大阪地方裁判所 平成23年(ワ)7887号 判決 2012年9月27日
原告
株式会社コスモライフ
同訴訟代理人弁護士
平尾宏紀
同訴訟代理人弁理士
東尾正博
同
中谷弥一郎
被告
株式会社ザ・トーカイ
補助参加人
エア・ウォーター株式会社
上記2名訴訟代理人弁護士
上田裕康
同
重冨貴光
同
黒田佑輝
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)及び別紙ロ号物件目録記載の物件(以下「ロ号物件」という。)を製造し,販売し,販売の申し出をし,又は輸入してはならない。
2 被告は,イ号物件及びロ号物件を廃棄せよ
3 被告は,原告に対し,1920万円及びこれに対する平成23年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「飲料ディスペンサ用カートリッジ容器」とする特許第4113871号の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が,ウォーターサーバー用のカートリッジ容器であるイ号物件に飲料水を充填した製品であるロ号物件を販売等する被告の行為が,本件特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法100条1項,2項に基づき,イ号物件及びロ号物件の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為に基づき,損害賠償金1920万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成23年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 判断の基礎となる事実
以下の事実については,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨より認められる。
(1) 当事者
ア 原告は,飲料水を製造販売し,飲料水のディスペンサを貸与することを主たる事業とする会社である。
イ 被告は,飲料水を製造販売し,飲料水のディスペンサを貸与するほか,液化石油ガスや高圧ガスの販売等を事業とする会社である。
ウ 補助参加人は,飲料水用の容器の製造,販売その他を事業とする会社である。
(2) 本件特許権
ア 原告は,本件特許権を有しており,その内容は下記のとおりである(以下,下記の特許を「本件特許」という。また,下記特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明を「本件発明」といい,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)。
記
登録番号 第4113871号
発明の名称 飲料ディスペンサ用カートリッジ容器
出願日 平成16年11月8日
登録日 平成20年4月18日
特許請求の範囲
【請求項1】
「底部と側壁部と飲料の出し入れ口となる筒口部が設けられた頂部とから成り,前記筒口部を下向きにして飲料ディスペンサの供給口に接続され,充填された飲料を飲料ディスペンサに供給する飲料ディスペンサ用カートリッジ容器において,少なくとも前記側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし,前記筒口部を上向の状態で吊り下げ係止する係止部を設け,前記筒口部を含む頂部を厚肉に形成して,前記飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって,前記筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,前記柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたことを特徴とする飲料ディスペンサ用カートリッジ容器。」
イ 本件発明は,次の構成要件に分説することができる(以下記号に従い「構成要件A」などという。)。
A 底部と側壁部と飲料の出し入れ口となる筒口部が設けられた頂部とから成り,
B 前記筒口部を下向きにして飲料ディスペンサの供給口に接続され,
C 充填された飲料を飲料ディスペンサに供給する飲料ディスペンサ用カートリッジ容器において,
D 少なくとも前記側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし,
E 前記筒口部を上向の状態で吊り下げ係止する係止部を設け,
F 前記筒口部を含む頂部を厚肉に形成して,
G 前記飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって,前記筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,前記柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたことを特徴とする
H 飲料ディスペンサ用カートリッジ容器。
(3) 被告の行為
被告は,遅くとも平成23年3月末から,補助参加人が製造したイ号物件を買い受け,業としてイ号物件に飲料水を充填してロ号物件を製造し,これを販売し,販売の申し出をしている。
イ号物件の図面は,別紙イ号物件図面記載のとおりである。
2 争点
(1) イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2) 原告の損害(争点2)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
(1) イ号物件の構成について
イ号物件の構成は,別紙イ号物件の構成(原告の主張)記載のとおりである(以下,イ号物件の構成のうち同別紙の各記号に該当する個所を,同記号に従い「構成a」などという。)。
(2) イ号物件の構成要件充足性について
イ号物件が構成要件A,B,C,E及びHを充足することは明らかであり,以下に述べるとおり,イ号物件の構成dは構成要件Dを,構成fは構成要件Fを,構成gは構成要件Gをいずれも充足するから,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。
ア 構成要件Dについて
(ア) 構成要件Dの解釈
本件発明は,側壁部を折り畳みできるようにすることによって,空容器の運送効率を良くすること,及び係止部で筒口部の位置を安定に保持して飲料を注入する際に,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにすることの2つの作用効果を奏するためのものであり,構成要件Dの側壁部の柔軟性は,この2つの作用効果を奏するために必要な程度のものをいうから,側壁部が折り畳み可能であり,かつ,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張する程度の柔軟性を意味する。
被告は,構成要件Dの側壁部の柔軟性について,飲料が入っていない状態で筒口部を上向きにした際,側壁部がそれ自体として直立しないとの意味であると主張するが,理由がない。
また,本件明細書の特許請求の範囲には,側壁部に柔軟性を持たせるための手段については何らの記載もなく,側壁部を薄肉に形成することによって得られるものに限られるとの被告の主張も理由がない。
(イ) 構成d
イ号物件の構成dは,側壁部3に上下方向に伸縮可能な蛇腹部3aを設けて折り畳み可能とされ,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するものであるから,前記(ア)の柔軟性を有しており,構成要件Dを充足する。
イ 構成要件Fについて
(ア) 構成要件Fの解釈
構成要件Fの「頂部を厚肉に形成して」は,筒口部を下向きにした状態で飲料ディスペンサの供給口に筒口部を接続する際に,筒口部が上方に逃げるのを防止する程度に,頂部を厚肉に形成することを意味するものである。
構成要件Fについて,薄肉に形成された側壁部の存在が前提である,あるいは,頂部全体を側壁部に比べて厚肉に形成することを意味するとの被告の主張は理由がない。
(イ) 構成f
イ号物件の構成fは,頂部5のうち筒口部4の周りの少なくとも容器外径の70%よりも内側に位置する部分が0.2mm以上の厚みを有するように形成され,筒口部を下向きにした状態で筒口部を飲料ディスペンサの供給口に接続する際に,筒口部が上方に逃げるのを防止することができる程度の剛性を有しているから,構成要件Fを充足する。
ウ 構成要件Gについて
(ア) 構成要件Gの解釈
構成要件Gは,本件発明のカートリッジ容器は,側壁部に柔軟性を持たせていることから,飲料ディスペンサに飲料が供給されるにしたがって大気圧で圧縮され,好ましくない態様で変形し,下方へ崩れることを防止するため,飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって囲われることを内容とするものであり,飲料が入っていない状態で筒口部を上向きにした際に側壁部が直立するかどうかの問題ではない。
(イ) 構成g
飲料が入ったイ号物件(以下,カートリッジ容器の構造を問題にする場合は飲料が入っていても「イ号物件」といい,飲料が入った製品を指すときは「ロ号物件」という。)を飲料ディスペンサに接続して,飲料ディスペンサに飲料の供給を開始すると,カートリッジ容器1の内部から飲料が流出した分だけカートリッジ容器1内は減圧し,カートリッジ容器1は相対的に高圧となった大気圧によって圧縮されて変形し,その変形は流出量が増大するに伴って次第に大きくなって,カートリッジ容器1の側壁部3は硬質カバー14に接触し,それ以上の変形による傾きが防止される。
イ号物件の構成gで,硬質カバー14はカートリッジ容器1を支持する役割を有するから,イ号物件は本件発明の構成要件Gを充足する。
【被告の主張】
(1) イ号物件の構成について
イ号物件の構成d,f及びgについては,以下のとおり特定されるべきである。
ア 構成d
側壁部3を含むカートリッジ容器1全体が剛性のあるペット樹脂で一体成形されているため,側壁部3は柔軟性を持っておらず,飲料水が入っていない状態で筒口部4を上向きにすると側壁部3が直立し,カートリッジ容器1全体が自立する。側壁部3を折り畳み可能とするために,側壁部3の上下方向に伸縮可能な蛇腹部3aが複数設けられている。
イ 構成f
カートリッジ容器1はブロー成形によって,筒口部4を含む頂部5,側壁部3及び底部2が一体形成されている。ブロー成形による一体形成の結果として,頂部5のうち筒口部4及び筒口部4に近接する部分の厚みは側壁部3の厚みよりも大きく形成されているものの,頂部5のうち筒口部4及び筒口部4に近接する部分を除いた部分の厚みは,側壁部3の厚みとほぼ均一の厚さを有しているとともに,少なくとも一部においては側壁部3の厚みよりも小さく形成されている。頂部5には筒口部4を中心として側壁部3に向かって等間隔に放射状に延びる16本の隆起したリブ5aが形成されている。
ウ 構成g
ウォーターサーバー12にセットしたときに,筒口部4の周りの頂部5は,前記各リブ5aが,ウォーターサーバー12の供給口12aの周りに環状に設けられた受け体13に接触して支持される一方,側壁部3は,ウォーターサーバー12の受け体13の周りに設けられた略円筒状の硬質カバー14に支持されることなく自立している。
(2) イ号物件の構成要件充足性について
以下に述べるとおり,イ号物件は,構成要件D,F及びGをいずれも充足しないから,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属しない。
ア 構成要件Dについて
(ア) 構成要件Dの解釈
本件明細書には,「このように側壁部に柔軟性を持たせたカートリッジ容器は,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立せず,かつ,筒口部の位置も不安定となるので,飲料の充填に非常に手間がかかる問題がある」との記載があり【0005】,これによれば,運送効率が悪いという従来の課題を解決するため,側壁部に柔軟性を持たせることによって折り畳み可能とした容器が,「筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立」しないという性状を持つことが明示されている。
本件発明はこのような性状を持つ容器を前提として,それ自体として直立しない側壁部を支持するための各種の手段を講じたものであるから,構成要件Dにおける「柔軟性」の程度は「筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立」しないとの性質を有するものであり,そのような柔軟性を持たない部材は構成要件Dを充足しない。
また,本件明細書に,カートリッジ容器の頂部に関し,「カートリッジ容器の側壁部と底部を薄肉に形成したが,側壁部のみを薄肉に形成してもよい」とされる一方【0019】,頂部について,「剛性を持たせるために,厚肉に形成されている」と説明されていること【0012】,本件明細書に記載された先行出願の内容(特願2004-293288,特開2006-103758)を考慮すると,構成要件Dにいう「柔軟性」は,側壁部を薄肉で形成することによって実現されるものに限られると解するのが相当である。
(イ) 構成d
イ号物件は,剛性のあるペット樹脂を利用して製品全体を形成しており,飲料が入っていない状態で,筒口部を上向きにして置いても,側壁部が直立し,全体として自立する。
また,イ号物件は,側壁部に蛇腹を設けることにより折り畳みを可能としているのであって,側壁部を薄肉に形成して柔軟性を持たせることによって折り畳みを可能としているのではない。
よって,イ号物件の構成dは,構成要件Dを充足しない。
イ 構成要件Fについて
(ア) 構成要件Fの解釈
本件発明は,側壁部を薄肉に形成して柔軟性を持たせたことによって,容器を支持する必要が生じ,かかる課題を解決するための一つの手段として,構成要件Fの「頂部を厚肉に形成して」との構成を備えていると解される。したがって,構成要件Fは,構成要件Dの充足,すなわち側壁部を薄肉に形成することによって柔軟性を持たせることを前提として,頂部を厚肉に形成することによって剛性を持たせる構成を備えていることになる。
また,構成要件Fは,厚肉に形成されるべき部位を何ら限定していないから,頂部全体が側壁部に比して厚肉に形成されている必要がある。
(イ) 構成f
イ号物件は,側壁部が薄肉であって柔軟性があるとの構成を有さず,したがって,構成要件Fの「厚肉」充足性の比較対象となる「薄肉」部分を有しないから,構成要件Fの「頂部を厚肉に形成して」の文言を充足することもない。
また,試験成績書(乙6)によれば,イ号物件では,頂部の多くの部分の厚みは,側壁部の厚みと比して変わるところがなく,むしろより薄い部分すら存するから,頂部全体が側壁部に比して厚肉であるとはいえない。
よって,イ号物件の構成fは,構成要件Fを充足しない。
ウ 構成要件Gについて
(ア) 構成要件Gの解釈
構成要件Gは「前記飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって,前記筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,前記柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにした」とするものであり,支持枠によって,筒口部の周りの頂部が支持されること,支持枠によって,柔軟性をもたせた側壁部が下方へ崩れないように囲われることの双方が認められなければ,構成要件Gを充足しないことは,文言上明白である。
そのうち,支持枠によって,前記柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたとの要件について,まず,イ号物件の側壁部が,本件発明にいう柔軟性を有しないことは前述のとおりである。
また,「下方へ崩れない」との構成要件は,本件発明では,側壁部が直立しない程度の柔軟性を持っているため,飲料ディスペンサに飲料が供給されることによって内部の圧力が下がり,自然にカートリッジ容器が折り畳まれる際に,カートリッジ容器が好ましくない態様で変形し,飲料が円滑に供給されなくなる等のおそれがあることから,これを防止するため,側壁部を支える支持枠を設けたものと解されるところ,カートリッジ容器が垂下方向に圧縮された場合には,飲料が正常に供給されない等の不都合は生じないから,上記構成要件については,「下側方への崩れ」を防止するために,カートリッジ容器の側壁部を支持枠によって囲うことを内容とするものと解するのが相当である。
(イ) 構成g
イ号物件をサーバーにセットした場合,頂部は受け体13に支持されるため,受け体13が本件発明でいう支持枠に該当し,「前記筒口部の周りの頂部が支持される」との構成を備えていることは認めるが,被告製品の側壁部3は自立しており,下側方へ崩れを防止するため,硬質14によって囲われていないから,イ号物件の構成gは,構成要件Gを充足しない。
2 争点2(原告の損害)について
【原告の主張】
(1) 被告によるロ号物件の販売形態は,契約した顧客にロ号物件を宅配するものであるところ,被告は平成23年3月末から同年4月末までの約1ヶ月間でこれを1万件契約し(甲7),1ヶ月あたりのロ号物件の販売本数は,1件の契約につき2本を下らない。被告は,飲料水とその容器が一体となったロ号物件を需要者に販売するから,容器であるイ号物件の単価ではなく,ロ号物件の単価を基礎に算定すべきところ,ロ号物件の販売単価は1600円である(甲8)。
(2) 被告による平成23年3月末から同年6月末までの約3ヶ月間のロ号物件の売上総額は9600万円を下らず,その利益率は売上高の20%を下ることがないので,ロ号物件の販売による被告の利益額は1920万円を下らず,これが原告の損害と推定される(特許法第102条第2項)。
(3) 仮にそうでないとしても,原告は,被告によるロ号物件の販売によって,その売上総額の20%である1920万円の額を下らない実施料相当額の損害を受けている(特許法第102条第3項)。
【被告の主張】
すべて,否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,イ号物件は少なくとも本件発明の構成要件D及びGを充足せず,したがって,被告が製造,販売等するロ号物件は,本件発明の技術的範囲に属しないと判断する。以下その理由を述べる。
1 イ号物件,ロ号物件及び本件発明
後記証拠及び弁論の全趣旨(前記第2の1の事実を含む。)によれば,以下の事実が認められる。
(1) イ号物件は,補助参加人が,PET(ポリエチレンテレフタレート)の射出成形で得られたプリフォームをブロー金型に挿入し,高圧エアを吹き込んで延伸するブロー成形によって作成したものであり,側壁部には蛇腹部が,頂部にはリブが形成される。イ号物件の側壁部の厚さは0.15ミリ前後である。補助参加人は,側壁部の蛇腹を利用してイ号物件を折り畳み,被告の工場まで輸送する(乙2,6,弁論の全趣旨)。
(2) 被告は,富士山麓朝霧高原の水を表す「朝霧のしずく」の名称で飲料水を販売しているが,事業所に近い静岡県内の利用者に対してはボトルを回収して再使用するリターナブル方式により,それ以外の利用者に対してはボトルを回収しないワンウェイ方式により飲料水を提供している。被告は,補助参加人から納入されたイ号物件に飲料水を充填し(その際,畳まれていたイ号物件は伸長する。),「朝霧のしずく」のワンウェイ方式の商品として,ロ号物件を販売している。利用者は,被告と契約を締結して専用のウォーターサーバーのレンタルを受け,被告は,前記ウォーターサーバーを設置した者にのみロ号物件を販売する。リターナブル方式では,使用後のボトルは回収され,洗浄・殺菌後に再利用されるため,剛性のある容器が使用されるが,ロ号物件については,利用者が,自らボトルをつぶして廃棄することが予定されている(甲4,6,10)。
(3) PETボトルの特徴は,透明性及び光沢のよさが食品容器として適していること,炭酸ガス,酸素などのバリア性がよいことのほか,缶やガラスに比べて軽量で,衝撃強度及び剛性に優れ,取り扱いやすいこと等である(乙2)。
(4) 本件明細書の発明の詳細な説明欄には,発明の効果として「本発明の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は,少なくとも側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし,筒口部を上向の状態で吊り下げ係止する係止部を設けたので,空容器の運送効率を良くするとともに,係止部で筒口部の位置を安定に保持して,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし,飲料を容易に充填できるようにした」ことが記載されているが(【0010】),本件特許について,原告は,平成16年11月の当初出願時点では,特許請求の範囲として構成要件AからEまでとHに相当する内容のみを記載していたところ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとして拒絶査定を受け,特許請求の範囲に構成要件F及びGに相当する内容を加える補正をして審判請求したところ,平成20年3月に特許査定を受けた(甲2,乙1)。
2 構成要件Dについて
(1) 構成要件Dの解釈
構成要件Dは,「少なくとも前記側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし」というものである。本件明細書の発明を実施するための最良の形態の欄には,側壁部について,「底部2,側壁部3および飲料の出し入れ口となる筒口部4の設けられた頂部5が,熱可塑性樹脂であるポリエチレン樹脂で一体に形成され」(【0011】),「前記底部2と側壁部3は柔軟性を持たせるために薄肉に形成され」(【0012】),「上述した実施形態では,カートリッジ容器の側壁部と底部を薄肉に形成したが,側壁部のみを薄肉に形成してもよい」(【0019】)といった記載はあるものの,特許請求の範囲の欄に,柔軟性の程度や柔軟性を実現する方法についての記載は存しない。
そこで検討するに,本件明細書の記載及び前記1(4)で認定した補正の経緯によれば,全体に剛性のある従来の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は,使用後に再使用や廃棄のために運送するのに嵩張り,運送効率が悪いとされていたところ,原告は,まず,先行出願(特願2004-293288)により,少なくとも容器の側壁部に柔軟性を持たせ,側壁部を折り畳み可能とすることで前記課題を解決し得る旨を提案していたが,その後,容器の側壁部に柔軟性を持たせたために,飲料を充填する際に側壁部が直立せず,筒口部の位置も不安定になり,飲料の充填に非常に手間がかかるとの新たな課題,あるいはカートリッジ容器を下向きにして飲料ディスペンサに接続した際に,側壁部が下方に崩れるとの新たな課題が生じたため,筒口部を上向の状態で吊り下げ係止する係止部を設ける構成要件E,筒口部を含む頂部を厚肉に形成する構成要件F,支持枠によって,筒口部の周りの頂部を支持する共に,側壁部が下方へ崩れないよう囲われるようにする構成要件Gを加え,本件特許を取得したものと解される。
そうすると,構成要件Dにおける側壁部の柔軟性は,運送効率が悪いとの剛性のある容器の課題を解決するものではあるものの,この点は前記先行出願と同じであり,むしろ,構成要件E,F,Gで解決すべき課題の前提となる点に意義があると解されるから,ここにいう柔軟性は,飲料を充填する際に側壁部が直立せず,筒口部の位置が不安定となるような側壁部の柔軟性,あるいは,飲料ディスペンサに接続した際に,側壁部が下方に崩れるような柔軟性を意味するものと解さざるを得ないが,そのような柔軟性を実現する方法について格別の限定はなく,素材の強度,素材の厚み,形状,加工等のいずれの方法によってもよいと解される。
(2) 構成d及びその構成要件充足性
イ号物件については,前記1(2)及び(3)で認定したとおり,側壁部に設けられた蛇腹を利用して,補助参加人がイ号物件を折り畳んで運搬すること,飲料充填の際に伸長すること,使用後は利用者がつぶして廃棄することが認められ,その意味における側壁の柔軟性はあり,折り畳むことも可能である。
反面,前記1(3)のとおり,PETボトルの特徴は,缶やガラスに比べて軽量で,衝撃強度及び剛性に優れることであるとされ,証拠(乙3,4の1及び2)によれば,イ号物件の側壁部は,飲料を充填しない状態において直立していることが認められる。
イ号物件に飲料を充填する際,折り畳まれた側壁は伸長されることになるが,これは,前記認定のとおり,運搬の便宜のために意図的に折り畳んだ結果であり,イ号物件の側壁に上記程度の剛性が認められることからすると,飲料を充填する際に,自然に圧縮されるなどして側壁部が直立せず,筒口部が不安定となるほど柔軟であるとは認められない。
以上によると,イ号物件の構成dは,本件発明の構成要件Dを充足しない。
3 構成要件Gについて
(1) 構成要件Gの解釈
構成要件Gは,「前記飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって,前記筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,前記柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにした」というものであるが,文言上,支持枠は,筒口部の周りの頂部を支持するとともに,柔軟性のある側壁部が下方へ崩れないよう囲うという,双方の機能を有すべきものと解される。このうち,支持枠によって筒口部の周りの頂部が支持されることの意義について争いはないが,支持枠によって側壁部が下方へ崩れないように囲われることの意義については争いがあり,本件明細書にも,この点について述べた部分は存在しない。
そこで,構成要件Gの後段の意義について検討するに,証拠(甲13の2,14の5,乙4の1及び2,乙7の2,原告側の実験の問題点は後述する。)によれば,カートリッジ容器が飲料を排出する際に側方に傾き,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になった場合は,最後まで飲料を排出できないとの問題が生じるが,圧縮が均等に生じ,単に上下方向に折り畳まれた場合には,最後まで飲料を排出できることが認められる。
そうすると,構成要件Gの後段にある「側壁部が下方へ崩れ」とは,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮される際に,側壁部が側方に傾くことで,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態を想定した上で,そのような状態とならないよう,支持枠が側壁部を囲い,これを支持することを意味すると解するのが相当である。
(2) 構成g及びその構成要件充足性
イ号物件をサーバーにセットした場合,頂部が受け体13に支持され,受け体13が構成要件Gの支持枠に該当することは争いがない。
他方,イ号物件では,受け体は側壁部に接しておらず,側壁部の周囲には,略円筒状の硬質カバー14が存在し,原告は,これも構成要件Gの支持枠にあたると主張するが,証拠(乙4の1及び2)によれば,イ号物件を通常の方法で使用し,飲料を排出した場合,ほぼ均等に圧縮が生じ,最後まで飲料は排出される一方,硬質カバーが側壁部を支持するといった様子は認められない(なお,側壁部の一部が硬質カバーに接触することはあっても,これをもって,硬質カバーが側壁部を支持するとはいえない。)。
原告が行った実験では,飲料の排出に伴い,イ号物件は側方に傾き,支持枠によって支持されない限り,イ号物件の一部は筒口部よりも下になるため,硬質カバーは側壁部を支持する機能を有するとされるが(甲13の2,14の5),この実験は,本来の専用機から構成要件Gの支持枠の一部にあたる受け体までを除去した改造ディスペンサを使用したものであり,頂部が受け体13に支持され,受け体13が構成要件Gの支持枠に該当することは前述のとおり争いのない前提であるにもかかわらず,これと矛盾し,イ号製品の通常の使用とも異なる状態をことさら作出したものであるから,採用できない。
以上によれば,飲料を排出した際に,側壁部が側方に傾くことで,イ号物件の一部が筒口部より下になることのないよう,イ号物件の硬質カバーが,イ号物件の側壁部を囲い,支持しているとは認められず,イ号物件の側壁部に,硬質カバーによる支持を必要とするような柔軟性があるとも認められないから,イ号物件の構成gは,本件発明の構成要件Gを充足しない。
4 小括
以上検討したところによれば,イ号物件は補助参加人が製造し,被告に販売するものであるから,被告に対し,イ号物件の製造等の差止めを求める請求はそもそも失当であり,イ号物件及びこれに飲料を充填したロ号物件は,いずれも本件発明の技術的範囲に属するとは認められないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はすべて理由がないことに帰する。
第5結語
よって,原告の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 網田圭亮)
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