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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)6017号 判決 1992年3月26日

原告

池原薫

被告

吉本光宏

主文

一  被告は、原告に対し、金一五一万四三〇〇円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、金三五六万四三〇〇万円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自転車に同乗中普通乗用自動車に追突されて負傷したとする者が、右普通乗用自動車の運転者兼運行供用者に対して、民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(以下の事実のうち、証拠を挙示したもの以外は当事者間に争いがない。)

1  次のとおり交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年五月七日午前〇時三五分頃

(二) 場所 奈良県吉野郡大淀町大字下渕一九五番地先路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(奈良五八た三九七八)

(四) 被害者 訴外新田明博運転の自転車に同乗中の原告

(五) 態様 加害車が後方から右自転車に追突して原告をはねとばし負傷させた。

2  被告は、本件事故当時加害車を所有し、自ら運行の用に供していたので、自賠法三条により、原告の負傷によつ生じた損害を賠償すべき責任がある。

また、被告には前方不注視の過失があるので、民法七〇九条により右損害を賠償すべき責任がある。

3  原告は、昭和四六年五月六日生(当時一九歳)の女性である。(甲二ないし五、原告本人)

4  原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫創、右足挫創、右足舟状骨骨折、第一楔状骨骨折、頸椎捻挫の傷害を受けた。(甲二ないし五、乙一二、原告本人)

5  原告は、右傷病の治療のため、大淀病院に平成二年五月七日から同月一七日まで一一日間入院し、同月一八日から同年一二月一八日まで通院した(実通院日数二六日)。

6  本件事故により、<1>原告の右頬部に、長さ一・二センチメートル、〇・七センチメートル、〇・五センチメートルの三個の傷痕、<2>右額に長さ二・二センチメートルの縫合痕、<3>右足背部に長さ八センチメートルの縫合痕がそれぞれ残つた。

7  原告の右傷痕は、自賠責保険の関係では、いずれも長さが不足するとして後遺障害別等級表所定の等級に該当しない旨の認定を受けた。

8  原告は、本件事故による入院期間中の雑費として、金一万四三〇〇円を要した。

二  争点

本件の争点は、本件事故による原告の損害額であるが、その中心的な点は、次の二点である。

1  相当な慰藉料(傷害分)の金額

2  後遺障害による損害(逸失利益、後遺障害による慰藉料)の有無及びその金額

この点について、原告は、前記一6記載の醜状痕及び神経症状(手のしびれ、手の痛み、肩の凝り、頸の痛みなど)が残り、これらを総合すると後遺障害別等級表の一二級(一四号)には該当する旨主張する。

これに対して、被告は、顔面の傷痕、右足の傷痕は色が薄く、凹凸がなく、人目につき醜状痕とはいえないと主張し、神経症状の存在も否認する。

第三争点に対する判断

一  原告の損害額について。

1  入院雑費(原告主張額金一万四三〇〇円) 金一万四三〇〇円

前記のとおり、当事者間に争いがない。

2  慰藉料(原告主張額金一〇〇万円) 金八〇万円

前記第二、一記載の本件事故態様、原告の傷害内容、入通院期間、原告の年令のほか、原告は約一月間足関節をギプス固定していたこと(甲二ないし四)、平成二年九月末ころには骨折部の骨癒合が良好な状態になつていたこと(甲三)、頸部の受傷に対しては保存的な治療がなされたこと(甲四)、同年一二月一八日には原告に対する治療が中止されたこと(甲四)など本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて受けた原告の肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料(傷害分)としては、金八〇万円が相当である。

3  後遺障害による損害(原告主張額金二一七万円) 金五〇万円

(一) 前記のとおり、本件事故により、<1>原告の右頬部に、長さ一・二センチメートル、〇・七センチメートル、〇・五センチメートルの三個の傷痕、<2>右額に長さ二・二センチメートルの縫合痕、<3>右足背部に長さ八センチメートルの縫合痕がそれぞれ残つたが、右傷痕は、自賠責保険の関係ではいずれも長さが不足するとして後遺障害別等級表所定の等級に該当しないとされた。

これらの傷痕が、仮に自賠責保険の関係での後遺障害認定基準に達するものでなかつたとしても、それだけで損害賠償の対象となる後遺障害が残存しなかつたということになるのではなく、損害賠償(とくに慰藉料)の対象となる後遺障害といえるか否かは、その傷痕の部位、大きさ、色、他人から目につきやすいものか否か、通常、傷痕の残つた本人にとつて、気になるようなものか否か、化粧等により隠れるものか否か、被害者の性別、年令、職業等諸般の事情を総合して考慮、判断するべきものであるところ、証拠(甲五、検甲一ないし五、原告本人)によれば、原告の<1>の傷痕は、大きさ自体は比較的小さいものの、人目につきやすい部位である上、薄墨を引いたような黒色の色素が沈着し、化粧をしても完全に隠すことができず、接待客(原告はコンパニオンをしている。)からも右痕跡を指摘されることがあり、本件事故当時一九歳の未婚の女性であつた原告が最も気にしている瘢痕であること、<2>の縫合痕は、大きさは<1>に比べて大きいが、額の髪のはえ際に存し、前髪を垂らせば人目につかなくなり、原告自身も<1>に比べれば気にならないと感じていること、<3>の縫合痕は、比較的人目につきにくい部位ではあるが、瘢痕化してしまつていることが認められ、これらの事情を総合すれば、原告の痕跡は、慰藉料によつて慰藉するのが相当な程度に至つているといわざるを得ない。

(二) 原告に、本件事故により神経症状の後遺障害が残つたことを認めるに足りる証拠はない(甲五の後遺障害診断書には、原告の自覚症状として、後頸部の筋緊張と時々重苦しい疼痛がある旨の記載があるが、右自覚症状に対応するような他覚的所見は一切認められず、右症状が存在したこと自体断定しがたい。また、甲七の診断書には、左伝音性難聴と診断された旨の記載があるが、これが本件事故によるものか否かは、右診断書の記載自体からも明らかではなく、本件事故による後遺障害と認定することはできない。)。

(三) 以上の事実に基づいて、原告の後遺障害による損害について判断する。

(1) 後遺障害による逸失利益。

原告には、本件事故により、前記<1>ないし<3>の痕跡が残つたものであるが、これによつて、原告の労働能力に制限が加えられたり、現在または将来に減収が生じる蓋然性があることを認めるに足りる証拠はなく、原告に、本件事故に起因して、後遺障害による逸失利益が生じるとは認め難い。

(2) 後遺障害による慰藉料。

前記認定の諸般の事情を総合すれば、前記<1>ないし<3>の痕跡が残つたことにより原告が被つた精神的苦痛を慰藉するのに相当な慰藉料の金額としては、金五〇万円が相当である。

4  物損(原告主張額金六万円) 金六万円

証拠(乙五、六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故によつて原告所有の自転車が破損したが、その時価は約二万円であつたこと、また、本件事故により、原告が身につけていたハイヒール、カーディガン、ブラウス、ズボンが損傷したが、その時価は四万円を下らないことが認められる。

5  弁護士費用(原告主張額金三二万円) 金一四万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金一四万円と認めるのが相当である。

二  以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、被告に対して、金一五一万四三〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である平成二年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 本多俊雄)

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