経験を必要とするリスクの高い商品を原告に勧め,さらにはきわめて短期の取引を頻繁に行わせたのであって,適合性の原則に反し,違法である。
ア 南アフリカランド債について
南アフリカランド債は,外貨建債券であって,通常の債券が有する信用リスク,価格変動リスク及び流動性リスクに加え,更に為替リスク及びカントリーリスクという特有の危険性をはらむものである。特に,南アフリカランドは数年の間に価値が2分の1以下になるほどの為替変動があり,南アフリカランド債の有する為替リスクは非常に大きく,投資判断は極めて難しいものであった。
イ 外国株式について
原告が,被告Y1から勧誘を受けて購入した米国株式及び香港株式は,その会社の業務内容を調べるのには多くの時間と労力を有し,さらに株価の変動,見通しの判断をするための情報をえるためには外国語の能力が必須であり,投資判断は困難であった。
ウ ブラジル債投信について
ブラジル債投信は,前記アの南アフリカランド債と同様に,為替リスク及びカントリーリスクを含み,特に為替リスクは非常に大きく,投資判断は極めて困難であった。
(被告らの主張)
否認ないし争う。
原告は,Bとともに株式取引に関与した経験があり,特に,原告は本件取引以前に,南アフリカランド債と同様の仕組みである世界銀行が発行するニュージーランドドル建て債券やいわゆるEB債を購入している。また,原告の投資意向も値上がり益を追求しリスクの高い商品も投資対象とするものであり,その原資も余裕資金と申告していたのであって,本件取引は原告の投資意向及び取引経験等に合致したもので,適合性原則に著しく反するものではない。
(2) 過当取引
(原告の主張)
証券会社とその顧客とは,顧客が証券会社と証券取引を行えば行うほど手数料を得られるという構造的な利益相反関係にあり,証券会社が手数料獲得の目的で顧客と過当な取引を行った場合には,証券会社の負う信任義務に反し違法であるというべきところ,本件取引は,以下のとおり,被告会社が手数料獲得の目的で行ったものとしてその信任義務に違背し違法である。
ア 過度性
平成20年11月からの1年間の取引の回転率は,34.73と高い数値になっており,被告会社は莫大な手数料を得ている。
イ 口座支配
原告は,本件取引を適切に行う知識や経験を有しておらず,本件取引はすべて被告Y1の推奨により行われたものであることからすれば,原告の口座は被告Y1により支配されていた。
ウ 悪意
外国株取引は,仕切り売買であるから手数料相当額については分からないが,被告会社の利益ないし自己の営業上の利益を図ったことは十分推認できる。
(被告らの主張)
否認ないし争う。
被告Y1は,原告に対し,個別に相場状況や投資提案の根拠,原告が保有する商品の損益等の情報提供を行っており,原告は,すべての取引について個別に投資判断を行っていた。
たとえ,過当取引であるとしても,その一事をもって不法行為責任が生じるものではなく,適合性の原則に違背するかどうかの判断要素となるにすぎない。
(3) 説明義務違反
(原告の主張)
原告は,株式取引等に関して知識及び経験がない高齢の女性であったのであるから,被告らは,本件取引の対象となった各金融商品について以下に掲げるように価格の変動,損失のリスク等を説明すべきであったところ,これを怠るどころか,断定的判断を提供するなどしたのであって,被告らは不法行為法上責任を負う。
ア 南アフリカランド債について
南アフリカランド債には,為替リスク,信用リスク,価格変動リスク,流動性リスク,カントリーリスクがあり,特に,本件取引当時,南アフリカランド安の傾向にあり,為替リスクが大きかったのであり,被告らは,これらのリスクについて原告に対し説明する義務を負っていた。
しかし,被告Y1は「(南アフリカ)ランドの通貨は非常に安くなっています。」,「通貨の方が激しい動きがない。安定したもの。」といった程度の説明しかせず,前記説明義務を怠ったどころか,「月利率9パーセントも入る。」と説明し,誤った断定的判断を提供した。
イ 外国株式について
原告は,株式取引について全く知識を有していないのであるから,被告Y1は,勧誘しようとする株式の会社の営業内容,経営状況,業績,株価変動などの情報を説明,提供すべき義務を負っていたところ,被告Y1は,これを怠ったどころか,各株式を購入すれば儲かると説明した。
ウ ブラジル債投信について
ブラジル債投信は,基準価格の変動が大きいファンドと評価されていたにもかかわらず,被告Y1は,同投信が安定した債券であり,必ず利益が出るなどとあたかも元本保証があるかのように説明した。
(被告らの主張)
否認ないし争う。被告Y1は,各商品について,以下のとおりの説明をしており,説明義務を怠ったことはなく,また,断定的判断を提供したことはない。
ア 南アフリカランド債について
被告Y1は,平成20年11月4日をはじめ,取引の際には,原告に対し,リーフレット,販売説明書,契約締結前交付書面等の販売用資料(乙13,15,16と同様の書面)を交付し,発行条件,チャートを示した上で為替の値動きを説明し,今後の見通し及び原告主張の各リスクについても説明した。
イ 外国株式について
被告Y1は,原告に対し,各取引に際して,外国証券内容説明書その他の資料(乙41ないし47<枝番含む>と同様の書面)を交付した上で,原告主張の情報を提供した。
ウ ブラジル債投信について
被告Y1は,平成21年4月24日をはじめ,同年10月22日にも,原告に対し,交付目論見書等の販売用資料(乙31,32,34,35)を交付した上で,同投信に金利変動リスク,信用リスク,カントリーリスク,税制変更リスクがあることを説明した。
(4) 事実上の一任売買
(原告の主張)
原告には株式取引等の知識や経験がほとんどなかったにもかかわらず,被告Y1は,原告に対し,一方的に次々と株式の短期売買を勧誘し,原告は,被告Y1の勧めるまま取引に応じ,被告Y1からは取引の収支の説明もなかった。これは,事実上の一任売買であって,違法である。
(被告らの主張)
争う。
被告会社のような対面証券取引を行う証券会社においては,会社担当者が取引提案をし,それに基づいて顧客が投資判断をするものであり,本件取引もそのような形態で行われたものであって,実質的一任取引ではない。
(5) 損害の発生及びその数額
(原告の主張)
本件取引により原告に生じた損害は,違法行為が行われている期間中に決済した有価証券の取引損益を累計することにより算出すべきである。
(被告らの主張)
争う。
仮に,被告らが損害賠償義務を負うとしても,原告が平成20年11月4日に保有していた有価証券の評価額の合計額に,原告が同日から平成23年2月までに被告会社に入金した額を加えて,さらに同期間中原告が被告会社の口座から出金額を控除した額をもって損害とすべきである。
(6) 過失相殺
(被告らの主張)
仮に,被告らが損害賠償義務を負うとしても,原告には大きな過失があるから,過失相殺がされるべきである。
(原告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠(甲1~6,17~19,29~32,37<枝番含む。>,45~48<枝番含む。>,51,乙1~38,48,52,59,61,63,証人C,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 原告の経歴等
原告は,昭和10年○月○日生まれの女性であり,高等学校を卒業後,現在の●●●(以下「●●●」という。)に入社し,昭和62年頃まで同社に勤務していた。
(2) 本件取引に至る経緯等
ア 原告は,昭和63年12月,神栄石野証券に口座を開設し(乙61),原告が●●●退社時に受領した退職金などを元手に国内株式の取引を開始した。もっとも,同口座での取引は,同じく神栄石野証券に自分名義の取引口座を有していたBがもっぱら被告担当者との交渉の窓口となって行っており,原告は,Bの求めに応じて,被告会社に提出する書面にチェックをいれたり,署名をしたりしていた。
イ Bは,原告名義で取引を行ったが,その中には,いわゆるEB債やニュージーランドドル建債券に関するものもあった。
EB債とは,他社株交換社債と呼ばれるもので,契約で指定された特定の株の償還時の価格によって償還条件が変わる債券であり,原告口座では平成12年頃にスウェーデン輸出信用銀行及びコメルツ銀行のEB債が購入されている。
ニュージーランドドル建債券とは,世界銀行が発行する債券で,後述の南アフリカランド債とは,通貨が異なるだけで,その基本的な仕組みは同様であり,為替リスク,カントリーリスク等を有するものである。ニュージーランドドル建債券購入の際には,原告は「登録内容変更依頼書」と題する書面(以下「登録内容変更依頼書」という。)に自筆で記入し,被告会社に提出した。同書面の「主たるご資金の性格」欄には「余裕資金」の選択肢のところにチェックがされており,「主たるご投資の目的」欄には「利回りを追求するが値上がり益を重視」の選択肢のところにチェックがされている。原告の属性については,年収500万円未満の主婦で,余裕資金は3000万円未満,株式・公社債・投資信託・累積投資・外国証券の投資経験が5年以上あるという選択肢に各チェックがされている(乙12)。また,原告は,ニュージーランドドル建債券を購入した際,自身が当該金融商品の仕組みや危険性等を理解した旨が不動文字で記載された「外貨建て債券投資の申込に際しての確認書」に署名押印している(乙63)。
ウ Bが原告名義で行った取引においては損失が生じることもあり,原告はそれを懸念して,Bをたびたび諌めたが,Bは「(退職金を)増やしてあげる。」といって,取引を継続した。
(3) Bは,平成20年9月○日に死亡したが,そのころ,被告会社内において,担当替えが行われ,新に被告Y1が原告らの担当となった。被告Y1は,前任の担当者であるCからの引継ぎにより,原告名義の取引はもっぱらBが交渉窓口になって行っていることを知っていた。被告Y1は,同月頃,原告宅へ引継の挨拶に行った際に,Bの死亡を知り,B名義の口座内の株式等に関する相続に関する手続の手配を行った。
(4) 本件取引の経過
ア 被告Y1は,平成20年11月4日,原告口座の取引履歴等を参照し,原告に上記(2)のとおりニュージーランド建債券の購入歴があったことから,同様の商品であった南アフリカランド債の購入を勧誘することとし原告宅を訪れた。
被告Y1は,Bの相続手続,原告が保有している株式等の状況について説明した上で,原告に対し,南アフリカランド債の購入を勧めた。南アフリカランド債は,平成24年11月15日満期償還の南アフリカランド建ての債券で,初回以外毎月75南アフリカランドの利息が分配される(年利でいうと9%)ものであって,円と南アフリカランドの為替相場の変動によっては当初の投資元本を大きく割り込む可能性があるなどのリスクがある。
なお,被告Y1は,原告の投資意向は既に上記(2)イのとおりの内容で被告会社内に登録されていたため,南アフリカランド債を勧誘するにあたって,原告に対し,その投資意向などを確認することは不要と考えており,現にその確認をしなかった。また,被告Y1の前任者であるCから原告の属性等について引継ぎを受けたり確認したりすることもしなかった。
原告は,外貨建て債券を購入する際に交付が義務づけられている契約締結前交付書面(乙13),南アフリカランド債のリーフレット(乙15)及び販売説明書(乙16)を受け取り,被告Y1から同書面に基づき説明を受け,契約締結前交付書面受領書及び重要事項説明確認書(乙14)及び当該金融商品の仕組みや危険性等を理解した旨が不動文字で記載された「外貨建て債券投資の申し込みに際しての確認書」(乙17)に署名押印して,南アフリカランド債を購入した。なお,上記重要事項説明確認書には,被告担当者の説明を受けて顧客が当該商品の内容を理解した旨チェックする欄があり,原告は自身でその欄にチェックをした(乙14,乙17)。
上記南アフリカランド債の購入資金は,当時原告が保有していた株式の一部を売却して,その売却代金で支払うことになった。
イ その翌日である平成20年11月5日,被告Y1は,原告に電話を架けて売却すべき株式の確認をし,いったん電話を切って株式を売却した後,再度原告に電話を架け,取引結果を報告した上で,南アフリカランド債の購入金額から上記株式の売却代金を控除した残額について現金で振り込むよう依頼した。これを受けて,原告は,別紙3のとおり,入金した。(甲29・3~7頁)
ウ その更に翌日の平成20年11月6日,被告Y1は,再度原告に,当時原告が原告名義の口座にて保有していた株式をすべて売却して一旦現金化した上で,さらに上記アで原告が購入したのと同様の商品で満期償還日や利率が異なる南アフリカランド債の購入を勧めた。(甲29・14~20頁)。
原告は,Bに対しては株式取引は絶対に行いたくない旨言っていたこと,退職金が原資となっていたにもかかわらず,増えるどころか減ってしまったこと,したがって一番堅い商品にかえたらよいとは思っていること,株式取引はうまくいっていたか否かかがよくわからず,自分では判断できにくいし,一番わかりやすいものにかえてしまう方がよいとは思っていることを述べたが,被告Y1は,株式取引よりは,毎月分配金を取得できる方がわかりやすいのではないか,上記南アフリカランド債は毎月分配金がしっかり取得できるといった趣旨を説明したため,原告は被告Y1の上記提案に応じた。(甲29・13~19頁)
また,被告Y1は,同日,原告宅に訪問して,原告に対し,米国株式の購入を勧め,その際,金商法37条の3によって交付が義務づけられている「上場有価証券等書面」(乙18)を交付し,その内容を説明した。原告は,上場有価証券等書面受領書兼重要事項説明確認書(乙19)に,被告Y1の説明を理解した旨のチェックをした上で署名押印した。と同時に,被告Y1は,米国株式であるアップル社,サンディスク社,エヌビディア社などの「外国証券内容説明書」を手渡し,上記各社の株式の購入を勧め,原告はこれを了承した(甲29・24~27頁)。これを端緒に,原告は,米国株式の取引を繰り返した。なお,米国株式取引は,米ドルで購入するものであるから,その発行体である株式会社の業績リスク等に加え,円・米ドル間の為替リスクも潜在的に有している。原告は,被告Y1の勧めで,米国株式取引に当たっては,米ドルの外貨口座にて購入代金及び売却代金を管理していた。
エ 被告Y1は,平成20年11月17日には,原告に対し,香港株式の購入を勧めた。被告Y1は,「香港証券取引所上場株式の重要事項のご説明」と題する書面(乙20)を交付した上で原告に内容を説明し,原告はこれを受けて香港証券取引所上場株式の重要事項に関する確認書(乙21)に署名押印した。同確認書には,不動文字で,原告が十分な説明を受け理解した旨,原告の判断と責任において香港株式の取引を行うことを確認した旨が記載されている。さらに,被告Y1は,原告に対し,複数の銘柄の香港株式を紹介した。
原告は,同月18日,被告Y1から,電話で,エヌビディアを売却して,香港株式のうちチャイナテレコム及びチャイナコミュニケーションズコントラクションカンパニーの株式を購入することを提案され,これを了承した。これを端緒に,原告は香港株式の取引を繰り返した。なお,香港株式取引は,香港ドルで購入するものであるから,米国株式の取引と同様に,その発行体である株式会社の業績リスク等に加え,円・香港ドル間の為替リスクも潜在的に有している。原告は,被告Y1の勧めで,香港株式取引に当たっては,香港ドルの外貨口座にて購入代金及び売却代金を管理していた。
オ その後,原告は,被告Y1の薦めにより,別紙2のとおり,外国株式,南アフリカランド債,投資信託,国内株式の購入及び売却を繰り返した。その取引態様は,程度の差はあれ,概ね別紙4のとおりであり,被告Y1が当該商品の利点等を説明しているが,原告はその説明に対し,ほとんどの場合,「はあ。」「はい。」などといった相槌を打つにとどまり,当該取引内容について,とりわけその取引の損益を決定するような情報について質問するなどしたことはなかった。
(5) B名義口座の有価証券等
原告は,平成21年1月7日,Bの口座の明細を確認した上,原告の娘とともに,被告Y1から手渡された相続財産の処理に係る届出書に署名押印し(乙38),原告がB名義の口座内に保有していた株式等を原告名義の口座に移管させる手続を完了させた。また,同月16日には,元々B名義の口座内にあった国内株式等のほとんどが売却された。
(6) 取引経過の把握
ア 本件取引中,原告は,別紙3のとおり,入出金を行った。また,被告会社においては,取引口座の3か月分の明細を記載した取引残高報告書(以下,単に「取引残高報告書」という。)とともに,取引内容及び損益並びに取引が顧客の意向・目的に適ったものか否かを確認する「お取引事項確認回答書」(以下,単に「回答書」という。)を顧客に送付し,回答書の回答欄にある「1.はい」「2.いいえ」のどちらかの選択肢を丸で囲い,署名押印をした上で返送するよう求めているところ,原告も,被告会社から取引残高報告書の郵送を受けており,B死亡後も,平成20年10月1日から平成21年12月30日までの取引残高報告書(甲4<枝番含む>)をそれぞれ受け取り,自分のメモと照らし合わせた上で,回答書を返送している。(乙53,原告本人,弁論の全趣旨)
(7) 本件取引の終了
ア 原告は,郵送された取引残高報告書(甲4の6)を見て,その残高が少なくなっていることに驚き,平成21年10月16日,被告会社に電話を架けた。原告は,Cを出すよう求めたが,被告Y1が応対し,預託残高評価額は現在600万円ほどであると回答した。原告は,去年から今年にかけてだいぶ減っているし,今月いっぱいで終わりにすると述べた。
原告は,同月19日,再度被告会社に電話を架け,Cに対し,今週中で本件取引を終了するよう求めた。Cは,同日,被告Y1と共に,原告宅を訪れ,本件取引において損失が発生していることを謝罪した。
原告は,同月20日,香港株式を売却して,同代金を出金するよう被告Y1に指示した。C及び被告Y1は,同月22日,再度原告宅を訪れ,上記香港株式の売却代金でブラジル債投信の購入を提案した。ブラジル債投信は,いわゆる投資信託であって,その投資対象はHSBCブラジル債券ニューマザーファンド(主な投資対象はブラジルの債券等である投資信託)の受益証券であり,実質的にはブラジル債券等を投資対象にする場合と同様のリスクがあり,とりわけ為替変動リスク,カントリーリスク等がある。信託期間は平成25年10月までで,中途解約は可能である。
原告は,被告Y1らの勧誘に応じて,ブラジル債投信を購入した。
イ しかし,原告は,平成21年10月23日には,被告Y1に電話をして,ブラジル債投信は「(元本が)全部保証されるもんじゃないでしょ。」「そしたらもう,やっぱり,現金にしてもらおうかな。」(甲48の1・208頁)と述べて売却する意向を示したが,いったんは被告Y1がこれを押しとどめた。最終的に上記アで購入したブラジル債投信は,平成23年2月1日に売却され,22万9740円の差損となっている(甲6)。
ウ 原告は,平成23年2月7日,被告会社の口座からすべて出金して,本件取引をすべて終了させた。
2 争点(1)(適合性原則違反)について
(1)ア 原告は,上記認定事実(2)(4)のとおり,Bが死亡するまでは主に国内株式の現物取引をしていたにもかかわらず,被告Y1が担当になり本件取引を開始した途端に,今まで保有していた国内株式がすべて売却された上で,投資対象が南アフリカランド債や外国株式の売買などへと大幅に変化している。原告がB保有の有価証券等の相続手続を終えた後にも,Bが保有していた国内株式は,すぐに売却され,ブラジル債投信などの為替変動リスクを有する商品に転換されている。
南アフリカランド債や外国株式は,国内株式とは異なり,特に為替変動リスクを有するものである。原告の投資対象は,日本国内において比較的情報が得やすく,また価格の上下も概ね日本国内の情勢を判断すれば足りるものから,被告Y1が関与して以降は,米国,香港,南アフリカなど各国の情勢及びそれらの国の通貨と円の為替相場の動向まで判断しなければならないものへと変化し,取引主体に求められるリスク判断の内容が質的に大きく変化したと認められる。
イ 原告は,被告会社に対し,取引意向について,上記認定事実(2)イのとおり申告している。しかし,①同申告は,B存命時にBが窓口となって取引を行っていた当時にされたものであること,②上記認定事実(4)エのとおり,原告は本件取引直後,株式取引についてわからないし,株式取引は損が生じることから堅いのにかえたいと思っている旨述べていることからすれば,原告の取引意向としては,実際は相対的に高いリスクを負ってまで高い利益を得られるような商品を投資対象としたいというものではなかったと認めるのが相当である。
ウ 原告は,昭和63年から株式等の取引を行ってはいるが,上記認定のとおり,Bが死亡するまではBが窓口となって実質的にその投資判断をしていたのであって,被告らが主張するような取引経験があることをもって,即座に原告が本件取引に適合性を有していたとは認められない。
エ 上記認定のとおり,原告は,被告Y1の取引提案に対し,単に,相づちを打って承諾と相手に受けとめられる返事ないし対応をしていたにすぎないのであって,具体的な投資判断ができずに,すべてを被告Y1の提案に任せていたものとみるのが相当である。
この点,被告らは,被告会社のような対面証券取引を行う証券会社においては,会社担当者が取引提案をし,それに基づいて顧客が投資判断をするものであり,本件取引もそのような形態で行われたものであって,実質的一任取引ではないと主張するが,そのような形態で取引が行われることが少なくないとしても,それは顧客が提案内容を理解し得ていることが前提となるところ,原告と被告Y1との電話の録音反訳書(甲29及び甲48の2)によれば,上記認定事実(4)オのとおり,原告は被告Y1の提案について,「はあ。」「はい。」などの相槌を打つ程度の応答しかしておらず,被告Y1の提案を理解できていたことをうかがわせるような会話部分は見当たらず,毎回のようにそのような会話が繰り返されていることからすると,自己で投資判断を行った上で承諾をしたというよりは,そのまま被告Y1の提案を鵜呑みにしていたにすぎず,被告ら主張のような取引態様であったとは認められない。
したがって,本件取引は,被告Y1が事実上一任売買を行っていたものと認められる。
(2) 上記(1)の事実を勘案すれば,被告Y1が原告の担当者となって以降の本件取引は,被告Y1の主導のもと行われた一任的なもので,かつ,被告Y1が主導した各取引によってそのリスク構造が従来のものから大きく転換させられたものである。また,被告Y1の上記一連の勧誘は,同被告が,B死亡前の取引がBを窓口とするものであり,必ずしも原告のみの意向や判断に従って行われた取引でないことを十会窺い知ることができたし,また,原告との電話のやりとりを通じて,原告の応答ぶりから原告が本当に取引の内容を理解しているかどうか疑念をもつことが相当であったにもかかわらず,安易にそれまでの原告の取引履歴に依拠し,改めて原告の理解度や取引意向を再確認することをせず,原告が被告Y1に取引を事実上一任しているのを奇貨として行われたもので,顧客の証券取引に関する能力,投資姿勢を無視し,財産状態への適切な配慮を欠いたまま行われたものとして,適合性の原則に著しく違反し,社会通念上許容された限度を超えるものとして,不法行為を構成するものというべきである。
(3) 確かに,原告は,被告Y1から,各金融商品に関わるリーフレットや目録書などの提供及び説明を受け,そのリスクを理解した旨の書面や,本件取引が原告の意向に沿うものであるという欄に丸をつけた書面を作成しているが,いずれも不動文字で上記記載がある書面に,チェックをつけたり,署名押印したりしたものにとどまること,被告Y1と原告との電話の録音反訳書(甲29及び甲48の2)からはかえって,原告が本件各金融商品の特性やリスクを理解できていなかったことが強く推認されることからすれば,上記各書面の存在及びそれらに原告が自署した事実は,上記(2)における判断を覆すほどのものとはいえない。
3 争点(4)(損害の発生及び数額)について
原告が,被告Y1の上記違法行為により被った損害は,本件取引が開始された平成20年11月4日当時原告が保有していた有価証券の評価額の合計(1626万8014円)に,同日から取引終了日である平成23年2月7日までの間に原告が被告会社に入金した額の合計(404万1957円)を加えて,さらに同期間中原告が被告会社の口座から出金額を控除した額の合計(813万1238円)とするのが相当である。
したがって,原告が本件取引により被った損害は,1217万8733円と認めるのが相当である<過失相殺前。弁護士費用については後述。>。
なお,原告は,本件取引により原告に生じた損害は,違法行為が行われている期間中に決済した有価証券の取引損益を累計することにより算出すべきであると主張するが,上記期間中に決済した有価証券の中には,被告Y1による違法行為と無関係に適法に購入されたものも含まれており,そのような有価証券の取引差損をも損害に計上することになり妥当ではなく,採用できない。
4 争点(5)(過失相殺)について
前記のとおり,原告は,被告Y1の勧誘によって,被告Y1に取引を事実上一任するようになったものではあるが,原告自身株式取引等によって損失が生じることがあることを認識して取引を行っていたこと,不法行為以前に,原告の取引口座で,もっぱらBがEB債やニュージーランドドル建債券を含む取引を行っていたが,原告もBの求めに応じて書類に署名などして,原告に上記のような取引履歴がある外観を作出していたこと,原告の意思で本件取引を終了させることは可能であったこと,本件取引開始後も,原告は自己が商品の内容を理解していなかったにもかかわらず理解した旨記載された書面等に署名をしていたことが認められ,原告にも被告Y1の違法行為を助長させ,その損害を拡大させたという過失が認められる。これらの事情を勘案すると,過失相殺によって考慮されるべき原告の過失は軽いものとはいえず,原告の過失割合は5割と認めるのが相当である。
5 小括
上記3及び4によれば,被告らが賠償すべき額は,以下のとおり937万5113円である。
(1) 本件取引により原告に生じた損害 1217万8733円
(2) 過失相殺後 608万9366円
(3) 弁護士費用 60万円
本件事案の内容,原告のこうむった損害等諸般の事情を斟酌すると,被告Y1の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,60万円と認めるのが相当である。
6 結論
以上より,被告らは,原告に対して,不法行為に基づく損害賠償として668万9366円及びこれに対する最終不法行為日である平成21年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金につき,連帯して賠償する義務を負うものと認められる。
よって,原告の請求は上記の限度で理由があるから一部認容し,その余についてはいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古財英明 裁判官 中田克之 裁判官 幸田雅美)
<以下省略>