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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)1872号 決定 1992年3月31日

債権者

丸橋忠

右代理人弁護士

森博行

債務者

常盤精機工業株式会社

右代表者代表取締役

棚田正夫

右代理人弁護士

中川晴夫

崎岡良一

主文

一  本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、平成三年三月末日以降本案の第一審判決言渡しの日まで、毎月末日限り金一九万四〇〇〇円の金員を仮に支払え。

第二事案の概要および主要な争点

一  事案の概要

本件疎明および審尋の経過によれば、本件の経緯は次のとおりである。

1  債権者は、ステンレス製業務用厨房機器の製造・販売を主要業務とする債務者に、昭和六三年七月ころ入社し、試用期間経過後の同年八月から正社員となった。債権者は入社以来生産部出荷係に配属され、大阪市鶴見区所在の債務者の工場において、製品の梱包・出荷作業に従事するほか、研磨・部品取付け等製造作業の一部をも担当してきた。

2  債権者は、平成元年一一月二四日ころ、日頃から上司に反抗的であること、同僚に対して暴力をふるうこと、規則等を守らないこと、勤労意欲が欠如していることなどを理由に、一旦懲戒解雇された。しかし、同年一二月五日、「今後は上司の指示に従い誠意をもって就業する。会社に迷惑をかけるような行為は一切しない。会社の就業規則に従う。これに違反した場合は、いかなる処置も受ける」ことを内容とする誓約書を提出して、復職を許された。

3  債務者は、平成三年二月二八日、債権者を以下の理由により懲戒解雇した。

(一) 債権者は、右誓約書提出後も、一向に態度を改めず、だらだらと作業を行い、就業時間中勝手に持ち場を離れて私用の長電話をしたり、無断欠勤、無断早退をたびたび行うなど、その職務懈怠は目に余るものがあった。

(二) 債務者の従業員は、毎朝始業時刻の九時から、朝礼と称して、債務者工場の一階で行われる業務ミーティングへの参加を義務づけられていたが、債権者は、同時刻には、出勤していたにもかかわらず、朝礼には全く参加しようとしなかった。

また、上司の命令や従業員間の規則には意を介さず、これを無視することが多く、たとえば、タバコのポイ捨てをやめ、工場の美化をはかろうという規則も無視した。

さらに、製品を出荷する際、台車を用いて製品を移動させるよう、上司や同僚から再三にわたり注意を受けたにもかかわらず、台車を用いずにひきずって、商品である製品を傷つけ、会社の職務遂行を妨害した。

このように、債権者は、業務命令に違背することが多く、業務を円滑に進めるうえで、債務者に多大の迷惑をかけていた。

(三) 右のように、債権者は職務懈怠が著しく、また業務命令に違背することが多く、その都度上司または同僚より注意を受けたが、これを無視し、かえって暴言を吐いたり、暴行を行ったりした。さらに同僚に対して、嫌がらせを行い、その職務を妨害した。

このように、債務者は、職場の規律を乱し、債務者の職務の執行を害することはなはだしく、他の従業員と協調して職務を円滑に遂行しようとする意思が全くみられない。

(四) 以上の事実は、債務者就業規則三九条(2)、(3)、(4)、(6)、(11)、(14)のに該当し、しかもその程度は著しく、債権者の存在が債務者の業務の遂行上重大な障害となることは明白である。よって、債務者としては、同規則四〇条により、かかる債権者を社外に排除すべく、懲戒解雇する。

4  これに対し債権者は、次のように主張して、本件仮処分命令の申立てに及んだ。

(一) 債権者は、器用でなく、また、腎臓と目に持病があるため、常にマイ・ペースを心掛けながら、その能力と体調の範囲内で精一杯仕事をしていたのであり、職務を懈怠したわけではない。

就業時間中の私用電話は、禁じられているわけではなく、しかも、債権者の私用電話回数は、過去三年間にせいぜい一〇回程度にすぎず、何ら問題はない。

また、債権者には、欠勤、早退自体少なく、また遅刻は皆無であり、到底勤務不良とは言えない。なお、債権者は、欠勤、遅刻、早退するときは、必ず事前に申し出て債務者の承認を得たうえでなしており、決して無断行為に出たわけではない。

(二) 債務者は、午前九時には作業場にいろという業務命令に債権者が違背したと主張する。しかし、債務者の就業規則三二条(1)が、午前九時までになすべきこととして要求しているのは、出勤し、服装を就業に適したものに整え、タイムレコーダーで打刻することのみであって、右業務命令は、就業規則に違反するものであって、その効力はない。

また、タバコのポイ捨ての件は、福井志治工場長がポイ捨て禁止のルールを作り、四、五人の従業員に伝えたにすぎず、そのルールを告知されていない債権者に、業務命令違背の責任など問えるわけがない。後日、債権者も参加した朝礼の場で、そのルールが周知された以降については、債権者もポイ捨てを概ねやめている。

さらに、製品を出荷する際、台車を用いずひきずったのは、台車が使えない製品だったからであり、業務命令に違背したわけではない。

(三) 債権者には、職務懈怠も、業務命令違背もなく、職場の規律を乱してはいない。

債務者は、上司または同僚の注意に対して債権者が暴言を吐いたり暴行を行ったりしたと主張する。しかし、たとえば、私用電話の際債権者は、上司が電話の最中に相手方にも聞こえるような声で注意したため、時と場所を考えて注意してくれるよう上司に依頼したにすぎず、暴言など吐いていない。

また、債務者は、職場規律違反として、中嶋高行に対する嫌がらせ、暴行、暴言の事実を挙げる。しかし、この事実については債権者はすでに充分な処分を受けており、改めて懲戒解雇処分の理由に掲げることは、一事不再理の原則に反し、許されない。

(四) 以上より、本件懲戒解雇には、正当な理由がない。しかも、本件懲戒解雇直前の平成三年二月一六日に、債務者は、債権者に集団暴行を加えたところ、債権者が所属する総評東南地域合同労働組合が問題解決に乗り出してきたため、組合の職場に対する影響を恐れた債務者が、債権者を職場から排除しようと懲戒解雇に踏み切ったもので、これは不当労働行為にあたる。しかも、債務者は、右暴行事件の加害者を不問にし、被害者である債権者のみを懲戒解雇しており、これは、極めて不当な処分である。

(五) 債権者は、独身で、両親とは別居して借家住まいをしており、本件解雇時までの生活費はすべて債務者からの賃金でまかなってきたが、低賃金のため蓄えはなく、現在はアルバイト等でかろうじて食いつなぎながら、組合と力を合わせて就労闘争に取り組んでいる。したがって、債務者からの賃金の支払いを受けないと、早晩生活に行き詰まることは目に見えており、到底本案訴訟を含む右就労闘争を継続することができない。

二  主要な争点

1  債権者の職務懈怠の有無

2  債権者の業務命令違背の有無

3  債権者の協調性の有無

4  平成三年二月一六日の暴行事件と本件懲戒解雇との関係

第三争点に対する判断

一  (争点1)債権者の職務懈怠の有無について

1  債務者は、本件懲戒解雇の第一の理由として、債権者は、「今後は誠意をもって就業する」旨の誓約書提出後も、一向に態度を改めず、だらだらと作業を行い、就業時間中勝手に持ち場を離れて私用の長電話をしたり、無断欠勤、無断早退をたびたび行うなど、その職務懈怠は目に余るものがあったことを挙げる。

2  これに対して、債権者は、まず、私用電話について、就業時間中禁じられているわけではなく、しかも、債権者の私用電話の回数は、過去三年間でせいぜい一〇回程度にすぎず、何ら問題ないと主張する。

たしかに、就業時間中でも、作業の合間であれば、私用電話をすることも許される。しかも、債権者の私用電話の回数は、(書証略)によっても、二年八か月間で五、六回にすぎず、このことをもって、懲戒解雇事由たる職務懈怠にあたるということはできない。

3  次に、無断欠勤・無断早退につき、債権者は、自分は欠勤、早退自体少なく、また遅刻は皆無であり、しかも、欠勤、遅刻、早退するときは、必ず事前に申し出て債務者の承認を得たうえでなしていたと主張する。

(書証略)によれば、債権者は、誠実に就労する旨誓約した平成元年一二月から平成三年二月までの約一五か月間に、一四回の無断欠勤をしたことが一応認められる。このうち六回は、債権者が債務者から集団暴行を受けたと主張する平成三年二月一六日以降のものである。この六回を含めたとしても、無断欠勤は、一か月当たり一回にも満たない。

早退については、(書証略)によれば、債権者は右の期間内に、早退により二二・五時間就業しなかったことが一応認められるが、これが無断かどうかは不明である。しかも、右期間内の債権者の出勤日数は合計三二九日であり、その期間に債権者が就業すべき時間は二四六七・五時間となり、債権者の早退時間は、右の約〇・九パーセントにすぎない。

以上の事実からすれば、債権者には、懲戒解雇事由たる職務懈怠にあたる無断欠勤・無断早退があったとは認められない。

4  次に、債権者の作業態度について検討する。

債権者は、自らの職務遂行状況について、自分は器用でなく、また、腎臓と目に持病があるため、常にマイ・ペースを心掛けながら、その能力と体調の範囲内で精一杯仕事をしていたのであり、職務を懈怠したわけではないと主張する。

しかし、精一杯職務を遂行しているか否かは、自ずと外観にあらわれるのが通常であり、第三者にだらだらと作業を行っていると見られたのであるから(書証略)、債権者の作業態度には、問題があったものと思われる。

また、自らが器用でなく、持病をもつというのであれば、それを上司に伝え、理解を求めるべきである。特に、債権者のように、職務遂行状況が問題とされ、誠実に就業する旨誓約している者は、自己の状況を説明し、上司等に誤解されないよう努めることが当然必要であろう。これを怠り、しかも独断で作業ペースを設定すれば、他の従業員の作業に支障を与えかねず、債務者の円滑な職務遂行を害することになるから、職務を懈怠したと見られてもやむをえないであろう。

そして、債権者のだらだらとした作業態度に他の従業員が不満を持ち(書証略)、士気の低下を招いていたことが一応認められ(書証略)、また、上司及び同僚が債権者に対し右の作業態度を改めるよう再三注意したにもかかわらず、債権者はこれを無視し、かえって、その者に対し反発を示していたことが一応認められる(書証略)。

5  以上からすれば、債権者の作業態度を職務懈怠とした債務者の判断は、正当なものであり、これは懲戒解雇事由にあたる。

二  (争点2)債権者の業務命令違背の有無について

1  債務者が、債権者の懲戒解雇事由とする業務命令違背につき、債権者は、<1>朝礼への参加の義務づけは、就業規則に反するし、<2>タバコのポイ捨て禁止ルールは、告知されておらず、また、<3>債権者が引きずったのは、台車を使えない製品であり、債権者に業務命令違背はないと主張する。

そこで、右の各点につきそれぞれ検討する。

2  たしかに、周知徹底されていないルールを守るよう義務づけたり、不可能なことを従業員に命令することは、許されない。

真偽は定かでないが、債権者の主張のとおり、タバコのポイ捨て禁止ルールが正式に周知徹底されておらず、また、債権者が引きずったのは、台車を使えない製品のみであったとすれば、それを業務命令違背とするのは、不適当であろう。

3  問題は、朝礼への参加義務違反である。

就業規則三二条(1)は「始業時刻(九時)までに出勤し、就業に適する服装に整えた後、タイムレコーダーによって時刻の記録を自ら行う。しかる後職場毎のミーティングに参加しなければならない」と規定している。

債権者は、この規定により、債務者の従業員が始業時刻までになさねばならないことは、出勤し、服装を就業に適したものに整え、タイムレコーダーで打刻することのみであると主張する。

しかし、右規定は、始業時刻までに就業できる態勢を整えることを要求する趣旨であって、始業時刻には作業現場に所在すべきことを要求しているものと解するのが相当である。

債権者を除く他の従業員も、右規定をかように解し、始業時刻たる午前九時に作業現場に集合していたのであるから、債権者の右規定の解釈は、独断と歪曲に基づくものといわざるをえない。

よって、債権者の主張は失当であり、債権者は、毎朝、業務命令に違背する行動をとっていたというべきであろう。また、債権者は通常午前八時五〇分には出勤しており、午前九時に作業現場に集合することは十分可能であったものであり、しかも、上司及び同僚から朝礼に参加するよう再三注意を受けながらこれを無視し、これをなさなかったのである(書証略)から、その行為は極めて悪質なものであり、誠実に就業するという誓約にも反するものであった。

しかも、債権者が業務命令に違背し参加しようとしなかった朝礼は、その日の作業計画の伝達等をも目的としたものであるから、右業務命令違背は、当日の作業全体に甚大な影響を及ぼす蓋然性の高い、極めて重大なものであった。

4  以上により、債権者は、意識的に重大な業務命令違背を犯し、誓約を無にする行動を毎朝とっていたのであるから、これは、懲戒解雇事由にあたる。

三  (争点3)債権者の協調性の有無について

1  債務者が、債権者の懲戒解雇事由として挙げる債権者の協調性の欠如につき、債権者は、<1>職務懈怠、業務命令違背はなく、<2>上司や同僚に対する暴言や暴行は、その上司や同僚に起因するものであり、<3>中嶋高行に対する嫌がらせ等の問題については、終わったことであり、債権者は、何ら職場の秩序を乱しておらず、協調性の欠如などみられないと主張する。

2  しかし、前示のとおり、債権者には職務懈怠、重大な業務命令違背があり、職場の秩序を乱してきたことが一応認められる。

しかも、正式に周知徹底されておらず、業務命令違背にはあたらないタバコのポイ捨て禁止ルールについても、債権者以外の従業員はタバコのポイ捨てをやめ、債権者もそれに協力するよう個人的には求められながら、周知徹底されていないことを理由にこれを無視し続けた債権者の態度は、職場の秩序を乱し、協調性を欠くものであったといわざるをえない。

3  また、(書証略)によれば、債権者は上司の指示に従わなかったことが一応認められる。

そして、(書証略)によれば、債権者のだらだらとした作業態度、上司及び同僚に対する無礼並びに協調性の欠如のため、他の従業員は、債権者を、職場の規律を乱し、円滑な職務遂行を阻害する存在であると見ていたことが一応認められる。

そうであれば、債権者が協調性を欠き、職場の規律を乱していたことは明らかである。債権者が問題にする平成三年二月一六日の暴行事件も、債権者に対する他の従業員の不満が爆発したものであって、債権者の協調性の欠如を象徴する出来事であったというべきであろう。

4  以上より、債権者には、著しい協調性の欠如が認められ、これは懲戒解雇事由にあたる。

四  (争点4)平成三年二月一六日に暴行事件と本件懲戒解雇との関係について

1  債権者は、本件懲戒解雇直前の平成三年二月一六日に、債務者が債権者に集団暴行を加えたところ、債権者が所属する総評東南地域合同労働組合が問題解決に乗り出してきたため、組合の職場に対する影響を恐れた債務者が、債権者を職場から排除しようと懲戒解雇に踏み切ったもので、これは不当労働行為にあたると主張する。

そして、債権者は、右暴行事件の加害者を不問にし、被害者である自分のみを懲戒解雇したのは、極めて不当な処分であると主張する。

2  たしかに、平成三年二月一六日に、債権者と他の従業員との間に喧嘩があったことは、当事者間に争いがなく、その喧嘩において、債権者が、怪我をしたことが一応認められる(書証略)。

しかし、この喧嘩が、債権者の福井工場長に対する横柄な態度に起因することは、債権者も認めており、債権者に対して、他の従業員が手を出したのは、義憤にかられてのことであるから、前示のとおり、債権者に対する他の従業員の不満が爆発したものというべきものであろう。そして、債権者も、喧嘩を制止しようとした他の従業員を負傷させていることが一応認められる(書証略)。

そうであれば、その喧嘩において、債権者のみが一方的な被害者とする債権者の主張は、採用できない。

3  それでは、本件懲戒解雇は、組合の職場に対する影響を恐れた債務者が、組合の活動家たる債権者を、職場から排除しようとしたものであるという債権者の主張は、どうであろうか。

前示のとおり、債権者には、職務懈怠や、重大な業務命令違背及び職場の規律を乱す協調性の欠如があり、(書証略)によれば、債務者は、平成三年二月一六日の喧嘩の以前から、解雇を検討していたことが一応認められる。

そうであれば、本件解雇の理由は、あくまでも債権者の職務懈怠や、重大な業務命令違背及び職場の規律を乱す協調性の欠如であり、右の喧嘩が解雇の呼び水となったとしても、それは、債権者が組合の活動家であったからではなく、右喧嘩が債権者の職務懈怠や、協調性の欠如を象徴する事件だったからである。

よって、債権者の右主張も、失当である。

五  結論

以上、本件解雇には相当な理由があり、債務者の職務を円滑に進めるには債権者を職場から排除する以外手段がなかった。

現に、債権者の解雇により、トラブルの絶え間なかった債務者の職場に和が戻り、従業員一同一丸となって、円滑に職務を遂行していることが一応認められる(書証略)。

よって、本件解雇は有効であるから、本件仮処分命令の申立ては、被保全権利の疎明がないのでこれを却下し、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 水谷美穂子)

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