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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)1752号 判決 1992年3月26日

原告 野口紀代美

右訴訟代理人弁護士 小原邦夫

被告 株式会社大和銀行

右代表者代表取締役 藤田彬

右訴訟代理人弁護士 待場豊

主文

一  被告は、原告に対し、金三四四万六〇〇九円及び内金三四三万四〇五三円に対する平成三年三月六日から、内金三一五五円に対する平成三年三月一八日から、内金八七四四円に対する平成三年四月一二日から、内金五七円に対する平成三年一〇月一日から、それぞれ支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三四四万六〇〇九円及び内金三四三万四一一〇円に対する平成三年三月六日から、内金一万一八九九円に対する平成三年三月一八日から各支払済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  平成三年三月五日当時、被告の桜川支店には原告名義で左記総合口座が開設されており、その普通預金の残高は、左記のとおりであった(以下、各口座を記載順に「本件口座(一)」「本件口座(二)」「本件口座(三)」という。)。

(一) 口座番号(三四二七二六〇) 金三一五五円

(二) 口座番号(四三〇二二三一) 金三四三万四〇五三円

(三) 口座番号(二四八八八三二) 金五七円

2  本件各口座は、いずれも、原告が自己の預金として自ら預入行為を行って開設したものである。また、本件各預金の出捐者も、原告である。

3  原告は、平成三年三月五日、被告に対し、桜川支店において、本件口座(一)(二)の預金金額の払戻請求をしたが、被告は払戻しに応じなかった。

4(一)  その後、本件口座(一)については、振込入金と自動支払があり、平成三年三月一八日における普通預金の残高は、金一万一八九九円となった。

(二)  原告は、本件口座(一)について、その全額の支払を求めて本件訴えを提起し、その訴状は、平成三年四月一一日、被告に送達された。

5  その後、原告は、訴えを変更し、本件口座(三)についても、その支払を求め、その訴え変更の書面は、平成三年九月三〇日、被告に送達された。

6  よって、原告は、被告に対し、消費寄託契約に基づき、本件口座(一)ないし(三)の普通預金合計金三四四万六〇〇九円の返還並びに本件口座(二)(三)の普通預金合計金三四三万四一一〇円に対する払戻請求の日の翌日である平成三年三月六日から支払済に至るまでの商事法定利率六分の割合による遅延損害金及び本件口座(一)の普通預金・金一万一八九九円に対する払戻請求の後である平成三年三月一八日から支払済に至るまでの商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実は知らない。

3  第3項の事実は認める。

4  第4項(一)の事実は認める。

5  第6項は争う。

三  抗弁

1  払戻拒絶の正当性

(一) 訴外野口健(以下「訴外健」という。)は、平成三年二月一四日、被告の桜川支店に来店し、原告の夫であると称した上、被告に対し、次の各書面を提出した。

(1)  本件各口座の印章及び通帳並びに本件口座(一)(二)のキャッシュサービスカードを紛失した旨の紛失届

(2)  本件各口座の普通預金は訴外健と原告の共有に属するものであるとの理由を記載した各預金の支払差止依頼書

(二) その際、訴外健は、被告に対し、次の内容の説明をした。

(1)  訴外健と原告は、夫婦であること。

(2)  本件各口座の普通預金は、訴外健と原告の共有財産であること。

(3)  訴外健と原告は、夫婦として同居していたが、原告は、本件各口座の印章、通帳等を勝手に持ち出し、行方不明となった。

(4)  右印章、通帳等については、警察に紛失届を提出する予定であること。

(三) そこで、被告は、訴外健から、健康保険被保険者証の提示を受けて、訴外健の本人同一性を確認するとともに、訴外健と原告が夫婦であることを確認し、さらに、後刻、本件各口座の届出住所に訴外健を訪問した上、訴外健の本人同一性及び訴外健と原告が夫婦であることを再確認し、また、警察に対し、訴外健が警察に紛失届(その内容は警察から開示されなかった。)をしたことを確認した。

(四) 被告が、平成三年三月五日、原告の払戻請求に応じなかったのは、右のような事情があり、預金者が原告であることに疑義が生じたからであって、被告の払戻拒絶は、金融機関として当然の措置であり、正当なものである。

2  弁済供託

(一) 預金者不確知の状況

(1)  ところで、原告と訴外健とは夫婦であったが、右支払差止依頼の前々日である平成三年二月一二日に協議離婚の届出がされていた。

(2)  しかし、訴外健は右協議離婚の無効を主張して弁護士安田孝に解決を委任し、原告は原告訴訟代理人に解決を委任した上、両者が右協議離婚の有効性について交渉・係争することになった。そして、訴外健と原告との間では、本件各預金の帰属についても争いがあり、両弁護士が関与して交渉していた。

(3)  被告は、自らの調査及び両弁護士に対する問い合わせにより、右のような状況を知るに至ったが、このような夫婦であった者の間で共同生活中にされた預金について、その預金の帰属が争われている場合には、預金者がいずれかを判断することは極めて困難であり、一金融機関に過ぎない被告にその判断能力はない。そして、本件においては、双方が弁護士に委任して争っていたのであるから、本件各預金の帰属は、法律問題の専門家である弁護士により、交渉・訴訟提起等を通じて解決・決定されるべきものであり、一金融機関に過ぎない被告が預金の帰属について独自に調査判断し、払戻しをするのは、被告にとっても、また、紛争当事者にとっても相当とは言えない。

(4)  したがって、原告及び訴外健がそれぞれ弁護士に委任した後は、被告において預金者の調査判断の方法がない状況となったというべきであり、また、そのことにつき被告に過失はないというべきである。

(二) 供託

そこで、被告は、両弁護士に対し、本件各預金について弁済供託する旨告げた上、平成三年三月一八日、債権者が原告又は訴外健のいずれであるか確知することができないとして、大阪法務局に対し、本件各預金について、次のとおり、合計金三四七万一一二五円を弁済供託した(約定利率は、年二・〇八パーセント、付利単位は金一〇〇円であり、かつ、利息としての入金額は、約定利息から所得税及び住民税の合計二〇パーセントを控除した金額である。なお、平成三年二月一七日までの利息は、同月一八日に各口座に入金することにより支払われている。)。そして、被告は、供託後も、念のため両弁護士に供託した旨連絡した。

(1)  本件口座(一) 普通預金残額 金一万一八六七円

同日までの所定の利息 金三二円

(2)  本件口座(二) 普通預金残額 金三四五万四七五八円

同日までの所定の利息 金四四一一円

(3)  本件口座(三) 普通預金残額 金五七円

同日までの所定の利息 〇円

四  抗弁に対する認否

1(一)  第1項(一)ないし(三)の事実は知らない。

(二)  同項(四)は争う。

2(一)(1) 第2項(一)(1) の事実は認める。

(2) 同(2) の事実は、そのうち、原告と訴外健との間で本件各預金の帰属について争いがあったことを否認し、その余は認める。原告と訴外健との間では、本件各預金の預金者が誰であるかについて争いはなかった。訴外健は、原告において無断でした離婚届を事後承認する条件として、本件各預金を自己に交付すべき旨要求していたに過ぎない。

(3) 同(3) は争う。

(4) 同(4) は争う。仮に名義人ではなく出捐者が預金者であるとしても、被告は、本件各預金の出捐者について充分調査せずに訴外健と原告のいずれが預金者であるか確知できないとしたものであるから、被告に過失がなかったとはいえない。

3  第3項の事実は認める。しかし、被告は、債権者を確知することができない状況にはなかった。また、仮に確知できない状況にあったとしても、そのことにつき被告に過失がなかったとはいえないから、本件供託は、無効である。

第三証拠<省略>

理由

第一請求原因事実について

一  請求の原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、次に請求の原因第2項(本体各口座の預金者)について判断する。

まず、本件のような普通預金、定期預金等を一括した総合口座の開設行為は、一の契約の締結行為であるから、その一方当事者である預金者は、他方当事者である銀行に対し、自ら若しくは使者によりその申込みの意思表示をし又は代理人をしてその申込みの意思表示をさせた者とすべきである。

そこで、本件について、これを見るに、<書証番号略>、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、本件各口座は、原告が自ら被告の桜川支店に赴き、その所持金を預金することにより原告の名義で開設したことが認められる。そうすると、本件各口座は、原告が自らを契約当事者である預金者と表示した上、自らの意思表示と認められる外形的行為を行って開設したことになるから、原告の右行為が訴外健の使者又は代理人として本件各口座を開設するものであったと認めるべき特段の事情がない限り、原告をもって本件各口座の預金者と認めるべきところ、本件においては、右特段の事情について主張立証はない。

かえって、右各証拠によると、原告と訴外健とが同居を始めた当時、訴外健は定職を有しておらず、原告において、一箇月約一〇〇万円あった自己の収入から二人の生活費を支出していたこと、訴外健は昭和六三年三月ころから約五箇月間、毎月約二〇万円を生活費として一旦原告に手渡していたが、原告から自己の遊興費等としてそれ以上の金員を受け取っていたこと、本件口座(一)は原告が昭和六三年一一月二一日に公共料金の自動引き落としをするため開設したものであること、本件口座(二)は原告において自己の収入から訴外健に内密の蓄えをするため平成二年四月一九日に開設したものであること、本件各口座の預金通帳、届出印鑑及び本件口座(一)(二)のキャッシュサービスカードは常に原告が保管していたこと、以上の諸事実を認めることができるので、原告が、訴外健の使者又は代理人として本件各口座を開設したものでないことは明らかである。

したがって、本件各口座の預金者は、原告と認めるべきことになる。

三  請求の原因第3項の事実(原告による払戻請求の事実)及び同第4項(一)の事実は、当事者間に争いがなく、同項(二)の事実及び同第5項の事実は、当裁判所に顕著である。

したがって、本件口座(一)に関しては、平成三年三月一八日の時点における預金残高金一万一八九九円のうち平成三年三月五日の時点において預金されていた金三一五五円を超える部分(金八七四四円)については、同年四月一一日になって初めて適法な払戻請求がされたことになり、本件口座(三)に関しては、平成三年九月三〇日に初めて適法な払戻請求があったことになる(いずれも、本件訴訟における請求であって桜川支店における通常の払戻請求ではないが、後に判示するような事情により被告において本件各預金を供託している〔この点は当事者間に争いがない。〕状況の下では、適法な払戻請求とみることができる。)。

第二抗弁について

一  まず、抗弁第1項(払戻拒絶の正当性)について判断する。

<書証番号略>、証人深見静良の証言と弁論の全趣旨によると、抗弁第1項(一)ないし(三)の事実を認めることができる。

そして、右各証拠及び弁論の全趣旨によると、訴外健は平成三年二月一四日に被告の桜川支店に来店した際、原告は自己の妻であり、前日の一三日に原告名義の預金口座の通帳、印鑑、キャッシュサービスカードを持って家出した旨及び原告名義の預金には自分が働いて貯めた金が含まれている旨告げた上、右支店の原告名義の預金について、強硬に支払停止を求めたこと、そこで、被告は、調査をして原告名義の本件各口座を捜し出した上、本件各口座について、右に判示した印鑑等の紛失届及び普通預金の支払差止依頼書を提出させたこと、しかし、その際、被告は、訴外健に対し、本件各口座の開設時期、開設申込行為者、預金残高、入金出金等の状況、印鑑、通帳及びキャッシュサービスカードの日頃の保管状況など、預金者が誰かを決定する上で重要な事情について何ら質問をしなかったこと、訴外健は同月一八日にも右支店を訪れ、同趣旨の申入れをするとともに弁護士に依頼して協議離婚の有効性を争っていることを被告に告げたが、被告は、その際にも、預金者を判断するための事情聴取を行っていないこと、以上の諸事実を認めることができる。

他方、<書証番号略>、証人深見静良の証言、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告は、平成三年三月五日に原告訴訟代理人を伴って被告の桜川支店を訪れ前示のように本件口座(一)(二)の預金の払戻請求をしたこと、その際、原告は、右各口座の預金通帳及び届出印を所持しており、各口座は自己が開設したものであり、各預金はすべて自己の出捐したものである旨主張したこと、しかし、被告は、前示のような経緯で訴外健から支払差止めの依頼がされていることを理由に払戻しを拒絶したこと、以上の諸事実を認めることができる。

ところで、前示のような総合口座について、その名義人である預金者が当該口座を開設した店舗に出頭し、自ら預金通帳と届出印とを用いて所定の払戻請求の手続をした場合には、原則として、それにより適法な払戻請求があったというべきであるから、銀行は、右のような事実を前提としてもなお名義人が預金者でないと疑うべき合理的理由がない限り、正当に払戻しを拒絶することができないというべきである。

そこで、この点を本件について見るに、原告の右払戻請求は、本件口座(一)(二)の名義人である原告が、被告の桜川支店に出頭し、預金通帳、届出印を所持して行っているのであるから、要求があれば原告が名義人本人であることを証明する必要がある点を除けば、原告のとるべき措置としては、何ら欠ける点はない。これに対し、被告の把握していた事情は、原告の夫である(又は夫であった)訴外健が、原告名義の預金中に自分の収入から出捐された金が一部含まれているという主張をして預金の全部について支払の差止めを求めているというもの(預金が原告と訴外健の共有であるかどうかは、右の事実を前提とした法的判断である。)であって、訴外健において、本件各口座は自己が妻の名義を用いて開設したものであり、自己が本件各預金の預金者であると主張していたものではないから、訴外健の右主張を前提としても、本件口座(一)(二)の預金者が訴外健であるということにはならない。したがって、本件においては、原告の右払戻請求を拒絶する合理的理由があったとは言えない。

そうすると、前示のように原告から本件口座(一)(二)について適法な払戻請求があった以上、これを拒絶した被告は、遅滞の責めを負わなければならないことになる。

二  次に抗弁第2項(弁済供託)について判断する。

まず、同項(一)(預金者不確知の状況)について判断する。

同項(一)(1) の事実(協議離婚の届出)は当事者に争いはなく、同(2) の事実のうち訴外健と原告がそれぞれ弁護士に委任して、協議離婚の有効性を争っていたことも当事者間に争いがない。しかし、<書証番号略>、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、訴外健は、弁護士を介しての交渉においても、原告が勝手に協議離婚の届出をした旨及び本件各預金中には訴外健の収入から出捐された部分がある旨主張し、離婚を認める条件として、原告において本件各預金の合計額にほぼ相当する金三六〇万円を手切金として支払うべき旨要求していたに過ぎず、本件各口座が自己の口座であるとも主張(すなわち、自己が預金者であるとの主張)はしていなかったことが認められる。

そして、<書証番号略>、証人深見静良の証言と弁論の全趣旨によると、被告は、平成三年三月一八日までに、右のような係争状況について両弁護士から簡単な事情聴取をするとともに、原告から前示の払戻請求があった日の翌日以降に、住民票、戸籍騰本により、右係争が夫婦であった者の間で生じていることの確認をするなど、その裏付け調査をしたに過ぎないことが認められる。

そうすると、右の時点においても、訴外健の主張は、一において判示したところと同様であって、本件各預金中に自己の収入から出捐されたものが一部入金されていることを理由として被告に対して本件各預金の支払差止めを依頼しているというに過ぎず(預金が共有であるということは、右の事実を前提とした法的判断である。)、訴外健において自己が本件各預金の預金者であると主張しているのではないから、預金名義者である原告が預金通帳及び届出印鑑を所持しているという状況の下では、右争いが夫婦であった訴外健と原告との間の争いであることを考慮しても、被告には、原告が本件各口座の預金者であることを疑うべき合理的理由があったとすることはできない(双方が弁護士に委任して争っていることは、被告の債権者確知のための努力を軽減するものではない)。

したがって、右の時点で被告が本件各預金について債権者を確知することができない状況にあったとすることはできず、被告の弁済供託の抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく、失当ということになる。

第三結論

以上において判示したところによると、本件請求は、本件口座(一)の平成三年三月一八日の時点の普通預金残高である金一万一八九九円及び内金三一五五円に対する払戻請求後である同月一九日から、内金八七四四円に対する払戻請求の日の翌日である同年四月一二日からそれぞれ支払済に至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、本件口座(二)の同年三月五日の時点の預金残高である金三四三万四〇五三円及びこれに対する払戻請求の日の翌日である同年三月六日から支払済に至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに本件口座(三)の預金残高である金五七円に対する払戻請求の日の翌日である同年一〇月一日から支払済に至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 橋本佳多子 裁判官 吉田健司は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 岡久幸治)

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