大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成23年(ワ)4377号 判決 2013年1月25日

原告

X株式会社

同代表者代表取締役

甲山A

同訴訟代理人弁護士

岡村泰郎

濵岡峰也

堀内康徳

山本健司

宇都宮一志

木虎孝之

被告

甲山Y1<他2名>

上記被告ら訴訟代理人弁護士

礒川正明

相内真一

東重彦

礒川剛志

水口良一

寺中良樹

松本史郎

村上智裕

天野雄介

中村美絵

水口哲也

谷岡俊英

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、一六億七〇〇八万円及びこれに対する平成二三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して二〇億三九三二万円及びこれに対する平成一八年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告の取締役であった被告らが、原告が保有していたa株式会社(以下「a社」という。)の株式六八万株を一株当たり一〇〇円で被告らの関係者に対して売却したことが任務懈怠に当たるとして会社法四二三条一項に基づく損害賠償及びこれに対する上記売却の最終日の翌日からの遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない事実か掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認定することのできる事実)

(1)  当事者

ア 原告は、不動産の賃貸等を業とする資本金一〇〇〇万円、発行済株式総数一万八〇〇〇株の株式会社である(甲一)。

原告において、平成一八年四月から七月当時、代表取締役が被告甲山Y1(以下「被告Y1」という。)、取締役が被告甲山Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告甲山Y3(以下「被告Y3」という。)であったが、平成一九年六月二五日からは代表取締役が甲山A(以下「A」という。)となった(甲一)。平成一八年四月一五日当時の原告の株主構成は、被告Y1が八三四〇株、Aが四八四〇株、B(以下「B」という。)が三〇〇〇株、甲山C(以下「C」という。)が一八二〇株であった(甲三四)。

イ a社は、被告Y1、A及びBの父亡甲山Dが創業し、水道管用特殊継手の製造販売等を業とする、資本金九八〇〇万円、発行済株式総数一九一万五〇〇〇株の株式会社である(甲五、六)。

被告Y3は、平成一八年四月から七月当時、a社の代表取締役であり、取締役ではないものの、被告Y1が会長、被告Y2が副会長であった(甲六、一五の二)。a社の株主構成は別表一a社株主構成表のとおり変遷した(甲三九)。

ウ 株式会社b(以下「b社」という。)は、各種鋼材の販売等を業とする、資本金一二〇〇万円、発行済株式総数二四〇株の株式会社である(甲三〇)。

被告らは、b社の取締役を務め、被告Y2及び被告Y3は、平成一九年九月一〇日時点で発行済株式総数の大半を保有していた(甲三〇、三一)。

エ 甲山D、C、A、B、被告Y1、被告Y2及び被告Y3らの親族関係は、別紙親族関係図のとおりである。

(2)  被告らによるa社株式の譲渡

被告らは、別表二株式譲渡一覧表のとおり、原告が保有していたa社の株式九七万四二五〇株を全て売却した(甲八、九〔いずれも枝番号を含む〕。以下、この株式を「本件株式」、この売却全部を「本件株式譲渡」、同表番号一の譲渡を「四月譲渡」、同二から一二までの譲渡を「七月譲渡」という。)。

(3)  前件株主権確認訴訟

原告は、平成二〇年九月一〇日、大阪地方裁判所に対し、本件株式譲渡は、通謀虚偽表示又は代表取締役の権限濫用によるもので無効であると主張し、a社及び別表二株式譲渡一覧表の譲受人らを被告として、原告が本件株式の株主であることの確認等を求める訴えを提起した(甲一七。以下「前件株主権確認訴訟」という。)。同訴訟の一審判決は、原告の請求をいずれも棄却したが、控訴審判決は、本件株式譲渡が被告Y1の権限濫用であるとして、本件株式譲渡のうち、権限濫用について悪意又は有過失であると認められたb社、E及びFに対する株式譲渡(同表番号一から四まで)を無効として原告の請求を認容し、その余の譲渡(同表番号五から一二まで。以下、これらの譲渡された株式を「本件譲渡有効株式」という。)については請求を棄却した(甲一八、一九。大阪地裁平成二〇年(ワ)第一一七七〇号、大阪高裁平成二二年(ネ)第一五五一号。)。

二  争点

(1)  本件譲渡有効株式の譲渡当時の適正譲渡価格はいくらか

(2)  本件譲渡有効株式の譲渡が取締役としての任務懈怠になるか

(3)  任務懈怠による損害が発生したか、発生した損害額はいくらか

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件譲渡有効株式の譲渡当時の適正譲渡価格はいくらか)について

【原告の主張】

本件譲渡有効株式一株当たりの本件株式譲渡当時の適正譲渡価格は、以下の理由から、G公認会計士が平成一八年七月時点におけるa社株式の適正譲渡価格について実施した鑑定(以下「G鑑定」という。)の中で時価純資産法によって算定した六八五八円である。仮にDCF法を採用するのであれば、DCF法による算定額は五七一五円とすべきであり、時価純資産法による算定額との一:一の割合で加重平均した六二八六円を採用すべきである。

ア 本件株式譲渡の性格

(ア) 本件株式譲渡は、被告らがa社の支配権を維持するという個人の利益をはかる目的で行われた原告に対する背任行為である。本件においては、原告には譲渡の必要は全くなかったものであるから、原告の損害を最大限填補するという観点から本件譲渡有効株式の評価がされるべきである。

(イ) 被告らは、原告の株主構成上、Cが死亡して法定相続分での相続が行われれば、原告株式の過半数を保有することができないことが確定する。そこで、被告らは、Cが死亡した場合に備えて、原告のa社に対する議決権割合を半数以下にして、a社に対する支配権を維持するために四月譲渡を行った。被告らが行った七月譲渡も、同じくa社に対する支配権の維持という目的であった。以上によれば、本件株式譲渡は、原告のa社に対する支配権を喪失させるための一体的な背任的譲渡といえる。

これによれば、本件譲渡有効株式の評価に当たっては、本件株式譲渡を一体のものとして九七万四二五〇株の譲渡という支配権の移動を伴う取引の一部であることを前提に評価すべきである。

イ 株価の評価方法

本件のように、純資産法による評価額(解体価値)が、DCF法による評価額を上回る場合には、企業を継続する積極的な意義がなく、早急に解散・清算して、残余財産の分配を得る方が株主にとって合理性を有するから、純資産法による評価額(解体価値)を採用すべきである。

ウ DCF法による算定過程

仮にDCF法を採用するとしても、G鑑定の評価過程には、以下の誤りがあり、これらの点を修正すると、別表三DCF法算定過程の「原告」欄のとおり、DCF法による算定額は五七一五円となる。

(ア) 将来予測キャッシュフロー

a 支払利息の加算

DCF法によって事業価値を算定するに際しては、支払利息控除前の金額で算定する必要があるため、支払利息を加算すべきである。ただし、支払利息は節税効果があるため、税金負担額を実効税率四〇%で計算して控除した一二六万三〇三五円をフリーキャッシュフローの平均値に加算すべきである。

b 将来不安要因としての三〇%ディスカウント

本件株式譲渡がなされた後のフリーキャッシュフローの実績値をみると、平成一八年度に約二億六〇〇〇万円、平成一九年度に約八億円、平成二〇年度に約二億一〇〇〇万円、平成二一年度に約七億七〇〇〇万円、平成二二年度に約一一億六〇〇〇万円と年々増加していることに照らすならば、本件株式譲渡直近の三事業年度のフリーキャッシュフローの平均値五億〇八八三万九七九八円を維持すべきである。このようにa社は、本件株式譲渡直近の三事業年度では営業利益、経常利益及び当期純利益は増加傾向であったから、原告の損害填補という観点に照らしても、将来不安要因としてディスカウントすべきではない。

また、a社は、被告らの支配するb社を仕入れ窓口商社として介在させたことによって、b社に年間三億円程度のマージンを与えていたのであるから、本来、この分だけフリーキャッシュフローが増加していたはずである。そうすると、原告の損害填補の観点からして、増額することはあっても、これを減額することは正義に反し、許されない。

(イ) WACC(加重平均資本コスト)の算定

WACCを算定する際に考慮される負債の時価は、有利子負債の時価であり、a社においては、短期借入金の二億八〇〇〇万円のみである。この金額を用いて、WACCを算定すると、別表四WACCの算定過程「原告」欄のとおり、六・一九%となる。

(ウ) 非事業資産の加算

DCF法は、事業価値に非事業資産価値を加算して企業価値を算定し、そこから有利子負債を控除して株主価値を求める方法であり、非事業資産とは、事業活動に直接使用されていない余剰資金や遊休資産のことをいう。a社においては、平成一七年一二月期の現預金が二九億八五〇〇万円あり、原告の損害填補の観点を考慮すると、この現預金全額を非事業資産として加算した上で企業価値を算定すべきである。

(エ) 有利子負債の控除

DCF法による株主価値の算定にあたっては、有利子負債である短期借入金二億八〇〇〇万円を控除すべきである。

(オ) 非流動性ディスカウント三〇%

本件株式譲渡は、被告らの背任行為としてなされたものであるから、任意の売却を前提とする非流動性ディスカウントを考慮する必要はない。

エ 評価方法の加重平均割合について

本件においては時価純資産法のみを採用すべきである。DCF法を考慮するとしても、一:一の割合で加重平均すべきである。

【被告らの主張】

本件譲渡有効株式一株当たりの本件株式譲渡当時の適正譲渡価格は、以下の理由から、朝日大阪税理士法人がDCF法及び配当還元法によって算定した各価格を一:一の割合で加重平均した六六五円ないし五九一円である。

ア 本件株式譲渡の性格

(ア) 本件株式譲渡は、a社の資金需要や、a社のグループ会社に眠っている現預金の活用、節税対策、事業承継、会社のこれまでの運用等の諸事情から行われたものであって、支配権の維持を目的とするものではない。

(イ) 原告は、四月譲渡も七月譲渡も同様に支配権を維持する目的で行われたものであるから、本件株式譲渡を一体として評価すべきであると主張する。

しかし、四月譲渡は、Cの死亡以前になされたものである。被告らは、平成一八年六月にAの通知が到達するまでは、AがC保有の原告株式全部の遺贈を受けたため被告Y1が原告の議決権を支配できなくなったという事実を知らなかった。したがって、Cの死亡以前に被告Y1らが支配権確保のための行動を起こせるはずはないから、四月譲渡は支配権の維持を目的とするものではない。

そうすると、本件譲渡有効株式の評価においては、七月譲渡のみ独立したものとして、九五万四二五〇株の譲渡という非支配株式の取引の一部であることを前提として評価すべきである。

(ウ) また、本件譲渡有効株式の譲受人らは、特段の事情がない限り、行動を共にするような関係にはなく、個々の株主という観点からも少数株主として評価すべきである。

イ 株価の評価方法

(ア) 本件譲渡有効株式の評価方法は、a社が継続企業であるから、継続価値を前提としたDCF法を採用すべきである。また、本件譲渡有効株式の買い手は、少数株主であり、一株当たり一〇円の配当を期待して一〇〇円で購入していることを考慮すると、配当還元法を採用すべきである。

(イ) 原告は、本件では時価純資産法による評価額(清算価値)がDCF法による評価額を上回るから、時価純資産法によるべきであると主張する。

しかし、株式の評価方法の選定については、株式譲渡取引の目的を重視して決定すべきであるから、純資産法とDCF法との評価額の大小という観点から評価方式選定の是非を論じる考え方は妥当性や合理性を欠いている。また、清算時価は飽くまで清算することによって初めて得られるものであり、解散、清算を予定していない継続企業に同じ価値があるといえる合理的根拠はない。

さらに、a社のような継続企業能力に懸念事項のない比較的大規模な会社を清算価値等で評価することは、極めて困難であり、その信頼性についての検証も事実上不可能である。

以上によれば、時価純資産法によるべきではない。

ウ DCF法による算定過程

G鑑定の評価過程には、以下の誤りがあり、朝日大阪税理士法人が算定した一株一二三一円又は一〇八三円を採用すべきである。G鑑定の誤りを修正すると、別表三DCF法算定過程の「被告ら」欄のとおり、一株六八六円となる。

(ア) 将来予測キャッシュフロー

a 支払利息の加算

本件株式譲渡直近三事業年度のキャッシュフローの平均値に、節税効果を考慮した支払利息を加算すべきである。

b 将来不安要因としての三〇%ディスカウント

原告は、b社がa社の仕入商社として介在することをディスカウントを否定する理由として主張する。しかし、b社とa社が取引を解消する予定である場合などを前提としない限り、b社の利益は、a社の利益とはなり得ないのは明らかである。

(イ) WACCの算定

a 考慮すべき負債

WACCの算定において考慮すべきは有利子負債のみであり、a社においては、短期借入金二億八〇〇〇万円である。これを考慮すると、WACCは、別表四WACCの算定過程の「原告」欄のとおり、六・一九%となる。

b 株式市場リスクプレミアム

G鑑定は、日本の株式市場における株価変動データのうち高度経済成長期を省いた昭和五一年から平成一七年までのものを採用しているが、長期間の収益率を検証すべきであるから、昭和三〇年から平成一七年までの株価変動データによる八・五%を採用すべきである。

c 個別リスクプレミアム

上場会社の市場データを基礎としてWACCを算定した場合には、それを非上場会社に準用するときに、事業規模のリスクを評価に反映しなければならない。G鑑定は、事業規模のリスクを考慮していない。従って、規模のリスクとして五%を加算すべきである。

前記a及びbに加えてこれを考慮すると、WACCは、別表四WACCの算定過程の「被告ら」欄のとおり、一五・一%となる。

(ウ) 非事業資産の加算

一般に、余剰資金を保有していれば、利率が高い定期性の預金に預け入れるはずである。事業運営の実態からすると、当座預金、普通預金及び通知預金は、通常の運転資金として流用していると考えられる。したがって、a社の非事業資産は、定期預金の五億五〇〇〇万円が妥当である。

H公認会計士作成の「株価鑑定評価方式の選定の妥当性に関する意見書」(甲三三。以下「H意見書」という。)では、運転資金は年間売上高の二%であり、その余の現預金が余剰であるとしているが、一方的に仮定した前提に基づくものであって合理性がない。

(エ) 有利子負債の控除

a社の短期借入金二億八〇〇〇万円は有利子負債としてキャッシュフローから控除すべきである。

朝日大阪税理士法人による株式価値評価報告書(乙二)によれば、役員退職慰労金としての退職給付引当金は七六七〇万五四六二円であり、これは有利子負債に相当する確定債務であることから、これも控除すべきである。

(オ) コントロールプレミアム

DCF法により算定された株価は、会社経営の完全支配を前提とした価格であり、特別決議を可能とする三分の二を超える議決権を保有する完全支配権を確保した株主にとっての価値となる。

七月譲渡だけであれば、譲渡の対象は、特別決議を拒否できる議決権総数の三分の一を超えるが普通決議が可能となる二分の一未満であり、DCF法が前提とする議決権総数の三分の二を超える場合とは異なるから、コントロールプレミアムに応じた一定のディスカウントを考慮すべきである。また、本件株式譲渡全体をみても、議決権総数の二分の一を超えるが三分の二未満であるから、前同様、一定のディスカウントを考慮すべきである。

エ 配当還元法による算定過程

本件譲渡有効株式の買い手は、一〇円配当を期待して一〇〇円で購入していることを重視すべきである。したがって、このような配当を期待する株主にとって、株式の資本コストは一〇%であるから、配当金を一〇%で除すことで株式価値を算定するのが妥当である。

G鑑定が採用した株式の資本コストは、株式市場から採取したデータを基礎として算定された数値であるが、当該数値は配当以外にも株主に帰属する価値を期待している株主にとってのコストであるため、株主に帰属するキャッシュフローの一部から支払われる配当金のみを期待した株主と同等に扱うべきではない。

オ 評価方法の加重平均割合について

本件においては、買手の立場からの評価である配当還元法と売手の立場からの評価であるDCF法のいずれかを重視すべき事情が見当たらない。したがって、DCF法による価格と配当還元法による価格を一:一の割合で組み合わせるのが妥当である。

(2)  争点(2)(本件譲渡有効株式の譲渡が取締役としての任務懈怠になるか)について

【原告の主張】

被告らは、a社に対する支配権を維持するという個人的利益を図り、それにより原告に対して損害を被らせるという背任的意図をもって、少なくとも一株五七一五円の価値を有する本件株式をわずか一〇〇円で廉価処分するという本件株式譲渡を決議・実行した。これが、取締役としての任務懈怠に当たることは明らかである。

【被告らの主張】

本件株式譲渡は支配権を維持する目的で行われたものではない。それは、a社の資金需要や、a社グループ会社の眠っている現預金の活用、節税対策、事業承継や会社の将来像、あるいは、会社のこれまでの運用等の諸事情から行われたものである。本件株式譲渡は、全体的にみるとb社への譲渡による利益や節税効果による利益があり、経済的損失をもたらすことが明らかとまではいえない。したがって、その決定の過程、内容が著しく不合理とまではいえず、被告らに善管注意義務違反が認められない。

ちなみに、Aがa社の取締役であったころも含めて、これまでa社の株式は従業員らに対して何度も売却されてきたが、同族でない限り、株式の譲渡は全て一株一〇〇円で売却がされてきたという経緯がある。このような事実経過に鑑みても、一株一〇〇円での売却は廉価処分とはいえない。

(3)  争点(3)(任務懈怠による損害が発生したか、発生した損害額はいくらか)について

【被告らの主張】

本件株式譲渡においては、簿価一株三七〇円の本件株式をb社へ一株四〇〇〇円で売却したことにより三億一四三二万三七五〇円の利益が生じている。これと別表二株式譲渡一覧表番号三から一二までの一株一〇〇円の譲渡による損失を組み合わせると、一億三五〇〇万円程度の節税効果が生じる。これらを考慮すると原告には損害が発生していない。

【原告の主張】

被告らは、少なくとも一株五七一五円の株式を一株一〇〇円で売却したのであるから、損害はその差額であり、請求額の二〇億三九三二万円を下らない。

被告らは、別表二株式譲渡一覧表番号一及び二のb社への譲渡については利益が生じており、この譲渡と同表番号三から一二までの譲渡とを組み合わせると節税効果による利益が生じていると主張する。しかし、b社に対する株式譲渡と、その余の譲受人に対する譲渡とは、法的にも経済的にも全く別個の行為である。結果的に一億三五〇〇万円の節税効果が生じているとしても、この節税効果(利益)は、非同族者に対する譲渡による譲渡損を填補するものでもない。したがって、b社に対する譲渡による譲渡益をもって上記譲渡損と相殺し、原告には損害が発生していないという被告らの主張は成り立たない。

第三当裁判所の判断

一  前記前提事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認めることのできる事実は以下のとおりである。

(1)  a社及び原告その他関連会社の概況(G鑑定、甲一五の二、二一、三二、三四、三七、四一)

ア a社は、水道管用特殊継手の製造や上水道の不断水工事業を行っている。特に、不断水工事の専用部材を供給している事業者として、東京都内の同業者と市場を二分し、業界では寡占状態にあった。a社は、高付加価値商品の提供による高収益構造を確立し、これまでに内部に蓄積してきた豊富な資金を背景として、安定した財務基盤など有しているため、信用調査会社からも高評価を得ている。

a社の平成一七年一二月期の貸借対照表は、別紙修正貸借対照表のとおりである。同期の売上高は一二一億九三七三万九〇一九円、販売費及び一般管理費は四八億七二四一万八〇〇七円であった。a社においては、重要な事業や財産を譲渡する計画は過去に存在しなかったし、将来においても予定されていない。

イ 原告は、a社など関連会社に不動産を賃貸することを主な事業とし、この賃料収入が主な収入源である。

b社は、a社が仕入れを行う際の中間商社となってマージンを得るための会社であった。

株式会社c(以下「c社」という。)は、a社の従業員らの発明に関する特許権の管理を業務とする会社であり、主な収入はその特許権の管理料であった。

(2)  四月譲渡に至る経緯

ア Aは、a社などの関連会社の取締役の地位にあったが、平成一六年ころ、すべての役職を退いて病気療養中のCの看病にあたった。

イ Cは、平成一七年二月二四日、すべての遺産をAに遺贈する旨の公正証書遺言を作成した(甲二三の一)。

ウ 原告は、平成一八年四月一五日、b社に対し、原告の保有するa社株式二万株を一株四〇〇〇円で売却する契約を締結した(甲九の一)。b社は、原告に対し、同年五月、売買代金八〇〇〇万円を支払った(甲二三の一)。

(3)  七月譲渡に至る経緯

ア Cは、平成一八年四月二二日、九三才で死亡した(甲三)。

イ 被告Y1は、平成一八年六月一二日、原告の募集株式の発行に関し、募集株式数の上限を五万四〇〇〇株、払込金額の下限を一一万円として、募集事項の決定を取締役会へ委任することを決議事項とする原告の株主総会招集通知をした(甲一〇)。これに対し、Bは、原告に対し、同総会に出席せず、委任状による議決権行使もしないと通知した(甲一一の一)。Aは、原告に対し、遺贈によりC保有の原告株式を保有することとなり、A及びBが欠席した場合、定足数を満たさないため募集株式の発行に関する議案を可決できないと通知した(甲一二の一)。その結果、同総会は、同月二〇日に開催されたが、A及びBが欠席したため、募集株式の発行に関する上記議案については可決されなかった(甲一三)。

ウ 被告Y2は、平成一八年六月二二日から二三日ころ、F及びEに対し、別表二株式譲渡一覧表番号五、七から一二までの譲受人らが原告の保有するa社株式の譲受人となるよう勧誘することを依頼した(甲一九)。

エ 原告は、平成一八年七月一四日及び二一日、別表二株式譲渡一覧表のとおり、その保有するa社株式九五万二四五〇株を、b社に対して一株四〇〇〇円で、別表二株式譲渡一覧表番号三から一二までの譲受人に対して一株一〇〇円で売却する契約を締結した(甲九の二から九の一二まで)。その際、同表番号七から九までの譲受人は、a社から金員を借入れてその売買代金を支払った(甲一九、二三の一)。

(4)  G鑑定の概要

G鑑定は、a社の平成一八年七月時点の株価について以下のとおり鑑定した。

ア 純資産法

a社の平成一七年一二月期の貸借対照表を一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠して別紙修正貸借対照表のとおり修正を行ったが、清算価格及び再調達価格は算定しなかった。これら修正した簿価に基づくと、一株六八五八円と算定される。

イ DCF法(別表三DCF法算定過程の「G鑑定」欄参照)

(ア) a社の貸借対照表及び損益計算書を基に、平成一五年一二月期から平成一七年一二月期までのキャッシュフローを算定し、その平均値を五億〇八八三万九七九八円と算定した。

(イ) a社の主たる事業である水道工事は、公共工事に依存しているが、当面、公共工事が削減され、予算の増額が期待できない状態にあることから、将来不安要因として前記(ア)のキャッシュフロー平均値を三〇%減額した。

(ウ) WACCは別表四WACCの算定過程の備考の計算式を用いて四・七四%と算定した。

(エ) a社が非上場会社であり、上場会社に比べて流動性がないことから、相応の非流動性ディスカウントを考慮するのが一般的であり、一般に採用されることの多い三〇%を採用した。

(オ) 以上の算定過程によれば、本件譲渡有効株式の価格は、一株二七四六円となる。

ウ 配当還元法

a社が一株当たり一〇円配当を継続していることを考慮し、予想配当に基づいて価値を測定する方式を採用した。株主資本の資本コストはDCF法と同様に六・三一五%、期待配当を一株当たり一〇円とすれば、配当還元法による算定価格は一五八円(一〇円÷六・三一五%)となる。

エ 評価方法の選定

(ア) 純資産法について

a社の財務内容、営業実績、その業績と将来の業績見通しは次のとおりである。①自己資本比率六〇%超の極めて健全な財務内容の会社である、②平成一七年一二月期の流動資産が一〇七億二七〇〇万円であるのに対し、流動負債は四五億九二〇〇万円と流動比率が二三〇%超の極めて高い支払能力を有する、③特殊な技術が要求されることから新規参入に対して障壁が存在する、④最終的なユーザーは官公庁であり、市民生活に必要不可欠なインフラに関連する事業であるため、発注が途絶えたり、極端に落ち込んだりすることは想定できない、⑤その結果、毎期安定して利益を計上している。①から⑤によれば、事業の継続性について特段の懸念を抱かせるような兆候はまったく認められない。

また、別紙修正貸借対照表は取得原価をベースに計算上算定されたものであって、企業の財産価値を評価したものではない。さらに、a社のような大規模な会社を清算価値で評価することは極めて困難であり、その信頼性についての検証も不可能である。

したがって、純資産法によって評価するのは適当ではない。

(イ) 総合評価(加重平均)

原告は、本件株式譲渡当時、a社の支配的地位にあり、発行済株式総数の五〇・八%を譲渡したから、a社の経済的価値を反映させることができるDCF法を採用するのが論理的である。他方、別表二株式譲渡一覧表の譲受人らは、それぞれの譲り受けた株式数(一九一万五〇〇〇株中一〇万株ないし二万株)からみると少数株主ということになるから、少数株主にとって原則的な評価方法である配当還元法を採用するのが論理的である。

本件では、売主である原告に売却する理由があり、買主である別表二株式譲渡一覧表の譲受人らに積極的に購入する理由はなかったから、DCF法を七〇%、配当還元法を三〇%として加重平均すると、一株当たり一九六九円となる。

二  上記の事実(前提事実を含む。)と弁論の全趣旨によれば、次のとおり判断することができる。

(1)  争点(1)(本件譲渡有効株式の譲渡当時の適正譲渡価格はいくらか)について

ア 本件株式譲渡の性格

(ア) 本件譲渡有効株式が支配株といえるかどうかがその価格の評価に影響を与えることから、本件株式譲渡の性格をどのようなものとして評価すべきか検討する。

(イ) 原告及びa社など甲山一族が支配する関連会社のうち、独自に利益を取得する事業を行っているのはa社である。その他の関連会社は、a社への不動産の賃貸(原告)やa社の知的所有権の管理(c社)など、a社に付随して収入を得ているにすぎない。したがって、A及び被告ら甲山一族にとっては、a社の支配権が最も重大な関心事項であった。そして、別表一a社株主構成表によれば、四月譲渡以前の時点では、原告がa社株式の過半数(五〇・九%)を保有していたから、原告を支配することがa社を支配することに等しかった。すなわち、被告らがa社を支配するためには、原告の支配を介してa社を支配するか、原告からa社の支配を奪って直接支配するしかなかったのである。

そこで、四月譲渡当時の原告の株主構成や役員構成についてみると、原告の取締役はすべて被告らで占めていたものの、被告Y1の持株割合は半数以下である。したがって、病気療養中のCが死亡した場合、法定相続分(一八二〇÷三≒六〇六)より多い六六〇株以上の株の相続を受けなければ原告の単独支配はできない状況であった(前記第二の一(1)ア・三頁)。ところが、Cが死亡するまでの約二年間、Cを看病をしていたのはAであったから、Cの相続が開始した場合、被告Y1が六六〇株以上の株式を取得できる可能性は低く、そのことは被告Y1にも容易に推測できたといえる。他方、四月譲渡の内容についてみると、別表二株式譲渡一覧表番号一のとおり、譲渡先は被告らの支配するb社であり、これにより原告の持株割合が五〇%を下回る結果となる。すなわち、原告のa社に対する支配を失わせ、被告らのa社に対する支配力を増やす内容ということができる。このように、四月譲渡は、療養中であるCの相続が開始されると、被告らが原告を介したa社の支配を失う可能性が高いという状況下で行われたのであるから、被告らのa社に対する支配権を維持する目的であったというべきである。

しかも、被告らは、Cの死亡後、原告において、発行済株式総数一万八〇〇〇株を大幅に超える五万四〇〇〇株の募集株式の発行を被告らで構成する取締役会で可能にする議案を臨時株主総会において決議しようとした。このような大規模な増資自体、被告らが、原告を介してa社を支配しようとしていたことを強く推認させる。ところが、その後、A及びBの反対によりその目論みが否定されたばかりか、AがCから原告株式全部を遺贈され、原告を支配することが確定してしまった。すなわち、被告らによる原告を介したa社の支配が不可能となったことが判明した以上、もはや被告らに残された手段は、原告の保有するa社の株式を被告らの支配下に移して直接支配するほかないこととなった。七月譲渡は、このような経緯の下、被告らの上記目論みがはずれた直後に別表一a社株主構成表番号三から一二までの譲受人ら(これらの者たちは、いずれも被告らと近しい関係にある者であった。)に対する株式譲渡の勧誘という形態をもって実行されたのである。これによれば、七月譲渡もまた、被告らのa社に対する支配権を維持する目的であったのは明らかである。

以上によれば、本件株式譲渡はいずれもCの相続に端を発して行われた支配権を維持する目的のものというべきであるから、本件譲渡有効株式の評価に当たっては、四月譲渡と七月譲渡を一体のものとして支配株の取引であることを前提に評価するのが相当である。

(ウ) これに対し、被告らは、四月譲渡はCの死亡よりも前に行われ、当時、原告の株式がCからAに遺贈されたことを知らなかったから、四月譲渡は七月譲渡と別個のものである、七月譲渡のみ独立したものとして、九五万四二五〇株の譲渡という非支配株式の取引であることを前提に評価すべきである、別表二株式譲渡一覧表番号二から一二までの譲受人らは、その取得株数からすれば少数株主として評価すべきであると主張する。

しかし、Cは、当時九三才の高齢で、四月譲渡の時点ですでに病気療養が約二年も継続していたのであり、その段階から被告らが相続の発生を念頭においていたとしても何ら不自然ではない。そして、Cの保有する原告の株式一八二〇株が法定相続分どおり被告Y1、A及びBに六〇六株ずつ相続されたとしても、A及びBの保有する原告の株式数が発行済株式総数の過半数を上回るから、被告Y1が原告の支配権を失い、役員の地位を降ろされる可能性はあった。したがって、四月譲渡がCの死亡よりも前に行われたからといって、被告Y1がa社の支配権を維持する目的であったという認定が不合理であるということはできないというべきである。

また、被告らは、本件株式譲渡は、a社の資金需要や事業承継などの諸事情から行われたもので、支配権を維持する目的ではなかったと主張する。

しかし、本件株式譲渡当時、a社に本件株式譲渡を行わなければならないような特別な資金需要があったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、別表二株式譲渡一覧表番号七から九までの譲受人らは、a社の株式を譲り受けるに当たってa社から資金を借り入れているというのであるから、a社の資金需要が本件株式譲渡の目的であったというのはいかにも不自然である。また、本件株式譲渡は、原告の保有株式を譲渡するものであって、被告Y1保有の株式を譲渡するものではない。したがって、被告Y1からの事業の承継との関連性も考えにくい。被告らの主張は採用できないというべきである。

イ 時価純資産法の検討

原告は、a社のDCF法による価格が時価純資産法による価格を下回ることから、時価純資産法を採用すべきであると主張する。

しかし、a社は、水道管用特殊継手の製造等をその主な事業とし、業界では寡占状態にあって、高収益構造であることから信用調査会社からも高い評価を得ており、財務状況も良好である。その業種や事業形態に照らし、創業家である甲山一族の内紛の存在を除けば、財務及び事業状況の両面において事業の継続に懸念材料の全くない優良企業であった。このようなa社の業態や事業状況に照らすと、a社は、本件株式譲渡当時、企業として継続することを当然の前提としており、清算する具体的な予定は全くなかったといってよい。したがって、a社の株価を算定するに当たっては、a社の純資産価格や清算価値などの所有財産の価格のみに着目すべきではなく、a社の事業が持つ収益力を基礎とするのが相当である。

以上によれば、本件株式の評価方法としては、事業の継続によって得られるキャッシュフローに着目したDCF法を採用すべきであり、時価純資産法は、これによる価格をDCF法による価格が下回ったとしても、採用することは相当ではない。

ウ DCF法による算定過程の検討

(ア) 将来予測キャッシュフロー

a DCF法とは、継続する企業が将来生み出すキャッシュフローを算定し、そのうち株主に帰属する企業価値を算定した上で一株当たりの価値を算定する方法である。その場合、株価算定の前提となるキャッシュフローには、節税効果を考慮した支払利息額を加算すべきであり、さらに株主に帰属する企業価値の算出に当たっては、非事業資産を加算するほか、有利子負債を控除すべきである。

b 支払利息

本件では、本件株式譲渡の直前三事業年度である平成一五年一二月期から平成一七年一二月期までの節税効果を考慮した平均の支払利息は一二六万三〇三五円(甲三三、乙八)であるから、同三事業年度のキャッシュフローの平均値五億〇八八三万九七九八円に加算すべきである。

c 将来不安要因によるディスカウント

(a) 原告は、a社のキャッシュフローの実績値から将来不安要因による減額を行うべきでないと主張する。

しかし、DCF法は、基準時の直近のキャッシュフローの実績値を基礎として事業計画などを考慮して将来のキャッシュフローを予測し、企業価値を算定する方法であるから、実績値どおりのキャッシュフローを前提としなければならないものではない。将来予測である以上、不確定要素によるキャッシュフローの減少の可能性を考慮することはそれなりの合理性を有する。

G鑑定においては、将来不安要因によるディスカウントを行う理由として、a社の事業内容である水道工事が公共工事に依存していること、公共工事が削減されていることを考慮しているのであって、その前提となる社会情勢に関する分析に不合理な点はない。加えて、基準時における株価を算定するには、その時点で存在した事情のみ考慮すべきであって、基準時の後に現れた実績値を理由に三〇%の減額を否定することは相当ではない。原告の主張は採用できない。

(b) 次に、原告は、a社に帰属すべきb社のマージンがあるから、これをキャッシュフローに加算すべきであって、将来不安要因を理由に減額すべきでないと主張する。

しかし、本件株式譲渡時点での株価を算定するに当たっては、当時のa社の業態を前提とすべきである。そうすると、本件株式譲渡時点において、b社がa社の仕入窓口商社として利益を得ている以上、b社がなければa社にその分の利益が生じるとしても、本件株式譲渡当時、その株式譲渡によってb社が仕入窓口の役割から外されることが前提とされていたなどの特段の事情のない限り、b社の利益をa社のキャッシュフローとして加算すべきものではない。本件においては上記のような特段の事情はなく、原告の主張は採用できない。

d 以上によれば、G鑑定のとおり、将来不安要因による三〇%の減額を行うのが相当である。

(イ) WACCの算定

本件においては、別表四WACCの算定過程の「裁判所の認定」欄のとおり、負債の時価は別紙修正貸借対照表上の短期借入金の時価二億八〇〇〇万円を採用し、その他の考慮要素については、G鑑定のとおりとするのが相当である。株主資本の資本コストの算定過程に関する被告らの主張は、G鑑定の内容に不合理な点はないから採用できない。

以上によれば、同表の「裁判所の認定」欄のとおり、WACCは六・一九%となる。

(ウ) 非事業資産の加算

a 被告らは、a社の定期預金五億五〇〇〇万円のみを非事業資産として加算すべきであると主張する。

しかし、別紙修正貸借対照表のとおり、a社の平成一七年一二月期の現預金は約二九億八五〇〇万円に上るから、定期預金を控除すると約二四億三五〇〇万円すべてが事業資産ということになる。しかし、この額は同期における売上高約一二一億九四〇〇万円の約二〇%にも達し、a社の資産及び負債の状況(別紙修正貸借対照表)や売上高、販売費並びに一般管理費の額(前記一(1)・一四頁)に照らしても、運転資金としてあまりにも過大であって均衡を失する。よって、被告らの主張を採用することは出来ない。

b 他方、原告は、平成一七年一二月期の現預金全額約二九億八五〇〇万円が非事業資産であると主張する。

しかし、会社の経営においては、現預金の一部は事業のために用いられるのが通常であり、会社が有する現預金がすべて事業資産から除かれるという事態は考えにくい。本件においては、本件株式譲渡が被告らの背任的行為であるとの事情があるとしても、a社の現預金が事業の用に供されていないことをうかがわせるに足りる証拠はない。原告の主張も採用することはできない。

c この点、H意見書は、売上高の二%程度をもって事業資産であるとしている。H意見書は、企業会計の専門家としての意見であり、a社の財務状況が良好であり、平成一七年一二月期の売上高、販売費及び一般管理費の額や、別紙修正貸借対照表における流動資産及び流動負債の額(流動比率の高さ)などを総合考慮すると、現預金のうち売上高の二%程度を事業資産(運転資金)とみても不合理であるとまではいえない(他に非事業資産の額についてこれを明らかにするに足りる証拠はない。)。

よって、a社の非事業資産は、平成一七年一二月期の現預金から、売上高の二%である二億四四〇〇万円を控除した二七億四一〇〇万円をもって相当と認める。

(エ) 有利子負債の控除

a 本件では、a社の短期借入金は二億八〇〇〇万円であるから、これを有利子負債として控除すべきである。

b また、退職金給付引当金については、将来発生する予定の退職金債務の支払いに充てられる金員である。これは、有利子負債と同様に、退職金として退職者に対して支払われることが評価時点において確定的なものであるから、株主に帰属しない企業価値ということができる。そうすると、退職給付引当金については、簿価を修正し税効果を勘案した七六七〇万五四六二円(乙二)を有利子負債と同様に控除すべきである。

(オ) 非流動性ディスカウント

原告は、本件株式譲渡は原告の任意で行われたものではないから、任意売却を前提とする非流動性ディスカウントをすべきでないと主張する。

しかし、本件においては取締役の任務懈怠や損害額を判断する前提として、本件譲渡有効株式の売却価格(一株一〇〇円)が、適正譲渡価格とどの程度乖離しているかを算定する必要がある。そのために正常な取引を前提とした適正譲渡価格を算定するのであるから、任意売却を前提とすることに格別の不合理はない。原告の主張する事情は非流動性ディスカウントを否定するに足りないというべきである。

以上によれば、G鑑定が非流動性を理由に三〇%のディスカウントをしたことは合理的であり、原告の主張は採用できない。

(カ) コントロールプレミアム

被告らは、七月譲渡の株式数が三分の一を超え二分の一未満であること、本件株式譲渡全体の株式数でも議決権総数の三分の二未満であることから、コントロールプレミアムに応じたディスカウントを考慮すべきと主張する。

しかし、本件株式譲渡は、一体のものとして支配権維持を目的とする支配株の取引であるから(前記ア・一八頁)、七月譲渡のみを前提とする被告らの主張はその前提を誤っている。また、被告ら及び被告ら側の関係者は、別表一a社株主構成表の「本件株式譲渡後」欄のとおり、本件株式譲渡によって、各自の持株数を合計すると議決権総数の三分の二を超えることとなるから、コントロールプレミアムに関する別段の考慮は不要となるはずである。被告らの主張は採用できない。

(キ) 以上によれば、別表三DCF法算定過程の「裁判所の認定」欄のとおり、DCF法による算定価格は一株二九八〇円となる。

エ 配当還元法による算定過程の検討

被告らは、a社において一〇円配当が継続して一〇〇円で購入していたことから、配当を期待する株主の資本コストは一〇%とすべきであると主張する。しかし、G鑑定は、企業会計の専門的知見に基づき、一〇円配当が継続していることも踏まえた上で株主の資本コストの算定に一般的な手法を用いていることに照らすと、六・三一五%を採用したG鑑定に格別の不合理な点はない。

以上によれば、G鑑定のとおり、配当還元法による算定価格は一株一五八円である。

オ 評価方法の加重平均割合について

a社の事業状況、本件株式譲渡により被告らがa社の支配権を取得したことに照らすならば、本件譲渡有効株式の価格の算定に当たっては、支配株の価格算定を前提とするDCF法を基本とすべきである。

もっとも、本件株式譲渡によって本件譲渡有効株式を譲り受けたのは被告ら本人ではなく、別表二株式譲渡一覧表番号五から一二までの譲受人らであるから、この譲受人ら自身が本件譲渡有効株式を保有することによる利益も無視することはできない。この点、上記譲受人らは、本件株式譲渡当時は被告らと近しい関係にあったとはいえ、法律上、自由な共益権の行使が可能であり、今後、被告らとの関係の変化によっては、各自が個別に被告らの意に反して共益権を行使する可能性も否定できず、個別に共益権を行使するという観点からは少数株主というべきである。他方、上記の譲受人らがその共益権の行使を専ら被告らの決定に委ねるというのであれば、譲受人ら自身が本件譲渡有効株式に期待するのは毎年の配当を受けることだけであって、利益状況は事実上少数株主と変わらないということもできる。

以上の点を考慮すると、本件譲渡有効株式の評価に当たり、配当還元法を無視することはできない。上記の事情のほか、本件に現れた一切の事情を考慮するならば、DCF法を基本とするものの、配当還元法を一五%考慮した加重平均割合によって算定するのが相当である。

カ まとめ

以上検討したところによれば、本件譲渡有効株式の適正譲渡価格は、DCF法による算定価格が一株二九八〇円、配当還元法による算定価格が一株一五八円であるから、これを八五:一五の割合で加重平均して、一株二五五六円(二九八〇×〇・八五+一五八×〇・一五≒二五五六〔一円未満切捨〕)と認めるのが相当である。

(2)  争点(2)(本件譲渡有効株式の譲渡が取締役としての任務懈怠になるか)について

ア 本件株式譲渡は、前記(1)(一八頁)において検討したとおり、原告の収益の源泉であるa社に対する支配権を被告らに移すという個人的利益を図る背任の意図をもって、一株二五五六円のa社株式を一株一〇〇円で譲渡した廉価売却であり、被告らは、原告に対し、a社に対する支配権を失わせるという重大な損失を与えたのであるから、本件株式譲渡当時、別表二株式譲渡一覧表番号一及び二のb社への譲渡による利益及び節税効果による利益が生じていたとしても、その判断過程にも判断内容にも著しい不合理が認められることは明らかである。

したがって、被告らは、取締役としての任務懈怠の責任を免れない。

イ この点、被告らは、a社において、これまで従業員に対して一株一〇〇円で売却されていた経緯があるから、廉価売却ではないと主張する。

しかし、本件においては、被告らは、被告らのa社に対する支配権の維持を目的として、本件譲渡有効株式だけでも六八万株、発行済株式総数の約三五・五%もの大量の株式を他に譲渡し、その結果、原告がa社に対する支配権を失うという重大な損害を生じさせたのである。このように、本件株式譲渡は、従前の従業員に対する売却とは異質なものというべきであり、同列に論じることはできない。被告らの上記主張は採用できない。

(3)  争点(3)(任務懈怠による損害が発生したか、発生した損害額はいくらか)について

ア 被告らは、本件株式をその適正価格一株二五五六円を大幅に下回る一株一〇〇円で売却したのであるから、その差額である一株当たり二四五六円の損害が発生したといえる。本件譲渡有効株式は六八万株であるから、本件における損害額は、総額一六億七〇〇八万円(二四五六円×六八万株)となる。

イ 被告らは、別表二株式譲渡一覧表番号一及び二のb社に対する売却による利益が生じたことをもって損害が発生していないと主張する。しかし、前記第二の一(3)(四頁)のとおり、b社に対する譲渡は無効であることが確定しているから、原告に本件株式譲渡による売却益は生じない。被告らの主張は前提を欠くものであるから、失当である。

(4)  遅延損害金の起算日について

原告は、本件株式譲渡の日からの遅延損害金を請求する。しかし、会社法四二三条一項に基づく取締役の責任は、法定の損害賠償責任であって、期限の定めのない債務であるから、履行の請求がされた本件訴状送達の日の翌日である平成二三年四月一三日から遅滞に陥ることとなる。

三  結論

以上によれば、原告の請求は主文の限度で理由がある。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田亨 裁判官 西村欣也 諸井明仁)

別表一 a社株主構成表<省略>

別紙 親族関係図<省略>

別表二 株式譲渡一覧表<省略>

別表三 DCF法算定過程<省略>

別表四 WACCの算定過程<省略>

別紙 修正貸借対照表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例