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大阪地方裁判所 平成3年(わ)2575号 判決 1992年7月20日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、大阪府八尾市楽音寺六丁目一〇番地所在大阪経済法科大学経済学部学生でかつ同大学の日本拳法部部員であるが、同部員A(当時二〇歳)が退部届を出したことに立腹し、平成三年七月二日午後二時二〇分ころ、同大学総合体育館内第八体育室において、スーパーセーブと称する空手用の面を同人に装着させ、パンチンググローブを着用した手拳でその顔面を二回殴打する暴行を加え、よつて同人に延髄・頚髄挫傷等の傷害を負わせ、同月九日午後一〇時五六分ころ、同市楽音寺三丁目三三番地所在貴島病院において、右傷害により同人を死亡するに至らしめた。

(証拠)《略》

(法令の適用)

罰 条 刑法二〇五条一項

酌量減軽 刑法六六条、七一条、六八条三号

(刑事訴訟法三三五条二項の主張及び争点に対する判断)

第一  被告人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係について

一  弁護人は、被告人の暴行(殴打行為)と被害者の死亡との間に因果関係があるとするには疑問が残る旨主張するので、その点について判断する。

二  前田均作成の鑑定書及び証人前田均の第三回公判調書中の供述部分(以下両者併せて「前田所見」という。)によれば、被害者の死因は、頚部過伸展(後屈)による延髄、頚髄挫傷であると認められ、右損傷は一般的には前額部を含む顔面に前後方向の強い外力が加わり、頚部が急激に後屈したときに生じる損傷であるとされるところ、日本拳法の有段者である被告人が、手加減せず、防具(スーパーセーブ--その性能については、後記第二、二、9参照)を装着した被害者の顔面を二回殴打したという判示被告人の暴行(詳細は後記第二、二、10認定のとおり)は、右前田所見にいう「被害者の顔面に対する前後方向の強い外力」に相当する行為と認められる(被害者は頭部に防具を装着していたから、その顔面にさしたる損傷のないことは右認定に反する資料とはならない)。さらに、被害者が被告人から本件暴行を受けた直後に、その場で崩れ落ちるように倒れたことなど、関係証拠により認められる被害者の受傷の部位・程度を含むその際の状況と脳底部のくも膜下出血その他被害者が蒙つた受傷の部位・程度を対比すると、前田所見は、専門家の合理的な判断として首肯すべきものというべきである。

ところで、前掲各証拠によると、被害者は、被告人から本件暴行を受けた日の五日ほど前、日本拳法部(以下「日拳部」という。)の練習中に頭痛がして気分が悪くなつたことがあること、被告人が暴行を加えた直後、他の部員が被害者を介抱するため場所を移動する途中、過つて被害者を床を落とし、その頭部が床に打ちつけられたことがあつたことがそれぞれ認められるが、前者は関係証拠によると意識障害の伴わない程度のものと認められるから、剖見所見により認められる被害者のくも膜下出血等の傷害との関連はないものと認められるし、後者は約一〇センチメートルほどの高さから床に被害者を落下させたというもので、本件傷害と関連のないことは明らかである。

以上のとおり、被害者は被告人の判示暴行により死亡したものと優に認められるから、弁護人らの右主張は理由がない。

第二  正当行為の主張について

一  被告人は、本件は部活動の一環として行つた正当行為であると主張し、弁護人らも、本件暴行は、先輩が後輩に対して行つた鍛練であり、正当行為である旨主張するので、これらの点について判断する。

二  前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

1 被害者は、平成二年四月、大阪経済法科大学に入学し、同年五月下旬ころ、同大学の日拳部に入部し、基本練習等を繰り返していたが、次第に日拳部の練習についていく自信を失い、同年六月中旬ころ、日拳部の上級生に、勉学に専念するため退部したい旨土下座して申し述べたが、受け入れられず、同月下旬ころ、再度退部の申し出をしたが、同部の上級生との話し合いで、一旦は退部の意思を撤回したかのようであつた。

2 一方、日拳部に所属する、当時同大学三回生であつた被告人は、日拳部主将で同大学四回生のBから、「これからはしんどくなるし退部したい者も出てくるだろうが絶対にやめさせるな。Aは絶対やめさせるな。」等と指示されていた。

3 しかし、事件当日である同年七月二日午後零時過ぎころ、被害者は大学の体育館の喫煙所にいた被告人や、同じく日拳部に所属する三回生のC及びDに退部届を提出したが、当日は四回生が就職活動で練習を休むことになつていたことから、Cが退部届をひとまず預かり、Dが被害者に対し、今日の練習に出るように指示した。被害者が着替えに行つた後、被告人らは、被害者から退部届が出されたことに立腹し、「あいつなめとるなあ。」等と話し合つた。

4 同日午後零時三〇分ころから、日拳部は、第八体育室において練習を開始したが、準備体操の前に、被告人は被害者の腰のあたりを一回蹴つた。また基本練習中にも、被告人は再度被害者の腰のあたりを回し蹴りで一回蹴り上げたため、被害者は痛さでその場をうずくまつたりしたが、その後も練習を続けた。

5 その後、午後零時五〇分ころ、授業に出席するため被告人、Dらが第八体育室を出て行つたが、その際、被告人は、練習中の三回生のEに対し、「おれは二時ころに戻るから、それまであいつ頼むぞ。」と言つた。

6 被告人とDが着替えをして授業に向かう途中、被告人は、Dに対し、被害者について怒つた様子で「あいつほんまになめとるな。今日はボコボコにしたる。スーパーセーブをつけさせていじめたる。がまんでけへん。」等と言つた。

7 それから、被告人とDは授業には出席せず、食堂の二階の休憩所で時間を潰した。午後二時ころ、被告人とDが体育館に戻る際、Dが被告人に、「お前ほんまにスーパーセーブつけさせてやるんか。」と聞いたところ、被告人は、「おれはやる。」とだけ答え、Dは、「そこまで言うんならおれは止めん。」と言つた。

被告人は、午後二時過ぎころ、スーパーセーブを持つて第八体育室に戻り、二回生のFに指示して被害者にスーパーセーブを着用させたが、他には身体に胴布団と称する防具を着用させただけで、日本拳法の正規の防具である胴や金的(股当て)は着用させず、被告人自身は全く防具を着用しなかつた。また、両名は、日本拳法用のグローブではなく、より破壊力の大きいと思われるパンチンググローブを着用した。

9 スーパーセーブとは強化プラスチックを素材とした空手用の面で、日本拳法で使用される正規の防具ではなく、ある一定量以下の衝撃に対しては、正規の防具に比して衝撃力が集中する特性を有しており、日拳部では、下級生のしごき用に時々使用され、恐れられていた。

10 そして、被告人は、被害者に対し、「来い。来い。」と気合いをかけ、被害者はいやそうに弱々しくパンチを二、三回ほど出したが、被告人は簡単にそれをかわし、被害者の顔面に左ジャブを打ち込み、続けざまに右ストレートを打ち込んだ。パンチはいずれも被害者の顔面に命中し、被害者は崩れ落ちるようにして仰向けに倒れて動かなくなつたが、被告人は、なおも「立て。」と言つて被害者の肩のあたりを一回蹴つたりした。

11 その後、被害者は意識が戻らず、失禁している状態であつたので、他の部員がスーパーセーブを外し、皆で被害者を壁際に移動させ、被害者は救急車で病院に運ばれたが、翌三日午前一〇時三〇分に脳死状態となり、同年七月九日午後一〇時五六分に心臓が停止して死亡した。

12 本件の後、FやDらは、これは練習中の事故であつたと口裏を合わせるよう下級生に釘をさし、被告人も、大学側に、本件は練習中の事故であつた旨報告した。

三  スポーツとして行われる格闘技及びその練習が正当行為として違法性を阻却されるためには、スポーツを行う目的で、ルールを守つて行われ、かつ相手方の同意の範囲内で行われることを要するものと解される。前記認定事実、特に、被害者が本件の半月ほど前から退部を申し出ており、本件直前にも退部届を提出していること、被告人の本件前後における被害者及びDらに対する言動、被告人と被害者の日本拳法の実力差、本件における防具の選択及び装着状態等からして、本件は、被害者が退部届を出したことに憤つた被告人が、被害者に退部を思い止まらせ、また他の部員が退部するのを防ぐ見せしめのため、制裁として行つたものと認める外なく、心身の鍛練に基づき技を競い合うというスポーツの練習を行う目的でなされたものとは到底認められない。

また、日本拳法の試合及び互いに実際に打ち合う練習方法である乱稽古の場合は、鉄製の面、胴布図、胴、金的、日本拳法用グローブを装着して行われるのがルールであるが、本件においては、前記二、8のとおり、互いに防具の着用が全く不十分なままで行われており、外形上も到底日本拳法のルールが守られていた正規の練習とは言えない。

さらに、被害者は、被告人の「稽古」の申し出を明示的には拒絶していないけれども、先輩からの申し出を拒絶できない立場にあつたため、やむなくこれに応じたものであり(被害者の本件直前の退部届の提出によつても、被害者の心情は十分に窺うことができる)、被害者には本件「稽古」について真意に基づく同意があつたものとは認められない。

以上のとおり、被告人の本件行為は日拳部の練習時間、練習場所において行われたものであるが、いかなる観点からもスポーツとして是認される日本拳法の練習とはいえず、それに名を借りた制裁行為と見るべきであり、到底正当行為と見ることはできないというべきである(なお、被告人は、本件直後、前記二、12のとおり、大学側に、本件を練習中の事故と偽つた報告をし、他の上級生も、下級生に口裏合わせを命じているのであつて、被告人には、本件行為が正当行為とは言えない旨の認識も十分存在したと認められる)。

四  よつて、被告人及び弁護人らの主張は採用しない。

(量刑の理由)

本件は、大阪経済法科大学の日拳部部員である被告人が、新入部員である被害者が退部届を提出したことに立腹し、練習の名のもとに制裁を加えようと、いわゆるスーパーセーブと称する空手用の面を同人に装着させ、パンチンググローブを着用した手拳で同人の顔面を二回殴打する暴行を加えて致命傷を負わせ、その傷害により、同人を死亡するに至らしめたという事案である。

本件犯行は、日拳部の練習時間、練習場所において行われたものではあるが、日本拳法の有段者(二段)である被告人が、入部して間がない日本拳法の初心者であり、運動能力や体力的側面においても劣り、ほとんど試合形式での練習などしたことがなく、そのうえ再三退部を申し出て、練習を続けていく気の全くない被害者に対し、正規の日本拳法用の面の代わりに、衝撃が直に伝わる空手用の面であるスーパーセーブを着用させ、身体には胴布図と称する防具を着けさせただけの状態で、しかも正規の日本拳法用のグローブよりも破壊力の大きいと思われるパンチンググローブで手加減を加えることなくその顔面を殴りつけたものであつて、被告人の犯行は悪質かつ危険なものである。

そして、被告人は、大学側に対して、本件は練習中の事故であつた旨報告し、下級生等にも口裏を合わせるように指示する等犯行後の犯情も悪質である。

さらに、その動機は、再三退部を申し出ていた被害者が、上級生の説得にもかかわらず、なおも退部届を提出したことから、制裁を加えて退部を思い止まらせ、また他の部員が退部しないように見せしめにする目的で行われたもので、短絡的かつ個人の自由意思を尊重しない軍隊的思考とでもいうべきものであり、酌量すべき事情は全く存しない。

なお、その動機に関連して、本件の背景には、一部の大学の運動部において依然として行われている、部員の退部申し出に際しての慣行、すなわち、一旦入部すると容易に退部を認めず、退部を申し出た者に対しては、練習に名を借りて、退部を思い止まらせるためのいわゆるしごきを行うという慣行があり、それを伝統と称して、監督や大学側もこれを改善することにつき必ずしも積極的ではないという、大学運動部の旧態依然ともいうべき実態が存在することは否定できない。現に、大阪経済法科大学日拳部においても、部員の自由な意思による退部を認めず、退部申出者に対しては制裁を加えた上、頭を坊主刈りにさせ、さらに退部金一〇万円を徴収するという陰湿な取扱いがあつたごとくである。本件において、被告人は、このような日拳部の慣行の中にあつて、上級生から被害者を退部させないように指示され、また同輩も被告人の制裁の意図を察しながらこれを容認して止めなかつたことも手伝つて、深い考えもなく本件犯行に及んだことが窺える。被告人の刑責については、以上のような大学の運動部の体質とでもいうべきものを抜きにしては考えられない面があることは否定できない。

しかしながら、そのような慣行は、部員の人格を無視した制裁行為であつて、それは、一般社会の常識を著しく逸脱しており、部活動の一環として、また伝統という名のもとに認められる道理は全く存在しない。部員の退部申し出に際しては、最高学府に学ぶ者としては、あくまで本人の意向を十分聴取し、話し合いを重ねることによつて退部意思を撤回するよう説得することは許されるにしても、それでも退部を決心している者に対しては、その意思を尊重するべきであることは論を待たないところである。特に本件のごとく、本人が勉学に専念することを主たる退部理由としているときは、最大限その意思を尊重すべきである。その意思を、肉体的制裁を含むその他の制裁によつて撤回させようとすることが、現代の社会常識及び運動部の標榜するスポーツマン精神に照らして、全く容認され得ないものであることは、いうまでもないことである。大阪経済法科大学日拳部では、本件以前にも事故等が生じていたにもかかわらず、それを放置するなど、これらの慣行を積極的に改善しようとしない大学側の管理の杜撰さも非難されなければならない。しかしながら、すでに成人した大学生である被告人が、通常の社会常識を有し、これに従つて行動すべきことは当然であり、自己の行為の是非についての考察の機会は十分に与えられていたと認められる本件においては、以上の背景については、被告人の刑事責任を緩和する要素として過大に評価すべきものとは認められない。

要するに、本件は、正規のスポーツ又はその練習過程において、過つてその度を過ごし、被害者に傷害を負わせたという、いわゆるスポーツ事故とは全く性質を異にするのである。

被害者は、自らの意思で日拳部に入部したものの、そもそも適性に欠け、練習についていけないことを自覚し、勉学に専念しようとして退部を決意したのであり、そのことは何ら非難に値せず、全く落ち度がないこと、被害者は大学に入学したばかりの二〇歳の前途ある若者であつたのに、その尊い命を一瞬にして奪われ、被害者の遺族の蒙つた悲しみも甚大であること等を併せ考えると、被告人の刑責は極めて重いものと言わざるを得ない。

一方、被告人には前科前歴がないこと、本件事件後、大学を休学して謹慎していること、遺族との示談につき、大学側が四〇〇〇万円(学校事故保険金)、被告人側が一〇〇〇万円を支払うことで成立し、右示談金は既に全額支払い済であること、是認できるものではないにせよ、大学運動部の持つ特異体質及びその中に置かれた被告人の立場、被告人が未だ若年であり、被害者を死亡せしめたこと自体については反省の念を示していること、日拳部部員が被告人に対する寛刑を求めていること等被告人に有利若しくは同情すべき事情を総合考慮しても、実刑は免れないところであるが、被告人の復学の可能性その他将来の事情をも斟酌し、敢えて酌量減軽のうえ、主文掲記の刑を量定した。

(裁判長裁判官 今井俊介 裁判官 杉森研二 裁判官 種村好子)

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