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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)2984号 決定 1992年3月31日

債権者

笠岡洋子

債権者代理人弁護士

久米川良子

右同

渡辺和恵

債務者

大阪郵便輸送株式会社

右代表者代表取締役

栗本幸男

債務者代理人弁護士

前原仁幸

主文

一  債権者の申立てをすべて却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

一  債権者が、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金二五万五九五二円及び平成三年一〇月二一日から本案の第一審判決の言渡しがあるまで、毎月二五日に限り、月額金二一万七一四七円の割合による金員を仮に支払え。

(当裁判所の判断の要旨)

三 債権者と債務者との雇用契約における期間の定めの有無、その効力について

1  債権者の主張

債権者は、平成二年八月二八日付をもって債務者に雇用された従業員であり、契約書上は臨時社員とされているが、債権者は、最初の契約の際に期間を定めずに、通常の社員と同待遇の約束で雇用契約を締結しており、また雇用期間は繰り返し更新されて合計一年間を超えているから、債権者・債務者間には期間の定めのない労働契約が存在すると主張する。

2  当時者間に争いのない事実及び疎明によれば、次の事実が認められる。

(一)  債務者は、郵政省の委託を受けて、郵便物の運送、取集並びに郵便事業に必要な物品の運送の業務を行う会社である(争いがない。)。

(二)  債権者と債務者とは、平成二年八月二八日、期間を定めることなく、通常取集業務専担の運転士として債務者を雇用する旨の臨時雇用契約を締結したが、平成三年一月末頃、雇用期間を平成三年二月一日から同年三月三一日までと定めた臨時雇用契約を締結し、その後、同年四月一日から同年六月三〇日まで、同年七月一日から同年九月三〇日までと各雇用期間を定めた臨時雇用契約を締結した。なお、右の各臨時雇用契約は、雇用期間以外の契約内容を同一とし、雇用期間のみを契約更新したものとなっている。

(三)  平成三年一月末頃の右雇用契約締結の際に、債務者は債権者に対し、雇用期間は形式的なものであり、仕事がなくなれば別だが、職務を真面目に執行している限り、雇用契約を更新する旨を伝え、債権者は債務者との雇用契約は継続的に更新されるものと信頼した(なお、平成三年一月末頃に締結された雇用契約について詐欺、強迫その他取消ないしは無効事由が存在するとの格別の主張も疎明もない。)。

(四)  債権者は、平成二年八月二八日以後約一か月間、有給で業務訓練を受け、同年一〇月一日から、債務者の八尾出張所管轄の藤井寺普通郵便局(藤井寺局という。)担当の運転士として勤務を開始した。債権者の職務内容は、債務者保有の郵便運送車両(郵便車という。)に一人で乗務して、藤井寺局とその管轄区内の四ないし六局の特定郵便局(特定局という。)との間で郵便物等を運送し、また、二〇ないし三〇か所程度のポスト(郵便差出箱)を巡回して郵便物を取集して藤井寺局まで運送するというものであった(争いがない。)。

以上の事実が認められる。

3  期間の定めの有無

右によれば、債権者と債務者との雇用契約は、最初の契約では期間を特に定めなかったが、その後は二か月間ないしは三か月間の期間を定めた雇用契約を順次有効に締結したから、平成三年八月時点での債権者と債務者との雇用契約は、同年九月三〇日までの期間を定めたものであったということができる。

4  債権者・債務者間の雇用契約の効力

右のとおり、債務者は債権者に対し、平成三年一月末頃の雇用契約締結の際に、雇用期間は形式的なものであり、仕事がなくなれば別だが、職務を真面目に執行している限り、雇用契約を更新する旨を伝え、債権者も雇用契約は継続的に締結されるものと信頼していたこと、債権者は約一か月間の業務訓練を受けたこと、並びに各臨時雇用契約は、雇用期間以外の契約内容を同一とし、いわば雇用期間のみを契約更新したものであることが認められる。

そして、前記認定のとおり、債務者の職務は、郵便物等の運送という郵政業務の一部を担い、とりわけ現金、書留郵便等の貴重品を取り扱うものであるから、その職務の性質上、信頼のおける人物を継続的に雇用できることは債務者にとって極めて望ましいことであり、また、前記認定した債務者の業務内容によれば、その業務の受給量は安定しており、景気の変動などの経済要因の影響を受けて雇用者数を調整しなければならないといった事態も通常想定しえないものといえる。

以上によれば、債権者と債務者との雇用関係は、雇用契約上には期間の定めがあるが、それは形式的なものにすぎず、実質的には、雇用期間が満了しても新たな雇用契約を機械的に締結することにより継続的な雇用関係を形成することを本来的に予定したものというべきである。したがって、信義則上、新たな雇用契約を締結しないこと(以下雇止めという。)には解雇に関する法理が類推され、債務者としては、雇用期間の終了という理由だけで雇止めすることは許されないと解される。すなわち、債務者の就業規則三一条は「従業員が、次の各号のいずれかに該当するときは退職を命ぜられます。」と規定し、その(3)号で「予め指定された雇用期間が満了したとき」と定めているが、信義則上、雇用期間が満了したという事由のみで退職を命じても、それは効力を発せず、その場合には、それまでと同様の契約内容で雇用契約が更新されるものとみなされることになると解するのが相当である。

もっとも、解雇に関する法理が類推されるとはいっても、債権者は臨時雇用契約により雇用された臨時社員であるから、正社員を解雇する場合とは自ずと事情を異にするといわざるを得ない。すなわち、疎明によれば、臨時社員は、終身雇用が前提となるいわゆる正社員に比べて、採用基準が緩やかであり、業務訓練期間一か月間程度と短期で(正社員は六か月間の試用期間がある。)、勤務時間も短く、職務内容や職種も比較的責任の軽いもので、昇格制度といったものもなく、賃金についても賃金規則の適用を受けない、特に昇給といったこともない、時間給であり、退職金制度の適用も受けないことが認められる。

右によれば、臨時社員は、正社員に比して、緩やかな採用基準により、試用期間もなく比較的簡単に採用され、昇格や昇給、退職金制度といった雇用継続により得られる利益もほとんどなく、労務の提供等による会社に対する寄与も小さいものといえるから、これらの事情に鑑みると、本件において、臨時社員を雇止めする場合には、正社員を解雇する通常の解雇のときのような厳格な正当事由の存在までは必要なく、一定の合理的理由が存在すれば足りると解するのが相当である。

二 本件雇止めの効力

疎明によれば、債務者は、平成三年八月二四日、債権者に対して、同年九月三〇日の雇用期間終了後、その後は雇用契約を更新しない旨を告知したことが認められる。

そして、債権者は、右雇止めの理由として、<1>債権者には同年七月八日の赤郵袋窃取容疑がかけられたままであること、<2>債権者は平成二年一二月一一日及び一二日に赤郵袋残置事故を起こしていること、<3>平成三年四月に起こった給料不足の件その他債権者の研修における不真面目な態度や自家用車の物損事故の後処理の対応の身勝手さなどの事情を挙げ、債務者の業務内容及び債権者の職務内容に照らすと、右事情は雇止めの理由として合理的なものであると主張する。

そこで、以下において、右雇止めに合理的な理由があるか否かを検討する。

1  債務者の業務内容及び債権者の職務内容

前記認定事実及び疎明によれば、次の事実が認められる

債務者の業務は、郵政省の委託を受けて、郵便物の運送、取集並びに郵便事業に必要な物品の運送であり、債権者の職務内容は、債務者保有の郵便車に一人で乗務して、藤井寺局とその管轄区内の四ないし六局の特定局間で郵便物等を運送し、また、二〇ないし三〇か所程度のポストを巡回して郵便物を取集して藤井寺局まで運送することであった。特定局から藤井寺局に運送する郵便物等のなかには赤郵袋と呼ばれるものがあり、これは、現金、書留郵便などの貴重品が封入されているもので、その取扱いは慎重かつ確実なされることを要し、そのため、特定局では、その係員が備えつけの授受簿と債権者が持参する送受簿にその各該当欄に個数を記入したうえ、債権者が授受簿に押印して赤郵袋を受領し、これを郵便車の保管箱に入れて運送し、運送先の藤井寺局においては、債権者は、特殊係の係員に送受簿とともに赤郵袋を手渡し個数を確認するシステムになっている。これをより過誤の起こらないシステムとするためには、郵便車を二人乗務にしたり、管理監督者を増員して管理監督体制を強化することが考えられるが、そのような業務体制を採ることは債務者の財政上無理である。

債務者は、郵政省だけから業務委託を受け、郵便物の運送、取集並びに郵便事業に必要な物品の運送をなすものであり、国の行う郵便事業の一端を担うものであるから、その業務の性質上、郵便事業に対する社会的信用を失わせるような事態を生ぜしめることは、受託業務量の減少に直結し、債務者の経営そのものを圧迫するものとなる。現に、平成二年一二月一五日の債務者の運転士の起こした轢き逃げ事故のために、債務者は郵政省から年間収入の九パーセント(九〇〇〇万円)の委託料減額(運送便委託契約の一部解除)の制裁措置を受けた。

以上の事実が認められる。

右によれば、債務者の業務の性質上、郵便事業に対する社会的信用を失なわせるような事態を起こさないことが会社経営上極めて重要な事柄であり、その意味から、債権者の職務である運転士に求められる必須条件としては、第一に郵便物の紛失事故を起こさないことであり、そのためには、窃盗等の犯罪を犯さないと信頼しうる人物であるという資質を有することはもちろんのこと、過失により郵便物を紛失したり盗まれたりしないように相当程度の注意能力を有し郵便物等の取扱いを慎重かつ正確になしうる能力を有していることが求められる。そして、債務者としては管理監督体制を強化することは財政上無理であるから、なお一層運転士が右資質ないしは能力を有することが必要であり、また、右資質ないしは能力はチェックシステムを整えたからといって事の性格上決して不要となるものではない。したがって、債権者が右の資質ないしは能力を有するとの信頼が維持されることは、債務者が債権者を継続的に雇用していくうえで必要不可欠な条件であるといえ、右信頼が維持されないような事情が存することは、雇止めの合理的理由として相当重要な要素となると解せられる。

2  そこで、以下において、債務者が雇止めの理由として挙げている事情について順次必要な限りにおいて検討する。

疎明によれば、次の事実が認められる。

(1)  平成二年一二月一一日及び一二日の赤郵袋残置の件について

債権者は、平成二年一二月一一日、二号便で小山、島泉、駅前の各特定局から、各一個合計三個の赤郵袋を受領し、うち二個を保管箱の外に置き、島泉特定局で受領した残りの一個を保管箱に入れ藤井寺局まで運送した。そして、藤井寺局の特殊係には保管箱の外に置いた二個のみを手渡し、残り一個を保管箱の中にそのまま残置した。翌一二日、債権者は、小山、島泉、恵我荘、高鷲の各特定局から各一個合計四個の赤郵袋を受領し、うち三個を保管箱に入れ、最後に高鷲特定局において受領した残り一個を助手席に置いた。藤井寺局では保管箱の中の前日から残置していた一個と当日取集した三個の合計四個を手渡した。そして、車に戻ったところ、助手席に赤郵袋一個が置かれているのに気づき、これを再び特殊係に持参したが、債権者は、その一個がどこの局から受領したもので、どのような経緯で残っていたのか、その時点でもわからず、また、前日から赤郵袋を保管箱に入れたままになっていたことにも気づかなかった。なお、債務者の八尾出張所長正岡志郎は、右債権者が助手席から赤郵袋を取り上げる行為等をたまたま現認している。

右の残置事故が起こった原因は、同月一一日に小山特定局の係員が送受簿の記載を誤り、前日の欄に個数を記入したことにあり、その結果、債権者が藤井寺局で赤郵袋二個を手渡した際には、当日欄の送受簿の記載が島泉特定局から一個、駅前特定局から一個の合計二個と記載されていたため、藤井寺局の係員はあと一個受領しなければならないことがわからず、同月一二日に藤井寺局で赤郵袋四個が手渡された際には、当日欄の送受簿の記載が合計四個と記載されていたため、同様に残り一個の存在がわからなかった。

債務者は、その幹部会において、右事故への対応を協議したところ、債権者の落ち度も大きく、また、行為の態様が極めて不自然であることから、辞めさせるべきであるとする意見も強かったが、八尾出張所の正岡所長の残留の意見もあって、債権者に始末書を作成させて注意を喚起するにとどめることとし、また、債務者は、この件については、藤井寺局には事の顛末を説明したが、郵政省あるいは郵政監察局には事故報告しなかった。

(2)  平成三年四月の給料不足について

同月二五日、債権者に対し給料を支給したところ、翌日になって債権者から現金が二万円不足していた旨の申し出があり、債務者は、債権者の申し出に応じてこれを支払ったが、給料の内容確認については受領したその場でなすよう指導しており、かような現金不足の申し出は、債務者が創業以来一八年間同じ事務手続をとっていながら一度もなかったことであった。

(3)  平成三年七月八日の赤郵袋紛失の件について

同月一二日、郵便物の差出人からの不着の申し出が端緒となって、債権者が平成三年七月八日に桃山台特定局において受領した赤郵袋一個が紛失していることが判明した。なお、同月一一日には右赤郵袋の授受を記載した送受簿もなくなっていた。

債権者は、同月二四日、近畿郵政監察局大阪東部郵政監察室で取調べを受け、同日夜、債務者の八尾出張所において、同出張所の正岡所長らが債権者から取調べの内容を聞いた。債権者の話では、債権者は郵政監察官から右赤郵袋を盗んだとの強い容疑をかけられていること、郵政監察官は右赤郵袋が紛失した翌日に、右赤郵袋に在中していた二三万円と同額の現金が債権者の預金に入金されている事実を指摘して追求したが、債権者はその出所を明らかにしなかったこと、郵政監察官からポリグラフ検査の結果はクロであると指摘されたことがわかった。

その後、債務者は、債権者を自宅待機としたが、債権者が郵政監察官の取り調べに応じず、赤郵袋に在中していた二三万円と同額の現金が債権者の預金に入金されている事実について反証せず、ポリグラフ検査の結果も容疑を裏付けるものとなっている状況にあるままであったことから、同年八月二四日、債権者に対し、雇用契約を更新しない旨を口頭で伝えた。以上の事実が認められる。

3  そこで、以下において右事実が雇止めの合理的理由になりうるか順次検討する。

(1)  赤郵袋の残置事故について

この事故は、小山特定局の係員の誤記載が起因となっているが、債権者の責任も極めて大きいというべきである。すなわち、債権者の責任に関しては、<1>特定局での正確な授受、個数の確認については、債権者ら運転士は、採用時の業務訓練においてはもちろんのこと、常日頃から注意を喚起されていたことであり、債権者としては小山特定局での誤記入にその場で気がつくべきであったこと、<2>債権者は同月一一日に受領後わずかの時間しか経っていないのに赤郵袋一個を保管箱に入れたことを失念してこれを残置し、保管箱を点検することもなく、この残置にその後全く気づかなかったこと、<3>債権者は翌一二日も、右保管箱に新たな赤郵袋を入れたにもかかわらず依然として残置している赤郵袋に気づかず、更に前日と同様に最後に受領しその後ほんのわずかな時間しか経っていないにもかかわらず、赤郵袋一個を助手席に置いたことを失念し、これを残置していることなどの点を指摘できる。これらの点によれば、債権者は、注意能力が相当劣り慎重かつ正確に郵便物を授受する能力がかなり低いというべきであり、逆にそうでないとすれば、その挙動は極めて不自然であるといわざるを得ず、したがって、債権者が右残置事故により右運転士としての資質ないしは能力が相当低いと判断されてもやむを得なかったものというべきである。

(2)  給料不足の件について

右認定した状況からして、債権者に給付された給料が不足していた可能性は極めて低いものといわざるを得ず、この件により債務者が債権者に対して不信感を抱き、ひいては債務者が債権者の運転士としての資質ないしは能力に疑問を感じたとしても、あながち不当とはいえない。

(3)  赤郵袋紛失の件について

刑事事件という観点からは、疑わしきは被告人に利益という原則もあり、債権者が赤郵袋を窃取したり紛失したりしたと認定できる証拠は現段階ではないというべきであり、そしてまた、債権者が郵政監察官の取調べに応じず、赤郵袋に在中していた二三万円と同額の現金が債権者の預金に入金されている事実について反論することもなく、ポリグラフ検査の結果も容疑を裏付けるものとなっている状況にあることにより、債権者の運転士としての前記資質ないしは能力を疑うことは妥当ではないだろう。

しかしながら、窃盗ないしは紛失の容疑をかけられたままの状況にある者を運転士として職務に就かすことは、郵便事業に対する社会的信用の保持という観点からできないことは当然であろうし、この点を雇止めの事情の一つとすることも許されると解せられる。

4  結論

以上のように、右赤郵袋残置事故は債権者の運転士としての資質ないしは能力が相当低いと判断されてもやむを得ないものであり、給料不足の件は、それにより債務者が債権者に対して不信感を抱き右資質ないしは能力に疑問を感じたとしても、それはあながち不当とはいえないものといえる。

そして、債権者について、雇用後わずか一年にも満たない間に、右赤郵袋残置事故、給料不足の件、そして、債権者が運送した赤郵袋の紛失ということが連続して起こっており、かような債権者に、しかも右赤郵袋の窃盗ないしは紛失の容疑がかけられた状況のままで郵便物の運送を任すことは、郵便事業に対する社会的信用の保持という点から、債務者にとって到底許容することができないことであるといえる。

以上に加えて、債権者の雇用期間が一年一か月余り、実就労期間が一一か月程度にすぎないことをも勘案すると、債務者の債権者に対する雇止めには合理的理由があり、雇止めは有効であるというのが相当である。

(裁判官 田中寿生)

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