大阪地方裁判所 平成23年(ワ)5986号 判決 2012年5月30日
原告
X1他2名
被告
Y保険株式会社
主文
一 被告は、原告X1に対し七五〇万円、同X2に対し三七五万円、同X3に対し三七五万円、及び各金員に対する平成二二年一二月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告X1に対し七五〇万円、同X2に対し三七五万円、同X3に対し三七五万円、及び各金員に対する平成二二年一一月一二日から支払済みまで年六%の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故により死亡したA(昭和一三年○月○日生。以下「亡A」という。)の法定相続人である原告らが、保険会社である被告に対し、死亡保険金の支払を求める事案である。
一 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 保険契約の存在
ア 亡Aと被告との間で、概要次のとおりの保険契約が締結されていた(以下「本件保険契約」という。)。
契約日 平成一八年一月一日
保険証券番号 <省略>
保険の種類 普通傷害保険
保険者 被告
加入者 亡A
被保険者 亡A及び原告X1(以下「原告X1」という。)
死亡保険金額 一五〇〇万円
死亡保険金受取人 法定相続人
補償期間 平成二二年一月一日~平成二三年一月一日(毎年更新)
イ 本件保険契約に適用される傷害保険普通保険約款第三条一項一号は、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨を定めている(以下「本件故意重過失免責条項」という。)。(乙一)
(2) 交通事故(保険事故)の発生
ア 平成二二年九月九日午前一〇時〇分頃、埼玉県狭山市大字笠井二〇八六番地三付近の首都圏中央連絡自動車道内回り線六七・五キロポスト付近路上(以下「本件高速道路」という。)において、高速道路上に停止していた亡A運転の事業用普通貨物自動車(以下「A車」という。)に、B(以下「B」という。)運転の自家用普通貨物自動車(以下「B車」という。)が追突する交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。(甲二、乙二)
イ 亡Aは、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫等の受傷をしたため、同年九月二九日に死亡した。(乙六)
ウ 本件事故に至る経緯や事故状況等は、次のとおりである。(甲四、乙二、三、七ないし一三)
(ア) 本件事故現場付近の状況は、概要別紙図面のとおりである。本件高速道路の本線(最高速度規制時速八〇km)は、片側二車線で、その左側に路側帯が設けられている。本件事故現場付近は、パーキングエリアへの進入路(減速車線)が増設されており、本線と進入路との間にゼブラゾーン(その先では路側帯となる。)が設けられ、進入路の左側に路側帯が設けられている。本件事故現場付近は、相当手前から直線で、見通しを妨げるような障害物はない。また、本件事故当時、本件事故現場付近の天候は晴であり、交通量は普通程度であった。
(イ) 運送業を営んでいた亡Aは、A車の助手席に原告X1を乗せて埼玉に物品配送して帰阪中、本件高速道路の追越車線を時速八〇~九〇kmで走行していたところ、原告X1が空気入れ替えのために空けた窓から、ダッシュボード上に置いていた受取伝票が走行車線方向に飛んでしまった。
(ウ) 原告X1は、受取伝票がないと運送代金を受け取れなくなると思い、亡Aに、A車を停止するよう言ったのに対し、亡Aは、危ないからこんなところでは止められないと言い、原告X1が、受取伝票があるから止めてと更に言うと、亡Aは、A車をそのまま本件事故現場付近の追越車線上に停車させた(なお、その際にハザードランプを点灯させたか否かは不明である。)。
(エ) そして、原告X1は、A車から降りたところ、後方からトラックが走行して来るのが見えたため、停止してもらうために手を挙げたところ、トラックが走行車線で減速してくれたため、走行車線内に入って伝票を拾った。その時、トラックの右側の追越車線にB車が見えてすぐに、A車にB車が追突した。
(オ) B車は、本件高速道路の追越車線を、前車(トラック)と約一五mの車間距離で時速約八〇kmで走行中、前車(トラック)が走行車線へ車線変更を始めた(その時の前車(トラック)の位置は、追越車線上で停止していたA車の約五八・一m手前であり、B車の位置は、A車の約七三・二m手前である。)ところ、Bは、前車が同人にとって珍しいトラックであったため、進路変更していく前車(トラック)を目で追いかけてしまい、視線を進路前方に戻した際(その時のB車の位置は、別紙図面の③であり、A車の約二六・八m手前である。)に、進路前方の追越車線上で停止しているA車に初めて気付き、咄嵯に強くブレーキを踏んだが、間に合わずに追突した。
(3) 死亡保険金請求
ア 原告らは、亡Aの法定相続人(原告X1が妻、原告X2及び原告X3が子)である。(甲五の一ないし九)
イ 原告らは、被告に対し、平成二二年一一月一一日、本件保険契約に基づき、死亡保険金の支払請求をしたが、その後、被告から、亡Aに重過失があるとして、保険金支払を拒否された。
二 原告らの主張
(1) 前提事実のとおり、保険事故(被保険者亡Aの交通死亡事故)が発生したため、死亡保険金受取人である法定相続人である原告らは、本件保険契約に基づき、死亡保険金一五〇〇万円の保険金支払請求権を有する。
よって、原告らは、被告に対し、本件保険契約に基づく死亡保険金一五〇〇万円(法定相続分により、原告X1が七五〇万円、同X2及び同X3が各三七五万円となる。)及びこれに対する保険金請求日の翌日である平成二二年一一月一二日から支払済みまで商事法定利率である年六%の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告は、重過失免責を主張するが、否認ないし争う。
本件の場合、走行車線上に落ちた伝票を回収するまでの短時間の停止であること、通行車両が少なく後続車もなく停止による切迫した危険がなかったこと、高速道路(厳密には自動車専用道路)であるものの最高速度規制時速八〇kmである上、昼間の見通しの良い直線道路であり、衝突回避は容易であること、仕事上重要な受取伝票を拾うための停止で、酌むべき事情があること、本件事故の直接の原因は、B車の車間距離不保持及び大きな脇見(距離にして四六・四m、時間にして約二・一秒もの脇見)であること、本件事故の過失割合は、A車:B車=四:六と考えられることからすれば、亡Aには、本件事故発生につき、故意と同視すべき状況はないし、行為の危険性や反社会性ないし悪質性も高くはなく、保険金支払を行うことが信義則ないし公序良俗に反する状況もないのであり、高速道路の追越車線上で停止した等の点で注意義務違反はあるものの、「重大な過失」があるとまではいえない。
実際、亡Aは、被告以外(○○の人身傷害保険、a生命保険・b生命保険)とも保険契約を締結していたところ、いずれも重過失免責該当事案ではないとして保険金が支払われている。
三 被告の主張
(1) 原告らが原告ら主張の請求権を有することは、争う。
(2) 本件故意重過失免責条項により、被告は保険金支払義務を負わない。
すなわち、高速道路上で停車することは極めて危険なことであるため、高速道路においては原則として駐停車が禁止され、故障その他やむを得ない場合に限り路肩又は路側帯に駐停車することが許されているにすぎないし、本線車道等に停止した場合には、停止表示器材を設置する義務が課されている(道路交通法七五条の八第一項、七五条の一一第一項)ところ、亡Aは、原告X1から停止を求められた際に拒否していたもので、本件高速道路の追越車線上での停止が極めて危険であることを具体的に認識していたこと、停止した位置の左側にはゼブラゾーン及び路側帯があり、そこに停止させることができたこと、停止の動機は、車外に飛び出した受取伝票を妻に拾いに行かせるというものでやむを得ないものではないこと、追越車線上に停止させて走行車線側に取りに行くと両車線の通行を妨げることになって危険が増すこと、追越車線にはB車及びその前車(トラック)が後続していたこと、にもかかわらず、追越車線上で停止したこと、その際、停止表示器材を設置しなかったことからすれば、亡Aが本件高速道路の追越車線上で停止したことは、異常かつ無謀な行為で社会的非難の程度も極めて大きいものであり、本件故意重過失免責条項の「重大な過失」に該当するというべきである。
なお、加害者(B車)の過失の内容や過失割合等は、被保険者の重過失の判断とは関係しないし、他の保険会社が保険金を支払ったことをもって重過失はないということにはならない。
第三当裁判所の判断
一 「重大な過失」について
(1) まず、傷害保険契約は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって傷害を受けた場合に保険金を支払うことを主内容とする(すなわち、保険事故の発生によって保険契約者ないし被保険者側が利益を受けることになる。)ものであるところ、本件故意重過失免責条項は、いわゆる保険事故招致免責規定であり、その趣旨は、保険契約者等が故意または重過失によって保険事故を招致することは、契約当事者に求められる信義誠実の原則に反するものであり、社会的にも許されない公序良俗に反するものであるという点にあると解されることに照らせば、本件故意重過失免責条項にいう「『重大な過失』によって生じた傷害」とは、ほとんど故意に近い著しい注意義務違反によって当該保険事故(傷害)を招致した場合のみならず、その注意義務違反が極めて悪質重大なものであったり異常無謀なものであったり反社会的なものであったりするために当該保険事故(傷害)を自ら招致したのも同然であると評価し得る場合を含む(このような場合にまで保険金請求を行うことや保険金支払を行うことは、信義誠実の原則や公序良俗に反する。)ものと解するのが相当である。
他方、傷害保険契約は、急激かつ偶然な外来の事故を適用対象とするもので、保険事故につき無過失または軽過失があるにすぎない場合のみを適用対象とするのではなく、過失がある場合全般を適用対象とし、その上で、本件故意重過失免責条項によって、上記趣旨から故意・重過失がある場合を免責事由として適用除外とするものであるから、そこにいう「重大な過失」には、当該注意義務違反の内容程度が相当程度に重いものであったとしても、それが信義則違反であるとも公序良俗に反するものであるともいえないような場合は含まれないものと解するのが相当である(このような場合にまで免責を認めることは、上記趣旨を超えて免責範囲を不当に拡大しすぎるもので、多くの保険事故が免責対象ということになりかねず、妥当でない。特に、保険事故が交通事故の場合は、双方に過失があるのが通常であり、一方ないし双方に通常想定されるよりも重い過失があると評価される場合も多々ある(なお、実務上、損害賠償額を算定する前提としての交通事故当事者間の過失割合を検討する場面においてではあるが、通常想定されるよりも重い過失について、著しい過失と重過失とを区別する取扱が数十年も前から慣行的に行われていることは、公知の事実といえる。)ところ、それらを全て免責対象とするのでは、保険適用における原則と例外とを逆転させることになりかねず、不適切である。)。
(2) これを本件についてみるに、前提事実によれば、亡Aは、本件高速道路の追越車線上に、そこにA車を停止させることが危険なことであることを認識しながら、また、左側にはゼブラゾーンや路側帯があることも当然認識しながら、飛んで行った受取伝票を拾うためという理由(停止することがやむを得ない場合とはいえない。)で、A車を停止させ、その結果、本件事故が生じたのであるから、亡Aには、本件事故につき、軽過失に止まらない相当大きな注意義務違反があるといわざるを得ない。
しかし、亡AがA車を停止させるために減速して停止し、その後、原告X1が助手席から降りて、後方から走行してくるトラックに気付いて、手を挙げて合図をし、トラックが減速してくれたので、その間に受取伝票を拾ったという経緯であることに照らせば、亡AがA車を停止させようとした時点ないし停止させた時点においては、後続車とは相当程度の距離があり、少なくとも後続車が間近に迫っていたという状況にはなかったものと推認できる。また、その際に亡Aが念頭に置いていた停止時間は、原告X1が受取伝票を拾うまでのせいぜい数秒~数十秒程度と推認でき、それ故に、A車を左側にあったゼブラゾーンや路側帯に寄せることなく、そのまま追越車線上に停止させたものと推認できる。そして、一般に、高速道路上での停止は危険であるものの、通行量が多くはない状況で、かつ、後続車とも相当程度の距離が空いている状況で、車両を停止させたとしても、直ちに追突事故が発生することは稀であって、後続車は、停止車両を認めて減速して停止したり車線変更して通過したりするのが通常であり、停止時間が長くなり後続通過車両の数が増えるうちに、上記のような回避措置を怠って追突してしまう車両が出て来て、事故に至るというケースが多いものと考えられる。そうすると、亡Aは、A車を停止させることが危険なことであることを認識していたといっても、それは一般的抽象的に高速道路上で停止することが危険なことであることを認識していたというに止まり、具体的に追突事故(本件事故)が発生することまでは予見しておらず、むしろ、通行量も多くはない中で、せいぜい数十秒程度の短時間の停止であるため、その間には後続車は来ないか、せいぜい数台程度の車両が来る程度で、それらの車両も減速して停止するなり車線変更するなりしてくれるであろうから大丈夫であろう、実際に事故になることはまずないであろうと考えて、本件高速道路の追越車線上にそのままA車を停止させたものと推認するのが相当である。
そして、実際に、原告X1は後続のトラックが減速してくれている間に受取伝票を拾ったのであり、B車も脇見(距離にして約四六・四mもの間の脇見)をすることなく進路前方を見て走行していれば、前車(トラック)が走行車線への車線変更をしている間に進路前方で停止しているA車を認めて減速するなどしたはずであり、その間にA車は、原告X1を乗せて発進することができたはずであったと考えられるのであり、本件事故は、A車の停止後、折り悪くわずか二台目の後続車(B車)が前車(トラック)との車間距離不保持で走行してきた上に脇見をするという稀な出来事が重なったために発生したものといえるし、亡Aにおいて、このような稀な出来事が重なって本件事故が発生することを具体的に予見することは、必ずしも容易なことではなかったといえる。
そうすると、上記状況下で亡AがA車を本件高速道路の追越車線上に停止させたことは、本来的に事故発生の具体的危険性が極めて高いものであったとまではいえないし、その結果として本件事故が発生することを具体的に予見することが極めて容易であったとまではいえないのであり、一般的抽象的危険性の高い極めて軽率な相当大きな注意義務違反行為であるとの誹りは免れないものの、亡Aに、本件事故発生につき、ほとんど故意に近い著しい注意義務違反があったとはいえないことはもとより、その注意義務違反が極めて悪質重大なものとも、異常無謀なものとも、反社会的なものともいえず、当該保険事故を自ら招致したのも同然であると評価することもできない(保険金請求を行うことや保険金支払を行うことが、信義則や公序良俗に反するということはできない。)というべきである。
(3) したがって、亡Aに、本件故意重過失免責条項にいう「重大な過失」があったとは認められないのであり、本件事故に本件故意重過失免責条項が適用される旨の被告の主張は採用できない。
二 原告らの保険金支払請求権について
以上のとおり、本件事故に本件故意重過失免責条項は適用されないところ、前提事実によれば、保険事故(被保険者亡Aの交通死亡事故)が発生したため、死亡保険金受取人である法定相続人である原告らは、本件保険契約に基づき、死亡保険金一五〇〇万円(法定相続分により、原告X1が七五〇万円、同X2及び同X3が各三七五万円となる。)の支払請求権を有することとなる。
また、証拠(乙一)によれば、傷害保険普通保険約款第二八条により、原則的な保険金の支払時期は、請求完了日からその日を含めて三〇日以内と定められていることが認められるから、遅延損害金の起算日は、保険金請求日である平成二二年一一月一一日からその日を含めて三〇日後の翌日である同年一二月一一日となる。
三 結語
よって、原告らの本件請求は、本件保険契約に基づき、原告X1が七五〇万円、同X2及び同X3が各三七五万円、及び各金員に対する平成二二年一二月一一日から支払済みまで商事法定利率である年六%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中俊行)