大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)389号
債権者
川岸一洋
右代理人弁護士
武村二三夫
債務者
株式会社エイゼットローブ
右代表者代表取締役
北政十郎
右代理人弁護士
福島正
同
工藤良治
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
1 債権者は、債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成二年一二月から毎月二五日限り金三六万一八六〇円を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 債務者は、婦人服の製造・販売を業とする株式会社であるが、平成二年三月一一日付及び同月一二日付の新聞に正社員募集の広告(<証拠略>)を掲載した。その広告では、募集条件として三五歳位までとの年齢制限があり、また営業部正社員については経験者との条件があった。債権者は、右広告を見て履歴書(<証拠略>)を提出して募集に応じ、債務者は、履歴書による書類選考を行ったうえ、債務者の総務部長杉井博(以下「杉井部長」という。)が債権者と面接して債務者会社の説明をし、債権者の経歴を確認した。また同年三月二四、五日ころ、債務者の代表者である北政十郎(以下「北社長」という。)と杉井部長が債権者と面接し、再度債務者会社の内容や営業方針について説明し、また今回の募集の趣旨を説明した。そして、北社長等において、債権者が服飾専門学校を出ていること、アパレル業界の営業等の経験があること、得意先も相当数あるということを確認したうえ、債権者に対し、新規顧客の開拓業務に専念して、年間一億円位の売上げができるかを尋ねたところ、債権者はこれを承諾した。そこで、北社長は、債権者が当時三九歳で年齢制限を越えているが係長相当待遇として債権者を採用し、営業課員では二番目に高い給与(金三五万円)を支給することを決め、その旨債権者に説明した。
なお杉井部長は、同年三月二六日付書面(<証拠略>)をもって、出社日(平成二年四月二日)及び支給予定の給与額を通知した。
2 債権者は、平成二年四月二日、債務者に雇用され、営業部一課に所属し、営業担当区域は特に定められなかったものの、京阪神地区のターミナル等の繁華街を中心に新規顧客を開拓すべく、小売店を回って営業活動に従事することになった。
そして、同年五月の展示会では、債権者の顧客一三社が来店し、六〇〇万円程度の受注があったが、その後の同年七月の展示会では五社の顧客が来店し、三八六万円の受注があったに止まり、また同年一〇月の展示会では三社の顧客が来たのみで、二一二万円の受注があったに過ぎず、展示会の回を重ねるごとに顧客の来店数が減少していた。右のとおり、債権者の営業成績は、一向に上昇せず、同年七月ころには、債務者会社内において、債権者の営業成績が問題となり、同月二六日債権者に賞与を支給する際、北社長が債権者に対し、「このままの状態では面接時の約束と違うので、営業成績を上げてくれないと、辞めてもらわないといけない」旨通告した。また同年一〇月の展示会の後でも、北社長が債権者に同様の通告をしたが、債権者の営業成績は改善されなかった。
3 また債権者は、前記のとおり採用時の面接において年間の売上目標額として一億円を約束していたが、入社が上期の途中であったため、下期(平成二年八月一日から平成三年一月三一日までの間)の売上目標額として五〇〇〇万円が設定されていたところ、債権者の在籍期間(八か月)中の売上実績は金一五〇〇万円余りであって、他の営業課員の売上実績が各人の売上目標額の七〇パーセント以上(売上目標額に対する達成率)であったのに対し、債権者のそれは、売上目標額の三〇・五パーセント(もっとも、八か月間の売上実績を下期六か月の売上目標額で除した数字)に過ぎなかった。また債権者の返品率は一六・五パーセントで、債務者会社の平均四・二パーセントに比較してかなり高い割合となっている。さらに債権者は、新規顧客の開拓業務に専念することになっていたが、在籍中の八か月間に開拓した新規店舗件数は二〇店舗にすぎず、既存店の取引をしながら新規開拓をしている他の営業課員に比較して、非常に少ない実績となっている。(<証拠略>)
4 さらに債権者は、日報等の書類の提出期限を遵守せず、また営業会議に遅れて出席するなど、約束の時間を守らないことが多かったこと、営業会議においてまともに発言することもなく、また営業課員全員で行うべき棚卸業務を行わないなど、他の営業課員との協調性を欠いていたこと、商品の取扱いが粗略であったことなど、債権者の勤務態度が良くな(ママ)ったので、債権者の直属の上司である楠元伸二営業部一課長(以下「楠元課長」という。)が、その都度右の点を指摘して注意指導をしてきたが、債権者はこれを改めようとしなかった。
5 そこで、債務者は、平成二年一一月二二日、経営連絡会議を開いて、営業成績不良及び勤務態度不良を理由に債権者を解雇することを決定し、同日、杉井部長は、債権者に対し、口頭で、営業成績不良を理由として解雇の意思表示をするとともに、解雇予告手当てとして給与の一か月分を同年一二月一七日に支払う旨伝えた。もっとも、その際引継ぎ残務整理が完了したときに解雇となる旨告げたが、解雇となる時期は明確にされなかった。そして、楠元課長は、同年一一月二二日、同月二六日から同月二八日まで引継ぎ残務整理のため、得意先を一緒に回るように指示した。
6 債権者は、同年一一月二七日の一日と翌二八日の二時間程度、楠元課長とともに得意先をまわって引継ぎを行ったが、債権者が積極的に協力しなかったため、同月二八日までに完了する予定であった引き継ぎ残務整理は終わらなかった。なお債権者のタイムカードは、同月二七日まで打刻されていた。
そして、債権者は、同年一二月一日得意先であったヴァリエテから集金し、それを同月一一日に債務者に納金した。また債権者は、同年一二月三日ころ、杉井部長の承諾を得て、債権者の子の関係で健康保険を使用した。
7 債権者は、同年一二月五日、労働組合ユニオンおおさかに加盟し、同組合は、同月一一日、債務者に対し、「解雇予告」の撤回等を求めて団体交渉の申入れを行ったが、債務者はこれに応じなかった。そして、債務者は、債権者に対し、同月一七日、同年一一月二七日付をもって解雇の効力が生じたとする通知書(<証拠略>)を発し、また右労働組合に対しても、団体交渉を拒否する旨の通知書(<証拠略>)を発した。その後債務者は、それまで債権者につき行っていなかった離職票の交付申請手続きや健康保険被保険者資格喪失手続きなどの解雇にともなう手続きを行った。
なお債務者は、債権者に対し、解雇予告手当金等の提供をなし、債権者は、同年一二月二五日、これを受領している。
二 債権者は、債務者が平成二年一一月二二日において、同月二七日付をもって解雇する旨の意思表示をしたことはなく、むしろ同年一二月二〇日をもって解雇する旨の解雇予告の意思表示をしたにすぎないと主張する。
確かに、債務者が債権者に対し、平成二年一一月二二日において、同月二七日をもって解雇する旨の意思表示をしていなかったというべきであるが、同年一二月一七日には解雇予告手当てを支給する旨告知していたこと及び引継ぎ残務整理が行われた後の同月二九日以降は、債務者が債権者に業務の指示をしていなかったことに照らすと、同月二二日においては、引継ぎ残務整理が完了する日(同月二八日ころには完了する予定であった。)をもって解雇する意図のもとに解雇の意思表示がなされたものと解するのが相当である。
ただ前記認定のとおり、債権者が同年一一月二七日と翌二八日、楠元課長と顧客先を回って引継ぎを行っているが、引継ぎ残務整理は完了しなかったこと、債権者が同年一二月一日顧客先であるヴァリエテの集金をしていること、杉井部長が債権者に対し、同年一二月三日ころ、その子の関係で健康保険の使用を認めていること、債務者は、同年一一月二七日以降も労働組合から団体交渉の申入れがあるまで解雇にともなう必要な諸手続きをしていなかったことなどの事情に照らすと、債務者は、前記のとおり引継ぎ残務整理が完了する日をもって解雇する意図のもとに、平成二年一一月二二日に解雇の意思表示をしたものの、引継ぎ残務整理が予定したとおり完了しなかったこともあって、解雇の効力が生じた日を明確にしていなかったところ、債権者が加入した労働組合ユニオンおおさかから「解雇予告」の撤回等につき団体交渉の申入れを受けたので、同組合との団体交渉を回避するため、同年一二月一七日に至って、債権者のタイムカードの最後の打刻日である同年一一月二七日に遡って解雇の効力が生じたと主張するようになったものと考えられる。なお、債権者が主張するように、債務者が、同年一一月二二日において、同年一二月二〇日をもって解雇する旨の解雇予告の意思表示をしたと認めるに足る資料はない。
従って、債務者の同年一一月二二日における解雇の意思表示は、即時解雇の意思表示というものではなく、労働基準法二〇条一項所定の予告期間よりも短い予告期間をもってなされた解雇予告の意思表示であったと解するのが相当であるところ、債務者が行った債権者の解雇の手続きにつき、解雇の効力が生ずる日を明確にしなかったこと、所定の予告期間よりも短い予告期間をもって解雇の意思表示をし、これを補うべき解雇予告手当ての支給が遅れたこと、労働組合からの団体交渉の申入れに対し誠実に対応しなかったことなど、適切さを欠く点はあったものの、同年一一月二二日には解雇予告ではあるが解雇の意思表示がなされており、かつ、債務者が債権者に対し必要な解雇予告手当て等を支給している本件においては、右の不適切な事情によって、解雇の効力が否定されるべきではない。
三 債権者は、その営業成績は初年度としては良好であって、債務者会社の就業規則一〇条三号の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められた場合」(<証拠略>)に該当する事由はないので、本件解雇に正当事由はなく、解雇権の濫用により無効であると主張する。
1 債権者は、営業成績が不良ではなかった事情として、他の営業課員には営業用の車両が与えられていたのに、債権者には営業用の車両が与えられず、商品の現物を持参しないで売り込みをすることは困難であったこと、債権者の担当業務は全くの新規のみで、得意先の引継ぎはなかったこと、返品も担当者が代わると多く生ずるが、債権者の場合も、解雇後に返品が多く生じていること、他の新人も債権者よりも営業成績が低いのに解雇されていないこと等を挙げて、営業成績不良を理由とする解雇の不当性を述べる。
2 確かに、(<証拠略>)のような絵型を持参しただけで営業活動をすることは、商品の現物を持参する場合に比較して、顧客においてイメージがつかみ難く、営業活動に支障が出ることもあったと考えられるが、特に新規顧客の開拓の段階においては、債務者会社の取扱商品を紹介したうえ、展示会への招待が主要な営業活動であること(楠元の審尋の結果)や債権者の担当とされていた京阪神地区のターミナル等の繁華街における新規顧客の開拓ということであれば、車両よりも電車の方が能率的であるうえ、契約締結後商品を納入するときは債務者が債権者に車両を用意していたこと(杉井の審尋の結果)などの事情に照らすと、債権者に営業用の車両が与えられていなかったことをもって、債権者の営業成績が低かったことを正当化することはできない。
また債権者は、得意先の引継ぎがなかったと述べるが、(証拠・人証略)によると、他の営業社員の多くが既存店を担当しながらも、新規顧客を開拓して売上げを伸ばしていたことが認められ、新規顧客の開拓業務に専念し、かつ、得意先を持つ経験者として採用された債権者が得意先の引継ぎがなかったことをもって、営業成績の不良を正当化することはできない。
さらに返品につき、営業担当者が代わると、一般的に返品が多くなることも考えられるが、(証拠略)によると、債権者の返品率は一六・五パーセントで、債務者の平均返品率四・二パーセントに比較して非常に大きいうえ、在職中の返品も多く(<証拠略>)、これは、債権者が債務者の商品に合わない店に無理に売り込んだ結果と考えられ、その他売上金の回収状況や取引期間等も併せ考慮すると、債権者の営業活動に問題があったというべきである。
そして、債権者は、他の新人の営業成績の低さを指摘するが、他の新人はアパレル業界の未経験者であって、経験者として採用された債権者とは採用条件が異なるので、債権者と同様に論じることはできない。
3 むしろ前記一で認定したとおり、債権者は、アパレル業界における営業の経験者として採用され、採用時の面接において年間売上目標一億円を約束し、また債務者によって、半期の売上目標額として五〇〇〇万円が設定されたが、いずれも経験者とすれば達成可能な数字であったのに、債権者の実績はこれを大きく下回るものであったうえ、上司の注意指導にもかかわらず債権者は営業成績を向上させようとする意欲がなかったということができる。
従って、債権者の営業成績は不良であって、債務者会社の就業規則一〇条三号の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められた場合」の普通解雇事由に該当するというべきであるから、本件解雇は正当なものであり、債権者の本件解雇が権利濫用である旨の主張は理由がない。
四 そうすると、債権者の本件仮処分命令申立ては、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 大段亨)