大阪地方裁判所 平成23年(ワ)8636号 判決 2013年2月20日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
中嶋弘
被告
中央三井信託銀行株式会社訴訟承継人
三井住友信託銀行株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
渡辺徹
同
佐川真也
主文
1 被告は、原告に対し、894万4417円及びこれに対する平成22年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は、中央三井信託銀行株式会社従業員の勧誘を契機として償還条件付き投資信託を購入した原告が、同従業員の勧誘行為には適合性原則違反、説明義務違反の違法があり894万4417円の損害を被ったと主張して、同社を吸収合併した被告に対し、使用者責任に基づき、同額の支払を求める事件である。附帯請求は、民法所定の遅延損害金であり、その始期は、不法行為後の日(上記投資信託の購入時に解約した定期預金の利息分の逸失利益が確定した日)である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者(争いがない。)
ア 原告
原告は、昭和5年生まれの女性である。少なくとも、証券投資(株式、投資信託、変額保険)の経験はない。
イ 被告
中央三井信託銀行株式会社は、銀行法4条1項、59条1項により金融庁長官から免許を得て銀行業と付随業務を行う銀行であり、金融商品取引法33条の2に基づく登録金融機関として登録し、投資信託の販売を行う株式会社であった。被告は、平成24年4月1日、中央三井信託銀行株式会社を吸収合併した(以下、中央三井信託銀行株式会社及び被告を併せて「被告」という。)。
(2) 取引の経緯(争いがない。)
ア 被告梅田支店従業員B(以下「B」という。)及び同C(以下「C」という。)は、平成19年7月6日、原告に対し、中央三井償還条件付株価参照型ファンド07-07(愛称:プレミアム・ステージ07-07)と称する投資信託(以下「本件商品」という。)の購入を勧誘し、原告は、同日、本件商品を2100万円分購入した(以下「本件取引」という。)。原告は、その際、1050万2177円及び1050万2205円の定期預金(以上2口を「本件定期預金」という。)をそれぞれ満期(前者は平成22年2月22日、後者は同年5月25日)前に解約し、前者につき1万9970円の、後者につき1万7849円の、それぞれ中途解約利息を受け取った。上記各定期預金の約定利率は、年0.4%であり、仮に上記解約をせず満期まで預ければ、得られたであろう利息は、前者につき21万0043円、後者につき21万0044円であった。以上の利息は、いずれも所得税、住民税控除前のものであった。
イ 本件取引後、本件商品の基準価額は下落し、原告は、平成21年10月15日、被告に対し、本件商品を解約する旨伝え、同日、本件商品は解約された。
ウ 原告は、平成21年10月26日、上記イの解約に基づき、被告から、解約返戻金として1176万6993円を受領した。また、原告は、解約時までに、被告から、キャッシュバックとして6万4000円を受領した他、本件商品の分配金として合計140万6858円を受領した。
(3) 本件商品の概要(乙3)
ア 投資対象
日経平均株価の値動きによって償還条件が決定される仕組みのJ.P.モルガン・インターナショナル・デリバティブズ・リミテッドが発行するユーロ円債に投資する。
投資したユーロ円債については、一部解約の対応で売却する部分を除き継続保有し、銘柄入替えを行わないことを原則とする。
イ 募集期間
平成19年7月2日から同年7月30日まで
ウ 設定日
平成19年7月31日
エ 信託期間
平成19年7月31日から平成22年7月23日まで(早期償還条件付)
オ 決算日
毎年1月23日、7月23日(ただし、当日が休業日の場合は翌営業日)
カ 申込単位
10万円以上1円単位又は10万口以上1口単位
キ 申込価額
受益権1口あたり1円
ク 申込手数料
申込価額が1億円未満の場合には2.1%
ケ 償還条件(早期償還の場合)
日経平均株価の終値が株価判定日にスタート株価以上になった場合、直後の決算時に、原則として1万口あたり、元本1万円に当該決算時の目標分配額を加算した金額で早期償還される。
コ 償還条件(満期償還の場合)
① 早期償還されず、かつ日経平均株価の終値が株価観察期間中にスタート価格に対し一度も30%以上下落しなかった場合、約3年後の償還時に、原則として1万口あたり、1万0050円程度で満期償還される。
② 早期償還されず、かつ日経平均株価の終値が株価観察期間中にスタート価格に対し一度でも30%以上下落した場合、約3年後の償還時に、原則として1万口あたり、1万円×(エンド株価/スタート株価)+50円程度で満期償還される。
サ スタート株価
平成19年7月31日から平成19年8月6日までの5営業日の日経平均株価の終値の平均値(円未満切り捨て)
シ エンド株価
平成22年6月30日の日経平均株価の終値(円未満切り上げ)
ス 株価判定日
平成20年6月30日(第1回株価判定日)、平成20年12月30日(第2回株価判定日)、平成21年6月30日(第3回株価判定日)、平成21年12月30日(第4回株価判定日)
セ 株価観察期間
平成19年8月10日から平成22年6月30日まで
ソ 目標分配額(1万口あたり〔税引前〕の目標分配額)
設定日から約半年毎の決算日(第1期から第6期まで)において、第1期及び第2期は330円程度、第3期から第6期までは50円程度を分配することを目指す。
タ 解約
平成19年10月以降、平成22年4月以前の毎年1月、4月、7月、10月の各20日(当日が休業日の場合は翌営業日)を解約約定日として、その各解約約定日の属する月の1日(当日が休業日の場合は翌営業日)より、当該解約約定日から起算して4営業日前までの間、解約申込みの受付を行う。
チ 解約単位
1口単位
ツ 解約価額
解約約定日の基準価額から信託財産留保額を控除した価額
テ 信託財産留保額
解約約定日の基準価額に対して0.5%
ト 信託報酬
1年目(第1期及び第2期計算期間)は、信託財産の元本総額に対して年0.7875%とし、2年目以降(第3期計算期間以降)は、信託財産の元本総額に対して年0.2625%とする。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 被告従業員らの勧誘行為の違法性
【原告の主張】
ア 事実関係について
(ア) 本件取引に至る経緯について
被告梅田支店の従業員Bと同Cは、平成19年7月6日、突然、原告方を訪問し、原告と約1時間面談して、本件商品の購入を勧誘した。なお、被告は、同日以前にも、BやCが原告方を訪問し、原告に対して大口定期預金への切替えや保険商品の購入を勧誘していた旨主張するが、そのような事実はない。
BとCは、原告が理解できない用語を用いて約1時間にわたって執拗に本件商品を勧めた。原告は、本件商品の仕組みやリスクについて理解できなかったが、1時間にわたる勧誘を受けて断り切れず、また、銀行が勧めるものであるから元本割れするようなものではないだろうと考え、BとCに「元本にだけは手を付けないでほしい。」などと述べたところ、Bが「わかっている。」などと答えたことから、本件商品は元本保証されたものであると誤信して本件商品を購入するに至った。BとCは、本件定期預金の満期が到来していなかったにもかかわらず、原告にこれを解約させて、その解約金のほぼ満額である2100万円を使って本件商品を購入させた。
原告は、BやCから、投資意向や資産状況などを聴取されたことはない。被告は、原告が投資の見直しを検討したいとの意向を示していた旨主張するが、否認する。
また、被告は、原告が本件商品を購入するに当たって、「日経平均株価が30%以上下落することはないだろう。」との意見を表明した旨主張するが、否認する。原告は、本件取引の当時、日経平均株価が何であるのかを知らなかったから、その3年間の推移を予測することなどできず、上記のような発言を行ったはずはない。
(イ) 本件取引後の経緯について
被告従業員のD(以下「D」という。)が平成21年10月9日頃に原告方を訪れ、本件商品の評価額が購入時の約半額になっているなどと原告に告げた。原告は、そのとき初めて、本件商品が元本割れしていることを知った。
被告は、平成21年10月までに被告従業員が原告に対して数回にわたって本件商品の運用状況を報告していた旨、原告が本件商品の運用状況を理解していた旨主張する。しかし、本件商品の購入以降、平成21年10月9日にDが原告方を訪問するまで、少なくとも、被告従業員が本件商品の運用状況について原告が理解できるような報告を行ったことはない。原告が、被告従業員に対し、「運用状況は分かっている」、「今後については息子と相談して決める」などと述べたこともない。
原告は、同月14日に被告従業員であるDとE(以下「E」という。)が原告方を訪問した際、本件商品を解約できる期間の制限について初めて聞かされ、翌15日に本件商品を解約する手続を行った。
被告は、原告が本件商品を解約する際に、「償還まで待っていたら、株価は下落し、今より価値が少なくなる」、「今、解約すれば半分で戻ってくる」などと述べた旨主張するが、否認する。原告は、償還という用語を知らないし、Eが原告に本件商品の解約を思いとどまるよう申し向けたことに対して、被告が信用できないと知り、「このまま置いておいたらゼロになるかもしれない」と言って解約するに至った。
イ 本件商品の特性について
本件商品は、J.P.モルガン・インターナショナル・デリバティブズ・リミテッドが発行するユーロ円債(日本国外で発行される円建ての債券をいう。)に投資する投資信託であり、投資信託でありながら分散投資をするのではなく同債券に集中投資をする点に特徴がある。上記ユーロ円債は、いわゆる日経平均連動債である。本件商品は、銀行が日経平均連動債を販売することができないことから、投資信託の形を借りて銀行でも実質的に日経平均連動債を販売できるようにした商品である。したがって、本件商品の問題点は、次のとおり、日経平均連動債の問題点とほぼ共通である。
(ア) 誤解を招きやすい外形とリスクの理解の困難さ
日経平均連動債は、外形上は、確定利回りの債券であり、顧客から見れば安全な商品との誤解を招きやすい。しかし、その実態をみれば、高率のクーポンの大半が社債に組み込まれたプットオプションのプレミアムであるため、購入者はオプション取引を行っている場合と同様のリスクを背負う立場にある。また、日経平均連動債は、金融工学ないし統計学に基づく計算上、償還日までのボラティリティ(株価変動率)が高く、価格変動リスクが大きいとの予測があるからこそ、通常の社債金利より高率のクーポンが設定されている。このような複雑な構造や商品設計に起因するクーポンとリスクの具体的な関係は、一般の顧客には理解することができない。
(イ) リスクとリターンの非対称性
日経平均連動債は、日経平均株価指数を原資産とするプットオプションの売りを含んでおり、本件商品の購入者はプットオプションの売り手と同様の経済的地位に立つことになる。したがって、いくら日経平均株価指数が上昇しても購入者はクーポンを超える利益は得られず、他方で、同指数が下落した場合はその下落割合に応じた損失が発生し得るのであり、元本の損失は無限定となる。このようなリスクとリターンの非対称性のため、日経平均連動債の投資判断においては、「当該日経平均連動債のクーポン(利率)が、日経平均株価指数の下落リスクと比較して、投資に値するほど有利かどうか」を判断することが不可欠であるが、このことは、顧客によるリスクの理解を一層困難にしている。
(ウ) 流動性リスクの高さと将来の日経平均株価指数を踏まえて投資しようとすることの不合理性及び危険性
日経平均連動債は、設計を担当した業者や発行体によって独自に設計された商品であって、市場がないため、市場価格による適宜の途中売却ができない。そのため、購入者は、償還時点の日経平均株価指数がどのような価格になっているかを予測しなければならないが、このような判断は一般の顧客が合理性を持って主体的になし得るものではない。株式オプション取引においても、1年以上の長期の取引は不確定要素の増大のため行われないと指摘されており、プロや機関投資家でも1年以上先を予測して投資判断を行うことなどできないのであるから、本件商品のように3年間の日経平均株価指数の動向を予測することなど不可能である。
ところで、本件商品は、日経平均連動債に集中投資する投資信託の形を採るため、流動性が若干改善されている。しかし、本件商品の解約可能期間は、1年間の銀行営業日のうち約15%強のあらかじめ決められた期間だけであり、大きく制限されている。日経平均株価の動向や経済情勢、投資家の事情によって換金する必要がある場合であっても換金できない場合の方がはるかに多く、やはり流動性リスクは大きい。
以上のとおり、本件商品は、約定時点で将来3年間にわたる日経平均株価の推移を予測し、日経平均株価が3年間一度も3割以上下落しないと考える場合か、3割以上下落しても満期にはスタート株価まで回復していると考える場合に初めて投資すべき商品である。しかし、実際には、日経平均株価の過去の実績を見ても3年間に3割以上の大幅な下落をしたことが頻繁にある上、上記のような判断は一般的にみても不可能であり、本件商品は、極めて投機性の高い金融商品である。
(エ) 隠れた高率のコスト
日経平均連動債は、商品設計時に設定されたクーポン(実質はオプション料)がそのまま投資家に渡らず、販売コスト(販売業者の利鞘)が大幅に控除されている。したがって、投資家は、対価に全く見合わないリスクと直面させられている。
その上、本件商品は、投資信託の形を採るため、上記のようなコストに加えて、顧客は、高率の手数料を取られる。一般に、投資信託の購入者は、高い手数料を取られるが、本件商品は、日経平均連動債に集中投資するものであるから、投資信託としての手数料をとるのは、基準価額の公表などの手間を考慮してもなお過大である。
このように、本件商品では販売や組成等の過程で多額の手数料が抜かれるため、その観点からも、購入者は、リスクに見合ったリターンを得ることができない。
(オ) ノックインの可能性の判断が困難であること
本件商品においては、ノックインすることが損失をもたらす要因となるから、ノックインするか否かの判断が重要である。ところが、ノックインするかどうかは購入後の日経平均株価指数の動向によるところ、その予測は上記のとおりほとんど不可能である。また、本件商品の投資対象である債券で用いられているオプションは、いわゆる経路依存型オプションであるため、上記債券の損益は、経路(満期までの原資産の価格ないし指標の動き)によって異なり、これを把握するためには複雑な場合分けをする必要がある。
(カ) 投資家保護の制度的保障の欠如
日経平均連動債は、上場商品ではなく、より専門性の高い有価証券店頭オプション取引を社債に組み合わせた金融商品であるといえる。そのため、上場商品のような審査を受けておらず、商品性や価格形成も公正さの保障も全くなく、発行側が設定したクーポンが、価格変動リスクや途中売却できないリスクと合理的に釣り合っているかどうかは顧客には全く分からない。本件商品は、このような日経平均連動債に集中投資するものである。
(キ) 投資信託のリスク分散機能の欠如
本件商品は、一つの銘柄に集中投資するものであるから、投資対象証券の発行体がデフォルトすると、ほぼ無価値となってしまう。このように、一般の投資信託に認められるリスク分散機能を全く果たさず、信用リスクが集中するという危険がある。
ウ 適合性原則違反について
原告は、昭和5年○月○日生まれで、本件取引当時77歳の高齢であった上、国民学校高等科を卒業したのが最終学歴であり、卒業後に実家の農業を手伝った後に宿泊施設で仲居として働き、昭和30年に○○職員であった夫と婚姻した後、仕事を辞めて専業主婦となり、子供が大きくなった昭和42年ころから平成2年ころまで工場でコンベアに向かって化粧品ケースを作るという作業を行う仕事を行っていたという職歴、経歴の者であって、証券取引の経験は、本件取引まで全くなかった。原告は、金融取引としては預貯金しか行ったことがないなど、元本を重視する意向を有しており、投資によって有利な運用をしたいと考えたこともなかった。原告は、日経新聞等の経済誌を講読したことはなく、日経平均や投資信託、償還という言葉も知らなかった上、インターネットに接続して種々の情報を入手することもできなかった。よって、投資判断をするために必要な知識も有していなかった。その上、原告は、平成11年から補聴器を装用しており、本件取引当時も難聴であり、被告従業員の説明を理解できなかった。
原告は、金融資産として、2850万円程度の貯金を保有していたにすぎず、月額約20万円の年金収入で暮らしており、上記の貯金は、老後の生活資金であった。原告は、それにもかかわらず、本件取引によって、本件商品に金融資産の8割近くを投じた。
本件商品は、上記イのとおり、その仕組みが複雑であり、利益と損失の非対称性が認められる上、3年間、解約が大きく制限されていることを前提としつつ、満期までの日経平均株価の推移を予測して、リスクに見合ったリターンが得られるか否かを判断しなければならないという特性を有する。これに加えて、上記のような原告の属性を考慮すれば、原告に本件商品の購入を勧誘することは、明らかに適合性原則に違反する。
エ 説明義務違反について
(ア) 説明義務の内容について
銀行や証券会社の従業員は、投資取引の勧誘に際し、対象となる商品の特性、リスクの質と程度、最悪の場合にどのような事態が起こりうるのか、そのような事態が起こりうる原因となる取引の仕組みについて説明し、顧客が投資の可否を自ら判断できるようにしなければならない。本件取引では、途中解約しないことを前提に、3年間の日経平均株価の推移を予測し、3年間に一度でも30%以上下落してノックインするか否か、3年間の各判定日にスタート株価に達して早期償還するか否か、3年後の満期にスタート株価に達しているか否かを判断し、さらに、その間に得られる分配金と元本毀損の危険性をはかりにかけて投資判断しなければならず、そのようなリスクについて原告に対して説明しなければならなかった。その上、原告の投資経験や知識、資産状況に照らせば、被告従業員は、相当の注意をもって説明する義務があったというべきである。
(イ) 説明の態様について
被告従業員は、上記ア(ア)のとおり、原告に対して、本件商品の仕組みと危険性について原告が理解できるように説明しないままに本件商品を購入させた。そのため、原告は、本件商品は元本が保証された安全な商品であると誤解して、本件取引を行った。
Cは、原告に対し、販売用資料を示して、何らかの説明をしたことはうかがわれるが、それが原告にとってリスクを理解させるに足るものであったとはいえない。原告の投資経験や知識に照らせば、Cが原告に対して1時間程度の説明を行ったとしても、原告がこれを理解するのは不可能であった。
被告は、原告に対し、本件商品が元本を保証するものでないこと、日経平均株価の推移、手数料や報酬、解約制限があることについて説明した旨主張するが、否認する。
【被告の主張】
ア 事実関係について
(ア) 本件取引に至る経緯について
被告梅田支店従業員で個人営業職(個人顧客に対する保有資産の状況説明や資産運用の提案を行う職務を担当する者)であったBは、平成18年の年末又は平成19年の年初頃、新たな担当者として挨拶することを主たる目的として、原告宅を訪問した。Bは、原告に対し、原告が保有していた定期預金の金利がその訪問当時の定期預金よりも低いこと、より金利が高いものに切り替えられることを説明した。これに対し、原告は、預金の切替えに積極的な意向を示さなかったため、Bは、それ以上の進言はせず、再訪を告げて原告宅を後にした。
Bは、上記訪問から2、3か月経過後の支店長同行日(個人営業職が選定した顧客の下に支店長が同行して訪問する日)に、F支店長(当時)と共に原告宅を再訪した。Bと同支店長は、原告が保有していた定期預金の金利が低いことを改めて指摘した上で、変額年金保険を案内及び説明した。これに対して、原告は、その変額年金保険の運用期間が10年間であることについて、「10年は少し長い。」などと言って消極的な反応を示した。
Bは、上記の2度目の訪問から1、2か月経過後の班長同行日(個人営業職が選定した顧客の下に班長が同行して訪問する日)に、Bの直属の上司であったCと共に原告宅を再訪した。BとCは、原告が保有している定期預金の金利が低いことを改めて確認した上で、上記2回目の訪問時に案内した変額年金保険を改めて提案したが、原告が「やはり10年間は長い。」という反応を示した。そこで、Bは、原告に対し、「投資信託なら、もう少し期間の短い商品もある。」などと伝えたところ、原告が興味を示したため、BとCは、本件商品の名称、運用期間が最長3年であること、日経平均株価の値動きによって結果が左右される投資信託であることなど、本件商品の概略を口頭で説明した。原告は、3年程度の期間であれば中途解約することはないと思うので大丈夫であるとの意向を示した。BとCは、本件商品の次回の募集期間が開始してから改めて原告に対して案内及び説明することになった。
B及びCは、平成19年7月6日、原告宅を再訪し、1時間半から2時間にわたって、原告宅に滞在した。B及びCが原告の投資意向を確認したところ、原告は、定期預金の金利が低いので資産運用の見直しを検討したい旨述べた。Cは、原告に対し、改めて大口定期上限金利を提示したが、原告は、定期預金での運用を選択しなかった。Cは、原告の資産状況や投資意向を確認した上で本件商品を提案し、本件商品について、その償還の仕組みなどに重点を置きながら約1時間にわたって説明を行った。その詳細は、後記エ(イ)のとおりである。原告が本件商品を購入する意向を示したことから、Bが中心となって本件商品の購入に必要な手続が行われた。
(イ) 本件取引後の経緯について
原告が本件商品を購入した後も、平成20年3月3日には、被告従業員Gが、原告に対して、本件商品の運用状況を報告するとともに、日経平均株価がスタート価格に対し30%以上下落した場合には、元本を確保できなくなることを改めて説明した。また、本件商品につき、同月17日、いわゆるノックインが生じたが、その後である同年7月8日には、被告従業員Hが、原告に対し、本件商品の評価額が当初の元本と比較して20%以上下落していることを報告した。これに対して、原告は、その報告内容を理解し、運用期間が2年間残っているため様子を見る旨回答していた。平成21年6月25日には、Dが原告に対して、本件商品の運用状況を説明したい旨述べたことに対して、原告は、「本件商品の運用状況は分かっており、夏に息子が帰ってくるので、息子と相談して決める。」などと述べていた。原告は、同年10月15日に被告従業員のEが原告に対して平成21年3月以降の日経平均株価の推移を報告したところ、原告は、「償還まで待っていたら、株価は下落し、今より価値が少なくなる。」、「今、解約すれば半分で戻ってくる。」などと述べた。
以上のように、本件取引後も原告が本件商品を解約するまで、被告従業員は、原告に対し、継続的に本件商品の運用状況を報告し、原告は、被告従業員に対して、運用状況は理解している旨述べていた。
イ 本件商品の特性について
本件商品は、次のような特性を有しており、投資経験のない顧客にも十分に適した金融商品であった。
(ア) 顧客が求めるメリットとリスクを組み入れた商品であること
平成15年頃には、バブル経済崩壊以降の株価下落傾向が収まり、おおむね株価が上昇に転じており、それ以降から平成20年のリーマンショックの直前までは、再び株価が大きく下落するとは考えない投資家が増加していた。このような情勢を前提として、一定数の顧客が、「株価と連動して高い利益を獲得することまでは求めないが、定期預金や貸付信託よりは高い利回りが得られ、他方では、一定以上に株価が下落すれば投資した元本を確保できなくなることは受け入れるものの、一定程度株価が下落しても元本が確保される」という商品を望んでいた。このようなメリットとリスクのバランスを求めるニーズに合致する商品として、本件商品が発売された。
また、本件商品は、今後、少なくとも1年間は日経平均株価が緩やかに上昇すると予測し、1年後の早期償還を期待する顧客のニーズにも合致する商品であった。
(イ) 仕組みが単純であること
本件商品には、償還条件が付されており、株価判定日の日経平均株価の終値がスタート株価以上の場合には、早期償還される。早期償還されない場合には、株価観察期間中の日経平均株価の日々の終値がスタート株価に対し一度でも30%以上下落するか否かによって、償還価額が異なる可能性があるというものである。本件商品の基本的な仕組みは以上のとおりであって、その仕組みは単純であると評価できる。
また、本件商品は、投資信託であるため、顧客は、基本的には、本件商品を購入するか否かのみを判断すれば足り、国内外の株式又は債券の中から投資対象を選定したり、投資対象商品の売買のタイミングを決定したり、投資の分散によりリスク低下を図るなどの必要がなく、本件商品の購入後も、基本的には、国内外の市場の動向を踏まえた判断は要求されない。
本件商品は、日経平均株価が本件商品の設定後3年以内に30%以上下落するか否かの見通しが立てられれば投資判断が可能であり、設定後3年間の日経平均株価の動向が予測できない限り、およそ投資判断ができないようなものではない。本件商品は、流動性の高さや業種のバランスなどを考慮して選択された225銘柄を基準に算出される日経平均株価を指標とするから、個別の株式や特定の業種の株式に集中して投資する投資信託と比較した場合には、その値動きの変動は小さいものとなるし、将来の値動きの予測を行うに当たっては、個別の株式又は公社債や上記のように集中して投資する投資信託の予測に比して、少なくともその難易度に大きな差異はない。
(ウ) 投資判断に必要な情報が容易に得られること
上記(イ)によれば、顧客は、日経平均株価の変動を検討し、本件商品を購入するか否かのみを判断すれば足りる。その上、日経平均株価に関する情報は、テレビや日刊紙、インターネットなど様々な情報媒体から極めて容易に入手できる。
(エ) リスクは限定されていること
本件商品にも元本割れのリスクはあるものの、信用取引のように投資元本金額以上の損害を被る危険性はない。
その上、本件商品において顧客が元本を確保できないのは、①4回ある株価判定日のいずれにおいても日経平均株価の終値がスタート株価以上とならず、かつ、②株価観察期間中の日経平均株価の日々の終値がスタート価格に対し30%以上下落したことがあり、かつ、③エンド価格がスタート株価を下回る場合に限られている。
(オ) 相応のメリットが得られること
本件商品の目標分配額にかかる実質的な投資収益率(年換算、手数料控除後、税引き前)は、約4.41%から約2.12%であった。これに対し、平成19年7月当時の被告における定期預金の利率は、1年満期で年0.4%、2年満期で年0.5%、3年満期で年0.55%であった。したがって、本件商品は、定期預金と比較して、約4倍から約10倍のメリットがあった。
(カ) 十分な解約の機会が与えられていること
本件商品において、顧客は、株価判定日の前後において十分な解約の機会が与えられている。
(キ) リスクとメリットの非対称性が認められないこと(商品内容の適正を含む。)
本件商品の投資対象及び商品内容は、次のとおり決定された。まず、中央三井アセットマネジメント株式会社(以下「委託会社」という。)から、複数の証券会社に対し、上記(ア)のリスクとメリットを満たすように、委託会社が設定予定のファンドの属性を充足させる発行体の格付、債券の期間、発行日、仕組み等の前提条件を提示した。これを受けて、各証券会社は、自社の取引先の中から上記条件に合致する発行体を選定し、その発行体の資金調達ニーズ、市場実勢、市場動向を踏まえて、特定の仕組みの債券を提示した。このようにして提示された仕組みの債券をコンペにかけて、最も目標分配額の高い債券を選定した。したがって、本件商品は、上記(ア)のニーズを前提とした上で、最も高い目標分配額を実現することができているのであって、リスクとメリットの非対称性はない。また、本件商品の投資対象である債券は、上記のとおり選定されたから、本件商品の目標分配額は、手続面からも内容の適正さが担保されている。
(ク) 顧客が受け取る分配金や償還金が不当に低額であるとはいえないこと
本件商品において顧客に対して支払われる分配金、償還金は、次のとおり決定される。すなわち、投資対象となった債券の発行体が、委託会社が組成したファンドに対し、当該債券に関する一定の金員を支払う。委託会社は、当該受取金から、信託報酬などの費用を控除し、その残額(上記受取金の98%以上)を顧客に対して分配金又は償還金として支払う。顧客が本件商品を購入する際に支払う2.1%の販売手数料を考慮しても、顧客は、ファンドが受け取る上記受取金総額の約96%の金員を受け取れる。したがって、顧客が実際に受け取る金額が不当に低額であるなどと評価できない。
(ケ) オプション取引ではないこと
本件商品は、投資信託であり、オプション取引とは明確に区別される。現に、本件商品は、委託会社、受託会社、販売会社がオプション取引の当事者ではなく、顧客と被告及び委託会社との間で利益相反関係は生じない。
また、本件商品の取引は、他の投資信託の取引と同様、①債券を発行する発行体が債券を発行し、②委託会社が①の債券に投資するファンドを組成し、③販売会社である被告が②のファンドからの収益等を受け取る権利(投資信託受益権)を顧客に販売するという関係で成り立っている。したがって、本件商品の購入は、ファンドの投資対象である債券そのものの購入ではなく、投資信託受益権の購入であって、仮に投資対象となる債券にオプション取引が含まれているとしても、顧客は発行体と取引を行っているわけではなく、被告が、顧客と発行体との間でオプション取引を仲介していると評価することもできない。
ウ 適合性原則違反について
上記イのとおり、本件商品は、投資経験のない者にも適した商品であった。その上、CとBは、本件取引以前にも、原告の自宅を訪問して、原告の投資意向を確認しながら保険商品等を提案しており、その際も原告には投資経験がなかったことに鑑みて、原告において各説明を理解しているかどうかを確認しており、これに対する原告の反応に照らしても、原告が理解能力に欠けることはなかった。原告は、日経平均株価の概要は理解できていたし、金融商品には元本割れのリスクがあることも理解していた。
原告は、本件商品を購入する前から、被告従業員に対し、金融資産を運用する意思を有していることを示唆しており、運用期間が最長3年の本件商品に興味を示していた。本件取引の際に、CとBが原告の投資意向を確認したときも、原告は、定期預金の金利が低いので資産運用の見直しを検討したい旨述べ、リスクの低い投資信託による運用を検討してもよいなどと述べて、投資型の投資信託に投資する意向を明確に示していた。
顧客の適合性については、顧客が任意に開示した当該顧客の属性に関する情報に照らして判断されるべきであるところ、本件取引当時、原告は、本件商品の購入原資となった定期預金2100万円を余裕資産として保有し、全体としてその倍額である4200万円以上の金融資産を有しており(少なくとも、BやCにそのように申告した。)、年100万円から500万円の年金を継続的に受給し続けながら、ローン返済のない持ち家に住んでいるという資産状況にあった。
本件商品の特性のほか、上記のような原告の理解能力や資産状況、投資意向などを踏まえれば、原告は、本件商品の購入につき、十分な適合性を有していたことが明らかである。
エ 説明義務違反について
(ア) 説明義務の内容について
本件商品を販売するに当たって、被告は、運用期間、償還(早期償還、満期償還)の仕組み、目標分配額、元本を確保できない場合があることについては説明義務を負うが、それ以上に詳細な商品内容について説明義務を負わない。
(イ) 本件における説明の態様について
本件商品の購入に当たって、Cは、本件商品の販売用資料(乙3)を原告に示して、その記載内容に沿って説明した。まず、Cは、販売用資料(乙3)と交付目論見書(乙5)を示しながら、本件商品が預金ではなく投資信託であること、募集期間、運用期間、分配金目標額、申込手数料、J.P.モルガン・インターナショナル・デリバティブズ・リミテッドが発行するユーロ円債が投資対象であること、日経平均株価の値動きによって結果が左右されることなどの本件商品の概要を説明した。その際、Bは、原告に対し、日経平均株価を知っているかどうかを尋ねたところ、原告は、テレビで見て知っているなどと答えた。
次に、Cは、販売用資料(乙3)を示しながら、本件商品の償還の仕組みに関し、日経平均株価の値動きによって償還のタイミングが変わる旨伝え、同資料に記載されている6つの償還パターンについて、順を追って説明した。Cは、特に、元本割れが生ずる可能性があること及びそれがどのような場合に生ずるかについて、販売用資料の該当箇所にボールペンで書き込みながら説明するほか、直前営業日の日経平均株価の終値をスタート株価と仮定した場合の30%下落時の金額をその場で計算して示し、どのような場合にどのような結果になるのかを具体的な数字を用いながら説明した。
また、日経平均株価の過去の推移を説明する場面では、販売用資料のチャート部分(乙3・4頁)のほか、別途用意したコメントチャート(乙11参照)を示し、同株価が過去複数回にわたって3年以内に30%以上下落したことがある事実を説明した。これに対して、原告は、「今後3年間は、日経平均株価が30%以上下落することは多分ないだろう」という考えを示した。
さらに、Cは、販売用資料に記載された目標分配額及びその支払時期、申込手数料を考慮した実質的投資収益率、解約に関する定めについて、それぞれ順に説明した。
加えて、Cは、リスクのある金融資産への投資は余裕資産の範囲内ですべきことなどを説いたポートフォリオ読本(乙10)を示しながら、原告が保有していた定期預金が長期間使用する予定のない余裕資産であることや全体でその倍額以上の金融資産を有していることを聴き取った。
上記のような説明に対して、原告が、BやCの話が聴き取りにくいと述べたり、聞き返したりすることは一切無かった上、原告とB及びCとの間で話がかみ合わない等の事情もなかった。
原告は、上記のような説明を受けて、本件商品を購入する意向を示したのであるから、B及びCの勧誘行為に説明義務違反はなかった。
(2) 原告の損害の範囲
【原告の主張】
被告従業員の原告に対する違法な勧誘行為によって原告に生じた損害は、次の計算式で求められる合計894万4417円である。
(計算式)
(①-②)-(③+④)+⑤+⑥=894万4417円
① 購入時の出捐金 2100万0000円
② 解約時の解約返戻金 1176万6993円
③ 解約時までのキャッシュバック 6万4000円
④ 解約時までの分配金 140万6858円
⑤ 本件定期預金の満期までの利息金から中途解約利息を控除した額 38万2268円
⑥ 弁護士費用 80万0000円
【被告の主張】
争う。
(3) 過失相殺の当否
【被告の主張】
仮に、本件取引に係る被告従業員の勧誘行為が違法であったとしても、原告が本件商品につき元本割れするリスクを有するものであることを認識しながら自己の判断で本件商品を購入したこと、原告が被告従業員に対して自身の資産状況について事実と異なる申告をした可能性があること、原告がBやCによる説明を十分に理解しているように装ったこと、原告が自己の重要な財産の処分をBやCに安易に一任したことに照らせば、原告にも重大な過失があることから、少なくとも5割の過失相殺は免れないというべきである。
【原告の主張】
争う。本件では、BとCが自己のノルマを達成するため、原告の自宅を訪問し、原告の意向と実情に何らの配慮もしないまま原告に本件商品を購入させたのであるから、過失相殺を行うことは許されない。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前提事実、後掲の各証拠(特記のない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。
(1) 原告の属性について
ア 原告の経歴及び学歴について
原告は、昭和5年○月○日に生まれ、第二次世界大戦中に国民学校高等科を卒業後、実家の農業を手伝い、終戦後は、宿泊施設で仲居として働いた。原告は、昭和30年に○○職員であった亡夫であるI(以下「亡夫」という。)と結婚した後は専業主婦であったが、昭和42年頃から、自宅近くの工場で化粧品のケースなどを作る作業に従事し、平成2年に定年退職した。原告は、以後無職であり、本件取引当時も無職であった。(甲A18、32、原告本人)
イ 原告の生活状況及び資産状況について
原告は、本件取引の当時、77歳であり、亡夫から相続した自宅で一人暮らしをしていた。原告の収入は、年間247万1900円程度の年金(老齢基礎厚生年金、遺族厚生年金、○○共済)であった。(甲A5、6、7、12、32、原告本人)
原告が本件商品購入時に解約した本件定期預金は、亡夫が被告に預け入れた1000万円の定期預金とその利息及び原告が被告に預け入れた1000万円の定期預金とその利息を合わせたものであった。なお、原告の亡夫から相続した上記1000万円の定期預金とその利息は、亡夫が平成15年4月7日に死亡した後、平成17年5月9日に至って原告名義の口座に預け替えられ、改めて原告名義の定期預金として作成された。(甲A2、32、原告本人)
原告は、本件取引当時、本件定期預金のほか、りそな銀行の定期預金350万円(甲A8ないし10)及び普通預金100万円余り(甲A12)と定額郵便貯金300万円(甲A11)を保有していた。したがって、本件取引当時、原告が保有していた金融資産は、本件定期預金を含む2850万円程度の預金であった。(甲A32、原告本人・6、16頁)
ウ 原告の取引経験について
原告には、本件取引まで、投資信託の購入を含め投資取引を行った経験がなく、原告がした金融取引は、上記イの銀行預金や郵便貯金のみであった。亡夫にも株式取引等の投資取引を行った経験はなかった。(甲A32)
エ 原告の聴力について
原告は、平成5年頃から耳が遠くなり、平成11年頃から補聴器を装用するようになった。原告は、平成16年頃には、大阪府△△病院を受診して、難聴の診断を受けた。原告は、同受診をきっかけとして、それまで耳掛補聴器を使用していたが、右耳の耳穴式補聴器を購入して装用し、従前の補聴器を、まだある程度聞こえていた左耳用に転用した。本件取引当時の補聴器の使用状況も同様であったが、音は聞こえるが言葉の意味はよくわからないことがかなりあった。(甲A25、26、32、42、43、原告本人)
(2) 事実経過について
ア 本件商品を購入した経緯について
BとCは、平成19年7月6日、原告の自宅を訪問して、約1時間にわたって原告と面談し、原告に対して本件商品の購入を勧誘した。(甲A32、乙4、原告本人・14頁)
Cは、原告に対し、主に本件商品の販売用資料(甲A1。以下「本件パンフレット」という。)を示しながら、本件商品の内容などを説明した(ただし、同説明が被告の説明義務を充足するものであったかどうかについては、後述する。)。また、Cは、原告に対し、本件商品の交付目論見書を交付した(乙5)。(甲A1〔書き込み部分を含む。〕、32、乙8、9、原告本人・14頁、証人B・9頁、証人C・8頁)
その後、原告が本件商品を購入してもよい旨述べたことから、Bは、本件商品の購入手続を行った。原告は、Bの指示に従って、投資信託口座設定申込書(乙1)、投資信託特定口座申込書(乙7)に署名押印した。また、原告は、投信募集・買入注文依頼書(個人用)(乙6の1)を記入して署名押印した。(乙8、9、原告本人・18頁、証人B・12頁、証人C・14頁)
その上で、原告は、BとCが持参した支払請求書兼入金申込書を記入して、本件定期預金を解約し、そのほぼ全額である2100万円を使って同額分の本件商品を購入した。(甲A17、32、証人B・31頁、証人C・14頁)
イ 本件商品を解約した経緯について
被告従業員のDは、平成21年10月9日、原告の自宅を訪問して、原告に対し、当時の本件商品の運用状況として、本件商品の評価額が購入時の約半額になっていること(購入金額2100万円、評価額1116万円、分配金込み評価損益-842万円)を報告した。(甲A32、乙14の1・18)
Dは、同月14日、被告従業員のEと共に、原告の自宅を訪問して、原告に対し、改めて本件商品の運用状況(購入金額2100万円、評価額1146万円、分配金込み評価損益-813万円)を報告した上、直近の解約申込みの期限は同月15日までであること、売却価額が決定されるのは同月20日であること、本件商品を中途解約する場合には0.5%の手数料がかかることを説明した。(甲A3、32、乙14の1・19)
原告は、翌15日、被告に電話して本件商品を解約する旨伝え、Eが原告の自宅を訪問して、解約の手続を行った。(甲A4、32)
(3) 本件商品の特性について(乙3、5、証人C)
本件商品は、主に日経平均株価(日経225)の値動きによって償還条件が決定される仕組みの特定のユーロ円債を可能な限り高位に組み入れて、原則として銘柄の入替えを行わず運用されるため、その基準価額は、当該債券の価格変動を反映する。そして、当該債券の価格は、主に日経平均株価(日経225)の変動、金利の変動及び発行体の信用状況の変化の影響を受ける。したがって、本件商品の購入者(以下、単に「購入者」という。)の投資元本が保証されているものではない。
また、本件商品の投資対象となるユーロ円債等に債務不履行が発生した場合やそれが予想される場合には、当該ユーロ円債等の価格は下落し、本件商品の基準価額が下落する要因となり、償還時の受取金は、当該ユーロ円債の発行体の信用状況の変化等によっても、投資元本を下回る可能性がある。
以上に加えて、本件商品は、その償還や解約の仕組みから、次のような特性を有する。本件商品は、株価観察期間中に日経平均株価の終値がスタート価格に対し一度も30%以上下落しなければ、投資元本が確保される。他方で、日経平均株価が上昇した場合であっても、購入者が得られる利益は、目標分配額が上限となる。購入者は、本件商品を解約することによって本件商品の価額変動リスクを回避することができるが、本件商品の解約を申し込むことができるのは、解約が可能な期間(平成19年10月1日から平成22年7月22日まで)の銀行営業日の約15%の日数であるため(甲A50)、事実上、購入者が上記のような方法で適時に上記リスクを回避する方途は大きく制限されている。本件商品は、4回の株価判定日のいずれにおいても日経平均株価の終値がスタート株価以上とならず、かつ、株価観察期間中の日経平均株価の終値がスタート株価に対して30%以上下落したことがあり、かつ、エンド株価がスタート株価を下回る場合に、投資元本が保証されないものであり、投資元本が保証されない場合の構造自体が著しく複雑であるとまでは評価できないが、購入者が適切な投資判断を行うためには、購入者が、少なくとも上記のような本件商品の仕組み及び価額変動リスクを理解している必要がある。
(4) 本件パンフレットの記載について(甲A1、乙3)
ア 上記(2)アのとおり、原告は、被告従業員から本件商品の勧誘を受けた際、本件パンフレットを受領した。本件パンフレットは、6頁にわたる多数の文章や図が掲載されたものであり、同パンフレットでは、本件商品の説明のために、「単位型株式投資信託」、「ファンド」、「ユーロ円債」、「満期償還」、「早期償還」、「償還条件」、「目標分配額」、「長期格付」、「金融持株会社」、「投資収益率」、「運用成果」、「金融不安」、「ITバブル崩壊」等の多数の経済用語や金融用語が使用されている。
イ 本件パンフレットの1頁下方及び3頁下方には、次の記載がある。
早期償還せず、かつスタート株価に対し一度でも30%以上下落した場合、約3年後の償還時に、原則として1万口あたり
10,000円×エンド株価/スタート株価(ただし、10,000円を上回ることはありません。)+50円程度にて満期償還します。
ウ 本件パンフレットにおいて、本件商品が元本割れのリスクのある金融商品であることをやや詳しく説明する記載部分としては、上記イの記載の右下部分に「※エンド株価の水準によっては、償還価額が10,000円を下回る可能性があります。」という記載、6頁下方の「ファンドのリスク及び留意事項」欄に「組入れるユーロ円債の価格は主に日経平均株価の変動、金利の変動および発行体の信用状況の変化の影響を受けます。したがって、投資家のみなさまの投資元本が保証されているものではありません。」という記載及び「発行体の信用状況の変化等により組入れたユーロ円債をすべて売却し、ファンドを償還する場合は、当該ユーロ円債の時価が大幅に下落し当ファンドに大きな売却損が発生する場合があるため、投資元本を下回ることがあります。」という記載等がそれぞれある。これらのいずれの記載も、周囲の記載と比較して活字の大きさ(フォントサイズ)は大きくはなく、むしろ、上記の「※エンド株価の」からはじまる各記載部分は周囲の記載と比較してかなり小さい活字が使用されている。
なお、本件パンフレットにおいては、「スタート株価」及び「エンド株価」を説明する記載として、同1頁及び2頁の各下方に、「スタート株価」が「平成19年7月31日から平成19年8月6日までの5営業日の日経平均株価の終値の平均値(円未満切り捨て)であり、平成19年8月6日に決定されるもの」であることが、「エンド株価」が「平成22年6月30日の日経平均株価の終値(円未満切り捨て)」であることがそれぞれ注記されているが、これらの記載には、かなり小さい活字が使用されている。
エ 他方、本件パンフレットにおいては、目標分配額である「660円」、「330円」、「50円」という金額、「元本確保(10,000円)+当該決算時の目標分配額にて早期償還します。」、「10,050円程度(償還価額)にて満期償還します。」、「10,050円程度(償還価額)」、「株価判定日に日経平均株価の終値がスタート株価以上の場合、原則として元本を確保して早期償還します。」という文章や文言、「お申込手数料を考慮した実質的な投資収益率(年換算、税引前)」が、償還時期が約1年後の場合は「4.41%程度」、償還時期が約1年半後の場合は「3.26%程度」、償還時期が約2年後の場合は「2.69%程度」、償還時期が約2年半後の場合は「2.35%程度」、償還時期が約3年後の場合は「2.12%程度」であることの説明等が、それぞれ、周囲の記載に比較して大きな活字を使用するとともに太字も使用して(記載部分によってはさらに赤字も使用して)強調して記載されている。
オ 以上によれば、本件パンフレットは、太字及び大きな活字で特に強調して記載されている部分のみを読んだだけでは、本件商品が、償還価額が投資元本額を大きく下回る可能性のある金融商品であることを認識することは困難であり、少なくともこの種の商品に初めて接する者にとっては、小さな活字で記載された部分も合わせ読んではじめて、本件商品が、投資元本が保証されていない金融商品であること及び同パンフレットに記載された目標分配額の支払や実質的な投資収益率が保証されているものではないこと(同パンフレットに記載された目標分配額の金額や実質的な投資収益率の数字は、現時点において目標としている運用成果に過ぎないこと)が認識できるような体裁がとられているといえる。
2 証拠評価
(1) 本件取引以前にBやCが原告の自宅を訪問して金融商品の購入等を勧誘していたか否かについて
被告は、本件取引以前にもBやCが原告の自宅を訪れ、原告に対して、定期預金の組み替え、変額年金保険又は本件商品の購入等を勧誘していた旨主張し、証人B及び証人Cの陳述書及び各証言には、これに沿う部分がある。
しかし、原告は、本件取引があった平成19年7月6日までに、BやCは原告の自宅を訪れたことはない旨の反対趣旨を供述する(原告本人・27頁)。また、被告は、答弁書(13頁)において「平成19年7月5日までに、Bは、Cと共に、原告の自宅を約4回訪問した」と主張し、Cの陳述書にもこれに沿う部分がある一方で(乙9・2頁)、証人Bは、本件取引までに3回ほど原告の自宅を訪問し、そのうちCと訪問したのは平成19年7月6日の訪問とその直前の1回の訪問である旨証言し(証人B・17頁)、証人Cも同趣旨を証言する(証人C・2頁)など、本件取引以前にBやCが原告の自宅を訪問して勧誘を行った経緯について、被告の主張や証人Bや証人Cの各証言には、食い違いや変遷がみられる。その上、交渉履歴(甲A35ないし41、訴えの提起前における証拠保全の結果)を含め、証人Bや証人Cの証言を裏付ける的確な証拠はない。そうすると、上記各証言はたやすく信用することができず、本件取引以前にBやCが原告の自宅を訪問して金融商品の購入等を勧誘していた事実及び原告がこれに前向きな姿勢を示していた事実を認めることはできない。
(2) 原告の資力や投資意向について
被告は、本件取引の際、原告が、本件商品の購入原資となった本件定期預金が余裕資産であり、その倍額以上の金融資産を有していると申告した旨、また、定期預金の金利が低いとして資産運用の見直しのため投資商品の購入を希望した旨主張し、証人B及び証人Cの陳述書(乙8、9)及び各証書にはこれに沿う部分がある。また、本件取引の際に作成された投資信託口座設定申込書(乙1)にも、原告の金融資産が3000万円から5000万円であることや投資目的が投資型であることを記載した部分がある。
もっとも、上記投資信託口座設定申込書(乙1)のうち、原告の金融資産額や投資目的を記載した部分は、原告ではなくBが記入したものであって(証人B・12頁)、それが原告の実情を正確に聞き取った内容であるかは慎重に吟味しなければならない。
この点、証人Bは、原告から金融資産額や投資目的について聞き取ってBが記入した上で、原告に同申込書に署名押印してもらった旨証言する(証人B・12頁)。しかし、本件取引当時、原告が本件定期預金を含む約2850万円の預金のほか金融資産を保有していたことを認め得る証拠はない。証人C及び証人Bは、原告から本件商品の購入原資である本件定期預金が余裕資産であることやその倍以上の3000万円から5000万円の金融資産を保有していることを複数回にわたって聞き取ったなどと証言するが(証人B・19、30頁、証人C・7、21頁、)、原告が本件定期預金のほか、どのような金融資産を保有しているかを含め具体的な聞き取りを行ったことはうかがわれず(証人B・19頁、証人C・21頁)、その聞き取り状況も不自然といわざるを得ない。なお、証人Cは、本件商品の購入原資となった本件定期預金以外の原告の金融資産が預貯金であることを、原告から聞き取った旨証言するが(証人C・23頁)、上記のとおり、本件取引当時、原告が約2850万円を超える預貯金を保有していたことを認め得る証拠はなく、上記証言をただちに信用することはできない。また、BやCは、本件取引の勧誘時に原告から元本の安定性を重視していることを聞き取っており(証人B・32頁、証人C・41頁)、原告が投資商品の購入を積極的に望んでいたとも推認しがたい。
以上のような事情に照らせば、Bが原告の実情を正確に聞き取って上記申込書(乙1)に原告の資産状況や投資意向を記入したとは認めがたく、原告が本件取引当時の金融資産が3000万円から5000万円である旨や投資意向が投資型である旨述べたと認めることもできない。
(3) 本件取引後のやり取りについて
被告は、本件取引から平成21年10月9日に原告に対して本件商品の評価額が購入時の約半額になっていることを報告するまでの間、平成20年3月3日、同年7月8日、同年8月18日、平成21年6月25日にも被告従業員が原告の自宅を訪問し、本件商品の運用状況を報告しており、これに対して、原告も「運用状況はわかっている」などと述べていた旨主張する。
たしかに、交渉履歴(乙14)によれば、被告従業員が原告に対して本件商品の運用状況について伝えるなど交渉を持っていたことはうかがわれる。
しかし、上記の交渉履歴は、あくまで被告従業員の認識を示すものにすぎず(原告が内容を確認した上で署名押印したような書面ではなく、原告の認識が正確に反映されていることの担保はない。)、被告従業員の報告内容やそれに対する原告の態度を含め、その記載内容の信用性については慎重に吟味する必要がある。例えば、平成21年10月15日の交渉履歴(乙14の20)には、原告が被告従業員Eに対して、「償還まで待っていたら(価値が今より)もっと少なくなる。」、「もうこれで株価の推移を気にしなくて良い、すっきりする。」などと述べたとの記載がある。また、被告は、平成20年7月8日に被告従業員Hが原告に対して日経平均株価の下落により本件商品の基準価格が下がっていることを報告した際、原告が「運用期間が2年間残っているため様子を見る。」などと述べたと主張する(答弁書、第三準備書面)。当該記載や主張は、少なくとも原告が平成21年10月15日以前から日経平均株価の推移を適宜に調査又は確認していた(あるいは、その能力があった)ことを前提としている。しかし、その前日の同月14日の交渉履歴(乙14の19)には、原告が本件商品の評価額が購入時の約半額になっていることを聞いて狼狽したとの記載があり、このような原告の態度は、上記前提と整合しない。また、仮に、上記前提のとおり原告が日経平均株価の推移を適宜に確認する能力を有していたのであれば、本件商品の運用報告書を見て日経平均株価の大幅な下落を知ったかのような記載(乙14の6)も、不自然であると言わざるを得ない。
上記のとおり、被告従業員が作成した交渉履歴の記載内容はたやすく信用できないのであって、本件取引後も原告に対して本件商品の運用状況を報告し、原告もこれに理解を示していたとの被告の上記主張は、採用することができない。
3 争点(1)(被告従業員らの勧誘行為の違法性)について
(1) 適合性原則違反について
ア 投資商品を販売する金融機関の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上の違法となると解するのが相当である。そして、上記のような顧客の適合性を判断するに当たっては、取引の対象となった商品等の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、投資取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮すべきである(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。
イ 取引の対象となった商品等の特性に関し、上記1(3)で認定したとおり、本件商品は、日経平均株価の動向等によっては、元本を毀損する危険性のある金融商品であり、日経平均株価が本件商品の購入者に有利に推移すれば、満期償還であれば最大で年率2.12%程度の利益が得られる反面、日経平均株価が購入者に不利に推移(下落)した場合には、購入者には、日経平均株価の下落率に近い高率の価額減少率で元本を毀損する危険性がある。購入者が、本件商品を購入するか否か、購入額をいくらにするか、途中解約をするか否か等の本件商品に関する投資判断を的確に行うためには、購入者には、少なくとも、被告従業員の説明を聞き又はパンフレット等の交付された資料を読むことで本件商品の上記特性を認識及び理解できるだけの能力、及び、日経平均株価の推移や動向をある程度は把握及び理解できる能力が必要といえる。
ウ しかし、原告の投資経験、投資取引の知識及び能力についてみると、原告は、上記1で認定したとおり、本件取引当時77歳の高齢の1人暮らしの女性であり、第二次世界大戦の戦時下に国民学校高等科を卒業し、学校卒業後は、宿泊施設の仲居、専業主婦、工場労働者として働くという、株式等の金融商品の知識を得る機会の少ない学歴、職歴、経歴しか有せず、亡夫とともに世帯の収入及び資産は預貯金で運用し、株式等の有価証券取引の経験がなかった。このことからすれば、原告は、本件取引当時、株式、投資信託等の元本割れのリスクを伴う金融商品の取引に関する知識や日経平均株価に関する知識を十分に身につけてはおらず、本件商品の特性を本件パンフレット及び目論見書(乙5)を読んだだけで理解できる能力は備えていなかったと推認できる。また、上記1(4)で認定した本件パンフレットの記載及び上記1(1)で認定した原告の経歴、投資歴、年齢及び聴力に照らせば、原告には、BやCから本件パンフレットを見せられ又は同パンフレット上の記載を読み上げられるなどして口頭で本件商品の説明を受けたとしても、その説明のために用いられる用語や文章の意味のすべてを理解できるだけの能力はなかったものと推認できる。さらに、原告の上記年齢、経歴に、本件パンフレット上の太字及び大文字で強調して記載された部分の内容(「元本確保」という言葉、目標分配額として記載された金額、実質投資収益率として記載された利率の数字等)及び被告が原告及び亡夫の長年の預金の預け入れ先であった銀行であることも合わせ鑑みれば、本件パンフレットを見せられた上で被告従業員から本件定期預金を解約してその解約金で本件商品を購入するよう勧められた場合には、預貯金以外の投資経験のない高齢者である原告においては、本件商品が元本が確保された高い利回りの預金あるいは預金類似の金融商品であると誤解する危険性が高いと考えられる。なお、仮に、原告がテレビのニュース番組等により「日経平均株価」という言葉自体を本件取引前から知っていたとしても、株式取引等の投資取引を行っていない高齢者等においては日経平均株価の推移や内容等に関心を抱かない場合も少なくないと考えられるから、日経平均株価とは何であるのか(東京証券取引所第一部上場銘柄のうち代表的な225銘柄の平均株価指数であり、日本経済新聞デジタルメディア社により算出、発表されるものであること)や日経平均株価の過去の推移等を十分に把握、認識していたとまでは推認できず、上記の認定が左右されることはない。
エ 原告の投資意向は、上記2(2)のとおり、基本的に、元本の安定性を重視するものであり、原告が投資商品の購入を積極的に望んでいたとも推認できない。
オ 原告の財産状態をみると、収入は月額約20万円、保有する金融資産は2850万円程度であって、本件の投資額2100万円は、その7割以上にも当たる。原告は高齢であるから医療費や介護費等の資金需要が生じる可能性は否定できず、投資による損失を将来の資産運用又は投資によって取り返せる時間的余裕があるかどうかにも疑問が残る。
カ 以上によれば、B及びCが、原告に対して、安定した資産であり原告の保有する金融資産の7割以上を占めていた本件定期預金を解約して、その解約金を原資として本件商品を購入するよう勧めた一連の勧誘行為は、原告の実情と意向に反する明らかに過大な危険を伴う取引を勧誘したものといえる。したがって、B及びCの上記勧誘行為は、適合性の原則から著しく逸脱した違法な行為であって、原告に対する不法行為に当たると認められる。
キ なお、被告は、仮に本件取引当時の原告の実際の保有資産がCやBの聞き取った内容(乙1の投資信託口座設定申込書に記載された原告の保有資産額)と異なっていたとしても、その勧誘行為の違法性を判断するに当たっては、被告従業員らが原告から聞き取った保有資産の内容を前提として判断すべきである旨主張する。しかし、上記2(2)で判示したとおり、CやBが本件取引の際に原告の実情や意向を正確に聞き取っていたとまでは認められず、被告の上記主張は、採用できない。
(2) 説明義務違反について
ア 投資商品を販売する金融機関の担当者は、顧客に対して取引を勧誘するに当たっては、顧客の自己責任による取引を可能とするため、取引の内容や顧客の投資取引に関する知識、経験、資力等に応じて、顧客において当該取引に伴う危険性を具体的に理解できるように必要な情報を提供して説明する信義則上の義務を負うというべきである。そして、その担当者が上記のような義務に違反して顧客に対する勧誘行為を行った場合には、当該行為は不法行為法上の違法となると解すべきである。
イ 上記(1)イのとおり、原告は、本件取引の当時、77歳の高齢で、本件取引までに投資取引の経験もなかった上、元本の安定性を重視する投資意向であったほか(上記2(2)に判示したとおり、これらの事情については、BやCも認識していた。)、難聴でもあった。そのような原告に対して、その保有する金融資産の7割以上を本件商品に集中して投資させる本件取引の勧誘にあたっては、本件商品の内容やその内包するリスクを原告が具体的に理解し得るように、少なくとも、本件商品は、日経平均株価が大きく下落した場合には投資元本額を大きく下回る金額しか償還されない可能性のある金融商品であること、本件パンフレットに記載された目標分配額の支払や実質的な投資収益率の利率は保証されたものではないこと、本件商品は、解約できる期間が制限されているものであること等を、原告が理解できる平易な言葉を用いて原告が理解できるまで十分に説明すべき必要があったというべきである。
ウ その説明の状況につき、確かに、上記1(2)に認定したとおり、本件取引の際、Cが原告に対して、本件商品の販売用資料(甲A1)の記載内容に沿って、一応の説明を行ったことは認められる。
しかし、本件取引の際に、C及びBと原告が面談して原告とやり取りを行った時間は、約1時間であり(上記1(2)ア)、その間に、CやBは、原告に対して、本件商品の販売用資料を示して本件商品の説明を行い、その購入手続を行った上、ポートフォリオ読本(乙10)を示して資産運用の一般的説明も行ったというのであって(証人C・44頁)、C及びBが原告に対して本件商品の内容を説明した時間は、1時間をある程度下回っていたと認められる。また、上記1(4)で認定した本件パンフレットの記載の内容、原告の年齢及び学歴、職歴、投資歴等の経歴に照らせば、原告が、金融用語、経済用語が多数用いられた本件パンフレットの記載に沿った説明を被告従業員らから聞いたり、日経平均株価のチャート図等の図を見せられたりしたとしても、それらの説明内容をすべて理解できたとは考えがたく、BやCの説明及び同人らに見せられた資料によって、本件商品の特性及びリスクを理解できたとも考えがたい。証人B及び同Cは、それぞれ、原告が本件商品の勧誘を受けている際に、悩んでいる様子を見せなかった旨(証人B・34頁)や、原告がCやBの話をうなずきながら聞いており特に質問もしなかった旨(証人B・10頁、証人C・38頁)を証言するが、B及びCが証言するこれらの原告の態度から、直ちに、原告が本件商品の内容を理解していたことは推認できず、むしろ、上記の原告の態度は、難聴であったことも相まって、原告がCやBが話す内容をほとんど理解できていなかった可能性を窺わせる事情であるといえる。
エ 証人C及び同Bは、過去の日経平均株価の動向について、販売用資料(乙3)やコメントチャート(乙11)を原告に示して、過去に日経平均株価が30%以上下落したことがあることを説明したところ、原告が「今後3年間は日経平均株価が30%以上下落することはないだろう。」との意見を示した旨及び原告が上記のとおり判断した理由については何も聞かなかった旨を証言する(証人B・11、32頁、証人C・13、45頁)。しかし、原告には本件取引まで投資取引の経験がなく、原告が本件取引までに特に投資取引について興味を示していたような事情もうかがわれないのであるから、原告において何らの根拠なくそのような見解を示すこと自体が不自然であるといわざるを得ない。その上、Bが作成したヒアリングシート(乙4)には、原告が「景気拡大でもあり、3年間に日経平均株価が30%以上下落しないだろう。」と判断した旨の記載があり、この記載は、原告が、Bらに対し、日経平均株価が将来3年間にわたって30%以上下落しない理由として景気拡大局面であると述べた旨を記載したものと解されるが、これは、原告において日経平均株価が30%以上下落しないと考える理由を述べたことはなかったという上記各証言の内容と矛盾する。したがって、原告が同人独自の判断として「今後3年間は日経平均株価が30%以上下落することはないだろう。」との考えをB及びCに述べたとの事実は、認められない。
オ なお、上記のとおり、原告は難聴であって、その点からみても説明への理解は困難であったと思われるし、原告と約1時間会話したBやCに対し聴力に配慮することを求めるのが無理であったともいえない。
カ 以上によれば、本件商品の購入を勧誘した際、CやBが原告に対して、本件商品の内容等について本件パンフレットを示した上で一応の説明を行ったとは認められるが、本件パンフレットの記載内容及び原告の年齢、経歴、難聴であったこと並びに被告従業員らの説明に対する原告の対応等に照らせば、C及びBは、原告において本件商品の内容及びリスクを理解するのに十分な説明を原告に対して行わなかったと推認できる。
したがって、B及びCの本件取引に関する勧誘行為には、説明義務違反の違法があったというべきである。
4 争点(2)(原告の損害の範囲)及び争点(3)(過失相殺の当否)について
(1) 本件取引による損害について
本件取引による原告の損害は、本件商品の購入額である2100万円から、本件商品を解約した際に原告が解約返戻金として受領した1176万6993円、本件取引中に原告がキャッシュバックとして受領した6万4000円及び本件商品の分配金として受領した140万6858円を控除した、776万2149円であると認めることができる。
(計算式)
2100万円-(1176万6993円+6万4000円+140万6858円)=776万2149円
(2) 本件定期預金の利息について
上記認定のとおり、原告には本件取引まで投資取引の経験がなく、原告が本件取引のほかに投資取引を行おうとしていたともうかがわれないことからすると、原告が本件取引を行わなければ本件定期預金を解約しなかったであろうと推認できる。したがって、本件定期預金の満期までの利息金42万0087円から原告が受領した中途解約利息3万7819円を控除した38万2268円を、C及びBの違法な勧誘行為と相当因果関係のある損害と認めることができる。各利息の額は、上記第2、1(2)アのとおりである。
(計算式)
(21万0043円+21万0044円)-(1万9970円+1万7849円)=38万2268円
(3) 過失相殺について
被告は、原告の過失として、原告が元本割れのリスクを認識しながら自己の判断で本件商品を購入したこと、原告が被告従業員に対して自身の資産状況について事実と異なる申告をしたこと、原告がBやCによる説明を十分に理解しているように装ったこと、原告が自己の重要な財産の処分をBやCに安易に一任したことを挙げる。
しかしながら、本件全証拠に照らしても、原告が、本件商品が元本割れするリスクを有するものを認識しながら本件商品を購入したこと、原告が被告従業員に対して自らの資産状況について虚偽の事実を申し述べたこと、原告がBやCに対して本件商品に関する説明が理解できていないのに理解できているようなふりをしたことのいずれの事実も認められない。
また、原告が投資商品の購入を積極的に望んでいたとは推認できず(上記2(2))、B及びCの勧誘に応じて本件商品を購入したと推認できる。そして、B及びCは、上記3及び4のとおり、適合性に欠ける原告に十分な説明をせず本件商品を勧め購入に至らせたのであるから、原告の行為に重要な財産の処分を安易に一任した過失があると評価することはできない。
したがって、適合性原則違反及び説明義務違反のどちらとの関係でも、過失相殺を行うことが相当であるとは認められない。
(4) 弁護士費用について
上記(1)、(2)で認定した損害の額及び本件訴訟の事案の内容に照らせば、被告従業員であるB及びCの不法行為と因果関係が認められる原告の弁護士費用相当額の損害としては、80万円が相当であると認められる。
(5) 小括
上記(1)ないし(4)によれば、被告が賠償すべき原告の損害は、次の計算式のとおり、894万4417円であると認められる。
(計算式)
776万2149円+38万2268円+80万円=894万4417円
そして、本件定期預金のうち遅い方の満期(平成22年5月25日〔上記第2、1(2)ア〕)には、得られたであろう定期預金の利息を含めた全損害が確定したといえる。
第4結論
以上によれば、不法行為(使用者責任)による894万4417円の損害賠償請求権及びこれに対する平成22年5月25日(本件定期預金の利息分の逸失利益が確定した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求権が成立するので、原告の請求を全部認容すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 久留島群一 裁判官 山下美和子 西澤瑞人)