大阪地方裁判所 平成25年(む)3307号 決定 2013年10月15日
主文
本件請求を棄却する。
理由
第1 当事者の主張
1 弁護人の請求の趣旨及び理由は,主任弁護人A作成の平成25年9月26日付け証拠開示命令請求書,同年10月8日付け証拠開示命令請求書補充書,同月9日付け証拠開示命令請求書補充書(2)及び同月15日付け証拠開示命令請求書補充書(3)に記載のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである。
(1)弁護人は,本件被告事件について,類型証拠開示請求をし,刑訴法316条の15第1項7号に基づき,被告人の供述調書等すべての開示を求めた。
(2)検察官は,これを認める旨回答したが,別紙1記載の各証拠に添付された被告人の取調状況を録音,録画した各DVD(以下「本件各DVD」という。)の謄写に際し,別紙2記載の各条件を付した。
(3)別紙2記載の条件のうち第1項ないし第3項の必要性は是認できるが,「本被告事件についての弁護活動が終了した際には,謄写に係るDVDのデータを消去しなければならない。」との条件(同第4項。以下「データ消去の条件」という。)は,不必要かつ不当であるから,データ消去の条件を付さないで本件各DVDを謄写する機会を与えることを命ずるよう請求する。
2 検察官の意見は,検察官B作成の平成25年9月30日付け意見書記載のとおりであり,要するに,電子データが記録されるDVDの性質上,遺失等により,インターネットを介するなどしてその内容が外部に容易に流出する危険があるから,事件終了後速やかにデータが消去されることを担保しなければならず,データ消去の条件を付する必要があるというものである。
第2 当裁判所の判断
1 判断の前提として,データ消去の条件中,「本被告事件についての弁護活動が終了した際」がいかなる時点を指すかについて,その文言から理解される内容を確認しておく。データ消去の条件は,「本被告事件」についての弁護活動と定めており,当該活動には,その文理上,弁護人であった者が本被告事件に関する手続(刑訴法281条の4第1項2号参照)について代理人等としてする活動を含まないものと理解される。そうすると,データ消去の条件は,当審若しくは上訴審における判決の確定後,又は,辞任等により弁護人としての地位を失った後,速やかに本件各DVDのデータを消去することを義務付けているものと理解される。
2 以上を前提として,検察官がデータ消去の条件を付したことの当否について検討する。
(1)開示に伴う弊害の有無について本件各DVDには,被告人に対する捜査段階での取調べ状況が記録されているところ,本件被告事件における検察官の証明予定事実を前提にすると,被害者の性的関係を含む関係者の高度のプライバシーに関する供述等が含まれていることが容易に想定され,その中にはプライバシーの保護や立証に当たっての必要性等を勘案して供述調書に記載されなかった事項もある可能性がある。そうすると,この内容が外部に流出した場合,被害者その他の関係者のプライバシーが著しく侵害されることは明らかであり,その程度は,被告人の供述調書などについて同様の事態が発生した場合を上回るおそれが大きい。また,本件各DVDの内容は,電磁的記録である性質上,複製が容易であり,インターネット等を介して外部に流出した場合には,これを回収することが著しく困難となる。確かに,弁護人が指摘するように,書面であってもスキャナー等を利用して電磁的記録が作成されれば,同様の危険がないとはいえない。しかし,例えば,証拠を拾得した第三者がこれをインターネット等を利用して流通させるには,スキャナー等を利用して電磁的記録を作成するという手間を要するのであるから,DVD等の電磁的記録媒体の方が,類型的に流出の危険性が高いと考えられる。
そうすると,本件各DVDは,その内容に加え,電磁的記録媒体という性質上,外部に流出した場合に生じるプライバシー侵害のおそれが他の証拠以上に大きく,これが開示に伴う弊害となる。
(2)条件を付する必要性について
以上検討したところによれば,本件各DVDを開示するに当たっては,当該DVD自体又はその内容が外部に流出することを防止する必要がある。データ消去の条件が付されなければ,開示された証拠の保管が極めて長期間に及びうるのであり,そのような期間,弁護士事務所等で不断に適切な注意を払いつつ保管を継続することは必ずしも容易でなく,保管が継続されること自体が外部への流出の危険性を高める要因となる。そして,保管継続に伴う外部への流出の危険性は,別紙2の第1項ないし第3項の条件を付することでは防止できず,また,弁護人の適正保管義務(刑訴法281条の3)ないし弁護士会による監督(弁護士職務基本規程18条参照)を考慮しても,なお,十分に解消されるとはいえない。
弁護人は,検察庁において,被告人の取調状況を録音,録画したDVDを証拠請求する場合には,データ消去の条件を付さないで証拠を開示する運用になっており,類型証拠開示請求に係る場合にだけデータ消去の条件を付すのは一貫しないと主張する。しかし,検察官において関係者のプライバシー等に対する影響等をも勘案した上で証拠請求することを選択した証拠と,本件各DVDのように証拠請求の対象としておらず,前記(1)で検討したような高度のプライバシーに関する供述等が含まれている可能性のある証拠とでは,開示に伴う弊害に自ずから差異があり,弁護人の主張は前提を欠くというべきである。
以上によれば,検察官において,保管継続に伴う外部への流出の危険性を解消するため,本件各DVDを開示するに当たり条件を付する必要性はあるというべきである。
(3)条件の相当性について
検察官は,本件各DVDの謄写自体は認めているのであるから,弁護人としては,本件各DVDを謄写した後,入念かつ詳細な検討を加え,取調べ経過等に問題を発見すれば,本被告事件の公判において,被告人供述の任意性を争うなどの方法により,これを争点化するとともに,本件各DVD自体を証拠請求したり,本件各DVDの内容を踏まえて取調官の証人尋問をしたりすることが想定される。このような活動は,データ消去の条件によって左右されないから,データ消去の条件は,本被告事件についての弁護活動を何ら制限しない。
他方,本被告事件についての弁護活動が終了した後においては,弁護人であった者が本件各DVDを手元に置いて随時検討する必要はないと考えられる。また,弁護人であった者が刑訴法281条の4第1項2号所定の各手続をする場合においても,前記のような弁護活動が行われれば,本件各DVDの内容は,必要な限度で訴訟記録上明らかとなっているはずであり,本件各DVDを検討する必要性は低減しているのが通常である。この点,弁護人は,本件各DVDに捜査機関の違法行為が録音・録画されていた場合を例示して,そのような内容が録音・録画されたDVDを消去させるのは,告訴等との関係で不当であるとも主張する。しかし,弁護人が捜査機関の違法行為を告訴する等の目的で本件各DVDを利用することが刑訴法281条の4第1項に定める目的内利用に当たるかはさておき,以上述べたところによれば,本件各DVDに捜査機関の違法行為が録音・録画されていた場合には,それが証拠として取り調べられ,訴訟記録の一部として保管されるのが通常と考えられるから,弁護人の主張するような問題が生じる可能性は低いといえる。
なお,弁護人は,データ消去の条件が弁護人たる弁護士の依頼者に対する書類保管義務(その消滅時効期間は,民法171条により3年間である。)と矛盾するとも主張する。しかし,証拠の謄写権は,弁護活動のために認められた弁護人固有の権利であり(刑訴法316条の15第1項柱書,316条の14第1号及び第2号等参照),謄写された証拠について被告人が何らかの権利を有するものではない。開示された証拠の保管は,刑事訴訟法及びこれに基づく決定ないし処分に基づいて,合目的的に行われるべきものであり,被告人との委任関係に基づいて行われるべきものとはいえないから,弁護人の主張は採用できない。
以上検討したところによれば,データ消去の条件が弁護活動又は弁護人であった者の活動に及ぼす影響は軽微である。そして,より制限的でない条件も見いだし難いことからすれば,データ消去の条件は前記(1)及び(2)で検討した開示に伴う弊害を防止するために相当な条件といえる。
3 以上のとおりであるから,データ消去の条件を含む別紙2の条件を付して本件各DVDについて謄写の機会を与えた検察官の処分は適法であり,開示すべき証拠を開示していないとは認められない。
第3 結論
よって,本件請求は理由がないから,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 登石郁朗 裁判官 小野寺健太 裁判官 豊澤悠希)
別紙1
・平成25年5月29日司法警察員作成の録音・録画状況報告書
・平成25年5月30日検察官作成の録音・録画状況等報告書
・平成25年6月14日検察官作成の録音・録画状況等報告書(「10:11~11:59」等記載のもの)
・平成25年6月14日検察官作成の録音・録画状況等報告書(「13:15~14:54」等記載のもの)
・平成25年6月14日検察官作成の録音・録画状況等報告書(「15:32~17:14」等記載のもの)
・平成25年6月19日検察官作成の録音・録画状況等報告書
・平成25年6月21日検察官作成の録音・録画状況等報告書
・平成25年6月25日検察官作成の録音・録画状況等報告書
・平成25年7月5日検察官作成の録音・録画状況等報告書
別紙2
1 謄写枚数は1枚とする。
2 謄写に係るDVDのデータを複写して更にDVDを作成し,又は,パソコンのハードディスクに複写して記録するなどの一切の複写をしてはならない。
3 謄写に係るDVDを再生するに際しては,インターネット等により外部に接続したパソコンを使用してはならない。
4 本被告事件についての弁護活動が終了した際には,謄写に係るDVDのデータを消去しなければならない。