大阪地方裁判所 平成3年(ワ)7694号 判決 1996年2月07日
原告
永大産業株式会社
右代表者代表取締役
井上良治
右訴訟代理人弁護士
坂本秀文
同
山下孝之
同
長谷川宅司
同
今富滋
同
高山宏之
同
織田貴昭
同
松本好史
被告
国
右代表者法務大臣
前田勲男
右指定代理人
亀井幸弘
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 申立
被告は、原告に対して、金八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する平成三年二月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
との判決並びに仮執行の宣言。
第二 事案の概要等
(事案の概要)
一 本件は、原告が昭和六二年三月期、昭和六三年三月期の各事業年度の法人税等として申告納付した国税につき、税務署長により平成三年一月二九日付減額更正処分(以下「本件減額更正」という。)が行われ、これにより生じた過納金の還付(以下「本件還付」という。)の還付加算金についての争いである。
本件還付に関し、税務署長は、過納金の一部についてのみ国税通則法五八条一項一号イ所定の還付加算金(過納金に係る国税の納付があった日の翌日から還付加算金)を加算したところ、原告は過納金全額につき同項同号イの還付加算金が加算されるべきであると主張してその支払等を求めている。
二 本訴請求の前提となっている事実関係は複雑で錯綜しているものの、当事者間にほとんど争いがなく、その主たる争点は法律問題である。すなわち、本訴の前提となっている事実関係は、原告において会社更生法二六九条三項(債務免除益等の課税の特例)を益金不算入の規定であると解したうえでなした税務申告、これに対する課税行政庁の更正、原告の訴訟提起、原告勝訴の判決等であるところ、これらは法律解釈が主たる問題となって生じたものである。
そこで、本訴の争点が明確になるように、前提となる事実関係及び各法律問題を要約して以下に摘示し、その詳細は、別紙あるいは別表等によることとする。
(争いのない事実)
一 原告の地位
原告は住宅関連メーカーで、昭和五三年二月二〇日、大阪地方裁判所に会社更生手続開始を申立て、同年五月一日、開始決定を受け、昭和五七年九月三〇日、更生計画が認可され、会社更生法に基づく、いわゆる更生会社として、同法に従って事業を営んでいる。
二 会社更生法二六九条三項と法人税法五七条一項との適用関係に関する法律問題
1 問題の所在
(一) 会社更生手続が開始されると、当該更生会社に会社財産の評価換による評価益及び更生計画における債務免除益が生じる。これらの評価益及び債務免除益(以下「評価益等」という。)の税法上の処理につき、会社更生法二六九条三項の規定がある(別紙「関係法令及び事実経過」第一の一項参照)ところ、この条項につき、評価益等の非課税規定なのか、欠損金控除の特例を認めた規定なのか及び法人税法五七条一項、五八条一項との関係について争いがあった。
(二) 法人税法五七条一項は、青色申告書を提出した事業年度の欠損金について一定の限度で繰越控除を認めており、また、同法五八条一項は、それ以外の場合の災害による損失金についても五年の繰越控除を認めている。
(三) 更生会社の累積欠損金に、繰越控除が認められる青色申告書を提出した欠損金等(以下「青色申告欠損金」という。)と、それ以外の繰越控除が認められない五年以上経過した青色申告欠損金や青色申告しなかった欠損金等(以下「会社更生欠損金」という。)がある場合に、更生手続が認可されたことによる評価益等につき、右各欠損金のいずれから控除するかによって、繰越控除が認められる青色申告欠損金等に差が生じることになる。
すなわち、評価益等について繰越控除不該当の会社更生欠損金から控除を行い、次に、繰越控除が認められる青色申告欠損金の控除を行うと、繰越控除が認められる青色申告欠損金が多く残ることになるし、逆の順序の控除によると評価益等を上回る繰越控除が認められる青色申告欠損金がない限り、繰越控除は生じないことになる。
前記のとおり会社更生法二六九条三項を非課税規定と解する立場と欠損金控除の特例と解する立場があるところ、いずれの欠損金から控除するかにつき、前者の立場は、原則として会社更生欠損金から控除することを主張し、後者の立場は、青色申告欠損金から控除することを主張することになる。
2 改正前の法人税法基本通達
右各欠損金の控除の順序に関し、国税庁は、改正前の法人税法基本通達一四―三―一の六(別紙「関係法令及び事実経過」第一の二項参照、以下「本件通達」という。)を規定していたが、その内容は、更生会社の累積欠損金が、(一) 開始前の青色申告欠損金(国税通則法五七条又は同法五八条の適用を受けるもの)と、(二) 開始後の青色申告欠損金と、(三) 会社更生欠損金とによって構成されている場合に、(一)、(二)、(三)の順序で控除するというもので、会社更生法二六九条三項を欠損金控除の特例を認めたものと解していた。
三 前訴判決の確定経過
原告は、昭和五七年九月期事業年度の法人税につき、評価益等を含む所得金額から、まず繰越控除不該当の会社更生欠損金の控除を行ない、次に、青色申告欠損金の控除を行い、その結果、翌期に繰り越しすべき青色申告欠損金が存在するとして申告し、以降、この申告による青色申告繰越欠損金の存在を前提として、昭和五八年三月期から昭和六一年三月期まで法人税等の申告をした。
住吉税務署長は、青色申告欠損金が繰り越す原告の右昭和五七年九月期の法人税申告に対して、本件通達に従って青色申告欠損金から控除をし、その結果、翌期に繰り越すべき青色欠損金は存在しないとして更正処分を行い、原告が右のとおり昭和五七年九月期事業年度の法人税につき青色申告繰越欠損金の存在を前提として、昭和五七年九月期から昭和六一年三月期まで申告納付したのに対して、連続して更正処分を行なった。
原告は、右の昭和五七年九月期から昭和六一年三月期までの右各更正処分に対して、国税局長への不服申立、国税不服審判所長に対する審査請求を行い、これらが棄却されたので、昭和六二年九月三〇日、大阪地方裁判所に、取消訴訟を提起した(当庁昭和六二年行ウ第五八ないし第六二号更正処分取消請求事件)。この訴訟は、原告の解釈を採用して、更正処分取消の原告の勝訴判決があり、被告の控訴も棄却され、確定した(以下、この訴訟の対象となった右各更正処分を「訴訟対象更正処分」、この判決を一、二審を一括して「前訴判決」といい、各別には「前訴一審判決」、「前訴二審判決」という。訴訟対象更正処分の内容、原告の国税局長への不服申立、国税不服審判所長に対する審査請求及び原告がこれら更正処分に基づく法人税等の納付経過は、別紙「経過表」のとおりで、前訴判決の内容及び経過は別紙「関係法令及び事実経過第二」記載のとおりである。)。
他方、原告は、昭和六二年三月期と昭和六三年三月期の法人税については、その主張の欠損金が存在しない旨の法人税等の申告(すなわち、本件通達に従った住吉税務署長の各更正処分を前提とする申告)をした。この申告及び納付の経過は、別紙「関係法令及び事実経過第三の一項」のとおりで、この申告納付(以下「本件納付申告」という。)については、当然、住吉税務署長の更正処分はなかったし、これら申告による課税は前訴の訴訟の対象とならなかった。
四 前訴判決確定後の訴訟対象更正処分による国税についての還付
前訴判決確定後、原告は、住吉税務署長から、平成三年一月九日付裁決等(更正)という発生事由で、昭和六一年三月期の国税還付金振込通知書を受け(同月一〇日通知)、同月一〇日、一三億七〇八二万二七〇〇円(本税、過少申告加算税、利子税及び延滞税に対する還付加算金二億九五九二万二四〇〇円を含む)の振込入金を受けた。
五 本件還付等
1 本件還付
住吉税務署長は、原告の昭和六二年三月期、昭和六三年三月期の法人税等に関し平成三年一月二九日付の本件減額更正(同月三〇日更正通知、なお、更正通知に記載された更正の理由は、「貴法人備え付けの帳簿書類を調査した結果、所得金額等の計算に誤りがあると認められますから次のように申告書に記載された所得金額等に加算、減算して更正しました。」というものであった。)を行い、原告に、同月三一日付で同事業年度の更正という発生事由で国税還付金振込通知書を送付(二月一日通知)し、昭和六二年三月期分三五億〇四五四万八四六七円(還付所得税額等の増額分二五七九万四二六七円及び過少申告加算税三三一四万四五〇〇円に対する還付加算金一二四一万五八〇〇円を含む)及び昭和六三年三月期分三〇九七万九七〇〇円(過少申告加算税七万二〇〇〇円に対する還付加算金二六〇〇円を含む)を振込送金した(その詳細は別紙「関係法令及び事実経過第三の二項」記載のとおりである。)。
すなわち、住吉税務署長は、昭和六二年三月期及び昭和六三年三月期の法人税法等として原告が納付した法人税等の内、本税、利子税及び延滞税(本税相当部分)に係る過納金(以下「本件過納金分」という。)の還付については、国税通則法五八条一項三号の国税に係る過納金に該当するとして、納付の翌日から還付加算金を加算することをしなかった。
2 異議申立及びその結果
原告は、平成三年三月二七日、住吉税務署長に対し、本件還付の還付加算金について異議申立を行ったが、住吉税務署長から、平成三年六月一四日、本件還付決定等は、異議申立の対象となる処分に当らない旨の異議申立て却下があった。
第三 原告の請求
原告は、本件還付金についても国税の納付の日から還付加算金を加算し、別紙計算書のとおり八億六五七五万三六〇〇円であるべきところ、一二四八万八四〇〇円しか還付加算金が加算されなかったので、被告に対して、その差額八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する本件還付金支払後である平成三年二月一日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
原告の右請求は、被告は違法な本件通達を制定し、これに基づき違法な更正処分を行い、その結果、原告に違法な納税申告をさせたが、後に前訴判決によって本件通達が違法と認められ、本件訴訟対象更正処分も違法として取り消されたのであるから、過納金に係る国税の納付のあった翌日から還付加算金が加算されるべきであるというもので、その法律構成は、(一) 違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求、(二) 国税通則法五八条一項一号の法令解釈の誤りの違法行為に対する国家賠償請求、(三) 国税通則法五八条一項一号に基づく還付加算金及び不当利得請求として還付加算相当の被告の支払義務の存在である。
原告の各請求の根拠、これに対する被告の反論は、詳細で多岐にわたるが、本件通達関係と国税通則法関係とに区分できるので、この区分により双方の主張を以下において要約し、その詳細は別紙によることとする。
(原告)
[請求原因]
一 違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求
1 本件通達が会社更生法二六九条三項に違反したものであり、本件通達に基づく本件訴訟対象更正処分が違法なものであることは、前訴判決により明らかである。
すなわち会社更生法二六九条三項は、「益金の額に算入しない」と一義的な非課税規定の文言であるのに、国税庁長官は、あえて右条項を「損金算入」の欠損金繰越規定と解して本件通達を制定したものである。しかも、この条項の立法経過から、課税行政庁は、本件通達の内容のような解釈は採用できないことを知っていたのであって、結局、国税庁長官は、租税法律主義の大原則の働く租税行政の下で厳格に禁止されている法令に違背する行政通達による課税を行ったのである。
2 国税庁長官が法令の解釈を誤った過失により違法な本件通達を制定し、国税当局が一体として、原告に対して違法な本件通達に従った違法な訴訟対象更正処分を行った結果並びに国税局担当官において原告の主張が認められた場合は職権で更正し、納付期日以降、還付加算金を加算する旨の違法な行政指導を行ったことにより、原告は、違法な納税申告を行わざるを得ない状況に至り、この違法な納税申告による本件過納金分につき利息金相当額(還付加算金相当額)の損害を蒙ったのである。
3 よって、別紙計算表記載の還付加算金相当額(本件過納金分についての納付の翌日からの還付加算金)は、国税庁長官が故意あるいは過失により違法な本件通達を制定したことに基づく一連の違法行為により原告が蒙った損害であるから、被告に対して、国家賠償法一条一項に基づきその賠償を求める。
二 国税通則法五八条一項一号に基づく請求
1 国税通則法五八条一項一号の法令解釈の誤った違法行為に基づく国家賠償請求
国税通則法五八条は、一般の不当利得の法理を勘案して、すべての還付加算金の起算日を定めた統一的規定で、過納金の還付原因によって、還付加算金の起算日を定めているものであり、税務行政庁側の原因に基づく過誤納の場合は、同条一項一号が適用され、納付の翌日から還付加算金が加算されると解される。
昭和六二年三月期と昭和六三年三月期の原告の法人税申告及び納付(本件納付申告)は、前訴判決により違法とされた本件通達を前提とする昭和五七年九月期以降昭和六一年三月期までの過年度欠損金についての訴訟対象更正処分を基礎とし、大阪国税局担当者において、判決等により原告の主張が採用されれば、還付加算金を加算して還付するとの違法な行政指導によるものである。
従って、本件納付申告は、訴訟対象更正処分による繰越欠損金額の法的拘束力を受けて、非自発的になされたものであるから、本件過納金分は、課税庁の先行処分を基礎としてその拘束力を受けて納付された国税に係る過納金であり、本件減額更正は、前訴判決により訴訟対象更正処分が取り消されたことにより法的に義務づけられてなされたものである。
よって、本件過納金分は、その発生が課税行政庁側の原因に基づくものであり、前訴判決によって法的に義務づけられた更正処分によって生じたものであるから、国税通則法五八条一項一号イが適用され、納付の翌日から還付加算金が加算されるべきである。
しかるに、住吉税務署長は、法令の解釈を誤った違法行為により、本件過納金分について、国税通則法五八条一項三号該当の過納金であるとして、還付加算金を加算しなかったもので、住吉税務署長の法令の解釈を誤ったこの違法行為により、原告は右還付加算金相当額の損害を蒙った。よって、被告に、その賠償を求める。
2 国税通則法五八条一項一号に基づく請求
前述のとおり、国税通則法五八条一項一号により、本件過納金分については、納付日の翌日から還付加算金を加算するべきところ、被告においてこの還付加算金相当額の還付が未履行なので、原告は、本訴において、その還付請求を求める。
3 不当利得返還請求
国税通則法五八条一項一号の規定からすると、本件過納金分について右還付加算金を加算するべきであるのにこれを加算しないことによって、被告には不当利得返還義務がある。よって、原告は、被告に対して、この不当利得金の返還請求を求める。
(被告)
[請求原因に対する答弁]
一 本件通達が違法であることを理由とする請求に対して
国税庁長官による通達制定行為自体、そもそも国家賠償法一条一項の対象にならないし、本件通達の内容は、判決により会社更生法二六九条三項に反するとされたが、内容において立法趣旨に合致し、会社更生法二六九条三項、法人税法五七条の文理解釈と整合して合理的な面があったもので、しかも、有力な学説も支持していたから、国税庁長官に本件通達制定行為が違法であることにつき故意過失はなかったし、また、大阪国税局の担当官が原告主張のような行政指導をしたことはない。
従って、被告に、本件通達制定に関し、国家賠償法による損害賠償責任はない。
二 国税通則法五八条一項一号に関する主張
国税通則法五八条一項一号は、国税の確定態様の外形をもって、還付加算金の起算日を区分したもので、かかる区分は合理性があるところ、本件還付金の場合、住吉税務署長の行った過少申告加算税の賦課決定処分に係る過納金部分については、国税通則法五八条一項一号イに該当する過納金で、納付の翌日から還付加算金が加算されるが、本税、利子税及び延滞税(本税相当部分)に係る本件過納金分は、原告の納税申告書の提出により税額が確定した国税であるから、国税通則法五八条一項三号に定める過納金であり、これに加算すべき還付加算金の計算期間の起算日は、同号及び同法施行令二四条二項一号に定める「更正のあった日」の翌日から起算して一月を経過する日の翌日である。
よって、住吉税務署長は、国税通則法五八条、一二〇条、国税通則法施行令二四条及び法人税法一三三条の規定に従い適正且つ正確に還付手続を行い、還付加算金を算出しており、原告の国税通則法五八条一項一号の適用違背を前提とする国家賠償法に基づく損害賠償請求や同項同号に基づく請求や不当利得返還請求はいずれも失当である。
仮に、住吉税務署長が法解釈を誤ったとしても、確立された法解釈に基づいて算出したのであるから、同税務署長に故意過失はなく、原告の国家賠償法に基づく損害賠償請求は失当である。
第三 当裁判所の判断
(違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求)
一 違法な公権力の行使により損害を蒙ったとの原告主張について
1 前訴判決は、本件通達が内容とした会社更生法二六三条三項が更生会社における欠損金額の繰越控除についての特例を定めたものであるとして、青色申告欠損金について優先して所得控除するべきであるとの解釈を誤りとし、住吉税務署長が行った本件通達に基づく訴訟対象更正処分は違法であるとして取り消したのであり、その後の平成三年一二月、国税庁長官は、本条項を欠損金の損金算入の規定とするものの、通達を別紙「関係法令及び事実経過第一の三」記載のとおり前訴判決に沿ったものに変更している(甲第一二、第一三号証)ことからすると、本件通達の内容は会社更生法二六三条三項の解釈を誤ったものであったと認められる。
ところで、原告が還付加算金相当額を請求している本件過納金分の原因となった昭和六二年三月期と昭和六三年三月期の原告の法人税等の確定及び納付は、原告の確定申告によるものであって、原告に対して、本件通達に基づく税務署長の賦課決定あるいは更正等の処分が行われたのではない。
右の点に関し、原告は、本件申告納付は、国税庁長官において会社更生法二六三条三項の解釈を誤って違法な本件通達を制定し、この本件通達に基づく住吉税務署長による訴訟対象更正処分という一連の違法行為に起因する非自発的なものであったから、本件過納金分に相当する法人税等についてはそもそも納付義務がなく、この分の税の納付は違法な公権力の行使によるものであるから、これを国が保有していた期間の利息相当分は、被告において賠償すべき損害であると主張している。
2 確かに、ある年度の繰越欠損金が確定されると課税行政庁のこの認定額は、法の規定する範囲内で連続する次年度以降に繰り越されて、その年度の繰越欠損金に機械的に加算されるが、逆にこれが認められなければ繰越欠損金として加算されることはない。本件においても、本件通達に基づき昭和五七年九月期の繰越欠損金は〇円との住吉税務署長による更正処分が行われ、そしてこの期の事業年度の繰越欠損金が存在しないことを前提に、昭和五八年三月期から昭和六一年三月期までの事業年度の原告の法人税確定申告に対する各更正処分が行われたのである。よって、昭和六二年三月期と昭和六三年三月期の法人税等について、原告において自身が主張する繰越欠損金額の存在を前提として確定申告をしても、当然に、本件通達に基づく昭和五七年九月期の繰越欠損金額は〇円であったことを前提とする課税行政庁による更正処分が行われたことは明らかである。
右のような事情から、昭和六二年三月期の事業年度の原告作成確定申告書(甲第八号証)に、原告は、「繰越欠損金がないとの(課税行政庁の)更正処分について、これを不服として国税不服審判所長に対して処分の取り消しを求め審査請求を行い、現在も審査中である。(当期においても)当社見解による欠損金があるとして申告・納付すべきであるが、国税不服審判所の裁決さらには行政裁判で当社の見解が認められなかった場合には、加算税及び延滞税の付随的な負担を生じるので、このような事態を回避するために、当期の申告及び納税は形式的に右更正処分に従って行うが、当社の見解は変っていない。」旨の書面を添付し、また、昭和六三年三月期の原告作成の確定申告書(甲第九号証)にも、「国税不服審判所長の棄却の裁決があったので訴訟を提起したが、前期と同様の理由で当期の申告及び納税は、形式的に右更正処分に従って行う」旨の書面を添付している。
3 もっとも、法人税の納税申告についての課税行政庁の更正に対して、法は、異議申立、審査請求等の不服申立の手続を設け、国税通則法五八条一項一号イが更正決定等により納付すべき税額が確定した国税に係る過納金について、納付のあった日から、民事法定の遅延損害金に比較して高率な7.3パーセントの還付加算金を加算している。従って、原告において、自己の見解に基づく確定申告をすれば多大の加算税、延滞税が課せられることから、暫定的に本件通達に従った申告納付をせざるを得なかったとしても、そのことをもって、本件過納金相当の国税の納付が、本件通達及びこれに基づく訴訟対象更正処分という違法行為に起因するもので、還付加算金相当額の支払を受けられないことが違法行為による損害と認められるかについては疑問がないわけではない。
また、原告において、違法な公権力の行使によって本件過納金分相当の法人税等の納付をせざるを得なかった損害を蒙ったことを前提に、その遅延損害金につき民事法定利息ではなく、還付加算金相当額を請求している根拠も判然としない。
しかし、還付加算金相当額の損害金請求の点は、結局は、原告において、本件過納金分を国が保有していた期間の損害金を求めていると解することができるし、昭和五七年九月期から昭和六一年三月期までの四期の事業年度の原告の確定申告について、本件通達の内容に従った処分が連続して行われたこと、原告の国税局長への不服申立、国税不服審判所長に対する審査請求が棄却されたこと、さらに、原告が取消の訴えを提起した訴訟において、課税行政庁側は本件通達に基づく訴訟対象更正処分の正当性を主張していたという事情及び原告が自己の見解にしたがった申告をした場合の加算税、延滞税が多大であること(このことは本件過納金額から明らかである)に鑑みると、本件申告納付は、本件通達に基づく住吉税務署長による訴訟対象更正処分等に起因とする一連の公権力の行使によるものであるとの原告の主張も、十分成り立ち得るものである。
このように、原告の本件過納金分相当額の納付が、本件通達に基づく住吉税務署長による訴訟対象更正処分等を起因とする一連の違法行為によるとの評価も可能なことからすると、そのような違法行為のそもそもの原因は、国税庁長官が本件通達を制定したことにあるので、本件において、端的に、裁判所によって採用されなかった本件通達を制定したことの国税庁長官の過失の存否について検討するのが、直載、簡明である。
二 国税庁長官の責任原因(故意過失について)
1 本件通達の内容は、会社更生法二六九条三項と法人税法五七条、五八条との関係についての解釈に関するものであるところ、本件通達が内容としている解釈は合理性があり、従前、争いがなかったので、国税庁長官の制定及びこれ従った住吉税務署長による訴訟対象更正処分に過失はなかったとの被告の主張について検討する。
本件通達は昭和五五年制定であるところ、その制定前において、会社更生法の一般的解説書である(そのことは、原・被告双方の主張から明らかである)「兼子一監修・条解会社更生法」(昭和四九年一一月刊行)は、本件通達と同じく、評価益につき、まず青色申告欠損金から所得控除にあて、なお、所得控除がある場合に、会社更生法二六九条三項による欠損金の繰越控除を行う、と本件通達と同様の立場をとっていた。
本件が問題となった後である昭和六二年一一月二日発行の「週刊経営財務NO・1858」(甲第一五号証)掲載の前大阪国税不服審判所審判官による「会社更生法269条3項に関する一考察」と題する論文は、欠損金の所得控除の順序につき、原告が主張する順序によるべきであるとの見解を述べているが、そこには、「最近、(会社更生法二六九条三項)の解釈を巡り、課税庁との間で紛争が頻繁するようになり、(〜)、その原因は、本項の意味内容が判然としないところにあると考えられ、また文献等も少ないため、事実上通達どおりの運用がなされ、あまり疑問が感じられなかったためと思われる」とあり、そして、青色欠損金から優先的に所得控除にあてる説を多数説としており、会社更生欠損金を先に控除する説を少数説としたうえ、「山田二郎・金融・商事判例NO・五五四」、野崎幸雄・新実務民事訴訟法講座一三巻」を挙げている。
なお、右少数説として挙げられている「山田二郎・金融・商事判例NO・五五四」は昭和五三年刊行、「野崎幸雄・新実務民事訴訟法講座一三巻」は昭和五六年刊行であるが、いずれも、会社更生法二六九条三項が益金不算入の規定であることから、会社更生欠損金を優先して控除することになるとしているもので、特にその根拠を示していない。
2 もっとも、会社更生法二六九条三項の規定は、欠損金額の内容及び法人税との関係が必ずしも明確でないが、「益金の額に算入しない。」となっており、また、原告及び甲第一六号証の谷口安平京大教授の意見書が強調するとおり、損金算入は益金を前提とする概念である。
また、「兼子一監修・条解会社更生法」の右記載(乙第三号証)は、「会社更生法二六九条三項の法律的性質は、評価益等を一定限度で非課税とする規定と解するのが、文理解釈、すなわち、法人税法五七条・五八条の適用を受けるものを除くとして括弧に入れている条文の形式に適合するように思われる。」「規定の文言からすれば、第一の考え方(非課税規定とする考え方)を妥当としよう。」としながら、「本条項は、青色欠損金と会社更生欠損金のいずれから先に控除するかについての問題を眼中において規定したものでないから、本条項の把握の仕方によって、その結論を左右するものとはいいがたい、結局法人税法の他の規定、たとえば同法五九条などの規定とのバランスをも考慮して合理的に定められるべきであろうが、ここではいちおう第二説(まず青色欠損金から所得控除に充て、なお、所得控除がある場合に、本条項による欠損金の繰越控除を行なう、との説)をとっておくこととする。」というもので、会社更生法二六九条三項を非課税規定と解しながら、会社更生欠損金に優先して青色申告欠損金を控除するというのであって、(原告が主張するように)論理的整合性に疑問があり、そのことは、記述自体からの窺えるころである。また、本件通達制定前から、青色申告欠損金に優先して、会社更生欠損金から所得控除するべきであるとの見解があったことは前記のとおりである。
後記のとおり本条項は昭和四三年法律二二号による会社更生法の一部改正により現行の文言となったのであるが、本訴に提出された証拠による限り、原告が昭和五七年九月期の確定申告をするまで、会社更生法二六九条三項は繰越欠損金の特例であるとの本件通達のような解釈について、広く疑問が呈せられていた様子はない。
それは、更生会社は、通常、評価益等に対比して青色欠損金が多額に存在するので、特に欠損金控除の順序を問題にするまでもないか、もしくは、更生会社において、営業収益の回復を危惧し、更生認可後数年で、営業収益で損金を控除できるようになることを前提とする欠損金の繰越しを躊躇することもあって、大半の場合は、更生手続において本件通達のような累積欠損金の処理をすることが特に問題とならなかったからではないかと推測される。
ところが、原告に関しては、前訴一審判決書(甲第一号証)によると、昭和五九年九月期において、評価益等が約六二三億円余(所得金額六二八億円余)、会社更生欠損金一三六億円余、更生手続開始前の青色申告欠損金一九八億円余、更生手続開始後の青色申告欠損金四〇〇億円余といずれも額が大きく、しかも、更生手続認可の数年内に業績が回復する見込があったこと(別紙経過表から明らかなように更生手続認可の四年後には多額の収益を上げるようになっている)から、繰越欠損金の存否が大きな問題とならざるを得なかったものである。
3 前訴一審判決(甲第一号証)は、会社更生法二六九条三項の立法趣旨は、評価益、債務免除益を所得の計算において益金の額に算入することは更生会社に酷なうえ、債権者の犠牲で課税がなされることになり、更生計画の遂行にも支障が生じることから、更生手続開始前から繰り越されている欠損を填補する限度内で、「益金の額に算入しない。」としたものであるとし、この文言を素直に読めば、会社更生欠損金限度で所得金額の計算上、益金不算入の規定であると解されること、評価益等は、会社更生法によって評価換えが義務付けられている結果として生じるもので利益を生じさせることを目的としていないし、具体的取引から生じるものではないから、評価益等を法による所得の計算上、益金の額に算入しないことによって、非課税とする趣旨であるとし、このような会社更生法二六九条三項の趣旨に鑑み、繰越欠損金の控除の順序については、原告が主張しているとおり先ず会社更生欠損金から所得控除すると解され、本件通達が内容としている順序は採用できないとし、さらに、右解釈は、実際上の結果としては、所得金額の計算上、結果として、会社更生欠損金の繰越控除を認めることに帰するが、青色申告欠損金を優先して控除するべきであるとの合理的根拠はないし、そのように解すると、会社更生法二六九条三項の持つ実質的意義が少なくなること、法人税法五九条は、贈与益等を「損金の額に算入する。」と定めており、また、会社整理、和議と比べ、会社更生法は、企業再建のためより徹底して会社の保護を図っているので、税務上の取扱を異にしても必ずしも不合理でないとしている。
前訴二審判決(甲第二号証)は、右に加え、立法、改正の経過に照せば、本条項は、もともと会社更生手続における評価益の金額を益金不算入とすることを企図して立案され、昭和四三年法律二二号による会社更生法の一部改正により現行の文言となったのであるが、一貫して「益金不算入」との文言が用いられ、立案の過程で不算入額に一定の限度が設けられたという立法、改正の経緯及び立法趣旨も、本件通達の解釈が採用できない根拠としている。
すなわち、前訴判決は、会社更生法二六九条三項の文言及び立法趣旨、法人税法五七条等の規定との関係から、会社更生欠損金から所得控除するべきであるとしているが、会社更生手続においては、徹底して会社の保護を図っていることを重視しているものである。
4 前訴判決及び本訴において、被告が本件通達の内容が合理的であるとして主張しているところは、会社更生法二六九条三項と法人税法との適用関係が明確でなかったところ、会社更生欠損金を会社設立時からの欠損金とすると、その額が確定できないうえ(前訴判決でもこの点が争いとなっていた)、そのような会社更生欠損金が繰越して所得控除するのは、青色申告欠損金について五年しか繰越控除が認められない一般の会社と対比して、更生会社につき税の控除についてあまりに有利な取扱をすることになると考えられたこと、法人税法五九条、同施行令一一七条、一一八条の規定からすると、商法の規定による整理開始、破産法の規定による破産宣告、和議法の規定による和議宣告があった場合で、役員等からの私財提供による贈与益及び債務免除益が生じた場合に累積欠損金額に達するまでの金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に計算する旨定められ、この場合、私財提供欠損金と青色申告欠損金とでは青色申告欠損金の控除が優先する旨定められているところ、会社更生法手続も広い意味では会社整理、和議等と同じく会社の再建、整理を図る手続であることからすると、会社更生法二六九条三項も実質的には、法人税法五九条と同一の趣旨、目的の規定であると考えられること等である。
被告が主張する右論拠は、前記のとおり前訴判決によって否定されたのであるが、前訴判決が本件通達の解釈が採用できないとしている論拠として、会社更生手続においては徹底して会社の保護を図っていることを重視していることからすると、その点について見解を異にして本件通達を制定し、この通達に従って住吉税務署長が本件訴訟対象更正処分を行ったことをもって、課税行政庁に法の解釈を誤ったことについて過失があったと認め難いといわざるを得ない。
また、会社更生における評価益につき、法人税法二五条により益金とされていることからすると、会社更生法二六九条三項が益金不算入を企図して立案された等の立法、改正経過を考慮しなかったことも、やはり過失とは認め難いところである。
さらに、右のとおり会社更生における評価益が益金とされているので、会社更生法二六九条三項が欠損金につき、括弧書で青色申告欠損金を除いているのは、青色申告欠損金の控除を当然の前提としているとの被告主張のような解釈も(やや牽強付会ではあるが)できないではなかったこと(乙第四号証の前訴第一審判決後の判例評釈も「法人税法の繰越控除が先に適用されるようにもみえるのである。」としている。)のである。
5 右のとおり、被告が本件通達内容の根拠として挙げられる理由もそれなりに合理性があったこと、前訴判決が本件通達の内容を否定した根拠が会社更生手続においては徹底して会社の保護を図っていることを重視していること、前記のとおり原告が不服申立てをするまで、疑問があるものの、本件通達の内容が多数説とされていたことからすると、本件通達は、会社更生欠損金について無制限に損金処理ができるのは不合理だとの見解のもとに制定されたとする被告の主張も聞くべき点があり、それなりに十分な根拠をもつと評価できる。
6 本件通達の制定及びこれに基づく住吉税務署長の訴訟対象更正処分が行われたところ、右の次第で、その後に判決により、本件通達が内容としている解釈が採用されなかったからといって、その誤りについて、国税庁長官に故意過失があったとは認め難く、よって、被告に、国家賠償法一条による賠償義務を認めることはできない。
なお、原告は、国税局の担当官から、原告の主張が認められた場合は職権で更正し、納付期日以降、還付加算金を加算する旨の違法な行政指導があったと主張するが、そのような事実は認めることができないところである。
(国税通則法五八条一項一号に基づく請求)
一 本件過納金分は、前記のとおり原告の確定申告に係る法人税についてのものであるから、これが文言上、国税通則法五八条一項一号イに規定されている過納金に該当しないことは、被告の主張するとおりであり、また、本件過納金分が同項同号ロ、ハにも該当しないことも明らかである。
原告は、還付加算金の規定は、民法の不当利得の規定を参酌して設けられたもので、同条一項一号は、課税行政庁側に還付原因がある場合を規定したものであり、本件過納金分は、そもそもが被告の国税庁長官が違法な本件通達を制定したことに起因し、その発生原因が被告側にあるから同号の適用があると主張する。
確かに、還付金あるいは過誤納金は、実体上、国が保有すべき理由がないために還付を要する利得であって、一種の不当利得である。そして、昭和四五年の改正前は、納付の日の翌日から加算金を加算していたのを、課税行政庁側に原因がない場合にそのような加算をするのは相当でないとして、不当利得の法理を勘案して規定されたという立法経過については、被告も争っていない。
しかし、被告が主張するとおり、国税通則法五八条一項一号は、いずれも税務署長等が税額の確定手続又は徴収手続において更正決定等の処分あるいは納税の告知等の処分等をするなどして積極的に関与したことにより、納付すべき税額として納税者に通知した国税が過納となった場合の過納金であり、この規定からすると、法は、税務行政庁側に過納金発生の原因がある場合として、税務行政庁側が税額の確定手続又は徴収手続に関与した限度で、過誤納の原因が税務行政庁側にあるとし、その限度で不当利得の法理を参酌したものと解される。
二 原告は、国税通則法五八条一項一号イにいう「更正決定等」は繰越欠損金についての更正がなされたような当該更正処分が次年度の申告納付に機械的に影響を及ぼす更正処分も含むとか、本件減額更正は、前訴判決の結果によるものであるから、国税通則法五八条一項一号イ規定の更正に該当すると主張する。
確かに、本件のように機械的に次年度に影響を与える繰越欠損金についての課税行政庁の更正処分について不服を申立てる一方、取り敢えず、課税行政庁の主張する見解に従った申告納付をし、その後に、この繰越欠損金の主張が認められて更正決定が取り消す判決があり、そして、課税行政庁がこの判決の(結果ではないが)判断に従った減額更正を行ったことによる過納金について、納付の日から還付加算金を加算しないのは、法の不備ではないかとの感はする。
しかし、原告の右主張は、条文の文言上から採用できないものであるし、7.3パーセントという還付加算金の割合からすると、申告者側は、自己の見解による確定申告をして、更正決定による賦課処分がなされた場合のみ、納付の翌日から還付加算金を加算するという制度も合理性があると考えられ、この点からも原告の右主張は採用できない。
三 よって、原告が還付加算金相当額を請求している本件過納金分について国税通則法五八条一項一号を適用しなかったことについて、住吉税務署長に違法行為はないし、原告の国税通則法五八条一項一号に基づく請求ないしこれを適用しなかったことにより被告が不当利得をしたことを前提とする請求は、いずれも理由がない。
(結論)
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡部崇明 裁判官村岡寛、同吉岡真一は、転補のため署名・押印ができない。 裁判長裁判官岡部崇明)
別紙<省略>