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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10334号 判決 1995年11月24日

原告

トーマス・リフソン

被告

山本悟

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して金九五四万〇七七六円及びこれに対する平成四年一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは原告に対し、連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一月一〇日(事故日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車に乗車中、後部から衝突されて負傷し後遺障害が生じたと主張する原告が、右衝突車の運転者に対して民法七〇九条に基づき、保有者に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づいて、逸失利益等の損害の賠償を求めた事案であるが、被告らは原告の受傷自体を否定するとともに、仮に原告主張の傷害・後遺障害と本件事故との相当因果関係が認められるとしても、原告の既往症及び本件事故前における事故によつてすでに原告に疾患が生じていたものであり、本件事故は損害発生の一因にすぎないとして減額の主張をなしている。

なお、本件は、原告の主張損害総額八六六九万八七七五円の内五〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた内金請求事件である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

<1> 日時 平成四年一月一〇日午前八時二〇分ころ

<2> 場所 大阪府吹田市千里万博公園九番地

万博公園外周道路通称日本庭園前交差点

<3> 加害車両 被告山本悟運転の普通乗用自動車(大阪三三は一九五九、以下「被告車」という。)

<4> 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪五二ゆ四三〇〇、以下「原告車」という。)

<5> 事故態様 原告が赤信号であつたため、前記交差点の手前にある白色ラインで停止していたところ、被告車に追突された

2  被告らの責任原因

被告山本悟は、被告車を運転走行するに際し、前方を注視して、車両の速度を調整し、的確なブレーキ操作を行つて、追突事故を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件事故現場の交差点において停車していた原告車に被告車を追突させたものであるから民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

被告大三建設株式会社は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当する。

二  争点

1  原告の受傷の有無、後遺障害の程度及び本件事故との因果関係

(一) 原告の主張の要旨

<1> 後遺障害の程度について

原告は、本件事故により、頸部脊柱椎間板ヘルニアを生じ、このため、恒常性の頸部痛、頸部の可動域制限、両上肢特に右上肢の強い放散痛・しびれ及びこれらに伴う全身的な易疲労性があり、身体の活動力が著しく落ちている他、長時間座つたり、少し重たい物を持ち上げるなどの日常動作が著しく困難であるから、右後遺障害の程度は、自動車損害賠償保障法施行令二条の別表(以下単に「等級表」という。)八級二号「脊柱に運動障害を残すもの」に該当する。

仮に右程度に至らないとしても等級表一二級一二号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当することは明らかである。

<2> 本件事故との因果関係について

<1> ドハーテイ医師によるMRI所見から「C五―六(第五、第六頸椎間、以下同様に示す。)高位推間板ヘルニアを示している。」との診断結果(甲三五)、<2>甲聖会記念病院の整形外科医仲西輝夫医師の診断結果即ち、「当院MRI精査の結果頸髄に対し椎間板による圧迫症状が見られ、頸部痛並びに両上肢手指に知覚障害がみられ、長時間に亘る座位は好ましくない。」との診断(乙一)、3整形外科医渡辺純三のMRI写真に関する所見で、「平成二年七月のMRI写真と事故後の平成四年二月のMRI写真の間には、C三―四、C五―六、C六―七のいずれについても明瞭な頸髄への圧迫縁の軽重の差があること等の指摘がなされていること(甲八)等から考えると、今回の事故の結果、平成二年の従前の事故で発生したC三―四、C六―七間の椎間板の挫傷の他に新しくC五―六の椎間板の挫傷が発生し、原告が現在も苦しんでいる<1>記載の各症状が固定したものと認められる。したがつて因果関係の存在は明らかである。

仮に、鑑定人が評価するように「原告の症状が既存の頸椎退行変性を有する頸部に二回の交通事故を引き金として発生した頸部軟部組織の過伸展損傷に由来する。」ものであつたとしても、本件事故の結果原告が頸部に損傷を受け、それに由来する前記各症状で苦しんでいることは間違いなく、原告は紛れもなく、本件事故の結果、身体に障害を受けたものと認定され得るものであつて、本件事故と原告の受傷及び後遺障害発生との間に相当因果関係が存在する。

(二) 被告の主張の要旨

原告の傷害の発生及び後遺障害の存在は争う。仮に、本件事故が原告の主張する傷害及び後遺障害の一因となつていたとしても、原告は本件事故前に加齢性の推間板の変形を生じていたうえに、本件事故前の交通事故によつて頸部を負傷していたものであるから、公平の見地から六割以上の減額がなされるべきである。

2  損害額全般 特に逸失利益

(一) 原告の主張

原告は、昭和五一年から経営コンサルタント業務を営んでおり、アメリカ合衆国及び日本の大企業の経営人を対象として経営改革推進等を指導していたもので、平成三年度の所得は、一二万四七六五ドルであり、日本円に換算すると約一五〇〇万円程度(正確には一四九七万一八〇〇円)である。

そこで年収を一五〇〇万円とみて、後遺障害の影響が存続すると考えられる本件事故後一〇年について検討すると、等級表八級二号に該当する場合、原告の労働能力の喪失率は四五パーセントとされているから、原告の年収と労働能力喪失割合に更に右労働能力喪失期間に相応するホフマン係数を乗じると原告の逸失利益は五三六二万八〇七五円(一五〇〇万円×〇・四五×七・九四四九)となる。

仮に、原告の後遺障害が等級表一二級一二号にとどまるとしても、この場合の労働能力喪失率は一四パーセントであり、原告の前記症状は本件事故による受傷後一〇年継続すると考えられるから、原告の年収と労働能力喪失割合に更に右労働能力喪失期間に相応するホフマン係数を乗じると原告の逸失利益は一六六八万四五〇〇円(一五〇〇万円×〇・一四×七・九四四九)となる。

原告は本件事故による休業損害及び後遺障害逸失利益として右金額を請求するとともに、治療費六万七九四〇円、交通費二七六〇円及び後遺障害及び通院慰謝料三〇〇〇万円、弁護士費用三〇〇万円の総計八六六九万八七七五円の内金五〇〇〇万円及びこれに対する本件事故日である平成四年一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告の主張の要旨

原告の請求は過大である。

但し、原告の逸失利益の算定について事故当時の円換算率一ドル一二〇円を採用することについては争わない。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告の受傷の有無・程度、後遺障害の有無・程度及び本件事故との因果関係)について

(一)  裁判所の認定事実

証拠(原告本人、甲二の一、二、七の一、二、八ないし一九、三四、三五、検甲一の一ないし六、同二の一ないし三、乙一、二の一ないし三、三、四の一、二、五ないし八及び鑑定結果)並びに前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

1 椎間板ヘルニアと頸部脊推症(特に鑑定)

椎間板は髄核を中心に線維輪及び軟骨板よりなるが、線維輪断裂部より突出した髄核が後縦靱帯の深層を穿破して(この点で椎間板の単なる突出と異なる。)深層と浅層との間に侵入した状態または浅層をも穿破して脊柱管内に侵入した状態を椎間板ヘルニアという。頸部の椎間板ヘルニアにより、頸椎運動に制限を伴う他障害神経根と一致して上肢の知覚障害、反射異常及び筋力低下が出現することが多い。

頸部脊椎症は脊椎症性変化、関節症変化に基づくものであるが、右各変化自体は加齢によるもので、これによる臨床症状が発生して初めて疾患と定義されるものである。頸部脊椎症は、頸部の椎間板ヘルニアと同様、頸のこわばり、頸部の疼痛、放散痛をもたらす。頸部頸椎症は経年によつても、外力が引き金となつても発症しうる。

2 原告の素因(特に鑑定、検甲一ないし六、同二の一ないし三)

原告は昭和二二年七月一〇生まれ、本件事故当時四四歳の男性で、後記3の事故以前から、C四―五、C五―六、C六―七の頸椎骨に経年性の変化が存したが頸髄自体の変性、圧迫の症状はない。また頸部に前記1の椎間板ヘルニアも存しない。

3 原告の受傷歴 (特に甲一二、三四、原告本人)

<1> 原告は本件事故前の平成二年六月六日、アメリカ合衆国マサチユーセツツ州において普通乗用自動車前部助手席にシートベルトを装着していたところ、バスに後部から追突された(以下「第一事故」という。)。右事故による衝撃は本件事故による衝撃より強い。

<2> 原告は、右事故により頸椎の伸展損傷を受けたが、意識喪失は無かつた。しかし、吐き気、めまいを訴え、救急室に運ばれたが、頸椎のX線写真に骨折は認められなかつた。

<3> 原告は自分の意思で右病院を退院後仕事に戻つたが、カイロプラクテイツクの診療を受け、右診療は本件事故前にも引き続き継続していた。

<4> 原告は、平成二年七月三一日、ステイーブン・S・イソノ医師の診断を受け、検査の結果、脊椎は頸部及び腰部で可動域が低下しているものの、頸部での運動可動域の減少は一〇パーセントにとどまつた。物品の持ち上げ運動は四五ポンド以下に限られるとされた。運動神経、知覚神経及び深部腱反射には神経学的障害はないが、腰部の疾患に関する坐骨神経緊張テストの結果が陽性であつた。

原告は更に、MRIによる検査を受けたが、頸椎部MRIにおいては、脊推症性変形がC四―五、C五―六、C六―七に認められると診断された。

<5> 原告は同医師の勧めにより、保存療法として自宅における理字療法プログラムを継続したが、首の恒常的な痛み、頸部の可動域制限、それに伴う全身的な易疲労感があり、また睡眠しにくい症状が続いたが、同年九月四日の診断においても神経学的機能障害は認められなかつた。

<6> 原告は本件事故時まで右プログラムを継続しており、原告の第一事故による病状は次第に軽快に向かつてはいたものの本件事故時まで残存していた。

4 平成四年一月一〇日の本件事故の態様 (特に甲二乙五、七、八、検乙一、同二の一、二、原告本人)

<1> 原告は、前記事故現場において、信号に従い停止線の約一メートルほど手前で停止したところ、その二、三秒後に、被告車から衝突され、原告車は右衝突によつて、約一・三メートル前に押し出された。

<2> 原告車は本件事故によつ後部バンパー凹損、テールランプの損傷を受けたが、各種機能には異常は認められず、被告車については前部バンパー上部が擦過凹損し、フロントグリルが破損し、左前照灯レンズが破損したものの、車の機能には異常は生じなかつた。原告車の修理費は九万一三一九円であり、被告車のそれは一三万四八〇六円である。

<3> 原告は本件事故によつて衝撃は感じたが、事故直後頸部等に痛みは感じなかつた。

5 原告の甲聖会記念病院における治療状況及び同病院における医師の見解(特に証人仲西輝夫、乙一六)

<1> 原告は、本件事故後相当期間経過後頸部に痛みを感じ、これが次第に強くなつてきたため、平成四年二月二五日甲聖会記念病院(担当医師仲西輝夫)において診察を受けた。

<2> 同医師は右診察時、「鞭打ち損傷により通院加療を必要とする。長時間に亘る座位は好ましくない。MRIの結果脊髄に対し、椎間板による圧迫症状が見られる。」旨の診断をなしている。

6 原告のステイーブン・S・イソノ医師のもとにおける診察及び同医師の見解(特に甲七の二、一四、三四)

<1> 原告は、頸部の痛みが両上肢、特に右上肢に放散するのを自覚し、アメリカ合衆国に帰国後間もない平成四年四月一日に、同医師の診察を受けた。

その際、原告の頸推の全ての可動域が三〇パーセント減少していた。また、頸椎全体の傍脊柱筋部に沿う痛みがあり、頸椎の最大屈曲、回旋及び伸展についても痛みを訴えたもので、同医師は、理学療法に基づく保存的療法を行うように勧めた。但し、C五(第五頸椎)からT一(第一胸椎)までの範囲の運動及び知覚検査に異常はなかつた。

<2> 原告の愁訴は、頸部の痛みの他に、右上肢の放散痛・しびれが継続し、これが右手指に及び、持久力がなくなり、疲れ易くなつたというもので、自覚症状としては第一事故の後よりも頸部疼痛も増強している。また二〇ポンド以上の物品は持つべきでないと診断された。

7 原告のジヨン・L・ドハーテイ・ジユニアー医師のもとにおける診察及び同医師の見解(特に甲三五)

<1> 原告は、平成六年(月日不詳)同医師の診察を受けた。

その際には、頸椎の回旋は顕著に制限され、約五〇パーセントしか可動できなかつた。左右の側屈は、正常の二五から三〇パーセント程度であり、屈曲は二五パーセントしかできなかつた。そして、これらの全ての運動時に両側の傍脊柱筋にかなりの痙縮を伴い、他動的屈曲の強制により痛みを訴えた。

また、右手尺骨神経領域の明白な知覚低下が認められ、第一背部側中手骨間隙に知覚脱出が認められた。

但し、肩、肘手の各関節の運動制限はなく、両上肢の鍵反射は正常、筋萎縮もなかつた。両下肢の運動制限もなく鍵反射も正常であつた。

<2> 同医師は、原告の総合的症状はC八またはT一高位の神経根の圧迫または刺激であると診断し、原告の頸椎の運動制限の低下については、第一の要因として頸推等の経年性変化と第二の要因として治癒した頸部軟部組織の瘢痕形成が頸椎運動を制限しているとの判断をなしている。また、原告の症状は、第一事故による受傷後四年を経過して改善が認められないことから完治の機会はないとしている。

8 原告の現症状の機序

原告に存した、2記載の頸椎骨の経年性の変化は、従来無症状性のものであつたが、第一事故と本件事故を引き金として右変形に基づく頸部脊椎症が発症したもので、右経年性変化の存在が第一の要因となり、、更に第二の要因として第一事故及び本件事故によつて生じた頸椎部軟部組織の損傷が一応治癒した後に残存する瘢痕形成が頸椎運動を制限しているものである。

(二)  右認定の補足説明

1 右8の医学的機序は鑑定人と前記((一)7の<2>)ドハーテイ医師が基本的には一致して認めるところであるが、鑑定人が右判断に至つた根拠は、要約すると、以下のとおりである。

<1> 鑑定人が平成二年八月一日撮影された原告の頸椎のMRI写真(検甲一各証)、平成四年二月二五日の同写真(検甲二各証)及び同日撮影のX線写真を検証した結果、本件事故後においても、原告の頸椎は典型的な椎間板ヘルニア(繊維輪断裂部から突出した髄核が後縦靱帯の深層を穿破して深層と浅層との間に進入した状態、または浅層をも穿破して脊柱管内に進入した状態)に至つていないことは勿論、脊椎の変形が脊髄自体への圧迫に及ぶような所見は認められないと判断されること、<2>原告に認められる椎間板の形態や変性状態は経年性に基づくものであつて、第一事故の後と本件事故の後において、格別の変化は認められないこと、<3>原告の愁訴だけを取り上げてみた場合、これがヘルニアに起因するとも、頸部脊椎症であるとも考えられるが、原告を第一事故後及び本件事故の前後を通じて断続的であるとはいえ、診察してきたイソノ医師においても、他の医師においても、他覚的所見としての知覚障害を認めていないことからすると後者と考える方が合埋的であること、<4>唯一、ドハーテイ医師が原告にC六、七、八の知覚障害を認めている((一)7<1>の「右手尺骨神経領域の明白な知覚低下及び第一背部側中手間隙の知覚脱出」がこれに対応する。)が、このことは、むしろ本件事故を引き金として頸椎の退行性変化に基づいて発症した頸部脊椎症が事故後二年を経て神経学的所見をもたらしたと捉えれば、矛盾なく説明できること、<5>一般に自動車の追突事故の場合には、頸椎部軟部組織の過伸展損傷を招く場合が多いが、右症状は頸項部痛、頸部運動痛、頸椎可動域制限、上肢のしびれ、全身の易疲労性をもたらすところ、これらは原告の愁訴と一致しており、右損傷が治癒した後もその瘢痕形成が頸椎運動を制限することがあること、以上<1>ないし<5>を根拠とするものであり、当裁判所もこれを採用する。

2 他方、原告は本件事故によつて、原告の脊椎にヘルニア等の変形が生じたと主張している。たしかに、<1>ドハーテイ医師においては、「MRI上、C五―六に椎聞板ヘルニアが存在するとの診断をなし(甲三五)、<2>前記仲西医師も頸椎板が頸髄を圧迫しているとの診断をなし(乙一)、<3>渡辺医師も検甲一各証と検甲二各証を対比し第一事故と第二事故後においては、頸部への圧迫像に軽重があるとしており(甲一一)、前記イソノ医師においても一部ヘルニアを認める診断をなしている。

しかし、これらは、前記鑑定結果に照らして採用できない。更に、この点について付言するに、右<1>のドハーテイ医師の診断については、前記のとおり同医師も結局のところ、原告の総合的症状はC八またはT一神経根の圧迫によるもので、頸椎の運動制限の基礎には原告の頸椎の経年性変化があるとしているのであるから、仮にMRI上に椎間板ヘルニアが存在していたとしても、同医師は「原告の現在の症状は右椎間板のヘルニアには由来していない。」と判断していることを示している。<2>の仲西医師は椎間板による頸髄圧迫の部位について転々と証言内容を変えており、単なる椎間板の突出状態から頸髄の圧迫を推定したり、右状態をヘルニアと称するなど全体にその証言内容は極めて曖昧で、採用できない。<3>渡辺医師の見解については、両MRIの機種及び撮影条件が異なることから、必ずしも正確な診断と言えるかについて疑問があり、やはり採用できるものでない。

(三)  裁判所の判断

1 原告が主位的に主張するところの、等級表八級二号は、X線上明らかな脊椎圧迫骨折または脱臼が認められ、もしくは脊椎固定手術等に基づく脊柱の強直または背部組織の明らかな器質変化のため、運動可能領域が正常可能領域のほぼ二分の一程度にまで制限されたものと解されているところ、前記裁判所の認定によれば、そもそも本件事故によつて椎間板の脱臼等が生じたこともないのであるから、その他の要件に立ち入つて検討するまでもなく、原告の後遺障害が等級表八級二号に当たるとは認められない。

2 前記(一)の認定にかかる原告の症状の内容、部位、程度、発生の機序、他覚的所見から考えて、原告の現症状はその頸部に頑固な神経症状を残すものとして、等級表一二級一二号に該当するものと認められる。そして、本件事故後二年を経ても症状の改善がなく、むしろ悪化していることも窺えること((一)の6と7の対比上可動域制限の程度が高まり、知覚障害が発生している)とからみて、本件事故後八年間は現症状が継続するものと考えられる。後遺障害発生の機序に鑑みれば、後遺障害と本件事故との相当因果関係を肯定することにも問題はない。

3 しかし、本件傷害及び後遺障害の発生・継続について、前記のとおり第一事故の発生と原告の脊椎の経年性変化が寄与しているものであるから、原告に生じた損害の全部を被告らに負担させるのは公平性を欠くもので、過失相殺の規定を類推適用して、原告に生じた損害の幾分かを差し引くのが相当である。

そして、右割合については、前記(一)において認定したように、第一事故の方が事故自体の衝撃は重いものがあつたこと(同3の<1>)、第一事故後原告の症状は本件事故に至るまで継続しており、その症状は基本的には現在の症状と大きな性質上の違いはないこと(同3<5><6>)、原告の素因や第一事故の存在がないとした場合、本件事故自体はかような相当程度重大な障害を招来する性質のものではないこと(同4)を考えた場合相当程度減額割合は大きいものがあることは否定できない。

しかしながら、他方、本件事故後原告の症状は確実に増悪していること(同3<4><5>と6<1><2>の対比)、第一事故も脊椎の経年性変化にしても原告には帰責性がないこと(同1、3<1>)、頸推の経年性変化は老化現象に伴うもので、かなり一般的なものであり、これに基づく臨床症状が発症しないかぎり疾患とはいえないこと(同1)を考え併せた場合、右減額の程度は五割をもつて相当と考えられる。

二  争点2(損害額について)

1  治療費・交通費 立証なし

(原告の主張 七万〇七〇〇円)

2  休業損害及び逸失利益 一三七八万一五五二円

(原告の主張 五三六二万八〇七五円)

証拠(甲二〇ないし二四、二八、二九、三一ないし三三、三六、原告本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

<1> 原告は、アメリカ合衆国市民で、最終学歴はハーバード大学院であり、昭和四六年に東アジア研究の文学修士号、昭和五一年には経営学修士号及び昭和五三年には博士号を取得している。

<2> 原告は、昭和五一年から経営コンサルタント業務を営んでおり、多くの論文を執筆しながら、アメリカ合衆国及び日本の大企業の経営人を対象として経営改革推進等を指導していた。原告は本件事故当時、国立民俗博物館の客員教授として招へいされていたが、事故後である平成四年三月三一日に帰国している。

<3> 原告の平成三年度の所得は、一二万四五〇〇ドルであり、一ドル一二〇円として日本円に換算すると一四九四万円である

そこで原告の逸失利益について検討すると、原告の後遺障害が等級表一二級一二号であり、この場合の労働能力喪失率は自賠責及び労災実務上一四パーセントとされていることは当裁判所に顕著であること、原告の職業等を考えた場合、原告は少なくとも一四パーセントの労働能力を喪失し、右状態は前記認定のように本件事故後八年間継続すると考えられるから、原告の年収と労働能力喪失割合に更に右労働能力喪失期間八年に相応するホフマン係数を乗じると原告の逸失利益は一三七八万一五五二円(一四九四万円×〇・一四×六・五八九、円未満切捨・以下同様)となる。

なお、原告の症状固定時期がいつであつたかは明確ではなく、右金額は所謂休業損害と後遺障害に基づく逸失利益を含むものであるところ、固定の前後で原告の症状に大きな差異はなく、労働能力喪失割合も固定前後を通じて相等しいと推認できる。

3  慰謝料 三五〇万円

(原告の主張 三〇〇〇万円)

原告の前記傷害の内容、治療経過、後遺障害の内容程度、本件事故の内容等本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額を相当と認める。

第四賠償額の算定

一  第三の二の2、3の小計は一七二八万一五五二円である。

二  減額

右金額に第三の一の(三)3で認定した減額割合五割を差し引くと八六四万〇七七六円となる。

三  弁護士費用 九〇万円

(原告の主張 三〇〇万円)

本件事案の内容、審埋経過、右二の金額等一切の事情を考慮すると、原告が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用の内、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として被告らが負担すべき金額は九〇万円と認められる。

四  前記二の金額に右額を加えると、計九五四万〇七七六円となる。

よつて、原告の被告らに対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成四年一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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