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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4517号 判決 1993年1月20日

原告

横山秀一

右訴訟代理人弁護士

桐畑芳則

河村利行

松村信夫

尾近正幸

被告

キャセイ・パシフィク・エアウェイズ・リミテツド

日本における代表者

ティモシー・クライブ・ブリッジマン

右訴訟代理人弁護士

椿康雄

木村圭二郎

印藤弘二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、一一四万〇六〇〇円及び平成三年七月一一日から年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一事案の要旨

原告は、平成元年五月一四日、大阪国際空港において、大阪発―台北行及び台北発―香港行の航空券またはその搭乗用片部分を提示して、被告の運航している大阪発―香港行の直行便に搭乗しようとした際、被告に拒否されたため、原告と被告従業員間でトラブルとなり、結局、原告は新たに直行便の航空券を購入せざるをえなくなったところ、本件は、原告から被告に対し、右搭乗拒否は被告の債務不履行であり、新たな航空券購入費用相当額(一四万〇六〇〇円)を賠償する義務があり、また、右トラブルの際、被告の従業員が公衆の面前で原告を侮辱し、その名誉を毀損したとして、慰謝料(一〇〇万円)の支払を求めた事案である。

二争いのない事実

1  原告は、次の日時場所において、次の券面額の大阪発―台北行及び台北発―香港行の搭乗用片部分を含む航空券をそれぞれ購入した。

(一) 大阪発―台北行 平成元年四月一六日 於台湾 五万六四〇〇円

(以下「本件航空券①」という)

(二) 台北発―香港行 昭和六三年八月二五日 於香港 四九〇〇香港ドル

(なお、右航空券は、「香港―台北―大阪―台北―香港」の往復航空券の「台北―香港」部分である。以下「本件航空券②」という)

2  原告は、被告に対し、平成元年五月一四日、大阪国際空港において、最終目的地バンコクに行く目的で、本件航空券①②を提示して、大阪発―香港行の直行便(五〇三便)への搭乗を求めたが、被告はこれを拒否した。

原告は、被告の措置に強く抗議するとともに、その理由について説明を求めた。

しかし、被告の態度は変わらず、原告は、当日、商用のため、午前中に大阪を出発しなければならず、他の便に変更することができなかったので、新たに大阪発―香港経由―バンコク行の航空券を購入し、その代金一四万〇六〇〇円を支払った。なお、当時の大阪発―香港行の片道航空運賃は九万五四〇〇円であった。

三争点

1  債務不履行に基づく損害賠償請求について

(一) 被告は、本件航空券①②により、原告を大阪発―香港行の直行便に搭乗させる義務があるか。

(原告の主張)

被告が本件航空券①②を購入した際、次の(1)(2)(3)の全部又はその一部の理由により、被告と原告の間において、被告は原告を大阪発―香港行の直行便に搭乗させる旨の旅客運送契約が成立していたから、これを拒否することは債務不履行となる。仮に右の主張が認められないとしても、(4)のような事情のもとでは、直行便への搭乗拒否は、信義則に反するものであり、搭乗拒否は、旅客運送契約上の債務不履行に該当する。

(1) 原告は、昭和五二年六月ころから本件のころまで、複数回にわたり、被告の大阪発―台北行及び台北発―香港行の二種類の航空券の搭乗用片部分(以下、単に航空券という)を被告に提示して大阪発―香港行の直行便への搭乗の申込みを行い、被告は、その都度、これを承諾してきた。

よって、遅くとも本件のころまでには、原告と被告の間に、黙示的に、原告が被告の大阪発―台北行及び台北発―香港行の二種類の航空券を提示すれば被告は大阪発―香港行の直行便へ搭乗させる旨の継続的旅客運送契約が成立した。

(2) 被告は、自己の顧客一般に対し、昭和六三年八月以前から平成元年七月ころまで、いわゆるスプリットチケットの使用(すなわち、二種類以上の航空券を組み合わせて直行便に搭乗すること)を一般的に認めていた。

ところで、旅客運送契約の内容は、その約款の文言のみではなく、不特定多数の旅客との間の継続的な関係という契約本来の性質上、長期間にわたる運用実績、一般的な取扱いの継続によって、集団としての旅客一般との間で形成されていくものであり、このようにして形成された契約内容は、どの旅客に対しても画一的に適用されるべきである。

よって、原告と被告の間にも、本件航空券①②を購入した際、原告が被告の大阪発―台北行及び台北発―香港行の二種類の航空券を提示すれば被告は大阪発―香港行の直行便へ搭乗させる旨の約定を含む旅客運送契約が成立していた。

(なお、被告の従業員は、原告に対し、「約一週間前までは本航空券による搭乗を認めていたが、社内通達で新たに使用不可が決められたので搭乗を認めるわけにはいかない」旨説明した。これは、右(1)の継続的契約の成立ないし右(2)の約定の存在を前提とする説明に他ならない。)

(3) 「適用タリフ」によると、甲地発―乙地行及び乙地発―丙地行の航空券の運賃の合計額(以下「合算運賃」という)と甲地発―丙地行の直行便の航空券の運賃(以下「直行運賃」という)を比較して、合算運賃の方が高額である場合には、航空会社は甲地発―丙地行の直行便への経路変更を認めなければならない。

よって、被告が本件航空券①②を購入した際、原告と被告の間において、甲地(大阪)発―乙地(台北)行及び乙地(台北)発―丙地(香港)行の合算運賃が甲地(大阪)発―丙地(香港)行の直行運賃より高額である場合には、原告が被告の甲地(大阪)発―乙地(台北)行及び乙地(台北)発―丙地(香港)行の二種類の航空券を提示すれば被告は甲地(大阪)発―丙地(香港)行の直行便へ搭乗させる旨の約定を含む旅客運送契約が成立した。

ところで、本件航空券①の運賃の額は、航空券の券面に記載された金額によるべきである。また、本件航空券②は、香港で購入し、香港―台北―大阪―台北―香港と往復する航空券の「台北―香港」部分であるから、右航空券の「発地国」(航空運賃算定上の概念で、旅行の出発国を意味する。)は香港と解すべきであり、大阪発―香港行の航空券の直行運賃としては、香港を「発地国」とする香港―大阪―香港の往復運賃の半額とすべきである。そうすると、平成元年五月一四日時点で、本件航空券①②の合算運賃は、大阪発―香港行の右直行運賃より高額であった。

したがって、被告は、本件航空券①②により直行便への搭乗を無条件で認めるべきであった。

(4) 被告は、航空法上の認可運賃制や「適用タリフ」(国際航空輸送協会によって定められた運賃等に関する協定で、各国の政府の認可により発効し、航空会社と旅客との契約において援用されるもの)や「経路変更禁止」特約を理由に、直行便への経路変更が許されないと主張するが、次のような実情の下では、そのような主張は信義則に反するものであり許されない。

(イ) 航空法上、航空運賃は運輸大臣の認可を受けなければならず、それと異なった運賃を収受することはできない制度(認可運賃制)となっているが、認可運賃制は形骸化しており、現在、航空各社は、経営政策上、組織的にホールセラーと呼ばれる中間業者に支払う報酬金制度(俗にキックバックといわれる)を利用して、大量の格安航空券を自ら放出している。被告も、本件当時、大量の格安航空券を香港のエージェント(被告が航空券の販売を委託している指定代理店)を利用して公然と発売し、原告がこれを購入して利用していたものである。このように認可運賃制を崩しているのは、原告ら利用客ではなく、被告を含む航空各社や旅行業者であるにもかかわらず、公然と販売された航空券の利用を「認可運賃制」を根拠に拒否することは信義則に反する。

(ロ) 被告は、航空券には「適用タリフ」が適用される旨の記載があることによって、右「適用タリフ」が旅客運送契約の内容になると主張し、本件航空券①②の合算運賃は大阪発―香港行の直行運賃より低額であったとの前提のもとに原告の主張を排斥しようとするが、前述のとおり右前提が誤りであるのみならず、被告の大阪支店や空港事務所には、「適用タリフ」の和訳すら置かれていなかったのであるから、契約内容になると解するのは合理的でない。仮にその適用があるとしても、「適用タリフ」の下では、「方向別運賃格差」(東京発―ニューヨーク行とニューヨーク発―東京行では前者の方が著しく高い)や「飛行距離と運賃の非相関性」(ロスアンゼルス発―東京行とロスアンゼルス発―香港行では、後者の方が飛行距離が長いのに、運賃は前者の方が高い)などの不合理な問題が生じており、このような状況を回避するため、多くの旅行者は、航空券を輸入し、ニューヨークで発売されたニューヨーク発―東京行の往復航空券を利用したり、香港発―東京経由―ロスアンゼルス行の航空券の香港―東京間の搭乗を放棄して、東京から搭乗するなどの工夫(輸入チケット)が行われ、実務上半ば公然と認められている。そればかりではなく、被告を含む航空各社自身、日本発の往復航空券よりも廉価な「呼び寄せ航空券」を発売したり、一般航空券より廉価な運賃が設定されている団体運賃航空券を旅行会社等を通じて大量にバラ売りする「アシ売り」「エアオン」等の格安航空券の販売を公然と行い、「適用タリフ」を遵守していないのが実情である。

このような実情の下では、仮に、本件航空券①②の利用について、発地国を日本と解した結果、直行便の方が高額となり、形式的には右「適用タリフ」により直行便への経路変更が認められない場合であるとしても、その形式的適用を主張することは信義則に反する。

(ハ) 航空券は、本来、甲地(大阪)発―乙地(台北)行の経路及び乙地(台北)発―丙地(香港)行の経路を甲地(大阪)発―丙地(香港)行の経路に変更する限度で、経路変更可能である。本件航空券②の券面には「NON REROUTABLE」(経路変更禁止)のゴム印が押されているが、当初の券面に記載されたものではなく、格安航空券を販売するための便宜的記載にすぎない。のみならず、「適用タリフ」によれば、そのような制約を課することによって、安価な航空運賃を設定することは認められていないから、右制約は無効である。また、実務の運用上もかかる記載は無視されている。仮に無効でないとしても、一方で「適用タリフ」の存在及び有効性を前提に主張をしながら、他方で「適用タリフ」違反の特約の有効性を主張することは信義則に反する

(被告の主張)

被告が直行便への搭乗を拒否したことは、以下の理由により正当であり、原告の債務不履行の主張は、いずれも成立しない。

(1) 旅客運送契約は、旅客が航空券を購入する毎に、航空会社との間で、経路(運送区間)、クラスその他の条件を特定して締結される。したがって、大阪発―台北行の旅客運送契約と台北発―香港行の旅客運送契約は、そもそも別個の二つの契約であるから、これをもって大阪発―香港行の直行便への搭乗を求めることは、契約内容の変更を求めるものであり、被告の承諾が必要である。

(2) 原告の航空券に関する旅客運送契約には、すべて「適用タリフ」の適用並びに運送約款の適用がある旨定められている。そして、「適用タリフ」は、直行運賃が合算運賃より高額となる場合につき、「同一地点間で同一クラスの航路がある場合であっても、常に、公示されている直行運賃が適用され、同種の航空運賃を組み合わせた料金が適用されることはありません。」と規定されている。

右規定は、合算運賃の方が低額の場合は直行運賃が適用されるということを定めたに過ぎず、仮に、甲地発―乙地行及び乙地発―丙地行の各旅客運送契約の合算運賃の額が甲地発―丙地行の旅客運送契約の直行運賃の額を上回った場合でも、契約の変更を承諾するか否かは航空会社の裁量である。そして、契約の変更を承諾する場合にも、被告は、運輸大臣の認可を受けた運賃と異なる運賃を受け取ることは認められないので、二枚の航空券の代金の合計額と直行運賃の差額を乗客に払い戻すとともに二枚の航空券と引換えに直行便の航空券を引き渡すことにより直行便への搭乗を認めている。

ところが原告は、別個に購入した航空券の搭乗用片部分を組み合わせて直行便への搭乗を求めたものであり、右規定はそのような契約内容の変更を請求する根拠となるものではない。

しかも、本件の場合の大阪発―香港行直行便の適用運賃は日本を出発地とする日本発―香港行の片道航空運賃であるから九万五四〇〇円であるところ、平成元年五月一四日における大阪発―台北行の運賃は五万六四〇〇円、台北発―香港行の運賃は邦貨換算二万五一九一円で、その合計額は、右直行運賃より低額である。なお、原告は、「発地国」が香港であると主張するが、本件は「香港―台北―大阪―台北―香港」の航空券の復路である「大阪―台北―香港」の部分を利用しようとした場合ではないから、「発地国」を香港と解する余地はない。

(3) 本件航空券②の券面には「経路変更禁止」と明示されている。

よって、原告は、被告に対し、右航空券に関する旅客運送契約において、経路変更を求めることはできない。

なお、右経路変更禁止特約は「適用タリフ」で禁止されていない。

(4) 原告は、大阪発―台北行と台北発―香港行の二種類の航空券を使用して、大阪発―香港行の直行便への搭乗を求めれば、被告においてこれに応じる義務を有する継続的旅客運送契約が成立していると主張するが、そのような契約関係の成立を認めるためには、同様の取扱を継続してきたことが前提となるところ、被告において、そのような取扱を承認してきた事実はない。仮に、原告ないし旅客一般が、過去に複数回にわたり、二種類の航空券の組合せにより直行便を利用したことがあったとしても、出発前のカウンターは、一時期に多数の旅客が搭乗手続を行うという非常に混雑した状況にあるから、誤って見過ごされたというに過ぎず、不特定多数の旅客と航空会社である被告との間に画一的に適用されるべき旅客運送契約が成立するに足りるような長期間にわたる継続的・一般的な運用がなされてきたものではない。

(5) なお、航空法によれば、外国人国際航空運送事業者は、旅客及び貨物の運賃及び料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならず(一二九条の二)、認可を受けなかったり、認可を受けた運賃もしくは料金によらないで運賃又は料金を収受したときは、五万円以下の罰金に処せられることになっている(一五七条の二)ところ、本件において、直行便への搭乗を認めることは、運輸省の認可を受けた当該直行便の運賃と異なる運賃を収受することになるから、正規の運賃の遵守を要求する航空法の右各規定に違反することになるし、「適用タリフ」にも違反することになるのであって、被告がこれらを認めるはずがない。仮に前記のように見過ごし等から結果的にスプリットチケットの使用を許し、認可運賃と異なる運賃を収受したことがあったとしても、かかる取扱は、航空法に違反するものであり、それが原告の権利となったり、被告がこれを承諾しないことが契約不履行になるような契約関係を生じさせる余地はまったくない。

(なお、被告の従業員が原告に対し前記原告の主張(2)の社内通達に言及したことはなく、また、当時右社内通達は存在しない。)

(二) 債務不履行による損害

(原告の主張)

被告は、原告に対し、直行便への搭乗拒否により原告が蒙った損害を賠償する義務があるところ、原告は、前記のとおり新たに直行便の航空券を購入し、その代金として一四万〇六〇〇円を支払ったにもかかわらず、本件航空券①②を使用する機会を失ったから、新規購入の航空券代相当額が損害である。

(被告の主張)

損害は、大阪―香港間の航空運賃の限度であり、原告が新規に購入したのは大阪―バンコク間の航空券であり、そのうち香港―バンコク間の運賃は問題とならない。

2  不法行為に基づく損害賠償請求について<省略>

第三争点に対する判断

一債務不履行に基づく損害賠償請求について(被告は、本件航空券①②により、原告を大阪発―香港行の直行便に搭乗させる義務があるか)

1  旅客運送契約等による経路変更

(一) 一般に、旅客運送契約は、航空券の購入によって、航空会社と旅客との間に、経路、クラス、運賃等の条件を特定して締結されるものであるから、同契約により変更することが可能とされている場合以外は、原則として、航空会社の同意がない限り、旅客において、一方的にその条件を変更することはできない。

(二) 原告は、「適用タリフ」によれば、合算運賃の方が直行運賃より高額である場合は、航空会社は、直行便への経路変更を認めなければならないと主張するところ、原告が購入した航空券に編綴されている「契約条件」には、次のとおり記載されている(<書証番号略>)。

「(上記と抵触しない範囲内において)各運送人が行う運送及びその他の業務は、①この航空券に記載された規定、②適用タリフ、③この契約条件の一部をなす運送人の運送約款及び関係規則(これらは要求に応じて運送人の事務所で閲覧できます。)の適用を受けます。」

そして、当時適用されていた「適用タリフ」〔国際航空運送協会(IATA)のエアータリフ〕及び被告の「旅客及び手荷物に関する一般運送条項」には、次の規定がある(<書証番号略>、証人薮本)。

(1) 適用タリフ(公示運賃の優先)

同一地点間で同一のクラスに搭乗し、同種のサービスを受ける場合であっても、常に、公示されている直行運賃が適用され、同種の航空運賃を組み合わせた料金が適用されるということはない。

例えば、ニューヨーク―マドリード―チュニス間の直行便の場合に、たとえ、ニューヨーク―マドリード間の航空運賃とマドリード―チュニス間の航空運賃の合計額がニューヨーク―チュニス間の直行便の航空運賃よりも低い場合であっても、公示されているニューヨーク―チュニス間の航空運賃が適用される。

(2) 旅客及び手荷物に関する一般運送条項(運賃の優先)

航空会社の他の規則に定められている場合以外は、同一の地点間で同一の航路を通り、同一のクラスに搭乗し、同一のサービスを受ける場合には、中間地点までの航空運賃を組み合わせた運賃ではなく、公示されている運賃が適用される。

しかしながら、右各規定は、合算運賃が直行運賃よりも低く定められている場合があっても、直行便を利用する以上は、低額の合算運賃によることはできず、高額の直行運賃が適用されることを定めたものに過ぎず、原告の主張するような経路変更請求の根拠となるものと解することはできない。したがって、右規定の反対解釈として、合算運賃が直行運賃より高額の場合は、当然に直行便に搭乗する権利があると解するのも相当ではない。

(三)  もっとも被告は、同一経路の直行運賃と合算運賃を比較して、直行運賃の方が低額である場合は、差額を旅客に払い戻すとともに、複数の航空券(スプリットチケット)と引換えに直行便の航空券を交付して、直行便への搭乗を認める場合もあることを自認しており、また、逆の場合でも、差額の支払を受けることにより、直行便の航空券と引換えて、直行便への搭乗を受け付けることもあることが認められる(<書証番号略>)。

しかしながら、このような取扱は、前記適用タリフ等の規定から直接導き出されるものではなく、各規定の趣旨や航空法を遵守しながら、状況に応じて、旅客に対するサービスとして行われているものと解される。したがって、運賃の精算さえ行えば当然に直行便への変更請求ができるというものではなく、その変更を承諾するか否か、あるいはどのような場合に変更を承諾するかは、被告の裁量によるものといわざるをえない。

しかるところ、被告がどのような場合に差額運賃の精算による直行便への変更を承諾していたのかは明らかでないが、直行便が満席で搭乗できない場合はもとより、①別々に発券された航空券の搭乗用片の組合せによる場合(日本航空等は、このような組合せ搭乗用片による直行便への搭乗を拒否している。<書証番号略>)、②海外で購入された等の事情により、通貨の交換レート等を調査しないと運賃計算ができない場合、③経路変更禁止の制約のある航空券である場合などには、差額運賃の支払があっても直行便への変更を承諾しなかったとしても、裁量の範囲を逸脱したものとみる余地はないものと解される。

そして、本件は右①ないし③のいずれにも該当する場合であるから、原告の提示した二枚の航空券の合算運賃と直行運賃との高低を検討するまでもなく、被告が原告の直行便への搭乗を拒否したのが、旅客運送契約上の債務不履行に該当することとなる余地はない。

なお、原告は、航空券面に記載された経路変更禁止等の制約は、格安航空券を販売するための便宜的記載に過ぎないから無効であると主張するが、そのような制約があることは格安航空券を購入する時点で券面上の記載により明らかなことであるうえ、格安航空券に種々の制約を付加することにより、正規運賃で航空券を購入している旅客との均衡に配慮することは、あながち不合理とはいえない。

また、原告は、「適用タリフ」によれば、前記のような制約を課することによって安価な航空運賃を設定することは認められていないから、そのような制約は無効であるとも主張するが、右のような制約を課すること自体を「適用タリフ」が禁じていると認めるべき証拠はない(<書証番号略>)。

しかも、そもそも本件は、合算運賃が直行運賃より高額の場合とはいえない。すなわち、日本を発地国とする場合、被告が当時販売し、公示していた航空運賃は、大阪―香港間の片道運賃が九万五四〇〇円であるのに対し、大阪―台北間の片道運賃は五万六四〇〇円、台北―香港間の片道運賃は邦貨換算で二万五一九一円(合計八万一五九一円)である(<書証番号略>)。

発地国について、原告は、本件航空券②は、香港―台北―大阪―台北―香港を経路とする往復航空券であり、香港で購入したものであるから、香港を発地国として運賃計算をすべきであると主張するが、香港で購入した往復航空券で香港から大阪に来て、その復路を使用して大阪から香港に行く場合などには、原告の見解もあながち否定できないにしても、本件で原告が提示したのは、右航空券の未使用の復路(大阪―台北―香港)の全部ではなく、その一部に過ぎない「台北―香港」間であり、しかも、原告が右航空券と組み合わせて提示した大阪―台北間の航空券は、台湾で購入した大阪―台北間の片道航空券であり、このような二枚の航空券を使用して搭乗する以上、発地国を香港と解する合理的な根拠はなく、原告が現実に搭乗する日本を発地国と解するほかはない。

(四) 以上の検討によれば、原告の提示した二枚の航空券により大阪―香港間の直行便への変更を求める権利はなく、差額運賃の支払を受けることなく変更を認めることは、前記各規定に抵触して許されないだけでなく、被告は、右各航空券による直行便への搭乗変更を承諾する義務もないことは明らかである。

2  原告の主張する継続的旅客運送契約等

(一) 原告は、原告自身がこれまで複数回、本件のようなスプリットチケットで大阪―香港間の直行便への搭乗を求めたのに対し、被告が承認してきたこと、又は、被告が顧客一般に対し、スプリットチケットの使用を一般的に認めてきたことを前提に、原告と被告間において、黙示的に、スプリットチケットにより直行便に搭乗させる旨の約定を含む継続的旅客運送契約が成立していたと主張するところ、運送契約の内容は、原則として前記各約款によって規定されているところに従うものであるが、これと異なる取扱が継続的かつ長期間にわたって行われ、一般旅客に対し、それが運送契約の内容となっていると理解されるような状況を呈する場合には、慣習により約款の内容が変更されたと解することができる場合もあると考えられる。そこで以下この点について検討する。

(二) 原告は、本件当時まで一五〇回位海外旅行をし、一回の旅行で三回位は搭乗手続(チェックイン)をすることになり、その間、スプリットチケットで直行便に搭乗できたことが原告自身三回(香港から大阪行の直行便に搭乗したのが日本航空と被告と各一回、大阪から香港行の直行便に搭乗したのが被告の一回)あり、他に同様の事例を二件知っているという(<書証番号略>、原告)。しかし、原告の説明は、単にスプリットチケットで直行便に搭乗した事例をいうにすぎず、その時期や組み合わせた航空券の価格、経路等の詳細は不明であり、それが違法な搭乗を許した事例になるのか否かも判然としない。

被告においては、本件の一年以上前に、社内の合同会議で、大阪―台北、台北―香港の航空券を所持している場合、直行便を予約していても、乗客が新たに航空券を購入しない限り、直行便(五〇三便)への搭乗を認めない旨を確認し、社内に連絡事項として伝達していることが認められる(<書証番号略>)ことからすれば、被告が主張するように、出発前の混雑した搭乗手続の際に誤って見過ごされたと解することも可能である(<書証番号略>)。

仮に被告において、右連絡事項の伝達以前に一時的に右連絡事項と異なる方針を採っていたことがあり、原告の指摘する事例が、航空法や「適用タリフ」等に違反する搭乗を許したものであったとしても、右の程度の回数では、到底継続的かつ長期的な取扱の変更とはいいがたく、このような取扱が運送契約の内容となるに至ったとは考えられない。

(三) また、原告の提出した週刊誌等の資料によれば、スプリットチケットの欠点は、途中で飛行機を乗り継ぐのが面倒なことであるとして、同一便名のフライトで目的地まで行く便を探し、荷物を機内に持ち込む等の工夫をすれば、実質的には通しで乗ることができることがあること(<書証番号略>)、航空会社によってはスプリットチケットでの搭乗を拒否する会社もあり、途中で降りる飛行機を使用せざるを得ないこと(<書証番号略>)、海外で買った航空券を日本へ輸入して途中区間を省略して使うのは、航空法の規定では不正使用になるので、日本からそのチケットで乗りたいのなら、正規運賃との差額を支払えと、厳しくチェックしていること(<書証番号略>)等が紹介されており、これらの記載からも、原告が主張するようなスプリットチケットで直行便に搭乗できる取扱が一般化している状況はまったく窺えない。

他に被告が顧客一般に対し、スプリットチケットによる直行便への搭乗を一般的に許していたと認めるに足りる証拠はなく、原告の指摘する事例のみから、原告の主張するような内容の運送契約が成立していたと解することはできない。

3  信義則違反の主張

原告は、認可運賃制の形骸化等を理由に、被告が航空法の諸規定や「適用タリフ」や運送約款の形式的適用を主張することは、信義則に反すると主張する。

確かに、各航空会社が中間の旅行業者に正規運賃で販売したうえ、その業者に報酬金を支払うことにより、実質的に格安の航空券を販売しているのと同様な実情が窺われたり、団体扱いの航空券をバラ売りし、それを航空会社が黙認するだけでなく、自らも廉価な「呼び寄せ航空券」を発売しているような状況も見られ、公正取引委員会の「政府規制と競争政策に関する研究会」さえ平成四年春にまとめた報告書のなかで「認可運賃は形骸化しており、市場の実態に応じて弾力的に運賃を決められるよう、制度を改善すべきだ」と提案しているような状況にあることが認められる(<書証番号略>)。

また、従来(本件当時)IATAの航空運賃算定方法は、それぞれの区間毎に米ドル建又はポンド建で定められている基準運賃を、通貨の交換レートの変動に対して、調整要因(PAF)により調整し、その後でIATAの定めた交換レート(ICR)に従って計算し直して、それぞれの国における通貨での運賃を計算するものであったが、PAFが有効に機能せず、ICRも昭和四八年二月から凍結されていたため、現実の通貨の交換レートと大きな格差を生じ、方向別運賃格差が大きくなり、輸入航空券問題などを惹起していたことは、被告も認めるところである。

このような実情の下で、旅客がより安い海外旅行をするために、様々な工夫をすることは、あながち責められないことであり、また、各航空会社が経営政策から必ずしも一貫した対応をしていないことが窺われることも、旅客に思惑を生じさせる一因となっていることは否めない。したがって、公正取引委員会が指摘するような制度の改善が図られ、不合理な運賃格差が生じないようにIATAの運賃算定方法を改善する必要があったことはいうまでもない(本件直後の平成元年七月一日にも改善が試みられている)。

しかし、認可された運賃を収受すべきことは、航空法により強制されている事柄であり、罰則も定められているのであって、認可運賃制を潜脱するような取扱が一部でなされているような実情があったとしても、それだけて正規運賃の収受が許されなくなる道理はないというべきである。もっとも、形骸化した取扱が一般化している中で、原告のみを特段の事情もなく差別するような事情があれば格別であるが、前記のように、少なくとも本件のようなスプリットチケットの利用方法は一般化しているとはいえないし、原告のみを差別的に取り扱ったと認めるべき状況もない。

そうすると、被告が原告の提示した二枚の航空券により、直行便への搭乗を拒否するについて、航空法の規定や「適用タリフ」や運送約款を根拠とすることが信義則に反すると解する余地はない。

4  よって、被告の搭乗拒否が運送契約の債務不履行であるとの原告の主張は採用できず、債務不履行に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二不法行為に基づく損害賠償請求について(原告に対する名誉毀損等の権利侵害の有無)<省略>

三よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官新堀亮一 裁判官清水俊彦)

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