大阪地方裁判所 平成24年(行ウ)193号 判決 2014年5月23日
主文
1 本件訴えのうち,昭和54年1月5日を受給権発生日とする障害基礎年金を支給する旨の裁定の義務付けを求める部分を却下する。
2 原告のその余の主位的請求を棄却する。
3 厚生労働大臣が平成22年9月6日付けで原告に対してした同年1月27日を受給権発生日とする障害基礎年金を支給しない旨の処分を取り消す。
4 厚生労働大臣は,原告に対し,平成22年1月27日を受給権発生日とする障害等級2級の障害基礎年金を支給する旨の裁定をせよ。
5 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
(1) 厚生労働大臣が平成22年9月6日付けで原告に対してした昭和54年1月5日を受給権発生日とする障害基礎年金を支給しない旨の処分を取り消す。
(2) 厚生労働大臣は,原告に対し,昭和54年1月5日を受給権発生日とする障害等級2級の障害基礎年金を支給する旨の裁定をせよ。
2 予備的請求
主文3項及び4項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,左前頭骨開放骨折後てんかんにより国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあるとして,厚生労働大臣に対し,主位的に,国民年金法(以下「国年法」という。)30条の4第1項の規定による障害認定日等を受給権発生日とする障害基礎年金の支給の裁定の請求(以下「本件障害認定日請求」という。)を,予備的に,同条2項の規定による裁定請求日を受給権発生日とする障害基礎年金の支給の裁定の請求(以下「本件事後重症請求」といい,本件障害認定日請求と併せて「本件各裁定請求」という。)をしたところ,いずれについても障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下,併せて「本件各処分」という。)を受けたことから,被告に対し,主位的に,本件障害認定日請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下「本件処分1」という。)の取消し及び同請求に係る障害基礎年金の支給の裁定の義務付けを求め,予備的に,本件事後重症請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下「本件処分2」という。)の取消し及び同請求に係る障害基礎年金の支給の裁定の義務付けを求める事案である。
1 法令の定め
(1) 20歳前の傷病による障害基礎年金
ア 国年法30条の4第1項は,疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者が,障害認定日(初診日から起算して1年6か月を経過した日等をいう(同法30条1項)。以下同じ。)後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあるときは,その者に障害基礎年金を支給すると規定する。
イ 国年法30条の4第2項は,疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者(同日において被保険者でなかった者に限る。)が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日後において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日後において,その傷病により,65歳に達する日の前日までの間に,障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは,その者は,その期間内に上記アの障害基礎年金の支給を請求することができると規定し,同条3項,同法30条の2第3項は,上記の請求があつたときは,その請求をした者に障害基礎年金を支給すると規定する。
(2) 障害等級
ア 国年法30条2項は,障害等級は,障害の程度に応じて重度のものから1級及び2級とし,各級の障害の状態は,政令で定めると規定し,国年令4条の6は,上記の障害等級の各級の障害の状態は,国年令別表に定めるとおりとすると規定する。
イ 国年令別表は,障害等級2級に該当する程度の障害の状態として,「両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの」(同別表2級1号),「両耳の聴力レベルが90デシベル以上のもの」(同2号)等のほか,「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって,日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」(同15号)を掲げた上,「精神の障害であって,前各号と同程度以上と認められる程度のもの」(同別表2級16号)を掲げる。
2 前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 認定基準
ア 厚生労働大臣による国年令別表に規定する障害の程度の認定は,「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について」(昭和61年3月31日庁保発第15号)により定められた国民年金・厚生年金保険障害認定基準(以下「認定基準」という。)によって行われているところ,後記イの改正前の認定基準(以下「旧認定基準」という。)は,てんかんの認定について,次のとおり定める(甲14,乙1)。
(ア) 障害等級2級に相当すると認められるものを一部例示すると次のとおりである。
a 「痴呆,その他の精神神経症状が著明なため,日常生活が著しい制限を受けるもの」
b 「十分な治療にかかわらず,てんかん性発作をひんぱんに繰り返すため,日常生活が著しい制限を受けるもの」
(イ) てんかん発作については,抗てんかん剤の服用によって抑制される場合にあっては,原則として認定の対象にならない。
(ウ) 日常生活が著しい制限を受ける程度とは,必ずしも他人の助けを借りる必要はないが,日常生活は極めて困難で,労働により収入を得ることができない程度のものであり,例えば,家庭内の極めて温和な活動(軽食作り,下着程度の洗濯等)はできるが,それ以上の活動はできないもの等(家庭内の生活でいえば,活動の範囲がおおむね家屋内に限られているもの)である。
イ 「国民年金・厚生年金保険障害認定基準の一部改正について」(平成22年10月13日年発1013第1号)による改正後の認定基準(以下「新認定基準」という。)は,てんかんについて,障害等級2級に相当すると認められるものを一部例示すると次のとおりであるとする(甲4の2,14)。
十分な治療にかかわらず,てんかん性発作のA(「意識障害を呈し,状況にそぐわない行為を示す発作」)若しくはB(「意識障害の有無を問わず,転倒する発作」)が年に2回以上,又は,C(「意識を失い,行為が途絶するが,倒れない発作」)若しくはD(「意識障害はないが,随意運動が失われる発作」)が月に1回以上あり,かつ,日常生活が著しい制限を受けるもの
(2) 本件各処分に至る経緯
ア 原告(昭和34年1月5日生)は,昭和39年11月29日,頭部を負傷し,同月30日,福知山市内の外科医院を受診し,同年12月1日,P1病院を受診したところ,左前頭部開放性骨折と診断され,同病院において治療を受けた(甲5,弁論の全趣旨)。
イ 原告は,昭和56年4月1日,国民年金の被保険者資格を取得した(乙8)。
ウ 原告は,平成22年1月27日,厚生労働大臣に対し,本件各裁定請求をした(甲5,弁論の全趣旨)。
エ 厚生労働大臣は,同年9月6日付けで,原告に対し,本件各裁定請求のいずれについても障害基礎年金を支給しない旨の本件各処分をした(甲1,弁論の全趣旨)。
(3) 不服申立て及び訴訟提起
ア 原告は,平成22年9月22日,近畿厚生局社会保険審査官に対し,本件各処分に係る審査請求をし(同年11月4日受理),近畿厚生局社会保険審査官は,平成23年4月8日付けで,上記審査請求を棄却する旨の決定をした(甲2,5)。
イ 原告は,同年6月8日,社会保険審査会に対し,本件各処分に係る再審査請求をし,社会保険審査会は,平成24年3月30日,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲3,5)。
ウ 原告は,同年9月18日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は,①原告がてんかんに係る初診日において20歳未満であったか(主位的請求・予備的請求関係),②原告が昭和54年1月5日(20歳に達した日)当時てんかんにより障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったか(主位的請求関係)及び③原告が平成22年1月27日(本件事後重症請求をした日)当時てんかんにより障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったか(予備的請求関係)であり,これらの点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点①(てんかんに係る初診日)
(原告の主張)
原告は,昭和39年12月1日,P1病院を受診し,その後,左前頭部開放性骨折の手術を受け,昭和54年2月頃,てんかんを発症しているところ,原告は,上記受傷後,初めててんかん発作を起こすまで頭部に大きなけがをしたことはなく,医学的にも開放性の頭部外傷によりてんかんを発症することが比較的多いと認められていること等からすれば,上記受傷とてんかんとの間には優に因果関係が認められる。よって,原告のてんかんに係る初診日は昭和39年12月1日であり,原告は,当時20歳未満であったから,同日において被保険者等でなくても,国年法30条の4の規定により,障害基礎年金を受給し得る。
(被告の主張)
初診日とは,疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について初めて医師等の診療を受けた日をいうところ,原告が昭和39年11月30日に初めて診療を受けた左前頭部開放性骨折と原告のてんかんとの因果関係は立証されていない(てんかんの原因としては,外傷のほか,遺伝的要素,周産期異常,炎症,腫瘍,代謝異常などが考えられているところ,原告が受傷してからてんかんを発症するまでの間の生活状況は具体的に明らかにされておらず,原告のてんかんが直ちに左前頭部開放性骨折によるものとはいい難い。)から,上記てんかんが上記左前頭部開放性骨折に起因する疾病であるということはできない。そうすると,原告のてんかんに係る初診日は,てんかんを発症した昭和54年2月頃というべきであり,当時,原告は20歳未満ではなかったから,原告が障害基礎年金を受給するためには,初診日において被保険者等であることが必要であるところ(国年法30条,30条の2),原告は,当該要件を満たしていないから,障害基礎年金の支給を受けることはできない。よって,本件各処分は,いずれも適法である。
(2) 争点②(昭和54年1月5日当時の障害の状態)
(原告の主張)
原告の昭和54年1月5日における障害の程度については,同年2月を現症日とする医師作成の診断書があり,同月頃に原告がてんかん発作を発症したことには争いがないところ,発作時の状況に照らすと,原告がいつ発作を起こすか分からない以上,常時の見守りが必要であったというべきであるから,その障害の程度は,日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものということができる。そうすると,原告は,同年1月5日当時,てんかんにより国年令別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったといえるから,原告については,国年法30条の4第1項の規定により,同日を受給権発生日とする障害等級2級の障害基礎年金が支給されるべきであり,本件処分1は違法である。
(被告の主張)
仮に,原告のてんかんに係る初診日が昭和39年11月30日であるとしても,本件障害認定日請求が認められるためには,原告が20歳に達した日である昭和54年1月5日において障害等級に該当する程度の障害の状態にあったことを要するところ,原告に初めててんかんに起因する発作が起きたのは同年2月頃であり,それよりも前の同年1月5日の時点では,てんかんに起因する発作は起きていなかったし,原告は,てんかん発作が起きた後も一人暮らしを続けて大学を卒業し,就職したのであるから,常に見守りや援助が必要な状況であったとはいえない。そうすると,同日時点における原告の障害の程度が,十分な治療にもかかわらずてんかん性発作を頻繁に繰り返すため日常生活が著しい制限を受けるものということはできず,その障害の状態が障害等級に該当する程度であったとはいえない。よって,本件障害認定日請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の本件処分1は適法である。
(3) 争点③(平成22年1月27日当時の障害の状態)
(原告の主張)
医師作成の診断書等によれば,原告は,平成22年1月27日当時,月数回のてんかん発作を起こしており,食事摂取,身辺の清潔保持,金銭管理と買い物,通院と服薬,他人との意思伝達及び対人関係のいずれについても,自発的にできるものの援助が必要であり,身辺の安全保持及び危機対応については,自発的にはできないが援助があればできる状態であったと認められるから,常に見守りが必要な状況にあり,日常生活に著しい制限を受ける状態であったことは明らかである。そうすると,原告は,同日当時,てんかんにより国年令別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったといえるから,原告については,少なくとも,国年法30条の4第2項の規定により,同日を受給権発生日とする障害等級2級の障害基礎年金が支給されるべきであり,本件処分2は違法である。
(被告の主張)
仮に,原告のてんかんに係る初診日が昭和39年11月30日であるとしても,本件事後重症請求が認められるためには,原告が同請求をした平成22年1月27日において障害等級に該当する程度の障害の状態にあったことを要するところ,原告が本件各裁定請求の手続において提出した診断書や,原告が受診していたP2病院の診療録等によると,平成20年以降,頻繁にてんかん発作が生じていたとはいえないし,平成22年1月27日当時,原告の日常生活が著しい制限を受けていたということもできない。そうすると,同日時点における原告の障害の程度が,十分な治療にもかかわらずてんかん性発作を頻繁に繰り返すため日常生活が著しい制限を受けるものということはできず,その障害の状態が障害等級に該当する程度であったとはいえない。よって,本件事後重症請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の本件処分2は適法である。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア てんかんに関する医学的所見等(乙7)
(ア) てんかんは,大脳の神経細胞の異常な電気的興奮によって起こる反復性の発作を主症状とする慢性の脳疾患であり,脳の一部又は全部に一時的な機能障害が生じ,運動,感覚,自律神経,精神機能等の突発的な異常を招くものである。
(イ) てんかんの成因は不明であるが,遺伝的素因,周産期異常,炎症,腫瘍,外傷,代謝異常等が関係するとされる。
(ウ) てんかん発作は,部分発作(大脳のある部分に限られて発症する発作であり,意識障害のない単純部分発作と,意識障害のある複雑部分発作とがある。)と全般発作(発症時から両側の大脳半球のかかわる発作であり,意識が消失する。)とに分類され,全般発作には,突然に手足・頸部等が強く突っ張る強直発作や,突発する手足の激しい屈曲伸展発作(間代発作)等がある。
イ 原告のてんかん発症の経緯等(甲5,8,12,乙6,原告本人)
(ア) 原告は,前記前提となる事実のとおり,昭和39年11月29日,頭部を負傷し,同月30日,福知山市内の外科医院を受診し,同年12月1日,P1病院を受診したところ,左前頭部開放性骨折と診断され,同病院において治療を受けた。
(イ) 原告は,下宿生活をしながら大学に通学していた昭和54年2月頃,福知山駅で突然倒れ,全身がけいれんする発作を初めて起こし,その後も同様の発作を起こすようになったことから,P2病院において投薬等によるてんかんの治療を受けるようになった。
(ウ) 原告の両親,祖父母,同胞等にてんかん等の既往歴がある者はなく,原告の周産期等にも特段の異常はなかった。
ウ 原告の生活状況等(後掲のほか甲7,12,証人P3,原告本人)
(ア) 原告は,昭和52年2月頃に発作を起こした後も,下宿生活を続けながら大学に通学し,その後,卒業した。
(イ) 原告は,大学卒業後,父親の経営する会社に就職し,父親の死亡後,同社の社長に就任した。
(ウ) 原告は,平成元年10月22日,P3との婚姻の届出をしたが,その頃までに,自動車の運転中に発作を起こして交通事故を起こすことが数回あり,その後,自動車の運転をしなくなった(甲8,乙5)。
(エ) 原告は,平成2年頃,月平均1回程度の頻度で,うなり声を発して突然意識を失い,その後,全身の筋強直・けいれんを起こし,睡眠に移行して覚醒後に異常行動に至る発作を起こしており,同年8月7日,P4病院(てんかんセンター)を受診した(甲8)。
(オ) 原告は,その後もP2病院において投薬等の治療を受けていたが,同様の発作が続き,平成20年4月には,発作を起こして転倒したことにより負傷し,救急搬送されて治療を受けるなどした(乙6)。
(カ) 原告は,平成21年3月及び同年4月に発作を起こしたことなどから,P5病院において投薬等の治療を受けるようになったが,その後も,年数回から月数回程度の頻度で,うなり声を発して意識を失い,けいれんを起こして泡を吹くなどした後,徘徊等の異常行動に至るてんかん性発作を起こしており,また,発作のないときも,記銘力や判断力の低下が見られ,他人との会話にも支障が出るようになった(甲5)。
(キ) 原告は,同年10月15日,京都府から,てんかんにより障害等級2級の障害者手帳(なお,平成23年頃,障害等級は1級とされた。)の交付を受けた(甲5,11)。
(ク) 原告は,平成22年1月27日,前記前提となる事実のとおり,本件各裁定請求をしたが,その後,上記(イ)の会社の事務を遂行することが困難となったことから,同社を廃業し,その後,障害者支援施設に通所するようになった。
(ケ)P3は,原告が,発作により,転倒・負傷して救急搬送されたり,入浴中におぼれそうになったりしたことから,遅くとも原告がP5病院において治療を受けるようになった平成21年4月頃以降,通院等の外出時には常に同行し,原告が上記の会社や障害者支援施設に居る間以外は入浴等の日常生活動作を見守り,援助するなどしており,食事の準備等の身の回りの世話を行っている。
エ 診断書の内容(甲5)
原告が本件各裁定請求の際に提出した医師作成の平成21年12月21日付けの診断書においては,原告には「左前頭骨開放骨折後てんかん」による「全身性てんかん発作」が「月平均数回」あり,「近時記銘力低下があり,近隣の人との会話にも支障が大きい」とされ,「日常生活能力の判定」については,「適切な食事摂取」及び「身辺の清潔保持」は「自発的にできるが援助が必要」,「金銭管理と買物」「通院と服薬」及び「他人との意志伝達及び対人関係」は「概ねできるが援助が必要」,「身辺の安全保持及び危機対応」は「自発的にはできないが援助があればできる」とされ,「日常生活能力の程度」については,「精神障害を認め,家庭内での単純な日常生活はできるが,時に応じて援助が必要である」とされており,「現症時の日常生活活動能力及び労働能力」欄には,日常生活動作についてはP3の援助が必要であり,現状では労働能力はない旨の記載がある。
(2) なお,被告は,原告が受診していたP2病院の診療録等によると,平成20年以降,頻繁にてんかん性発作が生じていたとは認められないと主張する。
しかしながら,P2病院の診療録(乙6)には,原告が,同年4月に2回,平成21年3月及び同年4月にも各1回の発作を起こし,その後,P5病院においててんかんの治療を受けているものの,同年12月の段階でも発作が起こることがあり,仕事ができない旨の記載があるのであって,P5病院に通院開始後はP2病院においててんかん性発作の有無について具体的に確認していないとしても不自然でないこと等をも併せ考慮すると,これらの記載は上記(1)の認定と矛盾するものということはできず,他に上記認定を覆すに足りる証拠もない。
よって,被告の上記主張は採用することができず,平成20年以降の原告のてんかん性発作の頻度については,上記のとおり認定することができる。
2 争点①(てんかんに係る初診日)について
前記認定のとおり,てんかんの発症には,遺伝的素因,周産期異常,炎症,腫瘍,外傷,代謝異常等が関係するとされており,原告は,遅くとも平成21年12月までに「左前頭部開放骨折後てんかん」と診断されているところ,原告は,昭和39年に左前頭部開放性骨折の傷害を負っており,当該骨折は,その態様等に照らし,てんかんの原因となり得る外傷であるということができる。他方,原告については,前記認定のとおり,親族にてんかんを発症した者がなく,てんかんに関係する遺伝的素因があるということはできないし,周産期等にも特段の異常はなく,他にてんかんの原因となり得る要素があったことをうかがわせる事情もないのであるから,原告のてんかん発症については,上記外傷以外の原因によっては説明が困難というべきである。以上によれば,原告のてんかんは,受傷から相当長期間経過後に発症したことを考慮しても,昭和39年の左前頭部開放性骨折に起因するものと認めるのが相当である。
そうであるところ,原告は,前記認定のとおり,同年11月30日に福知山市内の外科医院において初めて左前頭部開放性骨折について医師の診療を受けているから,同日が原告のてんかんに係る初診日となるというべきである。そして,同日において原告が20歳未満であったことは明らかであるから,原告は,前記認定のとおり同日において被保険者でなかったとしても,国年法30条の4の規定により,障害基礎年金を受給し得る。
3 争点②(昭和54年1月5日当時の障害の状態)について
(1) 厚生労働大臣による国年令別表に規定する障害の程度の認定は,前記認定のとおり,認定基準によって行われているところ,認定基準は,行政機関の内部的な取扱指針であり,法的拘束力はないものの,その基準としての合理性を疑わせる事情を認めるに足りる証拠はなく,給付の公平性の確保のためには一定の合理的な基準に従った運用がされる必要があること等をも考慮すれば,障害の程度については,特段の事情がない限り,認定基準によって判断するのが相当である。
そうであるところ,原告は,前記認定のとおり,昭和54年2月頃に初めててんかん性発作を起こしているのであって,同年1月5日当時,てんかん性発作を繰り返していたということはできない上,前記認定のとおり,発作を起こすようになった後も,下宿生活を送りながら大学を卒業し,その後,父親の経営する会社に就職して稼働していたというのであり,同日当時,その日常生活が著しい制限を受けていたということもできない。そうすると,原告のてんかんが,同日当時,一定頻度のてんかん性発作があり,かつ,日常生活が著しい制限を受けるなど,旧認定基準及び新認定基準が障害等級2級に相当すると認められるものとして例示するような状態に該当していたということはできない。
そして,他に,原告のてんかんが国年令別表2級16号に該当していたというべき特段の事情も認められないから,昭和54年1月5日当時,原告がてんかんにより国年令別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったと認めることはできない。
(2) この点,原告は,昭和54年2月当時の状況に関する医師作成の平成21年12月30日付けの診断書(甲5)等によれば,原告のてんかんは,昭和54年1月5日当時も,日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものであったといえると主張する。
しかしながら,上記診断書の内容は,当時の診療録等ではなくP3の説明に基づくものと認められるところ(甲5),P3は,前記認定事実によれば,当時の原告の状況を現認していたわけではないと認められる上,そもそも,原告が昭和54年2月頃までてんかん性発作を起こしたことがなかったことは上記のとおりであるから,上記診断書によって,同年1月5日当時の障害の状態が原告の主張する程度のものであったと認めることはできない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,本件障害認定日請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の本件処分1が違法であるということはできず,原告の主位的請求のうち本件処分1の取消しを求める請求は,理由がない。
そして,本件障害認定日請求に係る障害基礎年金の支給の裁定の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条6項2号の申請型義務付けの訴えであるところ,上記のとおり,本件処分1の取消しを求める請求は認容されるべきものではないから,本件訴えのうち上記の義務付けを求める部分は,行訴法37条の3第1項2号の要件を満たさない不適法なものというべきであり,却下を免れない。
4 争点③(平成22年1月27日当時の障害の状態)について
(1) 原告は,前記認定のとおり,平成21年4月頃以降,P5病院に通院して投薬等の治療を受けていたが,年数回から月数回程度の頻度で,けいれんや意識喪失,意識回復後の異常行動等を伴う全身性の発作を起こしていたというのであるから,本件事後重症請求をした平成22年1月27日の時点において,旧認定基準にいう「十分な治療にかかわらず,てんかん性発作をひんぱんに繰り返す」状態にあったものというべきである。また,上記のような状態は,新認定基準にいう「意識障害を呈し,状況にそぐわない行為を示す発作」が「年に2回以上」ある場合にも該当するということができる。
そして,原告は,前記認定のとおり,上記のような発作を起こして転倒・負傷し,救急搬送されること等があったことからすれば,遅くとも平成21年4月頃以降は,単独では外出することができず,自宅内においても,入浴等の日常生活動作について援助や見守りが必要な状態であったというべきであり,現に,職員等による見守りが期待できる会社や障害者支援施設に居る昼間を除いて,常時,P3が原告の身の回りの世話等を行っている。また,原告は,前記認定のとおり,てんかんに伴う記銘力や判断力の低下等もあって,平成22年1月頃までに会社の経営を辞め,その後は,上記のとおり障害者支援施設に通所しているのであって,通常の就労はできない状態にあるものということができる。このような生活状況や前記のようなてんかん性発作の頻度等に照らすと,原告は,同月当時,活動の範囲がおおむね家庭内に限られ,日常生活が極めて困難で労働により収入を得ることができない状態にあったというべきであり,旧認定基準及び新認定基準にいう「日常生活が著しい制限を受ける」状態にあったものと認められる。
そうすると,原告は,同年1月27日当時,旧認定基準及び新認定基準にいう,一定頻度のてんかん性発作があり,かつ,日常生活が著しい制限を受ける状態にあったものということができる。そして,他に,原告のてんかんが国年令別表2級16号に該当していたことを否定すべき特段の事情も認められないから,原告は,同日当時,てんかんにより国年令別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあったというべきである。
(2) この点,被告は,医師作成の平成21年12月21日付けの診断書(甲5)によれば,原告の障害の程度は障害等級2級に該当しないなどと主張する。
しかしながら,上記診断書は,前記認定のとおり,原告には「全身性てんかん発作」が「月平均数回」あり,日常生活動作については全般的に「妻の援助が必要」であって,「現状では労働能力はない」などとしているのであるから,その記載内容が障害等級2級該当性を直ちに否定するものとはいえない上,原告の発作の頻度・態様,生活状況等は前記認定のとおりであるから,上記診断書の記載によって,原告のてんかんが国年令別表2級16号に該当しないということはできない。
よって,被告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,本件事後重症請求に係る障害基礎年金を支給しない旨の本件処分2は違法というべきであり,取消しを免れない。
そして,本件事後重症請求に係る障害基礎年金の支給の裁定の義務付けを求める訴えは,行訴法3条6項2号の申請型義務付けの訴えであるところ,上記のとおり,本件処分2は取り消されるべきものであるから,本件訴えのうち上記の義務付けを求める部分は,同号の要件を満たし,適法であると認められる。そして,既に判示したところに照らせば,原告は,てんかんにより本件事後重症請求をした日において国年令別表の障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあり,国年法30条の4第2項の規定により,同日を受給権発生日とする障害等級2級の障害基礎年金を支給されるべきといえるから,行訴法37条の3第5項の規定により,厚生労働大臣に対し,その旨の裁定をするよう命ずることが相当である。
5 結論
以上のとおりであって,本件訴えのうち本件障害認定日請求に係る障害基礎年金の支給の裁定の義務付けを求める部分は不適法であるから却下し,原告のその余の主位的請求は理由がないから棄却することとし,原告の予備的請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田隆裕 裁判官 山本拓 裁判官 佐藤しほり)