大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10177号 判決 1998年3月27日
原告
富永眞弓
同
富永浩至
同
富永将至
右両名法定代理人親権者母
富永眞弓
右三名訴訟代理人弁護士
若林正伸
同
山川元庸
同
松井忠義
右若林正伸訴訟復代理人弁護士
川合清文
被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右訴訟代理人弁護士
辻中榮世
右指定代理人
種村好子
外五名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の請求
一 請求の趣旨
1 被告は、原告富永眞弓に対し、四八七四万二三五〇円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同富永浩至及び同富永将至に対し、各二四三六万六一七五円及びこれらに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告富永眞弓(以下「原告眞弓」という。)は、亡富永一穂(以下「亡富永」という。)の配偶者であり、原告富永浩至(以下「原告浩至」という。)及び同富永将至(以下「原告将至」という。)は、亡富永の子である。
2 亡富永が死亡するまでの経緯
(一) 亡富永は、平成三年三月ころ、財団法人愛知診断技術振興財団による大腸癌便潜血反応検査を受けたところ、便潜血反応が陽性となったので、至急、専門医療機関において精密検査を受けるよう指示された。
(二) 亡富永は、平成三年三月一九日、大阪大学医学部附属病院(以下「阪大病院」という。)第二内科において精密検査を依頼し、同年四月三日、森脇要医師(以下「森脇」という。)の指示により、大腸レントゲン検査(以下「本件レントゲン検査」という。この検査を担当した者が中村仁信医師(以下「中村」という。)である。)、血中腫瘍マーカー検査及び肝機能血液検査を受検したところ、異常なしと診断された。
(三) 亡富永は、平成四年一月ころから、体の不調を訴え、同年二月一四日、腹部の激痛を訴えて大阪府済生会泉尾病院(以下「泉尾病院」という。)に入院し、大腸から肝臓への癌転移が発見されたが、全く助かる見込みがなく、同年三月一八日、大腸癌・多発性肝転移に基づく肝不全により死亡した。
3 過失
亡富永は、便潜血反応検査(第一次検査)の結果が陽性であったため、大腸癌の罹患が疑われ、検査機関である財団法人愛知診断技術振興財団から第二次検査を受けるよう勧められた。亡富永は、大腸癌の自覚症状がなく、早期発見が必要とされたので、阪大病院に検査を申し込み、その結果、亡富永と被告との間に大腸癌の第二次検査に関する診療契約が締結された。したがって、被告は、亡富永に対し、検査によって、大腸癌を早期に発見して適切な治療を受けさせるか、大腸癌の疑いを否定するかの義務を負っていた。しかし、被告の右義務の履行補助者である森脇及び中村は、次のとおり、右義務を尽くさなかった。すなわち、
(一) 本件レントゲン検査において撮影されたレントゲン写真(検乙六、七。以下「本件写真」という。)には、上行結腸肝湾曲部に腫瘍様病変が写っているのに、中村及び森脇は、本件写真に写っていた右腫瘍様病変を見落とした。
(二) 中村は、本件レントゲン検査において、適切かつ有効なレントゲン撮影をしていれば、上行結腸肝湾曲部に腫瘍様病変を撮影できたのに、適切かつ有効な撮影をしなかったため右腫瘍様病変を発見できなかった。
(三) 本件写真には、上行結腸肝湾曲部に異常陰影が写っているから、森脇及び中村は、右陰影が腫瘍様病変でないことを確認するための再度の大腸レントゲン検査又は内視鏡検査をすべきであったのに、これをしないまま、亡富永について異常なしと診断した。
被告の履行補助者である森脇及び中村における右(一)ないし(三)の過失により、亡富永は、大腸癌の早期治療を受ける機会を逸し、本件レントゲン検査から一〇か月以上も経過した後に初めて癌との診断を受けたが、既に癌は肝臓に転移し、処置の施しようもないまま死亡するに至った。
4 因果関係
本件写真(平成三年四月三日撮影)の上行結腸肝湾曲部の異常陰影の部位は、泉尾病院における平成四年二月二八日の手術の際に確認された上行結腸癌の部位と一致している。
とすれば、時間的にも、部位的にも、本件写真の異常陰影と亡富永の上行結腸癌は近接しており、両者の同一性が推認される。
なお、被検査者に大腸癌の自覚症状がなく、かつ、五年生存率が五〇パーセントを超える種類の癌の場合、医師の早期発見義務違反と死亡の結果については一〇〇パーセントの因果関係を認めるべきであり、割合的認定をすべきではない。
5 損害
(一) 逸失利益
六三六二万四七〇〇円
亡富永は、死亡当時三九歳であり、平成三年度の収入五二七万八〇〇〇円、就労可能年数二八年、生活費控除割合を三〇パーセントとして、中間利息を控除して(ホフマン係数17.221を乗じる。)計算すると、その逸失利益は六三六二万四七〇〇円となる。
(二) 慰謝料 二五〇〇万円
亡富永は、健全な家庭と仕事に恵まれ、妻及び二人の子供とともに幸福な生活を過ごせたはずであったのに、被告の債務不履行により、三九歳の若さで死亡することを余儀なくされた。亡富永の被った精神的苦痛を慰謝するには、二五〇〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用 八八六万円
原告らは、本件訴訟提起・遂行を弁護士に依頼したのであるから、八八六万円が被告の債務不履行と相当因果関係のある損害である。
6 相続
前項(一)及び(二)の損害額合計は、八八六二万四七〇〇円となるところ、配偶者である原告眞弓及び子である原告浩至及び同将至は、相続分に従って損害賠償請求権を相続した。また、原告らは、弁護士に対し、前項(三)の弁護士費用につき、相続分の割合に応じて支払うことを約した。
7 まとめ
よって、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、原告眞弓は四八七四万二三五〇円及びこれに対する平成四年一二月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告浩至及び同将至は各二四三六万六一七五円及びこれに対する平成四年一二月二二日(前同)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2(一) 同2(一)は知らない。
(二) 同2(二)は認める。
(三) 同2(三)のうち、亡富永が平成四年三月一八日に死亡したことは認め、その余は知らない。
3 同3は否認し、その主張は争う。
4 同4は否認し、その主張は争う。
5 同5は争う。
6 同6については、亡富永と原告らの身分関係は認め、その余は争う。
三 被告の主張
1 過失について
(一)(1) 本件写真の原告らが主張する上行結腸肝湾曲部の陰影は、大腸の粘膜の屈曲や底に溜まった粘液の付着によるものであり、これを癌と考えることは不可能である。
(2) 泉尾病院における手術の際に採取された亡富永の肝転移癌は、上行結腸肝湾曲付近に発生した低分化腺癌が転移したものである。低分化腺癌は、その特徴として、その肉眼形態に表在型が存在しないから、表在型の一種である隆起型の癌がレントゲン写真に写ることはほとんどあり得ない。
(3) 泉尾病院の手術記録によっても上行結腸のどの部分に癌が存在したのか不明であるから、本件写真の原告らが主張する上行結腸肝湾曲部の陰影と癌の部位が一致すると断定することはできない。
(4) 泉尾病院の手術において、亡富永の上行結腸癌は摘出されておらず、癌の大きさ、形状が不明であるため手術時に発見された癌と本件写真の原告らが主張する上行結腸肝湾曲部の陰影との関連性が不明である。
(二) 中村は、平成三年四月三日、十分なレントゲン撮影を行ったし、透視による診断という手法も合わせて異常なしと判断した。
(三) 亡富永は、右レントゲン検査に先立ち、血中腫瘍マーカー検査及び肝機能検査を受けていたが、平成四年三月一九日の森脇の所見によれば、いずれの検査においても異常は認められなかった。
(四) 森脇は、同年四月九日、亡富永に対し、検査結果の全体を説明するとともに、レントゲン検査にも他の検査と同様に限界があるし、便潜血反応検査において陽性反応を示しているから、半年ないし一年後にもう一度大腸レントゲン検査を受けるよう指示した。
2 因果関係について
亡富永の肝転移癌が低分化腺癌であったから、その原発癌(上行結腸癌)も低分化腺癌であった。大腸低分化腺癌は、極めて特殊な癌であり、潰瘍型やびまん性浸潤型を示すことが多く、早期に発見されることはほとんどなく、発生すれば急激に増大進行し、進行癌に至って発見される場合がほとんどであり、予後も極めて不良であるし、切除治癒率も低い(多くは切除不能である。)。
亡富永が体の不調を訴えた後わずか二か月で死亡するに至ったこと、低分化腺癌が早期に発見されることはほとんどないこと、その余後が極めて不良であること等を考慮すれば、亡富永は、阪大病院の診察以後に右癌に罹患したものというべきである。
四 被告の主張に対する認否及び反論
(認否)
否認し、その主張は争う。
(反論)
1(一) 低分化腺癌は、組織形態学的に多様性を示し、高分化腺癌と混在したり、高分化腺癌及び中分化腺癌と混在したりする。そして、混在する低分化腺癌は、量的に劣性でも転移することがある。
とすれば、肝転移癌が低分化腺癌でも、原発癌が混在型であれば、本件写真に隆起型癌が写ることになる。
(二) 低分化腺癌でも表在型が皆無とはいえない。
(三) 低分化腺癌も、癌化した細胞が増殖し、腫瘍が次第に大きくなり、早期癌から進行癌へと発展し、壁深達度が進んでいくのであり、いきなり進行癌となるものではない。
2 低分化腺癌の治癒切除例の余後については、高分化腺癌や中分化腺癌との間に有意差が認められない。
3 九か月前に存在しなかった癌が九か月間で救命不能になるまで進行することはあり得ない。
4 中村の過失により亡富永のレントゲン写真が十分撮影されなかったのであるから、その証拠の不十分さを原告らに負担させることは信義則に反し許されない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(当事者)及び2(亡富永が死亡するまでの経緯)について
請求原因1の事実、同2(二)の事実及び同2(三)のうち、亡富永が平成四年三月一八日に死亡した事実は当事者間に争いがなく、証拠(甲一ないし五、一三、原告眞弓本人)によれば、その余の事実が認められる。
二 請求原因3(過失)について
1 証拠(甲六ないし一二、一四ないし三〇、乙一の一ないし一一、検乙一ないし一三、証人中村仁信及び同本田豊彦の各証言並びに鑑定人本田豊彦の鑑定の結果)によれば、
(一) 大腸の病変の質的判断においては、大腸のレントゲン検査法の一つである二重造影法の結果の善し悪しが重要であるところ、本件レントゲン検査の写真のうち、肝湾曲部は、屈曲が強いこともあって病変の有無を完全に判定できているとはいえず、回盲部は、バリウムの量がやや少なめの圧迫像のみであって良好な二重造影はなく、上行結腸は、満足できる二重造影像が得られているのが本件写真のうちの一枚(検乙七)のみであり、バリウムの付着状態を変えた状態の二重造影像がないことからすれば、これらの部位については、満足できる検査がなされたとはいい難い。
(二) 本件写真のうち、検乙六を図示した別紙一記載の赤丸印部分は、横行結腸肝湾曲部と上行結腸肝湾曲部が完全に重なっており、癌ないし癌と疑われるような陰影の判読は困難であり、また、検乙七を図示した別紙二記載の赤丸印部分(以下「本件部位」という。)も横行結腸肝湾曲部と上行結腸肝湾曲部が重なっており、右陰影の判読はやや困難であること、検乙七の写真の本件部位にはかなり長い茎のような構造物が認められないこともないところ、一方で、その先端部の構造は必ずしも明らかではなく、四本ないし五本の縦ひだが認められるので通常の有茎性ポリープとは考えにくいが、他方、本件部位の有茎性ポリープとも思われる陰影が腸管同士の重なりや便汁及び粘液の存在のために偶然そのように見えただけであると判断するためには、その陰影に恒常性がないこと(換言すれば、被検査者がレントゲン撮影に伴って身体の向きを変えた場合、その陰影の位置に変化が生じることであり、特定の病巣であればその位置に変化は生じないことになる。)を示さなければならないところ、検乙七の写真以外に右部位の質的診断ができるようなフィルムがなく、本件写真だけではどのような病変があったのか判断できないことからすれば、本件部位には、質的診断のつかない異常陰影があり、右検査の情報のみでは、それらを合理的に説明することが極めて困難であり、結局、本件部位においては、癌ないし癌と疑われるような陰影が認められるとはいえないものの、何らかの病変が存在する可能性がないともいえないということになる。
(三) 右のように本件部位においては、詳細不明の正常構造とは異なる陰影が存在するのであるから、被告は、その陰影が何かを確定するため、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行うのが適切である。
(四) 被告は、「注腸検査においては、透視中の診断も重要であり、病変の有無はレントゲン写真及び透視診断の両者を総合して判断される。透視診断を加えることによって、糞塊、腸のねじれ、粘液等による陰影を区別することができるところ、亡富永については、阪大病院における検査の結果(透視中の診断を含む。)から、異常なしと判断することができた」旨主張する。
証人中村は、検乙七の写真(同写真を図示した本判決添付別紙二記載の赤丸印部分)につき、右部位の陰影が異常であるかどうかがそもそも問題である上、透視判断によって右陰影が癌ではなく、粘膜ひだあるいは粘液の類であることを確認した、したがって、透視中の診断を含む本件レントゲン検査の結果から異常は認められなかった旨証言している。
しかしながら、右中村証人は、本件部位には、他のきれいな腸管の部分と比べると異なる画像が存在するのを認めていること、中村証人は、本件部位について、ポリープ(有茎性のもの)が存在するかどうかを透視診断により診断したと思う旨証言するが、突起状の病変が生じにくい低分化腺癌では透視診断の有効性につきいささか疑いが生じざるを得ないこと、中村証人が確認したというひだは、その走行方向や腸管内での開始位置がおかしいのではないかという原告訴訟代理人の尋問に対し、ひだであることを確認したという証言からひだである可能性があると思う旨のニュアンスに低下しており、しかも病変発生の事実を否定することができず、最終的には、本件写真に正常でない何かが写っていることを明白に認めていることの諸事情に照らせば、正常でない疑いが存在する限り、その疑いを払しょくすべき検査の目的が遂げられたものとはいい難い。
また、証人本田豊彦及び同人の鑑定の結果によれば、検乙七の写真以外に本件部位に対する質的判断ができるような資料はないところ、上記写真によれば詳細不明の正常構造とは異なる陰影が存在し、その陰影が何であるのかを確定するためには、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査が必要であること、透視下のモニターで見る像は、レントゲンフィルムよりもかなり解像度が低いため、透視診断という手法では五ミリメートル以下の小さな病変を発見するのが困難であることが認められるのであって、前記中村証言の問題点と相まって考察すれば、透視中の診断を含む本件レントゲン検査の結果から直ちに異常なしという結論を導くことは困難であるといわなければならない。
(五) 被告は、森脇が、平成三年四月九日、亡富永に対し、半年ないし一年後にもう一度大腸レントゲン検査を受けるよう指示した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
2 したがって、請求原因3のうち、(一)は、本件部位には、癌ないし癌と疑われるような陰影は認められない以上理由がなく、(二)は、上行結腸及び肝湾曲部について満足のできる検査がなされなかったことから、(三)は、詳細不明の正常構造とは異なる陰影が存在するのであるから、被告は、その陰影が何かを確定するため、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行う必要があることから、それぞれ理由がある。
三 請求原因4(因果関係)について
1 中村の過失と亡富永の死亡の結果との間に因果関係があるというためには、①本件レントゲン検査の時点において、亡富永に上行結腸癌あるいはその前段階の病変が存在しており、②再度のレントゲン検査又は大腸内視鏡検査により右病変が発見でき、③その時点で治療を開始していれば救命が可能であったことが必要であるというべきである。そして、その因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要し、かつそれで足りる(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一四一七頁)。
2 前記二1(二)によれば、本件部位には、癌ないし癌と疑われるような陰影は認められないが、何らかの病変が存在する可能性がないとはいえず、また、証拠(甲五、一三、乙一の一ないし一一)及び弁論の全趣旨によれば、亡富永は、平成三年初めから、時々腹痛を感じており、財団法人愛知診断技術振興財団による大腸癌便潜血反応検査を受けたところ、一日目に潜血反応があったこと、阪大病院における検査の後も時々腹痛を感じていたこと、平成四年二月一四日に、腹痛を訴えて泉尾病院内科に入院したこと、泉尾病院の柳生恭子医師は、同月二四日、阪大病院にレントゲン写真の貸出しを依頼し、古形宗久医師(以下「古形」という。)は、阪大病院から借り出した右レントゲン写真を検討したところ、上行結腸に陰影、欠損があることから、亡富永を上行結腸癌の疑いによるイレウスと診断したこと、亡富永の手術前の臨床診断は、上行結腸癌の疑い並びにイレウス及び肝転移の疑いであり、手術の所見は、上行結腸肝湾曲付近に可動性なく硬い腫瘤が触知され、ここから中結腸動脈、さらにトライツ周囲までリンパ節の硬化腫大があり、リンパ節は一かたまりになり、肝には、多発転移が認められ、一部は壊死かとも考えられる色調変化があったこと、右手術の診断は、上行結腸癌の疑い、肝転移、イレウス及び癌性腹膜炎であったこと、亡富永の癌は、本件レントゲン検査から約一一か月後に根治手術ができないほど進行していたこと、以上の事実が認められる。
右事実関係に照らせば、亡富永の肝転移の原発癌は、上行結腸(上行結腸肝湾曲部)癌であり、本件レントゲン検査の時点で存在したという可能性は否定できない。
3(一) 他方、証拠(甲五、一三、三四、乙一の一ないし一一)によれば、亡富永は、平成三年三月一九日、阪大病院の検査の際、森脇に対し、以前より痔があり、アルコール摂取や麻雀の後に肛門部より出血があったことを申告したこと、森脇は、同日、亡富永の直腸を指診したが、腫瘤を認めなかったこと、亡富永の血中腫瘍マーカー検査及び肝機能血液検査の結果は、アルブミンが一デシリットル中4.8グラム(正常参照値が3.6ないし4.7)、アルブミン・グロブリン比(A/G)が1.8(正常参照値が1.0ないし1.7)であるほかはすべて正常値の範囲内であったこと、古形が、平成四年二月二八日、亡富永の上行結腸部分付近を触診して腫瘤を触知していたこと、亡富永の泉尾病院での手術の際、転移と考えられる肝腫癌の一部が楔状に切除されて病理組織検査が行われたこと、右検査の所見は、低分化型腺構造を示す大きな多角形の角と明瞭な核小体を使った巨大異形細胞より構成される癌組織が見つかり、癌細胞の高い有糸分裂能が認められ、肝実質内の侵襲性増殖が小円形の細胞浸潤によって示されたというものであり、右検査の診断は、肝の転移癌は低分化型腺癌であったこと、亡富永の右手術の際、採取された腹水の細胞診によれば、かなりの数の異形腺細胞集団が認められ、腺癌陽性と判定されたこと、以上の事実が認められる。
(二) 右(一)の事実関係に照らせば、便潜血反応検査で陽性反応が出たとしても、当時、亡富永が痔を患っていたことからすれば、必ずしも癌又は癌の前段階の病変が存在していたことを示すものではないし、前記のとおり、亡富永の阪大病院における検査のうち血中腫瘍マーカー検査及び肝機能血液検査の結果にも異常は認められていない。
さらに、前記二1(二)によれば、本件部位には、何らかの病変が存在する可能性があるとしても、癌ないし癌と疑われるような陰影は認められない。
(三) 右(一)の事実関係によれば、古形は、平成四年二月二八日、亡富永の上行結腸部分付近を触診して腫瘤を触知したというのであるから、レントゲン写真のみをもって亡富永の上行結腸癌の疑いを診断をしたか否かまでは証拠上確定できないし、癌の位置関係についても必ずしも明らかでない。
(四) また、右(一)の事実関係によれば、亡富永の原発癌(上行結腸癌)は低分化腺癌であったことが推認される。この点、原告らは、亡富永の原発癌が高分化ないし中分化腺癌と低分化腺癌の混合形態である旨主張し、証拠(甲三六、四二、四三)にも、一般的に低分化腺癌と他形態の腺癌との混合形態が存在すること、癌の先進部においては、低分化・脱分化の形質獲得がなされていることが報告されているが、亡富永の原発癌が右混合形態であったことを認めるに足りる証拠はない。
そして、証拠(甲三一ないし四五、乙二ないし四、六ないし一八、鑑定人牛尾恭輔の鑑定の結果)によれば、大腸低分化腺癌は、初期形態も未だ十分に解明されておらず、その初期像を的確に診断することは困難であること、早期癌(ステージⅠ)で発見されることがほとんどないこと、肉眼分類(Bor-rmann分類)で表在型(O型)はほとんどないとされていることが認められる。
4 前記2の判断を前提にすれば、結局、本件レントゲン検査時に、亡富永の上行結腸に癌が発生していた可能性は必ずしも否定できないものの、右3(一)、(二)を併せて考察すれば、右可能性について高度の蓋然性が存在することについての立証ができたとまではいえない。また、仮に癌が存在していたとしても、右3(四)のとおり、その癌は低分化腺癌であるから、本件写真に撮影された異常陰影(有茎性の隆起)が右低分化腺癌であること及び再検査又は大腸内視鏡検査により低分化腺癌が発見されたことについて高度の蓋然性が存在することについての立証がないというほかない。
なお、原告らは、本件レントゲン検査の結果が不十分であるとして、立証責任の転換を主張するが、因果関係の立証責任は原告らが負担するものであり、これを転換する理由を認めることはできないから、右主張は理由がない。
四 結論
以上から、その余の点を検討するまでもなく、原告らの本件請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条、六五条一項本文、六七条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官白石研二 裁判官大藪和男 裁判官西岡繁靖)