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大阪地方裁判所 平成3年(モ)5329号 決定 1992年3月09日

申立人(原告) 岩本夏義

<外>

右訴訟代理人弁護士 松本健男

<外>

相手方 熊本県知事

被告 国、熊本県

<他一名>

被告国訴訟代理人弁護士 堀弘二

被告熊本県訴訟代理人弁護士 柴田憲保

<外>

被告国及び熊本県指定代理人 松村雅司

<外>

主文

申立人らの申立をいずれも却下する。

理由

第一申立及びこれに対する相手方等の意見

申立人らの申立の内容は別紙(一)記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は別紙(二)、本件訴訟の被告国及び熊本県の意見は別紙(三)にそれぞれ記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  事案の概要

本件訴訟は、かつて水俣湾周辺地域(熊本県又は鹿児島県)に居住し、後に関西地方に移り住んだ申立人らまたは申立人らの被相続人ら(以下これを単に「申立人ら」と言うことがある。)が、さまざまな神経症状を訴え、その原因はかつて水俣湾周辺でとれた魚介類を摂取し、有機水銀が体内に蓄積されたことによる水俣病であり、その責任については、被告チッソが有機水銀の混入した排水を水俣湾内に流出させたこと及び被告国及び熊本県がこれに対し監督権限があるのに行使しなかったことによるものと主張して、右被告らに損害賠償を請求しているものであり、これに対し被告らは、申立人らが水俣病に罹患している事実、国及び熊本県の監督権限不行使の過失を否認し争っていることは訴訟記録上明らかである。

そして、本件申立は、申立人らが、本件各文書の所持者である熊本県知事を相手方として、申立人らの公害健康被害の補償等に関する法律(以下「補償法」という。)等に基づく水俣病認定手続における病状等を明らかにすることにより、申立人らが水俣病に罹患している事実を立証したいとして、本件各文書、すなわち、右水俣病認定手続において申立人を検診しその結果を記録した文書(以下「検診録」という。)及び申立人についてなされた疫学調査の結果を記録した文書(以下「疫学調査記録」という。)の提出を求めているものである。

二  本件文書の民訴三一二条の該当性について

1  別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)を相手方である熊本県知事が所持している事実については争いがない。

2  本件文書が民訴法三一二条三号前段の挙証者の利益の為に作成された文書に該当するか否かについて

(一) 一件記録によれば、申立人らに関する水俣病認定手続の概要は以下のとおりである。

水俣病の認定に関する処分は、補償法に基づき、指定地域を管轄する都道府県知事等が行うこととされている。この点、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法による認定に際しての医学的検査の実施について」と題する昭和四五年一月二六日厚生省環境衛生局公害部庶務課長通知及び「公害健康被害補償法等の施行について」と題する昭和四九年九月二八日環境庁企画調整局長通知等(以下これらを「本件通知」という。)によれば、水俣病認定に際しては主治医の診断書または当該疾病についての所要の医学的検査に基づくべきものとされ、熊本県知事は、水俣病認定申請者に対し水俣病罹患の有無に関する医学的検査(いわゆる「検診」)を行い、検診等が終了した者について、検査結果を記載した文書、すなわち検診録を審査会委員等に要約転記させて審査会資料を作成し、それを熊本県公害健康被害認定審査会(以下「審査会」という。)に提出して諮問する。これを受けて審査会は、右審査会資料ないし場合によって検診録に基づき、申請者が水俣病に罹患しているか否かについて審査してその結果を知事に対し答申する。そして、知事は、右答申に基づき、申請者が水俣病に罹患しているか否かに関し、認定ないし棄却の行政処分を行っている。

本件の申立人らのうち、別紙文書目録記載の岩本夏義ないし山下ツタエは、以上の手続に従い水俣病の認定申請を熊本県知事に対してなし、水俣病検診センターにおいて検診を受けたが、未だに最終的に熊本県知事から水俣病認定等の行政処分を受けていない者であり、別紙当事者目録記載の坂本美代子ないし山口キシは、熊本県知事に対し認定申請をなしたものの未だ検診を受けていない者である。

(二) 本件文書の作成義務の有無

補償法は、事業活動等に伴って生ずる大気汚染や水質汚濁の影響による健康被害に係わる損害を填補するための補償等を行うことにより、被害者等の迅速かつ公正な保護等を図ることを目的として制定された(一条)。さらに、本件通知は、右の補償法の趣旨を受けて、水俣病認定手続においては、審査会の審査に資するため、申請者全員に対し、一律に当該疾病について、必要な検査項目を具体的に挙げて医学的検査を実施し、その結果を申請者の認定申請書等関係書類とともに整理保存するよう指示している。そして、熊本県知事は、現実に本件局長通知に従って認定業務をなし、かつ、水俣病の認定等の行政処分を行う公的機関であることから、前記のような経緯で実施された医学的検査の結果を記載した検診録を所持しているものである。

右の事実によれば、熊本県知事は、水俣病認定申請者について医学的検査を実施しかつこれを検診録という形で文書として作成し保存することが法令上義務づけられているというべきであり、本件文書も右作成義務に基づき作成されたものと解すべきである。

(三) そして、本件文書を作成し保存する目的は、前記補償法一条の制度趣旨を実現すべく、県知事のなす水俣病認定等の行政処分の適正さを担保することにあり、さらに将来的に右行政処分について審査請求や行政訴訟が提起された場合に、証拠資料として使用することをも目的として作成されていることは否定できない。一般に、本件申立人らのような行政処分を受ける者は、行政実体法上適正な処分を受けうる法的地位が付与されるというべきであり、補償法上においても水俣病認定手続においては迅速適正な行政処分を受けうる法的地位が申立人らに付与されていると解することができる。

以上の事実を総合すれば、本件文書は、水俣病認定手続に関し、申立人らの補償法に基づく法的地位を明確にすることを目的として作成されたことが認められるのであって、専ら本件文書所持者である熊本県知事の利益のために作成された内部文書とは言い難い。

したがって、本件文書は、申立人らの利益の為に作成された文書に該当する。

三  文書提出を拒絶すべき正当事由の存否について

被告らは、本件訴訟において、本件申立人らのように水俣病認定等の行政処分がなされておらず、その途中にある者の認定審査会資料を提出することは、今後の認定審査会の適正な運営に支障をきたし、ひいては行政庁の最終判断にも影響を及ぼすことも考えられるから、当該資料は認定審査会において外部提出が不可とされていると主張する。そこで、以下、この点について検討する。

思うに行政処分がなされた以後であれば、既に確定的最終的な行政庁の判断がなされている以上、事後的に当該処分の前提となった文書等を吟味して当該行政処分の適否を検討したとしても、行政庁の判断への影響を考慮する必要性は低い。これに対して、行政処分がなされる以前の段階で、当該行政処分をなすために収集された資料等の提出を要求することは、一面で行政手続公開や民主主義の要請に合致するが、他面で迅速で円滑な処分の実現が困難になる恐れも否定できない。そして、現行の水俣病認定制度や認定の遅延については問題が指摘されているところではあるが、水俣病認定審査については、迅速で適正な被害者救済(補償法一条)を実現することが要求されている。このような目的を実現することが期待される審査会に対し、行政処分に至らない申請者の検診録等の提出を命ずれば、その後に審査会から県知事に答申がなされこれに基づき知事が水俣病認定等の行政処分をなすことが予定されている以上、その行政処分に至る過程において、審査会委員の自由な心証による判断を害し迅速かつ適正で円滑な認定業務を妨げる恐れも否定できない。

加えて、本件訴訟において、申立人ら原告は、水俣病に罹患していることを立証するため、既に原告らが阪南中央病院の村田三浦両医師の診察を受けその結果を詳細に記録した文書及び前記の生活歴や魚介類摂取歴を記載した供述録取書を書証として提出しており、診察時期に若干の隔たりがあるとはいえ、申立人ら原告の病状を明らかにしそれが水俣病によるものであることを立証するための証拠として、検診録以外に代替証拠がないとはいえない。他方、被告は、既に棄却処分を受けた原告の場合と異なり、行政処分保留者である本件申立人らについては審査会資料を書証として提出し原告が水俣病に罹患していないとの事実を積極的に立証する活動をしているわけではなく、右三浦村田両医師に対する証人尋問や原告本人尋問により消極的な反証をなすにとどまる。

以上の事情に鑑みれば、本件申立人についての検診録や疫学調査記録の提出を相手方熊本県知事に命じなければ本件訴訟における原告被告両当事者間の公平上問題があるとまでは言いがたい。

したがって、本件文書については、提出命令を発する必要性があるとまでは言えない。

以上の点を総合考慮すると、相手方には本件文書の提出を拒絶すべき正当な事由があると言わなければならない。

四  そうすると、本件申立は、本件文書が民訴法三一二条二号又は三号後段の文書に該当するか否かについて判断するまでもなく、前記認定のとおり相当でないから主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中田昭孝 裁判官 金井康雄 青沼潔)

<以下省略>

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