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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)2934号 決定 1992年3月06日

債権者

松田一郎

右代理人弁護士

松本七哉

斉藤真行

徳井義幸

債務者

有限会社協栄運送

右代表者取締役

兵頭久幸

債務者

株式会社 新開ティ・エス

右代表者代表取締役

堀井昭一

右債務者ら代理人弁護士

曽我乙彦

中澤洋央兒

安元義博

主文

一  債権者の債務者らに対する本件各仮処分命令申立てを、いずれも却下する。

二  申立費用は、債権者の負担とする。

理由

(申立ての趣旨)

一  債権者が債務者有限会社協栄運送(協栄運送)の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者協栄運送は債権者に対し、平成三年七月以降毎月一五日限り月額四三万七一二三円の割合による金員を仮に支払え。

三  債務者株式会社新開ティ・エス(新開ティ・エス)は、債権者に配車をしないなどして、債権者が債務者協栄運送の従業員として稼働することを妨害してはならない。

(事案の概要)

一  争いのない事実

1  債務者新開ティ・エスは、主に株式会社富士通関連のコンピューター、通信機器等の運送、設置等を事業内容とする株式会社であり、債務者協栄運送は、債務者新開ティ・エスの大阪営業所の専属下請けとして、コンピューター、通信機器等の運送事業を行っている有限会社である。

債権者は、昭和四八年一二月運転手として債務者新開ティ・エスに入社したが、平成元年八月に退社し、同年九月に債務者協栄運送に入社し、従業員として稼働していた。

2  債権者を含む債務者協栄運送の従業員は、全員が債務者新開ティ・エスの大阪営業所豊中分室において同債務者の配車係から直接翌日の作業指示及び配車を受け、これに基づき富士通の納入先にコンピューター、通信機器等を運送した上、設置作業を実施していた。

二  争点

債権者は、債務者新開ティ・エス大阪営業所長が平成三年五月二八日より債権者への配車を停止し、これを理由として、債務者協栄運送が同月二七日をもって債権者を解雇したとし、これが権利の濫用に該当し無効であることを前提に債務者らに対し、それぞれ申立ての趣旨記載の仮処分命令を求めた。

これに対し、債務者らは、債務者協栄運送が債権者に対する解雇の意思表示をしたことはなく、債権者が任意に同債務者を退職したにすぎない旨主張する。

したがって、本件の争点は、債務者協栄運送の債権者に対する解雇の意思表示が存在するか否か、仮に存在するとすれば、右解雇は権利の濫用にならないか否か、ということになる。

三  争点に対する判断

1  争いのない事実、疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

(1) 債務者新開ティ・エスは、平成三年四月頃、債務者協栄運送に対し、同月一日に遡って運賃の改訂を申し入れた。この運賃改訂は、走行距離当たりの単価を若干値上げする代わりに、従前は往復の走行距離を運賃算定の基礎としていたのに、今後は荷物を積んで走る片道距離のみをその基礎とする、というものであった。債権者は、歩合制従業員であったため、これにより収入の低下を懸念し、他の歩合制従業員らと対応策を協議した。その結果、債権者ほか新開ティ・エスの下請運送業者一名が債務者新開ティ・エス西地区の責任者であり、取締役でもある明石営業所の中島部長と話し合うこととなり、同年五月二〇日に明石営業所に赴いた。ところが、その日は中島部長は不在であったため、債権者は、顔見知りの同営業所林課長と運賃改訂について話をして、その日は引き返した。

(2) ところが、債務者新開ティ・エスは、債務者協栄運送の代表者でもなく、同債務者の委託も受けていない一従業員にすぎない債権者が同債務者に無断で前記明石営業所を訪れて運賃改訂について申し入れをしたことを問題視し、債務者協栄運送の代表者兵頭久幸に対し債権者の右行為についての事情説明を求めるとともに、同債務者の回答ないし対応如何によっては、今後の契約関係継続につき考え直すという趣旨のことを伝え、一方、同月二四日頃、債権者が配車を受ける大阪営業所豊中分室の配車係に対し、債権者への配車を同月二八日から止めるよう指示した。

(3) 債務者協栄運送の兵頭社長は、債務者新開ティ・エスに債権者を伴って事情説明と謝罪に行く旨を伝え、同月二七日、その旨を債権者に告げて同行を促したところ、債権者は「わしは何も悪いことはしていない」「説明も謝罪もする必要もない」などと言ってこれを拒否した。兵頭社長は、債権者が謝罪に行かずに債務者協栄運送の従業員にとどまることは債務者新開ティ・エスとの契約関係継続に重大な懸念が生じ、会社が潰れかねないと考え、なおも「謝罪に行かなければ一〇名の従業員のためにやめてもらわなければいけない」などと言って債権者を説得した。

債権者としては、債権者に対する配車停止の措置をとった債務者新開ティ・エスのやり方に強い憤りを覚え、同債務者に謝罪等に行くとの兵頭社長の説得に応じなかった。しかし一方、債務者新開ティ・エスの意向に逆らえない債務者協栄運送ないし兵頭社長の立場には理解を示し、自分が債務者新開ティ・エスに謝罪に行かなかったために、債務者協栄運送に迷惑をかけることは不本意であった。

同月二八日以降、債務者新開ティ・エスから債権者への配車はなく、債権者は債務者協栄運送の従業員として稼働することもなく現在に至っている。

(4) ところで、債権者は、同年六月中頃、五月二七日付で債務者協栄運送を一身上の都合で退職する旨を記載した「退職届」と題する書面(証拠略)を作成し、同債務者に提出した。債権者は、債務者協栄運送をやめさせられる羽目になったのは債務者新開ティ・エスが債務者協栄運送に圧力をかけたからであると考えており、債務者新開ティ・エスに対し何らかの裁判上の請求をするべく右書面作成当時債権者代理人弁護士と相談していたが、当時は債務者協栄運送を相手に裁判をしようとは考えていなかったため、兵頭社長の求めに気軽に応じてこれを作成した。

2  右事実に基づき判断する。

債権者は、債務者新開ティ・エスから通告された運賃改訂問題について、債権者が同債務者に申入れをしたことを問題視し、これを理由に債権者に対する配車を停止したため、右配車停止により同債務者の専属下請である債務者協栄運送がこれにより会社が成り立たなくなるとして、債権者を解雇したものである旨主張する。

しかし、債務者協栄運送が債務者新開ティ・エスから債権者の行為につきクレームをつけられ、対応如何によっては両債務者間の今後の契約関係継続を考え直す旨を告げられた際、債務者協栄運送は、この事態を債権者を解雇することにより収拾するのではなく、まずもって同債務者に対する事情説明と謝罪により収拾しようとしていたことは、同債務者の兵頭社長が債権者に債務者新開ティ・エスへ事情説明及び謝罪に同行させようと債権者を説得していたことから明らかである。債務者新開ティ・エスにしても、債権者に対する配車停止を指示したとはいえ、このこと自体の当否はともかく、これを直ちに債務者協栄運送に債権者の解雇を強要する趣旨のものと解するには無理があり、かえって、右事態についての債務者協栄運送の対応をみるまでの暫定的措置とみる余地が多分にあるのである。

そして、兵頭社長が債権者に対し、「謝罪に行かなければ会社が潰れる。一〇名の従業員のためにやめてもらわなければいけない」との趣旨の発言をしたことも、あくまで債権者を債務者新開ティ・エスに謝罪に行かせるための説得の材料としてなされたとみるのが自然であり、仮にそうでないとしてもせいぜい条件付退職勧奨というほかないのであって、この発言をもって債権者に対する確定的な解雇の意思表示とみることはできないというべきである。

また、債権者が債務者協栄運送の求めに気軽に応じて平成三年五月二七日付の退職届(証拠略)を作成(押印)していることや、債権者が債務者協栄運送から退職を余儀なくされたのは債務者新開ティ・エスのせいであると考え、一方債務者協栄運送ないし兵頭社長に対しては、むしろその債務者新開ティ・エスの専属下請けとしての立場に理解を示していることなどの事情に照らすと、債権者は、債権者が債務者協栄運送に解雇されたと主張する頃及びその後のしばらくの間は、同債務者から解雇されたことを前提にその効力を争う意思がなかったといわなければならない。

以上の点にかんがみると、本件は債務者新開ティ・エスの圧力に屈した債務者協栄運送ないし兵頭社長が債権者を解雇した事案ということはできず、むしろ、債務者新開ティ・エスに強い憤りを感じて同債務者に謝罪に行くことを拒絶したものの、これにより窮地に陥るであろう債務者協栄運送ないし兵頭社長の立場をも配慮して、債権者が自発的に同債務者を退職したものである、とみるのが自然であり、相当であるというべきである。

3  したがって、債務者協栄運送の債権者に対する解雇処分が存在することを前提としてその無効を理由に同債務者に対し地位保全と賃金相当額の仮払いを、債務者新開ティ・エスに対し債権者が債務者協栄運送の従業員として稼働することの妨害禁止を求める本件仮処分命令申立ては、いずれも理由がない。

(裁判官 田中俊次)

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