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大阪地方裁判所 平成3年(わ)1403号 判決 1992年9月22日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中四五〇日を刑に算入する。

押収してある出刃包丁一本(平成三年押第四七六号の符号1)を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成三年二月一九日、タクシー運転手として勤務していた甲自動車交通株式会社を退職させられ、その際、同社渉外部長Bから、被告人に対する従前の貸付金等を清算するなどとして、退職金五〇万円の支払いと引き換えに、金二九六万円の領収書を書かされたが、被告人としては、Bのいう貸付金等なるものは、被告人が、Bから頼まれて同社の労務対策を行った際の工作資金及びその報酬等であって、会社に返済すべき筋合いのものではないと考えており、かつ、Bが、被告人にそのような領収書を書かせたのは、これを用いて被告人に対する退職金の名目で会社から金を引き出し、差額を自らの懐に入れるためか、会社の脱税工作につかうためであり、Bは、散々労務対策等に被告人を利用しておきながら、使いにくくなると、強引に退職を迫り、退職に際してまで被告人を利用したものと考え、Bのこのような仕打ちにいたく憤慨し、被告人が所属していた甲交通乙営業所の営業課長A(当時五三歳)が、毎日午前中に、前日分の売上金を同営業所から本社に届けることを知っていたことから、Aからこの売上金を強取しようとして企て、同月二一月午前一一時ころ、予め出刃包丁(刃体の長さ16.5センチメートル、<押収番号略>)を買い求めて隠し持ち、大阪市平野区<番地略>の乙営業所に赴き、前日分の売上金を本社に届けるため同営業所を出発しようとしているAに、「ちょっとそこまで送ってくれ」と言って同人運転の普通乗用自動車の助手席に乗り込み、府道住吉八尾線を西進し、同区<番地略>付近を走行中の車内で、ひそかに、所携の出刃包丁を取りだし、右手に持って上着の下に隠した上、いきなり、Aが新聞紙に包んだ売上金九六万六〇三六円を入れて運転席の左横においていたビニール袋を左手でつかみ、これを奪い取ろうとしたが、Aに奪い返されたため、同区<番地略>付近にさしかかったところで、右手に持った出刃包丁をAの左脇腹付近に突き付け、「いてもうたろか」「金よこせ」などと言って脅迫しながら左手で右ビニール袋を引っ張り、同人の反抗を抑圧して右売上金を強取しようとしたが、同人は右片手で運転しながらビニール袋を離そうとせず、間もなく、同区<番地略>付近で、Aに停車を命じ、停車の寸前にドアを半開きにし、出刃包丁を同人に尽きつけたまま、再びAが左手で持っているビニール袋をつかんで引っ張ってこれを強取しようとしたが、なおも同人がこれを離さず、引っ張り合いになって強取にいたらなかったが、その際、ビニール袋の一部が引き千切れ、そのはずみで、現金とともに袋に入れてあった運転日報の集計表、チケットなどが袋から飛び出して車外に落ちたことから、Aに「拾って来い」と言われるまま、現金の入ったビニール袋を助手席に置き、出刃包丁を上着の内ポケットにしまって下車し、日報等を拾い集め、これを助手席に戻した際、Aが右の経過から、これ以上被告人の要求を拒否して抵抗すれば被告人から危害を加えられかねないものと畏怖しているのに乗じて、助手席においたままになっていた右売上金の入ったビニール袋をその場から持ち去り取得することを同人に黙認交付させてこれを喝取した。

(証拠の標目)<省略>

(強盗未遂罪恐喝罪の成立を認めた理由)

一  被告人とAとの従前の関係その他諸般の状況を考慮しても、自動車を運転中の被害者に対し、助手席から、刃体の長さ16.5センチメートルの切先鋭利な出刃包丁をいきなりその脇腹付近に突き付け、「いてもうたろか」「金よこせ」などと言いながら、被害者が片手で押えている現金入りの袋を引っ張ってこれを奪い取ろうとする行為が、人の意思を制圧し、その反抗を抑圧するに足る脅迫により財物を強取しようとする行為として、刑法二三六条一項の強盗罪の実行行為にあたることを否定できない。

二  しかし、関係証拠によれば、Aは、被告人の右行為により相当程度畏怖しながらも、これに屈することなく、売上金の入ったビニール袋を離さず、袋が破れてそのはずみで日報の集計表等が車外に飛び出すまでこれを確保し、袋が破れた際、売上金の入ったビニール袋は一時被告人の手に移ったが、それも瞬時のことで、被告人は、Aから「拾って来い」と命じられ、即座にこのビニール袋を助手席において下車した事実が認められ、このような状況からすれば、この時点でも売上金は未だ強取されるに至っていないものと評すべきである。

三  ところで、被告人は、最終的には、Aが畏怖しているのに乗じて、売上金の入ったビニール袋を持ち去っているのであるが、関係証拠によれば、その時点では車は既に停止しており、その場所は、地下鉄の出入口近く、白昼、人車の通りも少なくない所であり、後部座席には、酔っていたとはいえ、Aの部下にあたる甲交通の運転手が同乗しており、被告人は車の外にいて、すでに包丁を手にはしていなかったこと、及び日報の集計表等が車外に飛び出した時、Aは、すかさず「拾って来い」と厳しい態度で被告人に命じ、被告人は、売上金の入ったビニール袋を助手席においたまま下車し、被告人が日報の集計表等を拾い集めている間、ビニール袋はAの支配下にあったこと、そして、被告人が、日報の集計表等を助手席に戻し、ビニール袋に手をかけたとき、Aはこれを取り戻そうとし、あるいは被告人の持ち去りを拒否する言動にでなかったこと、などの状況が認められ、これらの状況を総合すれば、Aが最終的に、被告人が売上金を持ち去ることに抵抗しなかったのは、被告人の先の脅迫行為により、その意思を制圧され、反抗を抑圧されていたためとまでは認めがたく、従って、強盗罪について既遂を認めることはできないが、当時、Aが、その意思を制圧され、反抗を抑圧される程度には至らないにしても、これ以上被告人の要求を拒否して抵抗すれば何らかの危害を加えられかねないと畏怖していたことは明らかであり、そのため、不本意ながらも被告人の持ち去りを黙認して交付したものと認められる。Aが、被告人の持ち去りを積極的に拒否する態度にでなかったからといって、同人の立場等から考えても、同人が被告人の右脅迫と無関係に、全くの任意の意思で被告人に売上金を交付したとは、とうてい考えられない。

そして、被告人は、右ビニール袋を持ち去るに際して、新たな脅迫行為にはでていないが、その時点での被害者の畏怖は、それに先立ち、同じ財物に向けられた強盗行為としての脅迫によるものであるから、これに乗じて売上金を持ち去った被告人の行為は恐喝罪を構成するものというべきであり、先の強盗未遂罪とこの恐喝罪とは一個の行為により二個の罪名に触れる観念的競合の関係にあると評価すべきものと考えられる。

(法令の適用)

被告人の行為は、被害者に出刃包丁を突き付けて売上金を強取しようとしたが強取するには至らなかった点において刑法二四三条、二三六条一項に、被害者を脅迫して売上金を喝取した点において同法二四九条一項に該当するが、その行為は一連のもので、全体として一個の行為と見るべきであり、一個の行為で二個の罪名に触れる場合にあたるので同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強盗未遂罪の刑で処断することとし、犯情により同法六六条を適用して同法七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条により未決勾留日数中四五〇日を右の刑に算入し、押収してある出刃包丁一本(平成三年押第四七六号の符号1)は判示犯行の用に供したもので犯人以外のものに属しないから同法一九条一項二号、二項本文によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。

(求刑) 懲役五年

(裁判官西田元彦)

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