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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)2745号 決定 1992年3月27日

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別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の頭書申立事件につき、当裁判所は、当事者双方を審尋のうえ審理した結果、債権者が債務者に対し金五〇万円の担保を平成四年四月三日までに立てることを執行実施条件として、次のとおり決定する。

主文

一  債務者は、債権者の執行委員長が「独裁者」であるとか、債権者所属の津守自動車教習所労働組合が経営者と債権者の執行委員長の二重の「御用組合」であり、右労働組合の杉岡委員長や伊藤書記長らが、「盲従分子で御用幹部である」などと、債権者の名誉を毀損する文言を、債務者の機関紙、ビラその他これらに類する文書に記載し、あるいは右のような文言を記載した右機関紙等を配付、掲示してはならない。

二  催権者のその余の申し立てを却下する。

三  申立費用は、二分して、その一を債権者の、その余を債務者の負担とする。

理由の要旨

第一申立ての趣旨

一 債務者は、「総評全国一般労組大阪地方連合会」「総評全国一般大阪地連」その他債権者の所属組合であるかのような名称を使用してはならない。

二 債務者は、その機関紙、ビラ等において、債権者執行委員長が「独裁者」であり、「経営者と癒着して労働組合を犠牲にしながら自己保身をはかっている」とか、債権者所属の津守自動車教習所労働組合(津守労組という。)が経営者と債権者の執行委員長の二重の「御用組合」であり、同労組の杉岡委員長や伊藤書記長らが「盲従分子で御用幹部である」などと、債権者の名誉を毀損する文言を記載したうえ、これらの文書を配付、提示するなどして不特定多数の者の目に触れる一切の行為をしてはならない。

第二事案の概要

一 以下の事実は、当事者間に争いがない。

債権者は、大阪地域に存在する労働組合で産業のいかんにかかわらず、債権者の規約を承認するものをもって構成する労働組合であり、債務者は、昭和四〇年五月一六日に大阪府下の自動車教習所の労働者の個人加盟によって結成され債権者に加盟した労働組合であり、債権者に対し平成二年八月分から平成三年二月分までの組合費を納入しなかったことから、債権者から除籍決定を受けた。

債務者は、右除籍決定以後も「総評全国一般労組大阪地方連合会全自動車教習所労働組合」ないしはその略称たる「総評全国一般大阪地連全自動車教習所労働組合」などの名称(以下債権者の名称という。)の使用を続けている。

そして、債務者は、一九九〇年九月八日付ビラ(<証拠略>)、一九九一年五月六日付ビラ(<証拠略>)、同年七月八日付機関紙(<証拠略>)、同年八月一日付ビラ(<証拠略>)、同月二八日付ビラ(<証拠略>)において、仮処分命令申立書の申立の理由四項記載の文言を記載し、右ビラ等を配付した。

二 以上のとおり、債務者による債権者の名称使用の事実及び債権者が名誉毀損であると指摘する文言が債務者によりビラ等に記載され配付されたことについては、当事者間に争いがなく、本件においては、それが違法なものであるか否か、その違法の程度が差止請求を認め得る程度に達しているか否かが争われている。

第三申立ての趣旨二(名誉毀損文書の配付等の禁止)について

一 債務者は、債務者の行為は公共の利害に関する事実に係わりもっぱら公益を図る目的に出たもので摘示した事実は真実であるから、その行為は違法行為とはならないと主張する。なお、右主張に加えて、右の「公共」及び「公益」について、それらは表現行為の態様、その相手方との関係で相対的に決まるもので、限定された範囲の者に対して、それらの者の利害に関わる事実を公表した場合には右「公共」及び「公益」が満たされるとの見解を採り、本件は、右要件を満たすものであると主張する。

前記争いのない事実、疎明及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、債権者が名誉毀損であると指摘する文言を記載したビラを債権者の所属組合である津守労組の組合員の全員あるいはその五、六割の者の居宅に郵送し、同文言を記載した機関紙を右に加え債務者の所属組合員に配付したこと、及び、右文言は債権者の執行委員長、津守労組、その幹部等の執行方法に関する内容のものであることが認められる。

しかし、右事実を前提とし、仮に右債務者の主張を採用するとしても、その表現行為の方法、態様が相当性を欠く場合には、それは違法行為というべきである。しかるところ、本件において債権者が指摘する「独裁者」「盲従分子」「御用組合」「御用幹部」といった文言は、具体的な事実の指摘にとどまらない悪評価や誹謗や軽蔑の意を含むものであるから、債務者の行為は、表現行為の方法、態様において相当性を逸脱するもので、表現の自由の正当な行使の範囲を超えるものといえ、それは違法な行為であるというべきである(そもそもかような文言について真実性の証明が可能かも疑問である。)。

二 次に、債務者は、右債務者の行為は、債権者の債務者への団結権侵害行為に対する防衛行為もしくは正当な組合活動行為であるから、違法ではないと主張する。

たしかに、債権者の所属組合である津守労組が作成したビラには「御用幹部」との記載があり(<証拠略>)、また、債務者にとっては津守自動車教習所における津守労組の結成を債権者による団結権侵害行為であると受け取ってもやむを得ない事情があったかもしれない。しかし、債務者の行為が正当防衛や緊急避難の要件を備えていれば格別、右の要件について特段の主張や疎明がない本件においては、いわば自力救済的な反撃行為の違法性が阻却される法的根拠は存しない。また、債権者が指摘する文言は前記のとおり具体的な事実の指摘にとどまらない悪評価や誹謗や軽蔑の意を含む、表現行為の態様において相当性を逸脱するものであり、論争あるいは批判といった表現の自由の正当な行使の範囲を超えるものであるから、それは、もはや正当な組合活動であるということはできない。よって、債務者の右主張は採用できない。

三 なお、債務者は、債権者の申立ては表現行為の事前差止であるから、その表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限り、例外的に許されるにすぎないと主張する。しかし、本件における債務者の行為は、公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものではなく、一般的に公共の利害に関する事項であるとはいえないから、右事項であるとの要件を落とすことは相当でなく、また、本件申立てが認容されても、特定の文書の発行や配付が禁止されるという効力が発生するわけではなく、債務者としては債権者の名誉を侵害する文言の使用が禁止されるにとどまり、そのような文言を使用しなければ機関紙、ビラ、その他これらに類する文書の配付や掲示はできるのである。したがって、本件において、債務者の主張する「明白性」「重大にして著しく回復困難な損害」の要件を満たさなければ差止請求は認められないと解さなければならない理由はない。よって、債務者の右主張を採用することはできない。

四 以上検討したところによれば、債務者が債権者の指摘する文言を記載したビラ等を配付したことは、債権者の名誉を毀損する違法な行為で不法行為を構成するものといえ、将来かような名誉毀損行為が繰り返されることのないように、その行為の差止めを求めうると解せられる。

なお、債権者の指摘する文言は、債権者の執行委員長、その所属組合及びその幹部の債権者組合内の執行活動に関するものであるから、それはすなわち債権者の名誉を毀損するものと解するのが相当である。

五 ところで、疎明及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、平成三年秋以降、債権者の名誉を毀損するような文言を記載したビラ等を発行していないことが認められる。しかしながら、債務者は、債権者が名誉毀損であると指摘する行為を前記のとおり正当な組合活動であることなどを理由として許容されると主張しているから、今後再び右のような文言をビラ等に記載するおそれがあるものといわざるを得ない。

よって、債権者は、債務者に対し、人格権に基づく差止請求として、債権者の名誉を毀損するような文言のビラ等への記載の禁止を求める、その保全の必要性も認められる。

第四申立ての趣旨一(名称使用禁止)について

一 法律上の争訟性

債務者は、債権者の名称を用いる理由を、自らの活動の歴史と理念、総評全国一般労組の本来的な理想を踏まえ、債権者による前記除籍処分を労働組合運動のうえで克服し、真の総評全国一般労組大阪地方連合会の理念的な伝統を継承するためであるとし、かような債権者と債務者との労働組合間の名称をめぐる紛争は、その審理判断のためには、労働組合の団結権の内容をなすその運動理念・方針に対する評価、判断が要であり、かような評価、判断は司法的判断になじまないから、本件名称使用禁止の申立ては法律上の争訟性を欠くと主張する。

しかし、本件は、人格権の侵害を理由とする不法行為に基づく名称使用の差止請求であるから、具体的権利又は法律関係の存否についての紛争といえ、かつ、その要件判断において、債権者なり債務者なりの労働組合の運動理念、方針に対する評価、判断そのものが必要ともいえないから、法律を適用することによって紛争を解決するに適しないものということもできない。

二 いかなる場合に労働組合の名称使用禁止を求め得るか

自然人の氏名は、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であるから、その冒用に対しては、原則として人格権の侵害を理由とする差止請求権が発生するが、労働組合は法人格のない団体にすぎないから、その名称には自然人の氏名と同様の保護利益が存するものではない。しかしながら、労働組合は、個々の構成員を離れて独自の社会的地位を有して社会的活動をしており、その名称は他との識別機能を有するだけでなく、その社会的評価の表章であるともいえるから、労働組合自体が人格権に内包されるものとして団体の氏名権とでもいうべき権利を有するものと解せられる。したがって、労働組合の名称を冒用して被害を発生させたときには、それは不法行為を構成するというべきであり、その名称使用に正当な理由が存せず、その方法、態様が相当性を欠くときは、人格権侵害を理由とする不法行為に基づく差止請求権が発生するものと解するのが相当である。

三 前記争いのない事実、疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

<1> 債務者は、平成二年八月分から平成三年二月分までの組合費の不納入を理由として債権者から除籍決定を受けているが、右組合費の不納入の理由について、債務者は、正当な理由があるとして、すなわち、債務者が債権者に対し会計帳簿の閲覧を求めたのに対し、債権者がこれを拒否したためにその納入を保留したものであると主張し、右除籍決定は無効であると争っていること

<2> 債権者の執行部と債務者の執行部とが対立状態となった顕著な発端は、債務者が、平成二年三月頃、債権者の福田執行委員長の指導のあり方に対して是正を求めたことにあり、その後、同年六月ころ、津守自動車教習所において、債務者の同教習所分会の大部分の組合員が脱退して新たに津守労組を結成し、津守労組が債権者に加盟を承認されるということも起こり、それ以来、債権者と債務者の対立は主として津守自動車教習所において展開されていること

<3> 債務者は、「総評全国一般労組大阪地方連合会全自動車教習所労働組合」ないしはその略称たる「総評全国一般大阪地連全自動車教習所労働組合」の名称を、一九九〇年九月八日付ビラ(<証拠略>)、一九九一年三月九日付申入書(<証拠略>)、同月一五日付ビラ(<証拠略>)、同年五月六日付ビラ(<証拠略>)、同年七月八日付機関紙(<証拠略>)、同年八月一日付ビラ(<証拠略>)、及び同月二八日付ビラ(<証拠略>)において使用したこと

<4> 右ビラ等のうち一九九一年三月一五日付(<証拠略>)ビラは配付されたものではなく、たまたま極く少数部が外部に出て債権者の手に渡ったにすぎず、その他のビラ等については、債権者所属の津守労組の全戸あるいは五、六割の組合員(三〇名ほど)の自宅に郵送され、機関紙(<証拠略>)については債務者の組合員にも配付されたこと

<5> 債務者は、平成二年の年賀状(<証拠略>)においては、右名称を使用せず、また、平成三年八月ないし九月ころに債務者が右ビラを郵送するのに使用した封筒においては、「全自動車教習所労働組合」の部分のみが印刷で、「総評全国一般労組大阪地連」の部分はゴム判が押されていたこと

以上の事実が認められる。

四1 債権者は、債務者による債権者の名称使用により、右ビラ等が債権者の内部告発という形を表面的にとることになるから、債権者の組織外において、債権者は官僚的、非民主的な組合であり組織内で混乱しているかのごとき誤解を生み出され、そのために、たとえば、東大阪市において会社から団交拒否、賃金差別という攻撃を受け、現実の争議の進め方に著しい困難が生じていると主張する。

しかし、前項<4>で認定したように、債権者の名称を使用した文書のうち、債権者及び債務者の組織外に出たものは、一九九一年三月一五日付ビラ(<証拠略>)だけで、しかもその数は極く少数部であり、かつ、右ビラの内容については債権者も名誉毀損に該たる文言の記載があると主張していない。したがって、債権者の主張する右団交拒否等は、債権者と債務者が紛争状態にあることそれ自体に起因するものというべきであり、債務者による債権者の名称使用と因果関係があると解することはできない。

2 更に、債権者は、債権者の組織内においても、債務者による債権者の名称使用により内部告発という形を表面的にはとることになるから、組合としての統一と団結が阻害されると主張するが、前項<2>及び<4>で認定した事実に照らすと、債権者と債務者との紛争対立は、主として津守自動車教習所において展開され、それは津守労組の組合員には周知の事実であるから、右ビラの配付を受けた津守労組の組合員のなかに、債務者が債権者の名称を使用したことそのものを理由として、そのビラが内部告発であると受け取ったり、ういくらかは真実ではないかと受け取ったりする組合員がいるとは考えられず、したがって、債務者による債権者の名称使用と債権者の主張する組合としての統一と団結の阻害との間に因果関係があると解することはできない。

3 また、債権者は、債務者の行為は、「債権者の組合運動上の成果を不当に利用しようとの意図」を露骨に示し、かつ他に宣伝するものであると主張する。しかし、債権者との関係においては、右2項のとおり、不当な利用を推測させるような事実は認められない。さらに、前項<4>ないし<6>で認定した事実によれば、債権者以外の外部との関係においては、債権者の名称を除いた「全自動車教習所労働組合」の名称を用いていることが推定できるから、不当に利用する意図を露骨に示しかつ他に宣伝しているということもできない。よって、右主張も採用することはできない。

4 そして、前項<2>で認定したように、債務者が債権者の所属組合であることを争っていることを勘案すると、債務者は、少なくとも債権者との関係において債権者の名称使用権が全く否定されるといいきることもできない。

五 以上のとおりであるから、債権者の名称使用禁止の点については、被害について疎明があるとはいえず、かつ、債務者による債権者の名称使用権についても少なくとも債権者との関係においては全く否定されるものといいきることもできないから、人格権の侵害を理由とする不法行為に基づく差止請求権の要件の疎明があるとはいえない。

(裁判官 田中寿生)

<別紙> 当事者目録

債権者 総評全国一般労働組合大阪地方連合会

右代表者執行委員長 福田律二

債権者代理人弁護士 丸山哲男

右同 井上英昭

債務者 総評全国一般労働組合大阪地方連合会全自動車教習所労働組合

右代表者執行委員長 家本稜威雄

債務者代理人弁護士 井上二郎

右同 上原康夫

右同 竹下政行

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