大阪地方裁判所 平成24年(ワ)6896号 判決 2013年1月24日
原告
有限会社Cache
被告
P1
同訴訟代理人弁護士
井上寛
主文
1 被告は,原告に対し,金2万円及びこれに対する平成24年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを20分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金44万1000円及びこれに対する平成24年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,本件商標権を有する原告が,別紙被告標章目録記載1,2の標章(以下「被告標章1」,「被告標章2」という。)を使用した被告の美容室の営業が原告の商標権を侵害したと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,金44万1000円及びこれに対する不法行為の後である平成24年7月8日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である(なお,原告は,被告標章1,2の使用等の差止め,廃棄も請求していたが,これらの請求については,訴えの取下げがされた。)。
1 判断の基礎となる事実等(争いのない事実,争うことを明らかにしない事実)
(1) 本件商標権
原告は,次の商標権を有している(以下「本件商標権」といい,その登録商標を「本件商標」という。)。
登録番号 第5441186号
出願日 平成23年6月21日
登録日 平成23年9月30日
指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分 第44類 美容,理容
登録商標 Cache(標準文字)
(2) 被告の行為
ア 被告は,平成元年12月頃,大阪府東大阪市<以下省略>に美容室を開店し(以下「被告店舗1」という。),同店舗で被告標章1を使用して営業していた。同店舗は平成13年12月に近所に移転されたが,その後も被告標章1が使用された。
また,被告は,平成6年5月頃,同市<以下省略>に美容室を開店し(以下「被告店舗2」という。),同店舗で別紙被告標章2記載の標章(以下「被告標章2」という。)を使用して営業していた。
イ 原告は,平成23年11月,被告に対し,使用する標章を変更するよう申し入れを行い,その後,被告は,被告標章1,2を変更した。
ウ 本件商標と被告標章1は類似する(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 本件商標と被告標章2の類否 (争点1)
(2) 被告の先使用権の成否 (争点2)
(3) 原告の損害 (争点3)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(本件商標と被告標章2の類否)について
【原告の主張】
本件商標と被告標章2の「cache」の部分を対比すると,外観は,アルファベットが大文字か小文字かの違いだけである。称呼は,原告商標は「カシェ」,被告標章2は「カーシェ」である。観念は,フランス語で隠れ家や隠れ場所などを意味し,同一である。
したがって,本件商標と被告標章2は類似する。
【被告の主張】
被告標章2では,「aisé」の文字が大きく上段に記載される一方,「cache」の文字は下段に行頭を下げて小さく記載されているに過ぎないから,「aisé」が主で「cache」は補足的なものであり,被告標章2は本件商標と類似するとはいえない。
被告標章2のうち「aisé」は安らぎ,「cache」は隠れ家を意味するが,一般人にはいずれもなじみがなく,両語を並べた場合に修飾関係を理解するのも困難であるから,本件商標と類似の観念が生じるとはいい難い。
したがって,本件商標と被告標章2は類似しない。
2 争点2(被告の先使用権の成否)について
【被告の主張】
(1) 被告は,本件商標の登録出願前から,不正競争の目的なく,被告標章1,2を使用して美容室の営業を行っていた。
(2) 先使用権(商標法32条1項)の要件である周知性は,当該業界における取引の実態を考慮して,先使用者に一般に期待できる程度の周知性があれば足りると考えるべきである。美容室業界で需要者として想定されるのは当該地域の住民であることからすれば,周知性の程度は,その主な商圏となる同一又は隣接町内程度の地元周辺地域までである。被告は,これまでに特段の宣伝活動等は行っていないが,平成元年に大阪府東大阪市<以下省略>に被告店舗1を,平成6年5月に大阪府東大阪市<以下省略>に被告店舗2をそれぞれ構え,営業を継続してきたことから,被告標章1,2は,需要者である地元周辺地域の住民にとって,被告の営業表示として広く認識されていたといえる。
(3) したがって,被告による被告標章1,2の使用には,先使用権が成立する。
【原告の主張】
否認又は争う。
3 争点3(原告の損害)について
【原告の主張】
(1) 被告は,被告標章1,2を平成24年3月31日まで使用しており,平成23年10月1日から平成24年3月31日までの間,本件商標権を侵害した。
(2) 被告は,本件商標を原告とのフランチャイズ契約に基づいて使用する場合,最低でも一店舗につき毎月3万5000円を支払わなければならない(甲4参照)。
被告は,上記期間中,本件商標を2店舗で使用したことから,その使用料相当額は44万1000円(消費税込み)であり,同金額が損害額である。
【被告の主張】
(1) 被告は,平成24年1月中に,被告各店舗のテントや置き看板に表示された被告標章1,2を変更しており,それ以降,同標章を使用していない。
(2) 原告は,本件商標を,平成13年以降にわずか2店舗で使用していたに過ぎないことからすれば,本件商標に原告の業務上の信用が化体されているとはいえない。また,原告と被告の商圏が重なっていないため,仮に本件商標に原告の業務上の信用が化体されていたとしても,その影響が商圏を異にする被告の店舗に及ぶということはできない。
したがって,本件商標は被告の売上げに何ら寄与しておらず,原告に損害が発生しているとはいえない(むしろ,被告が店舗を置く大阪府東大阪市では,「Cache」の標章に被告の信用が化体されていたといえる。)。
第4当裁判所の判断
1 争点1(本件商標と被告標章2の類否)について
(1) 被告標章2は,アルファベットが横書きで二段に分けて記載されており,上段には,大きく「aisé」の文字が記載され,下段には,上段の横幅の中程から末尾にかけて,上段の文字の4分の1程度の大きさで小さく「cache」と記載されていることが認められる。
このような記載態様からすれば,被告標章2の「aisé」と「cache」とは分離して認識され,「aisé」は,その位置及び文字の大きさからして,「cache」よりも,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものといえる。そうすると,被告標章2については,「aisé」又は「aisé cache」としての称呼,観念が生じる一方,「cache」の部分について独立の称呼,観念が生じるとはいえない。原告は,被告標章2の「cache」の部分を取り出して本件商標と対比するが,このような対比方法は被告標章2の記載態様に照らして相当ではない。
(2) 被告標章2と本件標章を対比するに,外観は上記のとおり同一又は類似とはいえず,また称呼は,被告標章2では「エゼ」又は「エゼカシェ」であるのに対し,本件商標は「カシェ」であり,同一又は類似とはいえない。さらに観念については,「aisé」,「cache」の言葉は一般にはなじみのないものであるが,その字義どおりの観念が生じるとすれば,被告標章2では安らぎ又は安らぎの隠れ家との観念が生じるのに対し,本件商標では単に隠れ家との観念が生じるのみであって,同一又は類似とはいえない。
したがって,被告標章2と本件商標が類似するとはいえない。
2 争点2(被告の先使用権の成否)について
先使用権(商標法32条)の要件にいう,商標登録出願の際,その商標が自己の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されているとき」については,先使用権に係る商標が未登録の商標でありながら,登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域でこれを使用することが許されるという,商標権の効力に対する重大な制約をもたらすことに鑑みると,本件においても,単に当該商標を使用した美容室営業の顧客が認識しているというだけでは足りず,少なくとも美容室の商圏となる同一及び隣接する市町村等の一定の地理的範囲の需要者に認識されていることが必要というべきである。
本件において,被告は,被告標章1について特段の広告宣伝活動をしていなくても,被告店舗1を約23年間営業してきた事実をもって,上記周知性が認められると主張する。しかしながら,被告が長年の美容室営業によって固定客を獲得しているとしても,同一及び隣接する市町村等には他の美容室を利用する者も多数存在していると考えられ,これらの者の被告標章1に関する認識は全く明らかでないことからすれば,被告標章1が「需要者の間に広く認識されているとき」に当たるということはできない。
したがって,本件において,被告による被告標章1の使用につき,先使用権は認められない。
3 争点3(原告の損害)について
(1) 事実関係
掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記第2,1に加え,以下の事実が認められる。
ア 原告による美容室の営業
(ア) 店舗展開等
原告代表者は,平成13年,大阪市<以下省略>に美容室「Caché」を開店し,平成15年に原告を設立して,その後は,原告が同美容室を経営していた。原告は,その後,100%子会社である有限会社 GLEAM.Inc(以下「原告子会社」という。)を設立し,原告子会社は,平成17年,大阪市<以下省略>に美容室「Caché PRIVEE」を開店した。原告子会社は,平成21年,上記2店舗を統合して,新たに同区<以下省略>に美容室「Caché」を開店し,以後,美容室の経営は原告子会社が行った。原告子会社は,平成23年,大阪市<以下省略>に美容室「Caché」を開店した。
原告は,平成23年6月21日,本件商標の登録出願を行い,同年9月30日,その登録を得た。
(イ) 広告宣伝
原告又は原告子会社の上記店舗は,平成14年1月から平成23年12月にかけて,関西のヘアサロンを地区別に多数紹介した雑誌「カジカジH」(甲17~ 47)において,平成19年4月から平成24年3月頃,同様の雑誌「カンサイ・ガールズ・スタイル・エクスプレス」(甲48~ 60)において紹介されたほか,平成21年から平成24年頃,全国版の雑誌「愛されヘアカタログ」でも紹介された(甲14~ 16)。
また,原告は,平成14年頃から,雑誌「ホットペッパー」等に広告を掲載する等していた(甲61,62)ほか,原告の店舗で働く美容師が,美容室向けの専門誌で紹介されることもあった(甲6~ 13)。
イ 被告による標章変更の経緯
(ア) 原告は,平成23年11月頃,被告に対し,本件商標登録の旨を通知した(乙7)。
(イ) 被告は,同年12月21日,東大阪市保健所に対し,被告店舗1,2の名称を「aisé エゼ」に変更する旨の届け出を行い,同月22日,大阪府美容生活衛生同業組合に,美容室名「cache(カーシェ)」を「aisé エゼ」に変更する旨の届け出を行った(乙1~ 3)。また,被告は,同月26日,新たに「aisé エゼ」について商標登録出願をした(乙4)。
(ウ) 被告は,同月下旬,被告店舗1,2のテントや置き看板の変更を業者に依頼し,平成24年1月にこれらの工事が実施された。
なお,原告は,上記工事の請求書の発行日が同年3月20日であること(乙11)をもって,上記工事が実施されたのは同月頃であると主張するが,同工事については,平成23年12月28日に見積書が発行され(乙10),そこでは「H24.01.10 以降着工」とされており,その後同年3月まで工事が実施されなかったことの合理的な理由も見当たらないことからすれば,上記請求書の発行日の記載のみから,同月頃まで工事が実施されなかったとはいえない。
(2) 損害の発生
被告は,本件商標に原告の業務上の信用が化体されているとはいえないこと,原告と被告の商圏が重なっていないことから,原告の損害は生じていないと主張する。
しかしながら,上記(1)アで認定したとおり,原告は,平成13年頃「Caché」という標章で美容室営業を開始し,本件商標権侵害を主張する期間も大阪府内の2店舗で営業をしていたこと,原告が雑誌等で継続的に広告宣伝をしており,これらの事情によれば,本件商標に原告の業務上の信用が化体していないとはいえない。また,原告又は原告子会社の店舗は大阪市,被告の店舗は東大阪市に所在するところ,美容室の商圏は同一市町村に限られずその隣接市町村等にも及ぶことからすれば,その商圏が重なっていないともいえない。
したがって,原告に損害が生じていないということはできず,被告の主張には理由がない。
(3) 損害額
ア 上記(1)イのとおり,被告は,本件商標が登録された平成23年9月30日から平成24年1月まで(4か月間)の被告店舗1での営業については,本件商標権を侵害したものと認められる。
イ 原告は,本件商標の1か月当たりの使用料相当額は3万5000円であり,同金額の損害が生じたと主張する。
この点,美容室のフランチャイズ事業の中には,1か月当たりのロイヤリティとして,10万円(「Beautissimo」),売上げの5%(「mod’s hair」),15万円(「Family Salon SEASON」)などと定めるものが認められるが,フランチャイズ事業の加盟金及びロイヤリティには,商標使用のみならず技術上及び営業上のノウハウ使用等の対価としての意味合いも含まれることからすれば,上記金額の全てを商標使用の対価とみることはできず,また,上記各フランチャイズはいずれも世界各国及び日本全国で事業展開されていることからすれば,本件商標の使用料相当額を上記フランチャイズと同等とみることもできない。
本件において,原告は子会社を通じて大阪府内で2店舗を経営しているところ,これらの店舗は雑誌で広告宣伝されていることが認められるが,その雑誌の多くは対象を関西圏に限定したものである上,そこでは多数の美容室が同時に紹介されており,原告又は原告の子会社の店舗はそのうちの一つにすぎないことからすれば,本件商標が,他の美容室との差別化を図るほどの強い顧客吸引力を有していたとまでは認められない。また,原告はフランチャイズ事業に専念している旨主張するが,その規模,事業計画等についても不明であり,具体的なフランチャイズ事業の内容等を認めるに足りる証拠は提出されていない。
これらの事情に鑑みると,本件商標の顧客吸引力を高く評価することはできず,本件商標使用による損害額は,1か月当たり5000円とするのが相当である。
(4) 小括
以上によれば,被告による本件商標使用による損害額は,2万円と認められる。
4 結語
以上のとおり,原告の請求には主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 松川充康 裁判官 網田圭亮)
file_2.jpg別紙