大判例

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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4961号 判決 1992年12月21日

原告

甲本二郎

右訴訟代理人弁護士

斉藤真行

井上直行

被告

大池市場協同組合

右代表者理事

三谷智恒

右訴訟代理人弁護士

田浦清

主文

一  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金六七四万五〇〇〇円及び平成四年一一月以降毎月二五日限り金三五万五〇〇〇円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文第一、二項と同旨

第二事実及び争点

一  前提となる事実

1  当事者の関係(当事者間に争いがない)

被告は、肩書き住所地に主たる事務所を置き、同所所在の大池市場の施設の運営及び維持等の事業を行う協同組合である。被告は、昭和六二年四月ころ、市場の活性化を図るため大改装を行い、市場内に被告の組合員が出資して設立した株式会社サンパンド(以下、訴外会社という。)を経営主体とするスーパーマーケット方式の店舗サンパンド大池(以下、本件店舗という。)を設置した。

原告は、昭和六二年五月ころ、被告に雇用され、同時に本件店舗で働くため訴外会社の出向社員となった。同年九月ころからは、本件店舗の店長となり、後記解雇までその職にあった。

2  大池市場内の営業形態(被告代表者本人)

大池市場においては、本件店舗を中心にこれを取り囲む形で被告の組合員が各自の小売店舗を構えている。市場の顧客は、小売店舗(ただし、例外扱いとなっている三店舗を除く。)で買い求めた商品も本件店舗で購入した商品と共に本件店舗内のレジスターを通して代金を支払う形態となっている。

3  別件訴訟の経過(<証拠略>・原告本人・被告代表者本人)

被告は、平成元年七月二六日、大池市場内の店舗で鮮魚等の小売業を営んでいる原告の父甲本太郎(以下、訴外太郎)及び岩永雄二に対し、同店舗の明渡請求訴訟を提起した(以下、別件訴訟という。)。右訴訟は、第一、二審とも被告が勝訴し(第一審の判決言渡日は、平成二年一一月一三日である。)、現在最高裁判所に継続中である。

4  年次有給休暇の申請と時季変更権の行使(<証拠略>原告本人・被告代表者本人)

別件訴訟の控訴審における口頭弁論期日が平成三年三月二二日と指定され、この期日に訴外太郎及び被告代表者の各本人尋問が実施されることになった。原告は、訴外太郎に付き添い裁判所に出向くため、同月五日、口頭で、同月一七日文書で、それぞれ被告に対し、同月二二日終日を休暇とするとの年次有給休暇の時季指定権を行使し、右文書は同月二〇日被告に送達された。被告は、これに対し、同月二一日、「休暇日平成三年三月二二日は店舗運営上、特にレジ回り管理をできる人がなく支障をきたすので認められない。有給休暇日として平成三年三月二三日を取るよう通知いたします。」と記載した書面を原告に交付することにより時季変更権を行使した。

原告は、これにもかかわらず、同月二二日、昼前から午後四時三〇分ころまで職場を離れ、訴外太郎に付き添って裁判所に出向いた。

5  解雇通告(<証拠略>原告本人・被告代表者本人)

被告は、平成三年三月二六日、本件店舗の事務所で、原告に対し、口頭で解雇を通告し、同日までの給与及び解雇予告手当を提供した(以下、本件解雇という。)。原告は、この受領を拒否した。なお、被告には懲戒解雇処分について定めた就業規則等は存在しない。

6  原告の給与(<証拠略>・原告本人・弁論の全趣旨)

被告は、原告に対し、本件解雇前、毎月二五日、基本給金二八万五〇〇〇円及び職務手当金七万円の合計金三五万五〇〇〇円の給与の支払っていた。

二  争点

本件解雇は有効か。

(被告の主張)

被告は、解雇事由として、以下の事由を主張する。

1 職務放棄

原告は、平成元年一〇月一六日を始めとして、一〇数回に渡り、業務命令に違反して別件訴訟の傍聴等のため、職場を離れた。特に、平成三年三月二二日については、原告の時季指定に対し、被告が被告代表者が法廷に出頭する必要があった(本人尋問のため)ため事業の正常な運営を妨げるとして時季変更権を行使し、当日の勤務を命じたにもかかわらず職場を離れた。しかも、原告は被告の右行為に対する始末書の提出要求にも応じなかった。

2 文書の無断複写

原告は、平成三年三月二二日までに、被告事務所に備え付けられていた文書を密かに複写し、別件訴訟における証拠として提出したにもかかわらず、この事実を認めなかった。原告の右行為は、被告との信頼関係を破壊するものである。

3 店長職務の不履行

原告は、本件店舗の店長として、本来、商品発注、点検、陳列、顧客の苦情処理、レジスターへの商品値段の登録、アルバイト等人員配置、レジスターの随時増減等の職務を行い、また、被告の役員等とも本件店舗の活性化につき常に協議すべき立場にあった。然るに、原告は、右職務の一部を放棄し、また、被告代表者らの要請にもかかわらず本件店舗の「店長室」に常駐せず、バックヤードにある倉庫に引きこもる等して被告役員等との接触を回避し、店長の責任を果たさなかった。

4 原告の不正行為

原告は、平成元年二月二一日、同人の妻の買い物につき、故意にレジスターを操作する等の不正行為をした。被告は、原告が右行為以外にも不正行為をしたとの疑いは持ったものの、追及せず、原告が反省し改心することを誓ったので、一年間店長手当半額の減給処分をした。

なお、実際には、右減給処分は六ケ月間に短縮された。

(原告の主張)

1 被告の主張に対する反論

(1) 被告の主張1に対して

原告が業務命令に違反して職場を離れた事実はない。平成三年三月二二日については、被告の時季変更権は、原告の時期指定が事業の正常な運営を妨げる場合に該当しないから違法である。したがって、原告がこれに従う義務はない。

(2) 同2に対して

被告の主張する文書は、被告の組合員に回覧された総会通知である。自らが組合員である原告がこれを複写して別件訴訟の資料としたとしても何ら非難される筋合いはない。

(3) 同3に対して

原告の店長としての職務は相当程度限定されたものであった。また、原告がバックヤードにある倉庫で仕事をすることは被告代表者が承認していたことである。

(4) 同4に対して

被告が主張するとおり、原告は、この行為により既に処分を受けているのであるから、これを解雇事由す(ママ)ること自体が不当である。

2 本件解雇は、被告が、別件訴訟の被告と親子である原告を嫌悪し同人を排除する目的で、ささいな出来事あるいは既に解決済みの出来事を殊更取り上げて行ったものであるから解雇権を濫用したものとして無効である。

第三争点に対する判断

一  被告の主張1について

1  年次有給休暇申請までの職務放棄

<証拠略>・原告本人・被告代表者本人によると、原告は、別件訴訟に出頭する訴外太郎に付き添うためあるいはこれを傍聴するため口頭弁論期日に裁判所に出向いたこと、右回数は、本件解雇までに一〇回程度であったこと、原告は、年次有給休暇の制度を知らなかったので、本件解雇の直接の切っ掛けとなった平成三年三月二二日の年次有給休暇の指定以外は、職務免除の申請をしていたこと、被告は、被告代表者が裁判に出向く場合は、本件店舗で後記店長の職務を果たす者がいなくなるとの理由で右職務免除申請を許可していなかったこと、にもかかわらず原告は職場を離れていたことが認められる。

そこで、原告の職場離脱が、被告の業務に与えた影響につき考えるに、<証拠略>には、職場離脱による具体的影響として種々の記載がある。しかし、被告代表者本人によると、同人が、原告の職場離脱により実際に生じたトラブルとして把握しているのは、この内、平成二年九月にあったレジスターのトラブルによる顧客への迷惑と顧客の苦情処理ができなかったことのみであることが認められることに照らすと、前掲各証拠中の記載は必ずしも事態を正確に述べたとは認められず、原告の職場離脱が被告の業務に実質的な支障となっていたとまで認めるのは困難である。さらに、原告本人・被告代表者本人によると、被告は、原告の右職場離脱を理由に、平成二年冬期のボーナスを三〇パーセントカットする処分を行っていることが認められることからすると、この職場離脱については既に処分済み(第一審の言渡日が平成元年一一月一三日であり、第二審の第二回口頭弁論期日が平成三年三月二二日であることからすると、本件解雇以前の原告の職場離脱は、そのほとんど全てが平成二年中の出来事であると認めてよい。)であること、この職場離脱が年次有給休暇の制度を知らない原告の無知によるものであることを併せ考えると、この職場離脱は未だ解雇事由となるほどの職務違反とはいえない。

2  平成三年三月二二日の職務放棄

使用者は、労働者が年次有給休暇の時季指定をしたときは、事業の正常な運営を妨げる事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、労働者の指定によって年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務は消滅する。そして、労基法が、使用者に対し、できるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう状況に応じた配慮をすることを要請していることからすると、仮に業務の運営にとって不可欠な者が年次有給休暇の指定を行った場合であっても、使用者が代替要因確保の努力をしないまま直ちに時季変更権を行使することは許されないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件店舗における店長の職務は後記三1で認定するとおりであり、被告代表者本人によると、店長職を代行する立場にあり現にこれを行っていたのは被告代表者一人であることは認めてよい。しかし、それまでの原告の職場離脱により被告が蒙った業務上の支障が前記1で認定した程度であったこと、被告代表者本人によっても、当日原告が休暇を取ったにもかかわらず被告の業務に具体的支障はなかったと認められることからすると、そもそも、原告が当日の被告の業務の運営にとって不可欠な者であったとは認められない。のみならず、右店長の職務が、一日の年次有給休暇の指定に対処するため代替要員を確保することが困難な職務であるとは到底いい難いにもかかわらず、被告が、原告が行った時季指定の後代替要員を確保すべく努力をしたと認めるに足りる証拠はない。とすると、被告の行った時季変更権の行使は無効であるから、原告には平成三年三月二二日の就労義務はないものというべきであり、同日の職務放棄が解雇事由になるとの被告の主張は失当である。

二  被告の主張2について

(証拠略)・原告本人・被告代表者本人によると、原告は、本件店舗店長室の机上にあった書類綴りの中から「定例総会のお知らせ」と題する被告作成の書面を被告に無断で複写し、別件訴訟の証拠として提出したこと、原告は、本件解雇通告以前には右事実を否認していたこと、しかし、右書面自体は、被告代表者自身が被告の定例総会開催の通知であり秘密に渡る事項が記載されているわけではないことを自認していること、同書面は原告にも回覧され同人はこれを知り得る立場にあったことが認められる。右事実によると、原告の右行為が正当なものであるとはいえないとしても、その態様及び実害の程度から考えてこの行為自体は未だ解雇事由となるほどの不正行為とはいえない。

三  被告の主張3について

1  (証拠略)・原告本人・被告代表者本人によると、本件店舗は、社員二名(原告及び事務員)とパートで勤務している五ないし六名のレジスター係で運営されていること、原告は、遅くとも平成元年以降は店長手当として月額金七万円を支給されていたこと、店長に昇格した当初は、商品の仕入・陳列棚への配列・特売商品の発注・値付け等の商品管理、レジスターへの登録操作・レジスター係の配置ローテーションの作成等のレジスター管理、客の苦情処理、特売のチラシ・宣伝ビラの作成等の広告業務、紙詰まり・ビニール袋の調達等の雑用をその職務として行っていること、原告の仕事振りにつき、別件訴訟が始まるまでは、被告組合員からの苦情が寄せられるようなことはなかったこと(ただし、後記四の不正事件を除く)、しかし、別件訴訟が始まってからは、レジスターの配置ローテーションの作成を行わなくなったり、バックヤードにある倉庫に引きこもって仕事をし(被告代表者本人によると、同所に仕事に必要な机を入れたのは被告であることが認められる。)被告組合員と接触しなくなったりすることで被告組合員から苦情が寄せられるようになったことが認められる。

2  右事実によると、殊に別件訴訟が提起されて以後、原告と被告組合員らとの間には不信感が生じ、本件店舗の円滑な運営に支障が生じていることは認めてよい。

しかし、原告が店長の職務のどの部分を怠っているのかにつき、これを具体的に認定できる証拠はない(ただし、前記レジスター係のローテーション配置の件を除く。)ことからすると、前記不信感が生じた大きな要因は、原告が別件訴訟につき訴外太郎の息子として被告と対立する行動を取ることに対する被告組合員らの感情的反発にあるとも考えられ(原告がこのような立場を取ること自体を非難できないのは当然である)、結局原告が店長の職務を履行していないとまではいえないからこの点に関する被告の主張も失当といわざるを得ない。

四  被告の主張4について

1  (証拠略)・原告本人・被告代表者本人によると、原告は、平成元年二月二一日、妻が本件店舗で買い物をした際レジスターを不正に操作したこと、被告はこれに対し、店長手当の半額の減給処分をしたこと、しかし、反省の情を認めてこれを六ケ月に短縮したこと、右処分時に誓約書(<証拠略>)の提出を求めたが原告はこれを提出しなかったこと、その後誓約書の問題は有耶無耶になったことが認められる。

2  右事実によると、原告の不正行為は店長たる立場に鑑みその責任は極めて重いというべきである。しかし、被告は、これを理由に前記減給処分を行っているのであり、右事由をそれから二年以上も経過した本件解雇の事由とすることは、本件解雇が懲戒解雇の実質を有するものであることからすると、同一の事由につき再度その責任を追及し、原告に二重の不利益を蒙らせることになり許されないものと解するのが相当である。したがって、原告の不正行為を解雇事由とする被告の主張もまた失当である。

五  以上によると、被告が解雇事由として主張する事由のみで本件解雇を社会通念上相当なものとして是認することはできないから、本件解雇は解雇権を濫用したものとして無効といわざるを得ない。

第四結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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