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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4029号 判決 1992年8月26日

原告

向井康郎

ほか一名

被告

奈良谷学

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金二三一一万九〇四〇円及びこれに対する平成二年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金三四九二万四九〇〇円及びこれに対する平成二年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え

第二事案の概要

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生

訴外向井政二及びその妻であるふじゑ(以下「亡政二」、「亡ふじゑ」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)で死亡した。

(1) 発生日時 平成二年一一月二五日午前五時四五分ころ

(2) 発生場所 大阪市北区茶屋町七番一号(国道四二三号線、「以下本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 普通貨物自動車(なにわ四四に七〇二八)

(4) 加害運転者 被告

(6) 被害者 亡政二、亡ふじゑ

(7) 事故態様 被告運転の加害車両が本件事故現場付近道路北行車線を進行中、本件現場において亡政二所有の普通貨物自動車(大阪四五つ四九三四)(以下「被害車両」という。)のパンク修理をしていた被害者らに衝突し、同人らを死亡させた。

2  被告の責任原因

被告は、制限速度を遵守し、前方を注視して運転すべき注意義務があるにもかかわらず、制限速度が毎時四〇キロメートルの本件事故現場付近道路を制限速度を超える高速度で進行するとともに前方注視義務を怠つたため被害者らの発見が遅れ、本件事故を惹起したもので、被告は民法七〇九条に基づき原告らに生じた損害を賠償する責任がある(甲七、弁論の全趣旨)。

3  相続

原告らは、亡政二、亡ふじゑ間の子として、両名の死亡により同人らの被告に対する損害賠償請求権を法定相続分各二分の一の割合で相続した(甲二の1ないし3)。

4  損害の填補

被告から原告らに対し、これまで三〇〇〇万円の支払がなされた。

二  争点

1  過失相殺

被告は、本件事故現場は駐車禁止場所であり、S字カーブで見通しも悪い場所であつたから、亡政二らとしてはパンクの修理をするため止むを得ず駐車する場合には他の交通の妨げとならないように停止表示板を故障車両から五〇メートル後方に置くなどすべきであつたのに、これを五メートル後方に置いたに過ぎなかつたもので、これが本件事故の一因にもなつたのであるから、原告らの過失として斟酌すべきであると主張するのに対し、原告らはこれを争う。

2  損害額、特に亡政二、亡ふじゑの年金、恩給が逸失利益となるか。

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(乙四ないし七、九、一五、一六、一八)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、国道四二三号線高架道路北行きの右に緩やかに湾曲している二車線のうちの左側車線上であり、駐車禁止の規制がされ、また、付近の指定最高速度は時速四〇キロメートルで、本件事故現場の南約七〇〇メートルの地点の左側コンクリート壁にその制限標識が一本設置され、左側車線には南約六五メートルと約三二五メートルの二地点に、右側車線には南約二六五メートルの地点にいずれも速度制限の道路表示がされていたこと

(2) 本件事故現場付近には街灯が二本設置され、また、西側ビルにネオンサインも点滅する明るい場所で、本件事故現場の南方向は前記のとおり湾曲しているが、南方向から進行してくる運転者は、本件事故現場に立つている人間については手前九〇メートルで、しやがんでいる人間については手前六一・四メートルで、また、被害車両の左側非常点滅表示灯は手前約八四メートルで、いずれも認識し得ること

(3) 被告は、加害車両を本件事故現場の後方から進行してくるに際し、緩やかに湾曲しているため、やや見通しが悪いにもかかわらず時速約九六キロメートルで進行し、また、先行車両に気をとられていたため、五六・五メートル手前で初めて亡政二らを発見し、急制動の措置をとつたが及ばず衝突したこと

(4) 亡政二らは、被害車両がパンクしたため、本件事故現場である左側車線左端付近に被害車両を駐車させ、左右の非常点滅表示灯を点灯し、その後方五メートル付近に三角表示板を立てて、後部付近でパンク修理作業を行つていたこと

以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、被告の前方不注視、速度違反の程度は重大であり、亡政二らが三角表示板を被害車両に近接して置いていたこと(亡政二は非常点滅表示灯を点灯していたから、これは道路交通法上の違反ではない。)は過失相殺にあたり斟酌されるべき事情には当たらないというべきである。

二  損害額及び権利の承継

1  亡政二の逸失利益〔請求額一七六二万一七七九円〕 一四七三万二一六九円

(1) 労働能力喪失による逸失利益

証拠(甲二の1、原告向井康郎本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡政二は、本件事故当時七〇歳の健康な男子で、亡ふじゑとともに「向井瓦商店」の屋号で長年、瓦の卸売を業として営んできたことが認められ、右事実によれば、亡政二は、本件事故にあわなければ、なお平均余命の二分の一である六年間就労して年間三二四万九六〇〇円(原告ら主張の自賠責保険損害査定要綱の六八歳以上の男子の平均給与額)の収入を得ることが可能であつたといえるから、生活費控除を三割とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡政二の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり一一六七万七五〇二円(一円未満切捨て。以下同じ)となる。

(計算式) 3,249,600×(1-0.3)×5.1336=11,677,502

(2) 国民年金の老齢年金及び普通恩給受給権喪失による逸失利益

証拠(甲三の2、四、六、一一)によれば、亡政二は、本件事故当時、国民年金の老齢基礎年金を年間四四万七九六二円、普通恩給を年間四七万三五五〇円受給していたことが認められる。

<1> ところで、国民年金法における老齢基礎年金は、被保険者の高齢による所得の減少、喪失によつて生活の安定がそこなわれることを防止することを目的とする年金制度であり、その制度目的に加え、被保険者による拠出制を採つてはいるが、所得がない場合の保険料納付の免除措置、費用の国庫負担制度、無職者も被保険者であることなどの国民年金法の諸規定に鑑みれば、専ら社会保障的見地から被保険者の生活保障を目的とする制度であり、給付される年金は全て被保険者の生活費に充てられることが予定されているというべきである。そうすると、本件事故により喪失した亡政二の得べかりし老齢基礎年金は逸失利益とは認められないことになる。

<2> また、亡政二の受給していた普通恩給は、当該恩給権者に対する生活保障的側面も有するが、損失補償をも目的とするものであるから、他人の不法行為により死亡した者が生存すべかりし期間内に取得すべき恩給受給利益は、その逸失利益ということができる(最高裁昭和四一年四月七日第一小法廷判決・民集二〇巻四号四九九頁、最高裁昭和五九年一〇月九日第三小法廷判決・判例時報一一四〇号七八頁各参照)。そうすると、亡政二は、本件事故にあわなければ、なお平均余命の一二年間、少なくとも年間四七万三五五〇円の普通恩給を取得することが可能であつたといえるから、生活費控除を三割とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡政二の普通恩給受給権喪失による逸失利益の現価を算出すると、次のとおり三〇五万四六六七円となる。

(計算式)473,550×(1-0.3)×9.2151=3,054,667

2  亡ふじゑの逸失利益〔請求額二〇五三万九〇八三円〕 一一〇〇万五九一一円

(1) 労働能力喪失による逸失利益

証拠(甲二の1、原告向井康郎本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡ふじゑは、本件事故当時六四歳の健康な女子で、亡政二とともに「向井瓦商店」の屋号で長年、瓦の卸売を業として営んできたことが認められ、右事実によれば、亡ふじゑは、本件事故にあわなければ、なお平均余命の二分の一である一〇年間就労して年間二三〇万八八〇〇円(原告ら主張の自賠責保険損害査定要綱の六四歳女子の平均給与額)の収入を得ることが可能であつたといえるから、生活費控除を四割とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡ふじゑの逸失利益の現価を算出すると、次のとおり一一〇〇万五九一一円となる。

(計算式) 2,308,800×(1-0.4)×7.9449=11,005,911

(2) 国民年金の老齢基礎年金及び普通恩給受給権喪失による逸失利益

証拠(甲三の1、四)によれば、亡ふじゑは、本件事故当時、国民年金の老齢基礎年金の保険料の納付を済ませ、本件事故に遭わなければ六五歳から年金を受給しえたこと、また、亡政二の死亡後は恩給扶助料を受給する可能性の存したことが認められる。

しかしながら、年金については、逸失利益とは認められないことは前述のとおりである。

また、扶助料は、普通恩給を受けていた者の死亡を契機として、これにより生計を維持し、または、これと生計を共にしていた一定の遺族に支給されるもので、その目的は恩給と同一であるから(前掲最高裁昭和四一年四月七日第一小法廷判決参照)、恩給と同様、受給者の逸失利益と認めるのが相当であり、相続人が相続によりこの逸失利益を取得できるものと解されるが、本件においては、原告らが亡政二の普通恩給受給権喪失による逸失利益を相続するのであるから、原告らが亡ふじゑの扶助料受給権喪失による逸失利益を相続すると同一目的の給付の二重取りを許す結果となつて、不合理であるのみならず、同一目的の恩給と扶助料との同時併存を許し、法の趣旨に反することになるので、扶助料受給権喪失による逸失利益は相続の対象とはならない。

3  葬儀費用〔請求額四六一万一六八四円〕 二五〇万円

証拠(甲五、原告向井康郎本人)によれば、原告らは、亡政二、亡ふじゑの葬儀費用として四六一万一六八四円を按分のうえ支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害は二五〇万円(原告ら各一二五万円)が相当である。

4  原告らの慰藉料〔請求額四八〇〇万円〕 四四〇〇万円

本件事故態様、亡政二、亡ふじゑの年齢、原告らとの関係等の事情を総合考慮すると、原告らにつき各二二〇〇万円(総額四四〇〇万円)が相当である。

5  小計

右によれば、原告らの損害金は各三六一一万九〇四〇円となり、原告らが、本件事故による損害賠償の内金として三〇〇〇万円の支払を受けたことは前述のとおりであるから、これを法定相続分に応じて原告らの損害金に一五〇〇万円宛充当すると、各二一一一万九〇四〇円となる。

6  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は各二〇〇万円と認めるのが相当である。

六 まとめ

以上によると、原告らの本訴請求は、被告に対し、各金二三一一万九〇四〇円及びこれらに対する不法行為の日である平成二年一一月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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