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大阪地方裁判所 平成24年(行ウ)148号 判決 2015年3月12日

主文

1  農林水産大臣が平成23年6月24日付けで原告に対してした別紙1物件目録記載の各土地に係る保安林の指定を解除しない旨の処分(農林水産省指令22林整治第3054号)を取り消す。

2  農林水産大臣は,別紙1物件目録記載の各土地に係る保安林の指定を解除せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,Aとともに,別紙1物件目録記載の各土地(以下「本件保安林土地」という。なお,同別紙で用いた略称は本文においても同様とする。)を持分各2分の1の割合で共有する原告が,平成22年12月27日付けで,農林水産大臣に対し,本件保安林土地及び同土地の上にある立木竹によって構成される森林(以下「本件保安林」という。)についてされている保安林の指定(以下「本件保安林指定」という。)の解除の申請(以下「本件解除申請」という。)をしたのに対し,平成23年6月24日付けで,同大臣から,本件保安林指定を解除しない旨の処分(以下「本件不解除処分」という。)を受けたため,本件不解除処分の取消し及び本件解除申請に基づく本件保安林に係る保安林の指定の解除の義務付け(以下「本件義務付け」という。)を求める事案である。なお,Aは本件訴えに併合して同一の訴えを提起する等していたが,同人の訴えは平成25年1月18日付けの訴えの取下げにより終了した。

1  関係法令等の定め

別紙3関係法令等の定めのとおりである(なお,同別紙で用いた略称は本文においても同様とする。)。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実及び各項掲記の証拠(枝番号の存するものは特記なき限り全枝番号を含む。以下同じ。)等により容易に認められる事実等)

(1)  本件保安林指定等

本件保安林土地は農林水産大臣によって重要流域として指定された淀川流域内に存するものであり,そのうち,本件25番土地ないし本件27番土地は大正4年8月16日に,本件4番土地の一部(見込み14876平方メートルの範囲)は昭和9年5月24日に,本件2番1土地(ただし,後述の(2)の分筆前の土地)の一部(見込み2975平方メートルの範囲)は昭和18年4月19日に,それぞれ旧森林法(明治30年法律第46号(但し,明治40年法律第43号による改正後のもの。)。以下「旧法」という。)14条に基づき,「土砂扞止林(土砂の崩壊又は流出の防備を目的とする保安林)」として保安林に編入された(乙18,22,28の3ないし28の7,67)。その後,昭和26年に現行森林法(昭和26年法律第249号)が制定されて,本件保安林は,「土砂流出防備林」となり,昭和37年の同法改正の際に「土砂流出防備林」が「土砂流出防備保安林」へと名称が変更され,現在に至っている(乙5,7,弁論の全趣旨)。

(2)  分筆等の経緯

綴喜郡α町大字β小字γ2番の土地は,平成10年11月25日,同2番1の土地(本件2番1土地)と同2番2の土地に分筆された(甲1,乙18の1)。

(3)  原告による本件保安林土地の取得

原告及びAは,平成18年7月25日,本件保安林土地及び別紙2物件目録記載の全11筆の土地の合計16筆の土地(以下「本件各土地」という。)を有限会社Bから売買により取得した(甲1ないし16)。

(4)  本件各土地の位置関係等

本件解除申請当時の本件各土地周辺の位置関係等は別紙4ないし6のとおりである。すなわち,別紙4ないし6に黒色又は赤色の文字で数字を付して黒枠及び赤枠で囲んだ部分(ただし,黒色文字で「23」を付して黒枠で囲んだ部分(綴喜郡α町大字δ小字ε23番(以下「23番土地」という。))並びに同「24」を付して黒枠及び赤枠で囲んだ部分(綴喜郡α町大字δ小字ε24番(以下「24番土地」という。))を除く。)が本件各土地であり,それらの数字の記載は,各土地の地番等に対応している。そして,上記各別紙中の上記各赤枠で囲んだ部分が本件保安林土地であり,別紙5及び6の青枠で囲んだ範囲(ζ集水区域と記載された部分。以下「ζ集水区域」という。)が,被告が本件において本件保安林土地を含む集水区域(雨水が集まる区域)と主張する区域であり,緑枠で囲んだ範囲(η集水区域と記載された部分。以下「η集水区域」という。)が,被告が本件において本件保安林土地を含むもう1つの集水区域と主張する区域である(以下,ζ集水区域及びη集水区域を併せて「本件各集水区域」という。なお,同各別紙記載の青色及び緑色の矢印は,被告が本件各集水区域ごとの雨水の流出経路として主張する経路であり,本件各集水区域の雨水が当該経路のとおり流出するか否かについては争いがある。)。本件各集水区域とその周辺において保安林に指定されている土地の範囲は,別紙4ないし6中の茶色で塗られている部分である。

(5)  本件解除申請に至る経緯

ア Cは,原告及びAから保安林の指定の解除に関する委任を受けたとして,平成21年2月5日から平成22年9月7日までの間,京都府山城広域振興局(以下「振興局」という。)との間で,本件保安林土地を他の用途に転用する場合の保安林の指定の解除申請に関する事前相談等を重ね,同年11月25日から同年12月22日までの間,転用目的ではなく本件保安林指定に係る指定目的の消滅を理由とする保安林の指定の解除申請に関する事前相談等を重ねた(乙19の1ないし19の19,20)。

イ 原告及びAは,平成22年12月27日,本件保安林について,保安林の指定解除の理由を「指定理由の消滅 現在は既に森林が伐採され,保安林に指定された当時の形態を有しない。」とする,農林水産大臣宛ての本件解除申請に係る保安林解除申請書(以下「本件解除申請書」という。)及びその添付資料(以下,本件解除申請書と併せて「本件申請書類」という。)を振興局に提出し,もって,森林法27条1項に基づく保安林解除申請(本件解除申請)をした。なお,本件解除申請は転用目的を理由とするものではない。(甲22,乙21)

(6)  本件解除申請後の手続

ア 京都府山城広域振興局長は,平成23年2月23日,京都府農林水産部長宛てに本件申請書類を副申した。

イ 京都府知事は,平成23年3月25日付けで,農林水産大臣に対し,本件保安林は保安林に指定しておくことが必要であり,その指定を解除することは適当でない旨の意見を附して,本件申請書類を進達した(乙22)。

ウ 京都府農林水産部森林保全課長は,平成23年6月1日,林野庁森林整備部治山課長宛てに,本件申請書類に添付された京都府知事の意見書に係る補足資料を提出した。同補足資料によると,本件保安林の受益対象は,京都府綴喜郡α町θ地区(別紙4ないし6のうち「α町θ地区」と記載された箇所の周辺の地区。以下「θ地区」という。)の人家等(347戸),同町β地区(別紙4及び5のうち「α町β地区」と記載された箇所の周辺の地区。以下「β地区」という。)の人家等(429戸),同府城陽市ι地区(別紙6のうち「城陽市ι地区」と記載された箇所の周辺の地区。以下「ι地区」という。)の人家等(672戸),国道307号線(ζ集水区域と接する地点付近から,城陽市側にDの○バス停(別紙6の「D(株)○5バス停」参照)付近までの約2kmと,α町側に同町大字β小字λ(別紙4及び5の「βλ」参照)までの約1kmの間),及び,主要地方道宇治木屋線(同町大字βλ地区所在の暗渠部(別紙4及び5の「βλ地区暗渠」参照)から同町大字β小字μ(別紙4及び5の「βμ地区」参照)まで。以下「宇治木屋線」という。)とされている。(甲26,乙23)。

(7)  本件不解除処分

農林水産大臣は,平成23年6月24日,原告及びAに対し,それぞれ本件保安林に係る保安林の指定を解除しないとする処分(本件不解除処分)をした。本件不解除処分を原告及びAに通知する書面には,本件不解除処分の理由が記載された別紙が添付されており,同別紙には,森林法26条1項に規定する「指定の理由が消滅したとき」とは,取扱通知において本件解除基準のいずれかの場合に該当するときとしているところ,本件保安林については下記のとおり,本件解除基準が定めるいずれの場合にも該当しない旨が記載されていた。(甲23,乙1の1)

ア 本件保安林は,近接して国道307号線や人家等の受益の対象が存在しているため,「受益の対象が消滅したとき」には当たらない。

イ 本件保安林は,面積の約92パーセントで植生が回復し,現状でも保安林機能が発揮されており,さらに機能が高い状態の森林への移行・復旧も見込まれるため,「自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき」には当たらない。

ウ 本件申請は,保安林を森林以外の用途に供することを目的として申請されたものではなく,本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等の設置が計画されていないため,「当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき」には当たらない。

エ 本件保安林は,森林施業に制限が及ばなかった時期には土砂流出により受益の対象に被害が発生したことからすれば,森林施業の制限を行わない場合,土砂流出により受益の対象に被害を与えるおそれがあるため,「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」には当たらない。

(8)  異議申立て

ア 原告は,平成23年7月27日,農林水産大臣に対して,本件不解除処分に対する異議申立てをした(以下「本件異議申立て」という。甲24)。

イ 本件異議申立てを審査する林野庁森林整備部治山課の担当官(以下「審査庁担当官」という。)は,原告及びCからの要請により,平成23年9月9日,本件異議申立てについて口頭で意見を陳述する機会を与えることとし,Cが出席して意見陳述をした。なお,原告は欠席した。(乙24)

ウ 審査庁担当官は,平成23年10月20日及び同月21日,口頭意見陳述の内容等を踏まえて,行政不服審査法29条に基づく検証を実施した。その際,審査庁担当官は,京都府農林水産部森林保全課の担当官に対し,本件保安林土地のうち本件2番1土地,本件4番土地及び本件27番土地の計3筆の土地から国道307号線までの間の高低差を求める縦断測量を行い,その成果を報告するよう指示し,京都府農林水産部森林保全課長は,同年12月13日付けで,林野庁森林整備部治山課長宛てに,上記検証において指示された測量成果を提出した。(乙39,弁論の全趣旨)

エ 農林水産大臣は,平成24年1月23日,原告に対して,本件異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲25)。

(9)  訴え提起等(顕著な事実)

ア 原告及びAは,平成24年7月20日,本件不解除処分の取消し及び本件義務付けを求める訴えを提起した。

イ Aは,平成24年8月2日,上記アの訴えのうちAに係る部分を,農林水産大臣が本件解除申請に対して応答していないとして不作為の違法確認を求めるとともに,農林水産大臣が応答していないことを前提に本件解除申請に対する保安林指定解除処分の義務付けを求める訴えへと変更した。

ウ Aは,平成25年1月18日,Aに係る訴えの全てを取り下げた。

3  争点

本件の争点は,本件不解除処分の違法性,すなわち,本件保安林が森林法26条1項所定の「指定の理由が消滅したとき」との要件を満たすものであったか否かであり,これが認められるときに,本件義務付けの訴えが認められるか否かである。

4  争点に関する当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件保安林は,以下の(2)ないし(5)のとおり,本件解除基準が定める場合に該当するため,森林法26条1項所定の「指定の理由が消滅した」といえるから,本件不解除処分は違法である。

(2) 受益の対象が消滅していること

ア 本件保安林の受益の対象とされる地域(以下「本件対象地域」という。)として,θ地区,β地区,ι地区,国道307号線並びに南バイパス(別紙4ないし6において,「府道宇治木屋線(南バイパス)」とされている道路のうち,本件各土地に隣接している部分をいう。以下同じ。)及び宇治木屋線とされているところ,以下のイないしエのとおり,本件保安林土地には,本件対象地域に流出して土砂災害をもたらすような土砂は存在せず,かつ,本件保安林は既に保安林としての役割を終え,公益的機能を失っているため,本件対象地域が享受する公的ないし個別的利益は存在せず,受益の対象は消滅したというべきである。

イ 前提

(ア) 保安林の指定解除は一筆ごとに判断すべきであること

保安林指定制度は財産権を制限するものであるから,必要最小限度で行わなければならない。したがって,保安林指定の理由が消滅したか否か,本件では土砂流出のおそれの有無は,土地所有権の最小単位である一筆ごとに判断すべきである。被告は,保安林指定解除の判断においては,保安林が存在する箇所以外の事情も考慮すべき等と主張するが,被告の主張を前提とすれば本件各集水区域全体を保安林に指定しなければ論理一貫せず,被告の主張は不合理である。

(イ) 保安林指定の目的を厳格に捉えるべきであること

保安林指定制度が財産権を制限するものである以上,保安林指定の目的は厳格に解すべきである。土砂流出防備保安林は,本来保安林指定区域内で表面侵食及び崩壊が生じ,それによる土砂の保安林指定区域外への流出を防備するものであるところ,被告が縷々主張する「保安林が存在する箇所以外からの土砂の流出」のおそれは,砂防の問題であり,土砂流出防備保安林の目的とは異なる。

ウ 本件保安林は既に保安林としての役割を終えていること

本件保安林土地は昭和48年から昭和56年までの間の違法開発によって土砂が採取され,当時生育されていた植物や埋土種子は土砂の搬出とともに本件保安林土地から外部へと持ち出された(以下「本件違法開発」という。)ため,本件保安林土地の形状が改変され,森林の持つ公益的機能の発揮が全く期待できない状態となった。したがって,本件保安林指定の当時とは異なり,流出する可能性のある土砂がなくなったものである。被告は,23番土地及び24番土地付近の土砂等が本件4番土地方向に流出する旨主張するが,23番土地及び24番土地を所在地とする森林も保安林として指定されている以上,その機能が発揮されていれば土砂等が流出するおそれはないし,被告が指摘するおそれは23番土地及び24番土地の問題であり,本件保安林の問題ではない。

他方,被告提出に係る本件保安林に関してE教授が作成した意見書(乙55。以下「本件意見書」という。)でも,本件各集水区域の中流及び下流部から土石流が発生し,出口まで到達することは考え難いとされているところ,本件保安林土地はいずれも本件各集水区域の中流又は下流部に位置するため,本件保安林土地から土石流が発生したり,土石流の形態で土砂が出口まで到達することはない。

エ 本件保安林指定がなくとも本件対象地域に影響がないこと

(ア) 過去の豪雨の際に土砂の流出がなかったこと

被告も本件保安林が期待されている機能を発揮していないことを認めているところ,昭和55年以降に京都府に甚大な被害を及ぼした豪雨に複数回見舞われても,本件各集水区域の上流で土石流や斜面崩壊が生じたことはなく,その他洪水や流木等の流下の事実もない。なお,本件保安林土地に最も近い雨量観測所の記録によれば,平成25年9月15日午前9時から同月16日午前9時にかけての豪雨では,24時間の降雨量が245ミリメートルと,被告が指摘する100年確率の日雨量を超えているばかりか,200年確率の日雨量をも超えていた。

(イ) θ地区について

本件違法開発によって本件各土地上の山が存在しなくなった結果,本件保安林土地の位置が周辺地域よりも低い平地となり,θ地区の方が高所に位置することになった。さらに,被告が主張する雨水の流出経路を前提にしても,θ地区に流出する雨水の流れはいずれもη集水区域からのものであるところ,本件保安林土地のうち,本件4番土地の東端のごく一部はη集水区域に含まれているが,その面積はごく僅かであること,η集水区域のほぼ全域を占めるのは23番土地であり,同土地が保安林機能を発揮している以上土砂が流出することはあり得ないこと,η集水区域からの雨水の流れは本件保安林土地とは無関係の場所を経路としていること等からすれば,本件保安林指定を解除してもη集水区域からの流水経路に影響を及ぼさない。

(ウ) β地区について

本件保安林土地とβ地区との間には距離があり,かつ,両地点をつなぐ国道307号線は曲折が多いため,仮に本件保安林土地から土砂が流出することがあったとしても,その土砂がβ地区まで到達することはない。また,被告が主張する流出経路を前提にしても,β地区に流出する水の流れはいずれもη集水区域からのものであるところ,本件保安林指定の解除がη集水区域の流水経路に影響を及ぼさないことは上記(イ)で述べたとおりである。

(エ) ι地区について

本件保安林土地とι地区との間には距離があり,両地点をつなぐ国道307号線は曲折が多く,かつ,左右が閉塞された道路ではなく,崖上の道路である。したがって,本件保安林土地から土砂が流出することがあったとしても,ι地区まで達することはない。

(オ) 国道307号線について

国道307号線は,本件保安林土地の北側に位置しており,本件保安林土地よりも高所にある。被告が主張する流水経路を前提としても本件保安林土地から国道307号線に到達するためには本件保安林土地内北側の標高153.3メートルの箇所から,本件保安林土地の北側に存する標高155.7メートルの箇所を超えなければならないが,そのような大量の土砂が本件保安林土地に存在しないことは既述のとおりである。なお,被告は本件各土地の西側にある崖地(別紙4ないし6記載の「ζ集水区域」内の記載のうち城陽市側の境界線付近に崖の地図記号で示された部分参照。以下「本件崖地」という。)が崩壊した場合にその土砂が流水によって国道307号線に向かって流れ出す旨を主張するが,本件崖地は本件保安林土地とは別の土地であり,これを理由に本件不解除処分が適法であるということはできず,かつ,本件崖地は本件保安林指定の当時には存在せず,本件保安林土地の地表は当時,現在の本件崖地の地表と同じ高さにあったものである。また,本件不解除処分では本件崖地の存在はその理由になっていなかったのであるから,かかる理由の差替えは許されない。さらに,本件崖地の崩落については本件崖地自体を保安林に指定する等の措置を講じるべきであって,これを怠りながら原告の財産権を制限することは極めて不当である。

(カ) 南バイパス及び宇治木屋線について

南バイパスは本件保安林土地よりも高所にあり,かつ,本件保安林土地との間に存する盛り上がった土手状の土地が堤防の役割を担うことになるのであるから,仮に本件保安林土地から土砂の流出があったとしても南バイパスに達することはない。また,被告が主張する流出経路を前提にしても,南バイパス及び宇治木屋線に流出する水の流れはいずれもη集水区域からの流水経路に影響を及ぼさないことは既述のとおりである。

(キ) 被告の主張について

a 被告は,水の流れを前提に,本件保安林土地からの土砂の流出のおそれを主張するが,そもそも水が流出することと,土砂が流出することは別である。

b 被告が主張するζ集水区域の流水経路(別紙5参照)においては,同集水区域の降雨水は本件2番1土地付近を南側から北側に向けて流れるとされているが,同土地とその北方向では北側の方が海抜が高く北側に水が流出することはないし,本件25番土地ないし本件27番土地においては同部分から北側に向けて水が流れることが想定されているところ,同部分はコンクリートで舗装されており流れるべき土砂はない。したがって,ζ集水区域の水が溜まっても国道307号線に向けて流出することはなく,ましてや土砂の流出は生じない。

c 被告は,昭和49年7月1日の降雨によって本件各土地から国道307号線に土砂や泥水が流出したことがあるとして,本件保安林が適切に管理されていない場合には国道307号線が土砂流出の被害を受けるおそれがある旨主張するが,被告がその根拠とする報告書の内容や写真等からは,土砂流出の被害は確認できず,むしろ道路上を走行する車両が確認できるため,同日の降雨によって土砂が流出したことを裏付けるものは何もない。

d 被告は,土砂や泥水が流出した場合には側溝や水路や暗渠部に支障を来す旨主張するが,かかる事態は公共設備を改善することで足り,かかる改善をせずに原告の財産権を制限することは極めて不当である。また,被告は,本件各土地から流木等が流出し,土砂や泥水の円滑な流下を阻害する等と主張するが,本件保安林は土砂流出防備保安林であるし,本件不解除処分当時も流木等の存在について何ら指摘されていないのであるから,流木等の存在は本件と関係がない。

(ク) 以上より,本件対象地域を個別にみても本件保安林指定の有無が本件対象地域に対して何の影響も及ぼさないことは明らかである。

(3) 自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められること

ア 本件保安林が本件違法開発により破壊されたこと

本件保安林は,本件違法開発により破壊され,公益的機能を果たさなくなったものである。本件不解除処分は,本件保安林土地には92パーセントの植生が認められるとするが,その具体的箇所は不明であるし,本件25番土地ないし本件27番土地はコンクリートで舗装されており,今後も同部分に樹木の根が張ることはない。また,被告は緑化率の高さを指摘するが,緑化率はどれだけの樹木が土地に根差しているかを表すものではないから,植生の回復の度合いを示すことにはならない。なお,本件不解除処分後に原告は本件保安林土地に高木性樹種の植付けをしたが,本件不解除処分後の事情である。

イ 本件保安林を森林に復旧することが著しく困難と認められること

本件違法開発以後30年を経てもなお,本件保安林土地には土砂災害をもたらすような土砂もなく,土砂の流出を防備するような樹木は存在せず,被告も本件保安林土地での植生が不十分であることを認めている。したがって,今後も本件保安林土地を森林に復旧することは著しく困難であるといえる。

(4) 本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められること

原告は,Cを代理人として,本件解除申請に先立ち,本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設として,乗馬クラブを設置することを申告しており,その具体的な計画図面も提出しているほか,同施設の周囲を樹木で囲む旨を述べていた。したがって,本件保安林土地を森林以外の用途に供することを目的として申請されたものではなく,本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等の設置が計画されていないとする本件不解除処分には事実誤認の違法がある。

(5) 本件保安林の森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められること

ア 被告が根拠とする,昭和49年7月1日の豪雨の際に,本件各土地から国道307号線の道路上に土砂や泥水が流出したことが認められないことは既述のとおりである。

イ 既述のとおり,本件違法開発によって本件保安林土地上の山自体が消失する等,本件保安林指定の当時と本件違法開発後とでは本件保安林の状況は異なっている。したがって,仮に本件違法開発前に本件保安林指定区域から土砂が流出した事実があったとしても,それをもって本件不解除処分時点においても保安林指定を継続する理由が存するということはできない。また,本件保安林の受益の対象は消滅している以上,本件保安林指定を解除しても受益の対象を害するおそれはない。

ウ 被告は,森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるときに該当するためには,森林以外の用途に転用されることなく,解除後も引き続き当該森林の持つ公益的機能が適切に発揮されることが十分に見込まれる必要があると主張するが,そのように限定して解釈する根拠はなく,森林法26条1項の文言からも上記解釈は導かれない。したがって,保安林がその使命を終え,当該森林の有無によって受益の対象に何の影響も及ぼさない場合には,森林の施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないといえる。

(6) 以上のとおり,本件保安林は,本件不解除処分当時,本件解除基準が定める場合に該当しており,本件不解除処分は取り消されるべきものであるところ,現時点においても本件保安林の状態に変わりはないから,本件義務付けの訴えも認められるべきである。

(被告の主張)

(1) 本件保安林は,以下の(2)及び(3)で述べるとおり,取扱通知が規定する本件解除基準のいずれにも該当しないため,森林法26条1項所定の「指定の理由が消滅したとき」に当たらないから,本件保安林指定を解除しなかった農林水産大臣の判断に誤りはなく,本件不解除処分は適法である。

(2) 前提(森林の土砂流出防備機能)

保安林が流出防止の対象とする土砂は,当該保安林が存在する地盤から流出する土砂に限定されず,当該地盤以外の土地(当該土地の上流部)からの土砂も含まれる。そして,このような範囲の土砂の流出を防止する機能は,集水区域全体における森林の上流部,中流部及び下流部のそれぞれの部分の連続的な効果として発揮されるものであり,この点については本件保安林についてE教授が作成した補足の意見書(乙66。以下「本件補足意見書」という。)も明確に述べるところである。

(3) 本件解除基準をいずれも満たさないこと

ア 本件保安林は「受益の対象が消滅したとき」に該当しないこと

(ア) 「受益の対象が消滅したとき」とは,受益(保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者が享受する個別的利益)の対象が全てなくなった場合をいうところ,以下の(イ)及び(ウ)のとおり,本件対象地域は本件違法開発以後も依然存在するのであり,これらに土砂等が流出するおそれがある以上,「受益の対象が消滅した」とはいえない。本件意見書及び本件補足意見書によってもこれは明確に裏付けられている。本件意見書及び本件補足意見書は砂防工学及び森林科学分野における実績の豊富な専門家が,本件保安林の具体的な状況並びに合理的な資料及び専門的知見に基づいて検討したものである。

(イ) 本件保安林土地からの土砂流出のおそれについて

a ζ集水区域について

(a) ζ集水区域には,本件保安林土地の大部分のほか24番土地等が存し,土砂流出防備保安林に指定されているところ,ζ集水区域内に存する土地はいずれも国道307号線より標高が高く国道307号線に向けてなだらかに下降しているため,同集水区域内に降った雨水はため池と化した窪地を経由しながら国道307号線に流出することになる。そして,同集水区域内の土地は脆弱で表面侵食を受けやすく地力が乏しいこと,本件崖地の形状や地質等から降雨によって本件崖地からも土砂が供給されるおそれがあること,降雨により本件崖地が崩落する危険性もあり,その場合には大量の土砂や石が供給されることになること等から,本件保安林指定が解除された場合,降雨により流れ出した土砂や泥水が同集水区域内を北へ向かって流れ,国道307号線に流出するおそれがある。

(b) 原告は,本件2番1土地よりその北側の方が標高が高くなっている旨主張するが,その付近においては本件崖地の近くを流れて国道307号線に土砂や泥水は流れ出すことになる。

b η集水区域について

(a) η集水区域には,本件保安林土地の一部のほか,23番土地等が存し,これらの土地所在の森林が土砂流出防備保安林に指定されているところ,同集水区域内の土地は南バイパスより標高が高いことから,同集水区域の雨水は南バイパスの脇の側溝に流れ込み,南バイパスの暗渠部を通って,国道307号線の脇の側溝を流下することになる。そして,同集水区域内の土地の性質は上記aと同様であるから,本件保安林指定が解除された場合,降雨によって流動化した土砂や泥水が同集水区域を北へ向かって流れ,南バイパスの暗渠部を閉塞し,南バイパスに流出するとともに,越流するおそれがある。

(b) 原告は,η集水区域に含まれる本件保安林土地の面積が小さいことを指摘するが,保安林の土砂流出防止機能は他の周辺土地と一体となって機能を発揮するものであるから,集水区域に含まれている土地の面積が小さいということから直ちに指定の理由が失われているということにはならず,また,周辺土地も保安林に指定される可能性があるのであるから,現在保安林に指定されている土地の面積が小さいからといって,当該保安林の指定の理由が欠けているということにはならない。特に本件4番土地は,その地質特性だけでなく本件違法開発が原因で不安定な状態の土砂等が存置されたため,土砂流出のおそれが高い。

c その他原告の主張について

(a) 原告は,水の流出と土砂の流出は無関係である旨主張するが,洪水の場合,多量の土砂が下流に流出するが,集水区域内からの流出水に山地に存する土砂が一定量含まれて下方に運ばれることになるため,土砂の流出と雨水の流出には密接な関係がある。本件各土地は地力が乏しいため,侵食等を受けやすい土砂が存在している状況にあることからすると,流出水によって運ばれる土砂は相当多いというべきである。さらに,長雨や集中豪雨時には,森林の地表流水のエネルギーを弱める働きが損なわれていると,土砂及び泥水のほか,流木,折れた枝,木の葉,根付きの草本類等(以下「流木等」という。)も一緒に下流に運ばれることが想定されるため,本件保安林指定が解除されると,国道307号線や南バイパスの脇の水路や側溝に流出した流木等が引っかかり土砂や泥水の流下を阻害して閉塞状態となり,土砂や泥水が越流するおそれがある。

(b) 原告は,昭和55年以降の豪雨の際に土砂の流出がないことを指摘するが,本件保安林土地付近での具体的な降雨量は明らかではない。また,この点を措くとしても,土砂災害の被害の重大性等に鑑み,一般に土砂災害対策の計画雨量を検討する場合,100年確率の雨量に着目しており,これは保安林の指定解除の判断においてもあてはまるため,100年確率の雨量を考慮すべきであるところ,原告が指摘する平成25年9月15日から同月16日にかけての降雨は,「京都」の100年確率の時間雨量及び日雨量を大きく下回るため,原告指摘の降雨をもって本件保安林の受益の対象が消滅したとはいえない。なお,上記100年確率の日雨量は,明治34年から平成18年までの「京都」における日降水量(当日の0時00分から24時00分までの降水量)が年最大であったものから,100年に一度の割合で発生する可能性がある「当日の0時00分から24時00分までの降水量」の年最大降雨量を統計的に推計したものであるところ,日をまたいで24時間を捉える場合(日最大24時間降水量)には日雨量(日降水量)より大きな数値が出ることもあり,両者を単純に比較することは正確ではない。また,原告指摘の降雨の際に土砂災害等が生じなかったのは,そもそも本件保安林がその機能を発揮しているから土砂の流出が防止されたというべきである。

(ウ) 本件対象地域が受益の対象であるといえることについて

山腹崩壊等による土砂流出が発生する場合,想定される流出範囲は発生源からおおむね2km以内とされた上で崩壊土砂流出危険地区の調査も行われているため,本件保安林からおおむね2km圏内を土砂や泥水が流出するおそれがある範囲と認めるのが相当である。

a 国道307号線

(a) 上記のとおり,ζ集水区域から土砂が流出すれば国道3007号線に流れ出るところ,国道307号線と南バイパスが交わる地点の標高が高くなっており,そこを分水嶺として,南西方向及び北東方向に徐々に標高が低くなっていく地形となっているため,同集水区域から流出した土砂は国道307号線を南西方向に流れることになる。

(b) また,η集水区域から流出した土砂は,南バイパス脇の水路に流れ込み,南バイパスの暗渠部となっている箇所を通って国道307号線の脇の側溝に流入し,別紙5の緑色の矢印のとおり,北東方向に流下することになるところ,南バイパスの脇の水路はそれほど容積の大きいものではないから,土砂や泥水が南バイパスを越流するおそれが十分に考えられるし,南バイパスの暗渠部に収まりきらなかったり,あるいは暗渠部が閉塞状態に陥って,土砂や泥水が南バイパスを越流するおそれもある。そうすると,越流した土砂や泥水は国道307号線に到達後,北東側に流下するおそれがある。

(c) したがって,降雨に際しては本件保安林土地から土砂や泥水が国道307号線に流出し,車両の安全な通行に支障を及ぼすおそれがあり,これは昭和49年7月1日の降雨の際に本件各土地から国道307号線に土砂や泥水が流出した事実からも明らかである。なお,国道307号線が本件保安林土地から2km圏内であることも明らかである。

b 南バイパス及び宇治木屋線

上記aのとおり,η集水区域から土砂や泥水が流出すれば,南バイパスに流出し,車両の安全な通行に支障を及ぼすおそれがある。また,同集水区域から流出した土砂や泥水が,仮に南バイパスの暗渠部を通過しても,βλ地区の暗渠部で閉塞状態が発生し,土砂や泥水がさらにβμ地区付近まであふれ出し,車両の安全な通行に支障を及ぼすおそれがある。なお,南バイパス及び宇治木屋線が本件保安林土地から2km圏内であることは明らかである。

c ι地区の人家等

上記aのとおり,ζ集水区域から土砂や泥水が流出すれば,国道307号線に流れ出た後,南西方向に流出し,本件保安林土地からおおむね2km圏内にあるι地区の別紙6の「D(株)○バス停」付近まで到達するおそれがある。

d θ地区の人家等

上記bのとおり,η集水区域から土砂や泥水が流出すれば,南バイパスを越流してθ地区に到達するおそれがあるとともに,同地区の一部が孤立するおそれがある。なお,同地区は,本件保安林土地の2km圏内にある。

e β地区の人家等

上記bのとおり,η集水区域から土砂や泥水が流出すれば,南バイパスの暗渠部を通過しても,別紙4及び5の「βλ地区暗渠」で閉塞状態を起こし,その付近に溢れ出してβ地区に流れ出て土砂の流出による被害を受けるおそれがある。また,土砂や泥水が国道307号線に沿って流下し,田原川に流れ込み別紙4及び5の「α町浄水場」付近まで到達するおそれがあり,そこに至るまでにβ地区に土砂や泥水が流れ込んで被害が発生するおそれがある。

イ 本件保安林は「自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき」に該当しないこと

(ア) 「自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき」とは,海没や水没等により土地の消滅等が生じるなどした場合をいうのであって,保安林が破壊されたことだけで直ちにこれに該当することとなるのではなく,治山事業や造林の実施により森林の造成,復旧が必要であり,かつ,技術的に可能であると認められるときはこれに該当しない。

(イ) 本件保安林土地は,本件違法開発中止以降は,周辺の森林等から種子が風や動物等によって運ばれ自然に生育し,自然緑化により植生の回復が図られている状況にあり,その緑化率は約92パーセントに及んでいる。また,本件保安林土地と同様の地質特性を有している近隣地の林道法面では,平成2年に本件保安林土地と同様に植生や土壌を除去されてから約20年経過した後,当時の緑化工事では播種されていなかった木本類が多数自生している。したがって,本件保安林は現在保安林機能が発揮されており,また,本件違法開発前の森林の状態に復旧する可能性を十分に有し,保安林機能が高い状態の森林への移行・復旧も見込まれる。

(ウ) 本件4番土地及び本件25番土地ないし本件27番土地の計4筆の土地の一部にコンクリート舗装がされているが,本件保安林土地の全面積の4パーセントにすぎず,これをもって本件保安林土地の植生の回復が認められないとはいえない。また,原告は,上記コンクリート舗装部分を含む本件保安林土地への高木性樹種の植付けを開始している。

ウ 本件保安林は「当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき」に該当しないこと

(ア) 「当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき」とは,保安林の区域を含めて宅地造成事業が計画されている場合に,その一環として設けられるダムや排水施設等が保安林の代替施設として十分な機能を持つものであり,その事業の実施が確実と認められる場合等をいうところ,本件解除申請において原告が提出した本件申請書類等をみても,本件保安林土地について代替施設が設置されていたとは認められないし,そのような施設等の設置が確実であると認められるような事情もない。

(イ) 仮にCが振興局の窓口に対し,乗馬クラブに転用する旨の相談や図面を提出したことを理由として,本件解除申請が原告主張のような乗馬クラブに転用して使用することを前提としたものであったとしても,森林法施行規則15条2項各号の書類は添付されていなかったのであるから,本件保安林指定を解除しなかったことに違法はない。また,Cは,乗馬クラブに転用することを前提とする相談をする前は,資材置場,産業廃棄物最終処分場,オートキャンプ場にそれぞれ転用することを前提とする相談等をしていたのであり,原告の意思は帰一していなかったこと,平成22年5月から9月までは乗馬クラブに転用する旨の相談をしていたものの,その後は指定の理由が消滅したことを理由とする相談をするようになったのであり,その際に提出された書類等からも本件保安林土地を乗馬クラブに転用する計画がまだ残っていることをうかがわせるような記述は全く見当たらないこと,本件解除申請それ自体についてみても乗馬クラブへの転用を前提とするものとはみられないことを併せ鑑みれば,乗馬クラブの設置が確実であったとは認められない。

エ 本件保安林は「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」に該当しないこと

(ア) 「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」とは,当該森林の持つ公益的機能が適切に発揮されることが前提となっているため,森林以外の用途に転用されることなく,解除後も引き続き当該森林の持つ公益的機能が適切に発揮されることが十分に見込まれる必要がある。

(イ) 受益の対象に被害を与えるおそれがあること

本件保安林には依然として受益の対象が存在することは既述のとおりであるところ,本件保安林土地は保安林に編入される以前,山腹崩壊や降雨の際の土砂の流出が甚だしかったことから,土砂扞止林に編入されたという経緯があったり,本件違法開発が行われていた昭和49年7月1日の降雨により本件保安林土地から土砂や泥水が流出し,国道307号線に被害をもたらしたことが認められるから,本件保安林の森林施業に制限を課さなくても受益の対象に被害を及ぼすおそれがないとはいえない。

(ウ) 本件保安林が保安林機能を十分に発揮しているとまではいえないこと

本件保安林は,緑化率が92パーセントと地表部においては一定の機能が発揮されているが,木本類の植生分布率は約68パーセントと地上部及び地下部に期待される機能を発揮するに十分な状態にあるとまではいえないのであり,上記(イ)の経過からすれば,森林施業に制限を課さない場合には受益対象に被害を及ぼすおそれがないとはいえない。

(エ) 原告の主張は失当であること

本件崖地は本件保安林土地の区域外であるが,本件崖地の斜面崩壊を本件保安林指定の解除の可否の判断において検討することが許されることは上記(2)で述べたとおりである。なお,原告は本件崖地の崩落による土砂の流出を考慮することは理由の差替えにあたる旨主張するが,本件不解除処分の理由が記載された書面には,流出するおそれのある土砂が具体的にどの場所に由来するものであるか等の記載は一切ないのであるから,理由の差替えには当たらない。

(4) 以上のとおり,本件不解除処分の取消しを求める原告の請求には理由がないから,本件義務付けの訴えは訴訟要件を欠く不適法なものであって却下を免れない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実のほか,各項掲記の証拠によれば以下の事実が認められる。

(1)  本件保安林指定に至った経緯

ア 本件25番土地ないし本件27番土地について

本件25番土地ないし本件27番土地の3筆は,大正4年,24番土地等の近隣の森林と併せて土砂扞止林に編入されたが,その際に作成された上記各土地に関する保安林台帳には,その「地況」欄にいずれも「礫質砂土,地味疲悪」と,「林況」欄にはいずれも「中腹以上ハ禿赭地ニシテ林木ナク乾燥甚シ。中腹以下ハ五年乃至三十年生赤松稚樹疎生スルモ生育不良ナリ」と,「保安林編入並制限若ハ禁止ヲ要スル事由」欄にはいずれも「降雨ニ際シ土砂ノ流出甚シク附近耕地貯水池ニ及ホス害甚大ナルタメ」と記載されている(乙28の2ないし28の5)。

イ 本件2番1土地及び本件4番土地について

本件2番1土地(当時は2番)及び本件4番土地の2筆は,その一部が昭和9年ないし昭和18年に,それぞれ土砂扞止林に編入されたが,その際に作成された保安林台帳には,その「地況」欄にいずれも「表土ハ砂礫質壌土ヨリ成リ土地一般ニ乾燥ス背嶺及山腹崩壊セリ」と,「保安林編入並制限若ハ禁止ヲ要スル事由」欄にはいずれも「本箇所ハ舊(旧)來崩壊地ニシテ降雨ニ際シ土砂ヲ流出シ之ニ蒙ル被害甚シク尚次第ニ其区域ヲ擴(拡)大スルヲ以テ保安林ニ編入シ速カニ復舊(旧)工事ヲ施行(工)スル必要アルニ由(依)ル」と記載されている。なお,本件4番土地の「林況」欄には「現存セル林木ノ種類ハ雑木,赤松ニシテ林令七年生内外林相中庸ナリ」と,本件2番1土地の「林況」欄には「現存セル林木ノ種類ハ雑木,赤松ニシテ林令赤松四拾年生雑木拾年生内外林相中庸ナリ」と記載されている。(乙28の6及び28の7)

(2)  本件違法開発前の本件保安林について

ア 本件各土地は,昭和48年以前は,城陽市との行政界である尾根部から北側に向かって下降する土地であり,傾斜は本件2番1土地及び本件4番土地が約20度,本件25番土地ないし本件27番土地が25度であった(乙18の1ないし18の5,28の3ないし28の7)。

イ 本件保安林土地の北側には,本件保安林指定以前より,田原道(現国道307号線)及びその北東方面にβ地区が存していた(乙32,33)。

(3)  本件違法開発について

ア 本件保安林土地は昭和48年から昭和56年までの間の本件違法開発によって無秩序の伐採と著しい土地の改変が行われ,これにより本件保安林土地内の山土約3万5000立方メートルを含む合計20万立方メートルの山土が採取され,約5000平方メートルの立木が伐採され,当時生育されていた植物や埋土種子は山土の搬出とともに本件保安林土地外に持ち出され,植生が失われた(甲29,52ないし56,乙37,38,44,55)。

イ 本件違法開発後の本件保安林土地付近の土地の標高は,おおむね南側(23番土地,24番土地)から北側の国道307号線に向けて標高が低くなっており,ζ集水区域では南側から北側にかけて標高が約205メートルから約147メートルと下降し,傾斜角は上流部(24番土地付近)では21度,中流部(本件保安林土地付近)では0.3度,下流部では0.8度である。また,η集水区域では南側から北側にかけて標高が約230メートルから約151メートルと下降し,傾斜角は上流部(23番土地付近)では40度,中流部(本件4番土地付近)では2.6度,下流部では1.4度である。なお,本件保安林土地に限定すると,南側の土地の方が若干標高が高いものの,高低差約1メートル前後の概ね平坦な土地となっている。(乙39ないし41,54,55)

ウ 本件違法開発による土地の改変によって,本件保安林土地付近の集水区域は別紙5及び6のとおり,ζ集水区域(約11.2ヘクタール)とη集水区域(約6.2ヘクタール)の2つに分かれ,ζ集水区域では青色の矢印が,η集水区域では緑色の矢印がそれぞれの流水経路となる(乙36,55)。

エ 本件違法開発による土地の改変により,本件保安林土地の西側に傾斜角が60度ないし70度で,高さ20メートルないし35メートルの本件崖地が出現した(乙53,55)。

(4)  本件解除申請当時の本件保安林における林況等について

本件保安林の本件解除申請当時の土壌は未熟土壌(受蝕土)であり,林況は,木本類の存在が一部で見受けられるものの,その生育状況は悪く,かつ疎密度も極めて粗く,他方,ススキ等の草本類の存在が木本類に比べ目立っており,また,本件25番土地ないし本件27番土地には無立木地が存在していた(乙22)。

(5)  事前相談

ア 資材置場への転用を前提とする相談

Cは,原告から委任を受けたことを前提に,平成21年2月10日,振興局担当官に対し,本件各土地を資材置場として使用するために本件保安林指定の解除を求めたい旨相談するとともに,同月18日,林野庁森林整備部治山課担当官に対し,振興局に上記相談をしている旨連絡した(乙19の2,20)。

イ 住宅への転用を前提とする相談

Cは,平成21年3月24日,本件各土地における住宅開発に係る土地利用計画図を持参して振興局を訪問し,振興局担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的を「資材置場」の設置から「住宅開発」へ変更する旨説明して,指導を求めた(乙19の3)。

ウ 産業廃棄物最終処理場への転用を前提とする相談

Cは,平成21年6月17日,振興局を訪問し,振興局担当官に対し,城陽市から住宅開発ができない旨言われたので,本件保安林指定の解除に係る転用目的を住宅開発から産業廃棄物最終処理場の設置へ変更する旨説明した(乙19の4)。

エ オートキャンプ場への転用を前提とする相談

(ア) Cは,平成21年7月21日及び同年8月11日,本件各土地におけるオートキャンプ場に係る土地利用計画図を持参して振興局を訪問し,振興局担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的を産業廃棄物最終処理場からオートキャンプ場へ変更する旨説明し,指導を求めるとともに,同月7日,林野庁森林整備部治山課担当官に対し,振興局に上記相談をしている旨の連絡をした(乙19の5及び19の6,20)。

(イ) Cは,平成21年10月1日,振興局を訪問し,振興局担当官に対し,2か月後には本件保安林指定の解除を申請するということで補正指導を求めた。これに対し,振興局担当官は,解除理由を整理するなど,処理基準に基づき必要な要件を具備した上で申請書類を作成するよう指導した。(乙19の7)

オ 乗馬クラブへの転用を前提とする相談

(ア) Cは,平成22年5月27日,振興局を訪問し,振興局担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的をオートキャンプ場から乗馬クラブへ変更する旨説明し,持参した1枚の土地利用計画図を基に保安林の指定の解除の可否を即答するよう求め,また,乗馬クラブで保安林の指定の解除ができないのであればオートキャンプ場に戻す等と述べるとともに,京都府山城広域振興局長宛てに,上記の保安林の指定の解除の可否の回答等を求める質問書を提出した(乙19の8)。

(イ) 振興局担当官は,平成22年6月3日,Cに対し,上記(ア)で提出された質問書に関して電話で回答したところ,Cから乗馬クラブを転用目的として本件保安林指定を解除できるかどうかの回答を求められ,振興局担当官は,Cに対し,土地利用計画図のみで保安林の指定の解除の可否を判断できるものではない旨説明した(乙19の9)。

(ウ) Cは,平成22年6月4日,京都府農林水産部森林保全課を訪問し,同課担当官に対し,上記(ア)の質問書に対して回答するよう求めたが,同課担当官は,これに対し,土地利用計画図のみで保安林解除の可否を判断できるものではない旨回答した(乙19の10及び19の11)。

(エ) Cは,平成22年6月30日,京都府農林水産部森林保全課を訪問し,上記(ア)の質問書と同じ日付及び内容で,宛名のみ京都府知事と変更した質問書を交付し,回答するよう求めたが,同課担当者は,これに対し,土地利用計画図のみで保安林の指定の解除の可否を判断できるものではない旨回答した(乙19の13及び19の14)。

(オ) Cは,平成22年9月7日,振興局を訪問し,振興局担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的を乗馬クラブに加え,宿泊施設を追加し,開発目的をレジャー施設からスポーツ施設に変更する旨説明するとともに,本件保安林の保安林機能はなくなっている旨主張した(乙19の5)。

カ 転用目的以外の指定理由の消滅を前提とした相談等

Cは,平成22年11月25日以降,本件保安林は過去の違法開発によって保安林機能が消滅しているため,開発計画による申請ではなく,指定理由の消滅による申請をするとして,振興局担当官に対して相談する等した(乙19の16ないし19の19)。

(6)  降雨の記録について

ア 京都府京田辺市では,昭和57年8月1日から同月3日にかけて降雨があり,同月1日の最大時間雨量は16ミリメートルであり,日雨量(同日0時から24時までの降水量の合計)は151ミリメートルであった(甲45)。

イ 京田辺市では,昭和60年6月25日に降雨があり,同日の最大時間雨量は20ミリメートルであり,日雨量は119ミリメートルであった(甲46)。

ウ 京田辺市では,昭和61年7月21日に降雨があり,同日の最大時間雨量は53ミリメートルであり,日雨量は200ミリメートルであった(甲47)。

エ 京田辺市では,平成元年9月3日に降雨があり,同日の最大時間雨量は18ミリメートルであり,日雨量は135ミリメートルであった(甲48)。

オ 綴喜郡α町では,平成24年8月13日から同月14日にかけて降雨があり,14日の最大時間雨量は28ミリメートルであり,日雨量は73ミリメートルであった(乙50)。

カ 京田辺市では,平成25年9月15日から同月16日にかけて降雨があり,15日の最大時間雨量は29ミリメートル,日雨量は124.5ミリメートルであり,16日の最大時間雨量は33ミリメートル,日雨量は152ミリメートルであった(甲50)。

(7)  原告による植林作業

原告は,平成24年2月23日,本件保安林土地内の作業路の設置及び無立木地6817平方メートルでの植林作業の許可の申請をしたところ,京都府山城広域振興局長は,同年5月7日,同申請を許可した(乙45,46)。原告は,同許可を受けた後,本件保安林土地内に土砂を搬入して盛土をし,植林を行った(乙65)。

2  本件不解除処分の違法性について

(1)  森林法26条1項は,「指定の理由が消滅したときは,遅滞なくその部分につき保安林の指定を解除しなければならない」旨規定しているところ,かかる規定は同法25条1項各号に掲げる目的を達成するため必要があると農林水産大臣が認めて保安林として指定しておく必要性が消滅した場合に,農林水産大臣が遅滞なくその指定を解除する法的義務を負うことを定めたものである。ところで,同法26条1項に基づく保安林の指定解除については,取扱通知において,審査基準として本件解除基準(別紙3関係法令等の定めの第3)が定められ,これが林野庁長官通知等によって公にされているところ,本件解除基準は行政庁の内部的判断基準であるものの,保安林指定の目的に照らして合理的なものと認められ(原告も本件解除基準の合理性は特に争っていない。),本件解除基準の趣旨は保安林の指定解除に関する行政の権限行使の適正や公正を確保することにあると解されるから,農林水産大臣はこれを適切に適用して保安林の指定解除の申請に対する審査を行うことが要請されているというべきである。

(2)  「受益の対象が消滅したとき」(本件解除基準1号)

ア 保安林指定制度は,公共の危害の防止,産業の保護その他の公共の福祉の増進を目的として設けられた制度であり,森林所有者等の自由な森林の利用に規制を加え,財産権に対する制限を伴うものであるから,保安林の指定によって保護すべき公共の福祉が存在しない場合には指定の理由が消滅したというべきであって,本件解除基準1号もかかる趣旨で定められたものといえる。したがって,「受益」とは,保安林の指定によって保護されるべき具体的な権利又は利益をいうと解するのが相当である。

イ 本件保安林土地からの土砂の流出のおそれ

(ア) 本件保安林は土砂流出防備保安林として保安林の指定を受けているところ(前記前提事実⑴),原告は本件保安林土地から土砂が流出するおそれはなく,本件対象地域は受益の対象に当たらない等と主張するため,本件保安林土地からの土砂の流出のおそれの有無につき以下検討する。

(イ) 本件保安林土地はいずれもその地質が礫質砂土又は砂礫質壌土で脆弱な地盤であり,本件保安林指定以前より崩壊地であって,降雨の際には土砂の流出が甚だしい土地であったところ(前記認定事実(1)),本件保安林指定後本件違法開発を経た後も本件保安林土地付近の地質に大きな変化はなかったものと認められる(前記認定事実(4),乙30)。そうすると,本件保安林土地を含む本件各集水区域においては降雨による表面侵食が起こりやすく,また,本件保安林土地の南側に存する23番土地及び24番土地並びに本件保安林土地の西隣に存する本件崖地は高く,かつ,傾斜も急であったことから(前記認定事実(3)イ,エ),これらの箇所においては豪雨による山腹崩壊や土石流が発生するおそれがあったと認められる。

この点,本件各集水区域の中流部及び下流部における傾斜角が0.3度ないし2.6度と上流部に比べて緩やかになっており,かつ,その距離も約400メートルないし500メートルであることからすれば(前記認定事実(3)イ,乙40,41,55),23番土地及び24番土地並びに本件崖地の高さ及び傾斜角を考慮しても,これらの箇所において発生した山腹崩壊による土砂が土石流の形態で本件各集水区域の出口から外に流出するとは考え難い。もっとも,山地からの土砂の流出は,降雨によって生ずる地表流が,豪雨による山腹崩壊,土石流,雨滴の表面侵食等によって生産された土砂を下流へ運搬することによっても生ずるところ,本件各集水区域では,南側から北側に向けて降雨による水が流れ,ζ集水区域では国道307号線側に,η集水区域では南バイパス側にそれぞれ流水の出口が存するのであるから(前記認定事実(3)ウ),本件各集水区域において生産された土砂を運搬することが可能な程度の水流が生ずれば,ζ集水区域では国道307号線に向かって,η集水区域からは南バイパスに向かって土砂が流出するおそれが存するものといえる。そして,本件各集水区域から流出すると予想される土砂の代表粒径が2ミリメートルであること,本件各集水区域の中下流部の河床勾配(ζ集水区域では下流部が1/74,中流部が1/219(地盤高の高低差1.01メートル÷水平距離217メートル(乙55別紙4参照)),η集水区域では下流部が1/49(地盤高の高低差0.82メートル÷水平距離39.99メートル(乙55別紙5参照)),中流部が1/23(地盤高の高低差17.38メートル÷水平距離393メートル(乙55別紙5参照))である。)からすれば,本件各集水区域において生産された土砂が流出するために必要な水深は約0.4センチメートルないし3.1センチメートル(河床勾配1/219のとき。)であり,比較的小さな水深を持つ流れでも土砂が運搬されるものといえ,100年確率雨量に相当するような降雨があった場合には本件各集水区域から数百立方メートルの土砂が流出するおそれがあると認められる。また,仮に本件各集水区域内にて上述したような土砂崩壊等が生じた場合には,土砂だけでなく流木等が土砂とともに流下する可能性が高いこと,本件各集水区域の側溝の流下能力等に鑑みると,100年確率雨量に相当するような降雨の際には,仮に国道307号線や南バイパス脇の側溝を土砂が流下したとしても,側溝の流下能力の低さや側溝に流木等が詰まる等して,土砂が側溝を流下せず氾濫するおそれがあるといえる。(以上,乙55)

そうすると,本件各集水区域内の他の土地から運搬されてくる土砂を含めて,本件保安林土地から土砂が流出するおそれはなお存するといえる。

(ウ) これに対し,原告は,①本件保安林土地が存する箇所以外からの土砂の流出のおそれを考慮すべきではない,②本件2番1土地(本件保安林部分)より北側に存する土地の方が標高が高いため北側に向かって水が流れることはない,③昭和55年以降に発生した豪雨の際に本件保安林土地から土砂が流出したことはないため,土砂の流出のおそれはない,④流木等の流出による側溝や暗渠の閉塞を理由とする土砂の氾濫は側溝や暗渠等の公共設備を改善することで足り,かつ,土砂の流出のおそれの判断において流木等の流出を考慮すべきでない,⑤本件意見書は,その検討の前提としている本件各集水区域内の高低差や傾斜角の数値の根拠が明らかではなく,かつ,本件保安林指定区域外から採取した土砂をサンプルとしており信用性がない等と主張する。

しかしながら,これらの原告の主張は,次のaないしeのとおり,いずれも上記(イ)で説示したところを覆すものではない。

a 原告主張①について

山地における土砂は集水区域の上流から下流へ連続的に流出するものであるところ,森林には樹冠や落枝・落葉等によって降雨のエネルギーを削いで表面侵食による土砂の生産を防止するだけでなく,地表に存する落枝・落葉や樹木の根系によって流水による土壌運搬作用を弱め,生産された土砂が下流へ流出することを防止する機能をも有していることから,山地における土砂の流出の防止は,山腹崩壊等による土砂の発生の危険性がある地域のみを保安林として指定するだけでなく,当該地域より下流にある地域を含めて一体的に保安林として指定することにより,集水区域全体の森林の連続的な効果として,当該集水区域全体からの土砂の流出を防止するものである。原告は,上流に存する地域からの土砂の発生は当該地域を保安林として指定すれば足り,それより下流の地域を保安林として指定する必要はない等と主張するが,保安林として指定がされ,その機能が保持されれば土砂の流出の防止に有効であり,指定をしない場合と比して土砂の流出の可能性やその程度も抑えられるといえるものの,山腹崩壊等による土砂の発生は降雨量や当該地域の傾斜等にも大きく左右され,これらの因子の働きが大きい場合には,保安林として指定をしていたとしても土砂が発生する可能性は否定できない。そのような場合に,受益の対象との間に存する下流の森林を保安林として指定し,土砂が下流へ運搬されることを防ぐ必要性はなお存するものといえる。

したがって,本件各集水区域からの土砂の流出のおそれを検討するにあたり,本件保安林土地内からの表面侵食による土砂の発生のほか,本件各集水区域内に存する23番土地及び24番土地並びに本件崖地からの土砂の発生の可能性を考慮し,当該土砂が下流へ流出することを防止するために,上記23番土地等より下流にある本件保安林土地に所在する森林を保安林として指定する必要性は存するものと認められる。なお,原告は,本件崖地は本件保安林指定の際に存在していなかったこと及び本件崖地からの土砂の発生の可能性は本件不解除処分の理由になっておらずかかる理由の差替えは許されないこと等を根拠に,本件不解除処分の違法性の判断において,本件崖地からの土砂の発生の可能性は考慮すべきでない旨主張するが,保安林の指定解除の可否は,解除ないし不解除処分をする時点において当該保安林の指定の理由が消滅しているか否かを判断すべきものであるから,当初の本件保安林指定の際に本件崖地が存在していなかったとしても,本件解除申請に対する応答においては当然に考慮すべき事情にあたる。また,本件不解除処分において本件崖地からの土砂の流出がおよそ考慮されていなかったとまで認めることはできない(前記前提事実(7))から,そもそも理由の差替えにあたるものとまではいえず,原告の主張はその前提を欠く。

b 原告主張②について

本件各集水区域における流水経路は別紙5及び6のとおりである(前記認定事実(3)ウ)。原告指摘のとおり,本件2番1土地(本件保安林部分)付近の土地より標高が約3メートル高い土地が北側に存するものの(甲39,乙40),本件2番1土地付近においては本件崖地の近くを通って国道307号線の方向へ水は流れるため,原告の指摘をもってしてもζ集水区域から北側に向かって水が流れることは否定されない。

c 原告主張③について

原告が指摘する昭和55年以降の降雨における最大時間雨量及び日雨量は前記認定事実⑹のとおりであるところ,「京都」における100年確率の日雨量は242ミリメートル,最大時間雨量は85.8ミリメートル,200年確率の日雨量は271ミリメートルであるから(甲58,乙55),上記昭和55年以降の降雨はいずれも100年確率の日雨量及び最大時間雨量に達していない。したがって,これらの降雨において本件各集水区域から土砂の流出がなかったとしても,上記(イ)の説示を覆すものではない。なお,上記100年確率の日雨量は,100年に一度の割合で発生する可能性がある,「当日の0時00分から24時00分まで」の年最大降雨量を統計的に推計したものであり(乙62),日最大24時間降雨量(日をまたいで連続する24時間で最も多くなる降雨量)とは異なる統計であり,後者の方が任意の24時間を選択することができるため,前者と比べ大きな数値になることがあるから,前者と後者を単純に比較することは正確ではない。したがって,平成25年9月15日の午前9時から同月16日の午前9時までの間の降雨量の合計が245ミリメートルであったこと(甲50)は原告指摘のとおりであるが,これをもって100年ないし200年に一度の豪雨であったということはできない。

d 原告主張④について

山地からの土砂が受益の対象が存する地域へ流出することを防止する方策として,保安林指定制度のほかにも本件のように集水区域の出口付近に側溝を整備する等様々な方策が存し,これらの防止策を一体として行うことによって,山地からの土砂の流出が防止できるものといえる。したがって,本件各集水区域の各出口付近に側溝が存するからといって,本件各集水区域内に存する森林を保全する必要がおよそないとはいえず,側溝等の設備にも限界がある以上,本件各集水区域から土砂が流出しないよう森林による土砂流出防止機能を維持する必要がある。また,集水区域内で豪雨による山腹崩壊等が生じた場合には,土砂だけでなく流木等も流出し,これらは水の流れによって土石流本体よりも広い範囲で下流に運搬されるのであるから(乙51,52),そのようにして流出した土砂や流木等の量が多いと,設置されている側溝や暗渠等を閉塞させ,ひいては土砂が流出するおそれがあり,かかるおそれは山地からの土砂の流出の一形態として想定されているところといえる。したがって,側溝の流下能力の限界や流木等による閉塞が原因で本件各集水区域から土砂が流出するおそれがあるとすることが不当である等とする原告の主張には理由がない。

e 原告主張⑤について

本件意見書(乙55)で明示をしている,本件各集水区域内の流水経路における各標高,傾斜角等は,京都府職員が平成23年10月20日及び同月21日に行った測量によって得られた数値(乙39)を基に作成した資料(乙40,41)を根拠とするところ,上記数値及びそれを基に作成した資料に不自然不合理な点は見受けられない。また,本件意見書が流出土砂量の算定をするにあたって流送土砂の直径調査のサンプルとして採取した土砂は,ζ集水区域の側溝内の堆積物及びη集水区域内下流部の堆積物から採取されたものであり,いずれも本件保安林指定区域外であるものの(乙55),本件各集水区域からの土砂の流出のおそれの有無を検討するにあたり,過去の洪水の際に流れてきて堆積した土砂である可能性が高いと考えられる河床付近の土砂を基準とすること自体は合理性が認められるし(乙66),本件意見書作成に当たり採取したサンプルの土砂と本件保安林土地内に存する土砂とがその形状等が大きく異なり,本件保安林土地内の土砂を基準とした場合には本件各集水区域からの土砂の流出のおそれに関する結論が左右される等といった事情は認められないのであるから,これをもって本件意見書が信用できないということはできない。

ウ 受益の対象の有無

(ア) 国道307号線

上記イのとおり,本件各集水区域からの土砂流出のおそれが認められるため,本件保安林指定によってかかる土砂流出のおそれから保護すべき具体的な権利又は利益の有無につきみるに,ζ集水区域から土砂が流出した場合には,別紙5及び6の青色矢印のとおり土砂が流出し,国道307号線の側溝に沿って南西方向に流下するものと認められるところ,土砂や流木等が大量に流下した場合には土砂が氾濫し,国道307号線の一部に流出するおそれがある。したがって,本件対象地域のうち,国道307号線には本件保安林指定によって保護すべき具体的な権利又は利益が認められ,受益の対象にあたるといえる。これは,本件違法開発中であった昭和49年7月1日の降雨時に本件各土地から国道307号線に土砂が流出していることからも認められる(乙44)。なお,原告は同日の降雨時に土砂流出の被害があったとは認められない旨主張する。しかしながら,同日に作成された保安林管理監督報告書(乙44)に添付されている写真には土砂の流出が鮮明には写っていないものの,同報告書が本件違法開発の違反状況及びこれによる被害状況の報告を目的として作成されたものであって,「降雨による国道(307号)の被害写真」として本件違法開発時に設けられた国道307号線に面する山土採取地入口の写真を添付し,同写真には上記入口付近から国道307号線に向かって雨水のほか土砂様のものが広がっている様子が写っているのであるから,同日の降雨時には国道307号線に土砂が流出したものと認められる。

(イ) 南バイパス及び宇治木屋線

η集水区域から土砂が流出した場合には,別紙5及び6の緑色矢印のとおり土砂が流出し,南バイパス脇の側溝ないし暗渠部分で土砂が氾濫する等して南バイパスに土砂が流出すると認められるため,南バイパスには本件保安林指定によって同集水区域からの土砂の流出から保護されるべき具体的な権利又は利益が存するものといえる。確かに,原告主張のとおり,同集水区域内に含まれる本件保安林土地は,別紙5及び6のとおり本件4番土地のごく一部にすぎないが,山地における土砂の流出の防止は,山腹崩壊等による土砂の発生の危険性がある地域のみを保安林として指定するだけでなく,当該地域より下流にある地域を含めて一体的に保安林として指定することにより,集水区域全体の森林の連続的な効果として,当該集水区域全体からの土砂の流出を防止するものであることは前記のとおりであるから,本件4番土地のうちη集水区域に含まれる範囲が狭いことのみをもって,本件4番土地につき保安林指定を維持しておく必要性がないということはできない。なお,宇治木屋線については,後記(ウ)のβ地区のさらに先に位置するものであるところ,β地区が本件保安林指定によって保護すべき受益の対象にあたらないことは後記(ウ)のとおりであるから,宇治木屋線についても同様に受益の対象にはあたらないというべきである。

(ウ) θ地区及びβ地区の人家等

被告は,θ地区及びβ地区の人家等も南バイパス及び宇治木屋線と同様にη集水区域からの土砂の流出のおそれがあるため,本件保安林指定によって保護すべき受益の対象にあたる旨主張するところ,θ地区については,本件保安林土地との位置関係等からすれば,上記(イ)と同様に,η集水区域からの土砂の流出のおそれが存し,本件保安林指定によって保護すべき受益の対象にあたる。他方,β地区については,η集水区域からの土砂が土石流等の形態で同集水区域外に流出しないことは前示のとおりであるところ,地表流等によって流出した土砂や流木等が国道307号線上又は側溝・暗渠部分等を通過して,同集水区域から約1km離れているβ地区にまで到達し,同地区において溢れ出るものとは認め難い。これに対して,被告は,崩壊土砂流出危険地区の調査範囲が発生源からおよそ2kmを基準に行われていること(乙42,43)を根拠に,本件保安林土地から2km圏内に存するβ地区の人家等が受益の対象にあたる旨主張するが,崩壊土砂流出危険地区にあたるか否かの判定は,荒廃発生源の崩壊(地すべり)危険度,転石の混入割合,荒廃発生源直下の渓床勾配,崩壊土砂流出区間の延長範囲,平均渓床勾配により崩壊土砂流出の危険度を採点して行われているのであるから(乙42),別紙5のとおり同集水区域の出口から約1km以内に位置することをもって,上記認定を左右するものではない。

以上より,θ地区の人家等は本件保安林指定によって保護すべき受益の対象にあたり,β地区の人家等は受益の対象にあたらない。

(エ) ι地区の人家等

ι地区の人家等はζ集水区域の出口から約1.8km離れたところに存するのであるから(乙23),上記(ウ)のβ地区の人家等と同様に,本件保安林指定によって保護すべき受益の対象にはあたらない。

(オ) よって,本件対象地域のうち,国道307号線,南バイパス及びθ地区の人家等については,本件保安林指定によって保護すべき具体的な権利又は利益を有しているものと認められる。

エ 以上より,本件保安林指定による受益の対象が存する以上,本件解除基準1号に該当するとはいえない。

(3)  「自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき」(本件解除基準2号)

ア 本件保安林土地は,昭和48年から昭和56年までに行われた本件違法開発により,本件保安林土地内の山土約3万5000立方メートルを含む合計20万立方メートルの山土が採取され,かつ,約5000平方メートルの立木が伐採され,当時生育されていた植物や埋土種子は土砂の搬出とともに本件保安林土地外に持ち出され,結果,植生が失われたものである(前記認定事実(3)ア)。本件保安林土地付近の航空写真等(甲52ないし56,乙55)からも,本件違法開発前の本件保安林土地がその周辺の土地と同様に木竹が集団して生育している状態であったこと,上記のような本件違法開発により,本件保安林土地内の木竹の殆どが根系も含めて山土とともに本件保安林土地外に搬出され,その周辺の土地とは明らかにその様相を異にし,地表面が露出した状態となったことが認められる。さらに,本件違法開発前の本件保安林土地の傾斜は20度ないし25度であったにもかかわらず,本件違法開発後は高低差が約1メートルの平坦な土地となり,傾斜も概ね1度に満たない程度となったこと(前記認定事実(2)ア,(3)イ)から,本件保安林土地が木竹の大半を失っただけでなく,上記のような大量の山土の搬出により,地表面を当初の本件保安林指定時の高さから大きく下げたことが認められる。これは,本件保安林指定当時に存在しなかった,標高20メートルないし35メートル,傾斜角60度ないし70度の本件崖地が本件保安林土地の西隣に出現したこと(前記認定事実(3)エ)からも明らかである。そうすると,本件違法開発によって本件保安林は破壊され,保安林機能を失ったものと認められる。

イ そして,本件違法開発終了から本件解除申請までの間に約30年が経過しているところ,本件解除申請時の本件保安林の状況は,本件違法開発当時に比べれば地表面の露出部分は少なくなり,木本類の存在も一部認められるようになったものの,その生育状況は悪く,疎密度も極めて粗かったものである。また,本件保安林土地全体をみれば,木本類に比べ,草本類の存在が圧倒しており,これに加えて無立木地も存在していた。(前記認定事実(4))

かかる状況は,平成20年当時の本件保安林土地付近の航空写真(乙31の2)からも明らかであり,本件保安林土地はその周辺の土地と比較すると,およそ森林といえる状態にはなかったものと認められる。

被告は,本件解除申請当時の本件保安林の林況として緑化率が92パーセントであり,植生の回復が図られている状況であった旨主張し,その根拠として,本件解除申請についての京都府知事の進達の際に附した意見書に係る補足資料(乙23)を提出する。しかしながら,同補足資料には本件保安林の林況として木竹が68パーセントであり草本類の約25パーセントと合計して植生の回復が92パーセントであるとの記載があるが,かかる回復率の根拠資料(乙23・資料2-②-ア-1)は,本件25番土地ないし本件27番土地の草本類の面積率を全て0パーセントとする一方で,木本類の面積率を本件25番土地は82.6パーセント,本件26番土地は77.3パーセント,本件27番土地は91.6パーセントとする等,本件解除申請当時の本件25番土地ないし本件27番土地の状況を撮影した写真(乙22)と明らかに齟齬しており,上記補足資料の本件保安林の林況等に関する報告内容には信用性に疑義がある。また,上記補足資料には本件保安林土地内の状況を撮影した写真が添付されており,木本類が植生している様子が見受けられるが,上記各写真が本件保安林土地のいずれの場所からどの方向に向かって撮影したものであるかは不明であり,かつ,本件保安林土地には含まれていない土地に植生している木本類が写っている可能性が少なからず疑われることからすれば,かかる写真をもって本件保安林内に木本類が68パーセント程度植生していたことを裏付けることはできない。したがって,本件解除申請当時の本件保安林が植生を回復している状況であったとする被告の主張は理由がない。

ウ そうすると,本件保安林は,本件違法開発によって破壊され,その保安林機能を失った後,約30年間が経過した後の本件解除申請時においても,木本類がまだらに存するものの,草本類の存在が圧倒し,無立木地も存在するという状況であって,およそ森林として復旧しているものとはいえない状況にとどまるものである以上,原告が本件解除申請後に本件保安林土地内の一部において植林作業を開始したとしても(前記認定事実(7)),本件解除申請時の本件保安林は,森林に復旧することが著しく困難であったというべきであり,本件解除基準2号に該当すると認められる。

これに対し,被告は,本件解除基準2号は,海没や水没等により土地の消滅等が生じる等した場合をいい,治山事業や造林の実施によって森林の造成,復旧が技術的に可能である場合には本件解除基準2号には該当しないと主張する。しかしながら,被告のように本件解除基準2号に該当する場合を土地が消滅等した場合に限定することは,本件解除基準2号の「著しく困難と認められるとき」との文言を過度に限定して解釈するものであるし,保安林指定制度が私人の財産権に対する強度の制限であることも併せ鑑みれば,かかる解釈は相当ではない。また,本件解除基準2号は,結局のところ,保安林として指定しておく必要性が消滅したか否かを判断するための基準であるから,当該保安林の解除申請当時の森林の状況に併せ,それまでの森林の状況や指定目的に即した機能の確保状況等の推移も勘案できるものと解される。したがって,本件のように保安林指定区域内の殆どの木竹が根系ごと山土とともに搬出され,標高や傾斜も大きく変化し,かつ,約30年もの間,森林としての機能を回復していないような状態を継続していたような場合には,保安林の破壊の程度及び範囲並びにその後の回復の状況等から,今後も森林に復旧することが著しく困難であると認めるのが相当である。

(4)  小括

以上のとおり,本件保安林は,本件解除申請当時,本件解除基準2号(自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき)に該当し,森林法26条1項所定の「指定の理由が消滅したとき」との要件を充足していたといえるから,本件解除申請に対して農林水産大臣が行った本件不解除処分は違法であり,取消しを免れない。

3  本件義務付けの訴えについて

森林法27条1項は,同項に規定する者に対して同法26条1項に基づく解除についての申請権を認めたものと解されるから,本件義務付けの訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号に規定する申請型義務付け訴訟に該当するものと解される。そして,申請型義務付け訴訟については,併合提起された取消訴訟等の訴えに係る請求に理由があると認められ,かつ,その義務付けの訴えに係る処分につき,行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが,その認容の要件となる(同法37条の3第5項)。

そうであるところ,本件不解除処分の取消しを求める原告の請求には理由があり,認容されるべきことは前記2で説示したとおりである。

また,前記2(3)のとおり,本件保安林が本件解除申請当時,自然現象等により破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められる状態であったと認められるところ,原告が本件不解除処分後に本件保安林土地内の一部において植林作業を開始したこと(前記認定事実⑺)を勘案しても,その範囲等に照らせば,本件不解除処分後にかかる状態が大きく改善されたとは認められないから(乙47,65),本件保安林は現時点においても,本件解除基準2号をなお満たしているものと認められる。したがって,農林水産大臣は,原告による本件解除申請について,森林法26条1項に基づき本件保安林指定の解除をすべきものと解するのが相当である。

以上によれば,本件義務付けを求める原告の請求には理由がある。

第4結論

よって,原告の請求はいずれも理由があるからこれらを認容し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中健治 裁判官 三宅知三郎 裁判官 木村朱子)

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