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大阪地方裁判所 平成23年(ワ)7962号 判決 2012年5月29日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、一三四万四三五五円及びこれに対する平成二二年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三八四万六一九八円及びこれに対する平成二二年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の被用者が、被告の事業の執行として普通貨物自動車を運転中に、原告の運転する足踏み式自転車に衝突する交通事故を起こし、原告に損害を負わせたとして、原告が、被告に対し、使用者責任に基づき、損害賠償及びこれに対する上記事故日から支払済みまでの民事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

(1)  本件事故の発生(甲一)

ア 発生日時 平成二二年一二月二八日午前一一時一〇分ころ

イ 発生場所 大阪府高槻市八幡町四番三六号先路上

ウ 原告自転車 原告運転の足踏み式自転車

エ 被告車両 A(以下「A」という。)運転の普通貨物自動車(ナンバー<省略>)

オ 事故態様 Aが、停止中の被告車両の右側ドアを開けたところ、当該ドアに原告自転車が衝突した。

(2)  被告及びAの責任原因

Aは、停止中の被告車両の右側ドアを開けるに当たり、同車両右側を他の車両等が通行する可能性を予測することができたのであるから、右後方を確認して他の車両等と衝突が生じないようにする注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失により本件事故を発生させたものであるので、本件事故について不法行為責任を負う(弁論の全趣旨)。

Aは、被告の被用者であり、本件事故の際は被告の業務の執行中であったことから、被告は、本件事故について、使用者責任に基づき、原告に対して損害賠償責任を負う。

二  争点

(1)  過失相殺

(2)  原告の損害額

三  当事者の主張

(1)  争点(1)(過失相殺)について

(被告の主張)

原告は、被告車両の右側方わずか三〇センチメートルの位置を自転車で走行しているところ、本件事故現場付近道路の幅員が約五・三メートルであることにかんがみれば、このようにことさら被告車両の直近を走行する必要はなかったことから、仮に走行するのであれば、被告車両の中が良く見えなかったことから、ドアが開けられるかもしれないなどと予見し、前方を十分に注視して走行すべき義務があったというべきであるが、原告がこれを果たしていたとはうかがわれない。

したがって、本件事故の発生については、原告にも、前方注視義務違反等の過失が認められるから、少なくとも五ないし一〇パーセント程度の過失相殺がされるべきである。

(原告の主張)

原告は、本件事故当時、時速八ないし一〇キロメートルで原告自転車を運転して、本件事故現場に至るほぼ直線の一般道を南下していたところ、約二〇〇メートル手前で被告車両を視認し、ハザードランプが点灯していないことを確認するなど十分に注意して走行していたにもかかわらず、被告車両の右横約七〇センチメートルの位置を通過したときに、被告車両の右側ドアが一気に開いたことによりこれに衝突した。

当該事故態様からすれば、原告が事故を回避する余地は全くなかったというべきであるから、原告に過失は認められない。

(2)  争点(2)(原告の損害額)について

(原告の主張)

本件事故により原告の負った損害は以下のとおりである。

ア 治療費(a薬局) 二三三〇円

原告の自己負担分であり、これ以外については被告加入の保険会社が支払っている。

イ 交通費 六九〇円

原告は、自宅から二キロメートルの場所にあるb病院とc医院に二三日にわたり通院した。

二キロメートル×一五円×二三日(実通院日数)=六九〇円

ウ 休業損害 三五六万〇八〇五円

原告は、司法書士であり、司法書士一名、従業員一名、専従者二名の司法書士事務所を経営しているところ、本件事故による右股関節挫傷・捻挫の痛みから歩行が困難となり、平成二二年一二月二八日から平成二三年二月一八日までの五三日間、休業を余儀なくされた。その結果、取引決済予定であった不動産登記事件二件を辞任するはめになったばかりか、新規事件を受任することができず、平成二二年一二月には二四二万一七九三円あった売上げが、平成二三年一月には一万五九〇〇円に、同年二月には二七万四九一六円に落ち込んだ。

また、司法書士が就業できない状況であっても、係属中の事件関係者からの連絡は断続的に入ることから、事務所を閉めておくことはできず、事業維持のために固定経費の支出を余儀なくされた。当該固定経費のうち、広告宣伝費、諸会費等は、休業中も毎月定額の支払を余儀なくされる費目であるから、休業損害の算定基礎に加えることに合理性がある。また、原告の自宅のガレージを使用する自動車は、業務用にも使用しているから、これも休業損害の算定基礎に加えることに合理性がある。

原告の平成一九年度ないし平成二一年度までの申告所得及び固定経費の合計額は、以下のように、平成二一年度が一五九七万九二二三円(申告所得四七〇万四二八四円、専従者給与三三五万一〇〇〇円、給与五一〇万〇三五五円、家賃一五〇万一七〇九円、諸会費二五万三〇〇〇円、事業税九万〇二〇〇円、広告宣伝費八七万円、減価償却一〇万八六七五円の合計額)、平成二〇年度が二四九八万八三三五円(申告所得八六四万四八二九円、専従者給与二九八万三一七五円、給与九六五万七六〇九円、家賃一五一万八四一一円、諸会費一八万八九〇〇円、事業税六三万三一〇〇円、広告宣伝費一一三万〇四〇〇円、減価償却二三万一九一一円の合計額)、平成一九年度が三二六〇万〇六八九円(申告所得一五五六万二〇八八円、専従者給与二四〇万円、給与一一二三万四二七九円、家賃一五三万八九〇五円、諸会費一九万一五〇〇円、事業税四四万八八〇〇円、広告宣伝費八七万円、減価償却三五万五一一七円の合計額)であるところ、年度によって大きな変動があることからすれば、数年間の実績を平均して原告の所得額を算定すべきである。

上記金額の平均日額は六万七一八五円であるから、原告の休業損害は、上記金額となる。

(1597万9223円+2498万8335円+3260万0689円)÷3年÷365日=6万7185円

6万7185円×53日=356万0805円

エ 通院慰謝料 二八万二三七三円

原告は、本件事故により、右肩、左足関節、左手関節及び右股関節の打撲並びに右股関節部挫傷・捻挫の傷害を負い、b病院に平成二二年一二月二八日から平成二三年一月五日までの間通院し(実通院日数三日)、c医院に同月六日から同年二月一八日までの間通院した(実通院日数二〇日)ことからすれば、原告の通院慰謝料は、上記の金額が相当である。

(被告の主張)

ア 治療費(a薬局) 不知

これ以外の治療関係費として、被告加入の保険会社が、b病院に対して五万三五九六円、c医院に対して六万円を支払っている。

イ 交通費 不知

ウ 休業損害 不知ないし否認する

原告が受診した医療機関の診療録をみても、特に就業制限等の指示は見当たらないし、歩行の困難性と休業が相当であるかは直接には関係しない。およそ司法書士の業務内容からして、歩行が困難であるからといって、直ちに休業の必要性・相当性が認められるとは考えられない。

基礎収入については、原告については、平成一九年から平成二二年にかけて、それぞれ前年度の約五〇パーセントもの所得の減少が認められていること、本件事故による影響のない平成二二年度の所得金額は二六四万六〇二七円であることからすれば、仮に本件事故による原告の収入の減少が認められるとしても、それが直ちに本件事故によるものと認められるかは疑問であるから、慎重かつ控えめに認定されるべきである。また、上記の所得額の減少にかんがみれば、過去数年間の所得金額の平均をもって休業損害を認定することは相当ではなく、実質的には事故前年度となる平成二二年度の所得金額を基礎とすることが相当である。

また、原告は、申告所得額ではなく、申告所得額に固定費を含めた数額を基礎として休業損害を算定しているが、原告の主張する休業期間にも売上げが認められ、事務所を閉鎖して完全に業務を停止していたとはいえないこと、各固定費のうち、広告宣伝費や諸会費等、具体的内容や実際の支出の有無が不明な費目があるほか、自宅のガレージ代まで含まれていることなどにかんがみても、固定費を含めた数額を基礎として休業損害を算定することは相当ではない。

エ 通院慰謝料 否認ないし争う

高額にすぎる。

オ 損益相殺

被告加入の保険会社から、原告の治療関係費として、b病院に対して五万三五九六円、c医院に対して六万円が支払われていることから、同金額を本件事故による原告の総損害額に計上した上で、過失相殺後の損害賠償額より控除する必要がある。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(過失相殺)について

(1)  前記争いのない事実等に加え、本件証拠(甲一ないし四、一五、乙六(書証番号には枝番号を含む。以下同じ。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、幅員約五・三メートルの南北に走る道路(以下「本件道路」という。)である。

Aは、被告車両を、本件道路の東側端に寄せ、南向きに停止させていたが、ハザードランプを点灯させていなかった。

Aが、被告車両の右側ドアを開けたところ、同ドアが、同道路を南進して被告車両の右横を通過しようとした原告自転車に衝突し、原告は自転車もろとも転倒した。

(2)  上記認定事実を基に検討すると、被告が主張するように、原告が被告車両の右側方直近を走行したとは認めるに足りる証拠はないこと、原告が被告車両の右横を通行するに当たり、被告車両のドアが開けられることを予測すべき事情があったとは認められないことからすれば、本件事故の発生について、原告に過失相殺をするべき事情があるとは認められない。

(3)  したがって、被告の主張は理由がない。

二  争点(2)(原告の損害額)について

(1)  前記争いのない事実等に加え、本件証拠(甲七ないし一五、乙一ないし五、七、八)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告は、本件事故当日の平成二二年一二月二八日、大阪府高槻市<以下省略>所在のb病院(以下「b病院」という。)に救急搬送されて、右肩、左足関節、左手関節及び右股関節の打撲の傷害を負ったものとの診断を受けて、治療を受け、以後、同月二九日及び平成二三年一月五日にも受診して治療を受けた。

イ 原告は、上記の治療費として、平成二二年一二月二九日、a薬局に二三三〇円を支払った。

これ以外にも、原告の治療費として、b病院分五万三五九六円及びc医院分六万円が発生したが、被告加入の保険会社により支払われた。

ウ 原告は、平成二三年一月六日、同市<以下省略>所在のc医院に転院し、右股関節部挫傷、捻挫との診断を受けて、同日から同年二月一八日までの間、通院治療を受けた(実通院日数二〇日)。

エ 原告は、大阪司法書士会所属の司法書士であり、大阪市<以下省略>において、d司法書士事務所(以下「本件事務所」という。)を営んでいる。

本件事故当時、本件事務所所属の司法書士は、原告のみであった。

オ 原告は、本件事故による傷害のために、平成二二年一二月二八日から平成二三年二月一八日までの間、休業したが、この間も、本件事務所は開業して、従業員が依頼者からの連絡を受ける等しており、その売上金額は、同年一月が一万五九〇〇円、同年二月が二七万四九一六円であった。

カ 本件事務所の平成二二年度の決算内容は、以下のとおりであった。

(ア) 営業収入、経費等

a 営業収入 一九八六万七四六〇円

b 経費 一〇三八万四一七三円

c 専従者給与 六一八万七二六〇円

(イ) 経費の内訳

a 租税公課 六四万四二九五円

b 旅費交通費 四四万八〇三八円

c 通信費 七一万〇四二二円

d 広告宣伝費 一〇六万〇五二四円

e 接待交際費 四二万二八五九円

f 損害保険料 九万〇四七〇円

g 修繕費 二〇万二八二六円

h 消耗品費 一三万一四六三円

i 減価償却費 八万九四二九円

j 福利厚生費 一万九九九五円

k 給料賃金 三六〇万六七六〇円

l 地代家賃 二一三万八一九五円

m 税理士等の報酬・料金 五万二五〇〇円

n 事務用品費 一三万六六三八円

o 車両費 一四万七四四九円

p 手数料 一一万四〇〇〇円

q 諸会費 二四万〇六〇〇円

r 図書費 八万一三四八円

s 雑費 四万六三六二円

(ウ) 月別売上金額

a 一月 四七万二四四〇円

b 二月 一五八万〇四九七円

c 三月 六六二万八一六七円

d 四月 一〇九万八七九三円

e 五月 八〇万一六一七円

f 六月 一五六万九三八五円

g 七月 一三六万五二九五円

h 八月 一七万三六五三円

i 九月 九六万一七三〇円

j 一〇月 二五六万〇八〇二円

k 一一月 二三万三二八八円

l 一二月 二四二万一七九三円

(2)  治療費(a薬局) 二三三〇円

前記認定事実によれば、原告は、本件事故による治療費として二三三〇円を支払ったと認められることから、これは原告の損害と認められる。

なお、これ以外の治療費として、b病院分五万三五九六円及びc医院分六万円が発生しているが、被告加入の保険会社により支払われており、原告が請求対象とはしていないこと、本件においては原告について過失相殺を行わないことから、原告の損害としては算定しない。

(3)  交通費 六九〇円

前記認定事実によれば、原告は、本件事故による通院交通費として、六九〇円を負担したと認められることから、これは原告の損害と認められる。

(4)  休業損害 一〇五万八九六二円

前記認定事実によれば、原告は、本件事故により傷害を負ったことから、平成二二年一二月二八日から平成二三年二月一八日までの五三日間、休業したものと認められる。

その休業損害を算定するに当たり、原告は、平成一九年度ないし平成二一年度までの申告所得及び固定経費の合計額の平均日額を基礎収入とすべきと主張するが、原告の休業期間が五三日間と比較的短期間であることからすれば、当該休業期間に一番近い平成二二年度の収入を基礎収入とするべきである。

その基礎収入を算定するに当たっては、営業収入から経費及び専従者給与を控除する方法で算定することが相当である。

そして、本件事務所は原告が唯一の司法書士である司法書士事務所であり、原告の休業期間中、本件事務所自体は開業していたとはいえ、実質的な業務を行うことはできなかったものと認められ、現に、原告の休業期間中の売上金額は、平成二三年一月が一万五九〇〇円、同年二月が二七万四九一六円であり、前年の月別売上金額の平均である一六五万五六二一円(一円未満切捨て。以下同じ。)と比べても大幅に減少していることからすれば、原告主張の固定経費は、休業中も事業継続のために支出を余儀なくされたものとして、本件事故による損害と認めるべきである。

ただし、本件事務所自体は開業しており、売上げも認められることからすれば、その全額を損害とは評価できないこと、本件事務所の月別売上金額は月ごとの金額の変動が大きく、減収の程度を算定することが困難であることを考慮し、原告主張の固定経費のうち、平成二二年度における金額を認定することのできる、専従者給与六一八万七二六〇円、給料賃金三六〇万六七六〇円、地代家賃二一三万八一九五円、諸会費二四万〇六〇〇円、広告宣伝費一〇六万〇五二四円、減価償却費八万九四二九円の合計額一三三二万円二七六八円の三〇パーセント(三九九万六八三〇円)の限度で損害と認める。

これを基に原告の休業損害を算定すると、一〇五万八九六二円となる。

(1986万7460円-(1038万4173円+618万7260円-399万6830円))÷365日×53日=105万8962円

(5)  通院慰謝料 二八万二三七三円

原告の受傷の程度や治療期間等諸般の事情を考慮すれば、原告の通院慰謝料は、上記の金額が相当である。

(6)  以上の原告の損害の合計は、一三四万四三五五円となる。

第四結論

以上からすると、原告の請求は、一三四万四三五五円及びこれに対する不法行為の日である平成二二年一二月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この範囲で認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤裕子)

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