大阪地方裁判所 平成23年(ワ)7986号 判決 2012年6月29日
原告
X1他1名
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、三〇一三万九三九九円及びこれに対する平成二二年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、三〇一三万九三九九円及びこれに対する平成二二年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
五 この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
(1) 被告は、原告X1(以下「原告X1」という。)に対し、三七七五万二六五五円及びこれに対する平成二二年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、三七七五万二六五五円及びこれに対する平成二二年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 仮執行宣言
二 被告
(1) 原告らの請求を棄却する。
(2) 仮執行免脱宣言
第二事案の概要
一 原告らは、A(以下「A」という。)の相続人であるが、A運転の自転車と被告運転の普通乗用自動車が衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)によってAが死亡した損害につき、自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)三条又は民法七〇九条に基づく賠償を求めた。
二 争いのない事実
(1) Aは、平成二二年一一月六日午前一一時三八分ころ、大阪府八尾市南亀井町一丁目一番三二号の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)を自転車(以下「原告自転車」という。)を運転して直進横断中、本件交差点を右折進行中の被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突し、転倒した。
(2) Aは、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫、急性脳腫脹等の障害を負い、a救急救命センターに入院したが、平成二二年一一月一五日、上記傷害の結果死亡した。
(3) 被告が加入していた任意保険会社は、本件事故の賠償金として、既に合計三六七万四一〇五円を支払った。
三 争点
(1) 本件事故の責任・過失割合
(2) 損害額
四 当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告ら)
ア 原告X1は、Aの夫であり、原告X2は、Aの子であって、各二分の一ずつAを相続した。
イ 被告は、本件事故時、自己のために被告車を運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、原告らが被った損害を賠償する責任がある。また、被告は、本件事故時に、横断歩道前に一時停止しなかったこと、前方を注視していなかったこと、右折時に徐行してないことの過失があるから、不法行為に基づき、原告らが被った損害を賠償する責任がある。被告車の過失は、著しい過失であり、徐行もしておらず、一方、Aは、青信号に従って、横断歩道を横断し、道路中央付近まで到達していたところ、原告自転車の後輪に衝突された。原告自転車の進行速度は低速で、歩行者と同視しうるものであった。Aには、過失相殺の対象となるような注意義務違反や結果回避可能性がない。
(被告)
ア 被告の責任原因を争う。相続関係は知らない。
イ 被告に一時不停止、前方不注視があったこと、これが過失であることは認めるが、脇見運転はしておらず、重過失に該当するものではない。被告車の速度は、本件交差点内では、時速一五km程度であり、通常の右折と比べて逸脱した速度ではなかった。原告自転車の速度は、通常の自転車の速度であり、低速ではなかった。
過失相殺を一五%すべきである。
(2) 争点(2)について
(原告ら)
原告らの被った損害は以下のとおりである。
ア 治療費 三六七万四一〇五円
イ 入院雑費 一万五〇〇〇円(一五〇〇円×一〇日)
ウ 付添看護費 六万円(六〇〇〇円×一〇日)
エ 傷害慰謝料 五〇万円
オ 逸失利益 合計三五六八万五四四五円
(ア) Aは、夫の原告X1ともに、b材木店を切り盛りし、不動産の管理もするほか、妻としての家事労働にも従事していた兼業主婦であった。Aの基礎収入は、平成二一年度賃金センサス(全年齢・学歴計・女性)の三四八万九〇〇〇円とすべきである。生活費控除率は、Aの労働への従事の時間が長かったことや扶養者としての役割が強かったことを考慮すると三〇%が相当である。Aの死亡時の六〇歳の平均余命の二分の一は約一四年であるので、Aの逸失利益は、二四一七万五三五〇円(348万9000円×〔1-0.3〕×9.8986〔14年に対応するライプニッツ係数〕)となる。
(イ) Aは平成二二年四月七日支払開始の年額九〇万円(二か月に一回、各一五万円ずつ)の郵便貯金年金を受給していた。平成二二年六月七日に一五万円、同年八月九日に一五万円、同年一〇月七日に一五万円、同年一二月七日に一五万円を受給したが、本件事故に遭ったことから平成二三年一月一一日に返戻金七三四万八八〇〇円の支払を受けただけとなった。本来、合計九〇〇万円(年額九〇万円×一〇年間)の郵便貯金年金を受給できたのに、合計七九四万八八〇〇円しか支払を受けられなかったので、その差額である一〇五万一二〇〇円が、逸失利益となる。
(ウ) Aは、本件事故に遭わなければ、六五歳から平均余命の二八年後まで年額一一五万二三〇〇円の公的年金を得られたはずである。生活費控除率は、Aに不動産収入があったことを考慮すると三〇%が相当である。その逸失利益は、八五二万四八一九円(115万2300円×〔1-0.3〕×10.5687)となる。なお、一〇・五六八七は、二八年間の対応するライプニッツ係数から年金受給開始年齢である六五歳までの五年間に対応するライプニッツ係数を差し引いた数値である。
カ 死亡慰謝料 二五〇〇万円
Aは、本件事故のために、家族とともに幸せな人生を送る機会を失った。家族に別れの言葉を残すことはおろか、一言の言葉をかわすこともできなかった。Aの生活環境等の一切の事情を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するには二五〇〇万円をくだらない。
キ 葬儀関係費用 二三八万四八六五円(原告らが二分の一ずつ負担)
社会通念上不相当な支出はしていない。
ク 原告らの固有の慰謝料 各原告に二五〇万円ずつ
原告らのAを失った悲しみは深く、原告らは、それぞれ、多大な精神的被害を被った。被告は、通夜や葬儀、示談協議などの対応を人まかせにして、原告ら遺族に必要以上の苦痛を与えた。
ケ 弁護士費用 六八六万円(原告らが二分の一ずつ負担)
Aの相続人である原告らは、Aの損害(上記ア~カ)から既払金を控除し、固有損害を加算すると、それぞれ三七七五万二六五五円の損害賠償請求権を有する(なお、原告らの合計の計算はオ(イ)を二九八万五二七六円とするものである。)。
原告らは、それぞれ、被告に対して、三七七五万二六五五円及び本件事故の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める。
(被告)
傷害慰謝料は一一万三〇〇〇円が相当である。
逸失利益の生活費控除は四〇%が相当である。郵便貯金年金は、本来受給されるべき時期までの中間利息を控除すると損害は発生していない。
死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。
葬儀関係費用は一五〇万円が相当である。
近親者の固有の慰謝料は高額すぎる。
第三判断
一 証拠(甲三の一・二)によれば、原告X1はAの夫であり、原告X2はAの子であるから、それぞれ、各二分の一の相続分でAを相続したと認められる。
二 争いない事実と、証拠(甲一、一三)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の事故態様は、以下のとおりと認めることができる。
本件交差点は、信号機によって、交通整理が行われている。東西道路は、両側に幅一・七メートルの歩道のある片側一車線で中央線が黄色実線の道路である。各車線の幅は東行きも西行きも三・一mであるが、歩道との車線との間には、〇・六mないし〇・七mの側道がある。被告は、被告車を運転して、北側から本件交差点に向かって南進してきて、交差点手前で赤色信号であったので、右折の方向指示器を出して信号待ちのために停止した。被告は、同信号が青色に変わったので、それに従って発進し、北から西に向かって右折して進行した。同交差点の右折方向出口には、自転車横断帯と横断歩道が接して設置されていた。Aは、同横断歩道の南側から北に向かって自転車に乗って進んでいたが、被告は、右折中右折先の右前方の遠くの方を見ており、Aや原告自転車に気づかなかった。
横断歩道上で、被告車の右前部が原告自転車の後輪の右側に衝突して、原告自転車とAは転倒した。衝突地点は、南側歩道の端から三・九m北側であり、道路の中央よりは、わずかに北寄りであった。原告自転車は衝突地点から四・三メートル西側で南側歩道の端からは三・五mの位置にとばされて転倒し、被告車は、衝突地点から四・八メートル進んだ地点で停止した。Aの転倒していた地点は、原告自転車の転倒していた地点よりさらに一・四メートル南西方向であった。被告は、衝突時点まで、Aや原告自転車の存在に気づかなかった。横断歩道の位置からみて、横断歩道の横断を開始するには、歩道を進行して横断歩道直前で北向きに方向を変える必要がある。
三 以上の事故態様をみれば、本件事故は、信号機により交通整理の行われている交差点における事故で、直進車・右折車ともに青信号で進入した場合であると認められ、被告に前方不注視、一旦停止義務違反の過失があることは明かである。上記認定のとおり、原告自転車は、自転車横断帯に接する横断歩道を進行していたと認められるほか、衝突場所が、東西道路の中央線よりも北側であって、原告自転車の後輪に側面から衝突していることからすると、被告車は本件交差点をやや早回り右折しているといえる。また、被告は、被告車を時速一五km程度で進行させており、この速度は右折車としての通常速度である旨主張する。しかし、他車の進行の妨げにならないように速やかに交差点を通過する必要があったとの事情を見い出せない本件では、横断歩道直前ではいつでも停止できる速度で進行すべきであったといえるところ、被告車が現に衝突してから四・八m進んで停止したことからすると、その進行速度は右折にあたっての適切な速度であったとはいえない。
一方、被告車が赤信号待ちしてから発進していることからすると、原告自転車も信号待ちしてから発進した可能性が高い。仮にそうでないとしても、横断を開始するには、開始直前に幅一・七メートルしかない歩道上で北向きに九〇度方向転換しなければならないことから、安全に方向転換するには、一旦停止するか減速する必要があったといえるところ、歩道の端から衝突地点までの距離が三・九メートルしかないことからすると、原告自転車はまだ加速する時間的余裕がなく、通常の速度ほどには速度は出ていなかったと推認できる。
以上の事情を総合すると、被告には、民法七〇九条及び七一一条に基づき、原告らが被った損害を賠償する責任があり、Aには過失相殺すべきような落ち度は認められない。
四 Aは、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫、急性脳腫脹等の障害を負い、a救急救命センターに入院したが、平成二二年一一月一五日、上記傷害の結果死亡したことは、争いがない。
甲四号証によって、治療費は三六七万四一〇五円かかったことが認められ、事故当日から平成二二年一一月一五日まで入院したので、入院雑費は、一万五〇〇〇円(一五〇〇円×一〇日)を認める。
Aの負傷の重傷度に鑑みて、原告らがAに付添ったことは相当であり、付添費として六万円(六〇〇〇円×一〇日)を認める。
また、その重篤な症状と入院期間に照らして、入院慰謝料は、二一万円が相当である。
証拠(甲一三の一四六頁から一六六頁、一四の一~四、一五、一六、原告X2)によれば、Aは、夫である原告X1の経営するb材木店を切り盛りしていたが、b材木店は、もともとAの実父母が経営していたものであったこと、Aは、所有する不動産の管理業務をするほか、自分の家の家事労働のほか隣家に居住する原告X2一家の家事や孫の世話を手伝うことも多かったことが認められる。
これらのAの生活状況をみれば、Aの基礎収入は、同人の死亡した平成二二年度賃金センサスを参考とすべきところ、Aは死亡時には六〇歳であっても、全年齢に匹敵する労働をしていたと評価できるが、後記のとおり、平均余命の二分の一経過した約一四年後は七四歳であることを考慮すると、基礎収入は六〇歳ないし六四歳の学歴計・女性の二九七万一一〇〇円とすべきである。生活費控除は、Aの労働の状況を考慮すると三〇%が相当である。Aの死亡時の六〇歳の平均余命の二分の一は約一四年であるので、Aの逸失利益は、二〇五八万六八一一円(297万1100円×〔1-0.3〕×9.8986〔14年に対応するライプニッツ係数〕)となる。
証拠(甲五、六)及び弁論の全趣旨によれば、Aは平成二二年四月七日支払開始の年額九〇万円(二か月に一回、各一五万円ずつ)の六〇歳支払開始据置定期年金保険を受給していたこと、平成二二年六月七日に一五万円、同年八月九日に一五万円、同年一〇月七日に一五万円、同年一二月七日に一五万円を受給し、平成二三年一月一一日に返戻金七三四万八八〇〇円の支払を受けたことが認められる。本件事故に遭わなければ、一〇年間に合計九〇〇万円(年額九〇万円×一〇年間)の年金保険を受給できたことになるが、上記の一〇年間についての保険料払込も必要であることが認められ、かつ、原告ら主張金額は一〇年後までの中間利息を控除しない金額であることから、年金保険につき逸失利益が発生したとは認められない。
証拠(甲七、八)によれば、Aは、本件事故に遭わなければ、六五歳から平均余命の二八年後まで年額一一五万二三〇〇円の公的年金を得られる見込みであったことが認められる。Aには別途不動産収入があったとしても、その不動産収入は原告らに相続されていることを考慮すると年金の生活費控除率は四〇%とするのが相当である。その逸失利益は、七三〇万六九八七円(115万2300円×〔1-0.4〕×10.56878)となる。なお、一〇・五六八七は、二八年間の対応するライプニッツ係数一四・八九八一から年金受給開始年齢である六五歳までの五年間に対応するライプニッツ係数四・三二九四を差し引いた数値である。
証拠(甲一三の一四六頁から一六六頁、一四の一~四、一五、一六、原告X2)によれば、Aは、本件事故のために、原告らや孫とともに幸せな人生を送る機会を失い、家族と別れの言葉を残すことはおろか、一言の言葉をかわすこともできなかったことが認められ、一切の事情を考慮して、その精神的苦痛を慰謝するには二三〇〇万円が相当と認める。
以上のAの損害を合計すると、五四八五万二九〇三円となるところ、既払金が三六七万四一〇五円であることは争いがないのでこれを差し引くと、五一一七万八七九八円となる。
五 原告らは、これについての損害賠償請求権を相続分である二分の一ずつ承継したので、各二分の一は二五五八万九三九九円となる
証拠(甲九~一一、原告X2)によれば、葬儀関係費として一五〇万円以上の支出がなされたことが認められ、本件事故と相当因果関係のある額は一五〇万円と認め、弁論の全趣旨により、これらは、原告らが各二分の一の各七五万円負担したものと認める。
証拠(甲一三、一四の一~四、一五、一六、原告X2)及び弁論の全趣旨によれば、原告らのAは失った悲しみは深く、原告らは、それぞれ、多大な精神的被害を被ったことは明かであって、原告らの固有の慰謝料として、それぞれ一〇〇万円を認めるのが相当である。
上記の二五五八万九三九九円に七五万円と一〇〇万円と加算すると、二七三三万九三九九円となる。
本件訴訟の経過及び事案の内容に照らして、相当な弁護士費用は各原告につきそれぞれ二八〇万円と認める。
以上の合計は三〇一三万九三九九円となる。
六 以上の次第で、原告らの請求は、各三〇一三万九三九九円及び本件事故の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
仮執行免脱宣言の申立は相当でないので、これを付さないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 稻葉重子)