大阪地方裁判所 平成3年(ワ)6052号 判決 1991年12月25日
第三 第一事件の争点に対する判断
一 争点(一)(差止・廃棄請求の当否)について
1 証拠(甲五、乙一~七、八の1、2、九~一二、一三の1~4、検甲一~三の各1、2、証人宮本英雄)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、徳島県内を中心に二四の店舗を持ち、衣料品等の販売を行つているものであるが、台湾において衣料品を買付ければ安いということで、試験的に衣料品を買付けることにした。しかしながら、昭和六三年当時、被告は海外での商品買付けについて知識も経験もなかつたため、かねてより商品を仕入れていた丸紅に依頼し、同社を介して輸入することとした。
(二) 被告担当者宮本英雄(当時被告の婦人・子供衣料のマネージヤー、以下「宮本」という。)らは、昭和六三年一〇月一一日から同月一五日までの間丸紅担当者とともに台湾に出張し、同社台北支店から買付先として達人公司(「達人」は現地語で「ターセル」と発音する。)を紹介され、同月一二日丸紅担当者とともに同公司へ赴いた。宮本は、同公司で見せられた商品見本の中で本件トレーナーが気に入り、カタログを見て色やデザイン等を選定して本件トレーナーを注文した。その際、宮本は、同行していた丸紅担当者からは何等の注意も受けず、また、同公司の担当者からは本件トレーナーはセントギヤルズ(東京の販売業者)にも納品している旨を聞かされたため、本件トレーナーがいわゆるコピー商品(本件商標権・本件著作権侵害組成品)であるとは思いもしなかつた。
(三) 本件トレーナーは全て、昭和六三年一二月八日ころ被告の配送センターに届けられ、そこから直接被告経営の各店舗に送られ、被告は直ちに店頭販売を開始した。
(四) 原告松村は、被告に対して、平成元年一月一三日付警告書により、本件トレーナーが本件商標権及び本件著作権侵害組成品であるから、本件トレーナーの販売を停止し、更にその販売数量等を文書で回答するよう警告した。
(五) 被告は、右警告書を受領後調査して初めて本件トレーナーに附された本件商標と「INC」との間に「<R>」(登録商標であることの表示)がついているのに気付き、原告松村代理人宇津呂雄章弁護士に対して、同月二一日付回答書により、本件トレーナーの買付け及び販売の内容、並びに今後本件トレーナーを販売する場合は原告松村より仕入れて販売する旨を回答した。
2 右認定の経緯からすると、被告は本件トレーナーが本件商標権・本件著作権侵害組成品であることを知りながら、これを販売したとは認められない。このことに、前示のとおり被告は既に本件トレーナーを販売又は紛失してその在庫品を有しておらず、現在本件トレーナーを販売していないし、将来販売する意思もないこと(乙二、証人宮本英雄、弁論の全趣旨)を合わせ考慮すると、被告が将来本件商標権・本件著作権侵害組成品を販売するおそれがあるとは認められず、原告松村の本訴差止・廃棄請求は理由がない。
二 争点(二)(損害賠償請求の当否)について
1 原告松村は、被告の本件トレーナー販売当時、自ら業として本件商標を使用してトレーナーシヤツ等を製造・販売していた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、原告松村の本訴損害(被告の得た利益相当の損害)賠償請求につき商標法三八条一項の適用がないことは明らかである(なお、慰謝料の対象となる無形損害についてはその性質上右法条を適用できないから、無形損害については別に検討する。)。
次に、原告松村は同条二項(当該商標使用料相当額を損害額とみる規定)の適用を主張しているものと解されるので、以下検討する。
2 証拠(甲六の1、2、七の1~6、八の1~12、九の1~10、一〇及び一一の各1、2、原告松村)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告松村は、かつて「松村商店」との商号で衣料品の製造・販売業を営んでいたが、昭和六一年一一月これを法人化して原告会社(代表者は原告松村)を設立し、原告会社が原告松村の右営業を承継した。もつとも、原告会社は、その実質は原告松村の個人経営に等しいもので、その規模も従業員二名を擁する程度で、商品の製造(縫製)は全て外注である。
(二) 原告会社は、昭和六二年五月二七日、ホワード株式会社東京本社(以下「ホワード」という。)との間に、本件商標及び原告松村が当時商標登録出願中の図柄等(以下、一括して「サチコブランド」という。)を附した、原告会社製造に係る商品(衣料品、手袋、ハンカチ、バツグ、フアンシーグツズ、文房具。以下「サチコブランド商品」という。)の独占販売契約(有効期間同年六月一日から三年間)を締結し、そのころから、ホワードに対し、サチコブランドを附したトレーナーシヤツ等の衣料品を継続的に販売している。
(三) 右契約締結の際、原告会社、原告松村及びホワードの三者間で交わされた覚書では、原告松村が原告会社に対して本件商標権等につき専用実施権を許諾する予定である旨が記載されている。右契約は、平成二年五月一一日に更新された(有効期間同年六月一日から三年間)が、右専用実施権設定登録は未だになされていない。
(四) 原告会社は、ホワードに対するサチコブランド商品の販売額の三パーセント程度をサチコブランドの使用料として計上しているが、原告松村に対して右使用料を支払つている形跡はない。
3 右認定事実及び弁論の全趣旨によれば、(一) 原告会社は、原告松村が本件商標権の設定登録をした直後である昭和六二年二月ころ、原告松村から、本件商標権につき無償の通常実施権(原告松村は原告会社から実施料を徴収しない)の許諾を受けたこと、(二) 右通常実施権は実質上専用実施権と同視し得る独占的通常実施権である(第三者に本件商標権の実施権を許諾し得るのは原告松村ではなく原告会社である)こと、(三) 被告の本件トレーナー販売当時、業として本件商標を使用して本件商標の指定商品と同じ被服に属するトレーナーシヤツ等の衣料品を製造しこれをホワードに販売していたのは、原告松村ではなく、原告会社であつたことが認められる。従つて、原告松村は損害賠償請求の関係においては、本件商標権につき実質上無償の専用実施権を原告会社に許諾し、自らは第三者に本件商標の実施を許諾する権利を有していないと認めるのが相当であるから、原告松村の本訴損害賠償請求につき商標法三八条二項の適用もできない。
4 原告松村は、前示の被告の本件トレーナー販売により、同原告はその取引先であるホワードより侵害防止の要求及び抗議を受け、その対策に奔走したこと等により物心両面の無形損害を受けた旨主張するが、前示のとおり被告の本件トレーナー販売当時本件商標を使用してホワードと取引していたのは、原告松村ではなく、原告会社であるから、原告松村の右主張は、その前提事実を欠いており採用できない。
5 以上によれば、その余の点(被告の責任)につき判断するまでもなく、原告松村の本訴損害賠償請求は全て理由がない。
第四 第二事件の争点に対する判断
一 争点(一)(被告の責任)について
1 前示のとおり、被告の本件トレーナー販売当時、本件商標を使用していたのは本件商標権の独占的通常実施権者たる原告会社である。独占的通常実施権の法的性質は債権であるが、原告会社は右権利侵害(不法行為)を理由として直接侵害者である被告に対し損害賠償請求をなしうると解するのが相当である。もつとも、独占的通常実施権については、商標権及び専用実施権と異なり公示されないのであるから、公示を過失推定の基礎とする商標法三九条、特許法一〇三条の適否が問題となるが、前記第三、二で判示したところによれば、原告会社は損害賠償請求の関係においては、実質上専用実施権者と同視して差支えのない地位を有するものと認めるのが相当であるから、原告会社の本 訴損害賠償請求については、右法条を類推適用するのが相当である。
2 そうすると、被告は過失によつて原告会社の右独占的通常実施権を侵害したものと推定される。なお、右過失推定規定の類推適用がないとしても、本件の場合、前記第三、一で判示した経緯によれば、被告が本件商標等につき充分な調査を尽くさないまま本件トレーナーを店頭販売するに至つたことは明らかであるから、過失を推定するのが相当である。
この点につき、被告は、「本件トレーナーには体を右に傾けた少年の図柄と『BAD BOY'S CONPANY』、『SACHIKO CLUB・INC』という二種類の文字が印刷されているが、この図柄のように右三つのものが一体として捉えられる場合、本件商標の部分のみが独自に商標権の対象になつていることを認識することは、そもそも困難であるばかりか、被告のように海外での買付けに不慣れで、しかも同行していた商社員からは何の注意もなされなかつた場合にはその認識がより困難であつたと言わざるを得ない。」と主張するが、右事情があつても前記推定を覆すことはできない。
3 従つて、被告は、前記侵害行為(不法行為)によつて原告会社が被つた損害を賠償する義務がある。
二 争点(二)(原告会社の損害の有無及びその額)について
1 被告の得た利益相当の損害
(一) 独占的通常実施権については、商標法三八条一項(損害額推定規定)の適否が問題となるが、前示のとおり、原告会社は損害賠償請求の関係においては、実質上専用実施権者と同視して差支えのない地位を有するものと認めるのが相当であるから、原告会社の本訴損害賠償請求については、右法条を類推適用するのが相当である。
なお、右法条の類推適用がないとしても、本件の場合、原告会社は、被告の本件トレーナーの販売当時、独占的通常実施権者として、本件商標を使用した衣料品を独占的に製造・販売し(但し、販売先は独占的販売権者であるホワードのみである。)、本件商標権の実施にかかる利益を独占し得る地位を有していたのは前示のとおりであること、しかも徳島県内においてホワードの取引先が販売していた原告会社製品と被告販売の本件トレーナーとが競合していたこと(原告松村)に照らすと、特段の事情がない限り、被告が本件トレーナーの販売により得た利益額をもつて、被告による原告会社の独占的通常実施権侵害行為と相当因果関係にある損害額と推認するのが相当である。
(二) 被告が本件トレーナー販売により得た純利益は販売価格の五パーセントである(証人宮本英雄)から、被告が原告会社の独占的通常実施権侵害行為により得た利益は、前示の本件トレーナー総販売価格三〇八万三六五二円に五パーセントを乗じた一五万四一八二円(一円未満切捨)と算定される。原告松村本人尋問の結果も、右利益が右認定額を越えることを認めさせるに十分ではない。
2 原告会社の無形損害(慰謝料)
証拠(乙一一、原告松村)によれば、(一) 被告の本件トレーナー販売に気付いた徳島県内のホワードの取引先から、本件トレーナーを被告に販売しているのかとの問合せを受けたホワードは、原告会社に対し、ホワード以外にも本件トレーナーを販売しているとの疑念を持つて抗議したこと、(二) 原告会社は、ホワード及び同社の右(一)の取引先の協力を得て本件トレーナーを入手し調査した結果、本件トレーナーは原告会社製のものではない(いわゆるコピー商品である)ことが判明したので、ホワードにその旨を説明したところ、ようやく同社の納得が得られたこと、(三) 被告作成の広告チラシには、本件トレーナーがクリスマスバーゲンの客寄せのための安売り商品として掲載されていることが認められる。
右認定事実及びその他本件にあらわれた一切の事情に照らすと、原告会社は被告の独占的通常実施権侵害行為(不法行為)によつて、右1の財産的損害の賠償だけでは償えない無形損害を被つたものと認められ、これを金銭に評価すると五〇万円と認めるのが相当である。
3 以上によれば、原告会社の本訴損害賠償請求は、前記1(二)の一五万四一八二円及び右2の五〇万円の合計金六五万四一八二円及びこれに対する平成元年二月一日から支払い済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
第五 結論
よつて、主文のとおり判決する。
〔編注〕本件における主文及び事実並びに理由は左のとおりである。
主文
一 被告は、原告株式会社松村(以下「原告会社」という。)に対し、金六五万四一八二円及びこれに対する平成元年二月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告松村秀志(以下「原告松村」という。)の請求及び原告会社のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告松村に生じた費用全部と被告に生じた費用の二分の一を原告松村の負担とし、原告会社に生じた費用の一〇分の三と被告に生じた費用の二〇分の三を被告の負担とし、原告会社に生じたその余の費用と被告に生じた費用の二〇分の七を原告会社の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 第一事件
1 被告は、別紙第一目録記載の標章又は別紙第二目録記載の図柄を附したTシヤツ、トレーナーシヤツ等の被服を販売、頒布してはならない。
2 被告は、その本店、営業所に存する前項記載の被服を廃棄せよ。
3 被告は、原告松村に対し、金二二七万二八六八円及びこれに対する平成元年四月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員(民法所定の割合による遅延損害金)を支払え。
二 第二事件
被告は、原告会社に対し、金二二七万二八六八円及びこれに対する平成元年二月一日(最終の不法行為の日)から支払い済みまで年五分の割合による金員(民法所定の割合による遅延損害金)を支払え。
第二 事案の概要
一 第一事件
1 原告松村の権利
(一) 原告松村は、次の商標権(以下、「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)の権利者である(争いがない)。
(1) 出願日 昭和五九年九月七日(昭五九―〇九七四五〇)
(2) 公告日 昭和六一年五月二八日(昭六一―〇三九八三四)
(3) 登録日 昭和六二年一月二八日
(4) 登録番号 第一九二八九四〇号
(5) 指定商品 第一七類 被服、布製身回品、寝具類
(6) 登録商標 別紙第一目録記載のとおり
(二) 原告松村は、別紙第二目録記載の図柄(以下「本件著作物」といい、その著作権を「本件著作権」という。)の著作者である(原告松村)。
2 被告の行為
被告は、業として、(一) 昭和六三年一二月八日ころ、丸紅株式会社(以下「丸紅」という。)を介して、台湾の達人貿易股〓有限公司(以下「達人公司」という。)から、本件商標の指定商品と同じ被服に属するトレーナーシヤツの胸部中央に本件著作物と全く同一の図柄を附し、右図柄の下部に本件商標と全く同一の標章を附したもの(以下「本件トレーナー」という。)を一五九四枚、総仕入価格一八一万〇七八四円で輸入し(被告が丸紅を介して輸入したこと及び輸入枚数は証拠〔乙三~七、八の1、2、九、一二、一三の1~4、証人宮本英雄〕により認定、その余は争いがない。)、(二) 遅くとも平成元年一月末日までの間に本件トレーナーの販売を完了(少なくとも一五六六枚販売し、その余は紛失)したが、その総販売価格は三〇八万三六五二円であつた(販売完了時期及び販売・紛失枚数は証拠〔乙二、一〇、証人宮本英雄〕及び弁論の全趣旨により認定、その余は争いがない。)。
3 原告松村の請求の概要
原告松村の請求は、被告に対し、
(一) 本件商標権、本件著作権(複製権)の侵害行為(本件トレーナー等の販売・頒布)の差止、侵害組成品(本件トレーナー等)の廃棄、
(二) 本件商標権侵害による損害((1) 右2(二)の販売により被告が得た利益相当の損害金一二七万二八六八円と、(2) 原告松村が取引先より侵害防止の要求及び抗議を受け、その対策に奔走したこと等による物心両面の無形損害を填補するための慰謝料一〇〇万円との合計二二七万二八六八円)の賠償を求めるものである。
4 争点
(一) 差止・廃棄請求の当否(被告による本件商標権、本件著作権侵害のおそれの有無)
(二) 損害賠償請求の当否、すなわち、
(1) 被告の責任(故意又は過失の有無)
(2) 原告松村の本件商標権実施(本件商標使用)の有無
(3) 原告松村の損害の有無及びその額
二 第二事件
1 原告会社の請求の概要 原告会社の請求は、同原告は昭和六二年二月ころ原告松村から本件商標権につき独占的通常実施権の許諾を受け、本件商標を使用してトレーナーシヤツ等を製造・販売している地位に基づき、被告に対し、右独占的通常実施権侵害による損害((1) 前記一2(二)の販売により被告が得た利益相当の損害金一二七万二八六八円と、(2) 原告会社の取引上の信用力の低下及び本訴追行のための物心両面の無形損害を填補するための慰謝料一〇〇万円との合計二二七万二八六八円)の賠償を求めるものである。
2 争点
(一) 被告の責任(故意又は過失の有無)
(二) 原告会社の損害の有無及びその額