大阪地方裁判所 平成3年(ワ)9351号 判決 1993年12月24日
主文
一 甲事件被告兼乙事件原告甲野松子を甲、乙事件被告有限会社甲野建物の取締役から解任する。
二 甲、乙事件被告有限会社甲野建物を解散する。
三 訴訟費用は甲、乙事件を通じてこれを四分し、その一を甲事件原告兼乙事件被告補助参加人甲野太郎の負担とし、その一を甲事件被告兼乙事件原告甲野松子の負担として、その余を甲、乙事件被告有限会社甲野建物の負担とする。
理由
第一 甲事件について
一 請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求原因2(被告松子の不正行為及び法令違反)について判断する。
1 請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因2(二)(1)について、被告松子が過去に丙川荘の一部の部屋につき、現金で賃料を受け取りながら被告会社の帳簿に計上しなかつたことがあることは、原告太郎と被告松子との間で争いがない。
ところで、《証拠略》には昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度(第一二期)において管理人訴外田中慎一が家賃三一万七七〇四円を持ち逃げした旨が記載され、同事業年度の総勘定元帳の短期貸付金勘定には右事故の処理として田中慎一に対する売掛金名目で一一万七七〇四円が、未払費用名目で二〇万円が各計上されていること、また、同じ総勘定元帳の売上高の欄には、平成元年九月三〇日にそれまで未計上であつたと思われる馬、小林高吉等一〇名の一〇か月分の家賃と五〇万円が未払費用名目で突然一括計上されていることが認められる。原告太郎は、この帳簿処理について、被告松子がこれまで右未計上の家賃月額約二〇万円ほどを毎月売上から除外し、これを横領していたところ、管理人の集金家賃の持ち逃げ事件が発生したため、これによつて右横領の事実が発覚することを恐れ、売上除外分をにわかに帳簿に記載し、これを被告松子が受け取るべき未払費用と相殺する形で弁償したものであり、他の時期においても右時期と同程度(二二室)の入室があつたのに被告松子はその一部の入居の事実を帳簿に載せず、賃料収入の一部を横領し続けていたものである旨を主張し、他方、被告松子は、右事業年度には中国人留学生を入居させ、その家賃を免除、減額する等の援助をしていたところ、税務申告に当たり経理処理の必要性から訴外平井税理士が便宜的に前記のような計上をしたにすぎず、右の経理処理は、原告太郎が主張するような横領を示すものではないし、また、中国人留学生の入居に伴つて一時的に生じた経理上の措置にすぎないと主張している。
そこで、検討すると、丙川荘の入居者数が平均二二室であるという原告太郎の推定の内容は、被告会社の第一二期の期首における入居者数が前記確定申告書及び総勘定元帳の記載から二二室と算定でき、これが丙川荘の平均的な入居状況だと考えられるというものである。しかし、《証拠略》によれば、第一四期(平成二年一〇月一日から平成三年九月三〇日)は丙川荘の全二七室のうち空室は一八室で、入居があるのは九室、第一五期(平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日)は同じく空室が二〇室で入居があるのはわずか七室となつていること、平成四年九月三〇日の時点で丙川荘は建替えのないかぎり新規入居者は望むべくもない状態にあつたことが認められる。また、《証拠略》によれば、第一一期以前には外国人(主として中国人と思われる。)入居者が多数いたことを認めるべき痕跡はないが、第一二期に一括して計上された一〇名の入居者はほとんどが外国人であり、その後入居者が一六名以上を保つている時期は多数の外国人入居者がいる時期と重なること、原告太郎が丙川荘の平成元年九月から平成二年四月までの裏帳簿であると主張する甲第二二号証と正式の帳簿から認められる入居者の推移をまとめたものとされる甲第二四号証を比較しても大きな差異はないことが認められる。そうすると、第一二期における入居者一〇名の一括計上は、外国人入居者をその当時多数受け入れたことによるものである可能性を否定し難く、したがつて、右時期の入居者数を基準に他の時期の入居者数を推定することの合理性はこれを肯定することができない。
もつとも、前記第一二期の総勘定元帳のように期中に売上のなかつた賃料収入を期末の一挙に計上するような会計処理は通常なものといわざるを得ず、この間被告松子は賃料の一部を私的な用途にも費消したことを認めている。その上、《証拠略》によれば、訴外高田克也は昭和五七年四月一日から昭和六二年一月四日までの期間丙川荘に住民票上の住所を有していたことが認められるところ、《証拠略》によれば昭和五九年一〇月一日に始まる事業年度以後決算報告書の売上明細の賃借人欄には右高田の名前はあげられておらず、前記住民票の記載とは合致しない。また、《証拠略》によれば、住民票上訴外戸村浩幸が昭和五九年五月二〇日から昭和六〇年七月一四日までの期間、訴外井上裕士が昭和六〇年一月二二日から昭和六一年五月二三日までの期間それぞれ丙川荘に住所を有していたことになつているが、総勘定元帳などによれば、戸村浩幸は昭和五九年五月に一か月だけ入居し、その後再び昭和六〇年五月から七月まで入居したものとして、また、井上裕士は昭和六〇年六月から昭和六一年四月まで入居したものとしてそれぞれ計上されており、これも前記住民票の記載と合致しない。そして、このことについて被告松子から具体的な反論はないので、右住民票の記載と被告会社の会計帳簿の記載の合致しない期間は、前記三名の賃料は帳簿に記載されないまま売上から除外されていたものと推定せざるを得ないうえ、このような事実の存在は、右に述べたところ以外にも多かれ少なかれ幾許かの売上除外があつたことを推定させるものである。
3 次に、請求原因2(二)(2)ないし(4)につき検討する。
原告太郎と被告松子の間では、被告松子が第三甲野ビル一〇二号室及びマンション丙川一〇六号室に関する過去の賃料等及び久保田正明に関する請求原因2(二)(4)記載の金員について、いずれも現金で集金したにもかかわらず被告会社の売上として計上しなかつたことが過去にあること並びに被告松子はそのうち第三甲野ビル一〇二号室及びマンション丙川一〇六号室について集金した金員については自己の生活費等として費消したことにつき争いがなく、《証拠略》を総合すれば、被告松子は、第三甲野ビル一〇二号室について、昭和五七年一〇月一日から昭和六三年一〇月二五日までの七三か月間、月額四万円を下らないと推定される賃料収入を帳簿に計上せず、さらに同室につき、平成元年二月一五日から同年四月六日までの二か月間の合計九万円の収入と同室について受領した保証金収入二〇万円を帳簿に計上しなかつたこと、被告松子は、マンション丙川一〇六号室について、昭和五七年一〇月から昭和六〇年九月までの間、約一二〇万円の収入(乙第一ないし第三号証の各売上明細谷川峰子欄記載の金額)を、昭和六〇年一〇月から平成元年七月及び同年一一月から平成二年九月までの間、約二〇〇万円の収入(乙第四ないし第八号証の各売上明細谷川峰子欄記載の金額から大槻光子欄の金額を控除した金額)をそれぞれ帳簿に計上しなかつたほか、同室に関する保証金収入二〇万円も帳簿に記載しなかつたこと及び請求原因2(二)(4)記載の事実が認められる。
4 請求原因2(五)の事実については、原告太郎と被告松子の間では争いがなく、原告太郎と被告会社との間では弁論の全趣旨によりこれを認める。
三 ところで、被告松子は、同被告が自己と会社の現金出納を全く区別せず、公私を混同した会計処理をしていたことを前提として、同人は正規の報酬を受領していなかつたから、請求原因2(二)記載の売上除外分を被告松子が受領し費消しても、なお原告太郎との関係では簿外報酬として正当化しうる程度にとどまり、取締役からの解任に値するまでの不正な行為ではない旨主張するが、当事者間に争いがない請求原因1及び2(一)に記載のとおり、被告会社は、原告太郎及び被告松子のそれぞれ二分の一ずつの出資によつて設立され、原告太郎及び被告松子の所有する不動産を管理することを業とする会社であつて、その管理する不動産には丙川荘の建物のみを除き原告太郎の所有にかかるものが二分の一も含まれているのであるから、被告松子が自らの財産と被告会社の財産を混同することを正当化することはできない。
その上、被告松子が簿外で取り込んだ家賃収入が被告会社の経費として使用されたことを認めるべき証拠はなく、右の使途は被告松子の私的な用途に費消されたものと推定せざるを得ないところ(売上除外された賃料の一部が被告松子の生活費などとして費消されたことについて当事者間に争いのないことは前述のとおりである。)、前述のとおりこのような違法行為が行われていた期間は長く、その総額も累計では相当多額に及んでいる。また、当事者間に争いのない前記マンション丙川の一室に関する平成二年六月一八日から同年九月までの賃料及び保証金収入の私的費消(請求原因2(二)(4))は原告太郎によつてそのような行為の違法性を強く指摘された後に行われたものである。したがつて、前記認定のような被告松子による丙川荘、マンション丙川及び第三甲野ビルの賃料の一部の売上除外とその私的な取り込みは、被告松子が主張するような点を考慮しても、有限会社法第三一条の三第一項にいう「不正の行為」に該当するものといわざるを得ない。
四 以上より、その余の点について判断するまでもなく、被告松子を被告会社の取締役から解任する旨の原告太郎の請求には理由がある。
(なお、被告会社は乙事件において解散の請求を受けており、後記認定のとおり、その請求は認容されるものと認められるが、その認容判決はいまだ確定しているものではなく、被告松子はなお被告会社の取締役として稼働しうるものであるのみならず、被告会社の解散判決が確定しても、従前の取締役は、定款に別段の定めがあるとき(甲第二号証の被告会社定款には右に関する別段の定めがない。)又は社員総会において他人を清算人に選任しない限り、清算人となつて会社の清算業務に携わることとなるから、原告太郎の本件取締役解任請求の訴えの利益はなお存在するものと解せられる。)
第二 乙事件について
一 請求原因1(当事者)の事件は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)の事実中、(1)ないし(3)の各事実及び被告松子が別紙物件目録三記載の土地及びマンション丙川に関して共有物分割の訴を提起したことは当事者間に争いがなく、被告松子と被告会社との間では、昭和六一年一月以降の紛争により原告太郎と被告松子の信頼関係が破綻していることにつき争いがない。そして、右各事実に、《証拠略》を総合すると、原告太郎と被告松子の人間関係は完全に破綻しているうえ、両者は被告会社の業務執行及び利益の配分につき対立しており、被告会社に関する双方の意見を調整することは将来的にも非常に困難であることが認められる。したがつて、前記認定のとおり原告太郎と被告松子の議決権が同数である被告会社においては、社員総会において計算書類の承認その他の重要事項を決定することが不可能な状態にあるものと認められる。
これについて原告太郎は、被告松子の議決権行使は会社解散を目的とした違法なものであるから、原告太郎は社員総会における被告松子の議決権行使及び議決結果を無視して取締役として議案を執行することができ、会社業務が停滞することはない旨主張するが、有限会社社員は本来解散決議により会社を解散することも認められるいるのであるから、被告松子の議決権行使が直ちに全て権利濫用になるとする原告太郎の主張は根拠を欠くうえ、右は要するに原告太郎が法の定める手続を無視して会社を経営すれば足りるというに等しく、到底採用できない。
従つて、被告会社において、今後、常時正常な業務執行を確保することは困難であるといわざるをえない。
三 次に請求原因2(二)の事実につき判断する。
前記認定のとおり、被告会社の取締役は原告太郎及び被告松子の両名であつたから、被告会社の業務執行については右両名の意見調整が不可欠であるところ、右二で認定した事実によれば、右意見調整は不可能であることが認められる。しかしながら、甲事件について既に判示したとおり、被告松子は被告会社の取締役を解任されるのであるから、被告会社の取締役は原告太郎のみとなり、意見調整の必要はなくなるため、この点は被告会社の解散事由とはならない。
四1 《証拠略》を総合すると、被告松子が原告太郎との一切の関係を清算することを希望していること、マンション住吉及び丙川荘とその敷地については前記認定のとおり、原告太郎及び被告松子の間で訴訟上の和解により平成四年一〇月に共有物分割の合意が成立したが、右和解でマンション丙川及び丙川荘に関する被告会社と原告太郎及び被告松子の賃貸借契約を直ちに解約することも合意された結果、現在被告会社が賃貸に供して収益を上げることのできる物件は第三甲野ビルのみとなつていること、被告松子は平成四年九月三〇日の時点で被告会社に対して貸借対照表上貸付金八七三三万一六三四円及び立替金一三三七万二六八二円を有しているのに対し、右時点において被告会社が有する流動資産は合計三二二七万三三〇〇円のみであること、右時点における被告会社の資産の総額は二億八一九三万二九四一円で、負債は二億七九三七万五一〇〇円であり、次期繰越利益は一五五万七八四一円にすぎないこと及び被告会社は平成四年一一月三〇日を申告納付期限とする合計一四九万九七〇〇円の租税の納付すら困難な状況にあることが認められ、右各事実によれば、被告松子が被告会社に対して右貸付金及び立替金の一括支払いを要求した場合、被告会社は直ちに倒産の危機に直面するうえ、被告会社をこのまま放置した場合にも被告松子に回復すべからざる損害が生じるおそれがあるものと認めることができる。
2 この点に関し、原告太郎は、被告松子の貸付金は被告会社に対する出資金としての性格を有するから、被告会社との間で、会社が存続する限り一括返還を要求することはしないとの合意があるので、被告松子が一括返還請求をすることにより被告会社が倒産の危機に直面することはない旨主張しており、被告会社の所有する第三甲野ビルの敷地は被告会社が原告太郎及び被告松子から貸付を受けた金員で取得したものであることは当事者間に争いがない。しかし、被告松子と被告会社の間で右貸付金については一括返還を請求しない旨の合意が存したとの事実は、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りないから、原告太郎の右主張は理由がない。
さらに、原告太郎は被告松子の被告会社に対する債権を被告会社が被告松子に対して有する損害賠償請求権により相殺する旨主張するが、原告太郎が甲事件において、不正行為により被告松子が被告会社に与えた損害として主張する金額を全て合計しても二一二七万〇八四九円にすぎないから、仮に右金額全額を被告松子の債権と相殺したとしてもなお被告松子に対する債務を被告会社が即時に返済することは不可能である。そして、原告太郎は相殺に関し他に具体的主張をしないから、この点も前記認定を左右しない。
なお、被告松子は第三甲野ビルに居住することによつて自らの債権を回収すべきだとする原告太郎の主張は、単なる希望にすぎず、法的に無意味である。
五 以上で認定した事実によれば、その余の請求原因事実につき判断するまでもなく、被告会社はその業務の執行上著しい難局に逢着しており、かつこれを放置するときは被告松子に回復すべからざる損害が生じるおそれがあるものと認めることができる。
そこで、次に抗弁(権利濫用)について判断する。
1 前示のとおり、被告松子の不正行為及び違法行為を原因とする同人に対する取締役解任請求には理由がある。
2 しかしながら、被告松子が本件解散請求を専ら自らの責任を隠蔽する目的で提起したとの事実に関する直接の証拠はない。
そして、乙事件が甲事件が提起された平成三年一一月一九日より五か月も前の同年六月一九日に提起されていることは当裁判所に顕著であるところ、右顕著な事実と、前記認定の各事実、すなわち被告松子は被告会社の出資口数の半分を有する社員であるとともに被告会社に対して多額の貸付金を有する債権者であること、被告松子は原告太郎との関係が破綻したことに伴い、原告太郎との関係を清算したいとの希望を有しており、既に原告太郎と共有していた不動産については共有物分割の訴訟を提起したうえで和解により分割を済ませたことを合わせ考えれば、被告松子が不正行為により被告会社の取締役を解任されるべき立場にあるということを考慮しても、なお、被告松子による被告会社の解散請求が権利の濫用に該当するということはできない。
第三 結論
よつて、甲事件及び乙事件の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 田川直之 裁判官 橋本都月)