大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)196号 決定 1991年4月08日
債権者
杉本まきゑ
右代理人弁護士
中村泰雄
債務者
株式会社いせや
右代表者代表取締役
杉本貢
右代理人弁護士
藤原猛爾
主文
一 債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、金四四万円及び平成三年五月五日限り金四四万円、同年六月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、一か月三七万円の割合による金員をそれぞれ仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用は、これを四分し、その一を債権者の、その余を債務者の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
1 主文一項と同旨
2 債務者は、債権者に対し、平成二年一月五日以降本案判決確定に至るまで毎月五日限り金六〇万円を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実、本件疎明及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 債権者の夫亡杉本梅三郎(以下「亡梅三郎」という。)は、昭和二四年九月、申立外株式会社「いせや商店」(「いせや商店」という。)を設立し、昭和二八年ころから同会社がパチンコ店「いせや」の経営を行うようになった。右いせや商店においては、昭和四二年二月まで亡梅三郎が、それから昭和五〇年三月までは亡梅三郎と長男杉本秀太郎(以下「秀太郎」という。)が、それから昭和五三年一〇月までは秀太郎が、それから昭和五八年八月までは二男杉本貢(以下「貢」という。)と債権者がそれぞれ代表取締役となった。
その間、秀太郎が賭博にのめり込み、右パチンコ店「いせや」の売上金や杉本家の財産を注ぎ込んだことから、いせや商店は次第に資金繰りに苦しむようになり、昭和五七年ころには、いせや商店は営業不振で約一〇億円の負債を抱え、パチンコ店「いせや」の営業維持も困難な状況に陥ったが、たまたまそのころ同店舗周辺において都市再開発事業が実施され、それに伴って補償金約八億八千万円が「いせや商店」に支払われた。そこで、同会社は右補償金で負債を整理し、また債権者ら杉本家の者は、昭和五七年一月新たに株式会社「杉本商店」(以下「杉本商店」という。)を設立し、再開発事業に伴う跡地に新たにパチンコ店を建設して、杉本商店が従前と同様に「いせや」の店舗名を使って右パチンコ店を経営するようになった。
しかし、杉本商店も、昭和五九年一二月までには多額の負債を抱えるに至り、大口の債権者であった申立外河村国一が債権回収のため、杉本商店のパチンコ店「いせや」の経営権と不動産の譲渡を要求し、債権者や秀太郎らはこれに応じて、パチンコ店「いせや」の経営権等を右河村に譲渡し、同人の下で債権者を含む杉本家の者はパチンコ店「いせや」の従業員として稼働するようになった。
ところで、債務者は、昭和六〇年三月七日設立され、債権者を含む杉本家の者が株主となった株式会社で、設立当初は債権者が代表取締役となり(もっとも、その実質的な経営者は秀太郎であった)、天王寺税務署内の食堂営業を目的としていた。その後、パチンコ店「いせや」を経営していた河村は、同年一二月ころには杉本家の者を全員解雇してパチンコ店「いせや」から排除したうえ、同店舗の経営をしていたが、昭和六一年夏ころには営業不振となり、再び秀太郎や貢に対しパチンコ店「いせや」の経営権等の買戻を要求するところとなった。そこで、秀太郎や貢は、知人を介して知り合った申立外木村勝男(以下「木村」という。)に依頼して出資してもらったうえ、同人が債務者会社の代表取締役に就任し(昭和六一年九月三〇日登記)、同年九月一八日増資を行って木村が筆頭の株主となり、実質的な債務者会社の経営者となった。そして、債務者は、昭和六一年一一月一九日から新たに右パチンコ店「いせや」の経営に乗り出したが、木村は、パチンコ店「いせや」の営業につき、秀太郎や貢ほか杉本家の者のほうが慣れていたため、右店舗の営業現場の運営を秀太郎に委ね、その下で杉本家の者も再び同店舗において稼働するようになった。
2 債権者は、いせや商店がパチンコ店「いせや」を経営していた時も、また杉本商店がパチンコ店「いせや」を経営していた時も、いずれも各店舗で稼働していた(なお、債権者が右各会社の代表者となったこともあったが、実質的な経営者ではなかった。)が、債務者が経営するパチンコ店においても、パチンコ玉自動販売機の紙幣や貨幣の回収と両替用の紙幣や貨幣の補充、その計算及び店の見回り等の業務に従事し、開店日は午前九時から閉店の午後一一時以降まで店舗にいて仕事をしていた。そして、債務者会社では、債権者に対し、毎月五日に金六〇万円(但し、手取りで金五二万円程度、年額七二〇万円)の給与が支給されている処理がなされていたところ、実際は、毎月五日に全額が支給されることはなく、債務者代表者である貢が何回かに分けて債権者に手渡していた。また債権者は、債務者の従業員として、社会保険の資格を有している処理がなされていた。
3 ところが、債権者は、平成二年一一月末、秀太郎から、パチンコ店「いせや」への出入りを止めてくれと通告され、同年一二月五日支給の給与までは受け取ったが、平成三年一月五日支給の給与から支払いを受けていない。
4 ところで、債権者の五男杉本元一(以下「元一」という。)は、亡梅三郎から贈与を受けていた不動産につき、秀太郎が無断で杉本商店や債務者に所有権移転登記手続きをなしたという理由で、杉本商店及び債務者を相手に所有権確認等請求訴訟を提起し、第一審で勝訴して現在控訴審に係属中であるところ、債権者が無職の元一と同居して同人を支援している。また債権者は、債務者らとともに、申立外岡崎修から約束手形金等請求の訴えを提起され、現在控訴審に係属中であるが、その平成二年一一月二八日の期日において、債権者は、その請求にかかる約束手形に裏書したことはなく、また自らの訴訟代理人に対する委任状に捺印をして、その訴訟代理人に委任したことはないうえ、訴訟の係属も訴状を受け取っていないので知らなかった旨陳述するなど、債務者や秀太郎にとって不利な行動をとっている。
二 債務者は、債権者が債務者の雇用契約上の従業員ではなかったと主張し、その理由として、
1 債務者の事務処理上形式的には、債権者を従業員扱いとして給与を支給し、社会保険関係においても資格を有していたことになっているが、これは、債務者会社の実質的な経営者である申立外木村勝男がパチンコ店「いせや」の営業に関し、その営業現場を同店舗の営業経験のある秀太郎や貢等の杉本家の者に委ね、同家の者の生計を債務者会社からの「給与」収入でまかなうことにしていたため、形式的に債権者を債務者会社の従業員として扱っていたにすぎず、むしろ右「給与」は、労働に対する対価というよりも営業管理に対する対価というべきものであると主張するので検討するに、債務者代表者の木村勝男は、「杉本一家に対し、従業員としてだれを雇うか、その従業員にいくらの給与を支払うかは、秀太郎や貢が決め、木村が了解をして支払っていたこと、また他の従業員と異なり杉本一家の債務者会社に対する貢献度や杉本一家が債務者会社の株式を一部保有していること等に対する報酬を含め、平成二年一一月まで債権者を含む杉本一家の九名(秀太郎、貢、杉本佳弘、杉本高敏、債権者が各金六〇万円、杉本昌子と同邦彦が各金三五万円、杉本倫子と同美淑が各金三〇万円)に対し、総額四三〇万円の給与を支給していたが、直接右九名各人に渡していたわけではなく、貢らがこれを受け取り、各家族の生活に必要な額をその都度渡していた」旨述べる(<証拠略>)。しかし、仮にそのような給与の支給がなされていたにしても、債権者がパチンコ店「いせや」において、木村から営業現場に任せられていた秀太郎の下で稼働していた以上、右給与は労働に対する対価としての賃金であったというべきであり、債権者に対する給与をもって役員報酬とか株式配当或いはその他の支払い(債務者が主張する営業管理に対する対価の趣旨は必ずしも明らかでない。)とは認めることができない。また直接債権者に給与が支払われていなかったにしても、それは、債権者会社と杉本家の特殊な関係から秀太郎や貢に一旦支給され、同人らの裁量で再配分されていたにすぎなかったものであるから、本来債務者が債権者に対し負担している給与の直接支払義務を否定すべき理由にはならない。
従って、債権者の右主張は理由がない。
2 また債務者は、債権者が、債務者の株主で、以前同店舗の経営に関与していたこと、さらに債権者には、勤務時間の拘束がなかったうえ、決まった仕事もなく、他の従業員の手の回らない部分を手伝うといった程度にすぎないなど、誰の指揮監督にも服していなかったこと等に照らし、債権者は債務者の従業員ではなかったと主張するので検討するに、前記認定のとおり債権者が債務者の株式を有し、またその設立当初債務者の代表取締役であったが、それは名目的なもので、実質的な経営には関与しておらず、むしろ秀太郎が実質的な経営者であって、その指示に従っていたものであり、また木村が債務者の実質的な経営者になった後も、木村から営業現場を任された秀太郎の下で稼働していたのである。そして、債権者は、秀太郎の母で、七六歳と高齢でもあるので、他の従業員に比較して労働時間等を含め厳格な労働条件が適用されていなかったとも考えられるが、前記認定のとおり、債権者は、開店日には朝から閉店時間以降まで店舗に出て稼働していたのであるから、債権者が債務者の従業員であることを否定することはできないというべきである。
従って、債務者の右主張も採用しない。
三 以上のとおり、債権者は、債務者の雇用契約上の従業員であったというべきであり、そうすると、秀太郎の債権者に対する平成二年一一月末の店舗出入り禁止通告は、その後の給与の支給停止の措置と併せ考えると、解雇の意思表示であったというべきである。
右通告につき、債務者の代表者である杉本貢は、「債権者は、従業員のあらさがしや根拠のない風評を他の従業員に流して、杉本一族以外の従業員とのトラブルが絶えず、従業員から嫌われ、また従業員の中には退職する者も出たこと、そこで、秀太郎は、平成元年ころから債権者に社員食堂の仕事を担当させたが、食堂でも食事内容や衛生面で問題があって従業員の不平が高まり、再び両替器やコイン貸器などの管理を任せたが、要領を得ず客とのトラブルを生ずるようになったうえ、店内の従業員ともトラブルを生じて店舗全体の規律や団結維持に支障を生じ、従業員が辞めていく事態になっていたこと、そこで、秀太郎が、債権者に対し、店舗への出入禁止を通告した」と述べるが、それを裏付けるに足る証拠はない。
むしろ、その通告による解雇の意思表示は、前記認定のとおり債権者が、債務者等に対し訴訟を提起している元一を支援し、債務者や秀太郎に不利な行動をとっていることに対する報復と考えられ、正当な理由に基づくものではないので解雇権の濫用というべきであって、その解雇は無効である。
従って、債権者は依然として債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるというべきである。
そして、債権者は、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるところ、債務者はこの地位を争っており、本件疎明によれば、債権者がこのまま本案判決の確定をまつのでは、それまで債務者から賃金の支給その他従業員として当然受けるべき待遇を一切受けられず、債権者の生活が維持できなくなるおそれがあり、右申立てにつき仮処分の必要があることが一応認められるから、右申立ては理由があり、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容すべきである。
四 次に、債権者は、雇用契約上の従業員の地位に基づき賃金の仮払いを求めるので、以下検討する。
1 本件疎明及び審尋の全趣旨によると、債権者は、大正二年一月七日生まれの現在七六歳で、五男元一(債務者等に対し訴訟を提起したこともあって、昭和六二年秋に債務者会社を退職して以来無職のまま)と同居して債務者所有のビルの一室に居住し、また子の杉本昌子のところで現在食事をしていること、債権者は、債務者からの給与のほか、遺族年金や厚生年金として、年額一六〇万円程度(月額一三万円程度)の支給を受けて生活していること、債務者は、昭和五九年ころ、株式会社三和銀行から自己名義の定期預金(現在は存在しない。)を担保に金員を借り入れてマンションを購入し、債務者からの給与でこれまで毎月一七万円弱の返済をしていること(証拠略)、また右マンションの管理費につき滞納をしていて、管理費として毎月一〇万円の支払いをしていたところ(証拠略)、滞納残額は約一四万円になっていること、なお通常の管理費は月三万円であること、もっとも、右マンションの名義は元一となっていて、元一が三和銀行からの借入債務者となっているが、その実質は右のとおり債権者の債務と考えて債権者が支払っていること、右マンションには、債権者の家財道具や仏壇等を置いていること、また債権者は、右マンションのほか、家財道具等を置くためマンションの一室を借り、家賃として毎月一〇万円余を支払っていること(証拠略)が認められる。
2 そこで、仮払いを命ずべき金額について検討するに、債権者が高齢の単身者であること(無職の元一と同居しているが、元一は労働能力のあるものであるから、その生活費についてまで仮払いする必要はない。)、住居の家賃や光熱費は支払っていないこと、その他従前の生活程度等に照らし、一か月の生活に必要な費用は金二〇万円とするのが相当であるところ、年金(月一三万円程度)を受給しているのでこれを控除すると、生活費として仮払いする必要性のある月額は金七万円ということになる。また銀行への返済、滞納管理費や管理費の支払いは、そのマンションが元一名義となっていたとしても、同マンションの購入経過や使用状況等に照らし、債権者において支払う必要があるというべきであり、また賃貸マンションの家賃の支払いも、その使用状況に照らしその必要性があり、いずれの支払いも冗費とまではいえない。なお延滞管理費は二か月で完済になるものと認められる。そうすると、銀行への返済、管理費の支払い、家賃の支払いについて仮払いする必要のある金額は、当初の二か月については金三七万円、それ以後は金三〇万円ということになる。
以上によると、仮払いする必要のある一か月の総額は、当初の二か月が金四四万円、それ以後が金三七万円となる。
次に、過去分については、債権者は、平成三年一月から同年三月までは年金や家財道具を処分して得た金員で生活し、必要な支払いをしていたと述べるので、右期間の仮払いの必要性はないというべきである。
また仮払いすべき期間については、債権者は、本案判決確定時までの仮払いを求めるが、本案の第一審において勝訴すれば仮執行の宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるので、本案の第一審判決言渡し以後の部分については必要性を欠くことになり、本案の第一審判決言渡しに至るまでの限度でその必要性があることになる。
従って、債権者の金員仮払いの申立ては、右の限度で理由があるから、事案の性質上担保を立てさせないで認容すべきであり、その余の部分は理由がないので却下することになる。
五 よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 大段亨)