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大阪地方裁判所 平成24年(ワ)6771号 判決 2013年8月22日

原告

P1

同訴訟代理人弁護士

遠藤直哉

村谷晃司

佐藤公亮

石田卓遠

川村覚

田島紘一郎

被告

山城開発株式会社

同訴訟代理人弁護士

宮里猛

天野聖子

照屋一人

石井恵介

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告は,別紙1記載の墓(墓標,墓石)の屋根を,製造し,販売し,販売のために展示してはならない。

(2)  被告は,別紙2記載の墓(墓標,墓石)の屋根を廃棄せよ。

(3)  被告は,原告に対し,250万円及びこれに対する平成24年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は被告の負担とする。

(5)  仮執行宣言

2  被告

主文同旨

第2事案の概要

1  前提事実(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

原告は,後記(2)の意匠権を有する。

被告は,土木工事業等を目的とする会社である。

(2)  原告の有する意匠権

原告は,以下の意匠登録(以下「本件意匠登録」といい,その登録意匠を「本件意匠」という。)に係る意匠権(以下「本件意匠権」という。)を有する。

登録番号 1380425号

出願日 平成19年10月26日

登録日 平成22年1月22日

意匠に係る物品 亀甲墓屋根

登録意匠 別紙3本件意匠目録記載のとおり

(3)  被告の行為

被告は,別紙1記載の屋根を備える墓(以下「被告製品」といい,その屋根部分に係る意匠を「被告意匠」という。)を販売している。また,別紙2記載の屋根を備える被告製品を販売した。

2  原告の請求

原告は,被告に対し,被告の行為により本件意匠権を侵害されたとして,以下の請求をしている。

①  本件意匠権に基づき,被告製品の屋根部分の製造,販売又は販売のための展示の差止め

②  本件意匠権に基づき,別紙2記載の被告製品に係る屋根部分の廃棄

③  不法行為に基づき,250万円の損害賠償及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(平成24年7月7日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

3  争点

(1)  被告意匠は,本件意匠に類似するか (争点1)

(2)  本件意匠登録は,意匠登録無効審判により無効にされるべきものであるか

(意匠法41条,特許法104条の3第1項)

ア 本件意匠は,沖縄県浦添市    所在の墓(平成14年建立。乙1の12~14頁)の意匠(以下「公知意匠1」という。)と同一(意匠法3条1項1号)又は類似する意匠(同項3号)であるか (争点2-1)

イ 本件意匠は,沖縄県国頭郡    所在の墓(平成16年建立。乙1の2~5頁)の意匠(以下「公知意匠2」という。)と同一(意匠法3条1項1号)又は類似する意匠(同項3号)であるか (争点2-2)

ウ 本件意匠は,沖縄県浦添市    所在の墓(平成18年建立。乙1の7~8頁)の意匠(以下「公知意匠3」という。)と同一(意匠法3条1項1号)又は類似する意匠(同項3号)であるか (争点2-3)

(3)  損害額 (争点3)

第3争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告意匠は,本件意匠に類似するか)について

【原告の主張】

以下のとおり,被告意匠は,本件意匠に類似する。

(1) 本件意匠の構成

ア 基本的構成態様

左右対称・同形の屋根状であり,屋根の上面部位に亀の甲羅形状(ただし多角形の模様等はない。)が表れている。

イ 具体的構成態様

(ア) 正面視では,亀の甲羅形状が表れている長方形瓦状の部分及び長方形瓦状に対して波打つ形状の庇部分が前置している部分から構成され,庇部分から後面部分に向かい上昇する形状である。

(イ) 側面視では,一辺が他辺より長い四角形状に庇部分が前置し,庇部分が前置する四角形状物の上部に亀の甲羅状の半円が表れており,庇部分から後面部分にかけて上昇する形状である。

ウ 要部

本件意匠の要部は,以下のとおりである。

(ア) 正面視矩形部分とそれほど大きくない庇部分が一体的に形成され,看者に対して,統一感から喚起される整然性や近代性,安定性という印象を与えるほか,庇部分は底面が階段状であり,重層感からくる荘厳さを看者に与える。

庇正面の緩やかな湾曲形状は看者に雄大さや,丸みからくる女性的な温かさ,優しさを感じさせるものとなっているほか,湾曲形状に起因して下層部分が空洞となっていることからくる開放感を看者に与える。

(イ) オメガ状部位は,矩形部分に内包される形状となっており,屋根部分である矩形部分に収まることから,無駄な要素を排除したすっきりとした印象や整然性,近代性の印象を看者に与える。

(2) 被告意匠の構成

ア 基本的構成態様

左右対称・同形の屋根状であり,屋根の上面部位に亀の甲羅形状(ただし多角形の模様等はない。)が表れている。

イ 具体的構成態様

(ア) 正面視では,亀の甲羅形状が表れている長方形瓦状の部分及び長方形瓦状に対して波打つ形状の庇部分が前置している部分から構成され,庇部分から後面部分に向かい上昇する形状である。

(イ) 側面視では,一辺が他辺より長い四角形状に庇部分が前置し,庇部分が前置する四角形状物の上部に亀の甲羅状の半円が表れており,庇部分から後面部分にかけて上昇する形状である。

(3) 類否

ア 共通点

被告意匠は,基本的構成態様及び具体的構成態様が本件意匠と共通であり,本件意匠の要部も備えている。

イ 差異点

被告意匠は,オメガ状部分の先端に半球状の突起物が付されているほか,矩形状部分と一体的な庇部分の長さ及び幅において,本件意匠と異なる。

ウ 対比

差異点である半球状の突起物は,公知意匠において多々使用されており,看者の特段の関心を惹き付けるものではない。

庇部分も大きさが異なるだけであり,微差にすぎない。

したがって,被告意匠は,本件意匠と美感において異なるものではなく,類似する。

【被告の主張】

以下のとおり,被告意匠は,本件意匠に類似するものではない。

(1) 本件意匠の構成

ア 基本的構成態様

屋根の上面部位に亀の甲羅形状(ただし,多角形の模様等はない。)が表れている。

イ 具体的構成態様

(ア) 正面視では,亀の甲羅形状が表れている長方形部分及び波打つ形状の庇部分が前置している部分から構成され,庇部分から後面部分に向かい上昇する形状である。

(イ) 側面視では,一辺が他辺より長い四角形状に庇部分が前置し,庇部分が前置する四角形状物の上部に亀の甲羅状の半円が表れており,庇部分から後面部分にかけて上昇する形状である。

ウ 要部

本件意匠の要部は,以下のとおりである。

(ア) 正面視矩形部分とそれほど大きくない庇部分が一体的に形成されており,庇部分の底面が階段状であって,庇正面は緩やかな湾曲形状である。

(イ) オメガ状部位は,矩形部分に内包されている。

(2) 被告意匠の構成

前記【原告の主張】(2)は認める。

(3) 類否

被告意匠と本件意匠を対比すると,以下のとおり,要部において異なるものであるから,類似しない。

ア 本件意匠の庇部分は,オメガ状の部分に収まる大きさであるのに対し,被告意匠の庇部分は,矩形部分からはみ出すほど大きく,両端がそり上がっている。また,被告意匠の矩形部分と庇部分は,本件意匠のように一体性のあるものではない。

イ 本件意匠の庇部分は,底面が階段状であるのに対し,被告意匠は,庇部分の底面が一段下がっているだけであって,階段状ではない。

ウ 被告意匠のオメガ状部分の先端には,本件意匠にない半球状の突起物が付されており,オメガ状の幅も本件意匠と比べて細いものである。

2  争点2-1(本件意匠は,公知意匠1と同一又は類似する意匠であるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件意匠は,公知意匠1と同一又は類似する意匠である。

(1) 公知意匠1の構成

公知意匠1の墓は,平成14年,沖縄県浦添市に建立されたものであるが,その構成は,次の写真3枚のとおりである。

その基本的構成態様及び具体的構成態様は,本件意匠(前記1【被告の主張】(1))と同じである。

file_2.bmpfile_3.jpgfile_4.jpg(2) 対比

前記(1)のとおり,本件意匠と公知意匠1の基本的構成態様及び具体的構成態様は同じであり,両意匠は同一である。

公知意匠1は,正面視矩形部分とそれほど大きくない庇部分が一体的に形成されており,庇部分が湾曲しており,オメガ状部位が屋根部分である矩形部分に内包されている。

したがって,本件意匠の要部は,公知意匠1に表れており,少なくとも,両意匠は類似している。

【原告の主張】

「墓」と「屋根」は異なる物品であり,被告が公知意匠1として主張する屋根部分は特定されていないから,被告の主張は失当である。

3  争点2-2(本件意匠は,公知意匠2と同一又は類似する意匠であるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件意匠は,公知意匠2と同一又は類似する意匠である。

(1) 公知意匠2の構成

公知意匠2の墓は,平成16年,沖縄県国頭郡に建立されたものであるが,その構成は,次の写真3枚のとおりである。

その基本的構成態様及び具体的構成態様は,本件意匠(前記1【被告の主張】(1))と同じである。

file_5.jpgfile_6.jpgfile_7.jpg(2) 対比

前記(1)のとおり,本件意匠と公知意匠2の基本的構成態様及び具体的構成態様は同じであり,両意匠は同一である。

また,公知意匠2は,庇部分が緩やかに湾曲しており,底面部は階段状であって,オメガ状部位が屋根部分である矩形部分に内包されている。

したがって,本件意匠の要部は,公知意匠2に表れており,少なくとも,両意匠は類似している。

なお,本件意匠は,公知意匠2と庇部分の大きさが異なるものの,この差異は本件意匠と被告意匠との間にもあるから,本件意匠と公知意匠2が類似しないのであれば,本件意匠と被告意匠も類似しない。

【原告の主張】

「墓」と「屋根」は異なる物品であり,被告が公知意匠2として主張する屋根部分は特定されていないから,被告の主張は失当である。

4  争点2-3(本件意匠は,公知意匠3と同一又は類似する意匠であるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件意匠は,公知意匠3と同一又は類似する意匠である。

(1) 公知意匠3の構成

公知意匠3の墓は,平成18年,沖縄県浦添市に建立されたものであるが,その構成は,次の写真2枚のとおりである。

その基本的構成態様及び具体的構成態様は,本件意匠(前記1【被告の主張】(1))と同じである。

file_8.jpgfile_9.jpg(2) 対比

前記(1)のとおり,本件意匠と公知意匠3の基本的構成態様及び具体的構成態様は同じであり,両意匠は同一である。

また,公知意匠3は,正面視矩形部分とさほど大きくない庇部分が一体的に形成され,庇部分は湾曲しており,オメガ状部位が屋根部分である矩形部分に内包されている。

したがって,本件意匠の要部は公知意匠3に表れており,少なくとも,両意匠は類似している。

なお,公知意匠3は,庇部分の底部分が階段状ではないが,この差異は本件意匠と被告意匠との間にもあるから,本件意匠が公知意匠3と類似しないのであれば,被告意匠とも類似しない。

【原告の主張】

「墓」と「屋根」は異なる物品であり,被告が公知意匠3として主張する屋根部分は特定されていないから,被告の主張は失当である。

5  争点3(損害額)について

【原告の主張】

被告は,別紙2記載の被告製品を1000万円で販売し,少なくとも250万円の利益を受けた。

よって,原告は,被告の行為により同額の損害を受けたものと推定される(意匠法39条2項)。

【被告の主張】

否認又は争う。

第4当裁判所の判断

1  争点1(被告意匠は,本件意匠に類似するか)について

以下の理由から,被告意匠は,本件意匠に類似するものであるとは認めることができない。

(1)  意匠に係る物品

前提事実(2),(3)のとおり,被告意匠と本件意匠の「意匠に係る物品」は,同一である。

(2)  本件意匠の構成

本件意匠の構成は,以下のとおりである。

ア 基本的構成態様

左右対称の矩形で,厚みのある板状である。上面に亀の甲羅の形状をした隆起部が表れている。

イ 具体的構成態様

(ア) 正面視(別紙3本件意匠目録【正面図】)では,向かって奥(後方)の矩形部分(屋根の本体部分)と,向かって手前(前方)の庇部分とで構成されている。

矩形部分の上面にある亀の甲羅の形状をした隆起部(前記ア)の隆起は緩やかであり,その表面には,亀甲文様等もなく,滑らかである。当該隆起部の形状(隆起部の底辺によって形成される。)は,矩形部の奥側で円形に閉じているのに対し,手前では円形でなく,一旦くびれた後,庇部分につながっている。隆起部の周囲(底辺)と庇部分の左右両端が連続しており,隆起部と庇部分との間(矩形の手前の辺より,少し奥に入った位置)には,矩形状に隆起した帯がある。

矩形部分の上面には,亀の甲羅の形状をした隆起部を取り囲むように,隆起部から少し離れた位置に,幅広の帯状の縁取りが設けられている。縁取りは,矩形状に隆起し,裾を広げた状態で上記隆起部を取り囲んでおり(扁平な帯状の直方体を,上記隆起部に沿って曲げて配した状態),平面視(別紙3本件意匠目録【平面図】)ではオメガ状の縁取りとなっている。

庇部分は,中央が上方に湾曲した(唐破風様)3層構造であり,最上層の厚みが下の2層を併せた厚みよりも厚い。また,庇部分の左右両端は,亀の甲羅の形状をした隆起部に連続しているため,庇部分の横幅は,上記隆起部の横幅と同程度である(当然,矩形部分の幅よりは狭い。)。

(イ) 右側面視(別紙3本件意匠目録【右側面図】)では,屋根全体が,向かって左下(庇部分)から右上(矩形部分)に傾斜している。

庇部分の3層構造は,上層が下層よりも前方(向かって左方)に突出するように,階段状の段差が設けられている。

(3)  本件意匠の要部

登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2項)

したがって,その判断に当たっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹き付ける部分について要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである。

以下,このような観点から,本件意匠の要部について検討する。

ア 本件意匠の実施品の性質,用途及び使用態様

(ア) 亀甲墓と呼ばれる沖縄の代表的な墳墓は,沖縄戦の際に防空壕として利用されたほどの規模である。その形もその名のとおり,数坪の亀甲形のコンクリート又は石畳葺き屋根を丘の斜面に被せ,その下部に横から数畳の広さの墓穴を掘り,墓穴の入口正面中央に遺体の白骨化するときまで棺を安置できる通路があり,その周囲に遺骨を納めた厨子瓶を並べる石段が数列巡らされている。亀甲墓の構成や形状は,女体をイメージしているともいわれている。

戦後は,比較的平坦な原野に設けられた,切り妻屋根の小屋形のコンクリート造りのものが多くなった。近年では,小規模な亀甲墓も設けられるようになっており,集合霊園に骨壺が収められる程度の小さなものが設置されることも増えてきている。

(以上について乙2,3)。

(イ)上記(ア)によれば,亀甲墓は,沖縄県における伝統的な墓の形態であること,亀甲形の屋根の構成や形状に宗教上の意義があること,大きさは丘の斜面に設けられる大規模なものが多かったものの,近年は一般的な墓石サイズのものもあることが認められる。

イ 公知意匠

本件記録上,本件意匠登録の出願(平成19年10月26日)前に,以下の3つの公知意匠の存在を認めることができる。

(ア) 公知意匠1

公知意匠1の墓は,平成14年,沖縄県浦添市内の霊園に建立されたもので,構成は,次の写真3枚のとおりである。

file_10.jpgfile_11.jpgfile_12.jpga 基本的構成態様

屋根の形状は,左右対称の矩形で,厚みのある板状である。上面に亀の甲羅の形状をした隆起部が表れている。

b 具体的構成態様

正面視では,向かって奥(後方)の矩形部分と,向かって手前(前方)の庇部分とで構成されている。

矩形部分の上面にある亀の甲羅の形状をした隆起部(前記a)の隆起は緩やかであり,その表面には,亀甲文様等もなく,滑らかである。当該隆起部の形状は,矩形部分の奥側で円形に閉じているのに対し,手前では円形でなく,一旦くびれた後,庇部分につながっている。また,隆起部と庇部分との間には,矩形状に隆起した帯がある。

矩形部分の上面には,亀の甲羅の形状をした隆起部を取り囲むように,隆起部から少し離れた位置にオメガ状の縁取りが設けられている。

庇部分は,中央が上方に湾曲した(唐破風様)2層構造であり,上層の厚みが下層の厚みよりも2倍以上厚い。また,庇部分の横幅は,オメガ状の縁取りの内側端に収まる程度である。

右側面視では,屋根全体が,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜している。

庇部分の2層構造は,上層が下層よりも前方(向かって左方)に突出するように階段状の段差が設けられている。

c 本件意匠との対比(差異点)

本件意匠の庇部分が3層構造であるのに対し,公知意匠1は2層構造である。

また,公知意匠1よりも本件意匠の方が,庇部分中央の湾曲がより平面的で緩やかである。

本件意匠のオメガ状の縁取りが,幅広で扁平であるのと比べると,公知意匠1のオメガ状の縁取りは,幅が細く高い。

(イ) 公知意匠2

公知意匠2の墓は,平成16年,沖縄県国頭郡に建立されたものであるが,その構成は,次の写真3枚のとおりである。

file_13.jpgfile_14.jpgfile_15.jpga 基本的構成態様

屋根の形状は,左右対称の矩形で,厚みのある板状である。上面に亀の甲羅の形状をした隆起部が表れている。

b 具体的構成態様

正面視では,向かって奥(後方)の矩形部分と,向かって手前(前方)の庇部分とで構成されている。

矩形部分の上面にある亀の甲羅の形状をした隆起部(前記a)の隆起は緩やかであり,その表面には,亀甲文様等もなく,滑らかである。当該隆起部の形状は,矩形部分の奥側で円形に閉じているのに対し,手前では円形でなく,一旦くびれた後,庇部分につながっている。上記隆起部と庇部分との間にこれらを区分するものがあるかどうかは,明らかではない。

矩形部分の上部には,亀の甲羅の形状をした隆起部を取り囲むように,隆起部から少し離れた位置にオメガ状の縁取りが設けられている。

庇部分は,中央が上方に湾曲した(唐破風様)3層構造であり,最上層の厚みが下の2層を併せた厚みよりも厚い。また,庇部分の横幅は,矩形部分と同程度である。

右側面視では,屋根全体が,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜している。

庇部分の3層構造は,上層が下層よりも前方(向かって左方)に突出するように,階段状の段差が設けられている。

c 本件意匠との対比(差異点)

本件意匠の庇部分は,亀の甲羅の形状をした隆起部の周囲(底辺)と連続しているのに対し(その結果,矩形の幅より相当に小さい。),公知意匠2の庇部分は,後方の矩形部分の幅と比べると,少なくとも同程度の横幅である。

公知意匠2の庇部分は,オメガ状の縁取りの前方開口部より外側において,外方に向かって直線的に延伸しており,両端が上方に向かって鋭角的に反っている。

本件意匠のオメガ状の縁取りが,幅広で扁平であるのと比べると,公知意匠2のオメガ状の縁取りは,幅が細く高い。

(ウ) 公知意匠3

公知意匠3の墓は,平成18年,沖縄県浦添市に建立されたものであるが,その構成は,次の写真2枚のとおりである。

file_16.jpgfile_17.jpga 基本的構成態様

屋根の形状は,左右対称の矩形で,厚みのある板状である。上面に亀の甲羅の形状をした隆起部が表れている。

b 具体的構成態様

正面視では,向かって奥(後方)の矩形部分と,向かって手前(前方)の庇部分とで構成されている。

矩形部分の上面にある亀の甲羅の形状をした隆起部(前記a)の隆起は緩やかであり,その表面には,亀甲文様等もなく,滑らかである。当該隆起部の形状は,矩形部分の奥側で円形に閉じているのに対し,手前では円形でなく,一旦くびれた後,庇部分につながっている。また,隆起部と庇部分の間には,矩形状に隆起した帯がある。

矩形部分の上部には,亀の甲羅の形状をした隆起部から少し離れた位置にオメガ状の縁取りが設けられている。

庇部分は,中央が平行な直線で,両端が下方に湾曲した(唐破風様)2層構造であり,上層の厚みが下層の厚みよりも2倍以上厚い。また,庇部分の横幅は,オメガ状の縁取りの内側端に収まる程度である。

右側面視では,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜している。

庇部分の2層構造は,上層が下層よりも前方(向かって左方)に突出するように,階段状の段差が設けられている。

c 本件意匠との対比(差異点)

本件意匠の庇部分が3層構造であるのに対し,公知意匠3は2層構造である。

また,本件意匠の庇部分は中央が湾曲しているのに対し,公知意匠3の庇部分は中央が平行な直線である。

本件意匠のオメガ状の縁取りが,幅広で扁平であるのと比べると,公知意匠3のオメガ状の縁取りは,幅が細く高い。

亀の甲羅の形状をした隆起部は,公知意匠3の方が本件意匠よりも相当に高く隆起しており,球形に近いものである。

ウ 本件意匠の要部

前記イで検討したところによれば,本件意匠と各公知意匠を対比すると,矩形部分と庇部分とで構成されていること,矩形部分の上部に,亀の甲羅形状をした隆起部があり,その周囲に,前方に向かって開口するオメガ状の縁取りが設けられていること,庇部分が多層構造であること,右側面視では,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜していることが共通である。これらの共通点は,正面視又は平面視における意匠であるところ,前記アで検討したところによれば,上記共通点に係る構成は,いずれも「亀甲墓」の屋根が一般的に備える構成であることが認められる。

これに対し,各公知意匠同士を対比すると,庇部分の幅,湾曲の状態,段数において異なる構成を有し,それぞれの特徴を表しており,これらの点の組合せは,いずれも本件意匠と異なっている(もっとも,本件意匠と公知意匠1とを対比すると,庇部分に係る段数以外の相違はごくわずかなものである。なお,前記のとおり,被告は,本件意匠と各公知意匠との類否について,実質的な反論をしていない。)。

前記アで検討した亀甲墓の性質,用途及び使用態様からすれば,需要者の注意が最も惹き付けられるのは,正面視の意匠であると考えられるところ,庇部分の横幅の大きさや,中央の湾曲の程度,何層構造であるかは特に注視されると考えられる。特に庇部分の横幅は,前記イのとおり,各公知意匠でも,矩形と同じ幅のものから,亀の甲羅の形状をした隆起部又はオメガ状の縁取りの開口部と同じ幅のものまでがあり,どの程度の幅を採用するかによって,美感に大きく影響するところであると考えられる。

したがって,これらの点(庇部分の幅,湾曲の状態,段数)に関する本件意匠の構成が要部であると認められる。

具体的には,本件意匠の要部は,庇部分の左右両端がオメガ状の縁取りに囲まれた亀の甲羅の形状をした隆起部の周囲と連続していること(その結果,庇部分の横幅は,矩形部分の手前側における上記隆起部分の横幅とほぼ同じとなる。),庇部分の中央が上方に湾曲した(唐破風様)3層構造であることにあるものと認められる。

ところで,上記のとおり,オメガ状の縁取りの存在及び亀の甲羅の形状をした隆起部は亀甲墓が共通して有する構成であるから,当該構成を有すること自体をもって,類似意匠と判断する根拠とすることはできない。前記アで検討した亀甲墓の性質,用途及び使用態様等も考慮すると,これらの構成に係る具体的構成態様の選択の幅は狭いし,需要者の注意を惹き付ける部分であるともにわかには認めがたいというべきである。もっとも,本件意匠と各公知意匠とでは,オメガ状の縁取りの幅及び高さが異なっており,本件意匠と公知意匠3では,亀の甲羅の形状をした隆起部の隆起の高さも異なっている。全体として美観を共通にするか否かを判断するに当たっては,これらの構成(オメガ状の縁取りの幅及び高さ,亀の甲羅の形状をした隆起部の隆起の高さ)に係る差異についても考慮すべきである。

(4)  被告意匠の構成

被告意匠の構成は,以下のとおりであると認められる。

ア 基本的構成態様

屋根の形状は,左右対称の矩形で,厚めの板状であり,上面に亀の甲羅の形状をした隆起部が表れている。

イ 具体的構成態様

(ア) 正面視では,向かって奥(後方)の矩形部分(屋根の本体部分)と,向かって手前(前方)の庇部分とで構成されている。

矩形部分の上面にある亀の甲羅の形状をした隆起部(前記ア)の隆起は頂点が高く,量感があり,その表面には,亀甲文様等もなく,滑らかである。その形状は,矩形部分の奥側では円形に閉じているのに対し,手前では円形でなく,一旦くびれた後,庇部分につながっている。もっとも,隆起部と庇部分との間に,それらを区分する矩形上に隆起した帯はない(甲5)。

矩形部分の上面には,亀の甲羅の形状をした隆起部を取り囲むように,隆起部から少し離れた位置にオメガ状の縁取りが設けられている。

オメガ状の縁取りの先端には半球状の突起物が付されている。

庇部分は,中央が上方に湾曲した(唐破風様)2層構造であり,上層が下層よりもわずかに厚い。

庇部分の横幅は,矩形部分の横幅よりも長いものであり,矩形部分に含まれる亀の甲羅の形状をした隆起部やオメガ状の縁取りの横幅よりも当然長い。

(イ) 右側面視では,屋根全体が,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜している。

庇部分の重層構造は,上層が下層よりも前方(向かって左方)に突出するように,階段状の段差が設けられている。

(5)  類否判断

ア 共通点

本件意匠と被告意匠を対比すると,矩形部分と庇部分とで構成されていること,矩形部分の上面には,前方に向かって開口するオメガ状の縁取りが設けられており,オメガ状の縁取りの内側は隆起していること,庇部分が重層構造であること,右側面視では,向かって左下(前方の庇部分)から右上(後方の矩形部分)に傾斜していることが共通である。

イ 差異点

本件意匠の庇部分は,左右両端が亀の甲羅の形状をした隆起部の周囲(底辺)の線と連続している(したがって,庇部分の横幅は,上記隆起部の横幅と変わらない。)のに対し,被告意匠の庇部分は,その横幅が後方の矩形部分よりも長い。

庇部分の形状を比べると,本件意匠ではその中央のみが湾曲しているのに対し,被告意匠では庇部分の全幅にわたって全体的に湾曲している。また,被告意匠の庇部分は,矩形部分の横幅よりも相当程度外方に延伸しており,両端の先端部が上方に向かって尖っている。本件意匠の庇部分が3層構造であるのに対し,被告意匠の庇部分は2層構造である。

被告意匠のオメガ状の縁取りの先端には,本件意匠にはない半球状の突起物が付されており,本件意匠のオメガ状の縁取りが幅広で扁平な印象を与えるのに対し,被告意匠の縁取りは,細く,高い印象を与える。

亀の甲羅の形状をした隆起部について,その隆起の程度は,本件意匠よりも被告意匠の方が相当に大きく,球体により近いものである。

ウ 判断

前記(3)ウで検討したところによれば,前記アの共通点に係る構成は,亀甲墓の屋根が一般的に備える構成である。しかも,これらの構成の範囲でみても,前記イのとおり,被告意匠のオメガ状の縁取りの先端には,本件意匠にはない半球状の突起物が付されており,オメガ状の縁取りの幅も本件意匠と比べて細く,亀の甲羅の形状をした隆起部についても,隆起の程度,形状が異なるという差異点があり,これらの差異点は本件意匠と被告意匠とを対比した場合に明らかなものである(これらの差異点に係る被告意匠の具体的構成態様及びそこから生じる美感は,本件意匠よりも各公知意匠に共通するものである。)。

次に,前記イの差異点についてみると,被告意匠は,本件意匠の要部である,庇部分の左右両端がオメガ状の縁取りに囲まれた亀の甲羅の形状をした隆起部の周囲(底辺)と連続していること(その結果,庇部分の横幅が,上記隆起部の横幅と同程度となる。),庇部分の中央が上方に湾曲した(唐破風様)3層構造であることの2構成を備えていない。

したがって,両意匠が要部において構成態様を共通にするものであるとはいえない。

また,前記(3)ウで述べたとおり,正面視の意匠は,需要者の注意を相当惹き付けるものであり,全体の美感に大きく影響するところであるが,被告意匠の庇部分は矩形部分の幅よりも相当程度外方に延伸しており,両端の先端部が上方に向かって尖っている点において,本件意匠の庇部分と対比すると,正面視の美感が一見して異なっている。

これらのことからすれば,被告意匠と本件意匠は,要部において構成態様を共通にするものであるとはいえないし,上記のとおり矩形部分の構成についても看過できない差異点があり,全体として美感を共通にするものであるともいえない。

したがって,被告意匠は,本件意匠に類似するものであるとは認めることができない。

2  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には全部理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 松川充康 裁判官 西田昌吾)

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