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大阪地方裁判所 平成27年(モ)90003号 決定 2015年12月14日

申立人

更生会社a株式会社管財人 X

同代理人弁護士

福森亮二

古賀大樹

佐藤俊

田中宏岳

平井義則

相手方

同代理人弁護士

木村基之

三田勇樹

主文

1  本件申立てを棄却する。

2  申立費用は、申立人の負担とする。

理由

第1申立て

更生会社a株式会社(以下「更生会社」という。)の相手方に対する損害賠償請求権の額を1億7781万8363円と査定する。

第2事案の概要

本件は、会社更生手続中の更生会社の管財人である申立人が、更生会社の監査役であった相手方に対し、別紙1損害賠償請求権目録1及び2記載の損害賠償請求権がある旨を主張して、平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)277条に基づく更生会社の相手方に対する損害賠償請求権の額を1億7781万8363円と査定する旨の決定を求めた役員責任査定申立ての事案である。

相手方は、仮に更生会社の代表者であった者に善管注意義務違反となる行為があったとしても、相手方がそれを認識することは不可能であったから、相手方が監査役としての任務を懈怠したとはいえないなどと主張し、本件申立てを争っている。

1  前提事実(当事者間に争いがないか各項記載の疎明資料等により認定)

(1)  更生会社は、平成元年3月15日に設立され、石川県小松市において、○○の名称でゴルフ場事業を営む株式会社である(甲2の1)。

更生会社の資本金の額は、8000万円であり、その決算日は、毎年3月31日であって、平成14年から平成18年までの各事業年度末の負債額は、以下のとおりである(甲2の1、甲5)。

平成14年3月31日(第14期営業年度の末日)

255億6552万4722円

平成15年3月31日(第15期営業年度の末日)

234億1241万8598円

平成16年3月31日(第16期営業年度の末日)

217億6887万6389円

平成17年3月31日(第17期営業年度の末日)

206億1301万8690円

平成18年3月31日(第18期営業年度の末日)

198億2778万8215円

更生会社は、平成25年10月10日、大阪地方裁判所から、会社更生手続開始の決定を受け(大阪地方裁判所平成25年(ミ)第1号)、同日、申立人が更生会社の管財人に選任された(甲1)。

(2)  相手方は、平成12年12月ころ、更生会社の顧問弁護士となり、そのころから、更生会社のメンバー会員に対する預託金返還問題の対応に当たったほか、平成13年6月29日から平成25年6月26日までの間、更生会社の監査役の職にあった(甲2の1・2)。

更生会社の負債額は、上記(1)のとおりであり、相手方は、更生会社の監査役に就任してから平成18年3月31日までの間、更生会社の会計監査権限及び業務監査権限を有していた(平成17年法律第87号による廃止前の株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律22条1項参照)。

(3)  b株式会社(旧商号はb1株式会社、以下「b社」という。)は、不動産の取得、所有、処分及び賃貸借、ゴルフ場の芝草の管理及び造園の設計、施工、管理等を目的とする株式会社であり、平成17年3月31日当時、更生会社の発行済株式総数の67%を保有していた(甲4の1、乙9)。

b社は、平成16年12月1日付けで、c株式会社(以下「c社」という。)を吸収合併した(甲4の2、以下においては、合併前のc社を含めて、「b社」ということがある。)。

(4)  A(以下「A」という。)は、b社の100%株主であるところ、平成14年6月29日、更生会社の代表取締役に就任し、同年8月20日にはb社の代表取締役にも就任した(甲2の2、甲4の2、乙14)。

(5)  更生会社は、b社との間で、以下のとおり、経営管理指導に関する業務委託契約、コース管理に関する業務委託契約及び建築設備管理に関する業務委託契約を締結し(以下、これらの業務委託契約を併せて「本件業務委託契約」という。)、b社に対し、別紙2「業務委託費一覧表」記載の金額を業務委託料として支払った(甲11~19、乙14、審尋の全趣旨)。

ア 経営管理指導に関する業務委託契約(甲11~13)

(ア) 最初の契約は平成元年ころ締結され、その後更新され、平成2年から平成6年までの委託料は別紙2の該当年度欄記載の金額と定められた。

(イ) 契約日 平成7年7月31日

契約期間 2年間(協議により更新あり)

年間委託料 合計3200万円

(ウ) 契約日 平成11年3月30日

契約期間 1年間(協議により更新あり)

年間委託料 合計3200万円

(エ) 契約日 平成12年3月30日

契約期間 2年間(協議により更新あり)

年間委託料 合計3000万円

イ コース管理に関する業務委託契約(甲14~16)

(ア) 契約日 平成11年3月5日

契約期間 2年間(異議のない場合は2年毎に延長)

年間委託料 合計2億2800万円

(イ) 契約日 平成14年8月6日

契約期間 平成16年3月31日まで(異議のない場合は2年毎に延長)

年間委託料 1億4400万円(分割の上各月支払)

ウ 建築設備管理に関する業務委託契約(甲17~19)

(ア) 契約日 平成12年以下不詳

契約期間 平成12年4月1日から2年間(期間満了3か月前までに格別の申し出がなければ2年毎に延長)

建物 クラブハウス、本社ビル、社員寮

月額委託料 合計260万円

(イ) 契約日 平成14年8月6日

契約期間 平成16年3月31日まで(異議のない場合は2年毎に延長)

建物 クラブハウス

月額委託料 225万円

(ウ) 契約日 平成16年12月1日

契約期間 平成18年3月31日まで(異議のない場合は2年毎に延長)

建物 クラブハウス

月額委託料 225万円

(6)  更生会社は、平成16年12月、b社に対して、更生会社が所有する金沢市<以下省略>の土地、金沢市<以下省略>の土地及び同<以下省略>の土地(以下、これら3筆の土地を併せて「本件土地」という。)を代金7800万円で売却した。なお、売買代金の支払については、平成17年1月から同年9月までの間は毎月の最初の営業日に30万円ずつ、同年10月から平成33年4月までの間は毎月の最初の営業日に40万円ずつ、平成33年5月に50万円を支払うこととし、併せて残債務額に対する年1%の割合による利息を支払うこととされた(甲6、以下、この売買契約を「本件土地売買契約」といい、本件土地売買契約に基づく代金の分割払いの合意を「本件分割払合意」という。)。

本件土地売買契約は、平成16年11月24日の更生会社の取締役会において承認する旨の決議がされた(甲7)。

(7)  申立人は、平成26年8月29日、相手方に対し、役員等の損害賠償請求の催告をし、平成27年2月27日、当裁判所に、相手方に対する役員等の損害賠償請求権の査定を申し立てた(甲25の1・2、当裁判所に顕著な事実)。

2  主要な争点

(1)  本件業務委託契約に基づく委託料の支払に関し、相手方が更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか(争点1ア)。

(2)  相手方の本件業務委託契約に係る任務懈怠責任による損害額(争点1イ)

(3)  相手方が本件分割払合意に関して更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか(争点2ア)。

(4)  相手方の本件分割払合意に係る任務懈怠行為と損害との因果関係(争点2イ)

(5)  更生会社の本件分割払合意による損害額(争点2ウ)

(6)  相手方には、本件分割払合意に係る更生会社の損害について、過失相殺、免除の意思表示、寄与割合による減額等の事情が認められるか(争点2エ)。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1ア(本件業務委託契約に基づく委託料の支払に関し、相手方が更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか)について

(申立人の主張)

ア 本件業務委託契約の締結が取締役の法令違反ないし善管注意義務違反に該当すること

本件業務委託契約のうち経営管理指導に関する業務委託は、更生会社が経理業務を担当する従業員を雇用すれば足り、過大な業務委託料を支払ってまでb社に業務委託をする必要性や合理性はなかった。

また、本件業務委託契約のうちコース管理及び建築設備管理に関する業務委託は、それまで更生会社に雇用されていた担当従業員をb社に転籍させる一方、当該従業員の勤務地や指揮命令系統には特段の変化がないまま行われており、実態はb社に巨額の利益をもたらすものであったから、業務委託をする必要性や合理性はなかった。

さらに、更生会社は、平成16年3月期以降は債務超過であり、b社に金融支援をする経済的余裕など全くなかった。このような状況で、更生会社がb社に利益を付け替えるに過ぎない本件業務委託契約を継続することは著しく不合理であった。

したがって、本件業務委託契約は、通謀虚偽表示又は公序良俗違反により無効であり、取締役が無効な契約に基づいて委託料を支払うことは、更生会社に損害を被らせるものであって、取締役の法令違反行為か少なくとも経営判断原則に反し、善管注意義務違反となる。

イ 本件業務委託契約に基づく委託料の支払に関し、相手方に監査役としての任務懈怠があること

更生会社では、取締役会ごとに、更生会社の損益の状況が報告されていた。相手方は、更生会社の取締役会に出席したり更生会社の損益計算書を検討したりすることにより、本件業務委託契約に基づいて更生会社がb社に委託料を支払っていたことを認識していた。その結果、相手方は、本件業務委託契約の必要性に疑問を持ってその内容を調査したと考えられ、本件業務委託契約のうちコース管理及び建築設備管理に関する業務委託については、更生会社に所属していた担当従業員をb社に転籍させた上で行われていたことを認識していたと考えられる。

そうであるならば、相手方は、更生会社の監査役として、更生会社が本件業務委託契約に基づいて委託料を支払う必要はない旨を取締役会で指摘し、あるいは、差止請求をするなどして、委託料の支払を是正すべき義務を負っていたというべきである。

しかし、相手方は、これらの対策を講じなかったのであるから、監査役の任務懈怠による善管注意義務違反の責任を負う。仮に、相手方が上記の転籍問題や本件業務委託契約の違法性を認識していなかったとすれば、それ自体が任務懈怠である。

(相手方の反論)

ア 申立人の主張アについて

本件業務委託契約のうち経営管理指導に関する業務委託は、平成元年から行われていたものであるところ、b社は、複数のゴルフ場を管理しており、ゴルフ場の経営管理指導を行う能力があった。また、b社が、経営管理指導業務を行うために、更生会社の従業員を形式的にb社の所属とさせたことはない。

したがって、本件業務委託契約のうち経営管理指導に関する業務委託に違法性がなかったことは明らかである。

本件業務委託契約のうちコース管理及び建築設備管理に関する業務委託については、Aが個人的な利益を図るために行ったものではなく、親会社であるb社の経営を維持して倒産を防止することによって更生会社の利益を図るとの判断で行ったものである。子会社が親会社に対して相応の援助をして両者の共存を図る必要性ないし合理性は否定できないから、仮に本件業務委託契約のうちコース管理及び建築設備管理に関する業務委託が更生会社からb社に利益を付け替えることを目的としていたとしても、直ちに公序良俗に違反するものではない。そして、本件業務委託契約によりb社が得る利益は、更生会社から受ける受託収入の3割ないし4割程度にとどまるものであり、公序良俗に反するとはいえない。

イ 申立人の主張イについて

本件業務委託契約のうち経営管理指導契約の最後の更新契約は平成12年3月30日であり、相手方が更生会社の監査役に在任していたときに更生会社の取締役会で議論されたことは全くなかった。相手方は、経営管理指導契約の存在すら知らなかった。

また、更生会社からb社への従業員の転籍は、平成11年4月までには終了していたと思われる。相手方は、更生会社から、従業員の転籍の妥当性について相談を受けたことはなかった。相手方は、平成14年8月5日に開催された更生会社の取締役会において、コース管理及び建築設備管理の業務委託契約の存在をはじめて認識したところ、この取締役会では、コース管理に関する業務委託契約の委託料が2億2800万円から1億4400万円に大幅に減額された。

したがって、相手方は、本件業務委託契約に基づく委託料支払に関して監査役の任務懈怠責任を負わない。

(2)  争点1イ(相手方の本件業務委託契約に係る任務懈怠責任による損害額)について

(申立人の主張)

本件業務委託契約により更生会社に生じた損害額は、更生会社がb社に支払った業務委託料から人件費、販売管理費、管理費、外注費等としてb社が実際に支出した額を控除した分になる。その額は、別紙3「収支実績平成17年3月期」、別紙4「収支実績平成18年3月期」及び別紙5「損害額計算書」記載のとおり、平成16年9月から平成18年3月までの間(消滅時効期間が経過せず、かつ、相手方に更生会社の業務監査権限があった期間)の、①経営管理指導委託関係で1631万8483円、②コース管理委託関係で7788万7469円、③建物管理委託関係で1884万9642円であった。

申立人は、平成26年3月31日、相手方に対し、上記損害を賠償するよう催告した。

(相手方の反論)

申立人の主張は否認する。

(3)  争点2ア(相手方が本件分割払合意に関して更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか)について

(申立人の主張)

ア 本件分割払合意は合理性を欠く違法な取引であること

本件分割払合意は、返済が極めて長期にわたる上、担保権設定等も行われておらず、更生会社にとって著しく不利な内容であった。また、本件分割払合意の当時、更生会社はb社に対し、すでに約5億7000万円もの貸金債権を有しており、その回収のめども十分に立っていなかった。

しかるに更生会社は、b社の申入れのとおりに、本件分割払合意をした。このような状況で更生会社がb社に更なる与信行為(分割払合意)を行うと回収不安を生じさせることは、一見して明白であった。

本件分割払合意当時の更生会社は、債務超過の状態にあり、民事再生の申立てを検討していたほどであるから、b社の倒産を防止するために本件分割払合意という与信をする状況にはなかった。更生会社がb社に遊休資産を売却して手元流動性を確保する必要があったことは事実であるが、極めて長期の分割払いを許容することは不合理である。

したがって、本件分割払合意は合理性を欠く違法な取引である。

イ 相手方が監査役としての任務を懈怠し、善管注意義務に違反したこと

平成16年11月24日の更生会社の取締役会では、本件分割払合意に関してb社の支払能力や本件土地に係る事業計画は検証されていない。

相手方は、これらの事情を熟知していたにもかかわらず、本件分割払合意について何ら問題点を指摘せず、漫然とこれを承認させた上、その後の監査報告に問題点を記載しなかった。相手方は、監査役としての任務を懈怠し、善管注意義務に違反したというべきである。

(相手方の反論)

ア 申立人の主張アについて(本件分割払合意は、取締役に認められた経営判断としての裁量の範囲内にあること)

b社は、更生会社から本件土地を買い受けて店舗併設型立体駐車場を設置する旨の事業計画を策定した。更生会社は、平成16年11月24日の取締役会において、b社の上記事業計画を検討するとともに本件土地売買契約に基づく代金額の妥当性を確認した上、本件分割払合意を承認した。この取締役会では、b社のメインバンクの役員も更生会社の役員として出席して賛成した。

b社は、本件土地売買契約を締結した当時、事業収入の減少に歯止めがかからず、資金繰りが悪化していたところ、万が一、b社が倒産する事態となれば、親会社が倒産したという事実だけで、子会社である更生会社が運営するゴルフクラブのブランド力が低下し、それに伴って会員権の価値も下落することが予想された。このような状況の中で、更生会社は、グループ企業であるb社の経営を維持して倒産を防止するため、更生会社の負担にならない限度で、本件分割払合意により金融支援を行うこととしたものである。

また、更生会社は、本件土地売買契約を締結した当時、現金預金として12億5050万5000円を保有していたほか、大多数の預託金債権者との間で償還期限を平成24年まで先延ばしする旨の合意をしていた。そうすると、本件分割払合意は、取締役に認められた経営判断としての裁量の範囲内であり、意思決定の内容及び決定過程に不合理、不適切な点があったとはいえない。

イ 申立人の主張イについて(相手方に監査役としての任務懈怠責任のないこと)

相手方は、更生会社の取締役会に提出された資料や取締役会における説明を前提としても、本件分割払合意が一見して明らかに不合理であるとは判断できなかった。

すなわち、更生会社の取締役会において本件分割払合意を含む本件土地売買契約が承認された平成16年11月24日当時、b社が更生会社から本件土地を買い受けて店舗併設型立体駐車場を設置する事業を行うにあたり、b社が本件土地にd信用金庫のために担保権を設定して融資を受けることは避けられず、これらを拒絶すればb社の事業計画や経営再建に支障を来すことは明らかであった。一方、本件土地による事業は、既にその目的や計画の妥当性、収益の見込みをd信用金庫が検討し、上記担保の設定を前提として融資の内諾もされていた。

本件分割払合意は、親会社であるb社の事業を支援するために行われたものであり、取締役らの経営判断上の問題であった。そして、b社が更生会社に対して本件土地売買契約に基づく代金の一括払いができなかった以上、分割払いはやむを得ない選択であり、合理性はあった。

加えて、Aは、本件分割払合意について、他の借入れと区別して更生会社に返済すると説明した。

このような状況では、相手方が、何ら担保がないといってb社の経営支援を承認しない旨の意見を述べるべき義務はなく、相手方に善管注意義務違反はない。

(4)  争点2イ(相手方の本件分割払合意に係る任務懈怠行為と損害との因果関係)について

(申立人の主張)

相手方が平成16年11月24日の取締役会において、本件分割払合意が違法となり得ることを指摘し、あるいは差止請求を行っていれば、更生会社の取締役らとしても、自らの責任問題となり得ることを認識して本件分割払合意の締結を控えたり本件土地に更生会社のために第1順位の担保権を設定したりしたか、あるいは差止めにより本件分割払合意は実施されなかったから、相手方の任務懈怠と更生会社に生じた損害との間には因果関係も認められる。

(相手方の反論)

本件分割払合意がされた当時、本件土地について、更生会社のために第1順位の担保権が設定できる状況にはなかった。

また、仮に、相手方が本件土地に更生会社の担保権を設定するよう促したとしても、常勤の取締役等がd信用金庫とそのような交渉をすることはあり得なかった。

(5)  争点2ウ(更生会社の本件分割払合意による損害額)について

(申立人の主張)

上記のとおり、本件分割払合意は違法であるから、本件土地売買契約に基づく代金相当額7800万円全額が更生会社に損害として発生した。

なお、b社が平成17年1月以降に支払う金員を本件分割払合意に係る債務に充当する旨の指定をしたことはなく、それらの金員は、本件土地売買契約に基づく代金債務以外の債務にも按分して充当されるべきである。

したがって、本件分割払合意に係る債務は、別紙6「金銭消費貸借取引一覧」記載のとおり、6476万2769円が未払となっており、これは相手方の善管注意義務違反による更生会社の損害といえる。

(相手方の反論)

b社は、本件土地売買契約の際、平成17年1月以降に支払う金員を本件分割払合意に係る債務に充当する旨の指定をした。b社は、本件分割払合意に従って、平成17年1月から同年9月までの間は毎月30万円ずつ、同年10月以降は毎月40万円ずつを弁済した。平成27年7月31日時点における本件分割払合意による未払債務額は、2810万円にとどまる。

本件分割払合意は、b社に対する支援としてされたものであるところ、b社は現在も更生会社に本件分割払合意に係る債務を弁済し続けているのであるから、未だに本件分割払合意による損害は発生していない。

(6)  争点2エ(相手方には、本件分割払合意に係る更生会社の損害について、過失相殺、免除の意思表示、寄与割合による減額等の事情が認められるか)について

(相手方の主張)

ア 過失相殺

本件分割払合意は、Aの父であるBが更生会社の代表取締役として取締役会の承認を得ずにb社に貸付を行ったことに端を発するもので、いわば更生会社側の体質に起因するものともといえるから、相当な割合の過失相殺がされるべきである。

イ 免除の絶対効

更生会社は、本件分割払合意による損害の賠償について、相手方を除く更生会社の役員と和解を行った際、当該役員に対し、残額の支払を免除する旨の意思表示をした。相手方に対する本件査定申立ては、特定の監査役を狙い撃ちする責任追及である。そして、役員等の会社に対する損害賠償責任は、役員等が任務を懈怠することを防止するいわば手段的役割を担うもので、損害填補を主目的とするものではないから、免除の絶対効は許容されるべきである。したがって、相手方の賠償額は相当程度減額されるべきである。

ウ 寄与度

本件土地売買契約は、代表取締役及び常勤監査役が積極的に計画したこと、常勤監査役が誘導かつ積極的な説明をしたために承認決議がされたこと、相手方は、監視義務のみを負担していたことに照らすと、相手方の寄与度は多くとも20%程度に過ぎず、この割合で取締役と損害賠償債務を連帯負担すると解すべきである。

(申立人の反論)

相手方の本件分割払合意に係る損害賠償債務は不真正連帯債務と解されるところ、更生会社には、他の役員と和解する際、相手方の本件債務を絶対的に免除する意図はなかったから、他の役員に対する免除の効果は相手方には及ばない。

また、相手方は、更生会社の役員の中で唯一弁護士資格を有していたのに、何らの意見を述べることなく本件分割払合意を実行させており、過失相殺や寄与度減責が認められる余地はない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実、証拠(各項に記載したもの)及び一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  更生会社とb社との業務委託契約関係

ア 更生会社は、前提事実(5)のとおり、b社との間における本件業務委託契約に基づき、別紙2「業務委託費一覧表」記載の金額を業務委託料として支払った。

イ 更生会社は、b社とコース管理及び建築設備管理に関する業務委託契約を締結するに当たり、更生会社に所属していた担当従業員をb社に転籍させたが、それらの担当従業員の勤務地や指揮命令系統は、更生会社に所属していた当時と変化がなかった(乙14)。

ウ 更生会社の取締役会は、平成14年8月5日、更生会社がb社との間で、コース管理及び緑化業務に関する業務委託契約(前提事実(5)イ(イ))及び建築設備(クラブハウス)管理委託契約(同ウ(イ))を締結することを承認する旨を決議した。相手方は、更生会社の監査役として上記取締役会に出席した上、上記取締役会議事録に押印をした。(以上につき甲23)

(2)  本件分割払合意前における更生会社とb社との金銭消費貸借関係

ア b社は、平成12年4月3日、更生会社から3億3000万円を借り入れた。この後も、b社は、別紙7「a(株)よりの借入金推移」記載のとおり、更生会社との間で金銭の借入れ及び返済を繰り返していた。(以上につき甲33、甲37の1~9、乙1)

イ 更生会社は、平成13年4月1日から平成14年3月31日までの間の第14期営業年度において、b社への貸付金のうち合計2億5463万9000円について更生会社の取締役会の承認を得ていなかった。

相手方を含む更生会社の監査役会は、平成14年6月21日付けの監査報告書により、上記の点を指摘し、同日開催された更生会社の取締役会において、上記貸付けについて、早期の弁済を求めることを条件として承認する旨の決議がされた。(以上につき甲22、甲30)

ウ 平成14年8月5日に開催された更生会社の取締役会において、平成13年12月25日から平成14年6月19日までの間における更生会社のb社に対する貸付額から返済額を控除した残額が3億0346万4000円になるとした上で、更生会社は、b社から、うち1億2300万円については本件土地で代物弁済を受けること、うち1億3000万円については同年9月30日までに弁済を受けること、残額については平成15年3月31日までに金沢市<以下省略>の土地2筆を売却して弁済を受けることを内容とする、b社の借入金弁済申入れを承認する旨の決議がされた。相手方は、更生会社の監査役として上記取締役会に出席し、取締役会議事録に押印をした。

更生会社は、b社から、平成14年8月8日、本件土地の代物弁済を受け、同年9月5日までに1億1963万9000円、平成15年4月1日に3280万円の弁済を受けた。また、更生会社は、b社に対し、平成14年8月8日、本件土地を月額30万円で賃貸した。(以上につき甲23、甲33)

(3)  更生会社及びb社の財務状況

ア 更生会社は、平成13年4月時点で、平成14年6月に据置期間満了となる会員に対する預託金の全額返還は極めて困難であると認識していた。

そこで、更生会社は、平成14年1月ころ、預託金債権者に対し、預託金について10年間の分割払いや据置期間の延長を依頼する一方、この依頼が受け入れられないときには民事再生の申立てを検討せざるを得ない旨の文書を送付したところ、平成15年3月時点で、会員の9割から、預託金の一部のみ返還し、残余については預託金の償還期限を平成24年10月まで10年間延長する旨の同意を得ることができ、直ちに民事再生の申立て等を要する状況ではなかった。(以上につき甲28~31)

イ 更生会社は、平成16年9月末日時点の貸借対照表上、現金預金として12億2451万9000円を計上していたものの、預託金返還債務として207億0700万円を計上していたことなどから、7億6581万円の債務超過となっていた。

更生会社は、平成16年11月22日時点で、預託金返還債務について、平成16年度には3億3178万1000円、平成17年度には7830万6000円、平成18年度には7101万6000円、平成19年度には4891万2000円、平成20年度には3394万2000円、平成21年度以降には6549万円を償還すること、これらとは別に、189億9600万円分を平成24年に償還することとしていた。(以上につき甲7)

ウ b社は、平成16年3月31日時点では、現預金残高として5342万6000円、経常利益として1287万5000円を計上した。なお、b社は、平成16年3月期に、更生会社から、コース管理委託料として1億4400万円、建築設備管理委託料として2700万円を受領した。

b社は、平成16年11月24日の時点で、更生会社に対し、既に5億6914万3905円の債務を負担していた。

b社は、平成17年3月31日時点では、現預金残高として4110万3000円、経常利益として4170万8000円を計上した。なお、b社が平成17年3月期に更生会社から支払を受けた業務委託料は、コース管理委託料が1億4400万円、建築設備管理委託料が3180万円であった。(以上につき甲7、乙1、乙14、乙15、審尋の全趣旨)

(4)  本件分割払合意に至る経緯

ア b社は、平成16年10月ころまでに、金沢市の繁華街に存する本件土地を含む一団の土地において、立体駐車場と店舗施設(テナント)を建築することを計画した(甲7、乙17~19)。

イ b社は、平成16年10月の時点では、上記計画により、平成19年3月期には、賃貸料収入が年間5233万9000円、駐車場収入が年間1億7988万6000円となり、年間のキャッシュフローは2109万5000円、期末現預金残高は1億1210万円に上る、平成20年3月期以降もキャッシュフローが毎年約2300万円から3600万円となり、期末現預金残高も増加し続けると予測した(乙23)。

もっとも同計画を実現するにはb社がd信用金庫に担保を設定して、事業資金を借り入れる必要があったことから、b社及び更生会社は、b社が本件土地を買い受けて、d信用金庫のために第1順位の抵当権を設定することとした(甲32)。

ウ 平成16年11月24日、更生会社の取締役会が開催され、代表取締役であるA、取締役であるC(d信用金庫理事長兼務)、D(株式会社e代表取締役兼務)、E(○○支配人兼務)及びF(○○料飲部長兼務)、監査役であるG(株式会社f銀行代表取締役兼務)、H(公認会計士)及び相手方が出席した。

この取締役会では、更生会社の財務状況及び預託金返還債務の状況が上記(3)イのとおりであったこと、同年4月1日から同年9月30日までの間における入場者数、営業収益、営業利益がいずれも前年より減少したこと、b社の上記アの計画及びそのための更生会社とb社との間の本件土地の売買についての合意が報告された。なお、この取締役会では、本件土地に係る平成13年及び平成16年の路線価及び公示価格を提示した上で本件土地売買契約に係る1m2当たりの単価が算定されるなどしたものの、b社の資産状態や支払能力について特段の議論はされなかった。

この取締役会では、更生会社がb社と本件土地売買契約を締結してb社との間で本件分割払合意をすることが承認された。(以上につき甲7、乙9)

(5)  b社の更生会社に対する弁済状況

ア b社は、平成16年12月以降、更生会社に対し、別紙8「返済整理表」の「借入金返済」及び「土地代金返済額」欄記載の金額を返済した(甲33、乙1、乙13、乙21)。

イ 更生会社とb社は、平成23年9月30日、同年8月31日時点におけるb社の更生会社に対する債務が5億5200万円であることを確認した上で、この弁済について、更生会社とb社が随時合意の上で行い、その最終弁済期を平成42年3月31日とすること、この借入金の利息について、残債務額に対する年1%の割合による金員を毎年3月末日に支払うこと、遅延損害金は元利金に対して年14.6%とする旨の準消費貸借契約を締結した(甲9)。

なお、平成23年8月31日時点におけるb社の更生会社に対する借入額(本件分割払合意によるものを含む。)は、実際には5億9890万円であった(乙1)。

2  争点1ア(本件業務委託契約に基づく委託料の支払に関し、相手方が更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか)について

(1)  監査役の権限と任務懈怠責任について

相手方は、更生会社の監査役として、平成13年6月29日から平成18年3月31日までの間、更生会社の取締役の業務監査権限を有しており(前提事実(2))、更生会社の取締役の職務執行に法令若しくは定款に違反する事実又は著しく不当な事実があるか否かを監査し、更生会社の取締役が違法又は著しく不当な業務執行をしないように防止する職責を有していた。すなわち、相手方は、上記期間中、更生会社の監査役として、更生会社の取締役会に出席して意見を述べることができる一方(旧商法260条の3第1項)、更生会社の取締役が会社の目的の範囲内にない行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又は、するおそれがあると認めるときは、取締役会にこれを報告する義務を負うほか(同法260条の3第2項)、取締役が法令違反行為をすることによって会社に著しい損害を生ずるおそれがある場合には、当該取締役に対しその行為の差止めを請求することができ(同法275条の2第1項)、他方、相手方が、更生会社の監査役としての任務を懈怠したことによって更生会社に損害が生じた場合は、連帯して賠償する責任を負っていた(同法277条)。

そして、相手方が監査役としての任務を懈怠したというためには、更生会社の取締役が善管注意義務に違反する行為等をした、又は、するおそれがあるとの具体的な事情があり、相手方がその事情を認識し、又は、認識することができたと認められることを要すると解するのが相当である。

(2)  本件業務委託契約のうち経営管理指導に関する業務委託について

上記認定のとおり、b社は、更生会社の親会社であったところ、本件業務委託契約のうち経営管理指導に関する業務委託契約による業務委託料の支払は、平成2年3月期から行われてきたものであり、その委託料も年1000万円ないし4000万円とコース管理及び建築設備管理に係る業務委託料と比較すると低額であった。

他方、本件記録上、上記委託料が親子会社という事情を考慮しても不合理に高額に過ぎることを具体的に基礎づける事情は認められない。

そうすると、相手方が、更生会社の監査役として活動する中で、Aが更生会社の代表者として経営管理指導に係る業務委託契約を締結してその委託料名下でb社に金員を支払ったことを是正しなかったとしても更生会社の監査役としての職務を懈怠したということはできない。

(3)  本件業務委託契約のうちコース管理及び建築設備管理に関する業務委託について

前提事実(2)、(5)及び上記認定事実(1)イによれば、更生会社からb社への従業員の転籍が実施されたのは、コース管理及び建築設備管理に関する業務委託契約が締結されて最初の業務委託料が支払われた平成12年3月期以前であること、他方で、相手方が更生会社の監査役に就任したのは平成13年6月29日であったことが認められる。

本件記録上、相手方が、平成14年8月5日及びそれ以降に開催された更生会社の取締役会に出席していたことは認められる(乙2~4)ものの、それらの取締役会において、更生会社の従業員がb社に転籍したことについて議題に上ったことを認めるに足る証拠はない。

また、相手方が、更生会社の監査役として業務監査その他の活動をする中で、更生会社からb社に転籍した従業員がコース管理及び建築設備管理に関する業務委託契約に基づく業務を行っていたことを認識したと認めるに足る証拠もない。

さらに、相手方において、取締役の善管注意義務違反を構成するような従業員の転籍行為があったことを具体的に疑うべきことを基礎づける事実関係を認識していたと認めるに足る証拠もない。

そうすると、相手方が、更生会社の監査役として活動する中で、Aが更生会社の代表者としてコース管理及び建築設備管理に係る業務委託契約を締結してその委託料名下でb社に金員を支払ったことを是正しなかったとしても更生会社の監査役としての職務を懈怠したということはできない。

(4)  申立人の主張に関する補足説明

申立人は、更生会社が民事再生手続開始の申立てを検討するような状況にある中で、相手方が更生会社の監査役として本件業務委託契約に基づく委託料が毎年2億円を上回るものであることを認識していた以上、不要な業務委託契約であるとの疑問を抱いて転籍の事実を調査すべき義務があった旨を主張する。

しかし、更生会社とb社は親子会社の関係にあったこと及び経営管理指導、コース管理及び建築設備管理といった本件業務委託契約の目的は、更生会社の業務内容と密接な関連性があったと認められること、その他上記説示した点を踏まえると、相手方が上記の委託料の金額だけで本件業務委託契約を不要と判断した上でその契約を解消するよう意見を述べるべき義務、あるいは転籍の有無を調査すべき義務があったとまではいえず、申立人の上記主張は、採用できない。

(5)  よって、その余の点について判断するまでもなく、相手方が、本件業務委託契約に基づく委託料の支払に関して監査役としての任務懈怠責任を負うとはいえない。

3  争点2ア(相手方が本件分割払合意に関して更生会社の監査役としての任務懈怠責任を負うか)について

(1)  本件分割払合意は担保設定を受けることなく長期間の分割弁済に応じる内容であること(前提事実(6))、本件分割払合意当時、b社が更生会社に対して既に5億円以上の債務を負い(上記認定事実(3)ウ)、平成14年8月5日の合意どおりには弁済していなかったこと(同(2)ア、ウ)及び更生会社が会員に対する多額の預託金返還債務を負っていたこと(同(3)イ)からすると、本件分割払合意に際し、更生会社においては、b社の資産状況や本件土地に関するb社の事業計画の収益予測等について慎重に検討し、担保の設定を受ける等の手段をとることが望ましかったともいい得る。

(2)  他方、b社は、本件分割払合意の直近である平成16年3月期末において5000万円以上の現預金や、1287万5000円の経常利益を計上していた上、本件分割払合意の直後である平成17年3月期末においても4000万円以上の現預金や、4170万8000円の経常利益を計上していたこと(上記認定事実(3)ウ)、本件土地を含む土地におけるb社の事業計画の収益予測(同(4)イ)によれば、それまでb社が更生会社に支払っていた賃料月額30万円に1か月当たり10万円を上乗せした額を分割弁済するという本件分割払合意に履行可能性はないとはいえない状況であった。

また、b社が上記事業計画を実現するにあたり、d信用金庫は、b社に対し事業資金を貸し付けた(上記認定事実(4)イ)が、金融機関であるd信用金庫は、融資に際し、b社の事業計画の目的、内容、収益性等を審査したはずであるから、当時、b社の収益予測に相応の合理性があったものと推認でき、他方、本件記録上、当時、相手方において、上記事業計画の収益予測が不合理ではないかとの疑問を抱く契機となる資料があったとは認められない。

(3)  さらに、本件分割払合意の当時、更生会社は、債務超過状態にあったものの、預託金返還問題が一段落しており、現金預金に一定程度の余裕があり(上記認定事実(3)ア、イ)、親会社であるb社に対して金融的な支援をすることが不合理であったとはいえない。

(4)  以上を総合勘案すると、更生会社の平成16年11月24日の取締役会において、担保設定を受けることなく本件分割払合意を含む本件土地売買契約を承認したことについて、相手方に監査役としての任務懈怠があったということはできない。

4  結論

よって、申立人の本件申立ては、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 森純子 裁判官 中山誠一 千賀卓郎)

(別紙1)損害賠償請求権目録

1 更生会社が、b株式会社及びc株式会社(平成16年12月1日付けでb株式会社に吸収合併)と締結していた経営管理指導に関する業務委託契約、コース管理に関する業務委託契約及び建築設備管理に関する業務委託契約に基づき、b株式会社及びc株式会社に支払った委託料から経費を控除した1億1305万5594円について、監査役の業務監査権限を行使すべき任務を懈怠したために同額の損害が更生会社に生じたとして、善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権

2 更生会社が、b株式会社との間で、金沢市<以下省略>の土地他2筆の土地を代金7800万円で売る旨の契約を締結したことに関し、監査役の業務監査権限を行使すべき任務を懈怠したために代金残額6476万2769円の損害が更生会社に生じたとして、善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権

(別紙2)業務委託費一覧表<省略>

(別紙3)収支実績 平成17年3月期<省略>

(別紙4)収支実績 平成18年3月期<省略>

(別紙5)損害額計算書<省略>

(別紙6)金銭消費貸借取引一覧<省略>

(別紙7)a(株)よりの借入金推移<省略>

(別紙8)返済整理表<省略>

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