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大阪地方裁判所 平成25年(ワ)3058号 判決 2014年10月23日

原告

株式会社グリームデザイン

同訴訟代理人弁護士

柏木秀介

被告

株式会社デジタルマックス

同訴訟代理人弁護士

佐々木清一

佐藤康行

主文

1  被告は,原告に対し,321万5034円及びこれに対する平成24年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文第1項同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が被告に対し,サイト構築作業の請負契約に基づく代金の支払を求める事案であるが,被告は,請負契約の成立及び請負作業の完成の事実を争い,仮に被告の支払義務が存するとしても,不正競争防止法違反に基づく損害賠償請求権を自働債権として,対当額で相殺する旨の抗弁を主張している。

2  前提事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  当事者等

原告は,ホームページ及びインターネットシステムの企画,研究,開発,制作,デザイン及び保守管理業務等を目的とする株式会社である。

被告は,販売促進に関する宣伝用ツールの作成及び販売等を目的とする株式会社である。

原告代表者は,平成21年10月1日まで被告の代表取締役,平成23年5月31日まで被告の取締役であった者であり,同年6月1日,コンサルティング業務委託契約を締結して,1年間被告の顧問となったが,同年12月28日,原告を設立した(甲1,2,乙1)。

(2)  被告と日本事務器株式会社(以下「日本事務器」という。)との契約

被告は,日本事務器との間で,平成24年2月1日付けで,コンピューターシステムに関する業務の委託に関し基本事項を定めた「ソフトウェア基本契約書」を作成した(乙2)。

被告は,同年9月30日,日本事務器に対し,株式会社大阪村上楽器が日本事務器に依頼した,TSUTAYAのウェブサイト上で楽譜の販売等をすることのできるサイトを構築する業務(以下「本件業務」という。)に関し,代金合計577万5000円のソフトウェアを納品した(乙5,6)。

(3)  原告の請求

原告は,同年10月31日,被告に対し,本件業務に関する原告と被告との間の請負契約の報酬として,321万5034円を,同年11月30日までに支払うよう求めた(甲4)。

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  原告と被告との間の請負契約の成立

原告と被告は,平成24年2月ころ,被告が日本事務器から受注した本件業務を,原告が代金約560万円(見積書の記載は557万5500円)で請け負う契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。

(2)  本件業務の完成・引渡し

原告は,同年9月末ころ,本件業務を完成し,被告に引き渡した。前記(1)の代金から保守費用及び被告が行った作業部分の費用を除いた代金額は321万5034円である。

(3)  支払請求

原告は,同年10月31日,被告に対し,同年11月30日限り,前記(2)の請負代金を支払うよう求めた。

(4)  よって,原告は,被告に対し,本件請負契約に基づく請負代金のうち321万5034円の支払を求めるとともに,本件業務の引渡し後支払期限の翌日である同年12月1日から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1) (本件請負契約の成立)について

請求原因(1)は,否認する。

被告において,1件あたり100万円以上の経費支出を伴う契約締結の決定権限は被告代表者にあり,被告代表者は契約書,発注書,発注請書等に押印しておらず,契約は成立していない。

そもそも,被告代表者は,平成24年3月ころ,当時被告取締役であったP1より,日本事務器からTSUTAYA向け楽譜サイトの構築の約600万円の仕事が来ており受けてよいか打診され,これを断るよう明確に伝えた。その後,原告代表者がP1と結託して日本事務器からの発注を受けたが,下請業者に外注を断られ,原告では対応できなくなったことが判明し,被告従業員P2が,やむを得ず今後は被告も開発に参加する旨,外注先である訴外株式会社ファイブアークス(以下「ファイブアークス」という。)の担当者P3にメールを送信し,後記(2)のとおり,本件業務を引き取って完成させたものである。

(2)  請求原因(2)(本件業務の完成・引渡し)について

請求原因(2)については,否認する。

本件業務はほとんどを被告が自社の技術を駆使して完成し,平成24年9月30日,日本事務器に納品したものである。

188万余の金額(甲4)は,被告が,ローコストで,設計,販売サイト構築,管理者画面構築,既存システム最適化,評価,管理,これら全ての作業を行ったもので,原告が,設計や販売サイトの構築作業等の業務を行ったという実態はない。

(3)  請求原因(3)(支払請求)について

請求原因(3)は,認める。

3  抗弁~相殺(不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求権)

(1)  営業秘密

ア デジタルブック提供システムである「ecoCAT」(以下「本件システム」という。)の内容に関する情報

(ア) 内容

本件システムの発想そのもので,実際に特許出願の明細書(乙44,以下「乙44出願書類」という。)に記載されている技術情報(以下「本件情報」という。)である。本件システムの特殊性は,①文書アップロード,②文書自動変換,③文書保管・運用,④本棚・書類一覧,⑤デジタルビューワー方式の全てを一つのシステムとするもので,営業秘密は,これらの機能を全て備えたデジタルブック提供システムという発想そのものである。

(イ) 秘密管理性

本件情報は,特許を取得するための情報であり,それ自体の性質上当然に秘密性が高く,被告は企業秘密管理規程及び文書管理規程を制定し,これらの規程に基づき厳重に管理していた。

被告は,遅くとも平成23年3月17日の時点で,本件情報を企業秘密に指定し,秘密を保持する期間を,本件情報が公表されるまで,開示できる範囲はないことを決定し,持出し・複写は許可制とするなど,本件情報を厳重に管理していた。本件情報にアクセスできる役員に対しても,在職中のみならず退職時にも秘密保持及び競業避止誓約書を提出させるなどして,秘密保持義務を課すなどしていた。

(ウ) 非公知性・有用性

本件情報は,特許されており,有用な情報であり,非公知であった。

イ 外注先情報

(ア) 内容

ファイブアークス,株式会社オブジェクトレイシャス(以下「オブジェクトレイシャス」という。)等の外注先情報。

(イ) 秘密管理性

外注先から「取引先管理表」という紙媒体で情報を得た場合には,情報セキュリティルールブックに従い,当該管理表を金庫内で保管していた。データとしての情報も,アクセス制限された社内LANのみに接続されたメインコンピュータで集中管理されていた。

(ウ) 非公知性・有用性

外注先情報の有用性は高く,前記(イ)のとおり,厳重に管理されている以上,不特定の者が公然と知りうる状態にはなかった。

ウ 顧客情報

(ア) 内容

ファイブアークス,株式会社イングカワモト(以下「イングカワモト」という。)や株式会社ディスコ(以下「ディスコ」という。)等,今後被告のシステムの購入可能性が高い顧客の情報

(イ) 秘密管理性

取引先管理表及びデータの管理状況については前記イ(イ)記載と同様である。

(ウ) 非公知性・有用性

顧客情報の有用性は高く,前記(イ)のとおり管理されている以上,不特定の者が公然と知りうる状態にはなかった。

(2)  営業秘密が原告代表者に示されたこと

ア 本件情報について

被告は,遅くとも平成23年3月17日の時点で乙44出願書類と同程度のドラフト(乙49)を完成しており,原告代表者は,その後同月31日までの間,当該ドラフトを全て読み,詳細な加筆修正を行うなどしており,本件情報の発想を認識・理解していた。

イ 外注先情報について

被告は,外注先から外注先情報を取引先管理表という紙媒体で取得することがあるが,その場合,所属部長であった原告代表者は内容を確認して確認印を押しており,外注先情報を認識していた。

ウ 顧客情報について

被告においては,前記イ同様,取引先管理表で情報を入手し,所属部長であった原告代表者が内容を確認しており,顧客情報を認識していた。

(3)  本件情報の不正開示行為(不正競争防止法2条1項7号)

ア 原告代表者は,前記(2)アのとおり,平成23年3月ころ,乙44出願書類の前提となるドラフト(乙49)を読み,本件情報を認識していたところ,原告は,平成24年4月1日,「デジタル文書管理パッケージ開発 画面仕様」(乙33,以下「原告仕様書」という。)を作成した。原告仕様書の作成者は原告代表者であり,これによって,原告代表者は,本件情報を原告に開示したものである。原告仕様書と乙44出願書類に記載された内容は,重要な部分において酷似しており,原告が,本件情報と無関係にこのようなものを完成させたとは考えがたい。

イ 本件システムの模倣商品又は競合商品を被告の顧客先に販売すれば多大な利益を得ることができる反面,被告が多大な損害を被ることは容易に想定できることであり,原告代表者は,不正の利益を得る目的で,又は情報保有者である被告に損害を加える目的で,本件情報を原告に開示したものである。

(4)  原告代表者の前記(1)イウの営業秘密の開示行為(不正競争防止法2条1項7号)及び原告の前記(1)の営業秘密の使用行為(同条項8号)

ア 原告代表者は,不正の利益を得る目的で,被告在籍中に入手していた顧客情報を原告に開示し,原告は,平成24年4月から7月までの間に、イングカワモトに対し,原告仕様書を提示し,模倣システムへの興味をひき,原告代表者は,同様の目的で入手していた外注先情報を原告に開示し,原告は,同年4月ころ,ファイブアークスに対しても原告仕様書を提示して模倣システムの開発の可能性を打診した。

イ 原告は,平成23年12月末ころから,ファイブアークスに対し,本件システムに酷似した文書管理システム(後に「booMo」(以下「ブーモ」という。)となるもの)の制作話をもちかけていたところ,平成24年4月に作成した原告仕様書に基づき,同年7月ころ,正規にその制作を依頼した。

ウ 原告は,原告代表者による開示が不正であることを当然に認識しながら,原告仕様書,顧客情報及び外注先情報を使用したものである。

(5)  損害

ア 被告は,平成25年3月末まで訴外イングカワモトから年間約2500万円の電子カタログ作成の発注を受けていたところ,競合商品が販売されるに至った途端,100万円以下まで激減しており,競合商品が販売されたことにより被告が被った損害は2000万円を下らない。

イ あるいは,被告は,イングカワモトに対し,本件システムを販売する機会を失ったことにより,本件システムの売却代金200万円,保守費用1年あたり30万円(少なくとも5年分は発生する150万円)及びセットアップ費用10万円の販売価格(税別)により,損害は360万円を下らない。さらに,イングカワモトは被告の商品の販売代理店という立場でもあり,ブーモが開発販売されなければイングカワモトは少なくとも本件システムに関し4件の契約を締結することができた可能性がきわめて高かったところ,本件システムは,卸値120万円(税別),保守費用1年あたり30万円,セットアップ費用を10万円として販売することを想定していたため,被告は,1件160万円,4件で合計640万円の売上げを得る機会を奪われた。

よって,損害の合計は1000万円を下らない。

ウ 仮にア及びイの損害が認められないとしても,秘密情報の使用行為に対し,通常受けるべき金銭に相当する額の損害を被ったといえる。本件システムの内容についての情報に関しては,被告は特許を取得している以上,平均的実施料・使用料として,少なくとも原告の請求金額である321万5034円を下回ることはない。

(6)  被告は,平成25年9月18日,原告に対し,前記(4)の不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求権を自働債権として,原告の被告に対する請負代金請求権につき対当額で相殺する旨の意思表示をする。

4  抗弁に対する認否

(1)  営業秘密(前記3(1))について

被告の主張する営業秘密について,営業秘密性,非公知性・有用性のいずれも否認する。

ア 本件情報について

被告の主張する本件情報の具体的内容は不明であるが,被告が主張する①から⑤までの個々の機能も,これらを 1 つのシステムにするという発想自体も特殊なものではなく,既に他社でもそのようなデジタルブック提供システムという発想に基づく商品開発がされていた。

また,被告の主張する管理規程があることは認めるが,実際に企業秘密として指定されたものや,管理部の金庫内に保管し施錠していたような文書などは 1 つもない。 被告が主張する秘密がどのような内容のものであれ,「営業秘密」と認識できるような管理状態にはなかった。

イ 外注先情報について

被告が主張する外注先情報が具体的に何を意味しているのか明らかではないが,ファイブアークスやオブジェクトレイシャスといった企業が存在することであるならば,営業秘密にはあたらない。秘密管理性も認められないし,非公知性についても何ら具体的な根拠はない。

ウ 顧客情報について

被告が主張する顧客情報が具体的に何を意味しているのか明らかではないが,イングカワモトやディスコといった企業が存在することであるならば,営業秘密にはあたらない。秘密管理性も認められないし,非公知性についても何ら具体的な根拠はない。

(2)  営業秘密が原告代表者に示されたこと(前記3(2))について

ア 本件情報ついて

原告代表者が出願書類のドラフト(乙49)に書込みをしたことは認めるが,主として文章や表現について添削しただけである。原告代表者は,記載されている実際のシステム設計や仕様書等の技術的な内容については,認識も関与もしておらず,被告のいう本件システムである「ecoCAT CMS」を知らない。原告代表者が被告在籍時に携わっていたのは,文書管理部分のデザインや「ecoCAT API」というAPI(API化とは,システム「外部」で他と連携して利用できるという意味である。)を使って連携する汎用的な文書管理システム部分の開発を行っただけであり,完成した「ecoCAT CMS」についての関与はしていないし,内容も認識していなかった。

イ 外注先情報について

原告代表者がファイブアークスやオブジェクトレイシャスといった企業が被告の取引先であるということを認識していたことは認める。

ウ 顧客情報について

原告代表者がイングカワモトやディスコが被告の取引先であることを認識していたことは認める。

(3)  本件情報の不正開示行為(前記3(3))について

ア 否認する。

イ 被告のいう本件システムに関し,ドラフト(乙49,請求項は8個)が乙44出願書類(請求項は6個)となり,さらに乙第45号証(請求項は10個)となり,最終的に出願されたようであるが,ドラフト(乙49)と乙第45号証は同一ではないし,前記(2)アのとおり,原告代表者は,実際のシステム設計や仕様書等の技術的な内容についてまったく認識も関与もしていない。

(4)  原告代表者の前記(1)イウの営業秘密の開示行為及び原告の前記(1)の営業秘密の使用行為(前記3(4))について

ア 否認する。

イ 原告代表者がファイブアークスに開発を依頼したのは,文書管理システムの重要な中身である変換エンジン等の部分を含まない,汎用性のある文書管理システム部分だけである。ecoCAT APIを使ってecoCATの変換エンジン等の部分やビューワー部分と連携させるという前提だったからこそ,日本事務器のP4やP2とも連絡をとって,本件業務として行ったTSUTAYAの案件を楽天やアマゾンにも展開することで,ライセンス料や保守料として被告の売上にも貢献するつもりであった。

ウ 原告は,完成させた文書管理システムをイングカワモトに納品したが,その後,イングカワモトがどのようにしてブーモを完成させたのかについては知らない。

(5)  損害(前記3(5))について

ア 否認ないし争う。

イ イングカワモトは,別会社に開発を依頼した部分と原告が開発したものを独自に連携させてブーモというブランド名で商品化して販売しているようであるが,原告が開発・販売主体というものではない。また,イングカワモトの日経進学ナビに関する案件については,最終的に被告が断ったも同然であり,いずれにしても,原告に帰因するものではない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因について

(1)  請求原因(1) (本件請負契約の成立)について

ア 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 被告は,平成23年9月ころから,日本事務器との間で,本件業務である楽譜購入サイト構築に関し,当時被告の顧問であった原告代表者及び被告CT事業部・常務取締役であったP1を中心に,マスタスケジュールの作成,API概要のまとめ,要求仕様書の検討等を進め,同年11月には,日本事務器から,金融機関名その他発注の際に必要な情報の提供を求められ,ソフトウェア基本契約の案文の送付を受けるなどした。受注に関しては,被告管理部部長P5等も関与していた(甲10ないし13,15の1)。

原告代表者は,同年12月28日に原告を設立した後,平成24年1月24日,P1,被告技術部部長P2及びP5に対し,日本事務器への見積書の作成を依頼し,下請業者については,P3を代表者とするファイブアークスを予定している旨を伝えた(甲14の1①)。

P1は,同月26日,原告代表者に対し,外注費用が明確にならないと,見積書を日本事務器に送付できないとして,原告及びP3(ファイブアークス)からの見積書を求めた(甲14,16)。

原告は,被告宛に同月27日付けの本件業務の見積書(サイト設計等の作業及び1年間の保守費用の合計金額531万円,税込557万5500円)を送付し,被告は,同日ころ,日本事務器に対し,本件業務についての見積書(サイト設計等の作業及び1年間の保守費用合計591万円,税込み620万5500円)を提出した(甲15の1及び2,17,乙5)。

同年3月6日,P1と原告代表者が,被告と日本事務器との契約の締結について,メールで協議した際に,P5が意見を述べ,被告代表者に確認したところ,口頭で進めることはできず,先方からのメールが証拠として必要であるとの指摘を受けたとしたため,P1は,同月7日ころ,日本事務器の担当者に,今回の契約書がウェブ構築の案件についての契約書であることの確認と,ファイブアークスに委託先として依頼することの了承を求めるメールを送付し,その結果,同日ころ,被告と日本事務器は,同年2月1日付けで,「ソフトウェア基本契約書」を作成した(甲19ないし22,乙2)。

(イ) 原告は,イングカワモトから文書管理システムの開発の依頼を受け,イングカワモトは,同年6月の展示会専用のデモ環境の提供を原告に依頼し,原告はこれを18万円でファイブアークスに依頼した。ファイブアークスは,同月18日,本件業務の費用246万7500円(税込み)を請求し,原告は,前記デモ環境作成費用(税込み)を加算した265万6500円を,同月29日にファイブアークスに支払った(甲27,28,34,39)。

前記展示会終了後,イングカワモトが,前記デモ環境を営業のために継続して使用することを希望し,原告がこれを承諾したことや,ファイブアークスが本件業務の追加費用を要求し,原告がこれを断ったことなどから,原告とファイブアークスとの間に紛争が生じ,ファイブアークスは,同年8月9日付けで,イングカワモトに対し,画像の使用等に抗議する旨の通告書を送付し,本件業務の作業を中断して,原告からの電話にも応答しない状態となった(甲33ないし42,乙31)。

(ウ) 原告代表者は,同年8月22日,P2に対し,本件業務について,ファイブアークスの対応が悪く,今後被告で対応できないかとの打診が日本事務器よりきている旨連絡をし,被告に助力を依頼した。P2は,同日付けメールにより,原告代表者及びファイブアークスに対し,本件業務において,受注元である被告としては,日本事務器に迷惑をかけないよう,開発に参加すること,ファイブアークスが開発した内容のバックアップも取り終えており,既にほぼ開発が終わっている部分も多くあるため,リストアップされている瑕疵対応を中心に進めることを連絡した(乙3,4)。

被告は,同年9月30日,日本事務器に対し,本件業務に係るソフトウェアを納品した(乙5,6)。

(エ) P2は,同年10月4日,原告代表者に対し,本件業務の被告の費用分担は,約200万円であること,10月予定の仕様残件は開発元である被告の負担とすること,社内で承認の上,連絡することなどを伝えた。

原告代表者が,被告作業分の最終費用を教えて欲しい旨を伝えると,P2は,同年10月26日,原告代表者に対し,本件業務について,被告が同年8月17日から同年10月2日までに行った作業工数より金額を算出すると,合計188万8063円(税込み198万2466円)となり,社内での調整はとれているので,同額を差し引いて請求して欲しいこと,それ以外の残件項目や記載のない部分は,被告の責任範囲とすること等を連絡した(甲29,30,32の1及び2)。

(オ) 原告は,同年10月31日付けで,被告に対し,本件業務についての請負代金として,前記見積代金531万円から,被告作業分である188万8063円及び1年分のシステム保守費用36万円(いずれも税別)を差し引いた額(306万1937円)に消費税相当額を加算した321万5034円を,同年11月30日までに支払うよう求める文書を送付した(甲4)。

(カ) 被告は,同年11月27日,原告代表者に対し,コンプライアンス上確認したいことがある旨を通知し,前記期日までに支払をしなかった。原告は,同年12月10日,原告代理人弁護士を通じ,被告に対し,請求額を10日以内に支払うよう通知したところ,被告は,平成25年1月10日付けで,被告代理人弁護士を通じ,原告の被告に対する本件業務の報酬請求権については争うものではないが,原告が不正競争行為を停止し,今後も行わないことの確認ができれば支払う旨を通知し,原告が再度支払を求めたが支払われなかったことから,本件訴訟に至った(甲3,7の1及び2,8,9の1及び2)。

イ 被告は,社長の決裁事項であるのにこれを受けていないなどとして,原告との間で本件請負契約を締結していない旨主張する。

しかし,前記アの認定事実によれば,被告は,日本事務器に対し,本件業務について被告名義の見積書を提出した上,被告名義で納品しており,被告従業員P2においても,被告が本件業務の受注元であるとの認識でいたもので,被告が本件業務を日本事務器から受注していたことは明らかである。被告が本件業務を受注している以上,自ら本件業務を行うのでなければ,外注するのが当然であるところ,被告は,外注費用が明確にならないと日本事務器への見積書が提出できないとして,原告に本件業務についての見積書を依頼して受け取り,原告の本件業務についての援助要請に対し受注元として対応し,被告分担部分等を除いた報酬を請求するよう原告に求めたなどの経緯からすれば,原告と被告との間には,被告が,原告からの見積を前提に,日本事務器に見積書を提出した平成24年2月ころ,原告の見積書に記載した557万5500円(ただし,1年間の保守費用及び消費税相当額を含む。)を報酬とし,原告が本件業務を請け負う旨の本件請負契約が成立したものと推認できる。

ウ よって,請求原因(1)の事実は認められる。

(2)  請求原因(2)(本件業務の完成・引渡し)について

ア 被告は,本件業務に関し,原告が行った作業はほとんどない旨主張している。

しかし,前記(1)アで認定したところによれば,P2は,原告の援助要請を受けて被告が担当することになった際に,既にほぼ開発が終わっている部分が多くあることを認める旨連絡をしているのであり,最終的に本件業務について被告が行った作業を,合計で188万8063円(税別)と算定しているのであるから,原告がファイブアークスに外注した業務もある程度完成しており,その引渡しを受けた上で,被告において本件業務を完成させ,日本事務器に引き渡した事実が認められる。

イ 原告の請求額は,本件請負契約の見積額531万円(税別)より,システム保守費用36万円及び被告の作業部分188万8063円を控除した金額に消費税相当額を加算した321万5034円であるところ,これまで認定したところによれば,理由がある。

ウ よって,請求原因(2)の事実は認められる。

(3)  請求原因(3)(支払請求)について

原告が,平成24年11月30日を支払期限として,上記金額を請求したことは,当事者間で争いがない。

(4)  まとめ

以上によれば,請求原因事実はすべて認められる。

2  抗弁について

(1)  抗弁(1)の事実(営業秘密)について

ア ア(本件システムの内容に関する情報)について

(ア) 被告は,乙44出願書類に記載されている技術情報であり,①文書アップロード,②文書自動変換,③文書保管・運用,④本棚・書類一覧,⑤デジタルビューワー方式の全てを1つのシステムとする,デジタルブック提供システムという発想そのものが営業秘密である旨主張し,原告は,その有用性・非公知性及び秘密管理性をいずれも否認する。

(イ) 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

a 被告代表者は,平成23年3月31日付けで,発明の名称を「デジタルブック提供システム」とする特許出願を行い,その中では,複数種の閲覧端末により閲覧可能となるデジタルブックの作成を容易にするデジタルブック提供システムの提供を課題としていた(乙44)。その後,被告代表者は,同出願に基づく優先権を主張し,平成24年3月12日付けで,発明の名称を「デジタルブック提供システム」とする特許出願を行い,その中で,素人であっても容易に一定品質以上のデジタルブックを得ることができるデジタルブック提供システムの提供を課題としていた(乙45)。

b 被告は,発明の名称を「デジタルブック提供システム」とする特許出願(特願2012-054769)につき,特許請求の範囲の全文及び多数の明細書の項目につき平成26年2月6日付けの手続補正書を提出し,同年3月18日付けの特許査定を受けた(乙46,47,48)。

c 被告においては,企業秘密管理規程が定められ,企業秘密に関する申告があった場合には,速やかにこれを審査し,企業秘密を指定し,秘密を保持する期間,開示できるものの範囲などについて決定し,役員は入社及び退職にあたって,別に定める秘密保持誓約書を会社に提出しなければならない,文書管理についても,機密文書は鍵のある箇所に保管するなどとされていた(乙50,51)。

(ウ) 前記認定事実によれば,当初の乙44出願書類とその後の出願(乙45)の解決すべき課題とはそれぞれ異なり,同じデジタルブック提供システムであっても,その内容が同一とはいえず,また,被告名義で特許された本件システムに関する特許についても,特許されるにあたって補正がされ,その内容は乙44出願とは当然異なっていることからすれば,乙44出願書類の内容自体が特許を受けたものということはできない。被告が主張する前記ア(ア)①から⑤までの技術を1つの方式で行うという発想も,特許された内容と同一とはいえないし,従来から他社が提供していたデジタルブック提供サービス(甲46ないし48)と異なる有用性を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。

結局のところ,被告は,乙44出願書類や出願(乙45)に係る技術情報を原告代表者が不正に原告に開示し,原告がこれを使用したとの具体的主張をせず,本件システムの「発想」を原告が使用した旨を主張するにすぎない。しかしながら,具体化され特定された情報ではなく,抽象化された「発想」が,どのように秘密として管理されていたかについて,被告は何ら具体的に主張しておらず,これ以上検討するまでもなく,この点についての被告の主張は失当といわざるを得ない。

イ イ(外注先情報)について

被告が主張する外注先情報は,ファイブアークスやオブジェクトレイシャスという企業が存在し,外注先として被告と取引していたという単純な事実に過ぎず,役員及び従業員において,秘密として保持しなければならない有用な技術上又は営業上の情報とは認められない。

したがって,外注先情報が営業秘密にあたるということはできない。

ウ ウ(顧客情報)について

被告が主張する顧客情報は,イングカワモトやディスコという企業が存在し,被告の得意先であったという単純な事実に過ぎず,役員及び従業員において,秘密として保持しなければならない有用な技術上又は営業上の情報とは認められない。

したがって,顧客情報が営業秘密にあたるということはできない。

(2)  そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被告の相殺の抗弁は,理由がない。

3  結論

以上からすれば,原告の請求は,理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用につき民事訴訟法61条,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 田原美奈子 裁判官 松阿彌隆)

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