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大阪地方裁判所 平成24年(ワ)13583号 判決 2014年11月28日

原告

X社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

小池裕樹

阪口博教

被告

Y社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

黒田建一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三八二四万二三三一円及びこれに対する平成二四年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の従業員からの勧誘を受けて、携帯型ゲーム機の付属品を有限会社a(以下「a社」という)から購入してb株式会社(以下「b社」という)に売却するという売買取引を数次にわたり行ったところ(以下、これらの取引を併せて「本件取引」という。)、本件取引は目的物が存在しない架空取引であり、①上記被告従業員には本件取引が架空取引であることを故意若しくは過失により原告に告知しなかったものとして不法行為が成立するとして民法七一五条に基づき、又は②被告にも上記同様の不法行為が成立するとして民法七〇九条に基づき、被告に対して損害賠償金三八二四万二三三一円(本件取引により原告がa社に支払った代金額と原告がb社から支払を受けた代金額の差額である三九二九万一〇〇〇円及び弁護士費用三九〇万円の合計四三一九万一〇〇〇円の一部)及びこれに対する不法行為後の日である平成二四年一一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(証拠等の記載のない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によって認めることができる。)

(1)ア  原告は、集積回路及び半導体の販売等を目的とする会社である。

イ  被告は、電気絶縁材料の販売及び工業用電気機械器具の製造販売等を目的とする会社である。

(2)  被告は、遅くとも平成二一年一月ころ以降、b社及びa社との間で、携帯型ゲーム機の付属品である「○○」(以下「本件商品」という。)の売買取引を継続的に行っていた。同取引の形態は、①被告がa社からの注文を受けてb社に発注する、②被告がb社に対して代金を支払う、③b社がa社に本件商品を直接納入する、④納品後にa社が被告に代金を支払う、というものであった。また、上記取引の被告における担当者は、被告神戸支店の従業員であるCであった。

(3)  被告が上記(2)の取引を開始した後、Cは、原告従業員であるDに対し、被告がそのような取引を行っていることを紹介し、原告においても、被告が行っているような、本件商品を対象としたb社及びa社との間での売買取引をしないかと勧誘した。

(4)  原告は、Cからの上記勧誘を受け入れ、下表のとおり、五回にわたってb社及びa社との間で本件商品の売買取引(本件取引)を行った(以下、各取引を、下表の番号に従い、「取引①」等という。)。本件取引は、上記(2)の被告の取引と異なり、b社からの注文を受けてa社に発注するというものであり、a社からの仕入価格は一本二四〇円、b社への販売価格は一本二六五円であった。

b社からの受注日 a社への発注日 数量

① 平成21年7月27日 平成21年7月27日 2万本

② 平成21年8月4日 平成21年8月5日 5万5000本

③ 平成21年9月2日 平成21年9月2日 2万3000本

④ 平成21年9月15日 平成21年9月2日 3万本

⑤ 平成21年9月30日 平成21年10月1日 5万本

(5)  本件取引は、上記(4)のとおり、上記(2)の被告の取引とは本件商品の流れ(商流)が逆となっており、さらに、真実は本件商品の納入を伴わない架空取引であったが、原告は、被告側から本件取引が架空取引であることを知らされていなかった(ただし、Cないし被告において本件取引が架空取引であることを認識していたか否かについては後記のとおり争いがある。)。

(6)  原告は、本件取引に基づき、a社に対し、以下のとおり、本件商品の代金を支払ったが、b社は、原告に対して、取引①に関する代金である五五六万五〇〇〇円(消費税込)を支払ったのみで、取引②ないし⑤の代金合計四三九六万三五〇〇円(消費税込)を支払わなかった。

① 平成二一年七月三〇日 五〇四万円(取引①分)

② 平成二一年八月七日 一三八六万円(取引②分)

③ 平成二一年九月七日 五七九万六〇〇〇円(取引③分)

④ 平成二一年九月一八日 七五六万円(取引④分)

⑤ 平成二一年一〇月二〇日 一二六〇万円(取引⑤分)

(7)  原告は、上記のとおり本件取引に基づく代金の支払を受けることができなかったことから、b社、b社の代表取締役であるE及びa社を被告として、本件取引により原告がa社に支払った代金額と原告がb社から支払を受けた代金額の差額である三九二九万一〇〇〇円及び弁護士費用三九〇万円の合計四三一九万一〇〇〇円について損害賠償を請求(年五分の割合による遅延損害金の支払請求を含む。)する訴訟を提起した。平成二四年九月二八日、原告は、同訴訟の被告らとの間で訴訟上の和解をし、これに基づき、b社から同日、同年一〇月二二日及び同年一一月二〇日に各二〇〇万円、a社から同年九月二八日に一五万円の支払を受けた。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、被告が民法七一五条の使用者責任を負うか否かに関し、Cにおいて原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、Cに故意又は過失があるか(争点①)、Cの勧誘行為が被告の事業の執行についてされたものといえるか(争点②)、被告が民法七〇九条の不法行為責任を負うかに関し、被告において原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、被告に故意又は過失があるか(争点③)である。

(1)  Cにおいて原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、Cに故意又は過失があるか(争点①)

【原告の主張】

ア Cは、本件取引が架空取引であることを認識しながら、故意にこれを原告に告知せずに本件取引を持ちかけた。

イ 仮にCにおいて本件取引が架空取引であることを認識していなかったとしても、Cは、本件取引が、被告がb社及びa社との間で行っている本件商品の取引と商流が逆であることを認識していたことなどにより、本件取引が架空取引であることを認識することができたから、本件取引が架空取引であることを告知しなかったことについて過失がある。

【被告の主張】

否認ないし争う。

Cは、本件取引が架空取引であることを認識していなかったし、それを認識することもできなかった。

(2)  Cの勧誘行為が被告の事業の執行についてされたものといえるか(争点②)

【原告の主張】

Cは、被告とb社及びa社との間の取引の被告担当者であり、Cは、原告に対して、上記被告の取引に協力するよう求めて本件取引を勧誘したものであるから、Cが本件取引に原告を勧誘した行為は、被告の事業の執行についてなされたものといえる。

【被告の主張】

否認ないし争う。

仮にCが何らかの形で原告に協力を求めるような言動をしていたとしても、原告の意思決定を左右するものではなく、b社及びa社との取引をするか否かの判断は原告の自己責任の問題であるから、Cの行為が被告の事業の執行についてなされたものとはいえない。

(3)  被告において原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、被告に故意又は過失があるか(争点③)

【原告の主張】

ア 現在の被告代表者であり、被告代表者であるF及び当時被告支配人(被告神戸支店長)であったGは、本件取引開始当初から、本件取引が架空取引であることを認識していながら、故意にこれを原告に告知しなかったものであり、被告について故意の不法行為が成立する。

イ 仮に被告代表者及びGにおいて、本件取引が架空取引であることを認識していなかったとしても、同人らにおいて本件取引が架空取引であることを認識することができたから、本件取引が架空取引であると告知しなかったことについて被告に過失がある。

【被告の主張】

否認ないし争う。

被告代表者及びGは、本件取引が架空取引であることを認識していなかったし、それを認識することもできなかったから、被告に故意又は過失があるとはいえない。

第三争点に対する判断

一  認定事実

前記前提事実に加え、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告は、b社との間で、平成一七年頃から、「△△」という商品について、被告がb社からの注文を受けて他社に発注し、被告が同社に対して代金を支払った後、同社がb社に当該商品を直接納入し、納品後にb社が被告に代金を支払うという取引を行っており、平成一九年頃からは、「□□」というゲーム機の付属品について、被告がa社からの注文を受けてb社に発注し、被告がb社に対して代金を支払った後、b社がa社に当該商品を直接納入し、納品後にa社が被告に代金を支払うという取引を行っていた。これらの取引の被告担当者はCであった。

(2)  平成二〇年頃、被告は、b社から、□□に加えて、本件商品を□□と同じ形態で取引することを持ちかけられた。被告は、遅くとも平成二一年一月頃から、b社及びa社との間で本件商品の取引を開始したが、同取引は、本件商品の納入を伴わない架空取引であった。

(3)  Cは、平成二一年一月三〇日、b社のEあてに、「本社からの指示で三月末の今期末迄に出来る限り多くの売り上げと資金回収を行えとの事です。一月から三月まで予定とは関係なく□□の売上を計上しますので処理を宜しく。b社の資金負担が大きくなるのでF部長にメールを入れる予定です。適当に作文して私に送って下さい。F部長に転送します。」との内容のメールを送信した。

(4)  Cは、Eから、本件商品の取引につき、a社が被告に支払うべき代金をb社において立て替えている旨知らされ、平成二一年二月上旬頃、Gらにその旨伝えるとともに、その後同年四月二日にGも交えて開かれた協議の場において、Eから改めてその旨の説明がなされた。また、同協議において、被告が△△に関する取引から撤退することが協議に上り、仮に撤退する場合の方法として、収益性の悪い△△の取引と収益性の良い本件商品等の取引と併せて他社に移管することとされた。

(5)  Cは、平成二一年三月頃、Eから、資金繰りが苦しいとの理由で金員の借入れを求められ、三五〇万円をb社に貸し付けたことがあった。

(6)  a社は、被告との間の本件商品の取引について、平成二一年五月末日を支払期限とする八五〇万五〇〇〇円の支払を遅滞した。

(7)  この間、Cは、Dに対して本件取引を勧誘し、平成二一年七月以降、原告は、b社及びa社との間で本件取引を行った。その際、Cは、本件取引が、被告が行っている本件商品の取引とは商流が逆であることは認識していたが、そのことをDに知らせることはしなかった。

(8)  平成二一年九月ころ以降、Cが、被告名義で購入したパソコンを転売して自らの借入金に対する返済に充てるなどの不正行為を行っていたことが発覚し、被告は、同月末日限りにCを解雇するに至った。被告は、Cによる上記不正行為の調査を行ったが、同年一〇月初めころ、Cが、b社が行っている本件商品等の取引が架空取引である疑いがある旨述べたことから、これを調査することとした。

(9)  a社は、平成二一年一〇月末日支払分の代金を支払わなかった。そこで被告は、GがE及びa社の代表取締役であるHと面談し、本件商品が実際に納入されているかどうかを確認したが、被告E及びHは、納入されている旨説明した。

(10)  平成二一年一一月一二日、Gは、再度E及びHと面談をした。その際、Eは、本件取引が全て架空取引であったことを認めた。

二  争点①(Cにおいて原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、Cに故意又は過失があるか)について

(1)  前記認定のとおり、本件取引は、本件商品の納入を伴わない架空取引であったと認められるところ、原告は、①本件取引が被告がb社及びa社との間で行っている本件商品の取引とはその商流が逆であり、そのことをCが知っていたこと、②被告とb社及びa社との取引において、a社が被告に支払うべき代金をb社が立て替えていたこと、③そのこともあってb社の資金繰りが悪化し、Cがb社に対して金員を貸し付けたりしており、平成二一年に五月にはa社から支払われるべき代金の支払がなされなかったことなどからすれば、Cは、本件取引が架空取引であることを認識していたといえると主張し、平成二一年一月三〇日にCがb社宛に送ったメールによってそれが裏付けられる旨主張する。また、原告は、上記事情からすれば、Cにおいて本件取引が架空取引であることを認識することが可能であったとも主張する。

(2)  そこで検討するに、原告が指摘する上記各事情は、被告がb社及びa社との間で行っていた本件商品の取引さらには本件取引(以下、併せて「本件取引等」ということがある。)が架空取引であることを前提とすれば、矛盾なく説明することが可能な事実であり、その意味で、本件取引等が架空取引であることを窺わせる事実ということができる。しかしながら、本件取引と被告が行っていた取引との商流が逆であったとの事実についてみれば、b社及びa社は、いずれも本件商品の製造者ではなく、原告及び被告と同様に、本件商品を仕入れて転売することにより利益を得る者であるから、本件商品がその製造業者(とされるもの)からゲーム機の製造業者にわたるまでのいずれかの過程に介入し、転売利益を得られればよく、そのように商流を逆にした取引を行うことは一応可能であって、商流が逆であるから直ちに本件取引等が架空取引であると推知できるものではない。また、②被告とb社及びa社との取引において、a社が被告に支払うべき代金をb社が立て替えていたという事実についても、本件商品の製造業者と本件商品の最終的な納入先であるゲーム機製造業者とを繋ぐ取引を維持するために、資金繰りが悪化した(その原因は架空取引であることに限られず、様々考えられるところである。)a社に代わってb社が被告への支払をするということも考えられないことはなく、また、③b社の資金繰りが悪化していた事実については、資金繰りの悪化の原因は上記のとおり種々考えられるところであって、これらの事実があるからといって、本件取引等が架空取引であることを意味するものではない。

そして、原告が指摘するメールについては、その趣旨は必ずしも明らかでなく、単に売上げを増加して資金回収を図る趣旨のメールと解することもできるのであって、Cがこのメールについて、自らが送信したものではないなどという不合理な説明をしている(証人C)としても、そのことをもってCが、当時本件取引等が架空取引であったことを認識していたとするのは困難である。

そうすると、原告が指摘する上記各事実をもって、Cが架空取引であるとの認識を有していたと認めることはできず、その他に、これを認めるに足りる事実及び証拠は見当たらない。

(3)  以上によれば、Cにおいて、本件取引が架空取引であるとの認識を有していたとは認められず、Cが当該事実を告知しなかったことについて故意の不法行為が成立するとは認められない。また、上記に検討したところによれば、原告が指摘する各事実によって、Cにおいて、本件取引が架空取引であると認識することが可能であったともいえないから、その認識を欠いてこれを告知しなかったからといって、Cに過失があるとはいえない。

三  争点③(被告において原告に対して架空取引であることを告知しなかったことにつき、被告に故意又は過失があるか)について

(1)  原告は、被告代表者及びGがb社及びa社との間の取引に関与しており、上記二(1)①ないし③の事実のほか、④被告が本件商品等に関する取引を他社に移管しようとしていた事実をもって、被告は、本件取引開始当時、本件取引が架空取引であることを認識し又は認識することが可能であったと主張し、さらに⑤Cの不正行為の調査及びそれに続く本件取引等の調査の過程において、平成二一年一〇月初めころには、本件取引が架空取引であることを認識するに至ったから、少なくとも原告が取引⑤を行う前にその旨原告に告知しなかったことについて不法行為が成立すると主張する。

(2)  そこで検討するに、上記二(1)①ないし③の事実をもってしても、被告において、本件取引が架空取引であると認識していたといえないことは上記二(2)に述べたと同様である。また、④被告が本件商品等に関する取引を他社に移管しようとしていた事実については、収益性の低い取引から撤退し、それを他の業者に引き継いでもらうために、収益性の高い本件取引を併せて移管するというものであり、本件取引が架空取引でないとしても十分説明が可能である。さらに、被告において本件取引等が架空取引であるとの認識を有していなかったことは、平成二一年一一月六日及び同月一二日のE及びHとの面談におけるやりとり(前記一(9)、(10))からして明らかである。

そうすると、原告が指摘する上記各事実をもって、被告が架空取引であるとの認識を有していたと認めることはできず、その他に、これを認めるに足りる事実及び証拠は見当たらない。

(3)  以上によれば、被告において、本件取引が架空取引であるとの認識を有していたとは認められず、被告が当該事実を告知しなかったことについて故意の不法行為が成立するとは認められない。また、上記に検討したところによれば、原告が指摘する各事実によって、被告において、本件取引が架空取引であると認識することが可能であったともいえないから、その認識を欠いてこれを告知しなかったからといって、被告に過失があるとはいえない。なお、被告は、平成二一年一〇月六日にCから本件取引等が架空取引である可能性を指摘されたものであるが、その時点においては確証を持つに至らず、その後の調査において架空取引であることが判明したものに過ぎず、また、原告は、被告からの勧誘を受けたものとはいえ、原告において一定の利益を得ようとして本件取引を開始したものと認められるから、そのような段階で、被告が原告に対して架空取引の可能性を告知すべき義務があるともいえない。

第四結論

よって、原告の請求は、その余の争点について検討するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

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